著者
廣松 悟
出版者
明治大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究の目的は、近代国家の領域拡大とその確定過程の中で新たな「開発フロンティア」となった地域における、新しい近代都市空間及び都市システムの成立とその成長過程に関する制度上及び社会的な諸条件について、実証及び比較の両面からアプローチすることを通じて、従来一般的には単なる「近代国土拓殖・開発史」の一局面としてエピソード的にしか取り扱われることのあまりなかった開発フロンティア地域の近代都市空間が、近代領域国家建設の現実の過程で果たしてきた独自の機能についての認識を新たなものとすることにあった。この研究助成によって実現された実証的な近代都市形成史資料の詳細な検討を通じ、とりわけインナーシティ等の具体的な都市の社会及び空間の実態に即して明らかなものとなってきたのは、近代国民国家の領域支配を巡る権力関係と領域的空間構成の現実との密接な関連の一端である。それは遠隔地支配における「都市空間統治の政治社会的二重性」をいう新たな概念で理解することが可能である。また、近代日本明治期以降の北海道を主な対象領域に、また19世紀後半以降の北米平原諸州地域を主要な準拠地域としてとりあげた比較地誌研究での成果作業の一端は、新興国民国家における「遠隔開発フロンティア地域」での市街地・初期的都市形成の実態について都市空間上相異なるレベルにおける政治行政的実践に関連した系統資料及び地誌史資料の整理を取りまとめた「フロンティア都市データベース」フォーマッティングにある。これには、初期的な都市諸学及び都市社会調査研究の発達プロセスの整理とともに、都市間ネットワークの発達過程、とりわけ物流および情報流のネットワークに関連する社会・空間的データの整理もあわせて含まれ、輸送関連諸施設の建設とそれに関連する都市政治行政過程のデータが比較的系統的に収集整理されはじめており、今後の同種研究の展開に対しても資するところがあると考えられる。
著者
今井 公俊
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

当科で体外受精・胚移植を受けた患者で、Veeckの基準による形態良好胚を2回以上子宮腔内に移植したにも拘わらず妊娠に至らなかった者を登録した。その中で次回予定体外受精・胚移植の前の月経周期の分泌期に所定の子宮鏡検査、採血、内膜組織診を行えたのは5名であった。この5名の平均年齢は37.2歳、平均不妊期間12.4年、過去に行った体外受精・胚移植の平均回数は5.4回であった。子宮鏡検査当日に経膣超音波断層装置で測定した子宮内膜の厚さは約10mmであった。子宮鏡検査で異常所見のあったものは1例で、子宮底左に小ポリ-プを認めた。従来通りのH&E染色で子宮内膜日付診をしたところ、out of phaseが4例で、4例共従来の診断基準上子宮内膜不全と考えられた。次の月経周期に体外受精・胚移植を受け、妊娠に成功したものは2例、失敗したものは3例であった。成功症例と非成功症例に分けて、それぞれの検査項目に於いてこの二群間に差が有るか否かを検討したが、症例数が少なく、2群間の差については統計学的に有意差を認めなかった。今回の研究対象は不妊期間も長く過去に施行した体外受精・胚移植の回数も多かったが、5例中2例に子宮鏡検査・子宮内膜掻爬の次周期に妊娠に成功したことは、不妊症を起こす何らかの原因が子宮内膜に存在し、それを掻爬して新しい内膜の再生を促した事が寄与したと考えられる。今後症例数を増やし如何なる因子が関与しているかを検討する予定である。
著者
武田 徹
出版者
近畿大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究は、葉緑体のモデル型とされるラン藻synechococcusPCC7942のカタラーゼ-ベルオキシダーゼ遺伝子をタバコ葉緑体に導入し、最終的に活性酸素に起因する環境ストレスに耐性を有する植物の作出を目的としている。今年度得られた結果は以下に記すとおりである。1. すでに当研究室で確立されているタバコ葉緑体への遺伝子導入法を用いて、まず、トマトリブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼスモールサブユニットのプロモーターおよびトランジットペプチドの下流にSynechococcusPCC7942のカタラーゼ-ペルオキシダーゼ遺伝子(katG)を連結したプラスミドを構築した。2. 上記のプラスミドをAgrobacterium tumefacienceLBA4404を用いてリーフディスク法によりタバコ(Nicotiana tabacum cv.Xanllthi)に形質転換した。3. カルス化および再分化した後、植物体にまで生育したタバコとして6検体得られた。これら6検体のうち、サザンハイプリダイゼーション、ノーザンハイブリダイゼーションおよびPCRによりキメラ遺伝子の導入が確認されたのは2検体であった。4. 上記2検体の形質転換タバコのカタラーゼ活性はコントロールタバコ(野生株)に比べて1.4-2.3倍であった。また、Synechococcus PCC7942のカタラーゼ-ペルオキシダーゼに対するポリクローナル抗体を用いたウエスタンブロッティングより、これら2検体の形質転換タバコにカタラーゼ-ペルオキシダーゼタンパク質が発現していることが明きらかになった。5. 上記2検体の形質転換タバコのリーフディスクを用いてパラコート耐性実験を行った。その結果、形質転換体は野生株に比べて明らかにパラコートに対して耐性であることが明らかになった。現在、上記2検体の当代(To)の植物体を自家受粉させT1世代を作製中である。
著者
福岡 豊
出版者
東京医科歯科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

