著者
北川 貴士
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

東部太平洋で漁獲されたクロマグロの腹腔内にアーカイバルタグを装着し、2002から2004年の7-8月に合計300個体を放流し、これまでに再捕・回収された90個体のタグに記録された水温、遊泳深度、腹腔内温度の時系列データを解析した。クロマグロは表層混合層内で夜間は表層,昼間は摂餌のためより深い水深を遊泳しており,照度の昼夜変化に応じて,遊泳深度を日周期的に変化させていた。一方,水温躍層の発達する夏季は,躍層付近での急激な水温変化を避けて一日の大半を表層で過ごし,昼間は照度のなくなる水深まで5分程度の短時間の潜行を繰り返すようになった。夜間,クロマグロの平均遊泳深度と月齢とに有意な相関が認められた。しかし,摂餌はほとんど行なわれなかったことから,月の照度によって遊泳深度を変化させる行動は,捕食者から身を隠すためのものと推察された。またクロマグロは日出時と日没時にも必ず潜行を行ったが,摂餌は見られなかった。彼らの視細胞の明・暗反応の切り替えには多少時間がかかるため,急激な照度変化にさらされると,彼らは一種の盲目状態に陥ることが報告されている。よってこの鉛直移動は,朝夕の照度変化を避け,一定の照度環境を保つための補償行動ではないかと思われる。以上のようにクロマグロは時間的・空間的な照度変化を巧みに利用して,"食うこと"と"食われないこと"を満たしていると考えられた。東部太平洋の鉛直構造や餌分布様式ならびにバイオマスと本種の遊泳行動との関係や生息環境が本種の体温生理に与える影響を調べるため、平成17年3月から9月までアメリカ、スタンフォード大・ホプキンス臨海実験所、バーバラ・ブロック博士の研究室に滞在し、逐次再捕され回収に成功した遊泳水深、環境水温、体温などの時系列データの解析も行った。
著者
山本 伸次
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

昨年度から引き続き、冥王代(40億年以前)の初期地球大陸進化を解読するため、西オーストラリア・ジャックヒルズ地域における礫岩サンプルから大量のジルコン鉱物を分離し、LA-ICP-MSによるジルコンのU-Pb年代分析、およびレーザーラマン・SEM-EDS・EPMAを用いてジルコン中に含まれる微小包有物分析を行った。1000粒を超える包有物同定をおこなっているが、未だマイクロダイヤモンドは検出されていない。ここにきて、本研究の当初の目的であったジルコン中のマイクロダイヤモンド包有物(Menneken et al., 2007)は、これらは作業中のコンタミネーションであったとする論文が2013年12月に出版され、Menneken氏提供のサンプルから確認された(Dobrzhinetskaya et al. 2014)。痛恨の極みであるが、一方で本研究の詳細な包有物同定の結果、冥王代ジルコン中にはこれまで見落とされてきた初生的なアパタイトが残存していることが判明した。アパタイトの微量元素濃度は母岩の化学組成を強く反映する為、ジルコン母岩の推定が可能である。これまでのところ、40億年以上の年代をもつ冥王代ジルコン315粒中に初生アパタイト14粒を見出し、それらのEPMA分析を行った。アパタイトのY203およびSrO濃度は負の相関を示し、それぞれ0.02-0.91wt%, 0.08から検出限界以下(0.04wt%)であった。特に、高いY203濃度(>0.4wt%)かつ低いSrO濃度(〈0,02wt%)をもつアパタイトは珪長質な岩石(sio2 >65 wt%)に限られることから、本研究の結果から、少なくとも42億年までには花崗岩が存在していたことは確実であることが判明した。さらに、ジルコン中の詳細な包有物分析の過程において、衝撃変成作用を被った特徴的な組織(granular-textureおよびplaner deformation features)を有するジルコンが、数は僅かではあるが存在することが判明した。従来、これらは隕石クレーター近傍や遠方のイジェクタ層から多数報告されているが、ジャックヒルズ堆積岩からは未だ報告されていないため、世界初の報告として日本地質学会にて発表した。上記2点の分析を進めることで、冥王代における大陸地殻の成長と破壊の具体的な描像が解読できるものと思われる。これは、当初の申請書記載の研究目的に他ならない。現在、この2点の結果について論文提出の準備を急いでいる。
著者
謝 暁晨
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

