著者
片岡 龍峰 岩橋 清美
巻号頁・発行日
2018-01-30

日時:2018年1月30日(火)~1月31日(水) 場所:国立極地研究所・国文学研究資料館・統計数理研究所 2階大会議室 主催:「天変地異と人間社会の変遷:言葉の在り方と世界の在り方」(2017年度 総研大 学融合推進センター センター長裁量支援研究) 共催:国文学研究資料館・日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画(歴史的典籍NW事業)・異分野融合・典籍防災学
著者
遠藤 利彦
巻号頁・発行日
2017-03

第1部 非認知能力についての研究動向・・・・・・・・・・5 第1章 非認知能力をめぐって:本プロジェクト研究の目的と視点・・・・・7 第1節 非認知能力に関する研究動向・・・・・7 第2節 本プロジェクトの研究課題・・・・・9 第3節 本研究の焦点・・・・・10 第4節 本研究の目的1:社会情緒的コンピテンスについての文献調査による知見の整理・・・・・11 第5節 本研究の目的2:社会情緒的コンピテンスについての実証的研究・・・・・13 第6節 本報告書の構成・・・・・13 第2章 「非認知」なるものの発達と教育:その可能性と陥穽を探る・・・・・15 第1節 「非認知」なるものへの刮目の興りと展開・・・・・15 第2節 「IQ神話」への疑い・・・・・16 第3節 「非認知」なるものの教育の可能性を示す論拠の希薄さと新たなエビデンスの必要性・・・・・18 第4節 「非認知」なるものとは何か?・・・・・20 第5節 「非認知」の何をいかに教育のターゲットとするか?・・・・・22 第6節 結びに代えて:「非認知」の絶対的基盤としての基本的信頼感とアタッチメント・・・・・24第2部 社会情緒的コンピテンスの内容と発達に関する文献調査・・・・・29 第1章 乳児期・・・・・31 第1節 標準的な社会情緒的コンピテンスの発達・・・・・32 第2節 社会情緒的発達における個人差とその要因・・・・・45 第3節 アタッチメント・・・・・59 第2章 幼児期・・・・・69 第1節 自己とその制御の発達・・・・・70 第2節 他者と心の理解・・・・・80 第3節 他者との関わり・・・・・89 第3章 児童期・青年期(1)子供の心理特性・・・・・103 第1節 子供の人となりとその規定要因・・・・・104 第2節 子供の自己の発達・・・・・118 第3節 社会的・道徳的感情とその感情特性・・・・・130 第4節 アタッチメント・・・・・150 第5節 ストレスに対処する個人特性・・・・・158 第4章 児童期・青年期(2)教育場面と発達・・・・・167 第1節 教育文脈で育まれるコンピテンス:学習意欲議論と測定・・・・・168 第2節 感情を学ぶ:Emotional Intelligence(EI;感情知性)をめぐって・・・・・177 第3節 コンピテンスを育む教育環境:学級における営み・・・・・196 第4節 コンピテンスを育む教育環境:教科指導以外の教育の営み・・・・・196 第5章 社会情緒的コンピテンスに関する長期縦断研究・・・・・203第3部 日本の子供の社会情緒的コンピテンスについての実証研究・・・・・237 第1章 乳児期・・・・・239 乳児期の社会的コミュニケーション行動の発達 第2章 幼児期・・・・・247 第1節 研究A セルフコントロールの発達・・・・・247 第2節 研究B 幼児期の社会情緒的能力と社会的行動の発達・・・・・251 第3章 児童期・青年期・・・・・257 児童期・青年期における社会情緒的コンピテンスの様相巻末資料・・・・・277 表1 社会情緒的発達の概要・・・・・279 表2 社会情緒的コンピテンスの一覧・・・・・280
著者
鈴木 幹雄
出版者
大谷学会
雑誌
大谷学報 = THE OTANI GAKUHO (ISSN:02876027)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.p40-48, 1986-01
著者
平川 南
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.45, pp.1-37, 1992-12-25