本研究の目的は「ニューラルネットを用いることによって生体信号からストレスの客観的評価が可能であることをラットの拘束水浸ストレス負荷実験によって示すこと」であった.ストレス負荷の際は、ラットを3群に分け、それぞれのストレス負荷時間を0(対照群)、2時間、6時間とした。4週間にわたってストレスを負荷した後に,ニューラルネットの入力信号用として心電図,血圧,直腸温を記録した。その後、副腎および胸腺重量を計測し、これらの値から5層砂時計型ニューラルネットによりストレス指標を算出した。3層ニューラルネットにこの指標を与えて学習を行い、学習用とは別のラットから記録した評価用データを入力したときに,どの程度の推定精度が得られるかを検討した.また、心電図、血圧、直腸温をどのように組み合わせて入力した場合に、高い推定精度が得られるかを検討した。その結果・ストレスを負荷したラットと負荷しないラットでは、副腎・胸腺の重量が異なること(ただし、2時間と6時間の群では有意な差が認められなかった。この理由により、対照群と6時間負荷群のみの比較を行うこととした。)・上記の生理指標から算出したストレス評価値が有意(危険率0.1%以下)に異なること・ニューラルネットにより生体信号とストレス評価値の対応付けが可能であること・心電図のRR間隔の変動のみを用いるだけで、高い推定精度が得られること・未学習データに対しても良好な推定結果が得られることを確認し、ニューラルネットを用いることにより生体信号によるストレスの客観的評価が可能であることを示した。
著者
笹倉 直樹
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