今年度は上記の課題名にて以下の成果を上げました1)アンカリング構造転移の成長過程を詳細に調べ、結晶成長とのアナロジーから、成長の次元性を検討した。2)昨年に続き、電気メモリーデバイスに応用するために、電場下でアンカリング構造転移の挙動を主に明らかにした。主な着眼点は下の二点になります。①アンカリング構造転移において双安定領域におきまして水平配向と垂直配向とを電場で非可逆的にスイッチングさせることができたことを踏まえ、使用する液晶の使用温度を室温まで低め、実用デバイスとしての利用を検討している。②アンカリング構造転移が起こる際の熱挙動や界面センシティブな超微小角X線回折実験結果からメカニズムの詳細を検討し、転移前後における界面の分子配向変化を明らかにした。その一方で、アンカリング転移の際における液晶分子の空間分布について未解明であったため、2光子偏光蛍光共焦点顕微鏡を立ち上げ、分子配向の可視化を試みた。得られた空間分子配向プロフィールはモデルとほぼ一致した。今後は、非線形光学効果を用いた顕微分光による界面の状態を、より詳細にプローブする予定である。
著者
油尾 聡子
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

社会的迷惑行為とは,歩行を妨げる駐輪など,周囲の他者に不快感を与え,不便さをもたらす行為である。研究1では,「きれいに駐輪していただきありがとうございます」など,感謝を表した上で社会的迷惑行為の抑止を求める感謝メッセージの効果と抑止プロセス,調整要因を検討した。感謝の言葉で丁寧にお願いをされると,受け手はその好意に対するお返しを動機づけられ,感謝メッセージに従って社会的迷惑行為を抑制しようとする。研究1を通して,受け手のこのような心理的プロセスが"互恵性規範"(Gouldner,1960)によるものであることを提唱した。こうした互恵性規範の喚起による社会的迷惑行為の抑止方法は,受け手の反発心を招くことなく自発的に当該行為を抑制させる点で有用な方法と考えられる。研究1に関して,2012年度では,(1)感謝メッセージの受け手における心理的プロセスが互恵性規範以外のものでは代替不可能であることを明らかにした。この結果は,国内外の学会にて発表した。また,(2)社会的迷惑行為の抑止者にも焦点を当て,抑止者は,受け手に比べて,感謝メッセージや周囲の他者を配慮するよう求めるメッセージを好ましく評価していることを示唆する調査データも得られた。研究2では,対人場面での好意の提供(飲み物をおごる,面倒な仕事をやってあげるなどの親切行為)でも社会的迷惑行為が抑止されるかどうかを検討した。その結果,そうした好意の提供であっても,研究1の感謝メッセージ同様に,互恵性規範の喚起によって社会的迷惑行為が抑止されることが示された。ただし,その効果を補強するための条件が必要であることも明らかとなった。研究2の成果に関して,2012年度では,2011年度に投稿していた論文の審査対応などをし,掲載決定に至った。これらの2つの研究を進めることに加え,2012年度では学位論文の執筆を行い,これまでに実施した一連の研究成果をまとめた。
著者
大風 翼
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

1)「積雪環境予測」のための数値モデルの開発・昨年開発した雪粒子が流れ場へ及ぼす影響を表現するサブモデルについては、風速が比較的を大きく、雪粒子がより多く飛散する状況下でも適応できるよう、平成23年度後半に追加で行った風洞実験を基に、モデル係数のチューニングを行った。・雪の飛散・堆積モデルについて、昨年度に開発したサブモデルをさらに改良し、雪面から飛散し雪の積雪全体に対する寄与率を導入することで、降雪時に、風によって形成される建物周辺の吹きだまりの形成要因の分析を可能にした。2)吹きだまりを最小にすることを目的とした市街地形態に関するパラメトリックスタディ・上記の1)で完成させた「積雪環境予測」を用いて、市街地形態に関わる建物の密度、隣棟間隔等のパラメータを系統的に変化させた数値解析に基づく積雪環境の数値予測を行い、積雪分布や融雪エネルギーの水平分布を求めた。・建物高さHと隣棟間隔Dの比H/Dが0.71になると、南北の建物間の融雪エネルギーのピーク値は120[W/m2]と,それよりもH/Dが小さい(隣棟間隔が広い)ケースのピーク値(約160[W/m2])に比べて3/4程度まで急減することがわかった。3)積雪時の都市・建築空間における対流・放射の相互作用のメカニズムの検討・上記の2)の解析結果の分析を進め、積雪時の都市・建築空間における対流・放射の相互作用のメカニズムを明らかにした。建物南側では、短波放射と下向き長波放射による熱取得量が、顕熱や潜熱の輸送による熱取得に比べ大きいことが分かった。・これを踏まえ、都市・建築空間の積雪環境を形成する都市全体として吹きだまりを最小にする形態を明らかにした。建物高さHと隣棟間隔Dの比で一般化すると、0.50<H/D<0.6[-]のとき、すなわち,建物高さに対して1.75~2倍の隣棟間隔があれば,南北に並ぶ建物の間の領域の積雪量が最も小さくなる可能性の高いという結論を得た。
著者
黄 嵩凱
出版者
