著者
川田 都樹子
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

〈芸術諸学と芸術批評と芸術作品の関わり〉美学の自律性を確立したカント、これを発展的に継承し、純粋視覚の理論を用いて芸術学を美学から独立させる方向を見いだしたフィードラ-、これを受け継いで、美術史を視覚の歴史と定義し、様式史としての美術史を提唱したブェルフリン。独における、ある意味では、フォーマリズムの系譜とも言えるこの芸術諸学の展開を根底に持ちつつ、米20世紀半ばのフォーマリズム批評を代表するC.グリーンバーグは、同時代の芸術諸作品の評価・分析を行う。彼にとって、先駆となる美術批評は、イギリス20世紀初頭のR.フライである。フライのフォーマリズムとは、まさに、仏のフォーマリスティックなモダン・アートが、それまで文学色の濃いラファエロ前派などを主流としていたイギリスに上陸してくる時代に不可欠のものであった。さらにフライが、影響を受けた批評家とは、独のマイヤー・グレーフェ、仏のモ-リス・ドニであるが、前者は独の芸術論に関わりながらも、むしろその観念論の性質を受け継ぎ、フォームの問題に留まるよりむしろ、作者存在に留意するものだった。後者は、自身も仏のモダン・アートの作者であり、極めてフォーマリスティックだが、芸術諸学との関連はうすい。この両者を止揚しつつフォーマリズム批評を成立させたのがフライだったのである。グリーンバーグは、アメリカ抽象表現主義の作品に対する批評において、フライに倣いつつフォーマリズムを見事に適応させたが、しかし、それ以後の現代芸術への適応は不可能であった。というのも、現代において芸術作品も芸術諸学もフォーマリズムから離れていたためである。フォーマリズム超克の試みは、現在、様々になされているが、むしろ独の芸諸学においてフォーマリズム超克に成功したハイデガ-にまで逆上り、芸術存在の本質から問わねばならないだろう。
著者
山内 秀文
出版者
秋田県立農業短期大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

10年度はまず、9年度で明らかになった配向の乱れを改善するために、特に気流速度が遅い領域(3、5、10、20m/s)でのその原因について更に詳細に検討した。配向装置にフレーキングミルで作製したI.=48mm、w.=7.2mm、t=0.37mm、含水率15%のスギストランドを流し、高速度ビデオを用いて捉えた映像を画像解析した。目視では比較的良好に見えた20m/sの場合、装置中央付近を走行するフレークの配向度は向上するが、装置端部では壁際と中央部との気流速度の差からフレークにモーメントが作用し、回転する現象が見られた。実大で連続使用できるベルトの速度は最大でも10m/s程度と言われることから、この速度では捕集が困難であると判断できた。装置出口付近で高圧静電場(極板間距離200mm、極板数8枚、電圧30及び40kV)を併用した場合、電圧40kVでは配向の乱れを比較的よく改善できることが明らかになった。この効果は気流速度が遅い時により大きいが、速度が5m/s以下ではフレークが極板に吸引されてしまい、回路の詰まりが見られた。以上から捕集装置は1)気流速度は10m/s程度とし、40kV以上の高圧静電場を併用する、2)遠心力が作用する配向装置カーブ部分までつみ取りベルトを延長し、押さえベルトを設置する、3)押さえベルトの直前、直下に高圧静電場を発生する極板を設置する、とし現在設計に入っている。さらにボード製造装置としての評価のために、同じフレークにイソシアネート樹脂接着剤を塗布し、気流速度10m/s、40kVの高圧静電場を作用させて、比重0.45及び0.7、厚さ9rIlmのOSBの製造を行った。現在の段階では出口での捕集が不完全で配向度が上がらず、配向方向と直交方向のMOE比は1.3-1.6倍であったが、既存OSBより低比重でMOE及びMORの絶対値は遜色なく、スギのボード原料としての適正を確認した。
著者
佐久間 尚子
出版者
(財)東京都老人総合研究所
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

