著者
伊東 政明 Alastair A. MACDONALD Kristin LEUS I Wayan BALIK I Wayan Gede Bandem ARIMBAWA 長谷川 大和 I Dewa Gede Agung ATMAJA
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.91-100, 2020-09-30 (Released:2020-11-30)
参考文献数
28
被引用文献数
2

生育初期のココヤシ(Cocos nucifera)農園を模して造成された飼育施設でスラウェシバビルサ(Babyrousa celebensis)の採食行動を調査したところ,思いがけずココヤシ花の採食やココヤシ未熟果の採取行動が記録された。さらにココヤシの幾つかの部位を用いて給餌実験を行い,次のような所見を得た。1)バビルサはココヤシの芽生えや葉を採食せず,2)雌花よりも雄花を好んで採食する。3)未熟果を歯で割ることができるが,成熟果を割ることができない。4)未熟果を採食する際,上下の切歯で果実を咥えて押さえ込み,下顎切歯を果実の壁に突き刺して割り開く。5)嗜好性の高い部位は,成熟果の胚乳と吸器(haustorium)である。この実験でバビルサが採食したココヤシの部位は,コプラを製造する際にココヤシ農園に散乱する胚乳や吸器の欠片と一致していた。その欠片はココヤシ農園主にとって経済的価値はなく,ココヤシ農園に立ち入るバビルサを害獣とみなす十分な証拠は得られなかった。
著者
高江洲 昇
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.15-19, 2017

<p> 動物園の主な役割の1つとして研究が挙げられるが,動物園では研究のための人員,設備および予算は限定的であるため,外部機関と連携することが重要である。円山動物園における外部機関との研究事例を紹介しながら動物園における研究体制について考察する。円山動物園では,北海道大学獣医学研究科繁殖学教室の協力のもと,希少動物への人工繁殖技術の応用として,外尿道口からカテーテルを挿入する方法による精液採取の研究を実施している。ユキヒョウ,ホッキョクグマおよびブチハイエナから精液を採取することに成功しており,アムールトラについては精液採取後に人工授精を実施した。希少動物種の保全および多くの動物種の繁殖管理に重要な研究であり,大学からの専門的な技術や設備の支援により充実したものとなっている。続いて,野生動物調査事業者を中心とした任意団体と共同で行っている札幌市内の野生コウモリに関する研究を紹介する。制限はあるものの一般市民も参加可能という特徴があり,捕獲調査および捕獲したコウモリの飼育を通じてコウモリの生息状況の把握および生態の解明を目指している。こちらは研究目的の達成だけでなく,一般市民への教育効果が期待できる。外部機関と協働しながら行う,種の保全および教育などの動物園の重要な機能と結びついたこのような研究が動物園における研究の特色であり,今後動物園の価値を高めていくと考える。</p>
著者
久保 正仁 半田 ゆかり 柳井 徳磨 鑪 雅哉 服部 正策 倉石 武 伊藤 圭子
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine = 日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.87-90, 2012-06-01
被引用文献数
1

2010年3月に前庭障害を呈したアマミノクロウサギ(<I>Pentalagus furnessi</I>)の雌成獣が保護され,保護されてから6日後に死亡した。病理検査の結果,右耳において慢性化膿性中耳炎・内耳炎が認められ,これによって前庭障害が生じたものと考えられた。
著者
久保 正仁 中嶋 朋美 本田 拓摩 河内 淑恵 伊藤 結 服部 正策 倉石 武
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine = 日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.65-70, 2013-06-01
被引用文献数
4

野生アマミノクロウサギ(<I>Pentalagus furnessi</I>)においてどのような自然発生病変がみられるかを調べるために, 2003年8月から2012年3月にかけて剖検され,ホルマリン固定されたアマミノクロウサギの臓器131頭分について病理組織学的な解析を行った。雌成獣1頭においてトキソプラズマ症が疑われる全身性の原虫感染症が,雄幼獣1頭においてグラム陰性桿菌感染による化膿性気管支肺炎および線維素性心外膜炎が認められ,これらが死因と考えられた。その他,類脂質肺炎と思われる泡沫状マクロファージの肺胞内集簇,限局性の真菌性肺炎,限局性の化膿性肉芽腫性肺炎,肺膿瘍,腎膿瘍など,様々な所見がみられた。なかでも泡沫状マクロファージの肺胞内集簇は113例のうち43例と高率に認められた。本研究では野生アマミノクロウサギでみられる自然発生病変の一端が明らかとなったが,十分な結果とは言い難い。今後は全ての死亡個体について病理学的モニタリングを実施できる体制の整備が望まれる。
著者
中村 幸子 岡野 司 吉田 洋 松本 歩 村瀬 豊 加藤 春喜 小松 武志 淺野 玄 鈴木 正嗣 杉山 誠 坪田 敏男
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.15-20, 2008-03
被引用文献数
2

