著者
沢田 こずえ
出版者
東京農工大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

将来、大気CO2濃度の上昇による植物の光合成促進に伴って、土壌へのC供給量が増加すると予想される。土壌へ易分解性Cが添加されると、もともと土壌に存在する有機物の無機化が促進(正のプライミング効果)または遅延(負のプライミング効果)される。また、人間活動の発展に伴って、大気中のN化合物濃度が増加した結果、土壌へのN負荷量も増加している。土壌へ無機態Nが添加されると、プライミング効果が抑制または促進される。本研究は、「N供給能が低い日本森林土壌では、プライミング効果に与える無機態N添加の影響が大きい」という仮説を検証するために、高知県スギ林とヒノキ林土壌において、プライミング効果に与える無機態N添加の影響を評価することを目的とした。結果、ヒノキ土壌では、グルコース添加によって負のプライミング効果が起こった。また、土壌有機物由来微生物バイオマスCが増加した。ヒノキは糸状菌が優占するので、糸状菌が体内に炭素を貯めこむことによってCO2放出が抑えられるのかもしれない。一方、スギ土壌へグルコースのみ添加した場合は、プライミング効果は起こらなかったが、グルコースとともに無機態Nを添加した場合、正のプライミング効果が起こった。また、58日間で添加グルコースCを上回るCO2-Cが積算で放出され、C収支がマイナスとなったことから、スギへのC・N添加の影響は極めて大きいことが分かった。また、この時土壌有機物由来微生物バイオマスNの代謝回転が速くなった。以上から、①ヒノキでは、無機態N添加の有無にかかわらず正のプライミング効果が起こらなかった、②スギでは、無機態N添加によってバイオマスNの代謝回転が早まり、正のプライミング効果が起こったことが分かった。
著者
永田 俊 WYATT Alexander WYATT Alex
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究は、サンゴ礁に対する窒素や炭素の負荷機構としてこれまで見逃されてきた、粒子態有機物の寄与を明らかにし、サンゴ礁における物質動態と生態系維持機構に関する理解を深化することを目的とし、以下の研究を進めた。沖縄県八重山諸島の調査サイトにおいて、平成24年度に引き続き現地調査を実施した。具体的にはGPS搭載ブイを用い、礁内での海流に沿った各種生物地球学的パラメータ(水温、塩分、溶存酸素)の観測を行った。また、各種安定同位体トレーサの分析に供するための海水試料のサンプリングも行った。一方、人為影響の程度が異なるフィリピンのサンゴ礁を比較対象として調査を実施した。外洋水や河川水の流入に伴って輸送される有機物や栄養塩類の質や負荷規模が異なる定点を設定し、サンプリングと各態有機物・栄養塩類の分析を行うことで、サンゴ礁に対する各態有機物の負荷の概要を査定した。また、有機物や栄養塩類の安定同位体比の測定を進め、サンゴ礁内部の窒素循環を新たな同位体バイオマーカーを用いて解析する方法を検討した。また、サンゴ礁の生物生産に依存する高次栄養段階生物(脊椎動物)を指標生物として用い、その動物が有する同位体バイオマーカーを用いて、食物連鎖を通しての窒素伝達の機構を査定するための方法論を検討した。以上の結果から、粒子状有機物の動態が、サンゴ礁の生態系と生物地球化学的な循環の制御において重要な役割を果たしていることが示唆された。これらの成果を学会で公表した。
著者
太田 純貴
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