年をとると言葉が思い出しにくくなり、しばしばスムーズな会話ができなくなる。こうした加齢にともなう語想起困難のメカニズムがどのようなものかを検討する目的で、健常成人の各年代を対象に、単語を種々の条件下で想起させ、単語の発音までの時間(音読潜時)を指標とした縦断研究(5年間の継時的変化)を行うことを企画した。当初は、視覚刺激が1msec精度で提示でき、音声スイッチによって発音までの時間が計測できるAVタキストスコープを用いて音読潜時を測定しようとした。しかし、5年間の短い期間で健常成人の加齢変化を鋭敏に捉えるには、刺激提示の精度ばかりでなく、音読潜時の正確な測定も必要となる。従来は、発声にともなう音圧が一定レベルを越えた時点を発話開始の時点とみなし、この時間までを音読潜時としてきた。しかし、この方式では、発音の出だしから強い音声が出るものはうまく検出できるが、出だしが弱い音声は開始時点をうまく検出できない可能性があり、問題がある。そこで本研究では、最初に、音読潜時を正確に測定するシステムを作成し、次に、健常成人の実験データを得ることにした。今回は、従来の音声スイッチによる時間計測に加え、その前後の音声を録音し、後で音声解析を行って、正確な音声の開始時点を求める方法を用いた。若年成人10名に、平仮名1文字の音読潜時を求めたところ、出だしから強い音声が出る母音(あいうえお)は、音声スイッチと実際の発話潜時との差が平均20msec以内になるのに対し、出だしが弱い摩擦音(例:さしすせそ)はその差が平均100msec以上となり、音声の種類によって音読潜時が変わることが明らかとなった。以上より、単語の音読潜時を指標とする場合は、条件間で語頭をそろえる必要性が確認されたので、現在までに語頭を揃えた種々の刺激リストを用意した。今後は、各年代の健常成人を対象とした音読実験を行い、5年間の継時的変化を検討する予定である。
著者
山崎 圭
出版者
国文学研究資料館
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

当初たてた研究計画は、(1)組合村-惣代庄屋制の解体過程の解明、(2)取締役など特権的豪農の活動の解明、(3)明治地方自治の解明、の3点を柱としながら信州幕領をフィールドとして分析を深めると同時に、他地域との比較研究も行うというものであった。今年度はポイントをしぼって上記課題の(2)について集中的に検討した。まず第一に、郡中取締役の阿部家について金融を中心とした経済的活動のあり方を検討し、同家は18世紀半ば以降諸領主や酒造家への大口貸金などによって経営を伸ばし、18世紀末に領主貸が行き詰まると、当時盛んになりはじめた繭・綿・細美などの農間商いを行う南佐久の百姓たちを相手にした商仕入金などの貸付を急増させて、一層の経営発展を遂げたこと、天保期後半に貸付が停滞すると資金を土地集積に振り向けて地主経営にウェイトを移し、金融も貸出対象の範囲を上層に限定して継続したこと、このような活動が明治期の伊那県商社、第19国立銀行などに関与する前提となっていること、などを明らかにした。第二に、この地域の政治構造については上記のような阿部家を一つの核とするような経済構造とはあまり関係なく、年番名主制や組合村制などが展開していく傾向があるが、文久期以降社会情勢が緊迫していく中で郡中の豪農層が郡中取締役に就任し、政治的な秩序のあり方に大きな変化をもたらしたことを明らかにした。この問題は課題(3)の「明治地方自治の解明」にもつながっていくテーマであるが、見通しを持つにとどまったので今後の課題としておきたい。なお、以上の成果の一部を組み込みながら歴史学研究会2001年大会で「地域社会構造の変容と幕領中間支配機構」という題のもとに報告を行う予定である。
著者
稲葉 哲郎
出版者
立命館大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

