著者
江上 徹 三宅 朋博
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究年報 (ISSN:09161864)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.187-200, 1995 (Released:2018-05-01)

イギリスのLiving Roomは18世紀末に,農場労働者のためのCottageに於て成立したと考えられる。18世紀後半から19世紀にかけてCottageは,社会改良主義及びpicturesqueという二つの観点から注目を集めた。前者の主要な論点は,不衛生でプライバシーも保てないワンルーム的段階から,少なくとも就寝機能を分離させて生活の秩序化を図ろうとするものであった。当初この部屋は単にRoomと呼ばれたり,Principal RoomやDwelling Room等とも呼ばれたが,次第にLiving Roomという名称に収束していった。Living Roomとの関連での後者の主要な論点は,旧来のフォーマリズムの否定である。この観点からH.Reptonは上流階級の住居に於てさえ,古いParlourから新しいLiving Roomへの転換を説いたのである。しかし20世紀前半に至るまでこのクラスの住居ではLiving Roomははとんど普及しなかったし,労働者階級や下層中流階級の住居でもParlour的な部屋の設置が志向され,Parlourをオモテに配し,条件の悪いウラにLiving Roomを配するプランが一般化した。これに対し,今世紀初頭にR.Unwinは,いわばこの両者を一体化させた,広く明るい,通風も良い新たなLiving Roomの提案を行なった。しかし,このUnwin等の提案は当時のイギリスですぐに受け入れられた訳ではなく,その後も長くParlourを持つ住戸がつくられた。この背景には,イギリスのLiving Roomはその誕生以来ずっと主たる調理の場でもあったという事情がある。この点ではUnwinのLiving Roomも同様であった。Living Roomからの調理機能の分離は,1918年の「Tudor Walters Report」でも重視され,1944年の「Dudley Report」ではついに調理機能から解放されたLiving Roomが提示され,1961年の「Parker Morris Report」を経て,そのようなプランが普及し今日に至っている。Living Room誕生以来の200年を顧みれば,この空間の特質は多様な行為の場,即ち多目的性であり,又,複数の人間が一緒に時を過ごす場,即ちコミュニケーション空間であることと言えよう。
著者
熊谷 亮平 稲坂 晃義 濱 定史 渡邊 史郎
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住総研研究論文集 (ISSN:21878188)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.23-34, 2017

木密地域である神楽坂地域では,既存木造建築の改修・用途変更による商業店舗が増加し,来街者の多い住商混在エリアを形成している。これらのリノベーションは建物や環境を維持しながらエリアの活性化に資する可能性を持っている。本研究では特に近年この傾向が顕著な神楽坂上を対象としてエリア特性や建物属性を把握し,その分布や集積の実態を明らかにした。用途変更を含めた木造建築の活発な更新実態,花街エリアである神楽坂下との地域的差異,改修工事における課題や施工方法・体制の一端を示した。また比較対象として木密地域のリノベーションが活発な大阪の中崎町・空堀地区などの分析を行い,用途や分布の傾向などを考察した。
著者
三村 浩史 安藤 元夫 阿部 成治 北条 蓮英 角谷 弘喜
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究年報 (ISSN:09161864)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.231-242, 1989

インナーシティ地域では,業務・商業用空間利用が優越し居住利用が圧迫排除される傾向が強まっている。そのなかで,居住人口・維持・回復を都市政策の目標とする地域において,居住用空間を確保するために,都市計画上の規制と誘導の諸手段,とりわけ三次元的制御手段=立体ゾーニングの可能性と条件について考察した。まず,報告書の第I部では,都市計画的制御手段のシナリオ構築を行なった。すなわち,①居住用空間の確保を必要とする理由,判断根拠と対象範囲等の設定について,②各種誘導規制手段の活用可能性と立体ゾーニングのシナリオ作成,③確保する空間における住戸と住環境の要素とその保障水準の設定,および④高価格化,投機利用および他用途への転用等の非居住空間化を抑制する方策という4つの検討項目を設定し,これらの項目に関するわが国および海外の都市(再)開発に伴う住宅供給義務や規制緩和等の事例や学説と照合しつつ,シナリオの論理的構築度を高めた。ついで第IIおよびIII部では,個別もしくは小単位敷地ごとに建設されている集合住宅いわゆるマンション群を対象として,居住用空間の設置状況,形状,採光・日照条件,伴用・混用状混の実地分析を行なった。開発当初から居住性の低い住戸が供給されていること,建て詰りによって居住性が低下する住戸が急増する傾向等が把握できた。並行して実施した居住者調査によって,都心マンション選択要因を解析した。第IV部では,第II・III部で把握した実態における問題点に対して,都市計画の規制誘導シナリオを適用する可能性の検討を行なった。すなわち,第1に,低層階が商業地域等であっても,中層階以上で居住系地域並みの住環境水準を保障する立体ゾーニング方式,第2に,相隣する住戸の採光等の条件について,適用の可能性を検討し,都市計画フレームの提案をまとめた。
著者
大原 一興 佐藤 哲 安藤 孝敏 藤岡 泰寛
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究論文集 (ISSN:18802702)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.247-258, 2010

