著者
日比野 晶子 (兵頭 晶子)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究では、かつて狐が憑くなど<もの憑き>の概念で理解されていた状態が、日本近代において精神病という概念に置き換えられていく過程で、病者の処遇や治病にどのような変容が起こったのかを歴史的に検討した。本年度は最終年度として、これまでの成果を単著として刊行し、その延長上に近現代の「心理療法」の問題性について考察した論文を公表した。<もの憑き>は、神々や生き霊・死霊だけでなく、牛馬や五毅などの動植物も含め、自らを取り巻く全てのおりようとの<繋がり>に異変が起きた時に生じる事態であり、そのバランスを調整することで病気も治ると信じられていた。日本近代精神病学は、このような<繋がり>において理解されていた状態を、病者「個人」の遺伝や生活歴といった「素因」に基づいて必然的に発病する「精神病」なのだと再定義し、臨床化していった。こうした<存在>の病としての再定義は、「素因」の発生源とされる病者と家族に重い影を投げかけた。さらに私宅監置の制度化も加わり、精神病は文字通り「家」の問題として可視化され、かつては<繋がり>の異変の修復に参加していた近隣の人々からも、「危険」を忌避されるようになっていった。のみならず、病者が落ち着いている状態でも「潜在的危険性」を警戒すべきだと喧伝されたことから、罪を犯して世間を騒がせた精神病者は死ぬまで精神病院に監禁され、その一日も早い死が待ち望まれるようになる。このような、「個人」という<存在>と精神病に基づく「危険」を同一的に重ね合わせる発想は、今日の医療観察法にも、形を変えて引き継がれていると思われる。そして、潜在意識に隠された「個人」の「経歴(ヒストリ)」を読み解くことで症状を解決しようとする心理療法も、同じ轍を共有しており、人間が独りで生きている訳ではないという当たり前の事実を狭めてしまう可能性を持つと考える。
著者
榎田 竜太
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

25年度では【免震建物用積層ゴム支承に対するリアルタイムサブストラクチャ実験】に関して, 以下の2課題に取り組んだ.(1)積層ゴム支承に対するリアルタイムサブストラクチャ実験用システムの設計・組立(2)リアルタイムサブストラクチャ実験の実施(3)ナイキスト安定判別法によるシステムの無駄時間と安定性の検証(1)においては, 積層ゴム支承を実験部分であるサブストラクチャとして, 地震時における上部構造物などの影響を数値解析的に評価するリアルタイムサブストラクチャ実験用のシステムを構築した. また, 地震時においては地動によって生じる加速度と上部構造物の質量によって積層ゴム支承の水平方向には大きな慣性力が作用する. そのため, 本リアルタイムサブストラクチャ実験では, 鉛直荷重(構造物の重量)と水平荷重(地震による慣性力)の二つを模擬するアクチュエータを積層ゴム支承にさせた. (2)においては, 積層ゴム支承に対するリアルタイムサブストラクチャ実験を目的としていた. この実験の前に, アクチュエータと計測機器を含む実験システム全体に対するシステム同定によって, 6.0msのむだ時間があることが明らかとなった. このシステムを用いて, JMA神戸波(兵庫県南部地震)を用いたサブストラクチャ実験を実施し, Fig. 2 (a)の実験結果が得られた. 数値解析部分の上部構造物の応答と実際の実験部分の積層ゴムの応答が同じ応答を示しており, リアルタイムサブストラクチャ実験を実現することができた. (3)の無駄時間を考慮したナイキスト安定判別法によって, このシステムが無駄時間20msの場合に不安定化することが示された. そのため, 無駄時間を19msと20msに設定した実験を実施した, 19msでは安定した挙動を示したが, 20msでは不安定化した. これによって, 安定性評価の有効性が実験的に示された。
著者
棟方 涼介
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

