著者
水谷 明子
出版者
九州大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

本研究ではハンミョウ(Cicindela chinensis)の幼虫を材料として運動検出と距離測定の視覚神経機構を調べた。ハンミョウの幼虫は地面の巣穴でエサとなる昆虫等を待伏せる。適当な大きさの昆虫等が近づくと跳び出しこれを捕獲するが、大きな物体を近づけると巣穴の奥に逃避する。この捕獲行動と逃避行動の切換えを調べることで、視覚機構を調べた。幼虫は6対の単眼をもつが、そのうち大きな2対の単眼で頭上を見ている。ダミ-標的に対する行動から、幼虫は自身が跳び上がれる高さ以下の標的にのみ捕獲行動をし、視角が同じでもそれより高い標的には逃避行動を示した。このことは、幼虫の行動が標的の高さで切換わることを示した。2対(4個)の単眼の視野測定から、複数の単眼の刺激の時間パターンがこの切替に関わることが示唆された。隣接単眼の視野は頭の近くでは重複せず、高いところでは大きく重複していた。このことから、隣接単眼が僅かな遅延でほぼ同時に刺激されれば逃避行動、順番に刺激されれば捕獲行動を引起こすとするモデルを提唱した。現在このモデルの鍵となる高さに応じて応答特性を変化させるニューロンを脳内で生理学的に検索している。視覚刺激要因のうち標的の運動速度は行動の切替には直接関与しないが、静止した標的は何れの行動も引起こさない。従って、視覚行動には標的の動きが必須である。電気生理学的に標的の動きに特異的に応答するニューロンを検索し、視葉内に数種の運動感受性ニューロンを同定し、その形態を明らかにした。現在、運動特異的ニューロンの形成回路を検索中である。
著者
常田 聡
出版者
早稲田大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

まず,多孔性膜の界面からpolymer brushがはえている構造を作成するために,以下のような手順で膜材料を合成した.中空糸状の多孔性膜(ポリエチレン製)に電子線を照射した後,エポキシ基をもつモノマー(グリシジルメタクリレート)を前駆体としてグラフト重合させた。その後,エポキシ基の一部をイオン交換基(ジエチルアミノ基)に,残りをアルコール性水酸基(エタノールアミノ基)へ変換した.この多孔性膜の膜間に圧力をかけて溶液を透過させ,牛血清アルブミン(BSA)を対流に乗せてpolymer brushまで運び,きわめて短時間で生体高分子集合体を創製できることを確認した。この膜材料に一定流量でBSA溶液を透過させたときの圧力損失は,BSAの吸着が進むにつれて増大する。楕円球の形をしたBSA分子がpolymer brushに最密充填的に吸着していると仮定し,BSAの吸着によって液の透過できる細孔径が減少したとすると、BSA吸着後の膜の透過圧力をHagen-Poiseuille式によって推算できる。この理論式より推算された透過圧力と圧力センサーにより実測した透過圧力を比較した.その結果,実験値と推算値はよく一致することがわかり,吸着容量から推測した多層吸着構造モデルの妥当性が,流体力学的側面からも裏付けられた。また,polymer brush中のイオン交換基密度の増加とともに,電荷が互いに反発してpolymer brushが表面法線方向に伸長し,タンパク質をより多く抱き込む形態をとることが推察された。さらに,生理活性を有する酵素であるウレアーゼをpolymer brushにいったん集積させ,つづいてイオン強度を上げることによって脱離させた。尿素の分解特性をもとに生理活性を評価した結果,polymer brushへの集積前後においてウレアーゼの生理活性は変化しないことが示された。よって、polymer brushは生理活性を維持したまま高密度に生体高分子を集積できる場であることが示唆された。
著者
大和 雅之
出版者
日本大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

