著者
数井 みゆき
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.208-217, 2011-03-30 (Released:2011-11-25)
参考文献数
57

被虐待児の特徴として, 情動調節がうまくいかないことや社会的な関係で不利益を受けやすいこと, また, 学力の低下や常習的な学校のさぼり, 暴力行為や犯罪などへの加担など, 学業や学校生活の問題だけではなく人生そのものが破壊されてしまうこともある。また, 早期に通告されて, 親からの分離という措置によって里親家庭や児童養護施設に移ることが, 学力の低下をもたらし, 学校適応を阻害することも報告されている。すでに北米では, 学校(や地域)で予防教育が 1970 年代から多数行われているが, 被虐待児の家庭背景は多くの場合, 片親家庭で貧困や人種問題, 地域の危険性など複雑である。そのため, 子どもや家庭, 学校を含む包括的な介入の実践が行われてきた。特に, 1991 年から準備が始まり, 現在も追跡が行われているカナダ, オンタリオ州政府の全面援助と協力による地域全体のつながりの構築を含むプロジェクトは不利な条件にいる子どもの発達に対して大きな効力を生み出している。子どものいる家族だけではなく, 様々な立場にある近隣住民を引き込みながら行った予防的介入プロジェクトから, 学ぶことは非常に大きい。対症療法では, 子どもは救われないのである。
著者
楠見 孝
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.189-206, 2022-03-30 (Released:2022-11-11)
参考文献数
64

本稿は,高校公民科への心理学教育の導入について論じた。最初に,心理学が教科ではなく,公民科の科目の一部として教えられてきたことを述べた。つぎに,米国と英国における高校の心理学は,人気のある選択科目であり,科学としての心理学を重視している点で,日本における公民科「倫理」における心理学とは目標が異なることについて論じた。つづいて,日本の公民科カリキュラムにおける心理学的内容の変遷について述べ,その内容が,青年期の心理や現代思想としての精神分析に重点があり,60年近く変わっていなかったという問題点を指摘した。そして,学会などによるこれらの問題点を解決するための取組みについて述べた。そして,2022年から実施される新学習指導要領の公民科「倫理」において,個性,感情,認知,発達などの心理学の内容が導入されたことについて述べた。また,新学習指導要領における他教科においても,心理学に関連する内容が取り扱われており,科目横断的に学ぶことの必要性を述べた。最後に,教員と生徒における高校公民科への心理学教育の導入に関わるニーズと,心理学者と学会が解決すべき今後の課題について考察した。
著者
丹治 敬之
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.100-114, 2022-03-30 (Released:2022-11-11)
参考文献数
74

本研究は,学習障害等の読み書き困難のある子どもの学習保障や学びの創造をめざして,ICT利用の可能性と今後の研究を展望する。そのために,近年の日本と海外における事例研究及び実証研究から,学習障害のある児童生徒に対するICT活用の効果を整理した。主に,「読み」「書き」「意欲」「自立」「心理的ウェルビーイング」に対するエビデンスに焦点を当てた。これら5つの領域の効果に関する文献検討を行ったうえで,テクノロジー(例えば,音声読み上げ機能,文書作成アプリ,スマートペン,アイデア描画アプリ,音声認識,e-learningシステム)の導入とその使用方略指導が,学習障害の子どもの学習保障と新たな学びの創造に貢献できることが考察された。最後に,GIGAスクールの実現に向けたこれからの日本の学校教育を背景にしながら,(1)ICT活用のアセスメントとフィッティング方法の確立,(2)ICT活用のエビデンス構築,(3)ICT活用を支える学校環境づくり,といった3つの重要な研究課題を提案した。
著者
黒川 雅幸
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.45-62, 2022-03-30 (Released:2022-11-11)
参考文献数
77

