著者
箱崎 和久
出版者
独立行政法人文化財研究所奈良文化財研究所
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

室生寺灌頂堂の建築史的評価 昨年の検討から、室生寺灌頂堂(現本堂)は、後宇多法皇の帰依により、北京律僧である空智房忍空の建立となることが判明した。これにより、灌頂堂は鎌倉後期における天皇家の第1級の建築に近い形態とみられ、遺構が残らない当時の天皇家・公家の建築を具体的に知ることのできる資料になると考えられる。一方で造営主体が北京律僧であることは、これも具体的な建築遺構が明確でない北京律僧による建築を知る好資料となるであろう、灌頂堂の建築意匠・技術は、このような背景を反映したとみれば理解しやすい。灌頂堂には、奈良地方に希薄な禅宗様建築の細部様式が認められ、泉涌寺に禅宗様が採用されていた可能性が大きいことを勘案すれば、北京律僧が禅宗様を導入したと考えられる。また、内部の住宅的要素については、京都風の意匠というより、むしろ天皇家・公家の影響と理解できるだろう。派生する問題 室生寺御影堂に用いられた木製礎盤は禅宗様の影響が及んだものであり、これも北京律僧が関与したためと推定される。このように、少なくとも南都における禅宗様系の細部形式の伝播には、北京律僧の影響を考慮しなければならなくなった。当時、北京律僧は東寺・東大寺の大勧進をつとめたほか、高野山・四天王寺・鎌倉などでも活躍しており、これらの寺院や地域における建築の様相を、禅宗様の伝播という観点も含めて、北京律僧の活動からとらえ直してみる必要がある。また、本例は遺構として残る建築の帰依者を特定できる好例であり、建築意匠・空間を考えるうえで、工匠や本寺-末寺の関係のほかに、帰依者について再考する必要性を再認識させた。北京律僧の特質をとらえるには、西大寺系律宗には明確でない、有力帰依者との関係をとらえることが重要である。
著者
矢田 勉
出版者
東京大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