Bioelectrical impedance analysis(BIA)によるニホンツキノワグマ(Ursus thibetanus japonicus)(以下,クマ)の体脂肪量FM測定法確立を試みた。クマを横臥位にし,前肢および後肢間の電気抵抗値を測定した。その値をアメリカクロクマに対する換算式に当てはめ,クマのFMを求めた。2005年9月から翌年の1月までの間,飼育下クマを用いて体重BMおよびFMを測定したところ,BMとFMの変動は高い相関(r=0.89)を示した。よって,秋のBM増加はFM増加を反映していること,ならびにBIAがクマのFM測定に応用可能であることが示された。飼育クマの体脂肪率FRは,9月初旬で最も低く(29.3±3.3%),12月に最も高い値(41.6±3.0%)を示した。彼らの冬眠開始期までの脂肪蓄積量(36.6kg)は約252,000kcalに相当し,冬眠中に1,900kcal/日消費していることが示唆された。一方,2006年6月から11月までの岐阜県および山梨県における野生個体13頭の体脂肪率は,6.9〜31.7%であった。野生個体のFRは飼育個体に比較して低かった。BIAを用いて,ニホンツキノワグマの栄養状態が評価でき,この方法は今後彼らの環境評価指標のツールとしても有用であると思われる。
著者
和田 新平 ウィーラクン ソンポ 倉田 修 畑井 喜司雄 松崎 章平 柳澤 牧央 内田 詮三 大城 真理子
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.39-43, 2008-03
被引用文献数
1

2004年に沖縄美ら海水族館で飼育中の希少魚種であるリュウキュウアユ(Plecoglossus altivelis ryukyuensis)に死亡するものが認められた。病魚は回転しながら遊泳,あるいは力なく遊泳し,体表に微細な出血点が散在していた。病魚の肝臓には様々な大きさの白色結節が認められ,数尾の魚では腎臓の顕著な腫大も観察された。最も顕著な病理組織学的所見は,体腎,脾臓,肝臓,心臓,鰓および脳膜にみられた肉芽腫性病変であった。これら肉芽腫性病変はマクロファージ様細胞が敷石状に配列する構造を呈していた。肉芽腫内には抗酸性を示す長桿菌が多数観察され,病魚から分離された菌株はMycobacterium marinumと同定された。
著者
宇根 有美
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.103-109, 2011-09-30 (Released:2018-07-26)
参考文献数
10

日本には生きた哺乳類,鳥類および爬虫類が年間約100万頭輸入されており,これらの動物のほとんどがペットとして流通している。ペットは,人と同一の居住空間で飼育されることが多く,幼児や老人など免疫システムが未発達な人との接触も少なくない。このため,これらの動物を原因とする人獣共通感染症の正確な知識を持つ必要がある。さらに,ペットを含むさまざまな動物に接する機会のある専門家は,自らの健康を損なわないためにも,最新かつ適切な感染症に関する情報を知っておく必要がある。 ここでは,最近,国内で確認された輸入動物の人獣共通感染症を主体に実例を紹介する。
著者
進藤 順治 小林 寛
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.79-81, 2003 (Released:2018-05-04)
参考文献数
11

フンボルトペンギンの舌骨装置を観察した。中舌骨はすべて軟骨で構成され舌組織に埋没し,舌と同様に矢尻型を呈していた。底舌骨は短く,後舌骨と癒合していた。舌骨角のうち,角は中舌骨後方で小さく突出し,鰓角は角鰓骨と上鰓骨から構成され,その比は約3:1であった。フンボルトペンギンの中舌骨はすべて軟骨から成り,底舌骨と後舌骨の癒合は,この種の特徴であると思われた。
著者
村田 浩一
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.117-122, 1997 (Released:2018-05-05)
参考文献数
10
被引用文献数
8

