著者
菅井 益郎
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.4, no.3, pp.51-63, 2013-03-20

田中正造が亡くなる直前の日記に書いた「物質上,人工人為の進歩のみを以てせバ社会は暗黒なり。デンキ開ケテ,世見暗夜となれり」は,東京電力福島第一原発事故の本質をえぐり出している。日露戦争にかろうじて勝利して本格的な電化の時代を迎えたとき,田中は文明の象徴としての電気を使いこなせる哲学があるのかときびしく問い,足尾銅山の急速な近代化がもたらした深刻な鉱毒被害を踏まえて,「知」の偏重に対して自然や生命の視点から技術をコントロールする「徳」の重要性を強調したのである。3・11東日本大震災とともに起こった未曾有の原発事故は田中の警告を現代に甦らせた。事故から1年8ヵ月が経った今も事故は収束せず,不安定な状態にある。16万人に及ぶ人びとが不便な避難生活を強いられ,また福島県の広範な地域の放射能汚染は憂慮すべき状況にあり,子どもたちの将来が心配されている。雇用や損害賠償,医療や移住,労働者の被曝,汚染土壌の処理など未解決の問題が山積し,来電福島原発事故は足尾,水俣に続く重大な公害事件となった。
著者
乾 彰夫 樋口 明彦 佐野 正彦 平塚 眞樹 堀 健志 三浦 芳恵 Andy BIGGART
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.120-131, 2021-06-25 (Released:2023-06-26)
参考文献数
36

1990年代以降,若者の大人への移行は著しく長期化した。若年労働市場の悪化は離家や家族形成に深刻な影響を与えている。しかし国による社会保障制度の差は,それらへの影響に違いをもたらしていることが考えられる。すなわち若者への保障が厚い制度のもとでは労働市場でのリスクは必ずしも直接に離家や家族形成に影響を与えない一方,それが乏しい制度のもとでは影響が直接的であることが予想される。本研究では若者の離家と家族形成への社会保障制度の効果について,日英比較を通しての検証を行う。日本の若者への社会保障は極めて限定的である。一方イギリスのそれは近年大きく後退したもののなお一定の厚みがある。分析結果からは,家族形成において,イギリスでは労働市場におけるリスクに対して社会保障が一定の緩和機能を果たしている一方,日本ではその効果はほとんど見られないことが示された。
著者
遠山 真世
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.88-98, 2015-07-25 (Released:2018-02-01)

障害者権利条約の批准に向けて,日本でも差別禁止法制の具体的な検討が行われ,障害者雇用促進法が改正されることとなった。しかし「障害を理由とした差別」や「合理的配慮」,差別禁止と雇用率制度の関係,労働能力にもとづく取扱いをめぐっては議論の余地が残されている。そこで本稿では,障害による「能力面・生産面での不利」に着目し,障害者の雇用・就労問題を整理するとともに,今後検討すべき4つの論点を抽出した。
著者
井口 泰
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.8-28, 2016 (Released:2018-06-11)
参考文献数
41
被引用文献数
1

地球規模の気候変動などグローバルリスクの高まり,地域の経済統合の進展や各国における所得・富の格差の拡大などを背景に,国際的な人の移動は増加傾向をたどる可能性がある。本稿は,これらの情勢を踏まえて,わが国の外国人労働者問題の現状を,社会政策との関連において整理し,将来を展望することを目的とする。 わが国の外国人労働者問題の経緯と制度・政策の改革の現段階を詳細に考察すると,1990年に発足した現在の国の制度的枠組みは,依然として出入国管理政策に偏り,外国人を受入国・社会に統合する政策の多くは,自治体の取り組みに依存する。こうしたなかで,1)アジアでは,急速な少子高齢化と若年人口の移動により,高度人材のみならず,ミドル・スキル職種を中心に低技能職種に至る多様な労働需給ミスマッチが発生している。日本でも,就労する外国人労働者のうち,就労目的で入国した者は3割に達せず,在留する外国人の言語習得や資格取得の支援の必要性が大きい。2)アジアの新興国経済が台頭するなか,次第に先進国から新興国への人材移動が高まってきた。日本でも,今世紀になって外国人人材の流出傾向が強まったが,アジアからの留学生増加が人材流出を補ってきた。3)アジアでは,若年者の地方から大都市への移動が進んでいる。日本では,若年人口の減少する地方都市で,外国人人口比率が高まり,永住権を有する外国人が在留外国人全体のが半数に達し,外国人二世・三世を受入国社会に統合する施策の重要性が高まっている。4)アジアでも,ASEAN共同体の発足に伴い,外国人の人権確保が重要課題として取り上げられた。ところが,日本では外国人差別の禁止などに関する法制度整備の進展は遅い。 難民の増加などで国際移動が高まるなか,わが国の現行政策の枠組みをこのまま維持していては,外国人が安定した就業・生活を享受できず,労働需給ミスマッチを緩和することも難しい。在留する外国人と子どもたちが社会の底辺層を形成するリスクを高めないよう,入管政策と統合政策を二本柱とする包括的な外国人政策への転換が急務である。
著者
浅見 和彦
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.57-72, 2020-03-20 (Released:2022-04-04)
参考文献数
50

