著者
野瀬 遵 小林 秀司
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.269, 2013 (Released:2014-02-14)

ヌートリア Myocastor coypusは南米原産の適応力に優れた特定外来生物である.我が国において,輸入した繁殖個体が戦中・戦後の 2度にわたる毛皮需要低下により放逐され,各地で生息域を拡大している.岡山県では,生息条件が良好であった児島湾干拓地帯に放たれたものが定着するとともに,1970年代以降に県下一円に分布を拡げたと考えられている(三浦,1976). 岡山県においてはヌートリア駆除が促進されているが,この数十年ヌートリアによる農業被害額に大きな変動はみられず,従って個体群構造が比較的安定している可能性が示唆されている(小林ら,2012) 野生動物の駆除や保護を目的とする場合,その対象生物の生態の把握は必須.である.しかし,我が国におけるヌートリアの生態そのものに関する報告は三浦(1970,1976,1977,1994)に留まり,行動圏を長期的に調査した研究はない.そのため,岡山県笹ヶ瀬川にて,ラジオテレメトリー法を用いて,長期的なヌートリアの行動圏とコアエリアの推移を明らかにするべく個体追跡調査を開始した.調査個体は目視調査により,使用している巣穴が特定されていることと,縄張りをすでに確立していると考えられる比較的大型の個体を対象とした.捕獲した個体にヌートリア用インプラント発信器(CIRCUIT DESIGN,INC.社製 LT-04)を埋め込み放逐した.電波の受信には指向性のある 3素子八木アンテナ(有山工業社製 YA-23L),オールモード受信機(アルインコ社製 DJ-X11)を使用し,ラジオテレメトリー法による個体追跡調査を行った. 研究個体の現段階における日周期リズム・行動圏とコアエリアの算出・行動圏利用に関して報告する.また,今後は長期的にデータを積み重ね,ヌートリアの生態解明を目指す.
著者
井上 英治
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第22回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.81, 2006 (Released:2007-02-14)

複雄群を形成する霊長類で、第一位オス(αオス)は、雌へ近接する優先権があり、繁殖に有利であるとされる。しかし、オスの順位は一時的な状態であり、雄の一生を通じて、高順位になったオスが高い繁殖成功が得られているかはわからない。本研究では、αから陥落した雄の一年間の動向から、αオスのリスクについて検討した。タンザニア、マハレ山塊国立公園にて、2004年10月から2005年9月までMグループを観察した。2004年10月時点で、FNはαオスから陥落しており、Mグループの遊動域内を遊動していた。調査中、調査助手や他の研究者を含め、FNを観察できた日は、たったの45日であった。個体追跡した日は23日で、そのうち19日で他の個体と出会った。雌とのみ出会った日は一日のみで、多くの場合で雄と出会った。このうち、MAという同年代のオスと最もよく出会い、2頭だけでいる日もあった。一方、現αオスのALとはあまり出会わなく、ALと出会った日は、合計して5頭以上のオスと出会った日であった。また、発情メスと出会いその発情メスが他のオスと交尾した日は2日のみで、いずれの日もFNは交尾をしなかった。このように、FNは群れの他個体と過ごす日数は少ないが、群れの遊動域内に留まっているようであった。これは、成熟したオスが移籍できないためであろう。仲のよいオスを中心に多くの個体と一緒にいることはできるが、現αオスといることは難しいようであった。このために、他個体と常に行動をともにできないのであろう。また、発情メスがいると騒動が起こる可能性があるので、発情メスがいるときには、群れのメンバーと会わないようにしているのかもしれない。このような状態が長く続くようであれば、生涯繁殖成功を考えたときに必ずしもαを経験したオスが有利とはならないのかもしれない。
著者
澤田 晶子 西川 真理 中川 尚史
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.34, pp.36-37, 2018