プラスチックやガラスのような可塑性をもたない培養基質上に接着した細胞は、細胞底面のごく限られた部分でのみ基質と接着し、この接着部位は接着斑と呼ばれる。接着斑には、細胞外マトリックスリセプターが濃縮し、細胞骨格としてアクチン線維の末端が繋留する。接着斑には、ビンキュリンやテーリンなどの接着構造を維持するのに必要な分子の他に、情報伝達に関与することが知られているPLC-_γなどの分子群も濃縮している。しかし、生体内ではこのような硬質の接着基質は存在せず、血管内皮などの例外を除いて、接着斑は観察されていない。本研究では生体内で細胞と細胞外マトリックスとの接着構造を検討することを最終目標に、そのモデル系として三次元コラーゲンゲル内培養を用いて、I型コラーゲンと線維芽細胞の間の接着構造について、螢光抗体法により共焦点レーザー走査顕微鏡を用いて検討した。線維芽細胞は、三次元培養系では二次元培養の接着斑のような局所的な接着部位を形成せず、細胞表面全面にわたって接着斑よりも小さなバッチ状の接着部位を作った。ここには、α2β1インテグリンの他、ビンキュリンも濃縮しており、接着構造を構成する分子は、基本的に二次元培養と同一であると思われる。現在、他の構成分子についても検討中である。線維芽細胞は、三次元コラーゲンゲル内で、きわめて細長い紡鐘形をとるが、このときストレスファイバーは細胞長軸に両末端を接続するように並走する。ストレスファイバーとインテグリン、ビンキュリンの共局在は、共焦点レーザー走査顕微鏡の解像度では、観察されなかった。ストレスファイバーよりも微細なアクチン線維の組織化状態との関係については、今後、電子顕微鏡レベルでの検討を加えたい。アクチン線維を断裂させるサイトカラシンを低濃度で培地に添加すると、アクチン線維が断裂するにも関わらず、細胞形態はほとんど変化しない。断裂の結果、アクチン線維はパッチ状に細胞膜直下に観察された。この断裂したアクチン線維のパッチとインテグリン、ビンキュリンの濃縮する接着構造の共局在が認められるかについて現在検討中である。
著者
伊東 敏光
出版者
広島市立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

「不在」とは、「本来その場所に在るべきものがそこに無い状態」を意味するが、本研究に於いてはその「不在」の概念が、いかに美術家の制作意欲の源となり表現に可能性を与えて来たか、また鑑賞者には共通の意識として作品との交点を提供して来たか、という二つの観点から20世紀後半に活躍した美術家の作品および関連資料の調査を行ってきた。今年度の研究では昨年の研究対象作家の中から、アントニー・ゴームリー/Antony Gormiey、ルイーズ・ブルジョア/Louise Bourgeois、ヤン・ファーブル/Jan Fabreの3名に焦点を絞り、彼等の生い立ちや経験と、作品との関係についてさらに分析をおこなった。また今年度特に注目した作家は、1970年代の現代美術界においてカリスマ的存在であったドイツ人彫刻家ヨセフ・ボイス/Joseth Beuysである。ボイスは第二次世界大戦参戦中にクリミアで撃墜され、猛吹雪による寒さで生死の境をさまよっている時に現地の遊牧民に救われた体験を持つ。帰還後彼は、獣脂やフェルト等自身にその体験を喚起させる材料を使って、彫刻制作やパフォーマンスをおこなった。ボイスは生涯の芸術活動を通して、我々の社会に欠けている見えない存在を具現化しようと試みた作家であるが、その創造性とそれが社会に受け入れられた背景に「不在」という認識で本研究者が捉えている概念が大きく関わっている。さらに1933年のソ連邦生まれのイリア・カバコフ/Ilya Kavakovや、1950年イタリア生まれのエンゾ・クッキ/Enzo Cuoohi、その他ヤニス・クネリス/Jannis Kounellisu、ブルース・ナウマン/Bruce Nauman、日本の村岡三郎等の作家についても調査、研究をおこない、冒頭に記した二つの観点から考察をおこなっている。また本研究における「不在」という概念そのものについても意味と領域について考察を続けている。なお本研究においては、「不在」をテーマとした実験的作品制作を合わせておこなっており、平成11年度中に公開展示する予定である。
著者
西川 慶子
出版者
広島大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

