著者
ネチャエフ V.A. 藤巻 裕蔵
出版者
帯広畜産大学
雑誌
帯広畜産大学学術研究報告. 自然科学 (ISSN:09193359)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.133-139, 1997-06-30

ロシア極東南部でエゾライチョウが食物として利用している植物は,高木約40種,灌木約45種,蔓植物7種,草本類約55種で,全体では少なくとも140種であった。冬芽,花芽,芽条は秋と冬(10月後半から4月中旬)に食べられた。展開中の葉,芽条,葉は主に春と夏(4〜7月),まれに秋(9〜11月)に食べられた。常緑針葉樹の葉は冬にごくまれに食べられることがあった。果実類や種子は夏と秋(5〜10月)に食べられた。冬芽が食べられた主な種は,Salix spp.,Betula spp.,Acer spp.,Chosenia arbutifolia,Alnus hirsuta,Carpinus cordata,Corylus spp.,Lonicera sppであった。蔓植物ではActinidia spp.とVitis amurensisの果実がよく食べられていた。花芽ではSalix spp.,Betula spp.,Alnus spp.,Corylus spp.,Ulmus spp.なども食べられていた。果実類では新鮮なものは好んで食べられたが,乾燥したものはあまり好まれなかった。種子ではAbies spp.,Picea spp.がまれに,Pinus koraiensisはごくまれに食べられた。食べられる植物の種類数はヨーロッパにおけるより多かったが,これは極東南部の植物相の豊かさを反映したものである。
著者
押田 龍夫 遠藤 秀紀 本川 雅治 木村 順平 Son Truong Nguyen Thida Oo Wynn Than
出版者
帯広畜産大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

インドシナ半島に生息するリス科齧歯類等の小型哺乳類において,河川及び海洋による地理的隔離が種分化の要因であることが示唆された.しかしながら,現在のインドシナ半島に存在するメコン川等の地理的障壁では簡単に説明することが出来ない系統地理学的結果も得られたことから,今後さらに詳細な研究が必要であることが示された.また,研究計画の主目的とは逸れるが,新種のコウモリ1種及びリス1種をベトナムにおいて発見し記載・報告することに成功した.
著者
白水 貴大
出版者
帯広畜産大学
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2017-08-25

マラリアなどのベクター媒介性感染症の予防にはベクターコントロールが最重要である。しかし近年、既存の殺虫剤の環境や人体への悪影響、殺虫剤耐性蚊の出現などの問題から新たなベクターコントロールの開発が望まれている。そこで本研究では、次世代の殺虫分子として注目されている殺昆虫天然毒「ヴェノム」の利用に着目し、ステージ特異的ヴェノム発現原虫によるベクター媒介性感染症の制御法の開発を目指した。解析の結果、蚊に対して強い毒性効果を示すヴェノムが同定され、作製したヴェノム発現原虫のベクターステージへの伝播能が確認された。本研究により、ヴェノム発現原虫による新規ベクターコントロール法の開発が期待された。
著者
澤田 学 合崎 英男 佐藤 和夫
出版者
帯広畜産大学
雑誌
帯広畜産大学学術研究報告 = Research bulletin of Obihiro University (ISSN:13485261)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.18-24, 2010-10

本稿の目的は,牛肉生産における飼料自給率向上の利点に関する消費者評価を検討することである。Best-Worst選択質問実験を用いて牛肉生産における飼料自給率向上の利点に関する消費者の評価を測定する調査を,首都圏在住の618名を対象に2008年3月に実施した。分析の結果,回答者全体としては,「エサに対する安心感」が飼料自給率の向上で最も重視される項目であるが,評価パターンによって回答者は3つの群に分けられることがわかった。さらに,評価パターンには,回答者の,倹約志向ならびに食の安全志向といった態度が顕著に影響することが確かめられた。
著者
小柳 敏郎
出版者
帯広畜産大学
雑誌
帯広畜産大学学術研究報告. 第I部 (ISSN:0470925X)
巻号頁・発行日
vol.13, no.3, pp.217-222, 1983-11-30