東京理科大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究では中央トルコ地域と日本全国約3000ヵ所から採取した自然堆積物に含まれている様々な重鉱物の種類と化学組成を分析し、その情報を産地の情報と結びつけることで考古学と法科学分野試料の起源推定へ応用した。すなわち、試料の重鉱物組成情報からその試料の地質起源を推定し、古代社会の交易の解明や、土を証拠資料とする科学捜査のためのデータベースの構築を目的とした。一方、重鉱物組成による起源推定の結果の検証とその結果を支持できる別次元のデータを得るために、試料中に含まれている特定重鉱物種の化学組成分析あるいはバルク試料の微量重元素組成分析も行った。本論文で同定された重鉱物の種類は20種以上あり、分析数は約5万粒を越え、得られた重鉱物の情報は研究対象とした地域の地質学や地球化学などの分野の研究に対しても重要なデータとなっている。考古学の研究ではSEM-EDSとEPMAによる古代土器の重鉱物分析及び単一鉱物の地球化学分析を行い、各試料中の重鉱物組成及び角閃石の化学組成のデータから如何にそれらの試料の地質起源を高精度に推定ができるかを示した。そして、法科学の研究では新しく開発した最先端の分析技術である全自動放射光粉末X線回折システム(SR-XRD)を重鉱物の分析に応用し、犯罪捜査で被害者の靴や車両などについた微量の土砂から事件に関係する場所を特定するための日本全国の重鉱物データベースの開発を目指した。さらに、高エネルギー放射光蛍光X線分析(HE-SR-XRF)による試料に含まれる微量重元素の組成情報による試料の特性化法も新しく開発した。本研究により、古代土器の重鉱物による産地推定の新たな手法と法科学土砂データベース開発を可能にする新規放射光利用分析技術を確立することができた。
著者
山田 寛 NAIWALA PATHIRANNEHELAGE CHANDRASIRI
出版者
日本大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

表情応答を行う刺激人物の視覚的特性についての検討を行うことの重要性を認識し、平均顔の視覚的特性について吟味する心理工学的実験も行った。より具体的に問題としたのは、二枚の顔画像の平均顔画像が人間にとっても平均として認識されるかという点である。この検討を行うにあたり、まず顔画像サンプルの全てのペアの平均顔画像を作成した。次に、実験参加者に、ある平均顔画像とその元の二つの顔画像を提示し、平均顔画像の全体的な印象から、それがどちらの元画像に似ているか判断させる実験を実施した。平均顔画像が知覚的にも平均の顔として認識されているならば、実験を通じてどの元画像も同一割合で選択されると仮定される。しかし、結果として、それぞれの元画像が選択された割合には顕著な差が現れた。この点を検討する上で顔画像の主成分分析を行い,shape-free eigenface methodに基づいた顔空間を作成した。そこで顔空間での各顔画像の原点からの距離とその顔画像が選択される割合との間の相関分析を行ったところ、両者に高い相関が認められた。この研究は、心理学における顔研究の中での一つの重要な研究課題となっている人物の顔の特異性の問題を解明する上でのきわめて重要な手がかりを提供するものといえる。PFES(Personal Facial Expression Space)に基づく顔表情分析・合成システムを構築した。さらにシステムの表情応答分析能力を確認するための表情同調反応実験を実施した。まず3次元構造を持つ顔モデルをベースに、モーフィングの技法を用いて変形させた顔画像の合成を行う。実験では、フレームの時間制御を行うことによって、さまざまな変化速度の条件のアニメーションを実験参加者に提示できるようにした。また、システムでは、そのアニメーションをモニターに提示しながら実験参加者の表情応答を分析することができる。実験の結果として従来の研究ではほとんど扱われてなかった顔表情応答の表情の強度とタイミング情報までを取得できることが確認できた。さらに、これまでの心理学研究において現象として報告されている、喜びと怒りの表情の同調反応の確認も行い、その同調のパターンの詳細な分析を行い得る可能性が示された。
著者
赤坂 文弥
出版者
首都大学東京
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究の目的は、サービスに関する設計知識の再利用に基づきサービス設計支援を行う計算機環境の構築であった。初年度は、サービス機能の実体化に関する知識ベースを構築し、本知識べースを用いて設計支援を行うための方法を提案した。第二年度では、設計されたサービスをシミュレーションにより評価するための手法を開発した。本年度では、サービスをモデル化するための手法を新たに提案し、シミュレーション結果を用いて設計改善を行うことを支援可能とした。また、これら提案手法を設計プロセスとしてまとめ、設計方法論を構築した。本研究では、最終的に、以下の三点を明らかにした。