社会福祉施設とくに入所施設において,その集団管理的な環境の見直しが進んでいるが,それぞれの施設において「施設らしくない」「ふつうの暮らし」を求めている。しかしその実態は,それぞれの施設によってまちまちである。同様の言葉に「家庭的な環境」「その人らしく」など環境とケアの概念が定着している。職員がこれらの言葉に対してどのようにイメージを持っているのか,職員自ら言葉に対しての写真を撮影し,その写真を分析することで,概念の共通化をはかることを試みた。とくに高齢者施設においては,食事や家事作業などを居住者がおこなっている光景が取り上げられ,職種別にもそのとらえ方に特徴が見られた。
著者
藤井 明 及川 清昭 槻橋 修 橋本 憲一郎 中山 純一
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究年報 (ISSN:09161864)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.107-116, 1998

アラビア半島を中心とするイスラム圏の伝統的集落には,堅固で閉鎖的な形態をもつものが多い。本研究は,その中でも塔状の高層住居という独特な形態をもつイエメンの集落を対象とし,高密度居住の空間的特性を明らかにすることを目的としている。調査集落・住居の概要は以下の通りである。1.中央高地:首都サヌアの旧市街は5~7階建ての塔状住居が密集しており,住居の周りにはブスタンという菜園が点在している。住居内部の空間構成は様式化されており,1階は玄関ホールと家畜小屋,2階は穀物貯蔵庫,3階より上は居室や厨房,最上階にはルーフテラスとマフラージという男性達の集いの部屋がある。サヌア周辺の山岳集落においても塔状住居が凝集するパターンは同様で,住居形態も類似している。2.ティハマ地方:紅海沿岸の高温多湿地帯の集落は山岳地帯とは全く異なり,対岸のアフリカの影響が見られる。住居はコンパウンド形式で,円筒状の土壁に葦などで葺いた円錐形の屋根を架けている。3.東部砂漠地帯:ハドラマートの谷にあるシバームも塔状住居で構成されており,住居は主に5~7階建ての日干しレンガ造である。サヌアと同様,階層別の用途は明確で,1・2階は家畜小屋や倉庫,3階は男性の居室,4・5階は女性と子供の部屋,6階以上は結婚した子供の家族が使用する。ルーフテラスは2~3層にわたり,隣家と往来する通路や街路を見おろす覗き穴があり,閉鎖的な住居にあって外部とのコミュニケーションを図るための重要な生活空間になっている。サヌアとシバームの地図をデータベース化し,定量的な指標を比較してみると,人口密度は共に高密度であるものの,建物や道路などの土地利用構成や空地の形状と用途,道路網の形態,階数別建物の分布様態などの点において,一見類似しているかのように見える両都市の市街地の空間特性が異なることが明らかになった。
著者
白濱 謙一 菅原 義則 土田 久幸 川崎 圭子
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究年報 (ISSN:09161864)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.71-81, 1991 (Released:2018-05-01)