本稿の目的は,教育社会心理学研究およびいじめに関する近年の動向を概観することであった。前半では,日本教育心理学会第63回総会における研究発表や2020年7月から2021年6月末までの1年間に刊行された『教育心理学研究』のうち,教育社会心理学研究に関する論文について概観した。後半では,2010年から2021年6月末までのおよそ12年間に,日本教育心理学会総会で発表された研究や『教育心理学研究』において掲載されたいじめに関する論文の動向を概観した。最後に,いじめの定義,学校内で起きるネットいじめ,いじめに関する研究の今後の展望について論じた。
著者
一柳 智紀
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.29-44, 2022-03-30 (Released:2022-11-11)
参考文献数
67

本稿では,2020年から2021年に『教育心理学研究』に掲載された論文と,2021年8月に開催された日本教育心理学会第63回総会で発表された研究を中心に,近年の教授・学習・認知研究を概観した。レビューの視点として「協働学習」に着目し,学習者,教師,学習デザインに関連する研究に分けて整理を行った。その結果,いずれの区分でも協働学習に関する研究は蓄積されていることが示された。また,今後の展望と課題として学習者に関しては協働学習を通じて何が育まれるのかを長期的に明らかにすること,教師に関しては協働学習で扱う課題を生み出す実践的知識について明らかにすること,学習デザインに関してはより柔軟な協働学習のデザインとその中での学習者の学びを明らかにすることが整理された。
著者
岡田 努
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.16-28, 2022-03-30 (Released:2022-11-11)
参考文献数
60
被引用文献数
1

青年期から成人期にかけての最近1年間を中心とした発達研究について概観した。 その結果,青年期以降を対象とした研究の多くは具体的な問題解決を目指した実践に近い研究であり,発達現象そのものを対象とした研究は減少傾向にあった。 日本教育心理学会第63回総会における研究発表については,青年期については親子関係に関する研究が多く見られた。またCOVID-19の影響に関する研究も見られたが,それらは短期的な適応や行動への影響に関するものであり,長期的な発達に対する影響についての研究成果は今後の課題と考えられた。 また研究方法としてのWeb調査の問題,統計処理における誤用の問題などについて言及した。
著者
長谷川 真里
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.1-15, 2022-03-30 (Released:2022-11-11)
参考文献数
54

本稿では,2020年7月から2021年6月までの1年間に発表された,日本における乳幼児期と児童期を対象とした研究の概観を行なった。対象は,2020年7月から2021年6月までに『教育心理学研究』,『発達心理学研究』,『心理学研究』,Japanese Psychological Researchに掲載された研究論文と,2021年に開催された日本教育心理学会第63回総会の「発達部門」のポスター発表である。第63回総会の全体的な特徴を分析した後,子どもの発達の社会的文脈に着目し,(a)対人関係の文脈に関する研究,(b)家族の文脈に関する研究,(c)学級・学校の文脈に関する研究,(d)複合的な文脈に関する研究の4つのトピックから,学会誌論文の概観を行なった。その結果を踏まえ,研究方法,参加者のタイプ,理論の重要性などの観点から今後の方向性を議論した。

1 0 0 0 OA 脳とこころ

著者
坂野 登
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.162-170, 2010-03-30 (Released:2012-03-27)
参考文献数
45

本稿では, (1)著名な心理学者, 神経生理学者, 理論物理学者による脳とこころの関係に関するいくつかの問題提起について検討した。その結果, 脳とこころは, 同一事象の異なった形式でのあらわれであるという立場から, こころの脳への局在性の問題を, (2)モジュラリティ説対勾配説の論争, (3)自閉症において脳の結合性が低いという特徴, (4)こころの理論の脳的基礎に関するfMRI研究の成果を通して紹介し, (5)最後に, 自己あるいは他者のこころの状態を理解する上で, 右半球のセルフレファレンス機能が, 重要な役割を果たしていることが議論された。
著者
小林 真
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.54, pp.102-111, 2015 (Released:2015-08-25)
参考文献数
36
被引用文献数
4 2

