著者
稲田 結美
出版者
上越教育大学
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2010

本研究では、女子の理科学習に対する意識や態度の低下が顕著な中学校理科「力学」と「電流」に関する授業において、女子の学習を促進する指導方法と教材を実践的に開発した。その結果、女子の関心や経験に基づき、人体と物理概念とを関連づける「人体アプローチ」、調理と物理学習とを結びつける「料理アプローチ」、実験に美的観賞を取り入れる「美的アプローチ」を教授展開や活動に導入し、女子が協同的な問題解決活動を行える集団組織を編成することが女子の理科学習に効果的であることを明らかにした。
著者
井上 久祥 益子 典文
出版者
上越教育大学
雑誌
上越教育大学研究紀要 (ISSN:09158162)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.43-54, 2008-02-28
被引用文献数
1

学校に基礎を置くカリキュラム開発の考え方にもとづいた情報教育のための授業改善のモデルを構想し、実際に地域の学校と連携して、情報教育の授業づくりや学校の情報化についての支援を行っている。本研究では、これら一連の活動が地域貢献に留まらず、大学講義の改善にも効果のあることを示す。具体的には、学校-大学間の連携で得られた実践知を大学の講義において伝達することを試みた。そして評価の結果、実践知のもつ「地域性」が講義受講者に影響を及ぼしていることが示唆された。We conceived the model of class improvement for ICT education which establish as a concept of School based curriculum. Through the supporting schools on Joetsu area, we obtained the effects of not only the support for teachers in school, but also the improvement of teacher training program for university students. The result of experiment in practice transmitting implicit knowledge from school teachers to university students, the effectiveness for understanding the school teacher's authentic activity was suggested.
著者
高本 條治
出版者
上越教育大学
雑誌
上越教育大学研究紀要 (ISSN:09158162)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.307-323, 1995

副題に示した川端茅舎の俳句について,(a)「カワセミは飛翔している」,(b)「カワセミは静止している」という2つの解釈が行われている。また,(a)と(b)を併用する解釈も見られる。本稿では,Sperber&Wilson(1986a)の関連性理論の枠組みで,この句の解釈になぜ不確定性が生じるのかを,次の点から語用論的に分析し,考察を加える。(1)この句についての従来の句評には,どのような解釈上の問題点が内包されているか。(2)「こんこんと」という副詞によって,どのような曖昧性がもたらされているのか。(3)「翡翠」への指示対象付与の問題と,この句の解釈とはどのように連関しているのか。(4)一見相反するように見える2つの解釈が多重に併存できる理由は何か。Some critics have pointed out that this haiku has at least two possible readings as follows: (a) this kingfisher is flying in the air. (b) this kingfisher is settling on a bough or a stake. But, why does this ambiguity occur? Can we determine which reading is more suitable or sufficient for this haiku? To answer these questions, using the framework of 'Relevance Theory'(Sperber and Wilson 1986a), I analyze this haiku text and describe following issues from the viewpoint of linguistic pragmatics. (1) the interpretive indeterminacy in which the critics have been involved. (2) the interpretive ambiguity which the adverb 'konkonto' may bring in. (3) the interpretive effects of the reference assignment for the noun 'kawasemi'. (4) the interpretive interaction between two inconsistent readings as mentioned above.
著者
茂木 淳子
出版者
上越教育大学
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2012