バルカン半島の中部からトルコにかけて,特異な様式の伝統的住居がある。石造りの下階に木構造の上階が載った,いわば混構造の建築である。この型の住居の歴史はおそらくビザンチンにまで遡ると思われる。また,わずかずつ違いを見せながらもその分布する地域は,アルバニア,ギリシア,ユーゴスラビア,ブルガリア,ルーマニアそしてトルコにまたがっており,周知のようにこれらの国々は先ごろまで複雑な国際関係にあった。これまで伝統的住居について,自国の文化の範囲で研究されてはいたが,全地域にまたがる包括的な研究は少ない。当研究室では,かねてから住文化における異文化の移入とその後の変容について興味をもっており,この視点から上記の特異な型の住居文化の動向を探りたいと考えた。研究の内容と方法(a)マケドニア(ユーゴ領)の伝統的住居の現地集落調査(1989年8~9月)(b)スコピエ大学建築学科の資料分析 (C)ギリシア北部とトルコに分布する同型の住居と比較以上より,マケドニアの伝統的住居の類型とその分布を把握し,その特徴を周辺地域と比較してこの地域における住文化の交流の様相を解明することが目的である。研究の結果 次のことがわかった。(1)マケドニア住居は,“chardak”(チャルダック)と称する家具の無いホールを持つ。(2)チャルダックはOH型(Outer hall type)とIH型(Inner hall type)がある。(3)他の地域と比較するとマケドニア住居の規模は小さい。それはキリスト教の1家族型であるためである。(4)NH型(No hall type)とCH型(Center hall type)を含めて4つの型の広域分布図を作成した。(5)OH型は非常に古い型と考えるが,現在でも広く存在しているのは素朴な機能主義を持っていたからであろう。
著者
菊地 成朋 山口 謙太郎 柴田 建 田島 喜美恵
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究論文集 (ISSN:18802702)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.189-200, 2010

公営住宅標準設計51Cは,日本の住宅計画史上におけるダイニングキッチン成立の契機として位置づけられ,さらに昨今ではnLDK蔓延の起源であるかのように語られることもある。ただし,51Cが実際にどう建設され,どのような住まいを実現させたのかについてはあまり知られていない。この研究は,福岡県内に現存する51Cを発掘し,実測調査によってそれらの記録を作成し,これに資料分析を加えて地方都市圏における51Cの展開を明らかにすることによって,51Cの実像への接近を試みたものである。
著者
境野 健太郎 鈴木 健二
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究論文集 (ISSN:18802702)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.215-226, 2009

本研究は,史資料の散逸が激しく,また語り手である入所者の高齢化が進むハンセン病療養所において,「隔離施設」として発展した施設構成の変遷を明らかにした上で,居住の自由を奪われた「隔離施設」での居住の実態を寮舎及び患者住宅のプラン変遷から解明した。また,入所者による居住環境改善過程について詳細な分析を行い,人権が激しく毀損され,自己のアイデンティティを問い直される環境に長期におかれる中で,自律を獲得し,自分らしい生き方を回復していく過程/手段のひとつとして,居住環境の改善が行われてきた事実を明らかにした。
著者
湯川 利和 瀬渡 章子 塘 なお美 糸賀 万記
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅建築研究所報 (ISSN:02865947)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.219-230, 1986

本研究の目的は,主に高層住宅の環境が子どもの発達と活動を阻害しないための空間的条件を明らかにすることである。今回は,子どもの生活時間,子ども部屋の実態を明らかにするとともに,高層住宅環境が心身に及ぼす影響についても分析を行った。そのためのアンケート調査を,幼児母親・小学生とその母親を対象に,大阪・南港ポートタウン内の高層住宅団地で実施した(1985年8~9月,サンプル総数525)。生活時間の中でとくに注目されたのは,テレビ視聴時間が幼児から小学校高学年までほとんど変化がないことであった。階別の生活時間分析では,幼児では上層階の方が屋内での活動時間が長く,屋外遊びは少ない-すなわち住環境の影響を受けていることが明らかとなったが,小学生では一貫した傾向はつかめなかった。NHK調査との生活時間比較を行ったが,高層住宅であるために活動が阻害されている傾向は見出せなかった。子ども部屋の保有率は高い。共用室が多いものの,学年上昇にともない個室率も上がる。また子ども自身,母親ともに個室要求が強い。しかし母親は,最初から個室というのではなく,年齢に応じた与え方が必要と考えていることがわかった。高層住宅環境が子どもの心身に与える影響については,不定愁訴と性格特性を分析する方法をとった。小学生でも不定愁訴を訴える割合は高い。不定愁訴を多く訴えるのは,屋外遊びが少なく,母親によく叱られる子どもであった。これらの要因は居住階の影響も受けており,不定愁訴が少なからず住環境の影響を受けていることが明らかとなった。性格特性の分析でも,情緒安定性・社会的適応性・活動性・外向性の4因子について,住環境の直接的,間接的影響を見出すことができた。
著者
多治見 左近 三浦 要一
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究年報 (ISSN:09161864)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.219-230, 2001