発達障害のある青年に,様々な精神疾患や行動障害などの2次障害が発症することが知られている。この展望ではまず,ASD者やADHD者に2次障害が発症するメカニズムを解明する必要性があることを訴えた。次に,青年に対する高等学校や高等教育機関での支援の実態を紹介した。高等学校では学校間に支援体制の差があり,高等教育機関では事例や小集団での支援の実践研究が始まったばかりであることを紹介した。最後に今後の研究課題として,本人の自己理解につながるアセスメントツールの開発,仲間による発達障害の理解を促す心理教育プログラムの開発,保護者支援の必要性を提唱した。
著者
小林 朋子
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.155-174, 2021-03-30 (Released:2021-11-16)
参考文献数
121

いじめや災害など様々な学校危機が起こるようになってきている中で,学校危機の予防から回復までのあらゆる段階においてレジリエンスは支援のキーワードとなっている。本研究では,(1)学校危機やレジリエンスの概念を説明した後,(2)日本の子どもを対象としたレジリエンス研究についての知見をまとめ,その上で縦断的な研究の必要性を述べた。その後,(3)学校危機を危機発生の前後の「予防段階」と「回復段階」に分け,さらにレジリエンス育成を目的としたプログラムと,学校教育活動で行われている取り組みをそれぞれ俯瞰し,日本の学校現場でのレジリエンスの育成に関する諸課題の整理を行った。そしてその上で,(4)海外の取り組みもふまえ,カリキュラムや学級経営,教師の関わりなどを考察し,(5)学校でのレジリエンス育成を行っていくには,学校が行っている教育活動を活かした,プログラムと学校教育活動の「相互作用」が重要であり,その相互作用によるアプローチを提案した。
著者
植阪 友理 植竹 温香 柴 里実
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.175-191, 2021-03-30 (Released:2021-11-16)
参考文献数
30

近年,「子どもの貧困」の問題が脚光をあびるようになり,社会的関心も高まっている。その一方で,貧困をテーマとした論文が『教育心理学研究』に掲載されたことはなく,学会としてこの問題に正面から取り組んできたとは言い難い。一方,他領域,他学会等では,課題はあるものの活発な議論や活動が行われつつある。本稿では,日本における貧困家庭の子どもの支援について,研究知見や官民の取り組みを概観するとともに,そこでの課題を乗り越えるため,著者が生活保護受給者世帯を支援するNPOと連携し,数年にわたって行ってきた学習支援の実践を取り上げる。この実践は,認知心理学を生かして学習者の自立を目指す「認知カウンセリング」の知見を活用しようとする試みである。目に見えて大きな成果が得られているとは言い難いが,確実に変化は見られている。この実践を記述することを通じて,心理学的発想や「認知カウンセリング」の知見は貧困家庭の子どもの支援においてなぜ受け入れられにくいのかという原因を考察するとともに,心理学に基づく支援が活用されるためには,支援者にどう学んでもらうことが効果的なのかを実践を踏まえて提案した。
著者
岡本 真彦
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.51, pp.131-142, 2012 (Released:2013-01-16)
参考文献数
69
被引用文献数
6 2

メタ認知は, 曖昧な概念であり, 認知心理学の中でもアプローチが難しい概念であるとされてきた。一方で, 学校教育のみならず, 社会教育などの場面でもメタ認知の重要性が指摘され, 近年, 特にそのはたらきに注目が集まっている。メタ認知には, メタ認知知識とメタ認知モニタリングの2つの側面が含まれているとされる。本稿では, 最初に, 教科学習に関するメタ認知知識の発達変化についての研究を紹介し, 次に, 学校教育場面で行われる教科学習の中でも, 特に, 読解や問題解決の中に含まれる理解過程に焦点化して, それらの過程におけるメタ認知モニタリングのはたらきについての研究を展望する。最後に, これまでの研究のレビューに基づいて, 今後のメタ認知研究と教科教育研究の課題を示す。
著者
岡本 祐子
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.132-143, 1994-03-30 (Released:2012-12-11)
参考文献数
59