(1)サービスを多様な利害関係者から成るシステムとしてモデル化する手法サービスを多様な利害関係者から成るシステムとして表現・モデル化するための手法を提案した。加えて、このモデルを用いて設計を進めるためのモデル操作方法を明らかにした。ここでは、初年度で提案した知識ベースによる設計者支援を適用することも可能である。(2)多様な利害関係者が受け取る価値を評価するためのシミュレーション手法多様な利害関係者が受け取る価値を評価するためのシミュレーション手法を提案した。本研究では、System Dynamicsを用いたシミュレーションにより、利害関係者間の相互作用を考慮した価値評価を実現した。(3)多様な利害関係者が高い価値を享受可能な実現構造を設計するためのサービスの設計プロセス多様な利害関係者が高い価値を享受可能なサービスの実現構造を設計するための「設計プロセス」を提案した。ここでは、サービスに係わる利害関係者が受け取る価値を、設計者が確認をしながら最終的な設計解を導出するための設計プロセスを構築した。また本研究では、提案した設計プロセスを複数の事例に適用し、その結果をもとに、提案した方法論の有効性を明らかにした。
著者
満島 直子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本年度は、政治、道徳論に関する著作を中心に「怪物」の種類や扱いを調査することで、社会的次元の問題へ考察を進めた。この分野での怪物概念は、個人の内面、社会のシステム、真、善、美の三位一体論等のテーマを中心に、統一性(ユニテ)の理想を前提とするなどの基本的特徴を保ちつつ、自然科学や美学思想の変化と連動しながら、年代毎に推移していくことを確認できた。特に、目的論的理神論から唯物論的一元論への移行後、宗教的道徳基準が消失すると、様々な「怪物」の例が、理論の可能性や限界を見極める思考方法として利用されていくことになる。ディドロの著作において、通常と異なる性質をもつ人物の一部は、支配的立場や、非現実的立場に意義を申し立てるという形で著者の思考を活性化させたり、人間の自然な性質を取り戻させるオリジナリティを持つ人物、人類を進歩させる天才等として評価される。また、通常の多くの人間も、複数の矛盾する傾向を持つ点で怪物と考えられており、そうした矛盾の起源と考えられる、個人の自然な性質と社会との軋轢をなくすためには、自然法、宗教法、市民法の一致が必要とされる。しかしその実現は難しく、街、国家などの団体もまた怪物とされる事がある。ディドロは悪人への憧れももつ一方で、基本的には社会の為になる行動を評価し、種の幸福を顧みない人間は、賞罰などで修正不能な場合、共同体からの追放や抹殺が正当化されていく。但し、善悪の区別は困難で、ディドロ自身、自分が怪物なのだと考える一面があり、価値基準の設定の難しさが示されている。自然論において、稀な形も現象の必然的結果と説明されるようになると、必然のものに善悪はないとの発想から、身体や環境によって悪行へ決定付けられる個人への責任追求や、共通道徳の基礎付けが困難となる。このためディドロの怪物概念は、規範学において大きな問題を提起するテーマであることが明らかになった。
著者
石田 雅春
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本年は、(1)戦後地方における教育の展開、(2)講和独立後の教育政策について研究した。(1)については、前年度に引き続き地方軍政部の史料を分析するとともに、広島県を事例に新規史料の調査・整理に取り組んだ。具体的には、共同で竹下虎之助氏(前広島県知事)、平岡敬氏(前広島市長)のオーラル・ヒストリーを行うとともに、関係史料の整理・分析に中心となって取り組んだ。(1)残念ながら教育の分野ではあまり収穫がなかったが、オーラル・ヒストリーの成果については編集を行い、広島大学文書館編『聞き書き平岡敬平和回想録』(広島大学文書館、2005年11月)、竹下虎之助『竹下虎之助回顧録-広島県政五十年の軌跡-』(現代史料出版、2006年5月発行予定)という形で公開する。(2)整理した史料(被爆朝鮮人・韓国人に関するものが中心)については解題を附して、広島大学文書館編『平岡敬関係文書目録第1集』(IPSHU研究報告シリーズNo.34、2005年7月、広島大学平和科学研究センター)を発行した。(2)については、逆コース期の史料収集・分析を進めると共に、高度経済成長期の史料についても調査・研究を進めた。その一環として『大平正芳関係文書』 (大平正芳記念館蔵)の調査・研究を行った。史料は政局に関する文書が中心で、残念ながら教育に関する史料がほとんどなかった。しかし調査の成果をもとに「三木内閣の経済政策と大平正芳蔵相の役割-「三木おろし」の政策的背景に関する一考察」をまとめた。本論文では、三木武夫首相と大平正芳蔵相・福田赴夫副総理の間の政策認識の差を明らかにし、政局の観点のみで「三木おろし」を説明してきた通説に対して、政策の観点から再評価する見方を示した。
著者
中嶋 悠一朗