今年度は東京大学史料編纂所に所蔵される古文書影写本のうち、青方文書・阿蘇文書・市河文書・留守文書について調査した。また京都府立総合資料館には二度、のべ六日調査に赴き、東寺百合文書を中心に調査を行った。その他写真等の公刊されている文書についても若干の調査を行い、それにより平安時代から室町時代末期にかけての平仮名文書一二七通について釈文及び仮名字体表を作成し、またその一部を写真撮影することができた。それにより得られたデータを総合することで、平安時代から室町時代末にかけて、頻用の平仮名字体がどう変化してきたか、また平仮名体系の持つ字種のバリエーションの総体がどう変化してきたかについてアウトラインを明らかにするに至っている。今後、中世文書の更に広汎な調査(殊に東大寺文書、他地方の文書)と近世文書の調査を行い、また今回の研究で明らかになりつつある平仮名字体変遷史を書記史の原理という観点からどう位置づけるかの考察を加えることが課題である。また、今回の研究の過程で、前近代日本の文字教育に大きな役割を果たした平仮名書いろは歌に見える平仮名字体が中世平仮名文書の平仮名字体体系と密接な関係にあること、また平仮名書記について、平安時代と鎌倉時代の間には踊り字の用法を指標として大きな転換期があること、そしてその転換が異体がなの使い分けの発生の原因となった事が分かった。それぞれ今年度、論文として発表したものである。
著者
小川 光
出版者
名古屋大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究は、政府間の情報の完全性を仮定しない場合にどのような問題が生じるかを明らかにすると同時に、ゲーム論等を用いることによって社会的に最適な状態に導くようなメカニズムをデザインすることを目的にしている。主たる研究成果は以下のようにまとめられる。Principal-Agentモデルを用いた『Allocation of authority under central grants』では、公共事業のタイプを決定する権限を二階層の政府間で配分する際に、公共事業への資金拠出インセンティブが重要な役割を果たすことから、事業への投資インセンティブを高めるために、資金調達費用に劣る下位層政府(地方政府)に事業タイプの決定権限を委譲することが最適解となる可能性があることを明らかにした。公共事業のタイプを内生的に選択する状況を扱った上記の分析を発展させて、『Grants structure when the type of public project is endogenous』では、地方政府の資金調達力が上がるとともに、中央政府は地方政府にとって優先順位が高い事業を選択すること、また、matching grantsからblock grantsへの補助金の給付方法のシフトを図るべきであることが明らかになった。中央政府から地方政府への権限委譲に加えて、さらに、地方政府から民間部門への事業内容の一部委譲を行う際の問題点として、コストの戦略的引き上げが行われる可能性を『Public monopoly,mixed oligopoly,and productive efficiency』において明らかにしている。これらの研究成果は、European Accounting Association Annual Congress(アテネ大学)や数理・理論経済学セミナー(九州大学)においても報告されている。
著者
有馬 正和
出版者
大阪府立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究の最終目標は,フェリー・客船などの動環境における車いすのユーザビリティ(使用性能)を正確に予測・評価することによって,車いす使用者が安心して船旅を楽しむことができるようにすることである。本年度は,動環境における「車いす一人体」系のモデリングを行うために,大阪府立大学工学部海洋システム工学科の「乗り心地シュミレータ」を用いて低周波動揺暴露時の人体の運動を計測した。外力としての動揺を把握するために,加速度計および角速度計を組み込んだ「船体動揺計測装置」を用いてキャビン床面の6自由度運動を計測した。一方,人体の応答運動を調べるために,座席上に置いた重心動揺計を用いて被験者の重心の移動を計測し,さらに,キャビンに固定したビデオカメラを用いて被験者の脊椎の曲がり具合等を計測・録画した。これは,動環境における車いすの挙動には人体をも含めた重心位置の変化が大きく影響すると判断したことによる。個人差の影響を調べるために,複数の被験者に依頼して,動揺暴露実験を実施した。また,人体モデルとの比較のため,昨年度に製作した「車いす用テストダミー(ISO7176-11準拠)」を用いた実験も実施した。ビデオに録画された被験者の脊椎の曲がり具合等から人体の重心位置を予測するためのモデルの構築を試み,重心動揺計による結果とほぼ一致することがわかった。本研究では,「車いす一人体」系のモデリングに必要となる資料を得ることができた。今後は,「動揺刺激⇒車いす⇔人体」の系全体を考慮したモデルの構築が望まれる。
著者
梅崎 太造
出版者
中部大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

平成9年度は、既に開発していた「声の誘導、大きさ、長さ、高さ」「5母音」「オンラインヘルプマニュアル」等の基本的発話訓練ソフトウェアに加え、以下に示すソフトウェアを開発した。ゲーム性を重視し、より操作が簡単にできるよう努めている。児童に訓練していることをなるべく意識させないで、楽しみながら遊べるように配慮してある。UFOキャッチャー・・・声の連続断続訓練に用いる。一定の大きさで声を出し続けるとクレーンが動く。1度目の発声で右方向に動き、2度目の発声で下方向に動く。ロケット・・・無声音の訓練に用いる。ゲームがスタートするとカラスが左から現れる。正確に発声できたら弾が発射される。もぐらたたき・・・母音訓練に用いる。モグラが穴の外に出ている間に、穴に付けられた母音名を発声する。正しく発声できたらモグラをトンカチで叩いたことになる。音声迷路・・・日常生活で良く使う単語の訓練に用いる。ランダムに作成される縦横Nマス(N=2〜30の間で指定)の迷路を音声で操作しながら出口を探索する。これらの発話訓練ソフトウエアは5つの聾学校において実際に評価していただいている。平成10年度は、子音の中でも特に区別が困難な有声破裂音/b,d,g/に対して、後続母音非依存及び依存型認識モデルの比較検討を行った。認識方法としては、DPマッチング、TDNN、HMMの3手法を用いた。後続母音に依存しない実験では、TDNNによる認識結果が最も高く74.3%であった。一方、後続母音を考慮した実験ではDPマッチングで最高88.3[%]が得られたほか、全体的に認識率が向上した。3手法を統合した場合、後続母音に依存しない認識モデルに比べ、後続母音依存型モデルによる認識率が平均10%向上しており、後続母音を考慮した認識法が有効であることを示した。
著者
小栗 明彦
出版者
奈良県立橿原考古学研究所
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