けいれんモデル動物作出のために、申請者らによっってクローニングされたけいれん関連遺伝子SEZ-6のトランスジェニックマウスを作製した。トランスジェニックマウス作出に用いた導入ベクターはSEZ-6cDNAをネスティンのプロモーター/エンハンサーの神経特異的な発現を制御する領域に結合して構築した。このベクターはレポーター遺伝しとして大腸菌βガラクトシダーゼ遺伝子を用いて導入遺伝子の発現をモニターできるようにした。通常の方法により、このベクターを用いてトランスジェニックマウスを作製した。レポーター遺伝子の発現は、予想された通りに中枢神経系で強い発現を示した。このことから、導入したSEZ-6cDNAも中枢神経系で発現していることが予想された。このトランスジェニックマウスは雄雌とも正常な妊性を示した。さらに、組織レベルでは目立った異常は認められなかった。今後はこれらのトランスジェニックマウスのけいれん誘発剤に対する感受性を調べなくてはならないと考えている。
著者
池田 誠
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本年度はコード帳符号化方式において、コード帳をデータに応じて更新し、時系列データのの繰り返しにたいして効果的に信号遷移頻度の削減を可能とする適応型コード帳符号化方式の検討を行い、試作したチップの測定評価を行った。この結果、乱数データを用いた場合、信号遷移頻度を25%から50%削減出来ることが分かった。この結果を実証するために次の特徴を有するチップの設計試作を行った。1)コード帳のコード数16,ワード幅:16ビット,2)距離最小コード検出回路としてはWallance-tree型コンプレッサー回路を使用。本チップの測定の結果、符号化回路の消費電力が電源電圧3.3V,動作周波数10MHzにおいて3.6mWとなり、16ビットのバスにおいては、負荷容量が30pF以上場合に本チップが有効であることが分かった。また、本チップは0.5umプロセスで試作を行っているが、現在の最先端プロセスである0.18umもしくはそれより微細なプロセスで試作することで符号化回路の消費電力の削減が可能となり、さらに適用範囲が広まるものと期待できる。また、更なる消費電力削減およびデータ転送効率の向上を目指して、これまでに提案されている圧縮アルゴリズムのうち代表的なものとして、ハフマン符号化、LZ77符号化,LZ78符号化手法を取り上げ、そのLSI化を行った場合のハードウエア量とデータ圧縮効率のトレードオフに関しての検討を行った。その結果、データが既知である場合にはハフマン符号化が圧縮率が最大となるが、一般の場合、過去のデータ列を保持し、その最大一致長を送信するLZ77方式およびその派生の符号化方式であるLZSS方式が、ハードウエア量に制約を課した場合、他と比較して圧縮率が高くなることが分かった。
著者
稲田 浩子
出版者
久留米大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

子どものターミナルケアを行うにあたっては、患児自身・家族、医療スタッフの協力体制が最も要求される。それをふまえてターミナルケアの方針作りを行った。1. 家族と医療スタッフ間のコミュニケーション;様々な治療法が開発された現在、どの時点で支持療法に切り替えるのか、治験的な治療を進めるのか、選択も難しい。時間をかけて、時にはsecond opinionも聞きながら、納得行くまで話し合う必要がある。2. スタッフ間のミーティング;患児・家族への最良の対応を、話し合いながら検討していく。スタッフ自身の死生観を確立することも重要である。3. 患児の痛みの軽減;モルヒネ等を用いて、積極的に除痛することで、安心を与える。4. 子どもへのdeath education;現代社会は、死と直面する機会が少ない。日常の教育の中に、生と死を考える時間をもうけるべき。また、ターミナルステージにいる子どもに死を尋ねられたとき、医療スタッフは嘘をつかずに応える準備をしておくべき。5. 患児の要求をかなえる; 「家に帰りたい」という希望は誰にでもある。地域の訪問看護システム等を利用した在宅ケアも、お互いの充分な理解と協力があれば可能となる。頻回に話し合いの機会を持ちながら、できるだけ希望にそえるよう努力していく。病院の規則も緩和し、家に似た環境づくりを心がける。6. 家族・兄弟への支援;患児中心の生活から、家族の輪に歪みができることも少なくない。お互いの立場を尊重し、兄弟にも患児の状況を隠さず伝え、話し合う必要がある。7. 旅立ちの時;苦しみだけを延長させるような処置は避け、家族に見守られて穏やかに旅立つような状況をつくれるようにする。8. 患児死後の家族支援;受容までに通る5段階の感情を表出させ、苦しみを分かち合う機会を作る必要がある。私達が行っている追悼の会は、意義深いものとなった。
著者
中西 淳
出版者
愛媛大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