1981年1月23日北海道日高支庁西部でマグニチュード7.1の地震が発生した。帯広における震度はIVであった。この地震後に詳細な震度調査を目的としたアンケートを帯広市内の住民に配布し,約1,100枚の回答を得た。アンケートの内容は,地震時に居た場所とその揺れ方などの項目から構成されている。解析の結果,帯広の震度は3.86であった。また,市街地の震度分布図が作成され,この地震に対する震度の地域的な特徴がわかった。1973年の「根室半島沖地震」に対する同様の調査の結果と比較したところ,両者の間には共通した特徴をもつ地域があることがわかった。
著者
秋本 正博 森 睦 徳橋 和也 本多 博一
出版者
帯広畜産大学
雑誌
帯広畜産大学学術研究報告 = Research bulletin of Obihiro University (ISSN:13485261)
巻号頁・発行日
no.36, pp.12-20, 2015-10

マツ科樹木の樹液精油の施用が、夏ホウレンソウの収量や食味の改善に有効であるかを検証した。試験は2013 年に帯広畜産大学実験圃場内のビニルハウスにおいて行った。ハウス内の土壌を3 分画し、それぞれに樹液精油を10a あたり0kg(0kg 区)、1.5kg(1.5kg 区)、3.0kg(3.0kg 区) 施用した。ホウレンソウ品種「ジョーカーセブン」を育苗し、8月2 日に畝間25cm、株間10cm で1 点2 株になるようそれぞれの区に移植した。移植後の各区の苗をさらに3 分画し、それぞれに400ppm の樹液精油を毎週葉面散布する( 多散布)、隔週散布する( 少散布)、散布しない( 無散布) という葉面散布処理を施した。移植31 日後にホウレンソウを収穫し、1 点あたりの収量を計測した。分散分析の結果、収量に対する土壌施用、葉面散布施用、およびそれらの相互作用の全ての効果が認められた。土壌施用の効果については、1.5kg/10a 量以上の樹液精油を施用することによって、無施用の場合よりも収量が高くなることが示された。葉面散布施用の効果については、400ppm 濃度の樹液精油を7 日おきに葉面散布することで、無散布の場合よりも収量が高くなることが示された。土壌施用と葉面散布施用の組み合わせで最も収量が高かったのは、1.5kg/10a -多散布の組み合わせで、生重量は42.2g と樹液精油を全く施用しなかった0kg 区-無散布の28.3g に比べ約5 割も高くなった。また、樹液精油の施用がよるホウレンソウの葉の成分に及ぼす効果を調べるため、収穫後の葉身の硝酸還元酵素の活性、硝酸イオン含有量、および糖含有量を計測した。硝酸還元酵素の活性は、樹液精油を葉面散布により施用することで低下した。一方、えぐみの原因のひとつとされる硝酸イオンの含有量は、樹液精油を施用しても変化しなかった。糖含有量は葉面散布施用の回数が多いほど高くなった。しかし、この糖含有量の変化は人が味覚として感知できる水準のものではなかった。本研究結果から、夏ホウレンソウの栽培において、マツ科樹木の樹液精油は収量の改善に効果的であると考えられた。
著者
大原 久友
出版者
帯広畜産大学
雑誌
帯広畜産大学学術研究報告 第1部 (ISSN:0470925X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.372-384, 1968-05

馴鹿は北極圏周辺に飼養されている反芻動物であり,これらの地方では原住民,ラプランド人などによって飼われている。その用途は乳・肉・輸送用など広範である。この地帯における主な飼料は乾燥したツンドラ地帯に広く分布しているハナゴケである。そのほか,エイランタイ,バイダイキノリおよびミズゴケ類も採食される。著者は馴鹿の飼養について科学的な興味をもって若干の研究を行なったが,今回報告するのは主飼料であるハナゴケの消化率と,ハナゴケ以外の北海道産の飼料で人工飼養を行なったものについてである。すなわち昭和18年4頭の馴鹿を樺太から北海道の帯広畜産大学に輸入されたものについて実施したものである。その結果を要約するとつぎのごとくである。1.ハナゴケの飼料組成,消化率および可消化成分はつぎのごとくである。[table]このようにハナゴケは蛋白質,脂肪含量ともに少なく,粗繊維に富む飼料であるが,前者の消化率は低く,炭水化物の消化率は概して高い。性別,年齢別に若干の差異が認められる。澱粉価は7.65,可消化養分総量は20.36である。2.ハナゴケ飼養時における石灰・燐酸の出納についてみると,前者の出納は負であり,後者は正であって46.5%の吸収率を示している。これらは造骨,角質の成分であるから,馴鹿飼料としてはカルシウム剤の補給が必要である。3.ハナゴケの摂取状況は概して良好であったが,ハナゴケ飼料のみの給与では若干生体重が減少する傾向が認められた。4.馴鹿の常飼料であるハナゴケから人工飼料に切替えした飼養試験によると,飼料を切替えした第1回目の摂取には長時間を要し,かつ嗜好性も低かったが,2日目にいたってようやく人工切替え飼料に馴致し,3日目にいたって完全に摂取するようになった。このように飼料の切替えは馴鹿の生理的状態を良好にし,飼養管理に注意するときは急変しても大きな影響がないようである。5.豆類の多給は下痢および鼓脹症を起こす危険性も大きいので200g位を限度とする。切替えに供用した燕麦,ビートパルプ,豆類,ビート茎葉のほか,乾草とくに2番牧草,ヨモギの葉部を好食し,カシワ葉,カラマツの枝なども摘食した。以上のように馴鹿にはじゅうぶんな適正な運動と飼養法によって人工飼料による増体あるいは栄養の向上が可能であることを認めた。
著者
中野 良三 美濃 羊輔 丸山 純孝
出版者
帯広畜産大学
雑誌
帯広畜産大学学術研究報告 第1部 (ISSN:0470925X)
巻号頁・発行日
vol.9, no.3, pp.p611-622, 1975-10