これまでの研究で得られていたセリ科アシタバ由来のクマリン基質O-プレニル基転移酵素遺伝子(AkPT1)について、詳細な酵素機能解析を行った。その結果、AkPT1は非常に小さいKm値を有すること、基質特異性が高くクマリンの一部の誘導体のみ基質として認識すること、ならびに広いpHで高い活性を保持することなどを明らかとした。また細胞内局在の解析では、AkPT1のN末端領域がプラスチド移行シグナルとして機能することを示した。さらに、昨年度文部科学省支援事業「植物科学グローバルトップ教育推進プログラム」の支援の下で作製したミカン科グレープフルーツ外果皮のRNA-seqデータを基に、新たにO-PT遺伝子CpPTを見出した。酵素機能解析の結果、CpPT1はグレープフルーツを含め柑橘類で最もメジャーなO-プレニル化クマリン誘導体であるベルガモチンの生成を担うO-PTであることが分かった。今後、AkPT1とCpPTの結果を取りまとめて論文を執筆・投稿する。上記と並行して、植物の化学防御物質であるアンギュラー型フラノクマリン(FC)の生合成経路の解明についても研究を進めた。セリ科パースニップより得られていたアンギュラー型FC生合成の初発酵素を担うクマリン基質C-PT遺伝子(PsPT)について、詳細な酵素機能解析、発現誘導の解析、系統解析等を行い、一連の研究成果を論文にまとめた。そのほか、クワ科イチジクからもFC生合成の初発反応を担うクマリン基質C-PT遺伝子(FcPT)を新たに取得した。興味深いことに、PsPTとFcPTは同様の酵素機能を有するにもかかわらずアミノ酸配列の相同性が低く、系統解析により、互いに期限が異なる酵素であることが示唆された。今後、FcPTについても一連の結果を取りまとめて論文を執筆・投稿する。
著者
佐藤 宏樹
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

平成22年度は、4月から1ヶ月半、マダガスカル北西部アンカラファンツィカ国立公園でチャイロキツネザルが採食する餌資源のサンプルを採取し、帰国後、霊長類研究所で栄養分析を行った。この分析により、チャイロキツネザルが水分の乏しい乾季に、積極的に水分の多い多肉質の葉を採食し、夜間はエネルギー源となる果実を採食することを示唆する結果を得た。2006年12月から1年間行ったアンカラファンツィカ森林でのチャイロキツネザルの行動観察データと環境要因との関係を分析した。乾季の昼間は、乾燥と日射による熱のストレスによる体温上昇と水分損失を回避するため、体温調節として休息することが示唆された。この内容は2010年9月に行われた第23回国際霊長類学会において発表し、優秀発表賞を受賞した。また、霊長類学雑誌に論文を投稿し、査読中である。上記にある暑熱ストレスによる日中休息、水分摂取のための日中の葉の利用、エネルギー摂取のための夜間果実採食は、霊長類の中でもチャイロキツネザルを含むEulemur属に特有である日中も夜間も活動する「周日行性」の適応意義を説明する新たな仮説となる。この周日行性に関する新仮説を2011年3月に行われた第58回日本生態学会において発表した。また、1年間の野外調査ではチャイロキツネザルの糞中に含まれる種子の種類や個数を調べた。この糞分析データと行動観察データを対応させた分析を進めた結果、乾季の暑熱ストレスで葉の利用に切り替わることで糞中に含まれる種子数が減ることが明らかになった。散布動物の環境への行動的な適応が種子散布機能に影響することが実証された。チャイロキツネザルの採食戦略とその種子散布者としての重要性に関する研究をまとめ、全9章からなる学位申請論文(地域研究博士)を執筆した。審査の結果、平成23年3月に学位を取得した。
著者
今田 健太郎
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本研究は、日本における無声映画からトーキー映画への移行期に焦点をあて、トーキー映画体験を通じた知のありようを探ろうとするものである。平成16年度には、日本のトーキー映画における音楽のあり方やその評価には、大きく分けて欧米のやり方を導入しようとするものと、近世から無声映画を経て続く芸能興行の慣習の延長にあるものがあるということを指摘し、本研究では後者に重点をおいて進めることを表明した。さらに平成17年度は、映画という視聴覚形式が、先行する芸能(たとえば絵解きや人形浄瑠璃など)を受け継いでいること、さらに映画における語りと音楽は先行芸能に依拠しつつ、映画に独自のはたらきをもちえるようになったことなどを指摘してきた。この移行の詳細を具体的にすることこそ、本研究の眼目といえよう。そのため平成18年度は、「囃子」という形式・実践・概念についての研究を進めた。囃子は、能、歌舞伎、文楽など、映画に先行する諸芸能に必ず含まれる音楽的実践であり、映画や芸能における音楽の位置づけの一典型を示していることに着目したからである。たとえば、学会発表ではないが、京都市立芸術大学日本伝統音楽センターのプロジェクト研究「近代日本における音楽・芸能の再検討」では、3度の口頭発表をおこなった。囃子という概念が日本における映画の音楽を分析するのにどれだけ有効か、また、無声映画からトーキー映画への移行を描くに適したものかどうかについて、議論を重ねている。