3〜6世紀の全羅南道地域産土器の日本列島での出土例を集成した。その結果、土器搬入状況の様相は、3〜4世紀代には、塔ノ首2号石棺墓例、西新町遺跡例など、対馬、北部九州のみに集中的に両耳付壺、鋸歯文土器が搬入されている。5世紀前葉〜中葉になると、北部九州の集落遺跡を中心に、夜臼・三代遺跡群例、井原上学遺跡例、吉武遺跡群例、在自小田遺跡例、冨地原川原田遺跡例など、鳥足文土器が出土し、継続して搬入が続けられている様相が見られる。それに加え、畿内においても、大庭寺遺跡例、伏尾遺跡例、小坂遺跡例など、土器生産関連遺跡から両耳付壺が、城山遺跡例、メノコ遺跡例、八尾南遺跡例、布留遺跡例など、集落遺跡から鳥足文土器が出土し、新たに搬入が始まったことが分かる。6世紀前半に入ると、北部九州では、在自下ノ原遺跡例、冨地原川原田遺跡例など、集落遺跡に鳥足文土器が搬入し続けられる他に、番塚古墳例、ハサコの宮2号墳例、梅林古墳例、相賀古墳例などのように、新たに古墳副葬品として鳥足文土器が搬入されるようになる。同時に、畿内においても、杣ノ内古墳群赤坂支群14号墳例、星塚1号墳例のように、鳥足文土器が古墳から出土するようになるが、集落遺跡には搬入されない。本研究の目的である、6世紀前半の継体朝の様相としては、北部九州と畿内中心部の古墳に、全羅南道地域産土器が搬入されている。それ以前には、古墳からの出土がほとんどないだけに注目できるが、継体擁立勢力の地域と重なるものではなかった。この様相は、上部支配層間の交流を示すものでない可能性が高いため、今後、全羅南道地域勢力、継体擁立勢力の上部支配層間の関係究明には、古墳墳形、埴輪、副葬品中の威信財など、政治性の高い属性の総合的な検討を進める必要がある。
著者
上枝 美典
出版者
福岡大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

本研究は、現代認識論(分析系知識理論)において現在脚光を浴びている「徳認識論」(virtue epistemology)の理論的整備の一助として、「徳」という概念の明確化を計るものである。方法論は以下の通りである。まず、「徳」概念を、そのルーツである西洋古典思想の文脈の中で分析し、その主要な要素を抽出する。次に、現代認識論における「徳」概念を、同様に、現代認識論の文脈の中で分析し、主要素を抽出する。次に、双方の主要素を比較することによって、二つの文脈における「徳」概念の共通性と相違点を明らかにする。最後に、それらの相違が持つ哲学的、哲学史的意味を考察する。西洋古典思想における「徳」概念の分析として注目すべきは、13世紀のキリスト教神学者トマス・アクィナスの主著『神学大全』第2部第55問題「徳の本質について」の論述である。その論述を総合すると、「徳」(特に、人間的な徳)とは、人間に固有な理性的能力をして、善い結果を生み出すように働かせるような、一種の習慣である。一方、現代認識論における「徳」についてであるが、「徳」概念の理解に関して、大きく二つのグループが存在する。この二つのグループの関係については、本研究の計画段階では、未だ明らかでなかったが、研究を進める中で、それぞれ異なる二つの徳認識論と見なすべきではないかということが、次第に明らかになった。一つのグループは、Ernest Sosaに代表されるグループであり、Alvin Plantinga,Alvin Goldman,John Grecoらが、主要なメンバーである。彼らは、様々に変化する状況において、安定して真なる信念を生み出すような能力のことを「徳」と呼ぶ。もう一つのグループの代表はLinda Zagzebskiであり、アリストテレス的な行為者の動機を重視した「徳」理論を、そのまま認識論に持ち込もうとする。これら双方は、古典的徳理論の二つの解釈可能性を示すものとして興味深い。
著者
谷原 真一
出版者
自治医科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