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

発生や病態にて観察される組織リモデリングは細胞の増殖、分化、移動、そして死といった様々な細胞の振る舞いを統合した現象である。その中で、細胞の「死」と「増殖」は最も基本的な振る舞いであり、組織を再構築し、恒常性を維持する上で互いに協調し合った両者のバランスが重要である。したがって細胞の死と増殖のバランスの破綻は発生異常にとどまらず、がんや神経変性といった疾患への関与が想定される。近年、組織リモデリングにおいて、カスパーゼの活性化を介した細胞死「アポトーシス」と細胞増殖が密接に関連し合うこと、その重要性が示唆されている。一方で、生理的条件下でアポトーシスと細胞増殖をつなぐメカニズムに焦点をあわせた研究はほとんどなく、生体内での両者の協調における細胞レベルの振る舞いや分子メカニズムに関して多くが未だ不明である。本研究では生理的に起こるアポトーシスを単一細胞レベルの解像度で可視化する系を構築し、組織内での時空間的なカスパーゼ活性化パターンを明らかにすることで、リモデリングにおけるアポトーシスの制御機構、そして周辺細胞との相互作用を解明することを目指した。これまでにショウジョウバエ蛹期における腹部表皮再構築を系として、FRET型のカスパーゼ活性化検出プローブを用いたカスパーゼ活性化パターンの詳細な記述を行った。本年度は、遺伝学的および人工的に周辺の増殖細胞に操作を施すことで、死にゆく細胞のカスパーゼ活性化パターンが増殖細胞との局所的な相互作用により制御されている可能性について検討し、実験的にその存在を示した。さらに増殖細胞の時空間的な細胞周期ダイナミクスとの相関を知るために、S/G2/M期をモニターする蛍光タンパク質プローブを導入し、細胞周期のS/G2期からM、G1期への進行が細胞非自律なアポトーシスを誘導するのに必要であることを見出した。本研究は組織リモデリングにおける細胞増殖とアポトーシスを結びつける細胞間協調の仕組みに新たなコンセプトを提示した。
著者
岡内 一樹
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究全体の目的は、第二次世界大戦後の西ドイツ・ルール地方における環境意識の変容を、一次資料の分析によって明らかにすることである。本年度は、1960年代後半から80年代前半までの時期の森林行政・自然保護行政関連文書を、主な分析対象とした。分析の結果として、散策・保養地としての森林に対するルール地方住民の関心が、1960年代にとりわけ高まったことを明らかにした。この動向は、モータリゼーションの進展と週5日労働制(週休2日制)の普及によって、市民が手軽な移動手段と多くの余暇時間を手に入れたことを背景としていた。これを受けて、ルール地方を含む州であるノルトライン=ヴェストファーレン州では1969年に森林法が改正され、第三者の私有林に散策・保養目的で立ち入ることが法的に認められるに至った。同法は、これに続いて制定ないし改正された他州の森林法、さらには1975年に制定された西ドイツ森林法にも、少なからず影響を与えた。この分析結果の学術的な意義は、先行研究とはやや異なる歴史解釈を提示できたことにある。1960年代末から70年代にかけての西ドイツにおける様々な環境立法の整備については、同時期の国際的な環境保護運動の高まりを受けた動向と解釈されるのが、通例であった。この時期の環境保護運動は、自然環境を人間社会の発展によって失われていく存在と捉え、前者を後者から隔絶して「保護」することを重視する傾向にあった。しかしながら森林法の整備においては、それに先立つ60年代からの、市民の散策・保養地として森林を「利用」するという議論が、契機となっていたのである。また、このようなドイツにおける歴史的経緯を明らかにしたことは、狭義の林業(木材生産)という論点に縛られがちな、現代の日本における森林関連諸法をめぐる議論を再考するにあたっても、重要な視座をもたらしうると考えられる。
著者
寺居 剛
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

採用初年度から取り組んできた、高軌道傾斜角メインベルト小惑星のサイズ分布決定の成果をまとめた論文を日本天文学会欧文研究報告誌(PASJ)に投稿し、2010年12月23日に受理された。すばる望遠鏡を用いて取得された広域サーベイデータを解析し、直径1km前後の微小メインベルト小惑星候補616個を検出した。観測バイアスを除いたサンプルを、軌道傾斜角15度を境に2つのグループに分け、それぞれの累積サイズ分布を求めた。そのべき指数は低軌道傾斜角のグループで-1.79±0.05、高軌道傾斜角のグループで-1.62±0.07という値を示し、高軌道傾斜角の小惑星は傾斜の浅いサイズ分布を持つことが分かった。これは衝突速度によって小惑星の衝突破壊強度が異なるためだと考えられる。この結果から、高速度衝突が頻繁に起こったと考えられる惑星形成最終段階では、大きな小惑星ほど破壊されずに生き残りやすい環境であったと推測される。