その間接的な成果のひとつが、「What's Gekiban?:A Composition Style for Animation Films in Japan and its Roots as Exemplified by Lupin III Works」である。これは、《ルパン三世》というアニメーション映画の音楽を、難子という形式・実践・概念で説明しようとした論考であるが、予想どおり、かなりの類似性があることが明らかになった。他方、調査活動の一環として昨年度おこなっている無声映画の伴奏音楽を実演する機会を、今年度も得ることができた。昨年度と同様、これは情報提供者の依頼によるため、研究公演というよりも、現在の通常の興行というコンテクストのなかでおこなった。このようなコンテクストに身を置いて、伴奏音楽を再現する作業は、上記の囃子の議論を支えるものであり、また応用する場面でもあることから、本研究に資するところとなっている。
著者
MON NaingNaing (2008) 浜口 道成 (2007) MON Naing Naing
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

非受容体型チロシンキナーゼであるFocal adhesion kinase(FAK)はMMP-9の産生亢進を含む様々な細胞活動に関与しており、癌の浸潤、転移を促進する。前炎症性サイトカインであるIL-1βはMMPの分泌亢進を促進することが知られている。そこで線維芽細胞と乳癌細胞株MCF-7におけるIL-1β依存性のMMP-9分泌に必須のシグナル経路について研究を行った。線維芽細胞と乳癌細胞株MCF-7ではIL-1βによりFAKの活性化とMMP-9の産生か起こることが明らかになった。今までの研究によりMMPは細胞外基質を分解し腫瘍の浸潤を促進することが知られている。またIL-1βはMCF-7細胞においてin vitroの浸潤能を亢進させた。IL-1βがどのようにFARを活性化するのか解明するためにIL-1受容体アクセサリー蛋白(IL-1RAcP)とFAKの複合体形成を調べた。IL-1β刺激後IL-1RAcPがFAKと結合することが分かった。またIL-1β依存性のMMP産生に必要な候補分子であるSrcのリン酸化がIL-1βによって起ることが分かった。IL-1β依存性のMMP-9産生と腫瘍の浸潤にFAKのシグナルが必要であるということをさらに確認するためにMCF-7細胞においてFAKをsiRNAで抑制した場合の効果について検討した。FAK siRNAによってMCF-7細胞ではほぼ完全にIL-1β依存性のMMP-9産生と腫瘍の浸潤が抑制された。以上の結果から乳癌細胞におけるIL-1β依存性のMMP-9産生とそれによって引き起こされる腫瘍細胞の浸潤にはFAKが決定的な役割を果たしていることが明らかになった。多くのサイトカインによって形成されている腫瘍の微小環境は腫瘍の進展に欠かせないものである故、今回の結果からFAKは腫瘍の進行を阻害する重要な標的分子になりえると考えられた。
著者
杉本 雄太郎
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究では,実世界のモデリングのためのオントロジー構築手法に,線形論理的手法を用いたプロセス記述言語を導入した.この記述言語は,従来の静的な関係を基にするOWLなどの記述言語によるオントロジー構築手法とは異なり,関係をプロセスレベルで記述する.そのため,静的な記述言語では直接的な記述が困難であるような資源の使用や消費,消滅などの概念を,より自然かつ適切に取り扱うことが可能にするものである.また,この線形論理的プロセス記述言語のための推論エンジンのリファレンス実装を行なった.これと並行して,人間の認知推論についても,言語・図形・信念一致・信念相反・信念中立の五種類のアリストテレス的三段論法課題からなるBAROCO論理推論課題集を用いた行動実験を行なった.この一連の行動実験により得られた実験データに対し,認知科学的および行動遺伝学的分析を行なった.また,この実験データを含む(40,000組の人口悉皆的住所リストをもとにした)3,000組を超す双生児サンプルの行動実験データに基づき,大規模双生児行動データベースの構築を行ない,その運用を開始した.なお,この双生児行動データベースはNIRSやfMRI,EEG等の多様な脳神経画像データなども格納できるように設計されており,今後の心理学,行動遺伝学,分子生物学および脳神経科学を同一の双生児サンプルによって統合した行動神経ゲノミクス研究の基盤となるものである.