平成22年度の主な研究業績は、フィールドワーク、口頭発表と論文、翻訳の三点である。フィールドワークは、採用一年次に予定していたナム・ジュン・パイクアートセンター(ソウル、韓国)での調査及び、メディアアートのフェスティヴァルである「メディアシティ・ソウル」(ソウル、韓国)、光州ビエンナーレ(光州、韓国)への参加である。ナム・ジュン・パイクアートセンターでは、メディアアート、ヴィデオアートの祖とされるパイクの作品の調査を行った。上記のフェスティヴァルに関してはメディアアート作品の分析及び、カタログなど文献資料の収集も合わせて行った。これらのフィールドワークの研究成果は、最先端の動向(作品と理論)の把握、芸術作品(主にパイク)の調査である。帰国後には京都大学でアウトリーチ活動として、これらの報告会を行った。口頭発表と論文では、ヴィデオアートと同時代の歴史的社会的文脈との関わりを分析した。具体的にはヴィデオアートとドラッグカルチャーとの関連性について議論を行った。特にLSDがもたらした感覚や意識の変容が、ヴィデオアートにおいても表象され、その際に生じるのが共感覚的な感性的体験ではないかということを、具体的にはリンダ・ベングリスの作品分析を通して、口頭発表および論文による理論的考察を行った。翻訳は、メディア考古学に関する英語論文と、英語で執筆された思想事典の項目のいくつかを担当した。前者は、書籍に収蔵されることが決定しており、日本では紹介の薄いメディア考古学という手法を導入するための端緒となる論文になると思われる。後者は、事典という性質上、哲学、美学など様々な理論的なアプローチを行うための基礎的な資料となることが考えられる。
著者
星野 直哉
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究は、金星雲層(50-70km)起源の大気波動が中間圏(70-110km)・熱圏(>110km)の風速場に与える影響を、大気大循環モデル(GCM)を用いた数値シミュレーションにより解明することを目的としている。この目的達成のため、我々は、1)先行研究で考慮されてこなかった惑星規模の波を考慮した数値シミュレーション、2)風速観測とシミュレーション結果との比較、3)先行研究において取り扱いが不十分だった小規模な大気重力波の取り扱いの改良、及び数値シミュレーション、を達成目標と定め研究を行なってきた。まず、我々は惑星規模の波を考慮した数値計算を行い、金星熱圏では、惑星規模の波の中でケルビン波が最も卓越し伝搬することを世界で初めて示唆した。また、本研究では高度110km付近の風速観測を行っているドイツ・ケルン大学の研究チームと連携し、シミュレーションと風速観測との比較を行なった。その結果、高度約110km付近の数日スケールの風速変動強度は本シミュレーションで示唆されるケルビン波による風速変動強度と整合的であり、従来不明であった熱圏変動の要因の一部がケルビン波にあることを示唆した。続いて、重力波の取り扱いを改善した数値計算を行った。その結果、小規模な重力波が下層から上層に運動量を輸送し、熱圏において100m/sに及ぶ高速東西風を駆動することを示唆した。計算による熱圏高速東西風強度の高度分布は、先行研究の風速の高度分布とよく一致する結果であった。また、本研究では初めて熱圏高速東西風のローカルタイム分布に着目し、高度約100-110kmの熱圏高速東西風強度は昼側より夜側で強いことを示唆した。このような、熱圏高速東西風強度の昼夜依存性は先行研究の観測より示唆されていたものの、数値計算によりその存在を実証したのはこの研究が初めてである。
著者
纐纈 丈晴
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

平成24年度は研究課題である雷雲の発達機構と降水粒子分布との関連性を明らかにするためにこれまで開発してきたXバンド偏波レーダーを用いた降水粒子判別法について精度の検証を行い、降水粒子判別法を完成させた。雷雲内部の降水粒子分布を調べるためには降水粒子判別法により雨・雪片・氷晶粒子・あられを識別する必要があるが、これまで雪片と氷晶粒子については降水粒子判別法により適切に判別されるかどうか検証ができていなかった。年度の前半には、降水粒子判別法でこれまで検証ができていなかった雪片と氷晶粒子の識別について2011年冬季の北海道足寄郡陸別町および同年梅雨期の沖縄県島尻郡粟国村で行われた梅雨期に沖縄県島尻郡粟国村において行われたXバンド偏波レーダーと雲粒子ゾンデの同時観測によって得られたデータを用いて検証を行った。その結果、降水粒子判別法は雪片と氷晶を識別するのに有効であるのが確認されたため、日本気象学会2011年度春季大会およびヨーロッパレーダー学会で発表を行った。年度の後半には、新たに2012年梅雨期に沖縄県島尻郡粟国村で行われたXバンド偏波レーダーと降水粒子を観測する雲粒子ゾンデ、ビデオゾンデによる降水雲の詳細な同時観測データを用いて降水粒子判別法の検証を行い、降水粒子判別法が降水雲内の鉛直方向の降水粒子分布(雨・雪片・氷晶粒子・あられ)を適切に判別できることが確認された。その結果を日本気象学会2012年度秋季大会、ワークショップ「降雪に関するレーダーと数値モデルによる研究」および国際会議「東アジア域でのメソ対流系とハイインパクトな気象に関する国際会議(ICMCS-VIII)」において発表した。また、上記検証結果を踏まえて降水粒子判別法を完成させ、投稿論文にまとめた。
著者
細川 武稔
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