ニホンコウノトリ(Ciconia boyciana)は, 150年ほど前までは日本中でごく普通に見られた野鳥であった。しかし, 1971年に兵庫県豊岡市で野生最後の個体が捕獲されたことで, わが国のニホンコウノトリの地域個体群は消滅した。まれに迷鳥として中国大陸から渡ってくることはあるが, 残念ながら定着して繁殖することはない。この鳥が絶滅した主な原因は, 明治時代以降の狩猟による乱獲, 戦時中の営巣木の伐採, 農業改良による生息地の減少, 農薬による餌の汚染, 小個体群内で生じた遺伝的問題などであると考えられている。同様の現象は, 現在の野生ニホンコウノトリの生息地である中国やロシアでも進行しており, 種の存続自体が危ぶまれている。ニホンコウノトリの飼育下繁殖は, 野生個体が11羽となった1965年に兵庫県豊岡市で始まった。さまざまな努力にも関わらず, 日本産のコウノトリの繁殖は成功に至らなかったが, 中国やロシアから若い個体を導入して飼育下繁殖を試みた結果, 1988年に待望のヒナが誕生した。以後, 国内の3施設で順調に繁殖し飼育個体数が増加している。野生復帰計画を具体的にすすめるために, 1992年から専門家による委員会が設置された。遺伝的管理下でより多くの個体を飼育・繁殖させ, 野生復帰の訓練を行う新たな施設も建設される予定である。しかし, 野生復帰までにはまだ多くの問題がある。生息環境の保全は第一の課題である。たとえば, 飛行時の事故原因となる高圧電線への対策, 餌場となる水田の無農薬もしくは減農薬化, 湿地の確保, そして人工巣塔の設置なども考慮しなければならない。地域住民への啓発も大切である。獣医師が本計画に関われる分野は, 飼育下での疾病治療や予防のみならず, 環境保全を含めたはば広いものであると考える。わが国で今後も進展すると思われる各種希少動物の野生復帰計画を成功に導くため, 日本の獣医学は野生生物保護にも積極的に貢献していく必要があろう。
著者
Sarad PAUDEL 坪田 敏男
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.65-69, 2016-04-30 (Released:2018-05-04)
参考文献数
27
被引用文献数
5

ゾウにおける結核は,ヒト型結核の病原体であるMycobacterium tuberculosisによって主に引き起こされる再興感染症の1つである。ゾウからヒトへの伝播が,いくつかの動物園で報告されており,公衆衛生上大きな問題となっている。ゾウの鼻腔洗浄によって得られる呼吸器系サンプルの培養が,ゾウ結核診断の最も信頼できる手法である。しかしながら,この手法の適用はあまり現実的でない。世界の動物園やゾウ飼育施設では,ゾウの結核診断法として抗体検査が開発され,広く使われている。ゾウと象使いでの定期的な結核スクリーニング検査が実施されるべきである。結核陽性の象使いはすぐに隔離され,抗結核薬が処方されるべきである。スクリーニング検査,隔離および治療はゾウとヒトと間での結核伝播を防ぐのに有効であり,飼育ゾウ-野生ゾウ間の結核感染の広がりを抑えることが絶滅危惧種である野生ゾウの保全に貢献することにつながる。
著者
楠 比呂志 木下 こづえ 佐々木 春菜 荒蒔 祐輔
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.37-50, 2009 (Released:2018-05-04)
参考文献数
35

人間活動に起因する全球レベルでの自然改変や環境破壊により,地球史上過去に類をみない速度で,完新世の大量絶滅が進行中であり,その回避は我々人類の急務であると筆者らは考えている。そこで我々は,国内各地の動物園や水族館などと共同して,希少動物の生息域外保全を補完する目的で,それらの繁殖生理の解明とそれに基づいた自然繁殖の工夫や人工繁殖技術の開発に関する研究を展開している。本稿では,我々のこうした保全繁殖研究の内容について概説する。
著者
高見 一利
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.19, no.4, pp.125-130, 2014-12-22 (Released:2018-05-04)
参考文献数
5
被引用文献数
1

動物園・水族館では多種多様な動物を,生息域外保全や教育普及,調査研究といった様々な目的のために,バラエティに富んだ施設や方法で飼育している。広範な動物種を飼育しているため発生し得る感染症は多様であり,公開施設であるため多くの利用者が出入りすることから,飼育動物を感染症から守ることは容易ではない。一方で,近年,動物が関わる感染症が問題化する中で,動物園・水族館においても感染症対策は重視されており,様々な取り組みが進められている。感染症対策の検討にあたっては,予防策や拡散防止策を組織的かつ計画的に進める方法を考えることが求められる。感染症の予防には,日常の健康管理やワクチン接種などによる免疫力の向上,および環境の消毒や物理的バリアの設置などによる感染経路の遮断といった対策が考えられる。感染症の拡散防止には,健康診断や検疫,死亡時の剖検などによる早期発見,および動物の移動制限や隔離,治療,淘汰などによる封じ込めといった対策が考えられる。また,これらの対策の実効性を高めるために,組織的な対応やマニュアル等の作成,必要物品の備蓄などが求められる。動物を生息域外保全や教育普及といった目的で飼育する以上,病原体との接触を完全に遮断できる飼育環境を整えることはほぼ不可能であり,感染を皆無にすることは困難である。したがって,感染症は発生し得るという前提に立って,リスクを低減させる方法を考えることが重要である。
著者
根上 泰子
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.53-59, 2013-06-01 (Released:2018-05-04)
参考文献数
7