著者
酒井 麻衣
出版者
東海大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

「並泳の左右性の分析・接触行動の左偏向の個体発達の分析・母子間の接触行動の左右性の比較・接触行動の個体群間比較」のために、2014年6月、7月、9月に伊豆諸島御蔵島にて野生ミナミハンドウイルカを対象に接触を伴う社会行動・同調行動を水中ビデオ撮影し、データ収集を行った。「並泳・接触行動の左右性の種間比較」のために、バハマ諸島にて撮影された野生マダライルカの接触行動の分析を行った。2003年から2011年に撮影されたビデオのデータを分析した結果、532例のflipper rubbing(ラビング、胸ビレで相手をこする行動)のうち251例が右ヒレで、281例が左ヒレで行われていた。6例以上のラビングが観察された18個体のうち、2個体において有意に左ヒレを多く使用していた。一方、有意に右ヒレを多く使用する個体はいなかった。一方、flipper touching(タッチ、胸ビレで相手に触る行動)は、119例中、65例が右ヒレ、54例が左ヒレで行われた。6例以上のタッチが観察された1個体においては有意な偏向は見られなかった。野生マダライルカにおけるラビングの分析結果(集団のうちの一部に左偏向の個体がいること、右偏向の個体がいないこと)は、これまで調べてきた飼育ハンドウイルカ(12頭中6頭が左偏向)、野生ミナミハンドウイルカ(20頭中9頭が左偏向)、飼育マダライルカ(4頭中3頭が左偏向)と同様であり、ラビングにおける左偏向はハクジラ亜目の中で共通している可能性が高まった。また、飼育イロワケイルカでは4頭中4頭すべてが左偏向を示し、ハクジラ亜目の中でも偏向の強さに種差がある可能性が考えられた。
著者
柴山 敦 WILLIAM Tongamp
出版者
秋田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

近年,銅鉱石中の不純物(ヒ素、アンチモン、フッ素など)が世界的に増加する傾向にある。本年度の研究では,選鉱プロセスで広く用いられる浮遊選鉱法(浮選)と,アルカリ浴で硫化剤を用いた浸出処理,さらに浸出后液からのヒ素やアンチモンの沈殿晶析の可能性を検討し,不純物を選択的に除去する技術の調査研究を行った。まず浮選では,pH4,捕収剤アミルキサントゲン酸カリウムを50g/t-ore,起泡剤メチルイソブチルカルビノールを200g/t-ore添加することで,鉱石中に含まれるヒ素の93%を浮上分離することができた。これらについては、ヒ素を含む主要鉱石の硫砒銅鉱が、他の鉱石に比べ疎水性並びに浮遊性に富むことが影響し、比較的早い浮上速度で分離されていることを究明した。一方、浸出法および沈殿法による高ヒ素含有銅鉱石からのヒ素の選択除去を行った結果,パルプ濃度1,000g/L,NaOH100g/L,NaHS200g/L,80℃での浸出により,鉱石中に含まれるヒ素の95%を浸出することができた。また,浸出后液に固体硫黄S^0を添加することで,液中に含まれるヒ素の約70%を沈殿物として回収することが可能であり,沈殿物はNa_3AsS_4として晶析することが確認された。またアンチモンが共存する四面銅鉱(Tetrahedrite: (Cu,Fe)_<12>(Sb,As)_4S_<13>)に対して同様のアルカリ浸出を行った結果、ヒ素に比べアンチモンの方が浸出速度が速く、浸出初期では浸出率が上回ることを確認し、チオアンチモンナトリウム塩の沈殿生成の可能性を見出した。これらの実験結果を通じ,浮選におけるヒ素含有鉱石の分離効果と影響因子,あるいはヒ素およびアンチモンの選択浸出の可能性と沈殿生成条件を論考し,化学的あるいは反応論的考察のもと、不純物除去につながるプロセス技術を究明することができた。
著者
松原 真
出版者
国文学研究資料館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本年度の成果は次の二点である。(1)単著『自由民権運動と戯作者――明治一〇年代の仮名垣魯文とその門弟』を和泉書院より刊行した。「あとがき」にも記した通り、本書は、仮名垣魯文及びその門弟の明治10年代における活動実態を明らかにし、それを通じて、近代日本の基礎が築かれるこの期の文学空間をより立体的に再現する試みである。なかでも、彼等と自由民権運動、特に自由党との繋がりを見出すことを重視している。本書の結論はだいたい以下の四点にまとめられる。①仮名垣魯文は明治10年代に新聞人または続き物作家(新聞小説家)として多くの読者に支持され、門下生を多く輩出し、多方面にわたる人脈を持ち、文壇(新聞界)に巨大な権力を築いていた。②仮名垣魯文とその門弟の戯作表現は、社会的に無毒無害なものではなく、明治政府の意思に反する位相にあった。魯文達はこのことに強く意識的で、特に読者獲得のために、戦略的に自らの戯作表現を用いた。③上記二点に惹かれ、自由党系の民権家、政治小説家は魯文達にみずから積極的に近づいた。一方、魯文達もまた、新聞の経営上好都合ということもあって、彼らとの交流を積極的に受け入れた。④野崎左文(魯文門弟)の著名な回想とは異なり、実際には③の交流の中から、二世花笠文京(魯文門弟)のように民権家として自由民権運動のための小説を書く戯作者も現れた。――そして、この政治運動の衰退とともに仮名垣魯文とその門弟の時代は終わり、入れ替わるようにして、坪内逍遥唱える写実主義を始めとする新興文学が文壇を席巻する、というのが本書の史的見取り図である。(2)仮名垣魯文またはその門弟が所属した小新聞に連載された続き物(連載小説)について調査分析を行った。紙面を悉皆調査しどこに何が書かれているかを明らかにしたうえで、続き物を実際に読みメモを取った。本年度は特に「絵入自由新聞」(明治15~23年)を中心的に扱った。ただし、これについては引き続き調査分析を必要とする。