安倍政権の「一億総活躍社会」政策では,労働者の代表としての労働組合の役割について触れられることがない。また,研究者のあいだでも,長期にわたって後退する日本の労働組合の問題への関心は乏しいものである。 そこで,この論文は,日本の労働組合の組織と活動の変貌と現況について,主要なセクターごとに――すなわち,民間大企業の中核労働者,中小企業の労働者,国家・地方公務員,専門職・技能職,そして非正規労働者にわけて――分析し,要約する。 そして,後半では,それぞれのセクターの労働組合が直面している構造的・長期的な問題と改革のための主要な課題を議論する。また,職場・産業・地域の視点から見て,雇用関係を規制するために相応しい方策を示唆する。 最後に,さまざまな階層の労働者のあいだにおける「有機的連帯」を確立する必要性を主張する。
著者
朱 [ミン]
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.46-55, 2013-12-30 (Released:2018-02-01)

今日の欧米の公的扶助制度は,(1)「最後の拠り所」というセーフティネットの維持,(2)「貧困の罠」,「福祉依存の罠」を回避し,労働インセンティブを高めることによる財政的負荷の軽減,という2つの異なる要請に迫られているという。中国の最低生活保障制度は,まさにこの2つの要請の狭間で呻吟している。1999年に国有企業から排出された大量の余剰人員のために創設されたこの制度は,2000年以降,(1)に対応するため,「応保尽保」による適用対象の包摂,「分類施保」によるニーズに対する確実な保障,(2)に対応するため,労働能力をもつ者に対する給付基準の引き下げ,ハードなワークフェアが行われ,いわば選別主義の拡充と選別主義の限定化が並行している状況である。本稿は,中国の社会保障制度における公的扶助の位置づけを念頭に置きながら,最低生活保障制度の導入過程と展開を概観し,その背景と特徴を考察することによって最低生活保障制度が置かれている難しい状況を明らかにする。
著者
吉永 純
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.11-25, 2019-06-30 (Released:2021-07-01)
参考文献数
25

「半福祉・半就労」が注目されるのは,非正規職が4割を占めるに至っている雇用の不安定化やそれに起因する実質賃金の停滞等によって,仕事に就いたとしても賃金だけでは健康で文化的な生活が保障されない労働者,就業者が少なくなくなってきたところにある。このような労働者,就業者に対しては,最低賃金の引き上げ等,労働サイドにおける政策的対応と併せて,「半福祉・半就労」による最低生活を保障しながらの就労支援が必要となる。 本報告は,「半福祉・半就労」を進めるためには,生活困窮者自立支援制度と生活保護制度のそれぞれの間口を広げるとともに,両制度の一体的実施や,切れ目のない支援が求められていることを指摘するとともに,両制度による生活保障と自立支援のあり方を,社会保障審議会等での議論を踏まえ検討するものである。
著者
森 詩恵
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.9, no.3, pp.16-28, 2018-03-30 (Released:2020-05-15)
参考文献数
41
被引用文献数
1