弦理論における不確定性関係は弦理論の基本的自由度と密接に関わっていると考えられており、その自由度は量子重力のそれとも対応すると思われる。一方、ド・ジッター時空は、観測可能な時空の境界であるところの地平線をもっており、そのため、べーケンシュタインとホーキングの理論によって、なんらかの形で、量子重力の熱力学的な自由度が付随していると考えられている。従って、ド・ジッター時空を弦理論で実現することにより弦理論の基本的自由度に対する知見を深めることができると考えられる。ド・ジッター時空の一つの特徴は、それが超対称性を持たないことである。そのため、超弦理論の非超対称な背景場か、非超対称弦理論の背景場を考える必要がある。従来の弦理論の研究は、超対称性を中心としたものであるため、非超対称な場合への拡張が必要である。今年度の研究では、弦理論の有効作用として、重力とスカラー場が相互作用する系において、ド・ジッター時空がどのように実現されるかの研究を行った。まず、特異点を持たない解の構成に対する議論を行い、具体的な厳密解の構成を行った。この厳密解は、ドメインウォールがド・ジッター時空になっているような解で、ブレインワールドのシナリオのもとで、我々の時空と同一視できるものである。スカラー場のポテンシャルはスカラー場に対して周期的な関数であり、アクシオンのそれとみなす事ができる。このようなポテンシャルは弦理論において、コンパクト化に伴うモジュライスカラー場のインスタント補正として実現できるものである。今後の研究としては、今年度の研究結果を基にして、弦理論への具体的な埋め込みを行い量子重力的自由度についての考察を行うことや、より一般的な非超対称弦理論の背景場の研究などを行いたいと考えている。
著者
芦内 誠
出版者
高知大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本年度は、ポリ-γ-グルタミン酸(PGA)合成酵素複合体PgsBCAの精密解析のための基盤技術となる酵素効率生産系について検討を加えるとともに、PGA生産に関わる遺伝子解析及び大量生産システムの構築に有用な新規PGA生産菌を検索した。以下に得られた成果を示す。1、PGA合成酵素複合体PgsBCAの大量発現は宿主に対して著しい生育阻害をもたらすことが判明した。そこで、各々の成分、つまりPgsB、-C、及び-Aを単独で生産できる宿主ベクター系を検討した。GST融合ベクターを基本に、PgsBは分子シャペロン共生産システムで、PgsCはPGA生産菌を宿主とする系で、また、PgsAは培養温度の急激な低温シフトが本タンパク質の成熟化に重要であることを見い出した。リポソーム膜を利用したPgsBCAの再構成についても検討し、これにより本酵素複合体の精密解析が可能となった。2、有用PGA生産菌として戦国醤菌を単離した。本菌の膜成分を利用し巨大PGAの酵素合成に世界で初めて成功した。極めてユニークな基質特異性を明らかにするなど、PGA合成に関する重要かつ新奇な情報を得るに至った。また、pgsBCA遺伝子破壊株はPGAの生産能を完全に失ったことから、PgsBCAのPGA合成における必須性が証明された。3、PGAを環境適応因子として生産する生物、ここでは好アルカリ細菌と好塩古細菌のPGAの構造解析を行い、これらが従来知られていなかった新奇なポリアミノ酸であることを明らかにした。さらに、好アルカリ細菌のPGAは納豆菌などのそれとは全く異なる新奇な機構で合成されていることを明らかにした。これらの結果の一部はすでにいくつかの英文誌、和文誌で発表し現在印刷中のものもある。投稿準備中の論文も複数あり、今回の研究成果は、これまでは手探りの感のあったPGA研究の発展に少なからず寄与できたものと考えている。
著者
津村 紀子
出版者
千葉大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

1998年7月27日から9月15日まで北海道日高衝突帯で地震の臨時観測を行いデータを収集した.観測点は衝突域の先端部と考えられる日高主衝上断層付近から北東方向に3〜5kmの間隔で6点配置した.いずれも商用電源のない地域であるため,バッテリで駆動するレコーダで波形データをDATに連続収録した.刻時にはGPSを利用した.また,地震計の設置・保守時に同地点の岩石について簡単な記載も行った.得られたデータはDATからパーソナルコンピュータ(PC)のハードディスク上に再生した.データ再生用の装置には当初自作のPCを用いる予定だったが,既存のPCを改造する方が費用が削減されることがわかったため,そちらを採用した.この観測期間中北海道大学の微小地震観測網により震源決定された地震は1205個である.この震源データをもとに収録された連続波形データから地震波形データを切り出した.データの再生,切り出しの結果,観測網中央部分の1観測点は機器の不良によりデータが収録できなかったことが判明した.しかし他の観測点では概ね良好な記録が得られている.まず,観測網直下で起こった地震11個について解析を行った.まだ,解析は途中であるが,少なくても1観測点では東西と南北の水平動地震計でS波の着信に差がみられる傾向があることがわかった.今後この差を定量的に評価するため,波形の相互相関を取って調べる予定である.得られた11個の地震はいずれも震源が35〜50km前後で深さ方向への広がりに欠けている.しかし,観測期間中に日本の近傍だけでも数個のM5〜6クラスの深発地震が発生している.これらの地震のScS波を用いることにより浅い部分と深6部分の異方性を分離できる可能性がある.
著者
江 東林
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