北野天満宮の神仏習合については、神宮寺だった東向観音寺(京都市上京区)について、引き続き所蔵史料の分析をおこなった。その結果、この寺が一条家の祈願寺となるきっかけを作った一条輝子について、詳しく調べることが必要になった。輝子は岡山池田氏の出身であることから、岡山県立図書館(岡山市)・林原美術館(岡山市)などで情報を収集した。中世の北野天満宮に関連して、足利義満が京都の北山で構築した空間について分析し、中世都市研究会大会において発表した。そこでは、義満が北山を選んだのは、足利氏が深く信仰する北野天満宮と、足利氏の墓所等持院に挟まれた地域だったからであると述べた。また、北山天神森の天神社(現在の敷地神社)が北野天満宮との関係で語られていた事実を指摘した。発表の準備段階では、京都市歴史資料館・京都府立総合資料館などで文献を読み込んだり、現地でのフィールドワークをおこなったりした。京都における三十三所観音については、中世の成立・近世の復興について分析を進めた。中世については、室町幕府の奉行人である飯尾氏の関与について調べた。当時の貴族の日記や五山禅僧の漢詩を分析することによって、飯尾氏が積極的に三十三所の確定に関わり、一族の菩提寺を三十三所に組み入れていったことなどがわかってきた。近世については、京都市歴史資料館・京都府立総合資料館で文献・史料を渉猟するなどして、巡礼順序が変更された事情などを考える材料を集めた。また、文政11年刊の『恵方巡京図』に、三十三所観音巡礼が記されていること、人吉藩の歴史書『嗣誠独集覧』に、近世の復興に真如堂の僧が関わったという重要な記事があることなどを見出した。
著者
森本 裕子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

パニッシュメント(罰)は,「非協力的(不道徳的)な行為を行った相手」に対するものでなければならず,協力的な相手へのパニッシュメントは他者からの信頼を失う(Barclay,2006)。実験ゲーム状況においては,どのような行為を行った相手へのパニッシュメントかが参加者に明示され,これに基づいて行為が判断される。しかしながら,日常生活においては,必ずしもパニッシュメント対象者の行動履歴がはっきりしているとは限らない。そのような場合における他者からの評価を検討するため,以下の2つの研究を実施した。(1)自分以外の参加者のうち誰かが非協力的に(協力的に)ふるまったことだけがわかるが,その人物が誰かがわかりにくい状況(曖昧条件)を作り,その状況下でのサンクション行動を検討した。一般的信頼の高い群では曖昧条件でパニッシュメント行動が増え,一般的信頼の低い群では確実条件でリワード行動が減少するという結果が得られた。(2)Klein et al.(2009)は,ある行為によって形成された印象は長く記憶に残るが,印象形成の要因となった行為に関するエピソード記憶はあまり長く維持されないという結果を示している。このような印象-エピソード記憶の関係が,パニッシュメントにもあてはまるかを検討した。予測どおり,サンクション対象者が「悪い」あるいは「良い」人であることが事後的に明らかになった場合には,事前にそのような情報を得ていたときとは異なる評価が下された。これらの実験結果は,互いの行動履歴が必ずしも明確ではない日常的な関係においては,実験ゲーム状況とは異なる行動がとられていることを示唆する。
著者
高櫻 綾子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