本稿の目的は,「福祉の市場化」という視点から,わが国の高齢者福祉政策の変遷を再検討し,介護保険制度の現状と根本的課題を提起することである。本稿の結論は以下の4点である。第一は,高齢者福祉政策における「福祉の市場化」は1980年代半ばからのシルバービジネスの登場と措置制度下での民間事業者への委託実施,2000年からの介護保険制度導入という二段階で実施された。第二に,介護保険制度導入により介護サービス事業者だけでなく,ケアプラン作成機関,訪問調査等にも民間事業者が参入し,これまで行政が担ってきた「相談業務」など介護サービス供給における基盤部分でも「福祉の市場化」が進んでいる。第三に,介護保険制度の根本的問題は,公的責任のもとでの利用者の生活保障がなされていない点である。第四は,2014年改正では地域や民間事業者の活用と高齢者の社会参加が求められ,地域包括ケアシステムという名のもとで「日本型福祉社会」論の再来の危険をはらんでいることが懸念される点である。
著者
平尾 智隆 梅崎 修 松繁 寿和
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.99-109, 2011-10-20 (Released:2018-02-01)

本研究の目的は,企業人事部アンケート調査の個票データを用い,企業内における大学院卒従業員の処遇プレミアム(採用,初任給,賃金上昇率,昇進,初任配属の優位性)がこの10年余りでどのように変化したのかを分析することにある。近年,大学院の量的拡大・質的変容が起こっているが,大学院教育の労働市場効果については,学術的にも政策的にも重要な課題であるにもかかわらず,ほとんど検証がなされてこなかった。コホートデータを分析した結果,1998年調査時より2009年調査時において,学部卒従業員と比較した大学院卒従業員の処遇プレミアムは目減りしていることが確認された。特に文系においては,学部卒と大学院卒の代替的関係が顕著であった。産業の高度化やグローバル化が高度職業人の需要を喚起することが期待されていたのだろうが,少なくともこの10年余りで見る限り,その供給増を吸収する需要増はなかったといってよい。
著者
阿部 彩 東 悠介 梶原 豪人 石井 東太 谷川 文菜 松村 智史
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.145-158, 2019-11-30 (Released:2021-12-02)
参考文献数
19

本稿は,2016年に筆者らが行ったインターネット調査のデータを用いて,一般市民が生活保護制度の厳格化を支持する決定要因を分析した。具体的には,貧困の要因に関する自己責任論と,貧困の解決に関する自己責任論に着目し,その二つを峻別した上でそれらが人々の生活保護制度の厳格化に対する意見に影響するかを検証した。 本稿の分析から,まず,従来指摘されてきたようなワーキングプアが生活保護受給者を非難する対立構造についてはそれを裏付ける結果は得られなかった。次に,自己責任論については,貧困者当人に対して要因責任を求めるものと,解決責任を求めるものの二つが混在しており,両者は必ずしも一致しないことがわかった。生活保護制度の厳格化支持に対しては,両者ともに影響力を持っているものの,解決の自己責任論の方が要因の自己責任論よりもその影響力が大きいことがわかった。
著者
武川 正吾 角 能 小川 和孝 米澤 旦
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.129-141, 2018-10-30 (Released:2020-10-30)
参考文献数
21

社会支出に関する社会意識の4時点の反復横断調査の結果,2000年代を通じた高福祉高負担(福祉国家)への支持の上昇が確認できたが,2015年調査ではこの傾向が逆転した。各調査の回収率,サンプルサイズの差異を考慮し,性別・年齢でウェイト調整したデータによる再分析を実施したが,逆転の事実は変わらなかった。支持者の属性に関して,2000年と2015年のデータをロジスティック回帰モデルによって比較したところ,各種属性による高福祉高負担支持の構造が変化していることがわかった。年齢に関して,2000年には若年層(低い支持)から高年齢層(高い支持)への線形的関係が存在したが,2015年にはそれがなくなっていた。さらに年齢階層別分析と出生コーホート分析を行った結果,時系列に関する大きな趨勢は同様であるものの年代・コーホートごとに変化の仕方にばらつきがあることがわかった。とくに若い世代の高福祉高負担支持が相対的に上昇している傾向が確認できる。
著者
御旅屋 達
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.106-118, 2015-12-25 (Released:2018-02-01)
被引用文献数
2

