著者
数土 直紀
出版者
信州大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本プロジェクトでは、進化ゲーム理論を用いた数理的手法により、幾つかの具体的な社会現象を分析した。そしてその結果、権力現象を産出する二種類のメカニズムを特定化することに成功した。一つは、男性と女性というように性によって分割された異なる二集団間に存在する権力が生成されるメカニズムである。このメカニズムが成立する条件下では、自由で相互に対等であるような相互行為であっても、条件さえ整えば半ば必然的に権力関係が形成される。もう一つは、集団内において生成される権力である。このメカニズムが成立する条件下では自発的に搾取されることを選択する「利他的な」個人が広義の合理的選択を通じて出現する。しかも、搾取されることを自発的に選択するために、このような権力は個人の主観に定位する限り検出されない「見えない権力」となっている。本プロジェクトが解明したこれらのメカニズムの特徴は、いずれも自由で対等な相互行為から権力現象を明らかにしているところにある。従来の研究では、権力は自由と対立する概念だと理解されてきた。したがって、自由な相互行為からも権力関係が生成されるという認識が希薄であった,しかしながら、本プロジェクトの成果によって、対等で自由な相互行為からも結果として非対称的な権力関係が生成されうろことが示された。これは従来の権力研究を大きく前進させるものであり、それゆえ本プロジェクトの成果は重要な意義を有していると思われる。
著者
熊谷 直樹
出版者
横浜市立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

結膜炎を伴わないアトピー性皮膚炎患者および、アトピー性角結膜炎患者の結膜組織、眼脂の培養を行った.それぞれ約1/3の症例で何らかの細菌が培養された.その内、約8割が黄色ブドウ球菌で他に表皮ブドウ球菌、コリネバクテリウムがみられた.自他覚症状をスコア化し、角結膜所見の重症度と培養陽性率の比較を行ったが、両者に相関関係はなかった.湿潤な活動性の眼瞼炎を併発している症例で黄色ブドウ球菌の培養陽性例が多くみられ、角結膜所見よりはむしろ皮膚所見の重症度と細菌感染が関連していると考えられた.涙液中の細菌性スーパー抗原の検出については、患者群では流涙を伴っており充分な検体採取が出来るが、コントロール群で充分な涙液採取が出来ない症例が多く、現時点では結論は出ていない.
著者
清水 克哉
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本年度は実際に希ガスのキセノン(Xe)を高圧装置(DAC)に封じこみ、超高圧力下実験を行った。キセノンは閉殻電子構造を持ち、結晶構造及び電子構造ともに最も単純な絶縁体の一つである。超高圧力下に於いて絶縁体-金属転移を研究する上で最も基礎的かつ重要な情報を与えると考える。過去に別の研究者からキセノンの金属化については2,3の報告がある。それらはいずれも光学的な測定によるものであるが、130〜150GPaの圧力域で金属化を報告している。それに対して、本年度に行った我々の電気抵抗測定による金属化の検証は、より直接的な実験といえる。キセノンは常温常圧で気体であり、低温状態で液化させて封止するが、液体状態を取る温度域が161K〜165K(融点〜沸点)と非常に狭いため、正確な温度制御が必要であり、昨年度製作した低温封止装置を使用した。100GPa超の超高圧を発生するためにDACに用いるダイヤモンドの圧力発生先端面は直径50ミクロンを使用し、その面内約30ミクロン径の穴を作成し試料室とする加工技術を確立した。低温でキセノンを封じ込めたDACを室温まで昇温した後、顕微鏡で観察しながら加圧を進めた。圧力が100GPaを超えた付近で試料のキセノンが赤みを帯び、光学測定から金属化臨界圧とされた130GPaまで加圧を進めたが、電気抵抗は測定器(デジタルマルチメータ)の測定限界抵抗(300MΩ)より大きく、測定できなかった。さらに顕微鏡観測からは試料の赤色は濃くなったものの透過光が観測され、キセノンは130GPaにおいても金属化せず、過去の光学測定による報告と反する結果となった。さらに圧力を上げていくと200GPaでは透過光が全く観測できなくなったが、最終的にダイヤが割れた270GPa付近まで300MΩ以下の電気抵抗は測定できなかった。電極断線の疑いもあるが、少なくとも200GPa付近が金属化圧であろうと結論した。昨年度に行ったCsIの結果と比較すると、CsIは約110GPaで金属化が確認できた。ほとんど同じ(電子)構造・体積圧縮率を持つキセノンが2倍近い金属化圧をもつことは興味深い。本研究の過程に於いて世界最高の270GPaに至る超高圧発生と電気抵抗測定技術を確立したことで、究極の目標である水素の金属化に大きく近づいたといえる。
著者
布村 明彦
出版者
旭川医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