岩手(いわて)県水沢(みずさわ)市の胆沢城跡(いさわじようあと)から出土した一点の木簡は、「内神(うちがみ)」を警護する射手(いて)の食料を請求したものである。その出土地点は胆沢城の中心・政庁(せいちよう)の西北隅(せいほくすみ)であったことから、ここに内神が祀(まつ)られたと理解した。そこで、古代の文献史料をみると、例えば『今昔物語集(こんじやくものがたりしゆう)』には、藤原氏の邸宅・東三条殿(とうさんじようでん)の戌亥隅(いぬいのすみ)(西北隅)に神を祀っており、その神を「内神」と称している。『三代実録(さんだいじつろく)』によれば、都の左京職(さきようしき)や織部司(おりべのつかさ)に戌亥隅神(いぬいのすみのかみ)が祀られている。一方、地方においても、国府内に「中神」「裏神」(うちがみ)が置かれていた。以上の史料はいずれも九世紀以降のものである。郡家については、八世紀の文書に西北隅に神が祀られていたとみえる。こうした役所の施設内の西北隅に神が祀られたのがいつからかは定かでないが、やがて中央の役所や地方の国府などの最も象徴的な施設の西北隅に小さな神殿を形式的に設けたのであろう。この西北隅は、福徳(ふくとく)をもたらす方角として重視されたことが、各地の民俗例において確認できる。〝屋敷神(やしきがみ)〟を西北隅に祀る信仰は、古代以来の役所の一隅に祀った内神を引き継ぐものと理解できる。近年の考古学の発掘調査によれば、例えば陸奥国(むつのくに)の国府が置かれた多賀城(たがじよう)跡では、その中心となる政庁地区において創建期から第Ⅲ期まで、一貫して左右対称に整然と建物が配置されるが、九世紀後半に至り、それまで建物のなかった西北部に建物が新設され、しかも複雑な建物構造をもち、その後数回建て替えられている。この西北部の建物の時期は、さきの文献史料の傾向とも合致する点、注目される。今後の重要な課題の一つは、諸官衙内に祀られた戌亥隅神の成立時期およびその神の性格などについて明らかにすることである。本稿はあくまでも一点の木簡の出現を契機として、広範な資料の検討を通して中央・地方の諸官衙の西北隅に神を祀っている事実を指摘し、古代の官衙構造や日本文化における基層信仰の実態解明の一資料となることを目的としたものである。
著者
欅 惇志
雑誌
情報処理
巻号頁・発行日
vol.63, no.9, pp.528-532, 2022-08-15

本記事では SIGIR Forumの2019年12月号に寄稿されたThe Neural Hype, Justified! A Recantationの解説記事である.解説にあたり,まず紹介記事の前日譚であるThe Neural Hype and Comparisons Against Weak Baselinesの内容について触れる.それを踏まえて紹介時期の内容を述べる.また,情報検索分野の研究のパラダイムと最先端研究の一部についても言及する.
著者
横川 昌史
出版者
大阪市立自然史博物館
雑誌
大阪市立自然史博物館研究報告 = Bulletin of the Osaka Museum of Natural History (ISSN:00786675)
巻号頁・発行日
vol.76, pp.143-147, 2022-03-31

タシロラン Epipogium roseum(D.Don)Lindl. は熱帯アフリカ,熱帯.亜熱帯アジア,オセアニアに分布するラン科トラキチラン属の菌従属栄養植物である. 1970年代以降,日本におけるタシロランの記録が関東以西で増えはじめ,地域によっては生育地や個体数が増えている.大阪府においても 2000年以降に標本や文献,インターネット上の記録が見られるようになり,過去 20年ぐらいで生育地が増加した可能性が高いと考えられた.今後,大阪府のタシロランの分布拡大状況を記録していく上で,落葉層が堆積した湿った環境に注意を払っていく必要がある.
著者
永島 義男
出版者
東京藝術大学
巻号頁・発行日
2017-03-25

平成27年度
著者
細見 和子 Kazuko Hosomi
出版者
神戸女子短期大学
雑誌
神戸女子短期大学紀要論攷 = The Ronko (ISSN:09193650)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.37-50, 2022-03-01

本研究では、「蒸しパン」が、日本において一般庶民の食生活にどのように普及してきたかを調べた。資料として、社会の出来事の報道を一般に伝えるための定期刊行物である新聞を用いて、「蒸しパン」に関する記事を調べた。普及した要因で特徴的なことは次の5点である。1.1906年(明治39)「蒸麵麭の發明婦人」「飯を蒸かしていた昔からある蒸籠での蒸し製法は簡便であり、滋養もあった。」という記事が最初であった。その宣伝広告「家庭で試される手輕食パン製法(蒸パン種製法)」は、度々掲載された。製法は、大正時代にも受け継がれていた。2.1911年(明治44)頃から膨張剤として発酵過程がない「ベーキングパウダー」が使われ、簡易調理であったことが普及の大きな要因であった。3.1919年(大正8)以降、製法の簡便さから、節米で、女子大學生徒晝の弁當、学童弁當や軍事携帯食など、蒸しパンは米飯の代用食になった。4.1941年(昭和16)、お米の蒸しパン製造に成功した。5.2017年(平成29)、材料をポリ袋に入れ、茹でることによる温かな蒸しパンは、防災食になった。 以上のように、蒸しパンが一般の食生活に浸透してきた要因として、ベーキングパウダーが使われ、簡易調理であったことや小麦粉だけでなく他の材料に替わっても簡単な製法で食することができることも大きいと思われる。これらのことより、現在抱えているアレルギー対応食や防災食に応用できることが示唆された。