著者
国訳大蔵経編輯部 編
出版者
東方書院
巻号頁・発行日
vol.宗典部 第3巻, 1932
著者
竹村 謙一
出版者
The Japan Society of High Pressure Science and Technology
雑誌
高圧力の科学と技術 (ISSN:0917639X)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.150-155, 1996-08-20 (Released:2009-08-07)
参考文献数
41

Experimental aspects of pressure-induced metallization and structural change of rare gas solids are reviewed. The metallization process of xenon, which has been extensively investigated through optical measurements, is described in more detail as an example.
著者
三木 安正 波多野 誼余夫 久原 恵子 井上 早苗 江口 恵子
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.1-11,59, 1964-03-30 (Released:2013-02-19)
参考文献数
3
被引用文献数
1

以上のべたように, われわれは双生児の対人関係の発達をさまざまな面から検討してきた。その主な結果は, 以下の点に要約されよう。(1) 親との関係双生児は, 対の相手を持つているという特殊な条件のために, 一般児と比較した時に, 親との関係において差があるのではないか, すなわち, 双生児は相手に対して依存的であるために, 親からの独立は一般児におけるほど抵抗がなく, 早くすすむのではないか, あるいは反対に, 相互に依存的であることは親に対しても依存傾向が汎化し, 一般児より親からの独立がおくれるのではないか, という予想をもつていたのであるが, これらは, いずれも否定され, 双生児と一般児の間に有意な差がほとんど認められなかつた。これに対しては, 母親に対する依存は対の相手に対するそれとは, 質的に異なつたものではないかという理由が考えられる。(2) 友だちとの関係双生児の対の相手が, 親友の役割りを果たしてしまうことから, 双生児の友だち関係は一般児の場合に比べ発展しにくいのではないか, という予想をもつていた。結果は予想どおりで, 双生児は友だちに依存することが少なく, かつまた友だちそのものを求めることが弱いようであつた。相手に強く依存しているときにはとくにこの傾向が著しい。(3) 双生児の自主的傾向双生児の対の相手の存在が双生児の自主的傾向の発達を妨げてしまうごとがあるのではないか, という予想も, ほぼ支持された。すなわち, 一般児にくらべ双生児, しかも相手とのむすびつきが強い双生児ほど, 自分で決める回数が少なく, 他人の決定に従うことが多いことが見出された。第I報 (三木安正ほか, 1963) にも述べたように, われわれは対人関係の発達は, 依存から自立へとすすむという従来の考え方に加えて, その過程として, 依存性の発達をとおしての自立ということを考えてきたわけである。すなわち, 人間は, 赤ん坊時代の, まつたく依存している状態から, 成長するにつれて自文性を獲得していくのであるが, それは, 依存傾向がしだいに禁止されるというのではなく, 依存のしかたに変化がおきて依存の質が変つていくというプロセスをたどつていくものと考えているのである。従来, 自立性は自分の意志を貫きとおせること, 自分ひとりでものごとを処理できること, ひとりでいられること, などというその最終的な現象面が強調されてきた (たとえばHeathers, 1955)。そのために, ひとりでおくことや依存を禁止することが自立性の確立のために有益である, と考えられていたようである。けれどもわれわれは, 自立性とはいろいろなものにじようずに依存し, しつかりした依存構造のうえにたつた自己の確立であるという見方が必要であり, かつまたこのような見方こそが, 教育の場において有効であると考えている。すなわち, 特定の対象への中心化から脱して, さまざまなものに依存しているという状態が自立性の発達する可能性を与えると考えているわけである。この点に関連して, 今回の研究により示唆されたことを次に述べよう。(1) 依存の対象・位置 依存の対象となるものは, それぞれ独自の機能を果たしていると考えられる。IIIでみたように, 双生児も一般児も, 親との関係では差がみられなかつた。双生児は, 相互の結びつきの強い, 同性で同年令の相手を持つているにもかかわらず, そのことによつて親への依存は, ほとんど影響をうけてはいなかつた。親は年令も違うし役割りもちがい, とうてい対の相手ではかわることのできぬ存在なのであろう。3. 3. でも述べたように, 双生児はたしかに対の相手になんでも話し相談するが, 親に相談しなくてはならぬ領域 (たとえば, 進路の決定) も多いことからも, 親が果たしている機能は, 相手のそれとはまた別のものであることがうかがわれよう。