著者
佐藤 俊幸
出版者
東京農工大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

チクシトゲアリ(Polyrhachis moesta)は樹上性のアリで、秋に結婚飛行を行い、交尾して翅を落とした女王が枯れ枝中の空洞で越冬し、翌春産卵を開始する。その際、50%近くの巣が複数の女王で構成され、女王どうし口移しの栄養交換さえ行うが、それらに血縁はないことがDNA指紋法により確かめられている(Sakaki,Satoh and Obara,1996)。女王間には餌交換行動や共同育児といった協力行動がみられる。しかし、成熟した巣は多くの場合単女王であることから、多雌創設巣の女王は巣の成熟過程で一個体をのぞき除去されるか、あるいは別の場所へ分かれていくものと推定される。では、なぜ多雌創設が進化したのだろうか?女王の体サイズ、生体重には単雌、多雌創設に関わらず有意差はないことが分かった。創設女王数の頻度分布がポアソン分布の期待値と一致していたことと考え合わせると、創設女王は個体の体サイズやボディコンディションに関係なくランダムに出会ったものどうしで多雌巣を形成していることが示唆された。また、多雌創設巣の女王は、より早く産卵を開始し、より多くのワーカーを育て上げられることが分かった。コロニーの初期の成長速度を速めることは、種内・種間の資源を巡る競争や補食圧の回避を考えると大変重要である。おそらく、野外においても単雌創設より多雌創設の方が、女王あたり期待される繁殖成功率は高いか、悪くても下回らないのではないかと考えられる。ただし、複数いる女王の全てがそのコロニーの女王としては残れず、次第に数が減少していくので、全ての女王が積極的に多雌創設を行うわけではないと考えられる。この種の多雌創設は、出会ったらする、出会わなかったらしない、という日和見的なものではないか。
著者
横山 正 鈴木 創三 渡邉 泉 木村 園子ドロテア 大津 直子
出版者
東京農工大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01

福島県二本松市の放射性Csによる農耕地汚染実態の解明と植物-微生物相互作用によるその除去の加速化を検証した。二本松の優占粘土の雲母は、有機酸で固定したそれを放出した。阿武隈川流域の河川堆積物のその濃度は、秋季に減少し春季に増加した。水田ではオタマジャクシでその濃度が高く、イノシシ筋肉中のそれは自然減衰以上の減少を示した。また、鳥類の精巣や卵巣にその蓄積が見られた。畑の可給態のそれは2013年には1~5%に減少したが、森林土壌では3~13%を示した。植物はPGPR接種で、その吸収量を増大させたが、雲母が固定した分を吸収できず有機酸を生成するカリウム溶解菌の併用で、植物の吸収量を増加させられた。
著者
岡野 一郎
出版者
東京農工大学
雑誌
東京農工大学人間と社会 (ISSN:13410946)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.109-128, 2004-03-26

グレゴリー・ベイトソンのダブルバインド理論が話題になったのは,かれこれ20年ほど前になろうか。当時,ベイトソンの議論は二種類の方向で受容されていたように思われる。一つはニュー・サイエンス的な方向性であり,ベイトソンの議論を悟りや宗教的な体験と結びつけて捉えるものだった。そしてもう一つは,ポスト構造主義的な方向性であり,ここではダブルバインドの持つ破壊的な側面が重視されることになる。いずれにせよ,ダブルバインドそのものは人間同士のコミュニケーションに亀裂をもたらすものであり,およそ共生といったこととは正反対の意味合いで捉えられていた。宗教的な方向性で見る場合でも,ダブルバインドを乗り越えたところに新しいものが見つかる,という話になっていた。しかし,むしろダブルバインドそのものの中にこそ共生の可能性がはらまれているという見方はできないだろうか。ダブルバインド理論が持つ含みは,共生と葛藤の契機が,基本的に同じものに根ざしているという点にあったのではないか。本稿においては,このようなダブルバインドの「可能性」を,コミュニケーションの流れを見ていく中で探っていきたいと思う。ダブルバインド理論は精神分裂病(統合失調症)研究の中から生まれてきたものだ。しかし,その応用範囲はかなり広いと思われる。すべてのコミュニケ-ションにはダブルバインドがはらまれていると考えられるからである。本稿ではまず,ベイトソンの基本的なスタンスを復習しておく。そして,ダブルバインドの状況を概観した後,ベイトソンの議論が持つ限界点を考える。その上で最後に,コミュニケーションを捉える視点としての,ダブルバインドの可能性を見ていくことにしたい。
著者
小原 嘉明 佐藤 俊幸
出版者
東京農工大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