作文教育を改善していくためには、文章生成過程の心的様相を発達的に捉える基礎研究が必要である。本研究は、この問題意識に基づき、題のつけ方に関する心的様相を発達的に捉え、そこから作文指導のあり方を探っていくことを目的としている。そのために、愛媛大学教育学部附属小学校、3年、4年、5年、6年、同学部附属中学校1年、2年の各1クラスを対象に、ある作文(小学校5年生の生活文=題「小さな私見つけた」、調査対象者には学年・氏名・題名を伏せて提示)を読みそれに題をつけるという活動を行わせる教授調査を実施した。資料を分析した結果、1.題名は、話題に関するもの(例:小さなくつ下など)から、主題に関するもの(例:小さな私、私の成長など)に変わっていく傾向があること、2.題をつけるときには、文章を統一するものを探ろうとする心的作用が働くこと(ただし小学校3年生はそれが十分でないこと)、それを探る観点は、学年があがるにしたがって豊かになっていくこと、3.小学校の高学年になると、題名の読み手に与える効果も考えるようになること、また個性的な題をつけようとする意識が働くようになること、3.題のつけ方に関与する主題把握の有り様は、小学校の高学年に変換点が見られることが確認された。さらに、4.題名に関する作文指導は、何が文章を統一しているのかを考えることになるため、明確な文章を産出する力の育成に重要な役割を果たすことが確認された。
著者
浅川 理
出版者
(財)東京都老人総合研究所
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

(目的)痴呆患者の介護者における介護負担と医療機関へのニーズの実態を明らかにする。(対象・方法)東京都老人医療センター痴呆専門外来を、平成7年9月から平成8年2月までに受診した患者とその介護者のうち、精神科医が診察した28例を対象とした。患者背景、長谷川式知能スケール(改)(HDS-R)、問題行動評価尺度(TBS)、N式日常生活動作能力評価尺度(N-ADL)、および介護者における受診理由、介護負担度、受診後の負担感の変化、満足度、自己評価抑うつスケール(SDS)などについてアンケート調査を行った。(結果・考察)受診理由は、診断確定35.4%、痴呆自体の治療31.3%で、精神症状などの問題行動の治療や応対方法の指導29.2%であった。介護負担度は、限界および負担ながらも家庭介護継続可能60.7%、十分家庭介護に余裕あり32.1%であった。診察後の負担感の変化は、減ったものが57.0%であったが、かえって増したものも7.1%であった。外来での診察・説明で、満足できたもの71.3%だったが、不満足としたものも28.5%であった。不満の理由には、患者診察のみで家族の悩みを聞いてもらえなかった、進行の見通しや具体的な応対方法についての説明がほしかった、診断が確定してかえって絶望感が増した、などがあった。介護負担度別にHDS-R、TBS、N-ADL、SDSを比較したところ、介護負担が高い群でHDS-R、N-ADLの点が低く、TBSの点が高かった。また、介護負担が高い群でSDSの点が高く、介護者に抑うつ傾向が強く現れていることもわかった。以上から、負担感の強い介護者のニーズは、診断や痴呆に対する治療以上に、精神症状の治療や具体的な応対方法の指導・心理的サポートであることが示唆された。今後さらに例数を増やし、適切な治療的アプローチを検討していく必要がある。
著者
佐々木 雅寿
出版者
大阪市立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