もし, 依存構造というものを仮定するならば, その構造の中に親のしめる位置が分化してあり, 他のもの (この場合には, 双生児の対の相手) によつては代用されにくいということが考えられよう。これとは異なり, 依存の対象として比較的よく似た機能をはたしている者相互においては,“代用される”という現象が十分生じうるであろう。事実このことは3. 2., 3. 3. にも示されている。第1に双生児では, 友だちとのむすびつきが一般児よりも弱いということがそれである。そして, さらに3. 3. で分析したように双生児の相手へのむすびつきの強い場合は, 友だちに相談することが少なく, 反対にむすびつきの弱い場合には, 友だちとのむすびつきが強くなつている。みかたをかえれば, 友だちとのむすびつきが強まるにつれて, 相手へのむすびつきが弱まるということである。これは双生児の片方は, 他方に対して友だちの役割り, またはそれ以上のものを果たしてしまうということにもとつくものであろう。友だち-そのほとんどが同年令 (同学年) で同性と考えられる-の機能は, 同年令で同性である対の相手がいつも身近にいるということで, すでにお互いの間で果たされてしまつていて, あらためてわざわざ他に求める必要がおきないのだ, という解釈が妥当のように思われる。“代用される”という点については, 同じく3. 2., 3. 3. で明らかになつたもうひとつの証拠が注目される。それは, 双生児と他のきようだいとの関係は, 友だちの場合にくらべて, 一般児とそのきようだいとの関係にかなり近い, ということである。今回の研究では, 年令の隔たりについての資料がないので, はつきりはつかめないが, 双生児の相手以外のきようだいとの関係は, 年令の隔たりが大きければそれだけ一般児のきようだいとの関係に似てくると予想される。つまり, 依存構造のなかで, 同性で同年令である友人の場所には, 対の相手がおさまつているのだが, 年令のちがうきようだいの位置は, 友だちの場合とはちがつて, 相手では代用されにくい。依存構造の中には, それぞれ質のちがう対象が, おのおのの位置を占めているのだが, 双生児の場合には対の相手がいるため, 相手とよく似た質のものが, すなわち, 友だちや年令の近いきようだいの必要度が小さくなつているのではないだろうか。とくに相手との結びつきが強いときには, この傾向が著しくなるのであろう。(2) 依存の対象の数と距離依存の対象は, 成長するにつれて, 増えていく。親, 教師, きようだい, 友だち, 他人……という具合に増えていくことが知られている。そして, 対象は数が増えると同時に, 身近なものから, 遠い存在のものへと, あるいは現実的なものから抽象的なものへと, その範囲が拡がり, その距離が遠くなる。つまり, 依存の対象は, 徐々にその数と距離とを増したものまでを含めることができるようになつていく。このようなプロセスで, 依存性が発達していくにつれて自立性が獲得される。すなわち, 多くのものに依存している状態は, いいかえればある特定の対象に中心化することがない状態である。したがつて, ある対象によつて行動が左右されてしまう, ということは, 少なくなる。他人に左右されることの少ない, 行動の柔軟性と均衡とを持つことができるのである。このことが, 自立性の発達する前提条件だと考えているわけである。このように考えていくと, 成長のプロセスにおいて, 依存の対象として, 友だちを必要とすることの少ない双生児に, 問題がないとはいえないであろう。双生児は一般に結びつきが強い。われわれが, 幼児双生児について行なつた積木あそびの観察 (久原恵子ほか, 1963) では以心伝心型とよばざるをえないコミュニケーションが多かつたし, また今回の面接においては, 「相手に話していると, 自分に話している感じがする」(中1, 女子) と0いう発言があつたほど, 一体感を持つことが多いようである。双生児においては, ふたりでありながら, ひとりのような感じのする対の相手が, 全然ちがう個体であり, しかも, 全然ちがうものを持つているはずの友だちの役割りまで果たしてしまうことになる。このことは, 次の2点で重要である。ひとつには, このために特定の, 対象への中心化に伴なうマイナスがいつそう大きくなるであろう。中心化される対象が自分といろいろな点で異なつているであろう「親友」などの場合にくらべ, 双生児の中心化する相手は, ある意味では自分自身にほかならない。第2に, このためにこそ, 中心化していることの不都合さが意識されず, 相手に対する依存がいつまでも強いままで, 脱中心化が生じにくい。つまり, 対の相手に強く依存している双生児は, 依存の発達のステツプを踏みはずしてしまうことになりかねない。この点について, われわれは, さらに別の面から別の方法でアプローチするつもりであるが, 3. 2., 3. 3. に述べた, 双生児の自主的傾向の未発達は問題の一端を示しているのではないであろうか。
著者
文京洙
出版者
立命館大学
雑誌
立命館国際研究
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, 2005-06
著者
植田 康孝