標記の研究課題を追求するために、下記の(1)から(3)の研究を行い、それぞれ下記の成果を得た。(1)ユーラシア大陸内とその近辺の島嶼における「まぼろし色」(紫外色)の翅の雌の分布についてこれについての概要を知るために、「自然史博物館」(ロンドン、イギリス)と「Zoologisches Forshungsmuseum Alexander Koenig博物館」(ボン、ドイツ)に所蔵されている関係地域のモンシロチョウ標本の紫外線写真を撮って紫外線の反射の有無および反射の強さを調査した。その結果、紫外線を反射する翅を有する雌はユーラシア大陸の東の沿海部のみにおいて観察されたこと、その他の、ヨーロッパ、中央アジア、地中海に面したアフリカ北部、およびカナリア諸島とキプロス島には観察されないこと分かった。(2)「まぼろし色」の翅を有する雌の進化について上記の結果と、紫外色の発現条件(幼虫時の長日条件)に基づいて、紫外色翅を有する雌のユーラシア大陸内での進化を追求するために、同大陸とその周辺の地域においてモンシロチョウを採集し、それから得た幼虫を長日条件下で飼育し、得られた雌成虫の翅の紫外色の有無およびその強度を調査した。その結果上記(1)の推測が支持された。すなわち、イギリスからキエフ(ウクライナ)間のヨーロッパでは紫外色を有する雌が見られないこと、北京(中国)およびソウル(韓国)から広州(中国)に及ぶ沿海部と台北(台湾)においてのみ紫外色を有する雌が棲息していることが分かった。またこれらの地域では紫外色を有する雌と有しない雌が混在していることも分かった。これらの結果から、紫外色を有する雌はユーラシア大陸の東方の沿海部近辺において進化したことが示唆された。(3)紫外色の遺伝機構について紫外色翅を有しないオランダのモンシロチョウと、それを有する日本のモンシロチョウを交雑して得られた結果を分析した結果、紫外色は複数の遺伝子座の遺伝子によって支配されていることが示唆された。
著者
小松 健
出版者
東京農工大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2019-04-01

世界的な貿易自由化に伴い、未知の植物ウイルスが農作物に遭遇・感染しこれらにホストジャンプし、パンデミックを引き起こす可能性が高まっている。本研究では、多年生野草が遺伝的に多様なウイルス株を生み出す「ゆりかご」として、農作物へのホストジャンプを準備している可能性を、鑑賞ユリに壊そ症状を引き起こし世界的に問題となっているオオバコモザイクウイルス(PlAMV)を用いて検証する。具体的には、(1)多年生野草に感染し続けることでウイルスの遺伝的多様性が高まるかを調査し、(2)PlAMVの野草分離株と鑑賞ユリの壊そ系統との集団遺伝学的な全ゲノム比較、および逆遺伝学的解析によりホストジャンプを実証する。
著者
臼井 達哉 大松 勉 川野 竜司
出版者
東京農工大学
雑誌
挑戦的研究(萌芽)
巻号頁・発行日
2022-06-30

ヒトと同様に猫の高齢化が進むことで治療の機会が増えているが、病態解明につながる研究がほとんど進んでいない。そこで本研究では、猫の正常肺、腸管、肝臓および腎臓オルガノイドを搭載したマイクロ流路デバイスを作製し、猫から分離された新型コロナウイルスを含む様々なウイルスを灌流させることで多臓器への直接的な影響やウイルス遺伝子の増幅や変異パターンの時空間的解析を行い、猫の生体内におけるウイルス感染症に対する制御機構を明らかにすることを目的とする。
著者
天竺桂 弘子 佐藤 令一
出版者
東京農工大学
雑誌
挑戦的研究(開拓)
巻号頁・発行日
2020-07-30

宿主体内への侵入は、多胚性寄生蜂において寄生成功の必須要件である。この侵入において、多胚性寄生蜂の桑実胚は宿主組織内に損傷を与えることなく侵入し、むしろ宿主は桑実胚を積極的に迎え入れる。このような組織親和的侵入は、一般的に動物界で広く知られる遠縁種間の急性型移植拒絶反応を回避するユニークな現象で、その仕組みとして分子擬態が示唆されてきた。本研究では申請者らがこれまでに多胚性寄生蜂の胚発生期の遺伝子発現解析で得られた情報を基に、組織親和的侵入の仕組みを解明することを目的とする。
著者
石田 寛
出版者
東京農工大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2009

ザリガニは口元にある3対の顎脚を動かし、自ら水流を起こす。小触角にある嗅覚受容細胞に向けて周囲から匂いを集めることにより、水の流れが淀んだ環境でも高感度に餌の存在を検知する。昨年度は、顎脚を模倣したアームを2対備えた水中ロボットを作製し、水流で引き寄せた化学物質を辿って発生源の位置を突き止める実験に成功した。しかし、実際のザリガニの歩行速度に比べ、ロボットの移動速度を遅くしなければ、化学物質源の探知に成功しなかった。そこで今年度は、餌を探して歩き回っているザリガニが実際にどのような流れを作っているか、海外共同研究者であるハル大学(イギリス)のThomas Breithaupt講師と共に再調査した。餌を探すザリガニの行動をビデオカメラで撮影して観察した結果、ロボットに搭載したセンサに比べてザリガニの嗅覚の方が高感度であるだけでなく、ザリガニは状況に応じて顎脚の振り方を変えている可能性があり、その効果を検討する必要があるとの結論に至った。しかし、ザリガニの顎脚と同程度の大きさで、高い自由度を有するアームを作製するのは困難である。そこで、ポンプで生成した水流を様々な方向へ噴出し、ザリガニが作る水流を模倣することを目指した。数値流体力学シミュレーションを行って噴流の噴出方向を検討し、水平方向および斜め45度後方に噴流を生成できる装置を実際に作製した。噴流の向きを変えると、噴流に引き込まれて形成される流れ場が変化する。これにより、化学物質を引き寄せてくる方向や速さを制御できることが示された。さらに、流れがある環境でも化学物質源の探知が可能となるようにロボットを改良することを試みた。ザリガニは、流れがある環境で餌の匂いを検知すると、流れを遡る方向に向かい餌の所在を突き止める。この行動を模倣するため、化学物質を含む流れの方向を判定可能な電気化学センサを開発した。
著者
鈴木 丈詞 レンゴロ ウレット
出版者
東京農工大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2018-04-01

