著者
岡 京子
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
no.8, pp.92-104, 2009-05-23

日本における高齢者介護施設では「全人的介護」という理念の導入、さらに公的介護保険制度開始による市場化の流れによって脱アサイラム化が図られることとなった。新しい介護理念と市場論理という2つの相反する要求の狭間に立たされたケアワーカーの労働は、措置時代の大規模処遇における労働に比べ、大さく変化していることが予測される。今回、高所得者が入居し職員から「VIPユニット」とよばれているユニットケアの場において参与観察を行いA.R.ホックシールドが見出した「感情労働」の観点からケアワーカーの労働を考察した。その結果、利用者の生活においては、かつてみられたようなアサイラム的状況が薄まり、利用者が人として尊重される部分のみならずケアワーカーと利用者のせめぎあいの場面の誕生という側面があるという事実が見出された。そしてケアワーカーの労働においては、利用者個々の自尊心を支え、かつ利用者間の関係を調整するために、またユニットの統制をとるためにも、自己の感情管理と同時に他者の感情管理技能としての「気づかい」が相即的になされている事実が見出された。
著者
中村 秀郷
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.89-101, 2018

<p>本研究の目的は,更生保護施設職員が刑務所出所者等の社会復帰支援で直面する困難性(心理的ストレス)の構造・展開を明らかにし,その実態を体系的に整理することである.</p><p>更生保護施設職員19名を対象として,個別インタビューによる半構造化面接を実施し,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を用いて逐語データの分析を行った.</p><p>分析結果から12個の困難性概念が生成し,概念間の関係性から,〈制度的・組織的限界へのストレス〉,〈対象者の言動へのストレス〉,〈支援の行き詰まりへのストレス〉の三つのカテゴリーに収斂された.</p><p>本研究では,概念間のつながり,カテゴリー間の流れから刑務所出所者等の社会内処遇の実践現場で直面すると考えられる困難性の予測に示唆を与えた.また,ジェネラリスト・ソーシャルワーク理論だけでは収まらないスペシフィックな刑務所出所者等の社会復帰支援の特徴を提示した.</p>
著者
荒川 理恵
出版者
学習院大学
雑誌
学習院大学上代文学研究 (ISSN:09162453)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.1-14, 2000
著者
中西 善弘
出版者
天理大学学術研究会
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
no.144, pp.p75-86, 1985-03
著者
秋山 余思
出版者
イタリア学会
雑誌
イタリア学会誌 (ISSN:03872947)
巻号頁・発行日
no.36, pp.169-195, 1986-10-30

Secondo i nuovi dizionari e manuali della lingua italiana la classficazione dei verbi riflessivi e un po' diversa da quella di un tempo. Si chiamavano pronominali quei verbi riflessivi, come "accorgersi", che hanno solo la forma riflessiva e non si possono quindi adoperare senza le particelle riflessive le quali costituiscono un tutto unico con il verbo. Ma recentemente si includono nella categoria dei verbi pronominali (o verbi intransitivi pronominali) anche i verbi transitivi che cogniugati con le partricelle pronominali pleonastiche, assumono valore intran-sitivo. Tuttavia si trovano alcuni verbi di questo tipo che non si possono distin-guere facilmente dal verbo riflessivo proprio. L'autore cerca, nel presente saggio, di chiarire quale sia il criterio per clas-sificare i verbi riflessivi, e poi per interpretare la funzione grammaticale di questi verbi investiga le loro origini e la loro formazione diacronica osservando le espressioni latine che corrispondono ai verbi riflessivi italiani. Nel latino classico esisteva la forma riflessiva propria (verbo transitivo piu 'se'), ma la funzione corrispondente a quella del verbo intransitivo pronominale italiano veniva assunta, nella maggior parte dei casi, dalla forma passiva ; e piu tardi comincio a prevalere la forma pronominale per I'analogia con la forma riflessiva propria. Infine l'autore prende in considerazione alcuni verbi intransitivi pronominali la cui forma senza particella riflessiva, cioe forma non-riflessiva, si adopera sia come intransitivo sia come transitivo. La forma non-riflessiva intransitiva ha lo stesso significato della forma riflessiva e prende l'ausillare essere nei tempi composti. Per analizzare il rapporto tra queste due forme si deve esaminare il sistema dei tempi dei verbi riflessivi e della forma passiva dell'italiano antico.
出版者
大東文化大学
巻号頁・発行日
2018

本論文は、日本中世文学と密教との関連を考究することにより「密教文学」の特徴を浮かび上がらせ、「真言文化圏」における文学活動を解明することを研究内容とする。「密教文学」とは、密教思想を基盤として創作された文学であり、広義においては真言寺院などの密教的環境において生み出された作品や、文学作品に見られる密教的要素、仏教経典などの聖教に見られる文学的価値などをも含む。また「真言文化圏」とは、高野山や京都・奈良の諸大寺における芸能、唱導、法会など、文学以外の文化活動を視野に入れたものである。こうした「密教文学」という繋がりと、「真言文化圏」という場を組み合わせることにより、密教と文学との有機的な関係の全貌を明らかにする。本論文では特に中世の代表的歌人である西行、新義真言教学の大成者である頼瑜、諸宗兼学をしつつ説話集を著した無住に焦点を当てるとともに、寺院内において文学が生成される場や、僧侶が文学作品を書く素地となる基礎教養などについても考究した。
著者
八木 透
出版者
佛教大学総合研究所
雑誌
佛教大学総合研究所共同研究成果報告論文集 (ISSN:21896607)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.71-85, 2018-03-25