著者
芹口 真結子
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

平成26年度では、①史料調査活動や、②学会・研究会における研究報告、③学術雑誌への論文投稿などを行った。まず、①史料調査活動では、平成25年度に引き続き、近世真宗における学僧の民衆教化活動や、異端的教説をめぐる事件に関する記録類、藩政史料などを調査し、デジタルカメラによる撮影などを通じて収集した。具体的には、大谷大学図書館(京都市)で複数回にわたり史料を閲覧したほか、秋田県公文書館(秋田市)、金沢大学附属図書館(金沢市)、金沢市立玉川図書館近世史料館(金沢市)、岐阜県歴史資料館(岐阜市)、長野県下伊那郡阿智村清内路(阿智村)などに出張し、調査を行った。①史料調査活動で得た成果は、②学会・研究会における研究報告や、③学術雑誌への論文投稿といったかたちでまとめた。②に関しては、5月10日に「書物・出版と社会変容」研究会で「異端と写本流通―羽州公巌異安心事件関係記録を中心に―」と題する報告を行った。次に、11月1日に「近世の宗教と社会」研究会で、「仙台藩の施餓鬼供養と地域社会―弘化4年三陸沖大時化を事例に―」という報告をした。最後に、12月10日、日本史研究会近世史部会12月部会で、「俗人の教化活動と教学統制―文化2年羽州久保田清次郎一件を中心に―」と題した報告を行った。③学術雑誌への論文投稿では、平成25年度に掲載が決定した「近世真宗教団と藩権力―19世紀初頭の異安心事件を事例に―」が『史学雑誌』123編8号に掲載されたほか、「異端と写本流通―羽州公巌異安心事件関係記録を中心に―」を『書物・出版と社会変容』17号に投稿し、掲載された。以上を通じて、教説の流布の様相や、ある教説が問題化し異端として排斥されていく過程を分析することにより、近世日本における宗教的異端と正統が、幕藩領主や教団、民衆といった諸主体のせめぎあいのなかで形づくられ、変容していったことを示すことができた。
著者
清水 翔太郎
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究は、近世大名家の儀礼、藩主家族構成員の役割、大名家同士の交際に注目し、政治権力世襲の体制を支えた仕組みやジェンダー構造を明らかにすることを目的とした。本年度は、前年度十分に検討することができなかった近世前期の大名家の婚姻成立過程の分析をまとめ、中・後期の事例を含め、その変遷を通時的に解明することができた。この成果は国史談話会大会で口頭報告し、前期の事例については学術雑誌に投稿することができた。なお、昨年度口頭報告を行った幼少相続時の「看抱」の刊行に関する論考は、「近世大名家における「看抱」」(『歴史』第126輯)として採録が決定している。また、幕末・維新期の動向についても分析を進める予定で、秋田県公文書館において史料の調査・収集を行った。その分析の核となる「御日記」について、史料学的な分析をする予定であったが、想像以上に多くの量が残されていたため、すべて収集することができず、また類似した「申伝帳」という史料が残されており、それも合わせて分析する必要があることから断念せざるを得なかった。幕末・維新期のこうした史料が多く残されているのは、佐竹家に限ったことではなく、他家の史料の残存状況を把握するなど、史料学的な分析を進めた上で近世大名家と大名華族家の「家」の問題を連続した視点で分析する必要があることがわかった。最終年度であった本年度は、これまでの成果をまとめ、ロシア、ノボシビルスク国立大学にて口頭報告し、研究成果を海外に発信することができた。
著者
吉田 恵美 (2008-2009) 吉由 恵美 (2007)
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

脊椎動物の胚発生において神経板は、新しく転写因子SOX2を発現した神経系原基細胞を後部神経板に付加させていくことによって伸長する。このSox2発現細胞は、原条前方部の両側に位置し神経系・中胚葉・表皮系の共通の前駆体であるStem zoneから生み出される。Sox2の発現を制御するエンハンサーのうちN-1エンハンサーは、Stem zoneと一致する領域とそこから生み出された直後の神経系原基細胞で活性を持つ。このことから、N-1エンハンサーの活性化とSox2発現の直後に起こる遺伝子調節は、Stem zoneから神経系原基細胞を生み出す過程に直接的な役割を果たしていることが考えられた。そこで、Stem zoneから神経系原基細胞を生み出す分子機構を明らかにするために、N-1エンハンサー欠失マウス胚を作成し、解析を行った。N-1エンハンサー欠失マウス胚でSox2の発現は、N-1エンハンサーが活性を持つ領域で欠失した。この結果から後部神経板尾部におけるSox2の発現はN-1エンハンサーに依存的であることが示された。しかし、このSox2発現の欠失は他のエンハンサーによって補完され、結果的には正常に神経管が形成された。次に、後部神経板尾部におけるSox2依存的な遺伝子調節を明らかにするために、8.5日胚、8 somite stageのN-1エンハンサー欠失マウス胚を使ってMicroarray解析を行った。その結果、幾つかのSox2依存的に制御される遺伝子の候補を同定することができた。これらの候補遺伝子について、さらに解析を進めることが、神経系原基細胞が生み出される分子メカニズムを明らかにし、Stem zoneについても新たな知見をもたらすことが予想される。