政治的知識,マスコミ接触,法定選挙媒体接触,政治広告に対する評価を主要な内容とする意識調査を総選挙後に大学生312人に対しておこなった。政治的知識は,政策争点や政治制度とは直接関連のないような「ソフト」な政治的知識(例「橋本首相の趣味」「理系出身の党首」)を6項目,政策争点や政治制度と関わる「ハード」な政治的知識(例「新しい選挙制度の呼び名」「消費税据え置きと減税を公約に掲げた政党」について6項目の調査をおこなった。正答率の低かった1項目を除く11項目について対応分析をおこなったところ,第1軸の固有値が高く,政治的知識はおおむね1次元を成しているといえる。ただ,第2軸について検討をしてみると,1項目を除き,あらかじめ想定された「ソフト」と「ハード」な知識を分離する軸となっていた。従って,政治的知識は,たがいに相関が高い2つの次元から形成されていると考えられる。次いで,これらの「ハード」な知識と「ソフト」な知識についてマスコミ接触や法定選挙媒体接触との関連を検討した。法定選挙媒体との関連では,「ハード」な政治的知識の知識量は政見放送,政党のテレビコマーシャル,新聞広告への接触との相関が「ソフト」な政治的知識の知識量より高かった。また,マスコミ接触では,「ハード」な知識,「ソフト」な知識とも新聞,テレビニュースへの接触量との相関がともに高かったが,「ハード」な知識は「家族との話」との相関が高く,「ソフト」な知識は雑誌への接触との相関が高かった。「ソフト」な政治的知識の話題の情報源として考えられていたワイドショーへの接触は相関が低かった。今後の課題としては,政治的知識を筆記において測定する場合における中間回答の判断の問題,成人の政治的社会化に伴う政治的知識の次元の分化,があげられる。
著者
豊田 新
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

石英中の格子欠陥のうち熱的に安定な酸素空格子に注目することにより、数百万年から十億年範囲のESR年代測定法の開発を試みた。申請者の昨年度までの研究により、この年代範囲において火山岩中の酸素空格子の量と年代の間によい相関のあること、また生成過程については以前に提案された石英中のα反跳核種よりも外部からのβ及びγ線による可能性の方が大きいことが示されていた。以下の3点について本方法の実用化に向けて問題点の検討を行った。1.年代を求めたい石英そのものをキャリブレーションに用いた。もとの信号の大きさと加熱後の照射で再生した信号の大きさが同じとなるγ線量に相当する年代が、即知の年代と一致するか否か調べた。約十億年の試料については一割以内で一致する年代が得られたが、二千万年から三億年の試料三点については、いずれも予想される年代の半分から5分の1の値となった。2.不対電子間の距離の相対的な違いを調べるために、パルスESRによる緩和時間の測定を試みた。しかし、自然の石英と人為的にγ線を照射して酸素空格子を生成させた石英とで、差があるのか否かを結論できる結果は得られなかった。3.ウラン鉱床中から抽出した直径約0.5mmの石英について、フッ化水素酸で処理する時間を変えることによって取り去る層の厚さを変えて酸素空格子濃度の変化を調べた。取り去る厚さを大きくするほど酸素空格子濃度は減少し、半減するのは0.2mm程度のところであるとわかった。この結果はβ線の寄与が大きいことを示しており、β線とγ線で酸素空格子の生成効率がことなる可能性をも示唆する。酸素空格子を用いたESR年代測定を実用化するには、測定例を増やすと共に、生成過程の解明が急務である。
著者
上條 隆志
出版者
筑波大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