<p>群れで生活する霊長類は,他個体との親和的な関係を維持するために社会的行動をとる。複数の動物種が同所的に生息する環境では,異種間での社会的行動も報告されており,ニホンザルとニホンジカが高密度で生息する鹿児島県屋久島や大阪府箕面市においても,両者による異種間関係(以下,サル-シカ関係)が報告されている。サル-シカ関係の大半は,シカによる落穂拾い行動(樹上で採食するサルが地上に落とした果実や葉を食べる)であるが,稀に身体接触を伴う関係もみられる。本発表では,これまでに発表者らが西部林道海岸域で観察した異種間交渉の事例を報告する。敵対的行動(攻撃・威嚇)と親和的行動(グルーミング),いずれの場合でもサルが率先者になることが多かった。シカへのグルーミングはコドモとワカモノで観察され,サルとシカの組み合わせに決まったパターンはなかった。シカがグルーミングを拒否することはなく,シカからサルへのグルーミングは確認されなかった。コドモとワカモノによる「シカ乗り」も数例観察された。ワカモノのシカ乗りは交尾期(9月~1月)に起きており,前を向いて座った状態でシカの背中や腰に陰部を擦りつける自慰行動がみられた。実際に交尾に至ることはなかったものの,ワカモノにとってはシカ乗りが性的な意味合いをもつことが示唆される。一方のコドモは,非交尾期でもシカに乗ることがあった。その際,シカの首に座ったり背中にぶら下がったりと体位や向きにバリエーションがみられたこと,自慰行動を示さなかったことから,コドモにとってのシカ乗りは遊びの要素が強いと考えられる。先行研究との比較を通して,サル-シカ関係について議論し情報を共有したい。</p>
著者
中林 雅 ハミッド・アブドゥル アハマッド 幸島 司郎
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.116, 2013 (Released:2014-02-14)

本大会では,マレーシア・ボルネオ島に生息する食肉目ジャコウネコ科パームシベットの採食生態について発表を行う.【背景と目的】パームシベットは,発達した犬歯,裂肉歯,短い消化器官等,食肉目に共通する形質を有しながら,果実が食物の 70%以上を占める果実食傾向が強い食肉目である.パームシベットは,消化を阻害する大きな種子を飲み込み,果実を十分に消化しないまま排泄する等,食肉目特有の形態が果実の利用を不利にしているように見え,長い進化史において果実食に適応してきた果実食者とは異なる採食戦略を採ることが考えられる.そこで,パームシベットの採食戦略を明らかにするために,以下の観察を行った.さらに,パームシベットが選択する果実の特徴を明らかにするために,果実中の化学物質の分析を行った.【方法】2012年 12月から 2013年にかけて,結実木で,パームシベットを含む果実食者の採食行動を観察した.観察項目は,結実木を訪れた種,結実木での滞在時間(分),採食時間(秒),果実選択時間(秒)である.また,同一結実木内において,パームシベットが選択した果実と,標準果実の化学物質の組成を,高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて分析し,比較した.【結果と考察】結実木での観察の結果,パームシベット 2種(Paradoxurus hermaphroditus, Arctogalidia trivirgata)の他にサイチョウ(Anthracoceros albirostris)とカニクイザル(Macaca fascicularis)が観察された.パームシベットは,結実木での滞在時間,採食時間,果実選択時間すべてにおいて他の 2種よりも長かった.このことは,パームシベットが利用可能な果実は限定されていることを示唆している.また,パームシベットによって選択された果実は,標準果実よりもグルコース量が有意に多かった.その他の化学物質についても分析を進め,得られた結果を基に考察を行う.
著者
落合-大平 知美 倉島 治 長谷川 寿一 平井 百樹 松沢 哲郎 吉川 泰弘
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第22回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.85, 2006 (Released:2007-02-14)

大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)および旧ナショナルバイオリソースプロジェクト・チンパンジーフィージビリティスタディでは、国内で飼育されている大型類人猿の基本情報を収集および公開するとともに、廃棄される遺体の有効利用など、非侵襲的な方法での研究利用の推進をおこない、飼育動物の生活の質(QOL)の向上などにつながる研究の促進と、その研究成果のフィードバックに取り組んできた。本発表では、大型類人猿を飼育する36施設を実際に訪問しておこなわれたヒアリングと、社団法人日本動物園水族館協会(2004年6月2日現在、国内の91の動物園と69の水族館が加盟)によりまとめられた血統登録書や過去の文献などから、大型類人猿の日本での飼育の歴史についてまとめたので報告する。 日本の大型類人猿の飼育の歴史は、江戸時代である1792年にオランウータン(Pongo pygmaeusもしくはPongo abelii)が長崎の出島に輸入されたのが最初である。1898年には上野動物園でオランウータンが、1927年には天王寺動物園でチンパンジー(Pan troglodytes)が展示されている。ゴリラ(Gorilla gorilla)がやってきたのは、戦後の1954年であり、移動動物園で展示された。1950年以降は日本各地に動物園が設立され、1980年に日本がCITESを批准するまで、ボノボ(Pan paniscus)を含むたくさんの大型類人猿が輸入されている。近年は、チンパンジーが56施設352個体(2005年12月31日現在)、ゴリラが11施設29個体(2005年9月30日現在)、オランウータンが24施設53個体(2004年12月31日現在)飼育されているが、亜種問題や血縁関係の偏りなどが明らかになっており、遺伝的多様性を確保したままの個体数の維持が課題となっている。
著者
栗原 望 曽根 啓子 子安 和弘
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