地域における多・重複受診者の受療行動及び服薬状況などの実態把握を目的として、T県A市の老人医療受給対象者のうち、1997年6〜8月又は1998年6〜8月の期間で受診件数(診療報酬請求明細書の枚数)が上位1%の者(多受診者)、及び1月間に同一診療科を3か所以上受診したか、2月以上連続して同一診療科を2か所以上受診した者(重複受診者)を対象に保健婦による聞き取り調査を実施した。調査対象とされた317人中、241人(76.0%)から回答が得られた。薬剤服用状況については、処方された薬剤を全て服用すると回答した者が202人(83.8%)、一部のみ服用すると回答した者が39人(16.2%)であった。1日に処方されている薬剤数の合計は、平均11.8錠であった。最大値は37錠であり、「なし」と回答した者が5名認められた。1日平均5-9錠を処方されている者が全体で73人(30.3%)ともっとも多く、33人(13.7%)が1日20錠以上の薬剤を処方されていた。薬剤服用状況別に1日の平均処方薬剤数をみると、一部のみ服用すると回答した群が10.2錠、全て服用すると回答した群が12.2錠と、全て服用する者の方でより多くの薬剤を処方されている傾向が認められた。老人保健医療給付対象者中の多・重複受診者の大半が処方された薬剤を全て服用していたことが明らかになった。しかし、実際に受けている医療行為の全てが有効に利用されているわけではない事例も存在することが示された。高齢者に必要な医療サービスを提供しつつ、医療費の高騰を抑制するためには、多・重複受診者と判定されたものを一律に指導するのではなく、診療内容に関する情報を把握しておくことが重要と考えられた。
著者
大野 旭
出版者
静岡大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究は、中国・内モンゴル自治区に居住するモンゴル族遊牧民の定住化過程における文化変容の実態をフィールド・ワークを通して明らかにしようとするものである。本年度は主として同自治区西部のオルドス地域と首府呼和浩特市周辺で現地調査を実施し、その成果を公開した。1.定住化においこまれた最大の原因は放牧地の狭小化に求められよう。清朝の政策転換にともない、19世紀末から大量の漢人農民が内モンゴルに入植し、草原を占領して農耕地に改造した。それと同時にモンゴル族の方は家畜を失い、農民に変身していった。こうした歴史的な出来事を「19世紀末におけるモンゴルと漢族関係の一側面」、「19世紀モンゴル史における<回民反乱>」にまとめ、公開した。2.社会変動期において、モンゴル人はなにを考え、どのように行動してきたかを示す資料として、手写本(古文書)がある。手写本の内容は哲学、文学、天文学、医学など多分野に及んでいる。このような手写本を民間から収集し、著書Manuscripts from private collections in Ordus, Mongolia(2)-the Ghanjurjab collectionのかたちで発表した。今後は、現地調査で収集した資料と、世界各国の文書館に保存されているモンゴルの社会変容に関する档案資料とを併せて、モンゴル族の社会変容を歴史人類学の視点から一層綿密に解明していく予定である。
著者
飯田 克弘
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

本研究では,平成9年度において(1)駅での乗り換え行動の把握,(2)移動手段別の負担感の比較,(3)乗り換え行動の負担の算出について調査および分析を行った.平成10年度では,これらの成果を踏まえた上で,分析対象とする行動を自宅を起点とした外出行動に拡大し,検討項目を追加した.そして2箇年の成果を総合化することで公共交通機関を利用した移動環境の評価を試みた.具体的にはまず,大阪府豊中市全域を対象として,市民の外出行動の状況を訪問回収方式のアンケート調査により把握した.この調査の中では,個人の社会的属性以外に,公共交通利用環境(例えば,主に利用する経路,利用交通機関,交通費など)を調査すると同時に,現在の経路を選択する理由,代替経路の有無,現状の施設整備・運賃制度・情報提供に対する不満・問題点を調査した.そして,これらの調査結果を分析することで,乗り換え行動に影響を及ぼす施設面の問題に加えて,金銭的な負担や情報収集の問題と外出行動との関係を明らかにした.さらに,施設利用面,金銭負担面,情報収集面からの評価指標の相互関係を考慮した上で外出行動(主として外出頻度)との関係をモデル化することで,総合的な公共交通機関利用環境評価を行った.
著者
福岡 義之
出版者
熊本県立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