三宅島において森林生態系の遷移を明らかにすることを目的として以下の研究を行った。1.11年度設置の調査区(1962溶岩、1874溶岩および8000年以上前の噴火堆積物(極相)に各2カ所)に加え、1983溶岩上に2カ所の調査区を設置した。その結果、(1)他の植物が全く生育しない溶岩上にオオバヤシャブシが侵入し低木林を形成し、その後、タブノキーオオシマザクラ林、スダジイ林へと遷移すること、(2)地上部現存量は125年(1874溶岩)で12-20kg/m^2であり、ハワイの研究例(137年で1.9kg/m^2)に比べ、遥かに大きくなることが明かとなった。これは、オオバヤシャブシの窒素固定作用が遷移を促進しているためと考えられた。2.土壌断面調査を行い、11年度の規則サンプリングによる土壌分析結果と併せて解析を行った。地上部炭素量は急速に増加するのに対して、土壌炭素量の増加速度は125年で0.4-0.6kg/m^2と遅く、地上部に対する土壌炭素量の比は0.04-0.1と著しく小さかった。一方、極相ではその比は0.7-1.4と大きく、炭素蓄積速度が地上部と土壌で異なる変化様式を持つことが明かとなった。3.各年代の溶岩上のオオバヤシャブシの葉の窒素濃度を測定した。窒素濃度は年代に関わらず、2%前後と高い値を示した。これは、オオバヤシャブシの窒素固定能力によるものであり、遷移初期の土壌でN濃度が高い(11年度研究成果)のは、窒素を含んだオオバヤシャブシのリター供給が関係していると考えられた。4.各調査区にリタートラップを設置した。2000年7月より噴火活動が活発化したため、定期的なサンプリングはできなかったが、火山灰が森林生態系の遷移に与える影響に関する基礎データを得ることができた。5.以上の研究成果と11年度研究成果を基に論文を作成し、国際誌に投稿した。
著者
遠藤 基郎
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

1,吉書の儀礼空間の復元の基礎的作業。東大寺における吉書儀礼関係の収集を行った。未刊行史料として平岡定海氏所蔵の『東大寺別当次第』の存在を確認し、その原本調査に赴いた。寺院吉書は、長官である別当などが就任した際に行う拝堂儀礼の一環として行う場合が主である。これは公家が新しいポストに就任した際に吉書を行うことと共通する。また返抄吉書においては、読み上げ行為が伴っていたことが、史料上確認された。2,武家の吉書について。鎌倉幕府は当初公家吉書同様に返抄吉書を使用したが、室町幕府はそれとは異なり三箇条吉書と御内書吉書を使用している。この違いは、両幕府の性格の違いを示すものであるが、その解明は今後の課題である。また幕府吉書において、注目すべきは改元の際に行う点であろう。これは鎌倉幕府の段階から認められる。管見の限りでは、改元時に吉書を行うのは天皇と将軍のみに限定される。国家制度上の将軍の卓越した地位を物語る事実である。3,近世における吉書の実態。これについては,十分に検討することができなかった。朝廷あるいは旧仏教系寺院においては、中世以来の形式で継続的に行われている。これは彼らのアイデンティティーの有り様から当然の事態であろう。武家については、薩摩藩島津家で確認されるものの、幕府においては行われた形跡がないようである。また従来の研究による限りは、村落においてもその形跡が認められない。類似の現象は「書き初め」である。中世の吉書と比較した場合、これは、優れて個人的な所為であって、政治性は皆無である。これは「書く」行為の社会史的意義の変化を考察する上で興味深い現象であろう。*また本研究成果の一部は、2000年度歴史学研究会大会中世史部会報告(2000.5.28)において発表の予定である。
著者
宗岡 寿美
出版者
帯広畜産大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