著者
尾形 邦裕
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究の目的は人の持つ高度な運動スキルを解明し,ロボットの新たな運動制御法を確立することにある.本研究では,高度な運動スキルとして他者の身体を扱う動作に注目し,これを解析するために甲野善紀に実験協力を得た.そして片手で人を引き上げる動作,人を押す動作,竹刀で相手の姿勢を崩す動作など様々な動作の計測解析を行なってきた.そして各動作において動作の成否を分ける重要な運動特徴を抽出した.これらの運動特徴の有効性を検証する必要がある.そこで,片手で人を引き上げる動作及び押し動作において力学モデルを導出し,動力学シミュレータによってそのモデルの妥当性を検証した,その結果,いずれにおいても動作の主体者のみならず,受け手の運動も重要でありことが分かり,甲野は受け手に任意の運動を誘導することで少ない労力でタスクを成功させていることが分かった.本研究では,押し動作に注目し,解析から得た運動特徴に基づくロボットを開発した.押し動作では腕部の高剛性と全身を活用した瞬間的な加速度変化が重要であることが動作解析の結果から分かっている.腕部の高剛性は多関節筋の拮抗が重要な役割を果たしていると考えられ,これを実現するために空気圧人工筋をアクチュエータとして用いた.このロボットを用いた押し動作の実験の結果,受け手の運動誘導が確認され,運動特徴に基づくロボットの有効性が確かめられた.本研究で開発したロボットは運動特徴の重要な点を実装したに過ぎず,複雑な人の身体において運動特徴が重要な役割を果たしていることを正確には示していない.そこで,運動特徴をコツという簡易な表現にまとめ,このコツを人に教示することで動作に変化が生じるかどうかを検証した.実験の結果,コツの教示による主体者の運動に統計的に有意な変化が確認できた.このように,人の運動解析から重要な運動特徴を抽出し,その再現性,工学的応用などを示すことができた.
著者
管 宇
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

In year 2014, the application of identification over obstacles by applying terahertz technique was explored. None of the existing identification techniques have quite met the needs of acquiring coded information behind the package material or obstacles as well as keeping low cost and good countability. Terahertz (THz) radiation can penetrate many commonly used packaging materials, making it suitable for nondestructive and noninvasive inspection and imaging. Such identification tag operating at THz-wave region is expected to be a solution to practical industrial need.I started this research work by the development of a novel design of surface metal antenna worked in THz-wave region, continued from my last year’s study. Followed by that, I came to an idea of developing a printable THz-barcode system with a dielectric coating layer on the back-side to the common barcode system to construct an etalon cavity, which should operate behind a layer of packaging. This allows us to read the image of a barcode using THz radiation even when the dimensions of the low-frequency beam are larger than the width of the bar. Due to the cheap price of the ink applied for printing barcode patterns, low-cost of such system is also achieved. By demonstrating the superior performance of my design, I have published a paper on international journal and presented it in an international conference held in USA.