(1)カナダの憲法学者・行政法学者・裁判官から研究のレヴューを受ける平成12年9月17から同月27日まで、カナダオンタリオ州のトロント市に赴き、トロント大学法学部のH.ジャニッシュ教授(行政法の専門家)およびP.マツクレム教授(先住民法・憲法の専門家)から、そして、オンタリオ州控訴裁判所R.シャープ裁判官(憲法訴訟の専門家)およびオンタリオ州上級裁判所K.スウィントン裁判官(憲法・労働法の専門家)からそれぞれ研究のレヴューを受けた。カナダにおける環境保護に関する最近の動きとしては、先住民の自治政府による環境保護政策を連邦および州レベルでどの程度法律上組み込むかが争点の一つとなっていることが指摘された。(2)日本の環境訴訟に関する検討わが国の現行の実体法・訴訟法体系が個人の権利利益を保護することを主要な目的として構築されているため、訴訟提起の段階、裁判所の審査の段階、そして、救済の段階のすべてにおいて、公益を裁判所によって保護することはかなり困難である。しかし、行政事件訴訟法のいわゆる客観訴訟において行政行為の適法性といういわば公的な利益の保護が裁判所の重要な機能の一つとして認められていることからすれば、現行の枠内においても裁判所が公的な利益を保護する機能を持つことを禁じられていると解することはできない。(3)日本における裁判所の役割とカナダにおけるそれとの相違上記のように日本の裁判制度は基本的には個人の私的な利益を保護するためのものと観念されている。それに対しカナダの裁判所は、個人の私的利益の保護を主要な機能と捉えつつも、副次的ないしは第二次的には、法律の規定に従って公益を保護する機能も重視している。これは議会が法律により特定の公益を保護する機能を裁判所に与えたことが主な根拠となっていると考えられる。(4)若干の提言わが国の裁判所の機能は少なくとも憲法上個人の私的な利益の保護に限定されておらず、裁判所が法律の要請に従って一定の公益を保護することは可能であると考えられる。法の支配の要素に個人の私的権利利益の保護のみならず、法律に従った公益保護もありうることの研究が今後必要となろう。
著者
小嶺 徹
出版者
久留米大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

近年,抗ヘルペスウイルス剤の普及により症状の軽減及び期間の短縮がはかられてきた.しかし、抗ヘルペスウイルス剤の投与は抗体の産生にとって不利になると予想される.そこで,久留米大学医学部口腔外科を受診した(1987年1月から1995年4月)初感染と考えられるHSV-1感染症患者のうち,ペア血清の得られた43名の血清(抗ウイルス剤投与群37名,非投与群6名.)でIgG・IgM抗体並びに中和抗体価を測定した.すなわち,エンザイグノスト単純ヘルペスIgGおよびIgMはELISAでまた,中和抗体価の測定はマイクロ法によった.回復期の中和抗体で有為な上昇が認められなかったものは11症例であった。このうち,抗ウイルス剤を投与したものが11例中9例で、投与群全体に占める割合は、38例中9例の23.6%であった。また、未投与であったものは2例で未投与群での割合は、5例中2例の40%で抗ウイルス剤の投与が抗体産生を阻害しているという結論は得られなかった。そこで、15才未満の小児(7例)と成人(36例)に分けてみると、成人での抗体上昇の見られなかったものは、36例中10例の27.7%、逆に小児は、7例中1例の14.2%で,成人例で抗体価が上がりにくい傾向が伺えた。また抗ウイルス剤の投与を行なった初感染2症例の潜伏ウイルスの再活性と抗体価の変動についての長期経過観察によると,小児例は約2カ月後,成人例では約6カ月後に中和抗体価の有意な上昇を示しており,従来の2週後には上昇を示しておらず,これも抗ウイルス剤投与の影響と考えている.
著者
古川 秀夫
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

3つの民間企業のミドル及び労働組合準トップを対象として、3人から20人程度のグループ・インタビューを行い、第1に自らがリーダーとなって得たメリットとデメリット、第2に今までの職業生活で実際に出逢った上司の中で見倣うべきリーダーと反面教師としてのリーダーの具体的姿、第3に現実にいるいないに関係なく理想的なリーダー像について自由に語ってもらった。先見性や対人的配慮などの要因が挙げられた他、部下に対して指示的非指示的いずれであれ一切の責任を負う覚悟を持つリーダーというのが多数の意見として出された。各界リーダーにおいて公私をわきまえぬ職権濫用あるいは社会的背信行為の本は頻発している事態に発した問題意識であったが、事態の推移の中で「とかげのしっぽ切り」のように部下に責任転嫁されるということもしばしば見出された。その点に対応する意見かと判断された。平成4年度に行った予備調査で一定の信頼性が確認されたノブレスオブリージュ項目に加え、社会的責任、社会的貢献、ボランティア活動への評価・態度、公的自己意識などの項目を収録した質問紙調査を3社1500人を対象として実施中。現在1社500人の回答票が回収され、分析を開始した。インタビュー調査が継続中ということもあり、そこから抽出された項目を収めた質問紙調査は今年実施することはできなかった。それは次年度以降に期したい。
著者
坂口 一朗
出版者
大阪医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