フェンサイクリジン(l-(l-phenylcyclohexyl)piperidine;PCP)は臨床的に精神分裂病に類似した多彩な精神症状を惹起することが知られているが、PCPの精神異常惹起作用の形態学的基盤に関しては十分に検索されていない。本研究は、PCP投与ラット脳の超微形態について検索して精神分裂病様症状が出現する組織病理学的基盤について解明しようとするものである。実験動物として9週齢のSprague-Dawley系雄性ラットを用い、生理食塩水に溶解した10mg/kgのPCPを単回あるいは1日1回、連日4日間反復投与(腹腔内注射)した。また、生理食塩水のみを同様に腹腔内注射したラットを対照群として、各群のラットを最終投与の4〜12時間後にグルタールアルデヒドによって灌流固定した。脳を取り出して後部帯状回皮質から組織片を切り出し、型通りにエボン包埋した。1-μm切片をトルイジン・ブルー染色して光顕的に検索し、超薄切片をウラン・鉛二重染色して電顕的に検索した。PCP投与ラットでは、投与直後から3〜4時間にわたって運動失調、移所運動量増加および常同行動(臭いかぎ、首振り、回転運動などを繰り返す)が認められた。PCP投与ラットの後部帯状回皮質を光顕的に観察すると、胞体内に1〜数個の空胞状構造を有する神経細胞が認められた。同部を電顕的に観察すると、ミトコンドリアや小胞体が拡大・膨化して空胞状構造を形成していた。この変化は、PCP単回投与ラットよりも反復投与ラットにおいて高度であった。PCP投与ラットの帯状回皮質における神経細胞の空胞状変化のメカニズムは不明だが、精神分裂病死後脳の検索においても帯状回の組織変化が報告されており(Benens ら,1987)、本研究の結果は、精神分裂病様症状発現の形態学的基盤を考察する上で興味深い。
著者
守屋 文夫
出版者
高知医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

尿中濫用薬物の簡易スクリーニングキットであるトライエージ(フェンシクリジン、ベンゾジアゼピン類、コカイン代謝物、アンフェタミン類、オピエイトおよびバルビツール酸類を同時に検出可能)を溶血液にも応用可能な試料の前処理法を考案した。本前処理法は、血液1mlにスルフォサリチル酸50mgを加えて除蛋白後、上清に酢酸アンモニウム25mgを加えて中和するといった極めて簡便かつ迅速な方法であり、僅か5〜10分で透明な除蛋白液を得ることができる。本前処理法を応用したトライエージスクリーニング法によるフェンシクリジン、ジアゼパム、ベンゾイルエクゴニン、メタンフェタミン、モルフィン、フェノバルビタールおよびセコバルビタールの最小検出限界は、それぞれ50ng/ml、900ng/ml、600ng/ml、1,000ng/ml、600ng/ml、900ng/mlおよび900ng/mlであり、中毒レベルのそれら薬物を検出するに十分な感度を有していた。但し11-カルボキシ-テトラヒドロカンナビノールの場合、除蛋白処理操作中に薬物が蛋白と共に共沈してしまうため、十分な検出感度を得ることはできなかった。腐敗試料では、細菌の代謝により産生されるフェネチルアミン等の腐敗アミンによりアンフェタミン類偽陽性となるため、結果の判定に際し注意が必要であった。なおフェネチルアミン単独では、5,000ng/ml以上の濃度でアンフェタミン類偽陽性となった。本スクリーニング法を法医解剖48例の溶血液および混濁尿に応用した結果、薬物検出感度および特異性にやや問題があるものの、法医学実務上非常に有用であることが確認された。
著者
安田 浩一
出版者
松本歯科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