本研究は大阪都市圏を対象とし,明治期以降の住宅地形成過程を巨視的・構造的に明らかにすることを目的としている。都市発展の指標として1905~1930年の人口統計を用い,大阪市,東大阪,阪神間臨海・内陸が住宅地形成上典型的地域であることを確認し,これら地域が職業や職住関係の独特の性質をもつことを明らかにした。また宅地開発が活発な地域で農業事情を背景として地主が開発に果たした役割を明らかにした。さらに明治末期大阪近郊の土地所有を記録する『大阪地籍地図』の分析から宅地化の方面別相違を把握し,土地所有形態について江戸期新田開発の系譜をひく地主の存在や耕地整理,スプロールなどの開発への影響を明らかにした。
著者
葛西 リサ 上野 勝代
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住総研研究論文集 (ISSN:21878188)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.35-46, 2014 (Released:2017-08-10)

本調査では,地域生活移行後のDV 被害者の生活課題を明らかにし,被害者向けアフターケアの先駆事例を取り上げ,その内容,運営課題やその可能性について整理した。具体的には,1)被害者の多くは貧困問題,暴力の後遺症による精神問題を抱えながらも,人的ネットワークを喪失し,地域から孤立する傾向が高いこと,2)多くの民間団体が経済的な保障がない中で被害者のアフターケアを実施している実態があること,3)被害者へのアフターケア構築の可能性として,県独自で被害者のアフターケアを展開する長崎県の事例及び障害者総合支援法の枠組みを使った被害者のアフターフォローの実践について提示した。
著者
奈良岡 聰智 小川原 正道 川田 敬一 土田 宏成 梶原 克彦 水野 京子
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住総研研究論文集 (ISSN:21878188)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.189-200, 2013

本研究は,各国の駐日大使館の立地,建築様式,およびその機能について解明することを目的としたものである,駐日大使館については研究の蓄積が浅いため,まずは建築史料,外交文書など,一次的史料やデータを収集することを通して,今後の大使館研究の基盤を構築することを目指した。また,それらの史料情報を得るにあたって,旧華族への聞き取り調査を行った。特に研究対象としたのは,重要な外交上のパートナーであったアメリカ,フランス,およびベルギーの3国である。本研究を通じて,大使館が両国の外交関係を「象徴」する存在として,重要な機能と特徴的な建築を有していたことが確認された。
著者
寺内 信 西島 芳子 佐藤 圭二 鈴木 浩 安田 孝 和田 康由 馬場 昌子 バージェス グレイム
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究年報
巻号頁・発行日
vol.25, pp.37-48, 1999

近代産業都市の発展は,19世紀イギリスにおいても20世紀の日本においても,商業業務を主とする都心部の成立と,その周辺における工業地域と高密度居住地域の形成をもたらした。イギリスでは19世紀の初めからの都市への人口集中は都心周辺部での高密度テラスハウス(バックツウバックあるいはバイロウハウス)によって吸収され,日本の大阪では20世紀初期からの人口集中は長屋や町屋によって吸収されたのである。その結果としての都市形成と都心周辺部の居住様式には,約100年の時期的差異があるにもかかわらず,共通するところが多いことが明らかになった。このような高密度居住による衛生問題を主とする住宅問題・都市計画問題に対して,イギリスではリバプールをはじめとする条例制定や,それを支援する中央政府の公衆衛生法の制定によって改善が進められた。しかし,日本では1900年頃までの上水道普及の進展もあって,建築・都市計画法制からは衛生問題が抜け落ちている。 大阪,リパプール,バーミンガムを主とする本研究では日英比較による都心住宅地形成と更新・保存の制度化の差異の要因として,1)都市自治体の主体性の強弱,2)防火建築材料などの社会的合意形成の時期,3)建築産業の近代化,4)地域住宅産業の育成,5)住宅改善・居住地更新の総合性,6)近隣関係重視の居住地更新政策,などにあることを仮説として明らかにした。この結果を背景に,これからの都心周辺部居住地更新においては,居住者の近隣関係を重視した参加と支援による計画・事業制度の整備と推進が重要と考えている。
著者
平井 ゆか 内田 祥哉
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住総研研究論文集 (ISSN:09161864)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.263-274, 2001