○研究目的:小学校外国語活動において、児童の学習意欲を高めるためのCan-Do評価を開発・実践し、その効果を明らかにする。○研究方法(1)外国語活動の実施Hi,friends!を活用した外国語活動(2)Can-Do評価の作成(3)アンケートの実施○研究成果本研究の結果、Can-Do評価を活用した外国語活動において、児童にとって魅力的で満足感を得ることのできる活動を実施することができた。指導と評価は、表裏一体である。そこで、Can-Do評価の作成に当たって、次の○項目に留意した。この評価は、4段階の自己評価からなる。第1段階は「まだ自信をもってできない」という状態であり、該当児童が0であることが望ましい。第2段階は「自信は十分ではないが、何らかの手助けがあればできる」という状態である。したがって、活動中に何らかの手助けが保障されていなければならない。第3段階は「多くの児童ができる」という状態であり、全体の8割がここまで到達することを目標とする。第4段階は「発展的な活動ができる」という状態であり、活動の中に自信のある学習者を飽きさせないような挑戦的な取り組みを設定する必要がある。つまり、活動の前に、支援を必要とする児童やもっと活躍の場を必要とする児童をともに満足させるような配慮をすることで、活動が充実し、児童の満足感も高まるという結果を得ることができた。外国語活動を担当する者は、通知表や指導要録に活動の所見を記入しなければならない。ややもすると学期末に評価のための評価をしがちである。しかし、このような評価方法を採択することで、活動が充実し、児童の自己評価もでき、児童の学びの履歴ともなる。有効な方法であるといえる.
著者
安藤 知子
出版者
上越教育大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2002

昨年度に引き続き、S県S市M中学校における観察調査を実施した。今年度は、隔週ごとに2〜3日のペースで訪問し、二つの観点から軸を設定して焦点化したデータ収集を行った。第一の観点は「地域教育改革」の影響である。S市では今年度から、市内中学校で通学区の弾力化(5月から9月までの間、転校を理由を聞かずに認める)を実施することになった。このため、特に1学年の学級経営計画で転校を想定せざるをえず、教育改革によって子どもに寄り添った教育実践が妨げられているという意識が若干観察された。この制度改革は、保護者が学校を主体的に選択する機会の導入によって、各学校が教育活動の特色を明確にし、保護者や地域住民との深い信頼関係を構築するよう意図するものであったが、現実には教職員の意識を変えるような契機にはなりえていないことがうかがわれた。第二の観点は、組織内部でのコミュニケーションの態様である。M中学校の場合には、多くの活動が計画的合理的に遂行されるというよりは、状況に応じてその場にいるメンバー間で臨機応変に解決される様子がうかがわれた。このことが、学校組織の役割規範を柔軟で解釈の幅のあるものにするため、個々の教員にとっては、〔子ども理解〕と〔学校の組織成員としての役割〕間での葛藤を引き起こさずに済むように機能しているものと考えられた。しかし、このような解釈の幅広さが反面では行動選択の難しさにつながる場合もあり、この点が課題でもあることが明らかになった。これらの研究成果のうち、第一の観点に関連して日本学校教育学会機関誌第19号で報告した。また第二の観点を含めて、教員個々人の意識や学校の組織文化等に着目した研究成果を大塚学校経営研究会等で発表しているが、この点については、今後さらに詳細な分析を進める予定である。
著者
丸山 昭生 小杉 敏勝 奥泉 祥子
出版者
上越教育大学
雑誌
上越教育大学研究紀要 (ISSN:09158162)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.119-135, 2008-02-28