一方、UCLAのDavid Jewitt教授と共同で天王星型惑星の不規則衛星についての研究も行った。すばる望遠鏡のデータを使用し、不規則衛星3天体(Sycorax、Prospero、Nereid)の位相角変化に伴う光度変化を測定したところ、それぞれ0.03、0.14、0.18mag/degreeという値を得た。Sycoraxは木星トロヤ群天体や高軌道傾斜角のケンタウルス天体と、Prosperoは低軌道傾斜角のケンタウルス天体や高軌道傾斜角の外縁天体と、Nereidは低軌道傾斜角の外縁天体と類似していることが分かった。この結果は、Prosperoは天王星軌道に近い領域に位置していた天体を捕獲したのに対し、Sycoraxは木星軌道付近から外側に移動した天体を、Nereidは外縁部領域から運ばれた天体を捕獲した可能性を示唆している。
著者
鹿野 豊
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

時間とエネルギーに対する量子測定モデルとして決定的なモデルを確立することが出来た。それは、トイモデルである離散時間量子ウォークの中でという限定つきではあるが、これらの考え方を模倣することにより、より理解が深まっていくと考えられる。実際に示したことは、離散時間量子ウォークからデコヒーレンスと時間的に変化する量子コインを用いて、連続時間量子ウォークおよび離散時間および連続時間ランダムウォークとの対応を調べた。その際、スケーリングの規則の対応関係を示した。また、昨年度精力的に研究を進めてきた弱値に関する研究については、量子力学との整合性が確認され、これから一層の量子情報科学および量子基礎論での理論の展開が行える段階となった。今年度は量子プロセストモグラフィーに焦点をあて、弱測定の見方を捉え直すことにより、対応関係が明確化することが出来た。そして、実際に、そのような実験を行う際の手順までを与え、用いた近似における妥当性や今後の問題点について列挙してある。更に、タイムパラドックスと呼ばれるモデルの中でも弱値の有用性は証明されている。これらは場の量子論を用いた計算規則との対応関係をポストセレクション型タイムトラベルモデルで示したことで、場の量子論における弱値の役割や時空との関係を述べることができる段階になった。そして、この度、新しく研究をスタートさせたのが、情報科学的視点から見た熱力学の研究である。これは、当初ブリリアンによって提唱されていたアイディアを現代の視点から捉え直し、正当化したともいえる研究である。この物理を情報科学的に、すなわち、操作的観点から捉え直すという一連の仕事は今後、重要視されていくとともに、化学や生物といった別の自然科学への波及効果も十二分に大きいと考えている。
著者
宮崎 悠
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究の目的は、政治における公共宗教の役割と、それが国民国家の台頭に与えた影響を明らかにする事にあった。研究の対象は、世紀転換期から戦間期までのポーランド(ポーランド会議王国~第二共和国)とした。その理由は、国民国家の枠組みが流動化する中で宗教が果たした役割の変遷が顕著に表れた時代・地域であったと考えられるからである。19世紀末から1939年までの僅か半世紀で、ポーランドは行政的・地理的分割状態から第一次大戦後の領土変更を経て主権国家として統一された。しかしその領域にはロシア系、ドイツ系、ユダヤ系をはじめ多くのマイノリティ集団が含まれ、宗教的にもカトリック、プロテスタント、東方正教、ユダイズムなどが重層的に存在していた。政治的ナショナリズムを標榜する各集団は、信仰というモチーフや教義をとりこみ、また同時に、宗教の側もナショナリズムと共にある事で生存を図った。現段階での成果として、前年度までに取り組んだテーマ「ポーランドにおけるシオニズムの析出」を深化させ、「世紀転換期ポーランド・シオニズムにおける空間概念」というタイトルの論考にまとめた(『東欧史研究』へ投稿、修正作業中)、また、空間概念の理論的整理を兼ねた書評「板橋拓己著『中欧の模索:ドイツ・ナショナリズムの一系譜』創文社、2010年」が『境界研究』第三号に掲載された。2012年10月には日本国際政治学会のパネル「宗教、国際政治、ナショナリズム」において報告を行い、近現代のポーランド社会においてカトリック教会が果たした役割を俯瞰すると同時に、同国出身のローマ法王ヨハネ・パウロ二世と「宗教間対話」の試みを取り上げ、「普遍教会」の代表たる宗教者が政治的アクターとして果たした役割を再検討した。同年11月には福岡=釜山で行われた国際会議BRIT2012において報告し、A.ハルトグラスの思想分析を元にシオニズムの多義性を論じた。
著者
関 貴子 (荒内 貴子)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