脳神経外科における破裂脳動脈瘤に対する手術は、低血圧麻酔でおこなわれるのが一般的である。しかし通常の低血圧麻酔では、後頭蓋窩巨大脳動脈瘤等に対する直達術における術中破裂による出血の制御は、実際には困難である。これに対し一部の施設では、全身低体温、心停止下に手術を行っているが、人口心肺装置が必要とされ、これによる高度のヘパリン化、そして心停止による合併症が問題とされている。そこで、脳血流を遮断し、低温乳酸リンゲル液で脳血管内を灌流し、低血圧、低体温下で脳を保護する方法につき犬を用い実験的研究を行い、これを発表した。この方法によれば、平均5分以内に脳温を28℃まで低下させ、これを60分間維持する一方、体温は平均34℃以上を保つことが可能で、心拍は、維持される上、大量のヘパリン化も不必要であった。また、実験後の犬は神経学的異常を来すことはなかった。しかし、膠質浸透圧の極めて低い乳酸リンゲル液による灌流では脳に何らかの障害を来すことも考えられ、更に安全な灌流液を模索するため今回実験を行った。実験用ビ-グル犬を10匹用い、灌流方法は頚部脳血管遮断後、その内の一本より灌流液を注入することとし、灌流時間は120分、灌流液温度は5℃に設定した。5匹に対しては前回同様乳酸リンゲル液を灌流し、残りに対しては膠質浸透圧を血液と同じくすめためヒトアルブミンを添加した乳酸リンゲル液を作成し灌流した。灌流終了後血液で脳を復温し、6時間後に脳を摘出し病理学的検索を行った。海馬や前頭葉脳皮質、小脳皮質のHE染色を行ったが、前者と後者には有意と考えられる病理的差異は認められなかった。しかし脳浮腫に関しては両者に何らかの有意差があってしかるべきと考えられ、今後は、脳虚血に対しする影響を微小透析法等を用いて脳代謝産物を直接測定することで評価したり、比重法による脳浮腫の定量化を追加し、安全な灌流液を作成していく予定である。
著者
佐々木 美津代
出版者
和歌山県立医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

現在保存されている120家系(ダウン症者とその両親)のリンパ球樹立細胞株に加えて、新たに30家系の細胞樹立を行った。DNA抽出はGenとるくんにて行い、蛍光標識したprimerでPCRを行い、dinucleotide repeatの多型を検出する方法を行った。ALF expressシークエンサーにて電気泳動し、Fragment managerを用いてband patternを解析した。ダウン症者の21番染色体3本の由来に関しては、4群(maternal hetero or homo-disomy,paternal hetero or homo-disomy)を判定すべく、2種のprimerで検討した結果、hetero-disomyに関しては有意な結果が得られたがhomo-disomyに関してはslippageによる2bpおきのピークが存在するため量的な判断が行いにくい。さらに、tetranucleotide repeatの2種のprimerを検討中である。primerはIFNAR-IVS5-5',IFNAR-IVS5-3'1でproductsの大きさは195〜215bp、条件は論文と異なり、95℃30s-54℃30s-72℃30s 40cycles。もう1種のprimerはVS17T#3',VS17T#4でproductsの大きさは172〜264bp、条件は論文と異なり、95℃30s-55℃30s-72℃30s 40cycles。VS17Tに関してはバンドがラダー形成するためさらに条件の設定変更が必要である。また、RFLPによる量的な検討も平行して行う。平成11年、大阪でダウン症フォーラムが開催され、ダウン症児の健康管理に関して情報交換、健康手帳の執筆に参加した。
著者
川手 圭一
出版者
東京学芸大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