新潟県立高田養護学校は,昭和43年5月1日に創立された知的障害児のための養護学校である。新潟県内においては,知的障害児の養護学校としてすでに新潟県立月ヶ岡養護学校(三条市)が開校(昭和40年9月1日創立)していた。知的障害児のための最初の養護学校創設について,当時の塚田県知事は当初上越地区を考えていたが,その後の政治的な動きの中で三条市に決定した。このような動きの中で,「上越地区にも養護学校を」と,その創立に中心となって活躍したのが上越婦人協議会長をしていた徳山ミサヲである。徳山は,脳性まひ児である孫の就学への叫びを直接の引き金とし,上越地区連合婦人会の組織を背景に養護学校創立のために壮絶な運動を繰り広げ,その夢を実現させた。この運動が成功した要因は多々あるが,徳山の自己犠牲の精神(捨身の願い),小さな力(一粒の麦)の結束力,誰もができる運動(米1升運動),労を厭わないねばり強さ(執念),共感し運動を手助けしてくれる人との出合い(仏恩)などである。その結果,新潟県立高田養護学校の開学を迎えることとなり,徳山は子どもらの殿堂(学校)の創立に喜びの極みの涙を流したのである。徳山のこの活動は,新潟県特別支援学校の開学に尽くした大森隆碩(高田盲学校),金子徳十郎(長岡聾学校),結核療養教師の笹川芳三ら(柏崎養護学校)に勝るとも劣らない功績であるといえる。Takada school for children with intellectual disabilities was established on May 1st 1968. At the time, Niigata prefecture had already Tsukigaoka school for children with intellectual disabilities in Sanjo city, which was set up on September 1st 1965. People made a movement toward the foundation of the school for children with intellectual disabilities in Joetsu area. MISAWO TOKUYAMA, the president of Joetsu Women's Council was playing an important role in that action. She had a grandchild with cerebral palsy. She made the movement for learning opportunities for him and similar children. She expanded the acts for foundation of the school with Joetsu Women's Council. Finally their dreams came true. There were some factors for this success, which were the mind of self-sacrifice, solidarity of power of Women's Council, Movement of Kome Issho everyone could do easily, her tenacity, encounter with many supporters and so on. When the first anniversary of a founding of the school was held, she made tears of joy. It was founded that her actions are equivalent of achievements of pioneers who served to establish special schools in Niigata prefecture, RYUSEKI OOMORI, TOKUJURO KANEKO and YOSHIZO SASAGAWA.
著者
大前 敦巳
出版者
上越教育大学
雑誌
上越教育大学研究紀要 (ISSN:09158162)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.31-47, 1997

小論は,フランスの大学人学資格に相当するバカロレア試験を主題に取り上げ,近年の改革に伴う試験の内容と,その準備のために望ましいと考えられている勉強法について検討する。バカロレア試験の実施過程にはリセの教員が多く動員され,またほとんどの試験は授業内容に関連した論述と口述からなるため,バカロレアの主たる試験準備の方法は,リセの授業で受けた内容の復習を行うことが中心になる。復習のために推奨される最も一般的な方法は,授業でノートに記入したことをカードに整理することである。さらに,模範解答集や模擬試験の問題を解くことを通して,過去に作成したカードを補足・修正することが勧められる。フランスでもバカロレア受験がユニバーサル化したのに伴って,日本の受験勉強に見られるのと同様の問題が指摘されている。今日の進学競争について論じるためには,高等教育の大衆化という多くの国に共通の現象を踏まえた上で,各国に固有の問題を明らかにしていくことが重要であると考える。Le sujet de cet article est l'examen du baccalaureat. En France, comme au Japon, le taux de reussite au baccalaureat a augmente rapidement pendant une dizaine d'annees. En reference a ce changement social, ma recherche a porte sur deux points; premierement sur la facon d'executer des examens d'aujourd'hui, et deuxiemement sur les methodes de travail les plus appropries a la preparation des epreuves. J'ai trouve trois caracteristiques sur le baccalaureat. (1) La plupart des examens consistent en des exposes ecrits et oraux. (2) De nombreux professeurs de lycees participent a la mise en oeuvre du baccalaureat. (3) La preparation la plus importante est la revision des cours de lycee. Une methode de travail que l'on recommande souvent est la redaction de fiches dans lesquelles les eleves ont resume les notes prisent pendant les cours. Ensuite, on leur conseille d'ajouter et de modifier leurs fiches en abordant les sujets des annalles et des examens blancs. Par ailleurs, avec l'<universalisation> des candidats du baccalaureat, on peut trouver les memes problemes qu'a l'examen d'entree a l'universite au Japon; par exemple, le probleme du <bachotage> des eleves, la difference du niveau d'excellence entre des etablissements par les taux de reussite au baccalaureat .... Donc pour comparer les examens de nos jours entre la France et le Japon, il est important de tenir compte des affaires propres a chaque pays, mais aussi du phenomene commun de massification de l'obtention des diplomes.
著者
時得 紀子 小林 田鶴子 内海 昭彦
出版者
上越教育大学
雑誌
上越教育大学研究紀要 (ISSN:09158162)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.265-274, 2011