(1)意識調査の結果分析(株)日本リサーチが保有する社会調査パネルを用い、日本の人口動態に基づいて抽出した20~75歳未満の市民4,000名を対象に、郵送自記式調査票による調査を実施した。調査にあたっては、東京大学医科学研究所倫理審査委員会の承認を受けた(承認番号:23-70-0323)。日本の一般市民対象に行った意識調査データセット(2012年に実施、n=2,150、有効回答率53.8%)を分析した。「研究で用いられる遺伝情報の管理に関して、あなたがもっとも懸念すること」を1つだけ挙げてもらったところ、「どのような研究に用いられるかわからないこと」(32%)が最も多く、次いで「誰によって利用されているかわからないこと」(27.5%)が挙げられた。メディアでよく取り上げられる「外部に流出すること」や「あなた個人が特定されるかどうか」といったセキュリティに関連する理由は、それぞれ17.6%、13.7%となっており、研究の用途や利用者に比して低く抑えられていた。(2)クリニカルシークエンスに関する文献調査クリニカルシークエンスとは、次世代シークエンサーを用いるゲノム解析の臨床応用のことである。米国では、次世代シークエンサーを医療機関で利用することに関して、医学的な妥当性の判断のみならず、その倫理的法的社会的課題についても様々な議論が巻き起こっているため、現在の議論を整理するための文献調査を行い、日本で取り組むべき課題を整理した。(3)考察国内の一般市民意識調査結果から明らかになったのは、個人遺伝情報管理のセキュリティにかかわる課題よりも、誰がどのように利用するのか、そして研究結果は開示されるのかといった点が大きな関心事である。しかしながら、文献調査より、次世代シークエンサーの臨床応用が先行した米国では、既に研究結果の開示に関する試行が始まっているが、対応は様々であることが明らかになった。日本でのクリニカルシークエンスはまだ本格化していないが、異なる社会規範やリテラシー環境のなかで、日本ではどのような問題が生じうるのかについて、早急に検討が必要である。
著者
島 知弘
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

細胞質ダイニンは、モーター活性を担う重鎖が二量体を形成して働いている。昨年度、私は別々に精製した単量体重鎖2つを二量体化させることに成功し、これによって二つの重鎖間の制御の実態を研究することが可能になった。本年度私は、まず一方の重鎖をATPと結合できずモーター活性のない、いわゆる「死んだ」変異体(P1T変異体)に代えたヘテロ二量体を作成した。P1T変異体はそれ自身では微小管から解離せず動かないはずであるが、このヘテロ二量体は1分子で微小管上を長距離運動した。この挙動はキネシンなどでは報告されておらず、ダイニン特有のものである。P1T変異体はATPと結合しないため、ATP加水分解に伴う力発生が起こらない。つまりこの結果は、細胞質ダイニンのプロセッシブな歩行には、片方の重鎖のATP加水分解過程の進行や力発生が不要であることを示している。一方の重鎖の力発生なしで二足歩行するという現象は、2つの重鎖が交互に力発生を繰り返して進むという従来型のモデルでは説明できないので、この野生型/P1Tヘテロ二量体ダイニンの運動様式を詳細かつ定量的に調べることで、分子モーターの新たな動作機構を発見することができるかもしれない。したがって今後は、光ピンセットやFIONAを用いて、野生型/P1Tヘテロ二量体ダイニンが微小管上をステップする様子を計測することで、野生型およびP1T変異体各重鎖のステップサイズ・Dwell time・力などを明らかにすることが必要とされる。またP1T変異体はそれ自身では、微小管から解離しないにもかかわらず、野生型とのヘテロ二量体になるとプロセッシブに動くことができるということから、二つの重鎖の間に機械的な張力がかかっており、片方の重鎖がもう一方の重鎖を微小管から引き離すような仕組みが存在していることが示唆される。この機械的な張力の伝達部位としては、二つのダイニン重鎖が結合している尾部末端が最も可能性が高いと考えられたが、尾部末端に柔軟なリンカーを挿入し、尾部末端を介した張力が伝わらないよう設計した二量体組換えダイニンが、リンカーを挿入していないものと同様にプロセッシブに運動することが確認された。この結果は、ダイニン重鎖の尾部末端以外の領域に、機械的な張力を伝達できる程度の強い重鎖間相互作用を示す部位が存在することを示唆している。今後は、新たなダイニン重鎖相互作用部位を同定することによって、細胞質ダイニンのプロセッシブな運動を達成させている重鎖間の制御の実態を解明できるものと期待される。
著者
久保田 啓一 SUN SHULIN
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