喉頭の感覚や運動に深く関与する上喉頭神経が、呼吸と嚥下運動にどのような役割を担っているかをWistar系ratを用いて検討した。Ratの上喉頭神経は喉頭付近で3枝に分かれる。本研究では、甲状軟骨前縁から喉頭に入る枝をR.Br、輪状甲状筋に分布する枝をM.Br、下咽頭収縮筋を経て甲状腺の背側に至る枝をC.Brとした。HRP神経標識法を用いて、各分枝の運動神経細胞の中枢局在および一次求心線維の中枢投射部位を検索した上で、機能的な解析を行うために、各分枝の中枢側切断端から遠心性神経放電を、末梢側切断端から求心性神経放電を導出した。その結果、R.Brは喉頭粘膜へのairflow刺激に応答する感覚線維を有し、それらの感覚情報は孤束核外側部に収束することが明らかになった。M.Brには感覚線維が含まれないことから輪状甲状筋にはproprioceptorは存在しないと考えられた。また、輪状甲状筋を支配する運動ニューロンは、主に吸息期に活動することが明らかになるとともに、延髄のrostral ventral respiration groupに属することが示唆された。C.Brに支配される下咽頭収縮筋にはon-off typeの応答を示すproprioceptorが存在し、その感覚情報は孤束核外側部に入力することが明らかになった。また、迷走神経背側運動核に小型の、疑核の吻側部には中型の運動ニューロンの細胞体が局在していた。下咽頭収縮筋にはproprioceptorが存在することにより、迷走神経背側運動核の小細胞は筋紡錘などを支配するγ-motoneuronの可能性が示唆された。
著者
坂川 裕司
出版者
小樽商科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

明治初期における百貨店,とくに百貨店業態のイノベーターである三井呉服店(現在の三越百貨店の前身)の小売行動について調査した。その調査の結果,日本における小売業のイノベーションは,欧米小売業にみる百貨店経営手法の単なる模倣というよりも,むしろ日本の社会構造に規定された中での競争に適応するという過程において,小売業者により行われた学習の成果に大きく依存している可能性が明らかとなった。とくに三井呉服店による「呉服陳列会」は,上記の事柄を顕著に示している。当時の最高経営執行者である高橋義雄は,三井呉服店において百貨店の経営手法(西洋式簿記,陳列販売,正札販売など)の導入を薦める一方で,当時の呉服小売業との競争にも適応し,対抗行動をとる必要があった。このような状況において新興の呉服小売業者の出現は,「大店」として,ある程度の市場支配力を持つ呉服小売業者を窮地に追い込む出来事であった。「大店」の中でもリーダー的存在であった三井呉服店も例外ではなかった。しかし三井呉服店をはじめとする「大店」は,新興の呉服小売業者の戦略を即座に模倣することが出来ず,有力な対抗行動をとれぬままにいた。まさに戦略の模倣を制約する構造的条件の一つとして,「大店」の競争優位性を規定していた商品調達経路の特殊性が存在した。そしてもう一つの構造的条件として,「大店」との取引関係をめぐり確立された社会的信頼関係が存在した。これら二つの構造的条件は,既存の呉服流通経路に依存した商品調達による新興の呉服小売業者への対抗行動,言い換えるならば品揃え物差別化を困難にした。そこで三井呉服店は,新たな商品調達経路を独自に開拓するという流通イノベーションに着手し,そのイノベーション実現の布石として呉服陳列会を開催したのである。このように呉服陳列会は,流行創出を目的とした品揃え差別化のノウハウを学習機会となり,後に三井呉服店が百貨店経営に流行創出装置としてのマーケティングを備えさせたと考えられる。
著者
河合 祥一郎
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究は、すでに平成9年度の時点でエリザベス朝の膨大な数の戯曲のデータベース化の5割程度を完成し、平成10年度はその継続に当たった。しかし、昨年度の時点で、これまでエリザベス朝研究の土台となってきたE.K.ChambersのThe Elizabethan StageおよびG.E.BentleyのThe Jacobean and Caroline Stageを抜本的に見直す必要があることが判明し、その方策を模索していたところ、ちょうどChambersやBentleyを書き直すようなAndrew Gurrによる新しい研究The Shakespearian Playing Companiesが刊行され、このため本研究は大幅な見直しを迫られることとなった。本研究をいずれ『イギリス・ルネサンス演劇事典』として公表する当初の計画に変更はないが、その実現には更に数年を要すると予測される。これとは別に、現在未発表の英語論文「ルネサンスにおける変装」を日本語の図書の形で公表する予定でいるが、この論文についても、「主体」の問題が現在文化唯物論批評と伝統的人文主義批評の間で大きな理解の齟齬を産んでいるために、この問題を一般に受け入れられる形で分析するためには極めて慎重に進めてゆく必要がある。特に変装と主体のテーマは演劇のみならず哲学・思想にも深く関わる点が研究を進めてゆくうちに一層確認されてきているために、容易な姿勢はとれない。幸いにして1999年度のシェイクスピア学会で変装と主体のテーマでセミナーを開く責任者に任じられたので、学会活動なども通じて本研究を更に発展させ、できるだけ早いうちにその成果を公表したいと願っている。
著者
鈴木 武
出版者
姫路工業大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