本研究は,日本の伝統的な床材である畳と,畳を支える各種のシステムの開発と普及について,文献資料を広く収集し全貌を明らかにする事を目的としている。古代における畳の開発について,現存する最古の畳を区切りとして日本の独自性を記録から検証し,中世以後については形状の変化や床材としての成立を絵巻を中心に探り,畳の普及を日光社参史料をもとに検証している。畳職人の出現を記録から,畳屋の地方への広まりを地名から検証し,メンテナンスシステムの開発と普及を明らかにしている。一方,畳職人の育成システムについては職業訓練校の歴史等を探り,畳の生産・供給システムについては産地や問屋等の現地調査・資料収集を行っている。
著者
田中 淡 周 達生 宮本 長二郎 上野 邦一 浅川 滋男 郭 湖生 楊 昌鳴
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究年報 (ISSN:09161864)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.223-239, 1990 (Released:2018-05-01)

東アジアから東南アジアにかけて集中的に分布する高床住居は,主として近年の発掘成果により,新石器時代の華南にその起源を求められつつある。そして,最近の研究によれば,先奏時代の華南に蟠踞した百越という1群の南方系諸民族が,初期における高床住居の担い手であった。本研究の対象となる貴州のトン族は,この百越の一地方集団であった駱越の末裔と考えられている。たしかにトン族は,雲南のタイ族や海南島のリー族とともに,高床住居を保有する代表的な民族であるが,これまでその高床住居に関する研究はほとんどされていない。したがって,百越の末裔たるトン族の高床住居を研究対象にすること自体に大きな意味があるといえるだろう。しかし,問題はそれだけではない。調査対象地である黔東南苗族とう族自治州には,トン族以外にもミャオ族,プイ族,スイ族,漢族など多数の民族が居住しているからだ。われわれの研究がめざすもう1つの目標は,このような多民族地域における文化の重層性と固有性を,住居という物質文化を媒介にして解明することである。これは,文化人類学における「文化の受容とエスニシティの維持」というテーマに直結する,重要な問題といえるだろう。今年度の調査は,次年度以降,継続的になされるであろう集中的な調査の予備的役割を担うものであり,自治州を広域的に踏査し,できうるかぎり多くの家屋を観察・実測することに主眼をおいた。その結果,トン族,ミヤオ族,プイ族,漢族の家屋を,合わせて50棟実測することができた。本稿では,以上の諸例を民族別・類型別に報告するとともに,民族相互の比較から,平面と架構について,トン族本来の形式と漢文化受容以後の形式の差異を論じ,また住居に現れた「漢化」の諸側面についても指摘している。来年度以隆は,調査対象を1か所に限定し,住み込みによる集中的な調査を行なう予想である。
著者
田中 淡 周 達生 宮本 長二郎 上野 邦一 浅川 滋男 島田 敏男 羅 徳啓 黄 才貴 郭 湖生 楊 昌鳴
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究年報 (ISSN:09161864)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.405-420, 1992 (Released:2018-05-01)

88年度に行なった貴州省黔東南苗族トン族自治州での広域的な調査をふまえ,90年度には対象村落を1か所に限定して,トン族の集落に関する集中的調査を行なった。(天安門事件の影響で調査・研究のプログラムが丸1年延期された)。調査地は,第2次調査で最も斬新な知見をもたらした巨洞と同じ都柳江沿岸に位置する蘇洞上寨(住居散35・世帯数44・人口218)である。蘇洞は,従江県下江区の中心地である下江鎮に近接するため,巨洞などの僻地集落に比べるといくぶん漢化の様相が著しい。しかし,漢化もまた,トン族の文化を理解するうえでの重要なキーワードである。調査は建築班2班と民族学班1班に分かれ,建築班は集落内の主要家屋全戸の平面・断面の実測,民族学班は全世帯の家族構成・血縁および婚姻関係の把握を最低のノルマとし,余裕ができた段階で,村大工からの聞き取り,部材呼称の音声表記,通過儀礼・祭祀・禁忌に関する聞き取り,スケッチ・マップ調査などを相互協力のもとに進めた。本稿では,とくに龍脈に統制された集落の空間構造と,住居の平面・構造に映し出された漢化の様相に焦点をしぼって,蘇洞の住空間を素描してみた。
著者
冨井 正憲 鈴木 信弘 渋谷 猛 川端 貢
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究年報 (ISSN:09161864)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.125-134, 1989 (Released:2018-05-01)