幼児が日常的に交わす発話には幼児間の関係性が反映すると考えられる。なかでも「ね」発話(e.g.一緒に遊ぼうね、ね~仲間に入れて)は幼児にとって身近な発話である反面、情動や意図が暗黙的に込められることから、遊びや会話を成立させるには「ね」発話を間主観的に理解し、相手との関係性に応じた相互作用を交わす必要がある。そこで本年度は保育園の3歳児クラス20名を対象に1年間(各月2回)の参加観察を行って得たデータをもとに「ね」発話に着目して幼児間における親密性について検討した。まず「ね」発話を用いた相互作用と親密性形成との関連を検討した結果、呼びかけの「ね」発話により相手の注意を喚起し、語尾につける「ね」発話によって聞き手への配慮を示すことで、相手からの応答を引き出しやすくなり、二者間での間主観的な理解を促進することが明らかとなった。またこうした相互作用が親密性形成の基盤になると同時に、二者間での親密性の深化に伴い、第三者によって生起された事象に対する情動や意図についても互いの内的状態を間主観的に把握することを示した。さらに3歳児は「ね」発話を実際に使用し、相手の反応を得る中で「ね」発話の使い分けを獲得することを明らかにした。特に親密な二者間と第三者との間では、遊びの開始や内容を呼びかける「ね」発話に差異が認められた。また「ね」発話同様、3歳時期の会話に多用されている終助詞「よ」と比較した結果、自らの意図を明確に伝えたい文脈では「よ」を使用し、相手に配慮を示し、共感を得る中で遊びや会話の成立を図ろうとする文脈では「ね」発話を使用することが明らかとなった。よって3歳児は「ね」発話を手掛かりに互いの情動や意図を間主観的に把握するなかで親密性を形成し、相手との親密性やその場の状況に応じて「ね」発話を使い分けることが明らかとなり、「ね」発話が幼児間における親密性を捉える指標になることを示した。
著者
河野 七瀬
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

研究代表者は, これまでの研究で2原子分子の化学反応に対する反応物の振動励起効果を明らかにしてきた。そこで昨年度からはさらに拡張し, 多原子分子の反応に対する振動励起効果, 及び, 複数の反応経路に対する反応物の振動励起効果を解明するため, 3つの反応経路をもつNH_2+NO反応系を対象とし実験を行った。昨年度までに, 振動励起した反応物NH_2および生成物OHの振動準位選択的な検出に成功しており, また, CF_4による高効率なNH_2の振動緩和の結果, OHの生成収率が減少することを明らかにした。この結果は, 反応物NH_2の振動励起によりOH生成経路が加速していることを表わしている。本年度は, より定量的な反応物の振動励起効果を明らかにするため, 生成物であるH原子の観測を行った。観測セル内のNH_3/He混合気にArFレーザ(193nm)光を照射し, NH_3の光解離により振動励起NH_2(v2≤11)及びH原子を生成した。H原子は2光子励起にもとづくレーザ誘起蛍光(LIF)法により検出し, 相対濃度の時間変化を観測した。さらに, NO添加条件下で観測したH原子の相対濃度の時間変化から, 添加していない条件下での時間変化を引くことで, NH_2+NO反応で生成したH原子の相対濃度の時間変化を観測した。濃度時間変化の解析の結果, NH_3の193㎜光解離で生成したNH_2とNOの反応系ではOH生成経路の収率がおよそ23%であることを決定した。室温状態ではOH生成経路の収率は1割程度であると言われてきたにも関わらず, 本研究で高い収率を示したことは, 反応物であるNH_2の振動励起がOH生成経路を加速していることを表している。
著者
村上 瑞代 (須藤 瑞代)
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

平成24年度においては、「民国初期の節婦烈女」を執筆し、辛亥革命百周年記念論文集編集委員会編『総合研究辛亥革命』(岩波書店、2012年)収録の論文として発表した。当該論文においては、民国初期において節婦烈女の道を選んだ女性たちのうち、女子学校などで教育を受けた経歴を持っていても夫への貞節を重視している、つまり少女時代には近代的価値規範に基づく女子教育を受けながらも、結婚後の貞節については旧来の価値規範を固守している事例を分析し、従来二項対立的にとらえられてきた新旧の女性のあり方が、実は整合をはかりながら受容されていたことを明らかにした。当時の女性論において節婦烈女批判が強力には行われておらず、寡婦の生き方として、節婦烈女とは異なるあり方は提示されていなかった。すなわち、近代中国におけるジェンダー改変の主なターゲットであったのは、端的に言って生殖可能性のある未婚女性から若い妻にあたる層であった。結婚後寡婦となった女性はその対象から外れていたのである。そして、褒揚条例の対象として節婦烈女が明示されなくなった1930年代になってもなお、夫や婚約者に殉死する烈婦/烈女の行為により褒揚されている女性が見られることも明らかにした。女性の貞操の重視は、夫の死後再婚しない、もしくは殉死する女性の出現を促し、政府がそれらを「節婦烈女」としてオーソライズすることによってさらに貞操重視の観念が強化されるというサイクルは長期にわたって続いてきており、条文から節婦烈女が消えても、そうした意識は根強く残っていたことを指摘した。また、上記の日本語論文をベースに英文論文("The Chaste Widows and Exemplary Daughters(Jiefu Lienu)of the Early Republic of China")も作成し、欧米の雑誌への投稿を準備している。
著者
近藤 侑貴
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