1.ヘイケイヌワラビ産地の現状調査 兵庫の集団では植生を含む現状調査を行った。林相は常緑カシ類、ブナなどが混在するアスナロ林であり、植生学的には、照葉樹林とブナ林の境界にあたる。15m平方のコドラート(下辺が谷から13m)を設定した。ヘイケイヌワラビ(ヘイケ)23株・タニイヌワラビ(タニ)41株・アキイヌワラビ(ヘイケとタニの雑種、アキ)35株を多く含むコドラート外を含めると、ヘイケは計49株を確認できた。ヘイケイヌワラビの葉身長は最大で32cmで、10cm未満の株も1割程度含まれる。7月上旬では葉を展開しきっておらず、しっかりとした成葉となるのは7月下旬であった。現地での胞子嚢の成熟は悪く、今年度は現地個体から十分量の胞子を得られなかった。猛暑による現地の乾燥のためかもしれない。さらに全国のヘイケの産地(鳥取・広島・島根・山口)7ヶ所について、現地調査・聞き取り調査を行った。鳥取・広島の各1集団は現存が確認できない。鳥取・広島の各1集団は10株未満で、極めて危険な状態にある。島根の2集団はともに100株以上の個体があり、比較的良好な状態にある。山口の集団は40株程度である。2.酵素多型による調査 兵庫20個体、島根10個体について、電気泳動法により、AAT/HK/PGI/PGMで解析可能なザイモグラムが得られたが、まったく単型であった。3.胞子からの増殖 兵庫県産の栽培株から11月に得られた胞子を、1/2000ハイポネックスを含む寒天培地播種した。2024時間照明の状態で1週間程度で発芽して、2ヶ月で幅10mm程度の前葉体が形成された。現段階では造精器のみ観察されている。少なくとも前葉体は容易に成長する。今後の継続観察を要する。
著者
松添 博
出版者
佐賀大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究の目的は情報幾何学に現れる幾何構造を再検討し,その基礎理論を構築することであった.従来の情報幾何学と微分幾何学の一般論を統合することにより,複素統計多様体上にコントラスト関数を構成し,複素多様体上の様々な共形構造の解明を目標とした.特に今年度はHermit計量を持つ統計多様体上にコントラスト関数を構成し,その幾何学的性質を解明し,さらにその結果を応用することであった.Hermit計量を持つ複素多様体上にコントラスト関数を構成することは今一歩で結果が出ていないが,今年度はコントラスト関数の応用については数多くの結果が得られた.まず第1の結果として,コントラスト関数から決まる距離型の関数を用いて,(-1)-共形平坦な統計多様体上にVoronoi図を構成した.これは,コントラスト関数から自然に決まる曲率型のテンソルと,統計多様体の共形平坦性、具体的なVoronoi図構成のアルゴリズムの性質など,様々な要因が非常に上手く合さった結果であり,大変に有意義なものと思われる.また,ガンマ分布族のなす統計多様体について,その幾何学を解明した.特に幾何学的なダイバージェンスと統計学的なダイバージェエンスの関係,エントロピーの幾何学的意味など,多くの結果が得られた.今回得られた結果は,統計的推論や検定理論,情報理論などへのさらなる応用が期待されている.今後の研究が待たれるところである.Hermite計量を持つ統計多様体上のコントラスト関数も,近日中に結果が得られるものと期待している.
著者
谷川 武
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