本研究では、50歳代の中年11名を対象に、運動トレーニング(スタンダード・トレーニング)を90日間実施し、そのトレーニング効果についてエネルギー代謝系の応答動態(kinetics)から検討した。以下が本研究で得られた新たな所見である。1.スタンダード・トレーニングによって最大下運動での酸素摂取量(VO_2)kineticsの改善は、トレーニング初期(7日目)に出現し、トレーニング30日以降ほとんど変化しなかった。VO_2kineticsは若年者のそれとほぼ一致し、50歳代の中年者のエネルギー代謝能力はトレーニングによって若年者のレベルまで回復することが明らかとなった。2.スタンダード・トレーニングに伴うVO_2の応答速度の変化は、最大運動時の最大酸素摂取量(VO_2peak)のそれよりも先行して出現した。しかし、最大運動でもトレーニング後期にはトレーニング前よりも有意な改善が、運動強度、換気量、酸素摂取量、および乳酸の最大値でみられた。3.心拍応答(HR kinetics)はトレーニングに伴って短縮し、中心循環機能の改善はみられ、トレーニング初期にはHR kineticsがVO_2kineticsに反映されたと考えら得る。しかし、トレーニング終了時のT90においてHR kineticsは若年者のレベルまで回復するには至らなかった。以上のことから、中高年者の運動トレーニングによってトレーニング初期にエネルギー代謝能はすでに変化がみられ、この変化は最大運動時の最高値あるいは最大下運動での定常値よりもむしろエネルギー代謝系等の非定常状態の動特性によって鮮明に定量化できた。動的な生理学的な応答は非常に感度のよい指標であることが明らかとなった。
著者
中村 卓司
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1996

本研究では、インドネシア・ジャカルタで1992年以来中間圏・下部熱圏の風速を観測している流星レーダーのデータを解析し、赤道・低緯度域で観測を行なっている他のレーダー観測と比較解析することにより、1日周期大気潮汐波、赤道波など低韓度域で卓越するものの解明の遅れているグローバルな大気波動の構造を解明することを目的とした.まず、ジャカルタ流星レーダー(東経107度、南緯6度)の観測結果を処理して、東西風・南北風のデータベースを作成し、同じ高度・時間分解能でクリスマス島(西経158度、北緯2度)、ハワイ(西経157度、北緯22度)、アデレイド(東経138度、南緯35度)を同じ分解能で処理してデータベースを作成した.その後、平均風と1日および半日周期成分をフィッティングして2次データとし、それらの相関解析やクロススペクトル解析を行なった.その結果、赤道域において平均風や潮汐が激しい年々変動を伴う半年周期変動と示すことが見出された.また、短周期の変動として5〜30日周期の変動が観測されたが、それらの観測地点間の相関は低く、振幅、位相等のパラメータの相関解析から局所的な重力波との相互作用で潮汐が変動している可能性が示唆された.解析は2日波、3日周期ケルビン波などにも行い、グローバルな振幅増大か認められるとともに、鉛直方向の運動量輪送に大きな貢献をなしている可能性が示唆された.さらに、観測期間は限定されるがUARS衛星によるグローバルな観測結果を比較することにより、衛星観測では曖昧さの多い波動周期の情報をレーダー観測解析結果から補完し、これらの波動が運動量の緯度方向の輪送にも重要な役割をしていることが示された.
著者
星野 聡子
出版者
奈良女子大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究ではクローズドスキルスポーツを対象とし,身体的影響を排してアーチファクト因を回避し,実際のスポーツ行動における生理的変化を測定し,心理的要因を精神生理学的に分析することに成功した.これらには,現役トップアスリートを被験者とした実験も含まれ,希少価値の高質データが検討された.基礎的研究から,スキルの向上には(1)射撃リズムの確立,(2)呼吸と撃発のリズム,(3)心拍の減少(すなわち,R-R intervalの延長),(4)心拡張期での撃発,(5)心拡張期の延長が有効であるという知見を得た.スポーツ科学領域においてバイオフィードバック技法を用いた応用研究の多くが、心理的ストレス制御を取り扱っている中で,本研究では生理的ストレス制御を採用し,静的運動時に自律神経系指標の内的感覚に応答を求め,運動学習に活かす試みがなされた.これらの臨床実践は対象を大学生熟練者から初心者に広げ,習熟早期段階でのバイオフィードバックの適用という,競技実践に新たなスキル向上技法を提唱した.撃発時点の心拍減少,および,撃発時の心電図R波の回避やR-R intervalの延長を習得目的とした心電図バイオフィードバック訓練を実施した結果,呼吸とR-R intervalとの対応関係を容易に学習させ,呼吸ストラテジが獲得され,最終的に運動学習に伴う呼吸位相と運動タイミングの同期を早期に確立させた.また,R-R interval延長が可能となったことで,心拍動を避けた撃発や心拡張期での撃発の可能性が高められ,バイオフィードバック法によりスキルの早期向上の一助となることが示唆された.さらには,スキルの向上には,適切指標の最適状態を探求する重要性や,自律神経系指標に「気づき」を向け,内的感覚として会得する大切さが論じられた.本研究課題の一連の研究結果は学位論文にまとめられ,早稲田大学より博士学位(人間科学)が授与された.
著者
若狭 智嗣
出版者
大阪大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