植物の肥大成長を支える分裂組織として、形成層が知られている。形成層は、維管束幹細胞を有しており、分化・分裂を繰り返すことで、維管束領域の拡大に貢献している。継続的な肥大成長の実現にあたっては、これら幹細胞が維持され続ける必要があり、そのためには幹細胞の分化・分裂の制御は極めて重要となってくる。維管束幹細胞の維持に関わる因子として、CLEペプチドの一種であるTDIFとその受容体TDRが知られている。TDIF-TDRは幹細胞の自己複製の促進と分化の抑制という二つの異なる生理的な機能をもつことがわかっているが、それらがどのようにして維管束幹細胞の維持に貢献しているのか、その詳しい分子メカニズムはよく分かっていない。そこで、本研究では、TDIF-TDRのシグナル伝達経路に着目をし、幹細胞の維持機構にせまることにした。まずはじめに、Y2Hスクリーニングより、あるキナーゼ群(TDR-Interacting-Kinases》がTDRと特異的に結合することを明らかにした。遺伝学的解析から、TIKがTDIF/TDRのシグナル伝達において、幹細胞の分化の抑制の経路にのみ関与し、自己複製促進の経路には関与しないことが示唆され、TDIFの二つの機能は下流経路に分けられる可能性が考えられた。これまでにTDIF下流の自己複製促進には、WOX4と呼ばれる転写因子が関わることが知られている。そこで、次にTIKとWOX4の遺伝学的解析を明らかにするため、TIKの阻害剤及びwox4変異体を用いて、胚軸の維管束の表現型を解析した。TIK阻害剤処理単独では、木部と節部の間に存在する幹細胞が維持されなくなるtdr表現型が約3割程度でみられるのに対し、wox4変異体背景でTIK阻害剤を処理すると、約8割程度の個体でtdr表現型が観察された。以上の結果から、幹細胞の維持においては、幹細胞自身の増殖の制御と分化の制御の両方が重要であることが示唆され、植物幹細胞維持の制御機構を分子レベルで明らかにしたはじめての例である。
著者
牛島 廣治 KHAMRIN Pattara
出版者
藍野大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

1.今まで有していたノロウイルス様粒子の1996年株に加えてGII/4の2006b株(わが国で流行が見られた株)に対しても作製した。さらにサポウイルスI/2,I/5とIVに対してもVLPを作製し、その中でサポウイルスI/2に対するモノクローナル抗体を用いたイムノクロマト(IC)を開発した。このICはサポウイルスI/2に反応の限局性があった。今、広範囲のゲノタイプ、ゲノグループに反応する抗体を得ようとしている。同様な方法でアストロウイルスに対するICを開発したが、これも用いたG1に特異的な反応があった。2.現在市販されているロタウイルスのICが十分に使えるか、またPCRとの比較はどうかを3社のキットで行ったところ、1社では感度が88%であるものの、他は感度,精度で90%を超え、有用と考えた。3.タイ国での2005年の147下痢便から下痢症ウイルスをPCR法で検査し、10がノロウイルス陽性、5がサポウイルス陽性であった。さらにゲノタイプ、サブゲノタイプの解析をし、GII/4-d変異株を見出した。タイ国での継続的なロタウイルスの検査では2002-2003に多かったG9が減少してきたが、1989年のころのG9と比較すると変異が起こっていることがわかった。また、G、P、NS4など分節を比較すると動物由来の分節と思われるものがヒトロタウイルスに見られることがわかった。4.コブウイルス属のなかにヒトに感染するアイチウイルスがあるが、ヒトでの検出に続いて動物、とりわけブタについてコブウイルスをタイ国と日本で調べたところ、糞便中に遺伝子の存在が確認された。今のところヒトへの感染は報告されていないが今後検討する必要がある。
著者
塩沢 健一
出版者
中央大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度の研究においては、市庁舎整備をめぐり5月20日に住民投票を実施した鳥取市に着目し、投票日の約1週間後より、郵送調査を行った。市の有権者3,000名を対象として実施した結果、1,189件の有効回答を得た。本調査の当初の目的は、「平成の大合併」により誕生した広域自治体における「民意」のあり方について、本研究課題の初年度に長野県佐久市で実施した意識調査との比較も交えながら、検討を加えることにあった。そうした観点からは、佐久市のケースと同様に、旧鳥取市と旧町村部とで、有権者の投票行動の傾向に一定の差異のあることが明らかとなった。他方、鳥取市の住民投票では当初から、2つの案から一方を選ばせる設問形式や争点提示の仕方に疑問の声が上がっていたが、住民投票で過半数の支持を得た「耐震改修案」が、その後の検証の過程で「当初案では実現不可能」と結論付けられ、市が計画していた新築移転案の対案として耐震改修案を提示した議会の説明責任が問われる状況となった。そうした経緯を踏まえて分析を試みたところ、住民投票を実現させた議会に対する有権者の「信頼」が、耐震改修案への投票と相関のあることが明らかとなった。すなわち、庁舎整備をめぐる「実質的な選択」という側面においては、鳥取市の投票結果に正統性があるとは言い難い。このように、鳥取市の事例は、住民投票における議会の「議題設定」という観点から見て、重要な教訓を残したと言える。その点において、本年度の研究の成果は、当初の計画において想定していた以上に、貴重なものとなったと言える。
著者
マディナベイティア ヨネ (2011) MADINABEITIA Ione (2010)
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