本稿では,「居場所」を提供しようとする支援への利用者の参加の経験を,参入-定着-退出の3段階に分節化し,就労・就学に代表される,外部社会への参加までの過程を連続的・動態的に明らかにすることを試みた。分析の結果,「居場所」支援の利用者たちは数々の社会的実践から「周縁化」されているが故に,「居場所」への参加にも困難を伴っており,支援者たちは利用者の責任の度合いを下げる形で利用者を「居場所」の「周辺」に位置づけようとしていること,こうした「居場所」利用者としてのアイデンティティの構築を経て,利用者は一般社会で広く通用する汎用的な資源を「居場所」に見出していること,外部社会への参加後は「居場所」利用者としてのアイデンティティは否定されること,などが明らかになった。こうした「居場所」への参加過程を「居場所」と外部社会の「二重の成員性」を獲得する過程として位置づけた。
著者
若森 みどり
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.6, no.3, pp.29-45, 2015-03-30

20世紀の危機の時代を生きた経済学者,ポランニー,ケインズ,ペヴァリッジ,ラーナー,ミーゼス,ノイラート,ハイエク,ロビンズらにとって,大恐慌やファシズムや世界戦争といった自由主義の危機と資本主義システムの持つ悪弊(通貨の不安定化,緊縮財政,増大する格差,大量失業,不安定な就労形態)の諸問題に正面から向き合う課題は,共通していた。これらの点を踏まえて本稿では,20世紀が経験した平和と自由と民主主義の危機の解釈をめぐって争点となる,ポランニーの「社会的保護」の考え方を明らかにする。そして,市場社会における制約された社会的保護とその可能性に照明を当てることによって,二重運動の思想的次元を問う。最後に1920年代の社会民主党市政下のウィーンに思想的起源があるポランニーの「社会的自由」の概念に立ち返りつつ,『大転換』最終章「複雑な社会における自由」の諸論点を検討し,「福祉国家と自由」の問題圏を考察する。
著者
浦川 邦夫
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.25-37, 2018-06-30 (Released:2020-08-05)
参考文献数
32

従来の貧困研究の多くは,所得などの経済的な指標を基準として貧困か否かの認定を行ってきた。しかし,労働時間を生活時間論の中に位置づけて展開した篭山京(1910-1990)の考察に見られるように,生計を立てるうえで必要な労働時間ならびに労働に必要な休養・余暇時間も所得と同様に欠かせない資源であり,最低限の生活を持続的に営むうえで必要な生活時間の水準が存在していると言える。欧米では,就労世代の家庭での生活時間の不足を考慮した時間貧困とその要因に関する研究が近年蓄積されており,日本でも個票データを用いた推計が行われつつある。そのため,本稿では生活時間の次元に注目した貧困研究に焦点をあて,その主な分析結果をサーベイし,特に就労世代の貧困の削減に向けた方策を検討する。 生活時間を考慮した貧困分析では,夫婦がともにフルタイム就労している世帯や就学前の子どもを持つ世帯などで時間貧困のリスクが高くなっており,家庭での十分な生活時間の確保にむけた対応が重要な政策課題として浮かび上がる。時間の次元を考慮することで,所得の貧困の削減に対してもより包括的な政策アプローチが可能になると考えられる。
著者
山田 篤裕 四方 理人 田中 聡一郎 駒村 康平
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.127-139, 2012-01-20 (Released:2018-02-01)

本稿ではインターネット調査に基づき,主観的最低生活費の検討を行った。その目的は三つある。第一は一般市民が想定する最低生活費を計測することである。第二は主観的最低生活費が,尋ね方によりどれほど幅のある概念なのか,ということを確認することである。第三は生活保護制度と比較し,計測された主観的最低生活費がどのような特徴を持っているか把握することである。その結果,生活保護基準額は,単身世帯を除きK調査(切り詰めるだけ切り詰めて最低限いくら必要か質問)とT調査(つつましいながらも人前で恥ずかしくない社会生活をおくるためにいくら必要か質問)の主観的最低生活費(中央値)の間に位置すること,単身世帯では生活保護基準はT・K両調査を下回る水準となっていること,世帯所得が1%上昇しても主観的最低生活費は0.2%しか上昇しないこと,主観的最低生活費の等価尺度は小さい(=世帯に働く規模の経済性を大きく見積もる)こと,等を明らかにした。
著者
藤原 千沙 湯澤 直美 石田 浩
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.1, no.4, pp.87-99, 2010-02-25 (Released:2018-02-01)