本年度では、デンドリマールテニウムポルフィリン錯体中心のルテニウム上で、赤外照射により酸素分子の活性化が触媒的に起こるという特異な現象を見いだした。一連のサイズの異なるデンドリマールテニウムポルフィリン錯体をピリジンと共存させ、系内に酸素をバブリングしながら、赤外線を照射した。その結果、サイズの大きなデンドリマールテニウムポルフィリン錯体の系では、酸素添加反応が起こり、触媒的にピリジンオキシドを与えました。これに対して、サイズの小さなデンドリマールテニウムポルフィリンを用いた場合、ピリジンオキシドの生成は全く観察されなかった。また、基質として、ジメチルスルファイドを用いた場合も、上述と同じ現象が観察された。詳しい検討から、サイズの大きなデンドリマールテニウムポルフィリンは赤外線捕集アンテナとして機能し、吸収した赤外線エネルギーをコアに送り込み、化学反応を引き起こすということが分かった。これは、今まで全く利用されることのなかった赤外線を用いた分子状酸素活性化のアプローチであり、新しいタイプの人工光合成と言える。
著者
重原 孝臣
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

点状散乱体を持つ量子擬可積分系のスペクトル(エネルギー固有値および波動関数)の性質に関して、次のような知見が新たに得られた。1.点状散乱体を持つ量子擬可積分系では、場の理論等で最近話題になっている、量子異常や幾何学的位相(ベリ-の位相)が現れる。点状散乱体を持つ擬可積分系の量子力学は、数学的には関数解析の一分野である閉対称作用素の自己共役拡張理論に従って定式化されるが、その際不足空間の定義にスケールの選び方の任意性があり、その結果、系に質量スケールが導入される。このことが量子スペクトルに古典系では見られないエネルギー依存性をもたらす(量子異常)。また、散乱体を非摂動系の固有関数の節に置いた場合、その条件下で適当にパラメータ(散乱体の座標)を調節すると摂動固有関数と縮退が生じる。パラメータ空間において、この縮退点の回りを一回り回ると一般に波動関数の符号が反転する(幾何学的位相)。二次元系では縮退点はパラメータ空間内で孤立しているが、三次元系では縮退点は曲線群をなす。2.点状散乱体を持つ量子擬可積分系から得られた知見を、小さいが有限の大きさを持つ散乱体を持つ量子系に応用した結果、低エネルギー領域において散乱体は近似的に点状として振舞い、その影響は散乱体が弱引力の時に強く現れることを示した。また、量子系のユニタリー性を壊さずに散乱体の大きさを無限に小さくする極限操作の方法を示した。3.複数の点状散乱体を持つ量子擬可積分系のスペクトルの性質は各散乱体の結合強度で決まり、特に各散乱体は、結合強度で定まる特定のエネルギー領域に限りスペクトルに影響を与えることを示した。
著者
甲田 直美
出版者
滋賀大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

文彩を施された言語と,普段我々が"文法性"などということを意識しない透明な言語との対立点の整理,および事態の再現性に関わる文法的表現効果の可能性の追求を行った。現実世界から表現世界への移行の過程,つまり芸術や物語テクスト表現のもつフレーム,枠の特殊な組織の問題について整理した。テクストにおける再現性を考察する際に判別役となるのは,我々の日常の認識や体験性の制約からくる文法制約が創造的言語使用においては必ずしも守られないという点である。しかし,このような差異は,一談話領域に固定のものではなく,歴史記述や叙事的物語作品においても,語る視点が完全に排除されることはなく,感情や評価,文間の配列構成(因果関係や,注釈による),様態化作用を伴う発話主体標識によって,テクスト構成者による介入現象が起こる。視点の問題と再現芸術について,表現と表現されるものを有している芸術の諸形式と視点の問題は直接関連している。たとえば,「枠」の問題に固有の構成的側面,つまり芸術テクストにおける枠を表現する形式的方法は談話分析において「視点」の術語によって記されてきた。視点と関連して,出来事の記述を行う人物の空間・時間的位置(すなわち空間と時間の座標軸における語り手の位置の確定)の問題,構成の手法の整理を空間・時間のパースペクティブの面を中心に検討した。
著者
大和 毅彦
出版者
東京都立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