人為改変や地球温暖化といった自然現象により外来種が侵入しつづけている。熱帯・亜熱帯水域に生息する魚類や、その寄生虫が日本にも生息すると言われている。特に、寄生性カイアシ類は養殖場内での感染拡大が容易であり宿主の成長率低下や大量死を引き起こす。それゆえ本研究の目的は、どの寄生虫が日本の養殖魚や天然魚において不都合な影響をもたらすか特定すると共に、熱帯・亜熱帯水域から日本の水域までの寄生虫の種多様性についても報告することにある。二重網法により、カイアシ類の発見は劇的に改善され、種数、数量共に、より正確な結果が得られるようになった。1500匹以上のカイアシ類が17種の魚類から二重網法により採取された。bomolochidsやphilichthyidsが最も多かった。Philichthyidsについていえば、沖縄近海において7種の魚類の側線から全部で6種のColobomatusが初めて報告された。Colobomatus colletteiの原記載は、熱帯水域であるニューギニア湾であり、亜熱帯水域である沖縄の海で初めて発見された。また、Procolobomatusがアジアで初めて発見された。以前の報告では東太平洋からだけであった。この研究でPhilichthyidsが亜科レベルにおいて宿主の系統発生についての情報をもたらした。Caligus sclerotinosusは、養殖場における幼魚の移動によってニュージーランドから日本へ侵入したと考えられていたが、最近、韓国の沿岸域からも養殖マダイへの寄生が発見された。また台湾の熱帯・亜熱帯水域のみで報告されていたMetacaligus latusが瀬戸内海で初めて発見された。日本でのC.sclerotinosusの発生は、人為改変によるものであり、M.latusは自然拡散によると考えられる。結論を述べると、5種のカイアシ類が国内の天然魚・養殖魚の両方に感染する外来種だと考えられる。本研究は低い宿主特異性を示す種のみでなく、高い種も宿主と共に熱帯・亜熱帯水域から日本への拡散が可能であることを示す。今後海水温上昇が続くようであれば、日本の水産に携わる者は将来侵入するであろう新たな外来種に対する準備を早急にすべきであろう。
著者
小林 和夫
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