人間にとって死は何にもまして最大の恐怖であり,また残された者にとって,身内の死ほどやりきれない苦悩はない。さらに死後がまったく未知の世界であるがゆえに,人はさまざまな想像を働かせ,死に至る過程での恐怖を少しでも和らげるための手立てを講じてきた。本稿では死者はいかにして祀られてきたのか,また生者が死者をいかに扱い,生者と死者はどのように交渉したと信じられてきたのか,すなわち死者祭祀の実態と死者を祀る装置としての墓をめぐる伝承について。さらに死者の名を生者が継承する命名法について,具体的な事例に基づきながら考察する。葬送儀礼死者祭祀改葬墓制祖名継承
著者
小原 茉莉子
出版者
岩手史学会
雑誌
岩手史学研究 (ISSN:02899582)
巻号頁・発行日
no.92, pp.17-40, 2011
著者
藤江 慎二
出版者
一般社団法人 日本社会福祉学会
雑誌
社会福祉学 (ISSN:09110232)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.56-67, 2020

<p>本研究は,介護老人福祉施設の介護職員が利用者に対して苛立っていくプロセスを明らかにすることで,不適切な介護の予防的研究および実践に寄与することを目的とした.研究方法には,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いた.分析の結果,介護職員は〈心身状態の不調〉〈モチベーションの低下〉という苛立ちやすい状態で業務につき,そのなかで〈終わらない業務への焦り〉,〈利用者への苛立ち〉が生起していた.これらには〈他職員介護による苛立ち・負担〉という苛立ちを増加させる要因があった.そして最終的に介護職員の〈利用者への苛立ち〉は〈自分自身への苛立ち〉となり,諸種の焦りや苛立ちが悪循環していくプロセスとなっていた.このような現状を介護職員だけの問題にせず,職員,施設,行政機関などが個々の役割を果たし,不適切な介護の予防に向けた総合的な取り組みを検討していくことが必要であると考えられた.</p>
著者
河田 淳
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.27-37, 2011

本論文は,《慈悲の聖母》図像の表現にペストが与えた影響を明らかにすることを目的とする.この図像は,ひざまずく信徒たちをマントで覆うマリアを表わしたもので,13世末から16世紀半ばにかけてイタリア,フランス,ドイツ,ネーデルラントなどで広まった.第一章では,この図像が『詩篇』に登場する「翼をもつ神」のイメージを踏まえたもので,理想的な共同体としての教会を象徴している点を示した.第二章では,この図像がペストから人びとを守護するとみなされた背景に,マリアが神やキリストへ人びとを執りなす仲裁者として信仰された点を指摘した.第三章では,1347年以降に制作された作品のなかでも,マントの外側でペストの矢を受けて倒れている人びとがいるものを取り上げ,慈悲による救済が選択的に表されている点に着目した.ペスト流行期の《慈悲の聖母》図像には,慈悲が信仰を対価に取引されるさまが表されているのである.This paper reveals how the plagues influenced on the Iconology of the "Virgin of Mercy". This figure spread throughout Italy, Germany, France and the Netherlands from the end of the 13th century to the middle of the 16th century. I examine some works of the figure not only from the view of art history but also from social history ―the history of mentality―, for tracing the medieval notion of Mercy. First, I show that the figure was based on the image of winged God in the Judea-Christt ext (Psalm : 91, 4-10) and that it implied the church and the flock of Christians as ideals. Second, I explain why this figure was thought to protect people from the plagues. From the early Christian era, Mary was thought to be able to intercede with God/Christ. In some works made after 1347, one can see people fled into Mary's cloak ; it sheds the plague-arrow which expressed the anger of God/Christ. Finally, I note the works representing a heap of dead men shot by arrows outside the Mary's cloak. Emphasized mercy could lead to the completely merciless sight. People would be selected in proportion to the degree of one's faith.
著者
福田 安佐子
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科 文化人類学分野
雑誌
コンタクト・ゾーン = Contact zone (ISSN:21885974)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2019, pp.122-142, 2019-08-31