野生動物の感染症は,野生動物そのものに影響を及ぼすもの,人,家畜に感染するものなど様々であるが,近年,環境改変などの人為的要因による感染症の発生が問題となっている。野生動物の死亡原因の究明は,時に生態系の異変の指標,また人,家畜の感染のセンチネルとして,感染症の早期発見および対応,ひいては生物多様性の保全にも寄与すると考える。環境省では,平成20年から野鳥での高病原性鳥インフルエンザウイルスの全国サーベイランスを,都道府県,大学,研究機関などとの連携のもと実施し,関係省庁,関係機関,近隣諸外国との情報共有にも努めている。このように特定の疾病に関する危機管理対応は整いつつあるものの,野生鳥獣の死因を幅広く究明する制度は整っておらず,新たな異変や感染症の早期発見の機能は十分とはいえない。本稿では,日本での野生動物の感染症対応の現状と今後の課題について,死亡原因の究明の観点から海外の事例も参照しながら考える材料を提供したい。
著者
野田 亜矢子
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.105-108, 2019-09-25 (Released:2019-11-25)

動物園の4つの使命に数えられていながら,なかなか浸透しているとは言えない「調査・研究」であるが,近年少しずつ動物園の業績として表に出すところが増えてきた。しかし,時間を取ることができない,やり方がわからないなどの理由で,積極的に進められていないことも事実である。広島市安佐動物公園では,開園当初から動物園の使命の一つとして「調査・研究」を大々的に掲げ,様々な形で実践してきた。その一つが地元の自然に貢献しようとの思いで始まったオオサンショウウオの調査・研究事業である。また,各職員の調査・研究の成果をまとめる訓練として,園内職員を対象とした「飼育研究会」の開催および「飼育記録集」の編集が行われるようになった。本来,動物園における調査・研究活動は,このように「業務」として行うべきものであるが,実際には様々な面から難しいこともある。ひと昔前の動物園は単に珍しい動物を見て楽しむところだったものが,現在では先人たちの努力により「種の保存」などの言葉が一般にも浸透してきており,動物園の活動の一つとして広く認知されている。今後さらに「調査・研究」が動物園の業務の一つであることを,内外に浸透させていく必要がある。
著者
小倉 剛 野中 由美 川島 由次 坂下 光洋 仲地 学 織田 銑一
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.7-14, 2001-03
被引用文献数
1

沖縄島に移入された雌のジャワマングースについて,雌の繁殖状態と体サイズの関係を検討し,性成熟に達する際の体サイズを確認した。また,妊娠個体と乳汁分泌個体の捕獲結果および生殖器系臓器の大きさの周年推移から,繁殖周期を推定した。その結果,頭胴長が240mm以下の雌の多くは性的に未成熟で,成長が早い個体では,頭胴長が255mmの頃に春機発動が始まり,性成熟には頭胴長が265mmの頃に達するものと推察された。体重を指標にした場合,体重が約230g以下の雌は性的に未成熟で,最も小型の個体では,体重が230g〜240gの頃に春機発動に入り,体重が265gになる頃には性成熟に到達すると考えられた。また,沖縄島の雌の多くは,2月から交尾期に入り,4月から9月までを主な出産期とし,授乳期は11月頃まで続くものと考えられた。妊娠雌の捕獲の推移は一峰性で,ほとんどの雌は年一産と考えられた。また,非繁殖期と考えられる12月から1月にも,少数個体によって繁殖活動が行われている可能性が示唆された。妊娠個体が捕獲された期間をもとに算出した妊娠率は32.3%であった。1腹産子数は2頭まれに3頭と推定された。胎盤痕の数より,同時に4頭あるいは5頭の着床が可能と考えられたが,胎盤痕の痕跡の程度と胎子数が3頭以下であったことより,4頭以上が着床しても全てが出産に至らない確率が高いことが示唆された。
著者
東海林 克彦
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.9-14, 2008 (Released:2018-05-04)
参考文献数
12
被引用文献数
1 1

