- 著者
-
熊谷 幸博
- 出版者
- 東北大学
- 雑誌
- 奨励研究
- 巻号頁・発行日
- 2011
本研究の目的は,河川水生昆虫の遺伝子レベルの生物多様性を低下させている環境因子を解明するために,膨大なDNA塩基配列の中で環境選択が起きている領域(遺伝子座)を検索することである。研究方法として,まず宮城県の6水系(名取川水系等)の源流から下流まで分布する計62地点の主要な水生昆虫4種(ウルマーシマトビケラ,ヒゲナガカワトビケラ,シロズシマトビケラ,フタスジモンカゲロウ)のDNAサンプルを得た。そして,個体間の遺伝的変異の大きさを定量化するAFLP法を用いて計1793個体のDNA多型分析を実施して129-473遺伝子座/種をジェノタイピングした。そして,ソフトウェアBayeScan等による遺伝シミュレーション解析に基づき,環境選択が働かない(中立)仮定下で出現する集団遺伝構造を確率論的に予測した。このシミュレーションでは,まずランダム予測を繰り返し,中立下における遺伝的分化係数Fstの理論出現分布を導く。そして,上記AFLP分析によるFstの観測値を,この理論分布の95%パーセンタイル値よりも極端に大きなFstを示したDNA領域を環境選択的領域として決定する。通常,環境選択を受けた領域の遺伝的分化は中立領域よりも大きくなる。以上の解析の結果,7-23遺伝子座/種が環境選択を受けていることを突き止めた。現地調査等で得た環境データ(標高,流速,BODや栄養塩類等の各種水質,河床材料,GISに基づく周辺土地利用状態等)とこれら環境選択遺伝子座の相関分析の結果から,ウルマーシマトビケラとヒゲナガカワトビケラは標高,シロズシマトビケラは河川水中クロロフィルa濃度,フタスジモンカゲロウはアンモニウム性窒素濃度が最も強く遺伝的選択を起こしている環境因子であることを推定した。