鯨蹄類(CETUNGULATA)は現生哺乳類の鯨偶蹄類と奇蹄類を含む単系統群である.本シンポジウムの開催により,鯨蹄類研究のさらなる発展を期待している. 演題1 キリン科における首の運動メカニズムの解明:     郡司芽久(東京大学大学院農学生命科学研究科)・遠藤秀紀(東京大学総合研究博物館) ほぼ全ての哺乳類は 7個の頸椎をもち,首が非常に長いキリンもその例外ではない.しかしキリンでは,第一胸椎が頸椎的な形態を示すことが知られている.本研究では,キリンとオカピの首の筋構造を比較し,キリン科の首の運動メカニズムの解明を試みた.調査の結果,首の根元を動かす筋の付着位置が,キリンとオカピで異なることがわかった.筋の付着位置の違いから,第一胸椎の特異的な形態の機能的意義について議論する.演題2 カズハゴンドウ(Peponocephala electra)に見られる歯の脱落     栗原 望(国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ) ハクジラ類の歯は一生歯性であり,生活史の中で必然的に脱落することはない.しかし,カズハゴンドウでは,複数の歯を失った個体が非常に多く見受けられる.歯の脱落傾向や歯の形状を調べたところ,歯の脱落が歯周病などの外的要因により引き起こされたのではなく,内的要因により引き起こされたことが示唆された.本種で見られる歯の脱落が示す系統学的意義について議論したい.演題3 偶蹄類ウシ科の歯数変異と歯冠サイズの変動性     夏目(高野)明香(NPO法人犬山里山学研究所,犬山市立犬山中学校) 哺乳類全般の歯の系統発生的退化現象から歯式進化の様々な仮説が提唱されてきているが,これらの仮説は分類群ごとの傾向を反映していない.そこで偶蹄類ウシ科カモシカ類の歯数変異と歯冠サイズの変動性を調べたところ,P 2は変異性が高い不安定な特徴や,計測学的解析から他臼歯とは異なる特徴的な形質を保有することが明らかとなった.この事から,カモシカ類において,下顎小臼歯数 2が将来の歯式として定着する可能性があると考えられる.演題4 愛知学院大学歯科資料展示室とカモシカ標本コレクション     曽根啓子(愛知学院大学歯学部歯科資料展示室) 展示室には1,300頭以上のカモシカの頭骨標本が保管されている.これらの標本は 1989年度から2011年度にかけて愛知県内で捕獲されたものであり,2001年から標本登録されている.この標本コレクションは展示室の収集物でも,研究上重要な位置を占めるものであり,カモシカの形態学・遺伝学的研究に活用されている.本発表では,カモシカの収集・保管活動を紹介するとともに,頭蓋と歯に認められた形態異常および口腔疾患 (歯周病 )について報告する.演題5 鯨蹄類における乳歯列の進化     子安和弘(愛知学院大学歯学部解剖学講座)「三結節説」と「トリボスフェニック型臼歯概念」の陰で忘れさられた「小臼歯・大臼歯相似説」に再度光をあてて,歯の形態学における乳歯と乳歯式の重要性を指摘する.最古の「真獣類」とされるジュラマイアの歯式,I5,C1,P5,M3/I4,C1,P5,M3=54から現生鯨蹄類の歯列進化過程における乳歯列の進化と咬頭配置の相同性について概観する.
著者
市野 進一郎 フィヒテル クローディア 相馬 貴代 宮本 直美 佐藤 宏樹 茶谷 薫 小山 直樹 高畑 由起夫 カペラー ピーター
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.119, 2013 (Released:2014-02-14)