本稿では,野生動物についても愛玩動物と同列に情緒的な対象として扱いがちであるなどといった日本人の動物観の特徴についての検討結果を紹介するとともに,このような自然観が野生動物の適確な保護管理の遂行上の障害となるおそれがあることや狩猟の衰退を招いている現状などについて言及した。そのうえで,今後は,日本人の動物観を,動物愛護管理基本指針(環境省)に示された動物愛護管理に関する基本的考え方に即したものに変えて行く必要があること,また,野生動物の個体数調整の方式などについても動物の個体に対する情緒的感情を排した適切な内容に変えて行く必要があることなどを指摘した。
著者
黒木 俊郎 宇根 有美 遠藤 卓郎
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.27-34, 2003 (Released:2018-05-04)
参考文献数
27

クリプトスポリジウムは幅広い種類の脊椎動物に感染することが知られている。近年,爬虫類においてクリプトスポリジウムによる致死性の下痢症が頻発し,有効な治療法も無いために大きな脅威となっている。また,ヘビに由来すると推測されるクリプトスポリジウムのオーシストが水道原水から検出され,水道汚染の観点から新たに関心を集めている。ここでは,爬虫類に寄生するクリプトスポリジウムを中心にして,その生物学的特徴や病原性などの概要を紹介する。
著者
坪田 敏男
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.47-51, 2016-04-30 (Released:2018-05-04)
参考文献数
14

近年,医学および獣医学から生物多様性保全に貢献する学問分野として保全医学が台頭してきている。感染症問題もこの保全医学からの視点で捉えることが大事で,有効な感染症対策を考えるには,人や家畜での病因学や疫学に関する情報に加えて,野生動物を含む自然界での宿主,ベクターおよび病原体(微生物)の生態についての知識が必要である。本稿では,ライム病および回帰熱Borrelia spp.,Anaplasma spp.,Ehrlichia spp.,Candidatus Neoehrlichia sp.およびBabesia spp.といったマダニ媒介性感染症を例にとり,動物宿主-ベクター-病原体の関係を“disease ecology”の観点から眺める。
著者
多々良 成紀 杉山 広 熊沢 秀雄 斑目 広郎
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.45-47, 2010-03
参考文献数
15

高知県の動物園で飼育されていたミーアキャット(Suricata suricatta)の1例について,左肺の虫嚢から2隻の吸虫が認められ,その虫体と卵の形態学的特徴およびDNA分析から宮崎肺吸虫(Paragonimus miyazakii)と同定された。ミーアキャットの飼育区画に侵入した野生サワガニ(Geothelphusa dehaani)を摂食し感染したと考えられた。本例は,輸入動物であるミーアキャットが動物園飼育下で宮崎肺吸虫に自然感染した初めての報告である。
著者
ガルシア G.W. バプチステ Q.S. アドグワ A.O. 加国 雅和 有嶋 和義 牧田 登之
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.55-66, 2000
参考文献数
20
被引用文献数
1 14

ヨーロッパ人が入る前には南米, 中米およびカリブ海諸国の一部ではアグーチが重要な蛋白資源であった。最近トリニダード・トバゴではアグーチを飼育繁殖して食肉その他として利用するようになっている。飼育に重要な餌付けのために, 消化器官の解剖学的知見が必要であるが, これまでの文献は, 数少なくまた, 胃, 腸など個々の部分について述べているので, 本報では全体を概観して口腔, 食道, 胃, 小腸, 大腸, 各部分の構造と長さおよび相対的重量を記載した。材料はトリニダード島南部のハンターから入手した10頭のアグーチを用いた。現場で採材後凍結し, 解剖はそれを解凍して行った。歯式は1013/(1013)=20で, 犬歯と前臼歯の間隙が広い。食道は長さ15.4cm, 直径0.5cm位で, 胃の長さは平均13.8cmであった。小腸の長さは全体で700±124cmであった。十二指腸と空腸の直径は1.4cmで回腸の直径は0.4cmであった。大腸のなかで特徴的なのは盲腸でその頭部の直径は4.2±0.8cm, 尾部の直径は2.4±0.4cmと太く, 胃よりやや小さい程度で, 盲腸の長さは平均22.5cmであった。結腸の直径は近位部は2.4±0.9cmとやや太いが遠位部は1.3±0.4cmと細くなっており, これは直腸とほぼ同じ太さである。結腸と直腸の長さは117±2.5cm。肛門腺が一対みられ, 長さ1.8〜3.0cm, 幅1.3〜1.8cm, 重さ1.3〜3.5gであった。左側の腺の方が右側よりも重い。アグーチは小腸が長いのが特徴で, 絨毛の密度の比較解剖学の材料に好適である。今後の盲腸, 肛門腺の比較解剖学的研究にも役立つであろう。