世界的な難防除害虫であるナミハダニを対象とし,経口摂取した二本鎖RNA(dsRNA)によって誘導されるRNA干渉(RNAi)を作用機構とした次世代農薬の研究開発を実施した.まず,摂食機構を調査した結果,本種は直径500 nm以下の粒子を吸汁できることが判明し,この結果は,dsRNAの保護や植物体や虫体内での滞留を制御するための担体開発に資する.次に,dsRNAの効率的な経口摂取を促す複数の手法人工給餌装置を開発し,RNAiスクリーニングを実施した結果,致死効果を示す標的遺伝子を複数見出した.また,dsRNAの鎖長依存的なRNAi効果と,その分子機構も明らかにした.
著者
永岡 謙太郎 平山 和宏 辨野 義己
出版者
東京農工大学
雑誌
挑戦的研究(萌芽)
巻号頁・発行日
2017-06-30

私たちの健康維持には腸内細菌叢が深く関わっています。本研究では、マウスを用いた実験により、母乳中のアミノ酸代謝から産生される過酸化水素が乳子の腸内細菌叢の形成に関与していることを明らかにしました。過酸化水素は乳子の消化管内において外部から侵入してくる様々な細菌に対して門番の様な役割を担っており、乳酸菌など過酸化水素に抵抗性を示す細菌が優先的に腸内に定着していました。本研究結果は、母乳中に含まれる過酸化水素の重要性を示すとともに、アミノ酸や活性酸素による腸内細菌制御方法の開発につながることが期待されます。
著者
伴 琢也
出版者
東京農工大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01

エリコイド菌根菌は子嚢菌門および担子菌門に属し,ツツジ科果樹の細根に菌根を形成する.本菌根は土壌中の栄養塩類の吸収と宿主植物への輸送などの機能を有し,ツツジ科植物の条件不利地域における自生を可能とするものである.本研究では我が国で自生または栽培されているツツジ科果樹(ブルーベリーおよびナツハゼ)を対象とし,根系における菌根菌の感染状況の把握と菌種を同定した.その結果,これらの根系には菌根菌が共生しており,特にブルーベリーについては,二次根と比較して一次根の菌根化率が高いことが明らかになった.また,菌相については栽培地域の環境要因が影響することが示唆された.
著者
丹生谷 博 笠原 賢洋
出版者
東京農工大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2005

タバコモザイクウイルス(TMV)抵抗性遺伝子(N)はウイルス感染により過敏感応答を伴う細胞死を誘導して,宿主細胞内にウイルスを閉じ込めて感染拡大を防ぐ働きがある。我々は,N遺伝子の機能解明を目指して,N類似遺伝子のcDNAを多数単離して解析を行った結果,N類似cDNAには配列上の類縁関係から4つのグループ(A〜D)が存在することが分かった。これらのうち,N遺伝子と相同性の高い2つのN類似cDNA(NL-C26,NL-B69)を代表的クローンとして選定し,それらの全長cDNAを単離した。これらの全塩基配列を決定した結果,NL-C26とNL-B69はN遺伝子と同様のTIR-NBS-LRRクラスに属し,N遺伝子とアミノ酸レベルでそれぞれ78,73%の相同性を示した。次に,NL-C26,NL-B69の機能ドメイン(TIR, NBS, LRR)をN遺伝子の対応するドメインと置換したキメラcDNAを作製し,アグロインフィルトレーション法によりウイルス複製酵素のヘリカーゼドメインp50と共にN. tabacum cv. Samsuinnの葉で発現させた。その結果,NL-C26のTIR, NL-B69のTIR, NL-B69のNBSのいずれかを使用したキメラは明確なHRを誘導したが,NL-C26やNL-B69のLRRを使用したキメラ等はHRを誘導しなかった。以上より,NL-C26のTIR, NL-B69のTIRとNBSにはN遺伝子の機能にとって重要なアミノ酸が保存されていること,また,HR誘導にとってN遺伝子のLRRはN類似遺伝子のドメインには代えられないことが判明した。タバコから機能性ドメインを有するN類似遺伝子の発見は画期的であり,N遺伝子のcDNAを導入した一過性発現でHRを誘導できる系の確立は今後の機能解析に非常に有用である。