同伸性と相似生長性の有無を検討するために,オーチャードグラス(Dactylis glomerata L.)の3品種,早生(チヌーク),中生(フロード)および晩生(ペンレート)を用い,1974年6月中旬から7月中旬まで,野外条件下で出葉位の調査および葉身長と葉幅の測定を行った。1)3品種ともに子葉鞘からの分げつは認められなかった。また前出葉からの分げつは生育の旺盛な個体の低節位分げつに認められた。2)3品種ともに主稈と第1次分げつの間に同伸性は認められたが,第2次分げつは対応する主稈葉位より遅れる傾向がみられた。3)3品種ともに第1次分げつ延葉長と主稈相対延葉長との間に相関が認められたが,生長時期を通じて両者の延葉長の割合は一定でなく,相似生長性のないことが明らかになった。
著者
三浦 弘之 泉本 勝利 塩見 雅志
出版者
帯広畜産大学
雑誌
帯広畜産大学学術研究報告. 第I部 (ISSN:0470925X)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.389-401, 1979-11-20

1.硫安分画およびリン酸塩分画により,ヤギミオグロビンを分離,精製した。その結果,409nmに対する280nmの吸光比で示される純度は,もっとも精製された場合で5.25であった。2.純度4.80のヤギミオグロビン画分は,セファデックスG-100およびSDS-PAG電気泳動において単一であり,7.5%ゲルPAG電気泳動において,結晶標品のブタおよびウシミオグロビンと同様に3本のバンドが認められた。これらのことから,純度5.25まで高められたヤギミオグロビンの精製純度は非常に高いと言える。3.ミオグロビンの自動酸化は一次反応であった。4.添加する還元剤(ハイドロサルファイトナトリウム)の濃度を増加させると,自動酸化の速度定数は高くなった。また還元剤を添加して還元型ミオグロビンを調製したあと10分間放置した場合でも同様であった。還元剤濃度0.04%以下で速度定数をほぼ一定にすることが出来るが,0.02%以下では確実に酸素型ミオグロビンを調製出来なかった。したがって,本研究における使用濃度は0.02%とした。5.高純度のミオグロビン(純度5.25)を用いた場合,ミオグロビンの濃度を変化させても速度定数は一定であった。6.調製時の酸素型ミオグロビンの割合を低下させると,速度定数は増加の傾向を示すが,酸素型ミオグロビンの割合が60%以上の場合は,速度定数の変動は無視できる程度であった。高割合の酸素型ミオグロビンに一定の割合で酸化型ミオグロビンを添加した場合,酸素型ミオグロビンの割合の変化に対して速度定数は一定であった。7.ミオグロビンの精製純度を高めるに従って速度定数も上昇した。これは,精製過程において,夾雑タンパク質が除去されたためと考えられる。8.純度5.25のヤギミオグロビンの自動酸化の速度定数は,0.103hr^<-1>であった(24±0.5℃,pH6.0)。これを他の研究報告と比較すると,家畜間では,ウシおよびブタより大きくウマより小さい。9.ミオグロビンの自動酸化速度の測定の際は,添加する還元剤の量,調製時の酸素型ミオグロビンの割合およびミオグロビンの精製純度を正確におさえる必要がある。
著者
野尻 吉之進
出版者
帯広畜産大学
雑誌
學術研究報告
巻号頁・発行日
vol.1, no.4, pp.53-66, 1954-03-30