昨年度に引き続き、ロンドンで在外研究を行った。国立公文書館と大英図書館、LSE図書館を研究の中心拠点として、大西洋貿易に関する統計資料やマニュスクリプト、二次文献調査を行い、ロンドン大学キングズ・カレッジのリチャード・ドレイトン教授らとの意見交換を行った。研究の目的は、18世紀大西洋経済を大きく支えていた黒人奴隷貿易を成り立たせていた対価となった商品(具体的には、インド産綿織物)とその流通過程を、私商人の史料をもとにして明らかにすることであった。とくに、18世紀末から19世紀初頭にかけて、インド産綿織物の卸商人として活躍していたトマス・ラムリー商会の販売記録簿や往復書簡を分析した結果、インドから輸入された綿織物が、ラムリーを介して、リヴァプールの奴隷商人の手に渡り、西アフリカに再輸出されていたのか解明することができた。それによって、イギリスの大西洋奴隷貿易の終盤においても、アジアと大西洋を結ぶ商業ネットワークが重要な役割を果たしていたことを明らかにすることができた。大西洋経済における金融制度の研究課題が残っていたが、ロンドン大学政治経済学院(LSE)の博士課程に進学することになったため、2011年9月をもって、日本学術振興会特別研究員を途中辞退することになった。研究成果としては、4月末にカナダ・モントリオールのマギル大学インド洋世界研究所で開催された国際会議で口頭発表を行った(報告題目:Indian Cotton Textiles as a Global Commodity:The Case of the British Atlantic Slave Trade)。他方、研究ノート「イギリスの大西洋奴隷貿易とインド産綿織物-トマス・ラムリー商会の事例を中心に-」が、『社会経済史学』第77巻3号に掲載された。本稿では、イギリスの大西洋奴隷貿易が大きく成長した理由を、黒人奴隷の対価となった商品の供給の面から分析し、とりわけインド産綿織物の流通に関わった商業ネットワークを論じたものである。
著者
辛島 理人
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

社会改造と植民地/アジア:この二つが、戦時期(1930年代・1940年代前半)の帝国日本において、どのような関係にあるか?両者の連関を解明することがこれまでの研究の目的であった。そのような問いの事例として戦時期の植民政策学者に焦点をあててきた。これまで、上記のような問題を現代の「東アジア共同体」論との比較の中で検証しようとする小林英夫氏(早稲田大学)や米谷匡史氏(東京外国語大学)、石井知章氏(明治大学)らの共同研究に参加してきた。最終年度の2009年度は、その成果を『一九三〇年代のアジア社会論』(社会評論社)というかたちで出すことができた。また、同時期にオーストラリアを訪問・滞在していた小林英夫氏・江夏由樹氏(一橋大学)・Mariko Takanoi氏(カリフォルニア大学)らと同地で共同討議を行った。
著者
楠本 理加
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

DNA上の損傷はDNAポリメラーゼの進行を阻害し、不完全なDNA複製により、突然変異、がん化、老化、細胞死へとつながる。細胞はこれに対応するため、特殊なDNAポリメラーゼももっている。これらの特殊なDNAポリメラーゼはDNA損傷を鋳型にDNA合成を行うこと(損傷乗り越え複製)ができる。その中でもDNAポリメラーゼη(polη)は紫外線によって主に精製されるシクロブタン型ピリミジン二量体(CPD)というDNA損傷を鋳型こ正しい塩基を導入してDNA合成を行うことができる。また、polηに欠損を示す色素性乾皮症バリアント群患者は、高頻度で皮膚ガンを発症する。しかし、試験管内の反応速度論的解析によるとpolη単独での損傷のないDNAの複製は誤りがちであった。このことから、通常細胞内では忠実度の高いpolα、δ、εがDNA複製を行っており、損傷に遭遇した際、polηにスイッチすると考えられる。私は、損傷部位でのDNAポリメラーゼのスイッチ機構の解明を目的として、ゲルシフト法を用いて、polη単独でのDNA結合活性を調べた。Polηは、一本頬、二本鎖、プライマー/テンプレート型DNAのうち、プライマー/テンプレート型DNAに最も強く結合した。また、CPDをテンプレートに含むプライマー/テンプレート型DNAにも、CPDを含まないプライマー/テンプレート型DNAと同じ活性を示した。このことからpolηは、少なくとも単独ではDNA鎖中のCPDに積極的にアタックすることができないことがわかった。
著者
山下 智也
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は、本研究の実践現場である、日常的な子どもの遊び場・立ち寄り場「きんしゃいきゃんぱす」の活動に力を注いだ一年であった。「実践的研究」の名を掲げ、実践を展開しながらそこから見えてくる知見を研究へと昇華させていく取り組みに挑んでいるからこそ、実践現場自体が魅力的でなくてはならない。毎日の活動を繰り返す中で、その都度出会う出来事に向き合い、課題を乗り越えながら、それを記録へと落としていく作業を行なってきた。その結果、本研究に大いに関連する重要なエピソードを数多く得ることができたとともに、研究の理論化に当たって欠かすことのできない視点を得ることができたことも大きな収穫である。そのように、実践を展開しながら得られたエピソードを元に詳細な分析・解釈を行ない、それによって導かれた知見を立体化させるかたちで、本研究のテーマである「子ども参加」に関しての理論化を試みてきた。具体的には、「子ども参加」場面で野大人-子ども関係の出現・変容過程のモデル図の作成である。それらの成果を学会で発表し、多くの研究者と議論を交わすことを通して、本研究の深みが増し、より充実した理論化へのステップを踏むことができたと考えている。本年度後半においては、それらの成果を博士論文にまとめるというかたちで執筆作業に終始した。博士論文の構想枠組みは完成し、軸となるエピソードの選択とその分析はほぼ終了したことから、来年度前半には博士論文が完成する見込みである。
著者
佐藤 邦明
出版者
島根大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