所有権が明確に定義されていないため共有地の資源が過剰に利用された結果,さまざまな社会的損失が生じる問題は「共有地の悲劇」と呼ばれる.本研究では,この重要な問題を解決するための社会制度・メカニズムの設計に関する理論的分析とパソコンを使用してのシミュレーション分析を行った.共有地の悲劇が起こっている経済において,問題解決を目指す制度・メカニズムが自発的に生まれてくる可能性について吟味した.いま,湖に面している漁村を考えよう.労働に関して収穫逓減の場合には,漁村の各漁師が非協力的に行動するナッシュ均衡での総労働投入量はパレート最適な水準よりも大きくなり,漁が過剰に捕獲され共有地の悲劇が起こる.しかし,漁師間で十分なコミュニケーションが可能であれば,協力が生まれ,共有地の悲劇を回避できる余地はないのであろうか,いま,あるグループに属する漁師の間で話し合いが行われて,彼らの総所得を最大にするように彼らの総労働投入量を決定し、捕獲された魚の総量は彼らの間で再分配するような提携が結ばれたとする.外部性が存在するために,提携を形成することによって獲得可能な利得は,提携のメンバー以外の漁師の行動・協力関係に大きく依存する.提携を形成することにより,外部のメンバーがいかなる提携を形成するかについて,各提携が慎重な悲観的予想をしている場合には,コアが存在することを示した.つまり,いかなる提携によっても拒否されず,いかなる提携を考えても,その提携の力だけでは改善不可能な配分が存在する.よって,自由な交渉が可能ならば,パレート最適性が達成され共有地の悲劇を回避できるのである.しかし,この結果は提携構造に関する予測に依存し,外部のメンバーがいかなる提携を形成するかについて,各提携が楽観的予想をしている場合には,コアは存在しない.
著者
牧 雅之
出版者
福岡教育大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

1.雌性両性花異株であるカワラナデシコの関東・中部地方の7集団について、両性個体の自家交配率を複数の酵素多型遺伝子座を用いた多重遺伝視座推定法で推定した。調査対象とした集団の雌性個体の頻度は約5%から約50%までの大きな変異を示していた。2.カワラナデシコの両性個体は雄性先熟であるため、自家交配は起きにくいと予測されたが、ある程度の割合で自家交配が起きているこが確認された。この理由としては、同花受粉が起きている可能性と隣花受粉が起きている可能性の両方が考えられる。カワラナデシコは、最盛期には同一個体内で複数の花が同時に咲き、訪花昆虫は位置的に近い花を順々に訪れる傾向があるため隣家受粉が起こりうる。また、雄性先熟ではあるが、袋かけをして、訪花昆虫を排除してやっても、種子を生産しうるので、同花受粉も可能である。どちらの受粉様式が自家交配の主な要因となっているかは今後の課題である。3.集団における雌性個体の頻度と両性個体の自家交配率との間には、強いとはいえないものの、相関関係が見られた。これは近交弱勢や両性型間での種子生産量には集団間で大きい違いがないものと仮定すれば、理論的に予測される結果と一致する。今後、近交弱勢や種子生産量の相対比の集団間の違いがどの程度であるかを推定する必要がある。
著者
原 秀成
出版者
図書館情報大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