本年度は調査の最終年度にあたるため,調査事例の少ない十勝地方を対象として,水田地域における農業用水(畑作流域河川)・水田排水および畑作地域における雨と雪の水質成分について調査した。また,釧路・根室地方における酪農流域河川の土地利用と水質環境についての経年調査をもとに,北海道東部の畑作・酪農流域河川の水質水文的評価に供した。なお,本研究では,主として窒素とリンを指標として評価・考察を進めた。まず,水田地域における農業用水(畑作酪農流域)はT-N濃度≒0.41〜3.7mg/L,T-P濃度≒0.11〜0.5mg/L,一方,水田排水はT-N濃度≒0.24〜5.0mg/L,T-P濃度≒0.06〜0.54mg/Lとなり,施肥・代かき直後を除いて,水田は河川水質を汚濁するものではないと考えられる。帯広畜産大学構内における降水中の窒素・リンについてみると,降水量は1170.0mm,T-N濃度=0.55mg/L,T-P濃度=0.021mg/L,pH=5.8であり,降水からの窒素のインプットはT-N=643.5kg/km^2・yである。酪農流域河川の水質濃度は,酪農流域・改修河川の2流域でT-N濃度=1.36mg/L・1.64mg/L,酪農流域・自然河川ではT-N濃度=1.03mg/L,林野流域・自然河川ではT-N濃度=0.29mg/Lとなった。北海道東部における畑作・酪農流域河川の水質環境を保全するとき,汚濁負荷発生源の除去・抑制が優先課題となる。しかし,汚濁負荷発生源が同程度の場合には,自然河川が有する水質浄化機能や河畔域の緩衝帯による汚濁物質の河川への流入抑制効果などを積極的に発揮すべく,土地利用を再構築していくことが必要であろう。
著者
西端 律子
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究の最終年度の成果として、VOD(ビデオ・オン・デマンド)サーバの確立があげられる。まず、デジタルカメラで撮影した自作の映像の他に、既存のビデオライブラリをデジタル方式に変換し、また、8ミリフィルム、資料、写真などをデジタルカメラで録画することにより、視聴覚メディアのデジタル化を行った。これにより、すべての映像情報をコンピュータネットワーク上で利用できるようになる。次にこれらの画像ファイルを入力し、外部からアクセス可能なサーバに蓄積した。ユーザは、無償配布されている映像配信ソフトウェアを利用し、このサーバ内の画像ファイルを自由に視聴することができる。また、画像情報がデジタル化されているため、発信者、受信者双方に映像の修正、加工が非常に容易である。例えば、発信者が「見せたい」ところにマーキングをしたり、受信者が「見たい」ところをクローズアップしたりなどである。またその時々の目的、視聴環境、映像の内容などの状況によって「見せる」もしくは「見る」映像の順序や時間、内容を自由に編集することも考えられる。これらの活動は、一方通行、多義性という従来の映像の特性を補完するものであり、映像による教授・学習理論の新たな一歩であると考えられる。本研究では、このシステムを利用し、本学部周辺の四季折々の風景、研究内容、新館工事の様子などの映像を世界規模で配信した。この配信実験では、アメリカ、アルゼンチン、タイ、台湾の各国で受信されたことが確認された。ひきつづき、VODサーバを利用した映像実験を行うことにより、映像視聴過程を記述できるようになると考えられる。
著者
永尾 雅哉
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

1.可溶性エリスロポエチン受容体(_sEPO-R)をビオチン化し、6残基のランダムなペプチドを粒子表面に持つファージライブラリー液と混合後、ストレプトアビジンでコートしたプレート上にパニングして、_sEPO-Rに特異的に結合するものをスクリーニングしようとしたが、特異的に結合するファージは得られなかった。一方、_sEPO-Rを抗原として得られたモノクローナル抗体1G3をコートしたプレート上で同様にファージライブラリー液をパニングしたところ、特異的に結合するファージが濃縮されてきた。現在、このファージを精製し、_sEPO-Rのどの配列を有しているかを検討することにより、1G3の認識する配列を決定している。2.エリスロポエチン(EPO)は赤血球系に特異的に作用すると考えられてきたが、神経系にも作用することを明らかにした。先ずコリン作動性ニューロン株SN6や副腎髄質由来クロム親和性細胞PC12上にEPO受容体が存在することを発見した。そして、EPO添加によりPC12細胞内のカルシウム濃度の一過的上昇や、モノアミン含量の上昇を検出した。PC12細胞は神経成長因子を添加すると神経突起を伸展するが、EPO添加では変化せず、増殖も促進されなかった。これらの結果からEPOは神経系では栄養因子として作用すると考えられた。また、マウスの胎児発生過程の神経系の形成にEPOが作用するするのではないかと考えて、RT-PCR法または免疫組織化学的手法でEPOとEPO受容体の胚および胎児における発現について検討した。その結果、胎生7日目の原始線条、胎生8日目の神経褶にEPOおよびEPO受容体の存在が認められた。さらに胎生10日目になると神経上皮の辺縁側および脊髄の原基にEPOの存在が認められた。以上の結果は、胎児の神経系形成にEPOがオートクリンまたはパラクリン様式で作用することを示唆しており、現在EPOの神経系での生物学的機能についてさらに検討している。
著者
中尾 茂
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