職業ストレスが、免疫系に及ぼす影響を明らかにする目的で某発電所の電気技術職に従事する男子124名を対象にJob Content Questionnaire(Karasek,1985)の日本語版(川上ほか、1992)に基づき、職場の主要な3つの心理社会的ストレスである仕事の要求度、仕事のコントロールおよび上司と同僚からの支援度(社会的支援)を調べた。これと同時に対象者の細胞性(T,BおよびNK細胞分画数)および液性(血清IgG,IgA,IgM,IgDおよびIgE値)の免疫能を測定した。仕事の要求度が中央値よりも高く、仕事のコントロールが中央値よりも低く、社会的支援が中央値よりも低い者を高ストレス群(年齢25-36,平均31歳,n=21)、仕事の要求度が中央値よりも低く、仕事のコントロールが中央値よりも高く、社会的支援が中央値よりも高い者を低ストレス群(年齢23-36,平均30歳,n=13)と区分した。高ストレス群は、低ストレス群より血清IgG値が有意に高く、CD8^<brioht>+CD11a-細胞分画(細胞障害機能を有するとされるCD8+CD11a+細胞の前駆細胞)数が有意に低かった。その他のリンパ球分画数および血清免疫グロブリン値には両群間で有意な差は認められなかった。本研究から、職業ストレスが高いことにより血清IgG値の上昇と末梢血中のCD8^<brioht>+CD11a-細胞分画数が低下することが示唆された。
著者
松本 尚
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

マルチプロセッサ上の通信機構や同期機構の定量的な評価を行うために、従来からクロックレベルの動作が詳細に観測できる実行駆動型の共有バス型マルチプロセッサのシミュレータを開発した。本研究では、このシミュレータの構成要素であるスヌープキャッシュにキャッシュインジェクション機能を追加し、外部からデータをキャッシュに注入する主体である広域構造体ブリフェッチ機構を実装した。作成したシミュレータを用いて、キャッシュインジェクションを使用したプリフェッチ機能の性能を、SOR、SAXPY等の応用プログラムを実行することにより評価した。評価の結果、キャッシュインジェクションは要素計算機間を結合するバスのトラフィックを減少させる働き、キャッシュを有効に活用する機能が有効であり、著しい性能向上がえられた。現在、本マルチプロセッサシミュレータはワークステーション上で動作しており、研究代表者が在籍する研究室の最新鋭高性能ワークステーション上で、シミュレーション実験を行った。大規模なシステムをシミュレートするためには大容量のメモリが必要になるため、ワークステーションのメモリを増設した。また、シュミレーション時間もかなり長くなるため、シミュレーション時になるべく多くの情報をログとして保存して、そのログ情報を利用してシステムの性能評価やキャッシュインジェクション機構の動作の解析そして機構の改善法の検討に役立てた。交付された予算は、シミュレーションを行なうシステムの補強に使用した。シミュレーションでは評価不可能な規模のアプリケーションに対する評価を可能にするために、Elastic Barrierを実装した密結合マルチプロセッサプロトタイプ「お茶の水1号」の研究開発も行った。「お茶の水1号」は4台のRISCプロセッサからなる密結合マルチプロセッサであり、完成時のピークパフォーマンスは600MIPS,400MFLOPSである。交付された予算の一部はこのプロトタイプ作製の部品の購入に使用された。このプロトタイプの設計並びに各機能の性能見積りについては報告発表を行った。
著者
増原 英彦
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

本研究では、自己反映並列オブジェクト指向言語ABCL/R3の言語設計および、インタプリタ処理系の作成を行い、従来のものより、より記述が容易で効率的な実行が可能となる言語処理系作成のための方向付けが得られた。具体的には、以下のとおりである。(1)ABCL/R3の言語設計、特にメタオブジェクトプロトコルに関しては、継承と委譲(delegation)による拡張を念頭に置き、細分化されたメソッド群によって定義を行った。特にこの細分化は、部分計算による実現を前提とすることで、プログラマが利用しすい形で定義することが可能になっている。そのため、報告者らがこれまで設計・実現を行ってきたABCL/R./R2に比べて、メタオブジェクトの拡張に継承機構が利用でき、再利用性を向上させている。また、メタインタプリタ設計に関しては、新しく委譲にもとづいた設計を行った。これによって、インタプリタ実行時にインタプリタ定義を拡張することが可能になり、動的かつ局所的な変更を容易にしている。さらに委譲オブジェクトは、関数定義への変換できるように制限されているため、部分計算を用いたコンバイルを容易にしている。(2)Schemeの並列オブジェクト指向拡張であるSchematicをもとにして、ABCL/R3のインタプリタ処理系を作成した。現在のところ、メタレベルの変更を含めた簡単なサンプルプログラムが動いている。Schematic処理系は、並列環境に対応しているため、ABCL/R3処理系を並列に動作させることは容易であると思われる。また、コンパイル方法については、メタオプジェクトを部分計算した結果を、他のオブジェクトと同様に扱うための枠組が必要であることが分かり、現在はその解決方法を新たな研究課題として検討している。
著者
新美 倫子
出版者
名古屋大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