本研究の目的は, 2012 年6 月6 日に開票された「(第4 回) AKB 48 27th シングル選抜総選挙」について,ユニット化のメリットとロングテール構造を確認して, 且つインターネットの影響を実証するものである。本研究の実証結果より, 「総選挙得票数」に与える, 「ユーチューブ(政見放送) 再生回数」の弾性値は0.47,「Google+登録ユーザー数」の弾性値は0.97 であることが明らかとなった。劇場からスタートしたため, 元来, AKB 48のファンは自ら「参加したい」「発信したい」という欲求が高い。最大公約数を狙うマスメディアが提示する世界ではなく「自分の興味関心が高いメンバーに近い世界を構築したい」と考えるファンで構成されている。ところがテレビは時間的制約があるため, ファンのニーズを満たし得ない。一方, 制約がないインターネット上では,興味関心メンバー毎のコミュニティが形成され, ファンはマスメディアより満足度を高めることができる。 こうしたコミュニティが増殖するに従い, ファンが活用する情報メディアとしてマスメディアからインターネットへのシフトが進んだ。AKB 48 の場合, 従来のアイドルと異なり, テレビ番組や歌番組などマスメディアでの露出よりも, 「ユーチューブ(政見放送)」や「Google+」などのインターネットや, 秋葉原「ドン・キホーテ」8 階にある「AKB 48 劇場」やCD 購入者を対象とした「全国握手会」など「ライブ・イベント活動」の影響の方が大きいとかねてより指摘されていたが, 本稿での実証結果もこれを裏付けており, 今後のアイドル・プロモーションにおけるメディア選択の方向性の一つを示したと言える。
著者
小松 孝徳 秋山 広美
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会論文誌. A, 基礎・境界 (ISSN:09135707)
巻号頁・発行日
vol.92, no.11, pp.752-763, 2009-11-01

本研究では,ユーザが何かを表現したいけれどもうまく表現しきれないイメージがオノマトペに込められていると考え,そのオノマトペのイメージを数値化し,それを対象に付与することでオノマトペのイメージを具体化して表現するシステムを開発した.まず,言語とは独立した音響的な特徴から感じるイメージである音象徴に基づき子音や母音など音節の構成要素に対して八次元属性ベクトルを設定し,その要素を組み合わせることでオノマトペ全体の印象を八次元ベクトルとして表現することとした.そして,オノマトペの八次元属性ベクトルとロボットのモーションとの属性を対応づけることにより,ユーザがオノマトペに込めたイメージをロボットのモーションに反映するようなシステムを構築した.実際にシステムを操作した体験者に対して,本システムに関するアンケート調査を行ったところ,「操作が楽しい」「また使いたい」という項目に対して,大多数の体験者から積極的に高い評価を受けていることが明らかになったが,「自分の思ったとおりにロボットが動いた」という項目については,そのような積極的に高い評価を受けていなかったことが明らかになった.この原因としては,ロボットのモーションの動作曲線の形状変化が体験者にとって非常に分かりにくかったことに起因していると考えられ,オノマトペの属性値とロボットのモーションの属性との対応を再検討する必要があると考えられた.
著者
小林 武一 井上 真智子 田辺 幾之助 大西 博 福井 作蔵
出版者
The Japanese Society of Applied Glycoscience
雑誌
澱粉科学 (ISSN:00215406)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.186-192, 1978-09-30 (Released:2010-06-28)
参考文献数
25
被引用文献数
1

Chl.vulgarisA1-1y-3(11)をそれぞれ20℃,30℃,40℃ で他養培養し,性質の異なる澱粉を得ることを試みた。得られた澱粉は下記のような特性を示した. 1)クロレラ澱粉の結晶形は培養温度の影響を受けず,いずれもA図形であった. 2)アミロース含量は20℃ 培養で得られた澱粉がわずかに高い. 3)低い培養温度で得られた澱粉ほど低温で膨潤がはじまり,かつ膨潤度が大きく,培養温度の影響が顕著である. 4)20℃ 培養で得られた澱粉は他の培養温度のものに比べて著しく総リン量が多い. 5)クロレラ澱粉は微小(0.5~2μm)で,その形も他の澱粉と異なっているが,それらに対する培養温度の影響は認められなかった. 6)X線回折図,形態観察,アミロース含量などから見るかぎり,細胞内澱粉粒と細胞外澱粉粒との間にほとんど差がなかった.なお,本報告の概要は昭和51年度日本澱粉学会大会で発表した.
著者
小枝 達也
出版者
一般社団法人 日本小児神経学会
雑誌
脳と発達 (ISSN:00290831)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.145-149, 2005-03-01 (Released:2011-12-12)
参考文献数
10
被引用文献数
1