相対論的重イオン衝突によりクオーク・グルーオン・プラズマ(QGP)が形成されるモデルにおいて、QGPにおける相転移温度では核子核子間で交換される中間子の質量が減少する事が示唆されている。中間エネルギーの(P^^→,P^^→1))反応等の偏極観測量の測定から、通常の核物質密度でも前駆現象(中間子の質量変化)の観測が可能との指摘がある。実験的には、核反応及び核構造の取扱いの不定性から、はっきりとした結論を得るに至っていない。本研究では、構造の不定性の小さい^<16>O(P^^→,P^^→1)^<16>O(0^-,T=0,1)反応の偏極観測量の測定を目指した。運動量分散整合の手法を適用し、更にビームのエミッタンスを小さくする事により、最終的にエネルギー分解能40keVを達成し、低バックグラウンド下での0^-状態の分離・測定に成功した。この0^+→0^-遷移は、パイ中間子の量子数0^-と同じ量子数変化であり、純粋にパイ中間子起因のスピン縦モードが励起される。引力のパイ中間子交換力により、スピン縦モードに於いてはその強度が増大する事が示唆されており、パイ中間子凝縮の前駆現象や、核内でのパイ中間子密度の増大といった現象とも密接にかかわっている。今回得られた0^-状態の断面積の角度分布を、理論計算と比較した結果、・無限系の核物質に対する計算で示唆される。高運動量移行領域での異常な増大(前駆現象)は認められない・原子核の有限性を考慮した計算とは無矛盾との知見を得た。
著者
小林 雅之
出版者
日本歯科大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1995