本研究は、ドイツ第二帝政期からヴァイマル期にかけての青少年福祉政策が、下層青少年の生活世界に及ぼした影響を考察したものである.世紀転換期以来、ドイツでは、急速な工業化とこれに伴う都市化のもとで、「危険に晒された青少年」の存在が、社会的な問題になっていた.とりわけ危険視されたのは、14歳で初等教育を終えて不熟練労働に従事する青少年たちであり、彼らに対して教育者、社会改良家、行政当局が青少年福祉政策(青少年育成、青少年保護)を実施していくこととなる.そのさい注目すべきは、もっぱら自治体によって運営される補習学校であった.ここでは、単に専門的な技術教育ばかりでなく、「よき国家公民」をつくるための一般教育が行われ、これらを通じて青少年に対する規律化が進められたのである.この補習学校は、手工業の徒弟制度の伝統をある意味では受け継いでいたが、しかしドイツの工業化の中にあって、明らかに近代的な特徴をもつものであった.本研究では、まず第一にこの補習学校設立の理念、またその教育内容の実態が明らかにされた.他方、本報告では、上記の補習学校による青少年の規律化が、下層青少年の生活世界からみたとき、どのようなものであったのかが考察された.近年、社会史・日常史の研究成果は目覚しいものがあるが、ここでもハンブルク、ベルリンなどでの労働者の生活世界、下層青少年のサブカルチュアが、検討の対象となった.そのさいには、世紀転換期の「ハルプシュタルケ」、ヴァイマル期の「ヴィルデ・クリケン」、さらに第三帝国期の「エ-デルヴァイスピラ-テン」の比較検討が問題となる.
著者
多田 博
出版者
旭川医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

【目的と方法】腕神経損傷の中でも神経根引き抜き損傷は、脊髄硬膜内損傷であり、その修復は不可能とされる。しかし、本損傷は、節前損傷であるため、脊髄後根神経節及び末梢知覚神経は生存している。私は、末梢神経の切断縫合後にいわゆるmisdirectionが起こり、知覚神経線維が運動神経髄鞘内に迷入することに着目し、本損傷に対して、再建を目的とする筋の支配神経を一度切断し、再縫合することで故意にmisdirectionを起こし、後根神経筋による運動単位を形成させるという実験を試みた。実験動物として250〜300gのラット16頭を用い、腹腔内ネンブタール麻酔下に、腹臥位にて、手術用顕微鏡を用い、無菌的に操作を行った。まず、第4、5腰椎(L4、5)の椎弓切除を行い、一側のL4、5神経根を約1cm切除し、創を閉鎖する(神経根節前損傷の作成)。次に、一方の坐骨神経を露出後、切断し、180度回旋を加えて神経上膜縫合を行う(A群)。処置後、8、12週後に、坐骨神経を露出し、大転子部を刺激点とする前脛骨筋、腓腹筋の誘発筋伝図検査を行う。同時に筋そのものの電気刺激を行い、筋の反応性をみる。前脛骨筋、腓腹筋を摘出した後、その湿重量を測定し、筋及び脛骨、腓骨神経の組織学的検索を行う。コントロールとして、筋前損傷のみの群を8頭作成し(B群)、同様の検索を行った。【結果】処置後8及び12週において、坐骨神経を刺激点とする誘発筋電図検査では、B群と同様、A群においても明らかな誘発電位は得られなかったが、筋の直接刺激において、A群において、筋の収縮がみられた。また、健側と比較した筋湿重量の検索でもA群ではB群に比較し、有意に大きかった。組織学的検索においては両群に明らかな差はなかった。以上の結果より、後根神経筋による新しい運動単位の形成は起こらなかったが、本法が脱神経による筋の萎縮にあ対して抑制的に働いている可能性が示唆された。
著者
椎名 勇
出版者
東京理科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

エステル合成に代表される脱水縮合反応は有機合成化学において最も基本的な反応の一つであり、古くから数多くの手法が開発されている。しかし、従来知られている脱水縮合反応では、一方の試薬を他方の試薬に対して大過剰に用いる平衡移動反応による手法や、反応温度を高め系内で生じる水を系外に取り除くなどの操作が必要であり、現在でも当量のカルボン酸とアルコールから収率よくエステルを簡便に得る方法は数少ない。(1)筆者は、まず、ルイス酸触媒およびρ-トリフルオロメチル安息香酸無水物の存在下、カルボン酸シリルエステルとアルキルシリルエーテルを室温で反応させると対応するエステルがほぼ定量的に得られることを見いだした。(2)また、他の求核剤を用いて反応を行うことを試み、アルキルシリルスルフィド、フェニルシリルエーテルまたは求核性の低い置換アニリンを求核剤に用いた場合にも対応する活性チオールエステル、活性フェノールエステルまたはアニリドが収率良く得られることを明らかにした。(3)分子内環化反応に適用した結果、ω-シロキシカルボン酸シリルエステルを用いる効率的なマクロライド合成法を開発することができた。(4)これらの反応をさらに簡便かつ有用な手法とするため、遊離のカルボン酸とアルコールをケイ素誘導体に導くことなく一挙にエステルを得る触媒的反応の開発を目的として検討したところ、ビス過塩素酸ジクロロチタンとクロロトリメチルシランから系内で調整される触媒の存在下で円滑に反応が進行し、対応するエステルがほぼ定量的に得られることを明らかにした。(5)上記反応を分子内反応に適用したところ、ビストリフルオロメタンスルホン酸ジクロロチタンとクロロトリメチルシランから系内で調製される触媒を用いることにより、大環状マクロライドが高収率で得られることを見い出し、さらにこの反応を利用し、天然マクロライドであるレシファイオライド類縁体リシネライディック酸ラクトンを92%の収率で得ることができた。
著者
高田 礼人
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