本研究は,かつて日本の統治下にあった朝鮮半島に建てられた朝鮮住宅営団の住宅がどのようなものであったのか,またそれらの住宅がその後韓国人の住み手によってどのような変容を遂げたかを,史的文献調査と実測調査によって明らかにし,①朝鮮住宅営団の慨要,②朝鮮半島と日本内地の旧営団住宅の比較考察,③旧営団住宅の変容過程の分析,の3つの枠組みをもって住まいの持つ特性を明らかにすることを目的としている。第1章では朝鮮住宅営団の概要を,第2章では現在の旧営団住宅の現存状況,上道洞営団住宅地及び住宅の現況を,文献・現地調査・実測・写真撮影等により明らかにし,伴せて旧営団住宅地の復元を試み住宅の現在の平面図を図化するなど,分析・考察の資料を調えている。また,文献資料より朝鮮住宅営団が建設した住宅には甲・乙・丙・丁・茂の5種の標準設計があったことをつきとめている。そしてソウル上道洞に現存する営団住宅の実態調査の分析とあわせて,その建設当時の営団標準住宅を復元している。第3章では,日本住宅営団・同潤会の標準設計と,朝鮮住宅営団の住宅を比較考察し,オンドルや二重窓その他の気候風土に対する改良が試みられている部分と,外観や平面構成などの日本内地の住様式が踏襲されている部分があり,日本人の気候風土に対する対応のしかたを明らかにしている。そして,それが戦後韓国人によって住まわれてどのような部分が変容し,どのような部分が存続しているかを明らかにし,日本時代に建てた住宅が韓国人の住み手によって韓国の居間中心型の伝統様式に改められてゆく傾向があることを指摘している。
著者
浅川 滋男 村田 健一 大貫 静夫 栗原 伸司 坂田 昌平 楊 昌鳴 黄 任遠
出版者
一般財団法人 住総研
雑誌
住宅総合研究財団研究年報
巻号頁・発行日
vol.23, pp.87-96, 1997

本研究は,建築史・民族学・考古学の研究者が協力して,北東アジアにおけるツングース系諸民族住居の特質と歴史的変遷を描きだそうとする試みである。主要な研究対象地域は,中国で最もツングース系諸民族の集中する黒龍江省で,興安嶺とアムール川流域を中心に,満洲族,シボ族,ナーナイ族,オロチョン族,エヴェンキ族という5つのツングース系民族が分布している。また,清朝以来,豆満江をわたり中国東北地方に移住してきた朝鮮族も,歴史的・言語的にみて,ツングースときわめて関係の深い民族である。ツングースの歴史は必ずしもあきらかでない。言語的にみて,ツングース系諸語と認定できる最古の資料は12世紀女真の碑文・銘文である。つまり,女真以前の渤海・靺鞨・高句麗などの国家や民族をツングースの祖先とみなせるのかどうか,それはまだ検証されていないのである。しかし,本研究では,先史時代から現代まで,この地域の民族の住層形式をひろく視野におさめることにした。すでに浅川は,中国正史の東夷伝にみえる関係記載を集成し,主として唐代までの住居の特質と変遷を考証している。これをうけて本研究では,考古・民族誌資料の収集と整理を行ないつつ,民族学的なフィールド・ワークにも取り組んできた。すなわち,1995~1996年に黒龍江省で3度の現地調査を行なった。第1次調査では同江市でナーナイ族の堅穴住居と平地住居,第2次調査では寧安市の鏡泊湖に近い瀑布村で朝鮮族の集落と満州族・漢族の住居,第3次調査では小興安嶺一帯でオロチョン族とエヴェンキ族のテント住居と平地住居を調査した。実測総数は50件を数える。報告では,考古資料による住居形式の分析と調査資料の記述を展開し,最後に両資料の比較を試みてみた。機会が与えられるなら,調査・研究の対象域をロシア側にもひろげ,ツングース住居の総合的研究に結晶させるとともに,日本住居の起源との関係にも言及したい。