I.歯科医師の正立顔写真および倒立顔写真のテスト映像に対する小児の眼球運動をビジコンアイカメラ用いて測定した。そして,被験者を6歳未満の低年齢児群と6歳以上の高年齢児群とに二分して分析し,以下の結論を得た。1.年齢差を認めたのは,視線の走査した範囲,飛越運動の角度,視線の方向性,輪郭線を通過した回数などであった。2.低年齢児群は視線の走査する範囲が狭く,顔の内部に視線が集まり,高年齢児群は視線の走査する範囲が広く,顔の輪郭を越えて背景と顔とを視線が運動した。また,低年齢児群は水平方向に次いで垂直方向の視線の動きが多く,高年齢児群は水平方向に次いで斜め方向の視線の動きが多かった。II.歯科医師,歯科衛生士そして小児患者個々の母親が登場する診療室での小児の見えを再現したビデオ映像を作成し,さらに,そのビデオ映像に三者のことばかけを加え,テスト画像が視覚刺激から視聴覚刺激へと変化した場合の小児の眼球運動の変化について実験を行い,以下の結論を得た。1.視覚刺激での最終停留点の部位は,歯科医師48.9%,それ以外51.1%、母親21.3%,それ以外78.7%,歯科衛生士27.7%,それ以外72.3%であった。2.ことばかけ(視聴覚刺激)による視線の動きは,歯科医師走査群76.6%,非走査群23.4%,母親走査群63.8%,非走査群36.2%,歯科衛生士走査群51.1%,非走査群48.7%であった。3.最終停留点で歯科医師,母親,歯科衛生士の三者それぞれに停留した被験児の割合と,三者それぞれの走査群の場合とを比較すると,三者のいずれも話しかけにより走査群は増加し,視覚刺激が視聴覚刺激に変わると,小児は視聴覚刺激を多く見ることがわかった。
著者
平野 勝也
出版者
東北大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1998

平成11年度は,昨年度の,店舗単位でのイメージ分析の街路単位への拡張を行った.まず特徴的な街並みを含むように,東京を中心に実際の11街路19区間について調査を行い,実際の街並み写真及び地図等の基礎資料収集を行った.街路の景観特性は、店舗のパターン認識の集積であると捉え,店舗のイメージから,街路のイメージを説明する論理的枠組みの整理を行った.即ち,店舗パタンにはイメージの代表値があり,その代表値を昨年度の成果である店舗パタンごとに店舗イメージ平面の重心として算出し,これに基づき,実際の街並みのイメージ指標を,店舗軒数による重み付き平均及び分散を,街並みイメージ計量手法として提案した.これに基づき調査した19区間について,街並みイメージの計量を行った.一方,昨年度の店舗と同様,街並みイメージを,被験者に分類試験,SD法心理実験を行うことを通じて,街並みイメージの実験的把握を行った.その結果と,街並みイメージを計量手法による結果を比較検討を行ったところ,極めて良好に,双方が一致することが確認された.これは即ち,提案した街並みイメージ計量手法の有効性の証左であると考えられる.このことにより,概ね街路単位においても,店舗同様,店外論理記号猥雑さを演出し,店外直感記号がそれを補完している点,店外直感記号及び店内直感記号の多さが親近感を演出している点,論理記号の多さが疎外感を演出していること等が明らかとなった.
著者
岡本 賢吾
出版者
山形大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

1.[本研究の主題]近世期の形而上学(ライプニッツ、ヴォルフ派、カント等)と現代の論理学(とりわけフレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタイン等の論理哲学的考察)においては、「無限」「関係(秩序、順序)」「様相(必然性、可能性)」の概念が重要な共通の主題となっている。こうした共通性の背後にどのような哲学史的・概念的連関が含まれているかを、特に「可能性」の概念について検討した。2.[可能性と命題]ライプニッツからヴォルフ派に到る形而上学では「可能なもの(possibile)」の概念が体系全体の基礎となるが、これは〈矛盾律・排中律・同一律という伝統的な形式論理の諸原理を満たす限りの任意のもの〉として特徴付けられ、現実的なものをもその一部として含む包括的な領域を成すとされている。この「可能なもの」は、論理的原理によって形式的に規定され構造化されている限りで、実は、真偽の決定を受け入れうる客観的な判断内容(命題)に、あるいはそうした命題によって表象される「事態」に相当するものだと考えられる。この点は、既にB・ボルツァーノが「命題自体」の概念を提起する際にライプニッツに即して示唆したことであり、それ以降、フッサール、フレーゲ、ラッセル等を通じて様々に展開され、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』において完成した形で叙述されることとなっている。以上は、拙論『「可能なもの」の形而上学の意義』で詳述した。3.[今後の課題]以上との関わりで見ると、命題(とりわけ、概念記法の言語における「文(Satz)」によって表現された思想ないし判断)を分析することによって「概念の形成」が行われるとするフレーゲの議論が重要性を持ってくる。このような分析こそが、論理的シンタクスに適合した(従って、まさに強い意味で「可能」な)概念を与えるとされるからである。拙論『概念形成の媒体としての「文」』参照。
著者
阿曽 正浩
出版者
北見工業大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1994