生活保護の受給期間に関する議論では,毎年7月1日現在の被保護世帯を対象に,保護の開始から調査時点までを受給期間とする「被保護者全国一斉調査」(厚生労働省)が用いられるのが一般的である。これに対し,本研究は,A自治体における保護廃止世帯を対象に,保護の開始から廃止までを受給期間として分析し,保護継続世帯と合わせて生存分析を行った。その結果,以下の諸点が明らかとなった。第一に,一時点の受給継続世帯を対象とした調査では調査対象にあがらない1年未満廃止世帯が相当数存在する。第二に,世帯主の学歴・性別・世帯類型により受給期間に違いがみられた。第三に,自立助長という生活保護制度の目的に沿った保護廃止であるか否かにより受給期間の傾向は異なる。第四に,廃止世帯と保護継続世帯の双方を考慮した分析では,世帯主の性別と世帯類型により保護の継続確率(生存率)に違いのあることが推察された。
著者
田中 拓道
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.6, no.3, pp.17-28, 2015-03-30

本稿では,フランスの社会政策を基礎づける規範的言説の歴史を検討し,二つの特徴を指摘する。第一は,フランス革命期の政治的秩序像によって,個人が伝統集団から析出され,国家と個人という二極構造が作られた点である。伝統集団から析出された個人の脆弱さが意識されてはじめて,工業化の下で生じる貧困が「社会問題」と認識された。第二に,フランスの社会政策は国家による公的扶助の拡張ではなく,「社会的」相互依存の中での個人の権利・義務関係から導かれた。そこでは社会の目的を問いなおす「自由検討の精神」の拡張と,産業社会への個人の統合という目的との緊張関係が内在していた。1980年代以降の改革では,「自由選択」の拡張という理念が浮上する。経済発展という目的に「社会的なもの」を従属させず,労働・家族・コミュニティ・文化・政治活動への参画の「自由選択」を保障するという点に,現代フランス社会政策の思想的な特徴が見いだせる。
著者
菊池 いづみ
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.179-191, 2018-06-11

<p> 本稿の目的は,近年の地域包括ケアの推進を高齢者保健福祉事業の再編過程に位置づけ,その責任主体であると同時に介護保険の保険者である基礎自治体の役割強化に着目し,家族介護に対する支援事業の現状と課題を明らかにすることである。その際,急速な高齢化の深刻な大都市圏に焦点をあてた。分析には東京都区市町村を対象としたアンケート調査の結果を用い,支援事業の区市町村別の実施状況を明らかにした。そのうえで①家族介護支援策の優先度,②地域包括支援センターの設置主体,③自助・互助・共助・公助の期待度との関連要因を分析し,地域包括ケア推進の観点から家族介護に対する支援事業の課題を検証した。東京都のように相対的に財政基盤に恵まれた大都市圏では,自助への期待度は高い。家族介護者の自立にも配慮し,直接支援対象とする事業導入の検討が求められる。先進諸国にならい,家族介護者を地域包括ケアシステムに統合する視点が重要である。</p>
著者
猪飼 周平
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.2, no.3, pp.21-38, 2011-03-20
被引用文献数
2

本稿の課題は,猪飼[2010]において提示された「病院の世紀の理論」から,次代のヘルスケアと目される地域包括ケアシステムに関する社会理論を展望することである。本稿では,現在生じている健康概念の転換が,「医学モデル」から「生活モデル」への転換として生じていることを踏まえ,次の点を指摘した。第1に,健康概念の転換に適合的なヘルスケアは,より包括的かつ地域的であるという意味において地域包括ケアシステムを指向すること,第2に,健康概念の転換が,過去30年間にわたり社会福祉に広範に生じている生活支援の作法の転換を背景としていると考えられること,第3に,地域包括ケアシステムの構築に際しては,従来のヘルスケアとは質的に異なる,専門職の分業,社会関係資本の構築,コスト増大への対応等に関する課題の解決が必要になることである。