今次改定の小学校学習指導要領解説音楽編では、共通事項(1)のアで、音楽的な感受の能力の内容を具体的に示し、音楽の要素や仕組みについて気づき、感じ取ること、具体物の操作や言葉のやり取りを通して新たな考えをもつようにすることが求められている。このような音楽を通じて思考・判断する活動では、楽曲を聴き、その要素や仕組みについて聴きとらせ、根拠をもって価値判断をさせることや、要素や仕組みへの具体的な根拠をもった「気づき」等を通して、「思いや意図」をもった表現の活動へのつながりをもたせることが重要である。そのためには、音や音楽に含まれる要素や仕組みの特徴を楽譜や映像を通して「可視化」したり、他の要素と区別して聴き取らせたり、仕組みについて具体的に理解したりさせるような、教師の側の工夫が有効な手段となる。また、言語や具体物などの可視化した情報を使って学習者が意見交換し、新たな価値を見出したりすることの効果も大きいと考える。筆者らは、このような「活用型」の音楽学習では、音楽の要素や仕組みについて具体的に且つ視覚的に捉えることが容易となるICTによる授業支援の方策が有効ではないかと捉え、実践を試みた。その結果ICTによる支援が音楽の知覚・感受に効果的な役割を果たし、思考力・判断力・表現力を培う成果が見られることが明らかになった。
著者
森川 鉄朗 西山 保子
出版者
上越教育大学
雑誌
上越教育大学研究紀要 (ISSN:09158162)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.651-659, 1997
被引用文献数
2

現行の高等学校教科書や最近の教育誌では,物質量の単位モルを個数としてあつかうとか,アボガドロ定数(測定値にすぎない)に相当する原子や分子の集団を1モルの物質量と定義している。これらは,国際単位系(SI)からみると,混乱あるいは誤解と思われる。そこで,本稿ではSIを肯定する立場で,物質量という物理量やその単位であるモルを,さらに,モルを用いる物質量の測定法などを考察し,問題点を明らかにする。それらの結果をもとに,科学教育におけるモルの新しい導入法を提案する。この導入法の特徴は,単位(モル)は基準として選ばれた物理量であるとし,さらに,物質量測定法の原理は異種の要素粒子間の一対一対応にあるとして,いろいろな物質の縦横展開図を用いる点にある。In high-school textbooks and education journals there are descriptions of the concept of mole such that the amount of substance is treated as a numerical value and such that one mole is defined by use of the Avogadro constant. It seems that such statements are confusions and/or misunderstandings from the point of view of the International System of Units (SI). This paper discusses what the amount of substance as a physical quantity is and how the amount of substance is measured in terms of the mole. We propose an arrangement of chemical symbols, called a sheet of substance, written in rows and columns, in which every elementary entity for one standard substance (i.e., carbon-12 in SI) is aligned in row form, and each elementary entity for another substance has one-to-one correspondence to the carbon-12 atom. This sheet of substance would become a useful tool for us to teach students physical quantities (mole, molar mass, Avogadro constant, Faraday constant, relative mass, etc.) and the principle of measurement of the amount of substance.
著者
丸山 良平 小林 秀智
出版者
上越教育大学
雑誌
上越教育大学研究紀要 (ISSN:09158162)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.229-242, 2005-09-30