この研究では、ソ連崩壊後から1994年末までのロシア連邦における報道の自由の状況を整理した。研究の結果、次のような新たな知見が得られた。1.92年から93年9月ク-デタ-まで ソ連崩壊後、大統領・政府は、改革推進のためにマスメディアを利用しようと圧力をかけていた。マスメディアの中には、これに呼応して大統領側につくもの、虚偽や未確認情報の流布のため多くの訴訟を招くものがでてきた。議会側はこれを口実にして、マスメディア統制を試みた。この間、世論は、偏向報道には不満だったが、政府のマスメディア監督は容認していた。こうして、マスメディアをめぐる大統領・政府と議会との対立の激化自体が、公正な報道を歪める構造を形成していった。2.9月ク-デタ-以後 この対立を終結させたのは大統領のク-デタ-であった。その際、当然報道規制も行われた。その後行われた新議会選挙では、各党派に公正なテレビ宣伝を保障する制度が設けられたが、選挙宣伝の実態は大統領派に有利に運用された。それにもかかわらず、選挙結果は大統領派の期待どおりではなかった。選挙後の報道システムの改革の中で注目すべきものは、情報紛争裁判院である。これは、マスメディアをめぐる個別の紛争を解決するだけでなく、マスメディアを監督する国家機関でもある。この裁判院は、一応公正な判断をしているようだが報道の自由に対して抑制的であること、無責任な報道の是正に一定の効果を期待できるがそれが「上からの」行政的規制になるという点で、二重の意味で両義的である。それは、裁判院が現在のロシアの改革に内在する自己矛盾を体現しているからである。しかし、この両義的な裁判院でさえも、大統領・政府の報道規制への一定の歯止めになりうるというのが、ロシアの報道の自由の現状である。
著者
土橋 一仁
出版者
大阪府立大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1993

1.本研究の目的星は高密度ガスが重力収縮することによって造られる。一方、形成されつつある星では、分子流と呼ばれる質量放出現象がしばしば観測される。本研究の目的は、分子流の年齢と、高密度ガスの質量・乱流運動の大きさとの間の関係を観測的に見い出し、両者(分子流と高密度ガス)の間の相互作用についての知見を深めることである。2.観測と結果本研究の対象となる分子流のサンプルは、望遠鏡の角分解能の制約により、太陽系近傍(<1kpc)のものである必要がある。また、均一なデータを取得するために、等しい距離にあるサンプルを見つけなくてはならない。そこで本研究は、散開星団IC5146に付随する暗黒星雲(0.9kpc)において、分子流を伴う若い星(分子流天体)を捜索することから始まった。この捜索により、同分子雲中で新発見4個を含む5個の分子流天体を検出した。さらに、これらの分子流天体に付随していると考えられる高密度ガスを検出するために、一酸化炭素の同位体(C^<18>O)の輝線スペクトル(回転遷移J=1_-0)を用いた観測を行なった。その結果、これらの分子流天体全てに10^3cm^<-3>以上の高密度分子ガスが付随していることが明らかになった。以上一連の観測は、本研究を推進するのに不可欠な分子流天体のサンプルを得るという予備的かつ基礎的な性格を帯びており、その成果は平成5年度、米国の専門誌に発表済みである(Dobashi et al.1993)。これらの基礎観測に基づいて、本研究の目的を達成するための本観測を、野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡を用いて行なった。同望遠鏡の高角分解能を活かして、5つの分子流と、それらに付随する高密度ガスの空間分布を〜0.1pcスケールで描き出した。現在、分子流の年齢と高密度ガスの質量・乱流運動の大きさを算出するためのデータ解析をしており、その結果は平成6年度に公表する予定である。