本研究では、1945年から1990年までの『朝日新聞』の投書欄「声」欄を分析の素材として、投書を寄せた人・投書を掲載された人の年齢による分散の長期的な変化を調査し、もって現代の新聞の高齢化社会に対する対応の解明を試みた。そのために第一に、「今月の投書から」「ことしの投書から」など朝日新聞社の発表した投書応募者の年齢・性別・職業など属性別の投書応募件数を、縮刷版を用いて集計をした。同時に、投稿規定を調べ新聞社の投書応募の条件の変化を調査した。第二に、1960年から1990年までの国勢調査のある5年ごとに、掲載された投書の全数調査をした。調査対象項目は、投書欄に掲載された投書者の年齢・性別・職業であり、これを5歳ごとに区分けし標準コ-ホ-ト表にのせた。この集計結果を、『人口動態統計』の「年次・性・年齢別人口」で割った値によりコ-ホ-ト分析を行った。第三に、朝日新聞社が行った読者分析、新聞紙面に掲載されなかった投書についての資料、高齢化社会についての調査報告などと照合し、調査結果を補強した。これらの結果、次のことを明らかにしえた。(1)60歳代の投書応募者、投書掲載者の単位人口あたりの件数は1960年から1990年に至まであまり変化していない。投書欄における掲載数の増加は、主に高齢者の人口増加を原因とするものである。(2)これとは対照的に、1990年における20歳代の単位人口あたりの投書応募者数は、1965年におけるそれの約半数に減少している。(3)新聞社は、1970年頃、20歳代の投書掲載を抑制し60歳代の投書を優遇して掲載していたが、1990年には年齢により掲載を特に操作している形跡はなく、特別なテーマを投稿規定で設定してもいない。これらの結果から、新聞社は1990年には高齢者からの投書という情報行動の増加を容認し、生涯教育の一つの場としての機能を自認しているという解釈が成り立つ。
著者
山下 祐介
出版者
弘前大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

本研究では「創発性」の概念をめぐって、次のような形でその明瞭化を試みた。まず理論研究として、社会学における「創発」概念の取り扱いについて、おもにG.H.Meadの理論に依拠しながら吟味を行った。人間的な意識発生のプロセスそのものに、そもそも創発性の契機が内存していること、またそうした個人の中からわき出てくる創発性が、社会の創発性にどのようにしてつながっていくのかを検討していった。またこうした理論的吟味と並行しながら、実態調査として、いくつかのネットワーク型組織を調査した。(1)長崎県雲仙普賢岳噴火災害・阪神淡路大震災のそれぞれの災害における災害ボランティアの活動から、非日常時のネットワーク組織を、(2)過疎地域・都市地域での地域づくりグループの活動から、日常時のネットワーク組織を、という形で、ネットワーク団体の形成・発展・解消の過程を比較検討していった。以上の研究を通じて、「創発性」概念が、社会を考察する上できわめて重要な位置を占めていることを確認した。と同時に、この「創発性」の社会学を、これまで社会学が主に手がけてきた「共同性」の社会学と接続していく必要であるとの感触もえた。とくに問題解決プロセスの中で、社会の「創発性」および「共同性」がいかに位置づけられるか、に注目すべきである。両概念の接続により、社会学の理論研究および実証研究のさらなる進展が見込まれるが、本研究ではこの点の指摘にとどまった。
著者
中村 恵子
出版者
福島大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究は、電子レンジ加熱における食塩添加の影響を明らかにすることを目的としている。昨年度は液体モデル試料を用い、食塩添加試料では蒸発に使われるエネルギーの比率が高く、温度上昇速度は小さいことを明らかにした。本年度は、まず添加する食塩濃度の影響について、0〜20%の塩化ナトリウム溶液50〜2000mlを用いて確認した。その結果、食塩濃度の増加に伴って吸収するエネルギ量ーは減少すること、試料平均温度の上昇速度は小さくなることが明らかになった。次に、固体モデルを用いて実験を行った。0あるいは1%塩化ナトリウムを添加した10%コーンスターチゲル(200ml)を調製し、電子レンジで加熱したところ、食塩添加ゲルの蒸発量は多く吸収エネルギー量は少ないという、液体モデルと同様の結果が得られた。加熱直後の試料内部温度を比較したところ、食塩添加試料は試料外縁部が、無添加試料では中心部が高温となり、温度ムラの表れ方が正反対であることが明らかになった。これは、食塩の添加によって試料内のマイクロ波の半減深度が極端に小さくなったためと推察された。最後に、食塩添加試料の加熱効率を改善するために、(1)加熱途中で試料を撹拌する、(2)ラップフィルムで表面を覆う、ことの有効性について、0及び20%塩化ナトリウム溶液(500ml)を用いて検討した。その結果、いずれの操作も吸収エネルギー量自体は増加しないものの、水分蒸発に使われるエネルギー比率は減少したため、温度上昇速度は大きくなり、加熱効率は改善された。
著者
中西 正恵
出版者
神戸女子大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