本研究の目的は幼稚園5歳クラス児が自発的に制作した物語絵本の内容と,その活動の開始を助け展開を支えた保育者の援助の実態を明らかにすることである。これまでに観察した幼児が偶然はじめた自発的な物語絵本の制作活動を分析し,その条件を洗い出した。その条件の一つである手作り絵本を準備して,筆者の一人が担任教師をする幼稚園5歳クラスで読み聞かせしたところ,幼児たちは自発的に物語絵本の制作をはじめた。この園では特別な文字教育といわれる指導は行われていないが,幼児たちは2ヶ月に渡って積極的に熱心に物語を創り文章にした。幼児が制作した絵本の内容とその制作活動を支える教師の援助の実態を分析し,幼児が自発的に文字で文章を書く条件と教師の援助の在り方を考察した。
著者
渡辺 隆 大場 孝信
出版者
上越教育大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1993

鉱物の組み合わせや鉱物の組成は温度や圧力などの物理条件が一定の時は母岩の組成に支配されることが良く知られているが、混合層鉱物の生成を母岩の化学組成との関係で考察されたものがほとんどない。これに関係するいくつかの研究があるが、世界の泥岩中の続成作用でできたイライト/スメクタイト混合層の化学組成や層電荷は、比較的良く似ていると述べている。このことは、世界の砕屑性堆積物の化学組成が似ており、そこからできるイライト/スメクタイト混合層の化学組成が似ていること示している。また、SiO2活性度がイライト化に関係があると報告している。これまでの研究で我々も、同じ層準で泥岩中のスメクタイトの方が砂岩中のスメクタイトよりイライト化がわずかに速いことを確認した。しかしながら、東頚城ボーリング試料を見るかぎり、砂岩と泥岩のSiO2量に違いはみられない。Altaner(1986)は、K-長石からのKの溶脱は、イライト化にともなうKのスメクタイトへの固定に比べ、はるかに大きいことを報告している。このことも、堆積物の粒子の大きさより鉱物の組み合わせが重要である事を示唆する。これらの結果と本研究の結果から考えると、新潟平野ボーリング試料と東頚城ボーリング試料の化学組成の違いは小さく、イライト化に重大な影響を与えていないように見える。深度増加にともなう温度の増加と、反応が進む継続時間の方が、イライト化進行にとって重要だと考えられる。また、東頚城ボーリング試料の砂岩と泥岩の化学組成はほとんど同じことから、砂岩と泥岩にイライト化進行の違いを認めるとするなら、源岩の化学組成の違いでない別の要因を考える必要がある。このため、スメクタイトからイライト化にともないKの供給物として、K-長石、火山ガラスや黒雲母の表面がどのように溶脱していくのかを詳細に検討をする必要がある。
著者
丸山 良平
出版者
上越教育大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

本研究は乳幼児の仲間関係に焦点化し,遊びの指導と子どもの自発的な遊びの援助プログラム作成のための準備として乳幼児の遊びと保育者援助の実態の解明を目的とした。2005年10月から2006年3月まで幼稚園3歳クラス,保育所0・1歳クラスと2歳クラスを観察した。この観察資料から作成した事例を分析し考察した。仲間関係の特徴は,0歳クラス児では親和的かかわりが期間を通して多い。1歳クラス児では当初は攻撃的関与が多いものの,冬休みを境に親和的関与が増加した。攻撃的関与は物の奪い合いが最多であるが,冬休み後は自制するようになつた。保育者援助は攻撃行動の制止が最多であるが,それによって関係修復までには至らない。2歳クラス児では仲間関係は遊びに依存していた。男女児共にいわゆる「ままごと」が多く,様々なかかわりをしていた。険悪なときユーモラスな発話をして,場の雰囲気を一変させることがあった。保育者援助では解決を急ぐあまりに不適切な指導が見られた。3歳クラス児ではごっこ遊びが主流となっていた。初期は保育者の援助がないと進展しなかったが,次第に子ども達だけでも展開するようになった。怪獣のような悪役をやる幼児が登場し対立関係のあるごっこ遊びが展開し仲間関係も深まった。保育者が遊び込めない子どもをときどき見過ごすことがあった。遊び込めない子ども達がしばしばトラブルを起こすことが示された。観察と平行して文献研究として心理学と保育指導の文献を検討し,乳幼児期の仲間関係の発達と保育者の援助のあり方をまとめた。2006年4月から2007年3月まで対象者の多くが上記と同じ幼児である幼稚園4歳クラス,保育所2歳クラスと3歳クラスを観察した。その資料は分析中で今回は成果を報告できなかったが,今後,稿を改めて報告する。
著者
下里 俊行 松田 慎也 真野 俊和 二谷 貞夫 浅倉 有子 河西 英通
出版者
上越教育大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1998