東京大学地震研究所鋸山地殻変動観測所に設置された10器のボアホール歪計で観測された歪データを用いて,ボアホール歪計の地殻歪に対する応答を評価する目的で潮汐解析を行なった.まず,公衆回線を用いたテレメータで回収されるデータ以外のデータ回収を行なった.現地ではパーソナルコンピュータを用いてハードディスクにデータを記録している.潮汐解析はBAYTAP-G(Ishiguro et al.,1984)を用いて行なった.解析期間は1992年10月の観測開始から1995年1月のデータであり,計算は1月毎に潮汐の振幅,位相を計算した.歪計各成分とも振幅は【plus-minus】10%以内のばらつきはあるもののそれ以上の大きな振幅変化はなかった.位相については平均値の【plus-minus】5度以内のばらつきであった.10器の歪計のうち同じ成分を測っている歪計は2〜3器ある.M2分潮(周期12.42時間)の振幅は同じ方向の観測成分についても2倍〜7倍異なっており,位相については2〜3度以内で一致し予測値はGOTICの日本版であるLTD2(Sato and Hanada,1984)を一番細かいメッシュサイズが約1km四方の海岸線データを用いて計算した.観測値と比較すると振幅は予測値の35%〜400%の範囲であり,位相については予測値からの遅れが最大で41度,最小で1度であった.予測値と観測値との差異は予測値を計算するときに用いる海岸線データの細かさ,海洋潮汐モデルの正確さに原因があると考えられる.そこで,観測点近傍の海岸線データを30mメッシュで作成し,計算した.また,鋸山検潮所のデータを用いて計算した海洋潮汐の振幅,位相をも参考にして観測点近傍の海洋潮汐モデルを作成した.振幅は予測値と観測値の差が小さくなるが,位相は90度近く観測値とことなる.これは海洋潮汐荷重潮汐の振幅の見積もりが改善前と比べて小さいことが原因であり,観測点近傍の海洋潮汐モデルの見直しが必要である.
著者
西山 隆
出版者
香川医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

多種の高等植物に含まれているフィトクロームは、プロトン(H^+)の関与する赤色光吸収型構造と近赤色光吸収型構造の相互可逆的な構造変化のよってその生理作用、たとえば発芽、開花などを生ずると言われてきた。一方、バクテリオロドプシンの紫膜表面のH^+転移現象に揮発性麻酔薬が重大な影響を与えていることが知られている。フィトクロームによる生理作用に基づくレタス種子の発芽が揮発性麻酔薬の影響を受けて赤色光照射時に促進することを申請者は、既に報告している。今回はフィトクロームを抽出し、その構造変化を吸収波長の測定することによって間接的にH^+転移現象を調べる計画を立てた。しかし、このフィトクロームには5種類のファミリーが存在し、どのファミリーが実際に発芽に関与しているかという問題があった。これにはその後の調査によりフィトクロームAとフィトクロームBによることが判明した。現在、フィトクロームAの数種類の抽出法しか検討されていない。今後はフィトクロームBについても検討していくつもりである。一方、これらのフィトクロームはin vivoと in vitroにおいて生理作用が異なるとする報告もあり、検討を要する。今だ、フィトクロームの吸収波長を測定するところには至っていないが、先に述べた検討課題を十分に克服した上で測定を実施したいと考えている。今後は、揮発性麻酔薬とH^+が直接どのような反応を行っているのか分子レベルで解明していきたいと考えている。
著者
亀井 若菜
出版者
学習院大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