縄文分化を考えるためには縄文人たちの生活の季節性を探る必要があり、彼らの主要な生業の一つであるイノシシ狩猟の季節性を調べることは、そのための有効な手段となる。そこで、イノシシ狩猟の季節的なサイクルを明らかにすることを目的として、縄文時代のさまざまな時期・地域の遺跡において出土資料を行うことにした。信頼できる結果を得るためには、なるべく資料数の多い遺跡を中心に検討を行なう必要があるので、イノシシの出土量の多い鳥浜貝塚(福井県)と田柄貝塚(宮城県)から出土したイノシシ下顎骨資料について観察・計測を行った。方法は下顎骨の肉眼的観察による年齢・死亡季節査定法によったが、この方法では歯の萌出が完了した成獣については死亡季節を査定できない。そこで、実際に出土資料を見て、歯の萌出が完了していない幼獣・若獣については死亡季節を査定できない。そこで、実際に出土資料を見て、歯の萌出が完了していない幼獣・若獣個体の下顎骨を抜き出し、それらの歯の萌出状態等を詳細に観察した。そして、鳥浜貝塚では49点、田柄貝塚では15点の幼獣・若獣の下顎骨を、死亡季節査定基準に従って分類することができた。その結果、縄文前期の鳥浜貝塚では冬以外の季節にはイノシシ狩猟をほとんど行っていないが、縄文晩期の田柄貝塚では、資料数がやや少なくてよくわからないものの、比較的1年中イノシシ狩猟を行っている可能性が高いことがわかった。これらと、縄文晩期の伊川津貝塚(愛知県)では1年中イノシシ猟を行っていることを考えあわせると、イノシシ利用のあり方には時代性と地域性が見られ、時代や地域によってその季節性はかなり異なっていたと言うことができる。
著者
田畑 伸子
出版者
東北大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

私たちは以前、男性ホルモンの一つであるdehydroepiandrosterone(DHEA)がアトピー性皮膚炎でみられるTh2細胞の優位を促進している可能性があることを明らかにした。局所においてDHEAを不活性型のDHEA-sから活性型のDHEAに変換する酵素がDHEA-s sulfataseである。この酵素は、局所ではモノサイト中にふくまれている。私たちは、この酵素活性に及ぼすサイトカインの影響を、モノサイトのセルラインであるTHP-1を用いて調べた。DHEAを含まない無血清培地をもちいてTHP-1を培養し、IFN-γ、IL-4、IL-10、IL-12など10種類のサイトカインを加えてさらに培養後、細胞を採取し、DHEA-s sulfataseの活性をしらべたが、今回の実験では、サイトカインによる活性の違いはみられず、コントロールとの差もはっきりしなかった。また、THP-1にDHEAを加えた後、LPSで刺激し、T細胞をTh1に分化させる作用のあるIL-12の培養上清中の産生量を調べたが、コントロールとの差はみられなかった。私たちはアトピー性皮膚炎局所の特有の病態のなかでDHEA-s sulfataseの活性が変化することで、炎症のコントロールに影響がでるのではないかと考えたが、今回の研究で、DHEA-s sulfataseの活性は炎症局所で大きな変化を示すものではないということが明らかになった。また、喘息などのアレルギー疾患において、好酸球の浸潤に関係するplatelate-acutivating factor(PAF)を不活性化するPAF acetylhydrolaseの活性が低下が明らかになっている。今回私たちは、約70例のアトピー性皮膚炎患者のPAF acetylhydrolase活性を測定し、その重症度および好酸球数との関連を調べたが、はっきりした相関は得られなかった。この結果は、アトピー性皮膚と喘息では、好酸球浸潤の機序に違いがあることを示唆している。
著者
大越 和加
出版者
東北大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