現在までに多くのウイルス感染症は予防、制圧されてきたが、エイズ、ヘルベス、インフルエンザあるいはエボラ出血熱等の感染症に対する効果的な治療法は未だ確立されていない。本研究の目的は特定のアミノ酸配列をもつ合成ベプチドによってウイルスの感染を選択的に阻害する方法を開発する事である。pSKANファージディスプレイシステムを用いて、現在までにインフルエンザウイルス蛋白質に特異的に結合するファージを選択した。また、エボラウイルスの表面糖蛋白をプラスミドから発現させ、精製する事に成功した。これを用いて、この糖蛋白に特異的に結合するファージを選択した。さらに、エボラウイルス糖蛋白の幹部に存在する螺旋状部位が機能的に重要である事が判明したので、その部位と同様のアミノ酸配列を有する合成ペプチドを作成し、エボラウイルス表面糖蛋白でシュードタイプした豚水泡性口炎ウイルスを用いてウイルス感染性中和試験を行った。その結果、約80%のウイルスの侵入が阻止された。この成績は、この合成ペプチドがエボラウイルス表面糖蛋白の立体構造の変化をさまたげ、その侵入を特異的に阻害したためと考えられる。また、エボラウイルスの糖蛋白に対して誘導される抗体の中には、ウイルスの感染性を増強するものがあり、エボラウイルスの強い病原性に関わっている事が示唆された。したがって、この抗体が認識するエピトープを解析し、そのアミノ酸配列をもつ合成ペプチドを感染個体に投与すれば、抗エボラウイルス薬として有効であるかもしれない。
著者
土屋 千尋
出版者
新潟大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

外国人日本語学習者の日本語発話において、韻律を構成するたかさ・つよさ・ながさのうち、特に、母音のながさに焦点をあてて、研究をおこなうことにした。筆者のこれまでの研究で、日本人の発話の母音の長短をしらべると、長短の区別が明確でないことがわかってきた。日本語教育では、短母音は1拍、長母音は2拍のながさである、とおしえているのだが、これはかならずしも日本人の発話の現実に基づいていないといえる。したがって、外国人学習者が、漢字のよみ方テストで、母音の長短の区別をまちがえるのは日本人の発話の現実を反映して、音声的事実を表記にもちこんでいることによるのではないかとかんがえた。まず、新潟大学留学生に対して筆者が定期的に実施している漢字よみ方テスト(93年度実施、1課〜16課、のべ枚数280枚、1枚につき出題漢字の平均数64)より母音の長短のあやまりを採集し、どの語のあやまりの頻度がたかいか調査した。その結果、拗音をふくむ漢字、および拗音に隣接している漢字に関して、母音の長短のあやまりの頻度がたかいという傾向がみられた。あやまりの頻度のたかい漢字をふくむ25の語彙リストを作成し、新潟大学留学生27名によみあげてもらい収録した。現在、「音声録聞見」で分析をおこなっている。27名の内訳は、中国7、香港1、韓国1、マレーシア9、インドネシア1、タイ1、モンゴル2、イギリス2、イタリア1、ギニア1、中国帰国者子弟1名である。また、標準となすべき日本語音声資料としてNHKお昼のニュースを47日分録音した。今後、この音声資料を留学生にきかせ母音の長短をどのように知覚しているか調査をおこなう。その上で、外国人学習者が、日本語の母音の長短がききわけられないのか、いいわけられないのか、もしくは、ある漢字の音価がながいかみじかいか知識としておぼえていないのか、学習者の母音とも関連づけてしらべていく予定である。