(目的)マダガスカルに生息する原猿類(キツネザル類)は,真猿類とは独立に群れ生活を進化させた分類群である.集団性キツネザルには,性的二型の欠如,等しい社会的性比,メス優位など哺乳類一般とは異なるいくつかの特徴がみられる.こうした一連の特徴は,社会生態学理論でうまく説明できないものであったが,近年,メスの繁殖競合によって生じたとする考え方が出てきた.本研究では,長期デモグラフィ資料を用いて,ワオキツネザルのメス間の繁殖競合のメカニズムを調べることを目的とした.(方法)マダガスカル南部ベレンティ保護区に設定された 14.2haの主調査地域では,1989年以降 24年間にわたって個体識別にもとづく継続調査がおこなわれてきた.そこで蓄積されたデモグラフィ資料を分析に用いた.メスの出産の有無,幼児の生存,メスの追い出しの有無を応答変数に,社会的要因や生態的要因を説明変数にして一般化線形混合モデル(GLMM)を用いた分析をおこなった.(結果と考察)出産の有無および幼児の生存は,群れサイズによって正の影響を受けた.すなわち,小さい群れのほうが大きい群れよりも繁殖上の不利益が生じていることが明らかになった.この結果は,ワオキツネザルの群れ間の強い競合を反映していると思われる.一方,メスの追い出しの有無は,群れサイズよりもオトナメスの数に影響を受けた.すなわち,群れのオトナメスが多い群れでは,メスの追い出しが起きる確率が高かった.このように,ワオキツネザルのメスは群れ内のオトナメスの数に反応し,非血縁や遠い血縁のメスを追い出すことで群れ内の競合を回避するメカニズムをもっているようだ.
著者
香田 啓貴 SHA John OSMANO Ismon NATHAN Sen 清野 悟 松田 一希
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.31, pp.50, 2015

霊長類を含む多くの哺乳類の音声生成には、音源を生み出す声帯に加え、共鳴特性を変化させる声道と呼ばれる呼気流が通過する空間が、重要な役割を果たしている。さらに、鼻腔も気流の通り道になりえるため、音の生成に影響を及ぼすことがある。たとえば、ヒトの鼻母音とよばれる「はなごえ」のような母音の生成では、鼻腔での反共鳴が作用し、ある特定の周波数帯を弱め音声全体の周波数特性を変化させる鼻音化と呼ばれる現象が音の特徴化に重要な役割を果たしていることが知られている。今回、我々は名前の通り鼻が肥大化した霊長類であるテングザルを対象に、肥大化した鼻の音声に与える影響について、予備的な解析を試みた。とくに、鼻の肥大化の状態と音響特徴との関連性について検討した。シンガポール動物園、ロッカウィ動物園、よこはま動物園ズーラシアで飼育されていたテングザルのオスを対象とし、音声を録音し音響分析を行った。分析では、十分に鼻が肥大化した成体オスと、肥大化が途上段階で十分に発達していない若オスとの間で比較を行った。分析の結果、ヒトの鼻母音と同様な鼻音化と呼ばれる周波数特性が明瞭に観測できた。また、鼻音化は鼻の肥大化の状態に関わらず若オスでも確認できたが、鼻の大きさの程度と関係性がありそうな音響特徴は今回の音響分析の解析項目の中には表れにくかった。今後、鼻の肥大化について形態学的な定量的計測や評価を行うとともに、さまざまな音響計測を組み合わせ、鼻の肥大化の状態と音響特徴の関係性についてはさらに精査する必要があると考えられた。
著者
兼松 宜弘 大田 裕介 三尾 海斗 片岡 幸大 藤根 寛也 小川 智司 加藤 翔紀
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第34回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.81, 2018-07-01 (Released:2018-11-22)