黒ボク土、マサ土、森林褐色土の水質浄化能と、それらへの木炭、鉄、有機物の添加による水質浄化機能の強化を、水質・土壌分析によって評価した。また、水質浄化前後での微生物群集構造の変化をPCR-DGGE法を用いて調査した。各資材を4000ccカラムに詰め集落排水処理施設への流入汚水を水道水で5倍希釈したものを原水とし、127L/m^2/日の負荷量で浄化実験を行なった。有機物分解能では、黒ボク土とマサ土で高く、平均除去率が90%以上であった。窒素除去においては、黒ボク土>マサ土>森林褐色土の順で硝化反応が進みやすかった。また、有機物の添加によって脱窒が促進された。リンについてはどのカラムからもほとんど流出せず、高い処理能力を示した。PCR-DGGEの結果では、水質浄化前後も変わらず、すべての資材から検出されたバンドが大部分であったが、浄化後の黒ボク土のみから検出されたバンドもあった。また、マサ土では土壌のみよりも、資材を添加した土壌でバンド数の増加がみられた。多段土壌層法による水質浄化において装置内部の水移動及び段数と処理能力の関係を調査した。幅50cm、奥行き10cmのアクリル水槽に、土壌層、通水層ともに5cmの高さで、土壌層が1〜6段の装置を6基作成した。上記汚水を3倍希釈し、1000L/m^2/日の負荷量で浄化実験を行なった。最下層の通水層に仕切りを付け、土壌層からの流出水と、土壌層間の通水層からの流出水を分けて採取した。BODは土壌層下からの流出水の濃度が低く、また3段以上の装置では除去率が90%以上であった。リンについても土壌層下からの流出水の濃度が低くかった。このことから有機物及びリン除去では、土壌層での透水性が重要であった。窒素除去では、初期にはアンモニア吸着により除去され、時間とともに硝化、脱窒反応が進行した。土壌層下で硝酸が低く脱窒が進みやすかったと考えられた。
著者
二本杉 剛
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

ヒトの社会行動の源泉を明らかにすることは、社会経済の制度設計において大変重要である。制度にどのようなインセンティブを含めるかにより、制度の効果は大きく異なる。ヒトの社会行動の源泉を知ることができれば、制度の目的に沿ったインセンティブを知ることができる。本研究では経済実験の手法を用いて観察されているいじわる行動と親切行動を中心に社会行動の源泉を明らかにする。いじわる行動とは、自己の利得を少し下げてまでも相手の利得を大きく下げようとする行動であり、親切行動とは、自己の利得を少し下げてまでも相手の利得を大きく上げようとする行動である。今年度は、実験結果を投稿して、現在、改定要求に対して検討しているところである.また、経済セミナー(経済学の雑誌)及び臨床精神医学、こころの科学(神経科学の雑誌)に研究成果をわかりやすくかつ簡略化して掲載した。実験結果は以下の通りである。被験者は親切にされたときには、吻内側前頭皮質の後部領域の活動があった。この脳領域は、モニタリングやコンフリクトに関わることが先行研究からわかっている。我々の実験は、正の互恵関係がある実験デザインであるため、被験者は将来より良い行動ができるように相手の行動をモニタリングしていたことがわかった。また、相手の親切行動に何かしらの奇妙な意図があると捉えていたことがわかった。つまり、親切にされることとは不自然なことであり、理解し難いことであると認識しているということである。