人間の体温調節や快適な寝心地には、ふとんわたの熱・水分・空気の移動特性が関与する。体積の大半を占める空気と繊維、水分からなるふとんわたの熱・水分・空気の移動特性は、構成繊維の性質とその集合状態により、様々に変化するが、本研究では、快適なふとんわた材料の性能設計に必要な熱・水分・空気の移動特性の基礎データを提出することに主眼をおき、各種の繊維充填材料の通気性、みかけの熱伝導率、さらに、着用状態を模擬したモデル実験により、充填材料を通しての熱・水分同時移動特性を測定し、充填繊維素材や充填密度の影響を調べた。その結果、通気抵抗では、特に繊維の太さの影響が顕著にみられ、繊維が均一にランダム配向する繊維塊では、繊維直径の2乗の逆数と通気抵抗との比例関係がみられた。みかけの熱伝導率では、繊維が細いほど小さいが、同じ繊維直径でも羊毛よりもポリエステルのほうがみかけの熱伝導率は大きく、繊維を粒状に絡ませた羊毛は、同一直径の均一なランダム配向する羊毛よりも大きいなど、繊維の熱伝導率、繊維集合構造なども影響を及ぼすことがわかった。また、ふとんわたでは、充填密度が大きくなるほど熱伝導率が小さくなることや、熱板面の放射率を変化させた実験の熱伝導率の比較から輻射熱移動の寄与が大きいことなどもわかった。熱・水分移動特性では、繊維形態、繊維の熱伝導率や吸湿性などの繊維特性も関与し、たとえば、真綿〔絹〕では、顕熱移動は小さいが、水分移動を伴う場合の熱移動量は大きいなど、各種繊維素材の特徴がみられることがわかった。透湿性の測定は、サーモラボIIによる水分蒸発熱の測定による方法をとったが、さらに精密なデータを得るために湿度勾配法による透湿性の測定を検討中である。本研究では、現在のところ、実験結果の整理にとどまっているが、今後、繊維特性及び集合構造をパラメータとした、熱・水分・空気の移動特性の予測へと発展させる予定である。
著者
藤田 幸弘
出版者
東京医科歯科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

咀嚼は上下顎の歯で食塊を破壊し粉砕するという一連のリズミカルな運動であり、歯根膜を支配する感覚受容器あるいは咀嚼筋を支配する筋紡錘からの入力により制御されている。一方、力仕事を行う際などにみられる“咬みしめる"といった動作もまた咀嚼筋を支配する筋紡錘により制御されている。申請者は、既に本科学研究費(奨励A特別研究員)の支援により、タングステン微小電極を下歯槽神経に直接刺入し、歯根膜を支配する受容器からの神経電図をヒトにおいて記録する方法を確立している。そこで、平成5年度においては上記のような観点から、微小神経電図法をさらに咀嚼筋のひとつである咬筋の筋紡錘に適用し、その神経発射活動の記録を試み、顎運動制御における咬筋筋紡錘の機能的役割を追求することを目的とした研究計画を立て、研究を進め、現在までに以下のような結果が得られた。1.咬筋筋紡錘の求心神経線維の発射活動が記録可能であった。すなわち、開閉口運動を指示し下顎頭の位置を確認した後、頬骨弓の下縁を触診にて調べ、関節結節前縁の下方10-20mmの位置よりタングステン微小電極(長さ8mm尖端径1mum、尖端抵抗9-10MOMEGA)を経皮的に15-20mm刺入することにより求心神経線維の発射活動が記録された。そして、この活動電位は他動的な開口時に発火がみられたことより、明かに咬筋筋紡錘の求心神経線維のものであると同定された。2.咬筋の表面筋電図を同時に記録し、咬みしめ時における咬筋筋電図および1.で記録された咬筋筋紡錘神経電図における発火様式を比較検討した結果、咬筋におけるalpha-gamma連合の存在が確認された。以上の結果は第36回歯科基礎医学会総会において発表の予定である。
著者
田中 共子
出版者
岡山大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