環形動物スピオ科の種類は、海産貝類の貝殻に穿孔する多毛類として広く知られている。今回、北日本太平洋沿岸に広く分布する2種(ポリドラ属とボッカルディア属)について、それらの穿孔している貝類(ホタテガイ、マガキ)を採集し、正の走光性を利用して浮遊3節幼生を得、培養条件を検討した。その結果、2種ともに大きな差はなく、水温15℃、飼育密度1個体1ml、換水間隔1/7日で生存率、成長速度ともに好成績が得られた。同時に、これら2種の初期生活史について、形態的、生態的な特徴をも把握した。定着および定着変態後の初期穿孔に何ら関与していると考えられた第5剛毛節球状器官について同2種で調べた結果、両種について球状器官が確認され、その消長は一致した。球状器官は、1.定着期前後の幼生に現われ、貝殻内部へと穿孔を開始した個体にははられなかったこと。2.球状器官の出現期が第5剛毛節剛毛の出現期と一致することから、定着、穿孔を開始する初期の第5剛毛節剛毛の機能と深くかかわっていることが示唆された。穿孔された部位の貝殻微細構造を、走査型電子顕微鏡を用いて調べた結果、貝殻表面につくられた穿孔初期の孔道、貝殻内部へと垂直に揺られた孔道ともに内表面に特徴的な同心円状のあなが観察された。これは、スピオ科の貝殻穿孔に重要な鍵をもつと考えられているが、基本的には穿孔の初期とそれに続く拡大期ともに同じ機構で穿孔されると推察された。今後、スピオ科に共通している貝殻穿孔機構について、大きく第5剛毛節の球状器官と第5剛毛節剛毛との関係、そして掘られた孔道内表面に現われた同心円状のあなの形成に関与している器官とそのあなを形成する機構の点から調べる必要があると考える。これらの研究は、炭酸カルシウムを主成分とする貝殻を溶解する生物侵蝕という点より、広い分野への応用が期待される。
著者
成清 修
出版者
九州大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

ガラス的物質群の理解を目指して理論的研究を展開しているが、本年度は特に下記のことについての論文を出版することができた。ドープした半導体や希土類化合物(重い電子系)では金属スピングラスと呼ばれる新奇な状態が実現している。実験的には多くのデータの蓄積があるが、理論はほとんど未発達の状況にある。通常のスピングラスの理論は、絶縁体の局在スピンに対するものであるが、金属スピングラスの理論においては、遍歴するフェルミオン(電子)とスピングラスの秩序変数の共存を示さねばならない。2ないし3次元のスピングラスの議論はシミュレーションをしないと進まないが、理論的に確立しているのは無限大次元の解析的理論である。他方、フェルミオン系において確立した金属絶縁体転移(Mott転移)の理論は、やはり無限大次元の理論である。そこで我々は、スピン系とフェルミオン系の無限大次元の理論の統合を図った。具体的にはランダムなスピン・フェルミオン模型と呼ばれるモデルを無限大次元で厳密になる動的平均場近似を用いて調べた。過去、ミクロなモデルから出発して金属スピングラス状態を導出する試みは成功していなかったが、それはスピングラス系のダイナミクスを追跡できていなかったためである。我々はダイナミクスを正しく考慮し、金属スピングラス状態を導出することに成功した。同時にスピングラス相のなかで起こる金属絶縁体転移を導き、転移点を確定した。現在、本研究の一環としてクラスター描像にたって、大偏差解析およびマルチフラクタル解析を実行し、2ないし3次元での金属スピングラスの理論を構築しつつある。
著者
野坂 和則
出版者
横浜市立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

慣れていない運動や久しぶりの運動を行った後には筋肉痛が生じ,その痛みはしばらくの間持続する。筋肉痛が安静を促す危険信号だとすれば,筋肉痛が消失するまでは,痛みのある筋肉を動かすような運動は控えるべきであると考えられる。しかし,痛みがあっても運動することはあり,痛みをこらえて運動するうちに痛みが軽減されるといった経験的な事実もある。本研究では,筋肉痛がある状態でさらに運動を負荷した場合の筋肉痛の程度や,筋機能の変化について検討した。実験モデルには,最大等尺性筋力の50%に相当するダンベルを,負荷に抵抗しながら肘の屈曲位から伸展位にゆっくり降ろす上腕屈筋群のエクセントリック運動を用いた。この運動を一方の腕では10回3セットのみ行い,他方の腕では10回3セットを1日おきに3回実施した。運動に伴う,筋肉痛,筋力,関節可動域,血漿CK活性値,Bモード超音波画像の変化について両腕間での比較を行った。その結果,エクセントリック運動を1日おきに3回行った腕における各指標の変化と,1回のみ運動を行った腕での変化との間には有意な差が認められなかった。筋肉痛がある状態で運動を負荷しても新たな筋肉痛が生じないばかりか,運動後には筋肉痛の程度が顕著に軽減した。また,2回目,3回目の運動直後に筋力は1回目の運動直後と同様に低下するが,その翌日までには,2回目,3回目の運動負荷がなかった腕と同様に回復を示し,関節可動域については,運動前に比べ運動後に有意に大きくなった。また,超音波画像や血漿CK活性値においても回復過程が遅延したり,新たな損傷が生じたと考えられるような所見は見られなかった。これらのことは,筋肉痛がある状態で,その筋に対してさらに筋損傷を誘発するような運動を負荷しても,筋の回復過程には影響がないということになる。しかし,筋肉痛がある部位の運動はしてもよいということにはならず,運動の有効性や効果の側面からは,その部位の運動を敢えて行う必要性はないものと考えられた。今後,組織学的な検討を加え,なぜ,筋損傷が生じている筋にさらなる損傷誘発刺激を負荷しても損傷が生じないのか,また回復過程に影響がないのかについて明らかにしていきたい。
著者
小口 孝司
出版者
昭和女子大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