This is an essay on Sherwood ANDERSON, in which I have tried to explain his art and role in Modern American Literature, by faithfully quoting passages from his works and letters. At the beginning Arthur QUINN's comment on him is cited as an illustration of the conventional view in his age, which disapproves his works by regarding his characters as monsters and admits them to have no promise for the future of American fiction. In short, QUINN concludes that ANDERSON has nothing on when the illusion is dispelled, as is the case with the king in ANDERSEN'S fable. Is ANDERSON really to fade away into thin air, like the king's illusory garments to which QUINN compares his plotless novel? To solve this problem, we must turn our attention to the struggle between the old and new which was conducted both inside and outside himself. His irresistible yearning for the old tradition of art always bumped against the new harsh environment, like an innocent child suddenly thrown into this complicated world. Nor could he shut his eyes to the influence exercised by the machine-driven industry then encroaching on the old handicraft, which, in parallel with the cultural confusion of his age, was disabling the people into mere puppets. No wonder he should have condemned the mechanical civilization as depriving people of art and humanity. The more he yearned for the simple rural life in the past, the more he came to detest the blighted life of his times. His close observation of the modern world only served to make the atmosphere of his works vague and mysterious. As his insight deepened into reality, his characters grew more and more grotesque. This only shows that he was more of an idealist than a realist, more of a poet than a philosopher, and more of an artist than a theorist. Let us call to mind that he loved his words dearly as he had pity on his characters, and the style for him was the artist himself. He only wanted to depict human beings as they were revealed through his vision, and the world he created was not a mere duplicate of this life. What QUINN called his 'monsters' and his 'idle thoughts rarely translated into life' were nothing but his truths personified and subconscious ideas touched by his probe. It is easy for us to feel, if we only want to, the nearly intangible beauty behind the grotesque, exuded from his love and sincerity pulsating below the surface. Thus the aforesaid fable may be regarded as saying "Any child who can appreciate art will be lost in wonder at the luminous gauze enveloping ANDERSON, while conventional people frown at the ugliness of his naked body". Of course there was some confusion unavoidable, when he tried to depict numerous images as they came. across his mind, and especially when he saw men and women in their mental experiences, though the confusion had something ordered, so to speak, a kind of central thought veiled in mystery. By nature 'he was one of those men in whom the force that creates life is diffused, ' and beauty for him was something to be perceived only in formless pervasion. It is natural that a series of new experiments should have led him to a plotless novel. His attempt, however, was too difficult to meet with invariable success, and moreover we must admit that he was utterly helpless in his later years. In this respect Alfred KAZIN may be justified in calling him 'a Prospero who had charmed himself into sleep and lost his wand'. But it leaves little doubt that he did have a magic wand, which helped him strike out new paths in art and inspire a new life into the naturalism at that time. It is a pity that his magic should have come to shut him in a castle with no exit, but no one today will deny his deep and far-reaching influence on Modern American Literature. With his bold, sincere, and unconventional attitude, with his works that may be immature but have their own primitive vigour and naive appeal, and in his important role as a pioneer in an unexploited sphere of literature, we may reasonably conclude that he is the very man to be called the father of Modern American fiction.
著者
藤巻 裕蔵 松尾 武芳 NECHAEV V. A.
出版者
帯広畜産大学
雑誌
帯広畜産大学学術研究報告. 自然科学 (ISSN:09193359)
巻号頁・発行日
vol.19, no.4, pp.231-242, 1996-06-26
被引用文献数
1

1994年6月21日〜7月3日にサハリン中・南部の主要な陸上環境における繁殖期の鳥類の生息状況について調査した。調査期間中に104種の鳥類を記録した。各環境における主要種は,常緑針葉樹林では,ルリビタキ,シマゴマ,カラフトムシクイ,キクイタダキ,コガラ,ヒガラ,マヒワなど,カラマツ林では,ビンズイ,ノゴマ,カラフトムシクイ,コガラ,ヒガラ,マヒワ,カシラダカなど,落葉広葉樹林では,ビンズイ,シマゴマ,ノゴマ,コルリ,キビタキ,カラフトムシクイ,シジュウカラ,ゴジュウカラ,アオジなど,潅木草原や草原では,ヒバリ,ツメナガセキレイ,ノゴマ,シマセンニュウ,マキノセンニュウ,コヨシキリ,ムジセッカ,アオジ,シマアオジ,オオジュリンなどであった。このほか,河川沿い,湖,海岸など水域では,アビ,アカエリカイツブリ,カモ類,シギ・チドリ類,カモメ類,アジサシ類が観察された。
著者
根岸 孝 林 広 伊藤 精亮 藤野 安彦
出版者
帯広畜産大学
雑誌
帯広畜産大学学術研究報告. 第I部 (ISSN:0470925X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.97-101, 1967-03-31