『ホワイト・ゾンビ』(1932)においてゾンビは初めて長編映画に登場した。本作の舞台は当時アメリカの施政下に置かれていたハイチである。また、ここでのゾンビとはヴードゥーの呪術により、意思や人間性を奪われたものであり、奴隷や労働者のメタファーとしてこれまで論じられてきた。しかし本作品には人間へと戻るゾンビや、名前や個性が与えられたものも登場している。なぜこのようにゾンビが様々に描かれる必要があったのだろうか。本論文では、まず第1章で『ホワイト・ゾンビ』でのゾンビの描写から、原作の『魔法の島』との影響関係やその差異を指摘し、それら2作品の登場によって、従来の「ゾンビ」という語の意味が大きく変化したことを確認する。第2章では、映画によって新たに付加されることになった、単なる奴隷の比喩からはかけ離れた「ゾンビ」が、作品における人種表象とも関連して、当時のアメリカ内外における情勢を反映したものであることを分析する。『ホワイト・ゾンビ』には、原作の語りを再現するかのように、筆者の体験と主人公の物語が重ね合わせられていくのだが、当時のホラー作品に典型的な人物配置や映像構成も同時に組み込まれている。これらの存在が、本作品を紀行本の翻案からホラー作品へと橋渡ししている。第3章では、女性のゾンビ化と呪術者の関係性を表現している「視線」のあり方に着目し、同時代のホラー映画との影響関係や本作品独特の表現方法を指摘する。以上、『ホワイト・ゾンビ』におけるゾンビ描写の分析から本作品を再検討することで、『ホワイト・ゾンビ』とは、「植民地」での経験を物語化したものだけではなく、西洋社会のうちに存在した社会的・文化的な諸問題をも提起する作品であることを明らかにする。
著者
井原 今朝男
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.139, pp.157-185, 2008-03

鎌倉前期の諏訪神社史料群は、『吾妻鏡』や『金沢文庫文書』などが中核になっており、鎌倉後期には『陬波御記文』『陬波私注』『隆弁私記』『仲範朝臣記』『諏訪効験』『広疑瑞決集』など諏訪信仰に関する史料群が数多くつくられた。これらは、いずれも鎌倉諏訪氏と金澤称名寺の関係僧侶の結合によって集積されたものを基礎資料にしてつくられたものという点で共通している。鎌倉期には、中央の国史や諸記録には知りえない知の体系として諏訪縁起が編纂され、関東で仰信される信仰圏が成立していた。鎌倉期においては、神の誓願・口筆を御記文とし、その聴聞を神の神託として重視する思想が流布した。その中で、諏訪大祝の現人神説や祝の神壇居所説、諏訪明神は「生替之儀」があるとする再生信仰など諏訪信仰独自の神道思想が形成されていた。仏教における念仏思想が諏訪神官層にも浸透して、仏道における神職は死後蛇道におちるという社会通念の存在する中で、仏道との葛藤の中から、諏訪神道という独自の思想が形つくられた。諏訪「神道」思想が、伊勢神道や吉田神道が成立する以前のものとして言説化していたこと、などを主張した。Documents such as "Azuma Kagami" and "Kanazawa Bunko Bunsho" comprise the core of archival material dating from the early Kamakura period on the history of the Suwa shrine, while numerous collections of materials were written on Suwa religious beliefs during the late Kamakura period, including "Suwa Kimon", "Suwa Shichu", "Ryuben Shiki", "Nakanori Asonki", and "Suwa Kogen, Kogisuiketu-shu". A common feature of these materials is that each constitutes a basic corpus of materials collected as a result of the union between the Kamakura Suwa clan and Buddhist priests associated with Kanezawa Shomyo-ji temple. During the Kamakura period, Suwa religious beliefs took hold in the Kanto region following the compilation of Suwa Engi to form a body of knowledge that could not be acquired from national histories and the various records of the central government. The vows, utterances, and writings of deities were recorded, and a belief setting great store in these as divine messages from deities became popular. Shinto beliefs unique to this Suwa religion were created, including beliefs that the Suwa Ohori (head priest) was a living deity and that this deity resided in the shrine altar. Another was the belief in rebirth based on the "rebirth ceremony" of the deity Suwa Myojin. Suwa priests were familiar with the nembutsu belief (in the after-life) in Buddhism and at a time when it was commonly believed that Buddhist priests would be reborn as serpents, Suwa Shinto emerged as a separate religion as a result of tension with Buddhism. This paper argues that Suwa Shinto came into being as a set of beliefs before Ise Shinto or Yoshida Shinto.
著者
若林 真衣子
出版者
東京通信大学
雑誌
東京通信大学紀要 = Journal of Tokyo Online University (ISSN:24346934)
巻号頁・発行日
no.2, pp.105-117, 2020-03-31

アルコール依存症(以下、ア症)の主症状は飲酒に対するコントロール喪失であり、現在の医学では治療対象である主症状が「治癒」困難であるといわれている。しかし断酒を続ける事によって、健常成人と一見変わりない社会生活を送ることが可能である。本稿ではア症者の「回復」を支援するネットワークについて注目し、今までの実践例がなぜ有用だったのか、またどのような課題をもっているのか、「連携」そのものの展開過程・促進要因・阻害要因の観点から分析した。結果、展開過程については個人レベルの顔の見える関係性の段階とその先の広がりや連携内容の底上げの段階があり、支援対象となる地域の現状に応じてその内容が細分される可能性があること、促進要因としては研究会や事例検討会を連携体制構築の要としてきた例は多いが複数の観点からこれが有効であることなど、今までの知見・実践例について一定の根拠を示すことができた。