本研究は,東山動物園のニシローランドゴリラ5頭の個体間関係の推移を通じ,個々のゴリラの成長過程や動物園の飼育環境下にあるゴリラ群の社会構造の特徴を明らかにすると同時に,今年で4年目を迎えた関高校の継続的な活動の一環として,貴重な動物園ゴリラ群の長期的なデータの確保に努めることも大きな目的としている。東山動植物園のニシローランドゴリラ群は,オトナオス(シャバーニ)とオトナメス2頭(ネネ,アイ),それぞれが生んだオス・メスのコドモ2頭(キヨマサ,アニー)の計5頭からなる。具体的な手法としては,一定時間内における個体間の接触の回数や種類,個体間のおおよその距離を,生徒がそれぞれ担当の個体を決めてチェック用シートに記録し,個体間関係に関する分析と考察を試みている。昨年度の研究では,核オスによる特定の個体(ネネ)への執拗な「いじめ行為」の消長や他の個体の反応に注目し観察を行った。今年度も引き続き,核オスによる「威嚇」「いじめ」の変化,他の個体の反応を追っている。他の霊長類と比べると,ゴリラはおとなしく行動もゆったりとしている。成長も緩やかであり,短期間で変化することはない。ゴリラの行動観察は,様々な制約のある高等学校部活動の研究対象としては,必ずしもふさわしくないのかも知れないが,見方を変えれば,長期的なスパンでの継続的観察が実現できれば,動物園ゴリラ群におけるコドモゴリラから若オスへの性成熟の過程のデータが確保できるため,この研究の大きな意義や必要性が生まれてくる。同じく,いまだ若オス的な行動をとるシャバーニが,成熟した核オスへと変貌を遂げるのか否か,コドモメスのアニーがどのような過程を経てオトナメスへと成長するのかについても,長期にわたる行動観察によって,その過程を明らかにできると考える。なお,本研究は,本校SGH活動の一環であり,中部学院大学竹ノ下祐二教授の助言を受けつつ進めている。
著者
友永 雅己
出版者
日本霊長類学会
雑誌
日本霊長類学会大会プログラム抄録集
巻号頁・発行日
vol.30, pp.72-73, 2014

ヒトでは、同一の顔写真が上下に並べられた場合、下の方が太って知覚される(あるいは上の方がやせて知覚される)。この現象は北岡(2007)やSunら(2012)が独立に見いだされている。この現象を北岡(2007)は「顔ジャストロー効果」とも呼んでいる。これは、現象的にはジャストロー図形と同じ方向の錯視が生じているためである。最近、顔の内部の要素よりも輪郭線が重要であるという報告もなされているが(Sunら, 2013)、この顔ジャストロー効果がなぜ生じるのかについては、まだまだ不明な部分が多い。一つの可能性は、顔刺激の処理様式によるものであろう。また、比較認知科学的な観点からの研究も全く行われていない。そこで、本研究では、ヒトとチンパンジーを対象に、ジャストロー錯視と顔ジャストロー錯視について検討し、2種類の錯視の関係と種間差について検討した。タッチスクリーン上に2つの図形(長方形、ジャストロー図形、またはチンパンジーとヒトの顔写真)を上下に並べて提示し、より横幅の短い(やせた)方の図形を選択することが、チンパンジーおよびヒトの参加者には要求された。その結果、ヒトではジャストロー図形、ヒトの顔、チンパンジーの顔、いずれにおいても、従来報告されていた錯視(上の方がより短く/やせて知覚される)が見られたのに対し、チンパンジーでは、ジャストロー錯視のみが見られ、顔ジャストロー錯視は生じなかった。この結果は、ヒトとチンパンジーにおける顔処理のある側面における種差を反映しているのかもしれない。
著者
河部 壮一郎 小林 沙羅 遠藤 秀紀
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

&nbsp;食肉目における水中への適応進化は幾度かおこっており,そしてその度合いも様々である.これまでに,一部の半水棲種における嗅球が小さくなることが知られているが,このことから嗅球体積は水棲環境への依存度を反映していると考えられている.嗅球体積は頭骨形態から計測できるため,絶滅哺乳類における水棲適応の進化を知る上で欠くことのできない重要な情報である.しかし鰭脚類における嗅球体積が他の食肉動物のものと異なるのかどうか詳しく知られていない.一方,視力や眼球サイズも水棲環境への依存度により変化するとされている.しかし,水棲適応度と眼窩サイズに関係があるのか,その詳細な検討はされていない.水棲適応の進化を解明する上で,嗅球や眼窩サイズが水棲環境への適応度の違いを反映しているのかどうかを明らかにすることは重要である.よって,本研究では食肉目における嗅球および眼窩サイズが脳や頭蓋サイズに対してどのようなスケーリング関係を示すのか調べた.その結果,眼窩・脳・頭蓋サイズは互いに高い相関を示すことがわかった.しかし,嗅球体積と脳あるいは頭蓋サイズとの間に見られる相関は比較的低かった.陸棲種と比較すると,鰭脚類を含む水棲・半水棲種の嗅球体積は,脳や頭蓋に対して小さいという結果を得た.これまで,水棲適応度が高い種ほど嗅球体積は小さくなると言われていたが,鰭脚類においてもこのことは当てはまることが明らかとなった.よって絶滅種における水棲適応度を考える上で,嗅球体積は一つの重要な指標になる得ることが示された.しかし,水棲適応度と眼窩サイズには明確な相関が見られなかった.このことは,視覚器は水棲適応により構造的な変化は示すものの,サイズは大きく変化しないという可能性を示しているが,今後のより詳細な検討が必要である.
著者
盛 恵理子 島田 将喜
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.30, pp.31, 2014