本研究は、狩野元信の絵巻作品について研究することを目的とした。元信の絵巻を広く概観するとともに、北条氏綱によって1522年頃に作られたことが判明しているサントリ-美術館蔵「酒呑童子絵巻」を、絵の享受者や注文主の意識、また絵が制作された社会的文脈から研究することを計画した。本研究においては、まず、サントリ-美術館において調査した「酒呑童子絵巻」のスライドを整理し、絵を詳細に見ながら、詞書と絵の内容を各段毎に比較し、サントリ-本の絵の特質を考えた。また「酒呑童子」を主題とする絵巻、絵本などは30本にも及ぶ。それらを写真資料を添付したカードとして整理し、サントリ-本と比較した。また、芸術学の学会にも出席し、ヴィジュアルイメージを新たに解釈していくための理論を学んだ。その結果、鬼退治のストーリーを詞書で語り出すサントリ-本が、絵では、強い男同志の信頼関係や対決を讃えようとしていること、一方、女性は男性のために犠牲となるべきものであることを見せようとしていることが判明した。このような主張が「酒呑童子」という御伽話の絵として描かれている背景には、氏綱が子の氏康のためにこの絵巻を作らせたことが想定された。氏綱は、戦国の世に関東という地方で武士として生き抜く術を、子供が面白く見ることのできる御伽話の絵巻にして、氏康に見せようとしたのではないか。この成果を、学内の研究会において発表した。尚、狩野元信を考える上で、同じ室町時代に活躍した土佐光信の研究は不可欠である。元信は、江戸時代以降、光信と強く関連させて語られてきており、現在、我々が捉えている元信像は、光信を踏まえずには考えることはできない。この両者の関係を盛り込んだ小論を、「室町時代の土佐派をめぐる言説」としてまとめ、発表した。
著者
庄司 学
出版者
東京工業大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

平成11年度には,免震橋の1/10模型を7体製作し,正負交番載荷実験およびハイブリッド地震応答実験によって免震支承〜RC橋脚系の耐震性能について検討した.免震橋では,免震支承のせん断変形に伴うエネルギー吸収性能によって,橋脚に作用する地震力を低減するものである.しかし,免震支承の大変形に伴い,免震支承に作用する水平力が橋脚の降伏耐力を越えると,橋脚の軸方向鉄筋が降伏し,橋脚は塑性化し始め,免震支承から橋脚に塑性化が移行する.このような免震支承から橋脚への塑性化の移行メカニズムを解析的にシュミレートすることは難しいため,ここでは,橋脚の降伏耐力を3通りに変化させ,降伏耐力が低く塑性化しやすい橋脚模型と降伏耐力が高く塑性化しにくい橋脚模型を製作し,これらにHDR型免震支承およびNR型免震支承を設置して,実験的な検討を行った.得られた知見は以下の通りである.1)降伏耐力の低い橋脚にHDR型免震支承を設置した供試体に対して正負交番載荷実験を行った.これより,免震支承の塑性化が進み,免震支承の変形がせん断ひずみ50%程度まで進むと,橋脚の軸方向鉄筋が降伏し始め,橋脚基部の損傷が進展し始めることが示された.一旦,橋脚が塑性化し始めると,橋脚の塑性化は免震支承の塑性化を卓越するレベルまで急激に進み,構造系として大変危険な状態になる.2)1)と同じ供試体に対して,入力地震動として神戸海洋気象台で観測された加速度記録を25%(神戸25%)と50%にしたもの(神戸50%)をそれぞれ作用させ,ハイブリッド地震応答実験を行った.これより,神戸25%を入力した場合には橋脚は塑性化せず,橋脚は,免震支承の1/4程度しか変形しないが,神戸50%を入力し,地震荷重が大きくなり,一旦,橋脚が塑性化し始めると,橋脚の変形は免震支承の変形の1/2程度まで大きくなり,橋脚の塑性化が急激に進むことが示された.
著者
奥野 充
出版者
福岡大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