従来の異文化適応のための心理学的介入は、「医学モデル」的な対症療法が主であったが、本研究では「心理教育モデル」に基づいて、異文化適応能力を向上させる介入方略を開発することを試みた。具体的には、在日外国人にとって、異文化環境下において必要になるソーシャル・スキルを明らかにしたうえで、その学習プログラムを構成し、実験的に試行し、ソーシャル・スキル学習プログラムの開発を試みた。セッション形式の介入実験を企画し、教材を作成して、実験協力者の参加を得てプログラムを試行した。そしてセッションの効果と構成について検討した。さらに、ソーシャル・スキル獲得の異文化適応促進仮説について検討するため、異文化滞在者を対象とした面接調査を実施した。協力者は、在日外国人であるATL、すなわち外国語学習のための外国人補助教員、および在日留学生であった。彼らに自分自身の異文化適応過程について振り返ってもらい、特にソーシャル・スキルの向上とその実施との関わりについて振り返ってもらった。次いで在米日本人留学生及び、在米日本人入居住者を対象として面接を実施した。上記と同様に、ソーシャル・スキルと異文化適応を中心に体験を振り返ってもらった。その結果、海外から日本への異文化移動と、日本から海外への移動との異文化移動にみられる共通点と相違点が明らかにされた。これはソーシャル・スキル学習のプログラム構成に反映すべき知見である。
著者
小池 康晴
出版者
東京工業大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

物の操作を獲得するためには,学習や慣れが必要である.これまでは,試行錯誤により操作を覚える,あるいは繰り返し反復練習により熟練度を上げる方法だけで,システマテイックに教育する方法は提案されていない.さらに,高齢化社会を迎え,高齢者がたとえば,車の運転を行なうときに,それまでに獲得した操作にたいする感覚と,筋肉骨格系の衰えによる運動系の誤差が生じると危険な場面に遭遇したり,最悪の場合事故を起こすことになってしまう.安全性という観点からも,物の操作の獲得過程を明らかにすることは重要である.本研究では,「視線の移動が操作の習熟度と関連しているのではないか」という点に着目し,操作に必要な情報をどのように取得するかという,学習と視線の移動の関係を明らかにし,時空間パターンの中からどこの情報をどのような割合で操作に用いているのかを計算機上でのモデル化と行動実験を通して明らかにすることを目的としている.本研究では,複数の制御入力を用いて,最適な制御ができる位置を求めるモデルを強化学習を用いて作成した,強化学習を用いたため,どの位置を見るかは指示せず,最終的な運転結果ができるだけ将来にわたり良くなるような報酬を与えるだけで,学習を行うことができた.また,過去に示されている視野制限での運転方法と,学習によって獲得されたモデルでは,ほぼ同じ方策をとっていることもシミュレーションにより示して,本モデルの有効性を示した.また,行動実験において,視線計測を簡易なドライビングシミュレータを作成して行った.その結果,これまでに提案されているモデルが,幾何学的な情報に基づいて視線が決まっているものであったが,速度が速くなるにつれて視線の位置が遠くに変化することを新たに発見した.さらに,同じ速度であっても,習熟度によって視線が変化することも発見した.具体的には,習熟度が上がるにつれて視線が遠くの方にシフトし,その結果運転操作が滑らかになった.