久保田は、これまで収集した成島家関係の資料の整理を行い・東京の内閣文庫や今治市河野美術館などにおいて更なる資料の収集を図った。特に、河野美術館蔵の成島家歴代の筆跡や、成島信遍の周辺の古文辞学者達の書簡の収集は、貴重な成果であった。なお、既発表の論考の電子化などに博士課程の学生の助力を得た。孫は、中島敦と中国思想との関係をより深く究明するために、中島敦家の蔵書(日本大学法学部大宮校舎図書館所蔵)と中島敦の原稿や同家の遺物(神奈川県立近代文学館所蔵)などの全貌を把握した上、その中の儒学・道学関係のものについて調査、資料収集した。また、中島敦家蔵書の『老子・荘子・列子』、『老子翼・荘子翼』、『老子』などの、中島敦の書入れと思われる部分について詳しく調査した。その筆跡鑑定は至難であり、更なる努力が必要と考えているが、これまでの調査により、部分的には明らかになりつつある。この作業は、中島敦と中国思想との真なる関係を究明するためには、かなり意味のあるものと思われる。また、中島敦の研究文献を網羅的に収集することを心がけた。これらの成果を踏まえつつ、博士学位論文の一部に手を加えて、「中島敦「弟子」論-「義」「仁」「中庸」を中心に-」、「中島敦「斗南先生」論-東洋精神の博物館的標本-」、「中島敦《悟浄歎異》中的真・善・美」の3編を発表した。
著者
内原 英聡
出版者
法政大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究の目的は、近世琉球弧におけるシマ社会-庶民生活-の諸相を明らかにし、その知的成果を、広く社会と共有することにあった。本件では主題を「近世琉球弧における経世済民社会の諸相一八重山諸島の民衆生活を事例として-」と設定、[1]近世琉球弧における自然と人々の関わり[2]庶民の相互行為一関係性の実態と変遷[3]災害時におけるシマ社会内外の取り決めごとの諸相、以上、3点のテーマについて解明を試みた。概要としては、「経世済民」「琉球弧」「シマ社会」といったキイワードをもとに、八重山諸島の「地理」「風水(風土)」「生業」「祭祀」について論考したものと表される。具体的には、近世琉球弧(文化圏)の庶民の暮らし、とりわけ八重山諸島の人々の生活が、現在に至るまでにいかなる変遷を辿ったか、検証する内容であった。特別研究員DC1の最終年度となる今期は、学位論文を完成させることに専念した。計画としては[1]諸論文の内容を目次に沿って仕分け再編する。ここに[2]別資料から得た新たな情報の加筆や、細部への修正を実施、[3]主題と全体の整合性を確認しつつ、徹底した検証を行う。そして[4]草稿を5月までに書き上げる。さらに[5]博士出願論文提出に向け修正を行ない、[6]学位論文を9月末(期限内)に完成させる、というものであった。計画は順次解消、9月には実際に仕上げた拙論「近世琉球弧における経世済民社会の諸相一八重山諸島の庶民の生活を事例として-」(語句を一部変更)を、法政大学大学院へ提出した。その後、口頭審査を経て3月24日に博士号(学術)を取得した。ちなみに今年度は『法政大学大学院紀要』に拙論(2本)が掲載された。さらに11月3日、仏国で開催された国際シンポジウムに出席、本研究に関連するテーマの報告を行なった(別項詳述)。またこれらの実績を踏まえ、2013年度は法政大学社会学部の[比較文化論]担当(兼任講師)も決定した。
著者
大村 三男 張 嵐翠
出版者
静岡大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

ウンシュウミカンのフラベド(果皮部分)には多量のカロテノイドが蓄積する。その中でも、'宮川早生'の枝変り品種である'山下紅早生'のフラベドには、赤色のアポカロテノイドであるβ-シトラウリンが含まれており、鮮やかな紅色を呈する。しかし、これまでβ-シトラウリンの生合成経路は不明であり、その蓄積メカニズムは解明されていない。そこで、本研究では'山下紅早生'に含まれるβ-シトラウリンの生成に関与する酵素遺伝子を単離し、その集積メカニズムを明らかにすることを目的とした。前年度まで、'山下紅早生'におけるβ-シトラウリン含量の季節変動を調査し、さらに、'宮川早生'とカロテノイド含量・組成およびカロテノイド関連遺伝子の発現の季節変化を比較した。その結果、'山下紅早生'では成熟に伴いβ-シトラウリンが急速に増大した。また、リアルタイムPCRによる遺伝子発現解析を行ったところ、このβ-シトラウリンの増大に伴い、カロテノイド代謝分解に関わる遺伝子の発現が上昇した。この遺伝子の発現上昇は、果実の成熟期間中、'宮川早生'で低いままで推移するのに対して、'山下紅早生'では増大していた。また、本年度は、このカロテノイド代謝分解のプロモーター領域の塩基配列を'山下紅早生'と'宮川早生'で比較したところ、両品種で異なる領域が認められた。また、機能解析として、ゼアキサンチンを生成する大腸菌にこのカロテノイド代謝分解に関わる遺伝子のcDNAを導入したところ、β-シトラウリンを生成した。以上の結果から、'山下紅早生'のβ-シトラウリン生成は、本研究にて単離された新規のカロテノイド代謝分解に関わる酵素遺伝子の発現上昇によることが明らかとなった。