過去の火山噴火は,噴火堆積物と火山地形に記録されている。この研究において,(1)地形図や空中写真による地形観察,(2)地形・地質学的調査および試料採取,(3)放射性炭素年代測定などから,高分解能な噴火史を編年することを試みた。調査対象としては,大雪山旭岳,北八甲田,焼岳,由布岳,霧島,姶良カルデラなど,北海道から九州までの諸火山である。まず,テフラ直下の腐植土の放射性炭素年代がテフラの噴出年代を示すことを利用してこれらの火山の高分解能な噴火史を構築した。最近約1万年間の完新世では,放射性炭素年代から較正された暦年代を用いて議論する必要があり,ウイグルマッチング法による年代推定が有効であると考えられる。そこで,テフラを挟在する泥炭層を測定試料として,この方法が適用可能であるかも検討した。霧島火山についての予察的結果では,腐植土から推定された年代とも良く一致しており,その適用の可能性が示唆された。また,大雪山旭岳では,泥炭層中に4枚のガラス質火山灰層を識別し,EPMAによる火山ガラスの化学組成からB-Tmなどの広域テフラに対比した。テフラと同時に泥炭層も採取しており,この火山でも泥炭層の放射性炭素年代を用いたウイグルマッチング法を検討する予定である。この研究で確立された噴火史の高分解能な編年は,火山噴火の中・長期予測の基礎資料としてだけでなく,考古遺跡の編年や古環境復元など,隣接した分野の研究にも活用されることが期待される。
著者
北村 玲子
出版者
山梨医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

メラニンは皮膚の色調を支配する因子の一つであり、メラノサイトのメラニン合成は周囲からのサイトカインやホルモンによって調節されている。なかでも周囲のケラチノサイト由来のサイトカインはメラノサイトの増殖、分化に関与していることが報告され、色素異常症の病因に関与している可能性がある。我々は色素異常症の患者皮膚を用いてメラノサイト増殖、分化に関わるサイトカインであるSCF、ET-1、GM-CSF、bFGF、IL-1、TNF-αの発現を免疫酵素抗体法及びRT-PCR法を用いて検討した。その結果、色素脱失症である尋常性白斑患者の皮膚では正常部に比べ白斑部表皮において免疫酵素抗体法ではその発現に明らかな差はみられなかった。しかしRT-PCR法を用いて正常部及び白斑部の表皮におけるサイトカインのmRNAの発現を検討したところ白斑部においてメラノサイト増殖に関わるサイトカインであるSCF、ET-1の発現はむしろ増加していた。またGM-CSF、bFGF、IL-1、TNF-αの発現に明らかな差はみられなかった。次に尋常性白斑患者の正常部、境界正常部、境界白斑部、白斑中央部メラノサイトにおける前述のサイトカインのレセプター(c-kit、ET-BR)及びメラノサイト関連蛋白であるチロシナーゼ、S100蛋白の発現をこれらに対する抗体を用いて免疫酵素抗体法を用いて検討した。この結果境界白斑部では、他に比べてc-kitの発現が有意に減少し、白斑中央部ではこれら蛋白の発現は認められなかった。このことから尋常性白斑患者における病変部でのメラノサイト消失の要因としてメラノサイト上のc-kitの発現異常が関与している可能性が示唆された。