本研究では、怒りと自己開示が攻撃に及ぼす効果、すなわち怒りが攻撃を促進する要因となり、自己開示が攻撃を抑制する要因となることを、状況要因(研究1)と特性要因(研究2)の両側面から検討した。被験者は男女大学生であり、研究1では287名、研究2では187名であった。研究1では、怒りの有無と自己開示の程度を操作した場面を想定し、被験者がその場面ではどのような行動をとるか、またどのように感じるか質問紙を用いて回答を求めた。結果、怒りは攻撃を促進し、表面的な開示では攻撃に対し効果が得られなかったが、親密な開示は攻撃を抑制する要因となったことが示された。それは自己開示が相手に好意を抱かせ、相手に理解された結果であることが示された。理解よりも好意の方が攻撃の抑制の効果が大きかった。研究2では、Buss(1958)による攻撃性尺度と短気尺度、さらにMiller et al.(1983)によるオープナ-・スケールを使用し、この3スケールの関連性をみることにより特性要因の効果を検討した。結果、攻撃性と短気は有意な正の相関があり、両者はオープナ-とは有意な負の相関があった。さらに、攻撃性の中では、言語的な攻撃が最もなされやすいことが示された。また、短気尺度で抽出された2因子は、オープナ-との関連性から、異なる特性を持っていることが示唆された。すなわち、男性では、オープナ-は「挑発的苛立ち」因子と有意な正の相関の傾向が見られたのに対し、「内面的苛立ち」因子とは、有意な負の相関が見られた。以上から、状況要因と特性要因の両方で、怒りが攻撃を促進し、自己開示が攻撃を抑制することが示されたと言えよう。
著者
高瀬 裕志
出版者
日本歯科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

放射線治療において、歯科金属補綴物が口腔内に装着されていると、補綴物と隣接する口腔粘膜の放射線吸収線量が増加するため、金属補綴物は放射線粘膜炎の増悪因子として重要である。今回の検討では、歯科金属補綴物の有無により口腔粘膜部の吸収線量がどの程度変化するか(後方散乱電子の影響)について基礎的な実験を行った。1.データ分析システムの構築歯科金属補綴物の組成データ、照射データ(照射野、線量など)、線量分布データ等を一括して管理し、テ-タ処理を行うためのシステムを構築した。2.実験用簡易固定具の作製CTならびに放射線治療装置(2.8MV LINAC)の両者において照射野の再現性が得られるようにするため、ウレタンとアクリル樹脂を用いて、ファントム固定用の簡易固定具を作製した。3.ファントム実験軟部組織等物質(Mix-DP)を用いて作製したファントム中に、金銀パラジウム、ニッケルクロム合金、アルミニウムをそれぞれ挿入し、金属の厚みと照射野を変化させて、放射線(2.8MV X線)を照射した。金属が存在しない場合の金属相当部の吸収線量は、同ファントムをCT撮影して治療計画装置(TOSPLAN)から求め、また、金属が存在する場合の金属後方部の吸収線量(照射側の対側)はフィルム法により測定した。結果と今後の展望金属後方部の吸収線量は、金属がなく軟部組織のみの場合と比べ著明に増加し(金パラで約1.4倍)、原子番号の高い金属ほど増加する傾向が示された。また、金属が厚くなると吸収線量は増加するが、一定値以上では大きく変化しないことが確かめられた。今後は、金属が存在する場合の吸収線量増加に対する軽減法について、さらに検討を加えたい。