著者
川上 直秋
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

ある対象に反復して接触するだけでその好意度が高まる現象を単純接触効果と呼び,自らが接触したことを再認できない状況下(閾下接触)においても生起する。今年度は,接触を日々積み重ねることによる累積的効果と,その効果のアウトプットとしての持続性について検討することを目的とした。すなわち,我々が何かに反復して接触する事態というのは,必ずしも一時点で完結するものではない。むしろ,日常的な生活を通して少数ずつの接触が日々蓄積していく。したがって,これらの検討によって,本人の自覚とは独立に日々蓄積していく情報がどのような形で影響を及ぼすか,長期的な視点に立った知見が得られることが期待された。研究では,実験参加者を4群に分け,それぞれ累積接触群(ある刺激画像に1日20回閾下で接触するセットを5日間連続で実施,計100回接触),集中接触群(20回の接触セットを1時点で5回実施),基本接触群(20回の接触セットを1回のみ実施),統制群(接触なし)とした。その結果,集中接触群と基本接触群では,接触した画像への好意度が接触直後から漸減傾向を示したのに対して,累積接触群では効果の減少が見られず,3カ月後まで接触直後の効果が維持されることが明らかとなった。この知見は,自らが接触したことを気付かない無意識的な接触であっても,それが日々繰り返されることによって長期的な影響として累積されることを示唆し,日常的な広告への接触やテレビの視聴による影響過程の解明などへ重要なインプリケーションを有する。
著者
安藤 杉尋
出版者
独立行政法人農業生物資源研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

アブラナ科野菜根こぶ病抵抗性育種素材の開発のため、P-NIT2intをプロモーターに用い、根こぶ形成時にAtCKX1,AtCKX2,ARR22を発現させた形質転換体を作成した(シロイヌナズナ、ブロッコリー)。シロイヌナズナのP-NIT2int:AtCKX1,8系統、P-NIT2int:AtCKX2,5系統、P-NIT2int:ARR22,8系統、ブロッコリーのP-NIT2int:AtCKX1,8系統、P-NIT2int:ARR22,7系統に根こぶ病抵抗性試験を行ったところ、全ての系統で根こぶ形成が認められ、抵抗性は認められなかった。同様にCaMV35Sプロモーターを利用したシロイヌナズナ、P35S:AtCKX1,6系統、P35S:AtCKX2,3系統も根こぶ病抵抗性にならなかった。このことから、サイトカイニンの代謝、応答を制御することによる根こぶ病抵抗性の導入は困難と考えられた。また、同様に根こぶ形成時に発現誘導されるBrNIT2及びBrAO1をアンチセンスRNAにより抑制した形質転換ブロッコリーを作成した。P-NIT2int:BrNIT2anti,7系統、P35S:BrNIT2anti,2系統に根こぶ病菌接種を行った結果、NIT遺伝子の発現は非形質転換体に比べて低下したが、根こぶ病抵抗性にはならなかった。また、P-NIT2int:BrAO1anti,2系統についても根こぶ形成が認められた。シロイヌナズナではNIT遺伝子のアンチセンスRNAにより根こぶ形成が遅延することが報告されているが、(Neuhaus et al.,2000)シロイヌナズナでは根こぶでAO活性は上昇しなかった。従って、BrassicaにおいてはNIT,AO両者の関与により、一方のみの発現抑制では効果が低い可能性がある。BrAO1,BrNIT2両方を発現抑制した形質転換体の解析が必要と考えられた。
著者
林 亜希子
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究の目的は、反社会的な嘘(登場人物の嘘によって、他者が被害を受けるシナリオ)と向社会的な嘘(登場人物の嘘によって、他者が利益を得るシナリオ)という目的の異なる2種類の嘘に対して被験者がどのように道徳判断をするのかについて明らかにすること、さらに、それらの嘘の道徳判断に関与する神経基盤についてfMRI(functional magnetic resollance imaging)を使用して検討することであった。本研究では、同じ嘘という行為でも、目的に応じて道徳判断が異なり、さらには、それぞれの嘘に対する神経基盤も特異的なものであったという結果を得ることができた。