日本の伝統芸能猿回し(猿舞師)では、サルは調教師であるヒトの指示を聞き、観衆の面前で様々な芸をすることができる。しかしサルは芸が初めからできるわけではない。では、「芸ができるようになる」とはどのようなプロセスなのだろうか。エリコ(第一著者)は調教師として茨城県の動物レジャー施設、東筑波ユートピアにおいて、餌を報酬としたオペラント条件付けによる芸の調教を行っている。アカネと名付けられたニホンザル(4歳♀)に、今までやったことのない芸「ケーレイ」を覚えさせるべく調教を行ったアカネはすでに「二足立ち」、「手を出すと前肢をのせる」などができていた。7日間(1日20分間)の調教を行い、その全てをビデオカメラに記録した。動画解析ソフトELANを用いアカネとエリコのパフォーマンスを、ジェスチャー論の枠組みを援用し、コマ単位で分析した(坊農・高橋 2009; Kendon 2004; McNeill 2005)。ストローク長(右手がアカネの場合右背側部、エリコの場合右大腿部で静止してから額に付き静止するまでの動作時間)と、開始・終了同調(エリコのパフォーマンス開始・終了コマに対する、アカネのパフォーマンスの遅れ)の調教日ごとの平均値・標準偏差を算出した。アカネ・エリコ双方において、ストローク長の標準偏差は後半になるにつれ小さくなっていき、平均値は最初と最後でほとんど変化が見られなかった。開始・修了同調は、後半で平均値は0に近づき、標準偏差は減少した。古典的モデルによればエリコは「情報」を教える側であり、芸ができるのでばらつきは最初から小さいと予想されたが、予想とは逆に、エリコもアカネの変化に合わせて自分のパフォーマンスを変化させていたことが示唆される。調教とはサルとヒトの双方が状況と互いに他のパフォーマンスに応じて自分のパフォーマンスを調整し同調させてゆくプロセスのことであり、芸を完成させていく異種間相互行為であると考えられる。
著者
小澤 幸重
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement
巻号頁・発行日
vol.29, 2013

背景:上下顎異なる形態の裂肉歯や通常の臼歯,切歯などの起源はほぼ円錐歯であることは化石試料で明らかであるが,その後の進化あるいは形態形成については上下顎の臼歯が異なる道を辿ったとされる.しかしその要因については殆ど議論が無い.この点を歯の形態形成から検討する.議論:哺乳類の歯の特徴は形態が複雑になることである.その形態形成,即ち咬頭や歯根の分化は開始点から対称に放散する.しかし顎の形成要因の制御によって各種,歯種の固有の形態となる.顎は頭部の一部であり,頭部は体の一部であるため,これらを統一的に解析すると, ①分節(集合)性,②対称(安定)性, ③周期(律動)性が一貫して流れている.即ち 1)上下顎は本来対称である.体制の対称は,相補い一つの目的達成に働く.例えば,左右対称では上下肢,脳神経,視覚,あるいは対立遺伝子(相補遺伝子),神経の相補的特殊化などであり,腸の平滑筋の多軸対称と分節の繰り返しは蠕動運動や振り子運動となる.よって上下顎の相補的関係があることが分かる.2)歯系の相補的関係は左右,そして捕食から咀嚼,嚥下までの左右,頭尾の連携の一部である.3)歯はこれに係わる咬合,裂肉あるいは咀嚼という相補的働きをする.この相補機構は機能的な連動を示すが,歯はこれに加えて形態的に上下顎が噛み合う(咬合)という互いにはまり込む形態をしめす.これを形態的相補性(Morphological complement)と名付ける.4)この視点から歯の進化に関する学説を振り返ると,形態的相補性の確立過程を明らかにしたものである.5)相補性の起源と進化は,生命が地球上に出現し環境と親和し,多細胞となって互いに接着共存し,高度な体制となり組織,器官の相補性へと分化したと考えることが出来る.皆様の御意見を頂きたい.
著者
土屋 萌 落合 和彦 鈴木 浩悦 神谷 新司 加藤 卓也 名切 幸枝 石井 奈穂美 近江 俊徳 羽山 伸一 中西 せつ子 今野 文治 川本 芳
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第33回日本霊長類学会大会
巻号頁・発行日
pp.37, 2017-07-01 (Released:2017-10-12)