This paper contains a review together with some considerations concerning studies on life-span developmental psychology, centering around the studies on adult development. Recently, adult life is regarded as a period of development with the changes of life-cycle and life styles. However, the history of the studies of adult development is comparatively short.Mainly, Epigenetic Scheme by Erikson (1950) built a theoretical base for the study on adult development, and empirical studies on adult development have been rapidly increasing since 1970's, for example, Levinson(1978), Gould (1978), and Vaillant (1977). The following points are suggested by the above mentioned studies:(1) there is a common developmental process in adult life.(2) It is also observed that there are some critical periods in psychological development such as middle age crisis and late adult transition. On the other hand, the developmental studies on adult identity is gradually increasing from 1980. The above studies reveal some important view points proving psychological changes in adulthood in its totality.
著者
池田 幸恭
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.11-31, 2021-03-30 (Released:2021-11-16)
参考文献数
150
被引用文献数
2

本稿の目的は,2019年7月―2020年6月までの1年間に国内で刊行された国内学会誌5誌と2020年9月にオンラインで開催された日本教育心理学会第62回総会で発表された青年期から成人期,老年期までの発表を概観し,その現状と課題を明らかにすることである。中学生,高校生,大学生他,青年期の複数時期,成人期以降,多世代の発達時期について,自己,対人関係,学習,キャリア発達,生活という5つの研究領域に関する観点から分類し,研究内容の概要と動向をまとめた。分析の結果,青年期以降の発達研究は,高校生の研究は少ないが,研究対象の発達時期,領域,方法は多様であり,生涯発達に関する知見が着実に蓄積されていると考えられた。研究対象の偏り,研究方法の発展,研究成果の理解という問題について,オープンサイエンスに基づくデータの共有,マクロレベルとミクロレベルの多水準の時間単位の接続,発達観の明示に伴う科学コミュニケーションの必要性と可能性を論じた。これらの展開をとおして,発達研究が一人ひとりの多様な発達の理解に貢献することが期待できる。
著者
井沢,千鶴子
出版者
日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報
巻号頁・発行日
vol.41, 2001-03-30

The Atkinson-Shiffrin (AS, 1988) model enhanced James' (1890) dual memory processes (short-,long-term memory/STM, LTM) over Ebbinghaus' (1885) unitary process. But, Baddeley and Hitch (B-H, 1974) attempted to replace STM by working memory (WM). The Japanese Monbu-sho previously translated WM as "Sagyn Kioku," but later changed to "Sado Kioko." All 30 Japanese-English bilinguals (Exp. 1) and 19 Chinese-English bilinguals (Exp. 2) selected "Sagyo Kioku" as expressing WM heat, and 98% rejected "Sado Kioku". Results underscore the necessity for reviving the older, more accurate terminology, "Sagyo Kioku" henceforth. The alleged demise of STM/replacement of STM by WM claimed by some WM enthusiasts/sympathizers appears inappropriate: No objective signs of the diminution of STM research, contrasted with WM activities, emerged via Psychological Abstracfs, Citation Indices, and the thrusts of 39 critiques in Cowan (2901). Both STM research and the evolution of A-S type models continue to thrive with greater vigor than those of WM. Definitions of WM differ greatly among individual models/experiments. Such difficulties are compounded because WM does not adequately describe the psychological processes by excessively limiting itself to the memory components alone, stifling creative development of this field. To resolve current terminological chaos, Izawa (2001) proposed Working Cognition (WC), a far more comprehensive construct that involves all cognitive processes (including memory) necessary for solving any task. The strengths of WC dwell in its capacity to accommodate many problems/issues raised by representative models because WC includes all cognitive processes and their dynamic and flexible properties toward a Newell (1990) type unified theory.
著者
大塚 雄作 犬塚 美輪 高橋 登
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.60, pp.228, 2021-03-30 (Released:2021-11-16)

修正 「Ⅰ.選考経過」の「2.選考委員」のリストに以下を追加。 金山元春