本研究成果として東アジア地域史のためのマルチ・メディア教材の試作版を作成し、CD-ROMの形態で製作・頒布した。教材の仕様としては、テキスト(PDF)、画像(JPEG)、動画(Quick Time)から構成されるデータ・ベース型の教材用素材集の形をとり、ユーザー(教員・学習者)による自由検索とローテク素材への出力が容易でかつ追加的にデータを集積することが可能な構造をもっている点を特徴としている。歴史研究・教育のためのマルチ・メディア電子教材開発にかかわる総合的な検討結果は以下の通り。1. 教育用のマルチ・メディア開発では、常に費用対効果のバランスの観点に立って不断に進化するハイエンド技術の応用を志向しつつも教育現場での汎用性を考慮してハイブリッドな技術構成を重視することが不可欠である。2. 複製技術の高度化とともに著作権上の問題が社会的に重視されつつあり、また歴史研究・教育におけるフィールド調査(地理学・民俗学的要素,音楽美術史的要素)に基づく教材・史料に対する専門的な解釈の重要性を考慮して、教材開発においてはアクセス困難な貴重な素材の引用を除いてできるかぎりオリジナルな素材の活用が望ましいという方向性が確認された。3. 国際的な視野から近隣諸国の研究者からレビューを受け、また各国の教材を検討した結果、各国教育関係者の歴史教育上の政策的課題の差異を十分に考慮しつつ、素材のグローカリゼーションの方向で教材開発を行うことが重要であることが明らかになった。4. 今後は、近隣各国の歴史研究・教育の動向を正確に踏まえ、各国の既存教材と比較検討することにより、アジア・太平洋地域におけるわが国の歴史教育の戦略的な検討課題(多文化共生の理念に立ったナショナル・アイデンティティ等)を視野に入れた歴史教材開発を行う必要があることが明らかになった。
著者
宮下 敏恵 北島 正人 森 慶輔 西村 昭徳
出版者
上越教育大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

小・中学校教師におけるバーンアウト尺度の因子構造については、小学校、中学校ともに3因子構造が適切ではないかという結果がみられた。小学校、中学校の教諭においては、個人的達成感の後退が著しく進んでおり、脱人格化得点もやや高いという結果が得られた。学校現場においてメンタルヘルスの悪化は深刻だといえるだろう。その中でも小学校よりも中学の教諭の方がバーンアウト得点は高いという結果がみられた。また教職経験年数により、バーンアウトの進行が異なるという可能性が示唆された。若手教師は情緒的消耗感から進行し、脱人格化、個人的達成感の後退というプロセスを進むという結果が示された。中堅以降の教師は個人的達成感の後退がバーンアウトプロセスの始発点になり、脱人格化、情緒的消耗感と進むという結果が示された。バーンアウトの予防を考える際には教職経験年数を考慮に入れたモデルを考える必要があるといえる。バーンアウト予防の介入のためには、教職経験年数に応じて、教師自身が多忙な中で自分自身の状態をチェックし、どう対応したらよいか振り返ることが必要ではないかと考えられる。バーンアウト低減のためにパソコン上で簡単にチェックでき、結果を振り返ることができる予備的プログラムを作成した。本研究は小・中学校のバーンアウト尺度の因子構造を明らかにし、教師におけるバーンアウトのプロセスを明らかにしたという点が画期的である。さらにバーンアウト予防の介入のために、予備的プログラムを作成したことから、今後バーンアウトのプロセスモデルを精緻化していくことによって、バーンアウトの予防が可能になると言える