2011年3月11日に起きた東日本大震災に伴い,東京電力福島第一原子力発電所(以下,原発)が爆発し,周辺に生息する野生ニホンザル(Macaca fuscata)は,ヒト以外の野生霊長類において世界で初めて原発災害によって放射線被ばくを受けた。放射線被ばくによる健康影響は数多く報告されており,ヒト胎仔の小頭化や成長遅滞もその1つとして知られている。本研究では,被ばくしたサルの次世代への影響を調べるため,震災前後における胎仔の脳容積の成長および,生後1年以内の幼獣の体重成長曲線を比較した。また,脳容積の推定のため,頭蓋骨の骨化度を考慮しCRL(頂臀長)が140㎜以上の個体21頭においてCT撮影により頭蓋内体積を計測した。震災後胎仔は震災前胎仔よりもCRLに対する頭蓋内体積が小さい傾向が見られ,胎仔に脳の発育遅滞が起こっていると考えられた。さらに,0歳の幼獣について捕獲日ごとに体重と体長との散布図を作成し,震災前個体と震災後個体の成長曲線を比較した。その結果,体長が250㎜に達するまでは震災前個体よりも震災後個体の方が体長に対する体重が軽い傾向が見られた。一方,成長が停滞する250~350㎜に達すると震災前個体も震災後個体も体重はほぼ変わらず,再び成長が見られる350㎜以上では大きな差は見られなくなった。以上より,震災後個体は生後も数か月間は成長が遅滞していることが示唆された。
著者
平川 浩文 長坂 有
出版者
日本霊長類学会
雑誌
霊長類研究 Supplement 第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会
巻号頁・発行日
pp.111, 2013 (Released:2014-02-14)

コテングコウモリは春,残雪上のくぼみや穴でときおり発見されている.2010年の哺乳類学会にて,詳細を把握できた 13例の分析に基いて,冬眠の可能性が高いことを報告した.その後も情報収集を進め,2013年春までの 3年間に新たに 15の発見例が加わり,全部で 28例となった.この内,最新の 10例はすべて,発表者の二人が 2013年春に探して見つけたものである.今回の 10例より前には,1例を除いてすべて偶然の発見で,発見時に例外なくコウモリを手にとるなどの干渉が行われ,コウモリを元の場に戻した場合でもその後の経過観察が行われた例はなかった.探して見つけた 2007年の1例についてはコウモリに触れることなくしばらく観察が行われたものの,その後の経過観察は行われなかった.今回,研究目的で探索して 10例の発見に成功し,撹乱を避けた経過観察が初めて行われた.10例の内,1例はすでに死亡していたことが最終的に判明した.残り9例の内 1例を除いては発見時,体の動きがみられず休眠状態にあったと考えられた.発見後,撹乱を避けて観察を続けた結果,日没後 46分から 94分の間にその場を離れるのが確認された.その前には,顔を上げ,周囲を見回す仕草が確認できた.それまでの間,時々姿勢変化があった例も,まったくなかった例もあった.8例については穴から飛び去る瞬間も確認され,1例では飛び立ち時の写真撮影にも成功した.4例については,赤外線サーモグラフィ装置によって,その場を離れるまでの間,体温が上昇する過程を観察できた.5例については,翌朝,同じ穴に戻っていないことが確認された.さらに,1例は発見時の穴の形状から,穴が積雪下で形成され,コウモリが雪の中にいたことが強く示唆された.4例では,発見時,雨で体毛が濡れていたものの飛び立ちが確認されたことから,休眠中の雨濡れは生存の決定的な障害とはならないことがわかった.