1.「大豆レシチン」に含まれる主なリン脂質は多い順にホスファチジルコリン,ホスファチジルエタノールアミン,ホスファチジルイノシトールおよびホスファチジルセリンであった。2.「大豆レシチン」のリン脂質を構成する主な脂肪酸はリノール酸で,次いでパルミチン酸,オレイン酸,リノレン酸,ステアリン酸等であった。
著者
梅津 一孝 高畑 英彦 干場 秀雄 竹山 一郎
出版者
帯広畜産大学
雑誌
帯広畜産大学学術研究報告. 第I部 (ISSN:0470925X)
巻号頁・発行日
vol.16, no.3, pp.177-184, 1989-11-30
被引用文献数
1

高能率家畜計量作業の技術的指針を明らかにすることを目的に,信号処理アルゴリズム,信号検出ハードウエァー並びに秤本体とクランク型ワーキングシュートの試作を試み,ホル雄子牛肥育牧場と公共育成牧場で実際の牛群を用い計量精度と作業能率の調査を行った。計量精度は,検定用標準分銅での調査の他に,静止体重については,実際の牛群を用い,従来の機械式計量器と供試計量器の精度比較並びに供試計量器の自動計量値(動態体重)と安定時再計量指示値(静止体重)の比較を行った。10頭の4反復調査では,各牛についての平均誤差,確率誤差の大きさはいずれも供試器静止体重<供試器動態体重<機械式静止体重の関係となり供試器は従来の機械式よりも計量値の変動は小さかった。作業能率は作業状況をビデオテープに録画し,再生解析した。計量器本体の性能向上により個体が計量台に脚を掛け計量が開始され演算を終了し計量値が表示されるまでの所要時間は平均4.23秒と正味計量時間が大幅に短縮された。またワーキングシュートの改良により牛の計量台への誘導が円滑に行われ,平均338kgfの牛群において毎時271頭の高い作業能率を得た。
著者
橋本 靖 佐藤 雅俊 赤坂 卓美
出版者
帯広畜産大学
雑誌
帯広畜産大学学術研究報告 = Research bulletin of Obihiro University (ISSN:13485261)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.25-33, 2017-10

自然環境や生物多様性保全の必要性への認識の高まりから,近年,人為的な緑地造成が行われる機会が増えている。その際,対象地本来の自然景観を参考にすることは,より目的に叶った緑地の造成につながりやすいと考えられる。そこで,帯広市周辺の本来の自然景観を推測するために,明治期の開拓以前の状況を,様々な文献を参考にして考察した。有名な江戸後期の十勝日誌等の記述からは,この地域に広い草原地帯があったことがうかがわれ,また,開拓期の様々な記録からも広い草原の存在が示された。また,黒ボク土の分布との関係からは,本地域での広い草原の存在と,野火の発生の歴史が想定された。このように,開拓前の帯広市周辺は,一面が原生的な森林に被われていたわけでなく,その平野部の広大な河川敷は,主に草原に被われていたものと推測された。そのため,帯広市の平野部において緑地の再生を考える際,森林環境だけではなく,湿性の草原や疎林のような環境も,再生するべき緑地景観の候補として,考えに入れる必要があると考えられる。Although restore original landscape enhance biodiversity sustainability, restoration goals often ignore what is original condition and is decided based on natural perception and preference of local people. We investigated the original landscape of Obihiro city, Hokkaido, Japan, by using literature review. Here, we assumed that the landscape from Edo to early Showa periods (i.e. before modern development) as original landscape. Most literature described that landscape was mostly covered by grassland dominated by Miscanthus or Phragmites which was created by flooding. Moreover, the evidence of wide-spread andosol soil could reinforce these evidences with presence of frequent wildfire. We suggest that grassland restoration rather than re-forestation is fundamental to conserve sustainable biodiversity at Obihiro city.