注意欠陥/多動性障害 (AD/HD) や学習障害 (LD) を含めた知的な遅れが明らかではない発達障害児を適正に発見する方法の一つとして, 鳥取県で実施されている5歳児健診と5歳児発達相談の概要について記した.AD/HDやLDおよび識語発達のよい広汎性発達障害児は3歳児健診までの乳幼児健診では, 発達上の問題を指摘されていないことが多く, 指摘されている場合であってもほとんどが識葉の遅れであった.落ち着きのなさや特異的な認知障害, 対人関係の障害などは3歳児健診までの乳幼児健診では気づきにくい問題であり, 5歳を過ぎてから行う新たな健診ないしは発達相談の設置が必要であると考えられた.また, 健診と事後相談を一つのパッケージとして, 保護者の子育て不安や育てにくさなどの訴えに寄り添う形で継続的に見ていく体制が, 知的な遅れが明らかではない発達障害児の適正な発見と学校教育へのつなぎの役割を果たすことができると考えており, そのモデルを示した.
著者
小枝 達也 汐田 まどか 赤星 進二郎 竹下 研三
出版者
一般社団法人 日本小児神経学会
雑誌
脳と発達 (ISSN:00290831)
巻号頁・発行日
vol.27, no.6, pp.461-465, 1995-11-01 (Released:2011-08-10)
参考文献数
10

We followed children with the risk factors for learning disability (LD) at the three year-old screening prospectively. The five risk factors were speech delay, hyperkinesia, delayed social skill, delayed comparative conception (big and small, long and short) and mutistic behaviour. We evaluated seventeen elementary school children using WISC-R and the Pupil Rating Scale Revised. Six of them were diagnosed as normal, six were learning-disabled, and five were mentally retarded children. We proposed that the screening of LD at three years by the risk factors were effective but only partially.
著者
澤本 光弘
出版者
公益財団法人史学会
雑誌
史學雜誌 (ISSN:00182478)
巻号頁・発行日
vol.117, no.6, pp.1097-1122, 2008-06-20

It was in 926 AD that Bohai was conquered by Yelu-Abaozhi 耶律阿保機, founder of the Kitai 契丹 (Liao 遼) Dynasty and was designated as Dongdanguo 東丹国. There were many aspects of Dongdanguo that had escaped researchers until 1992, when the inscribed epitaph of Yelu-Yuzu 耶律羽之 was discovered. In this article, the author first investigates the genealogy contained in the inscription and concludes that the leaders of Yelu Abaozhi's tribe (迭剌部 Dielabu) participated in the governance of Dongdanguo. At that time, the Dielabu had been broken up in order to control its burgeoning power over the other seven tribes, necessitating a redistribution of land and people for the purpose of herding. Dongdanguo was established by allocating authority over Bohai to such members of the Dielabu as the brothers of Yelu-Yuzu. In other words, in the background of the establishment of Dongdanguo there lay not only the problem of governing the former subjects of Bohai, but also the aspect of a nomadic state distributing land and human resources among its members. Secondly, the author puts the bureaucratic chaos of Dongdanguo described in the existing source materials into better perspective based on the inscription. Here, the former bureaucratic system of Bohai, with such offices as Daneixiang 大内相, was not only kept in tact to govern Bohai, but was also instituted as a means for organizing Kitai tribes ; that is, adapted to Kitai society itself. Finally, concerning the reason for moving the capital of Eastern Kitai to Liaoyan 遼陽, the inscription shows that king of Kitai was involved in a decision based on the proximity of Liaoyan to the territory controlled by the Dielabu, rather than the conventional explanation that the move was motivated by the desire to monitor the activities of Yelu-tuyu 耶律突欲, the king of Dongdanguo. There is also the view in the research to date that Dongdanguo did not in fact exist, but the discovery of the inscription clearly shows that Dongdanguo was incorporated into the ruling class of Kitai tribal politics, adapted to its nomadic society and was a functioning polity.
著者
吉田 浩陽 鈴木 真一
出版者
日本法科学技術学会
雑誌
日本法科学技術学会誌 (ISSN:18801323)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.49-55, 2011 (Released:2011-03-05)
参考文献数
8

In Japan, regular gasoline and premium gasoline are used as fuel for motor vehicles. Sometimes an accident will occur in which regular gasoline was filled by mistake instead of premium gasoline and discrimination between regular and premium gasoline is required in the investigation process. According to the standards, regular and premium gasolines are different only in octane value. Since measuring octane value requires a special device, an alternative method for determining a gasoline sample as a regular or premium one is desired. In this paper a new method for discriminating between regular and premium gasoline utilizing gas chromatography/mass spectrometry (GC/MS) is proposed. Analyzation of regular and premium gasoline collected in December 2007, March, June and September 2008 from gas stations of 15 different brands in northwestern Chiba and eastern Saitama prefecture revealed that, compared to regular gasoline, premium gasoline was rich in alkylate while smaller in 2- and 3-methylhexane concentration. All 120 gasoline samples were correctly classified as either regular or premium gasoline by measuring the ratio of alkylate to methylhexane fractions.

2 0 0 0 OA 海舟全集

著者
勝安芳 著
出版者
改造社
巻号頁・発行日
vol.第7巻, 1929