今年度は前年度に引き続き、実験データの考察や解釈のため数多くの論文の精読をこなし、国際雑誌への投稿を目標に英語論文の作成を行った。投稿結果は、差し戻しであったが、reviewerから本研究に対する問題点やアドバイスを頂いた。特に、論文中に記載されている言葉の使い方や解析方法の改善及び追加解析に対する指摘が多かったため、その点の改良を行った。現在、再投稿を行い結果待ちである。道徳判断や道徳的行動に関わる脳活動を詳細に調べることは、人の意思決定などの社会行動における脳のメカニズムの一端を明らかにすることが可能になると考えられる。また、社会的行動の異常、特に道徳的な判断・行動の異常を呈する脳損傷患者の病態の理解に貢献するものと考えられる。本研究の成果が、一部の認知症患者にみとめられる反社会的行動の神経機構の解明や、将来的には症状の早期診断等の一助となることに期待する。
著者
三河 隆之
出版者
明治大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

研究課題の最終年度にあたる本年度は、ジャンケレヴィッチの思想にかんしてこれまで行なってきた基礎的な読解作業および考察の成果をふまえつつ、ジャンケレヴィッチ思想の根幹にかかわる部分に関し、問い直しの作業に従事した。より具体的な内容としては、形而上学的色彩が最も強く、哲学史的文献への参照も顕著な著作である『第一哲学』を中心に、同書ほか、主に戦後の著作にひんぱんに登場する、特異な自己性をあらわす「イプセ(ipse)」とその射程をめぐって分析を行なった。従来のジャンケレヴィッチ論では、その議論や用語法の独自性を抽出するといった方向性が顕著であったが、報告者はむしろ哲学史的伝統との密接な接続関係に着目し、そこに彼の師ヴァールにも通底する神人同型論的な視角を再発見するに至った。すなわち、現代の思想家としてのジャンケレヴィッチ像とはべつに、(宗教論的な側面も含め)きわめてオーソドックスな"西洋思想"の系譜上に位置するジャンケレヴィッチの姿が望見できることを示したことになる。なお、前二年度から継続して、本研究課題に相対的観点を導入する目的から、ジャンケレヴィッチと同時代に、かれと同様ソクラテス的道徳実践の考察に注力した日本の哲学者である出隆の思索についても考察した。今年度は、出がある時期から精力的に発表するようになっていったエッセー的著作について、その内容の分析を行なうことを通じ、その動機や存在意義について考察を行なった。
著者
丸山 陽子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

歌人兼好周辺の僧侶の歌壇活動に関する研究として、三井寺周辺の和歌活動の考察を進展させた。特に、僧侶の和歌史料に乏しい一三世紀中頃から一四世紀初頭の三井寺周辺の僧侶の和歌を中心に収め、三井寺僧とその周辺のネットワークを知る上で有益な資料となる『新三井和歌集』に着目し、成立と性格を具体的に考察した点に意義がある。昨年度までの研究成果を踏まえ、まずは官位記載や詞書等から成立時期の考証を行い、これを踏まえて人物考証を深め、明らかとなった人物の関係に修正を加えながら系図化した上で、収められた人物や詞書、及び和歌の内容を、より具体的に掘り下げた。その結果、聖護院門跡覚助法親王とその周辺の活発な和歌活動がクローズアップされ、特に覚助はこの時代の有力人物であり、歌人として幅広い活動を行ったことが明らかとなった。一方、三井寺周辺の僧侶の考察と共に、歌人兼好周辺の神官の歌壇活動に関する研究を行った。昨年度までに行ってきた『伊勢新名所絵歌合』の新名所設定の意図や法楽としての歌合の性格等の考察、即ちこれらをまとめた論文及び著書の研究成果を踏まえ、刊行予定の『伊勢新名所絵歌合』の注釈書の執筆を進めた。この歌合には絵と和歌があることから、和歌の注釈に終始せず、今年度は更にフィールドワークを重ねながら、『伊勢新名所絵歌合』の特徴である絵と歌合の関係を視野に入れた学際的な研究を目指した。この研究成果の一部は、「『伊勢新名所絵歌合』-絵と歌合の関係より-」として論文報告する予定である(校正中)。上記神官・僧侶の考察と並行して、『兼好法師』(コレクション日本歌人選・笠間書院)の執筆を行った。兼好の交流やネットワークといった研究成果を踏まえ、どういった歌人と交流し、どういった歌を多く詠んだか、という観点を盛り込み、兼好の和歌の特徴と面白さを引き出すことを目指した。校正中であり、2010年9月に刊行予定である。