著者
藤田 護
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

前年度には、文献調査及び予備的現地調査を実施した。これを基に、本年度はボリビアにおける長期現地調査を実施した。この現地調査においては、参与観察の手法に基づき複数の組織(NGO、ラジオ局)において活動に同伴し、これらの機関の補助的業務を自ら担いながら、民族誌的データの収集に尽力するとともに、アイマラ先住民の人々が自らをどう見ているかに関する、現地でも限られた人間しか存在を知らない未公刊の貴重なラジオドラマ資料(脚本、音声資料、視聴者のお便りなど)へのアクセスを多数得るとともに、重要関係者への聞き取り調査を実施し、また現地で公刊されたおもにアンデスの言語人類学と社会人類学に関する文献のさらなる収集作業を行った。これらはすべて日本国内ではアクセスできないデータであるため、今回の現地調査は有意義な結果を上げることができた。これらの作業と並行して、博士論文執筆のための大枠の構成・目次案を定め、研究指導教官および現地で研究上のアドバイスを受けている研究者との打ち合わせを行った。また、アイマラ語での聞き取りデータについては文字起こしを進め、正確さを期すためネイティブの話者との確認作業を継続した。本年度の調査で収集した題材を基にして、博士論文に関するコロキアムを次年度に実施する予定である。また、次年度において、日本では日本ラテンアメリカ学会(使用言語は日本語)で、また現地ではボリビアの国立民族学・民俗学博物館で開催される民族学の年次大会(使用言語はスペイン語)で、本年度の研究成果を部分的に報告することを予定している。
著者
河村 公隆 WANG Haobo
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本研究では、大気中の微粒子、特に有機物からなるエアロゾルに着目し、その組成解析を行うことを目的にする。特に、都市における有機エアロゾルをガスクロマトグラフ・質量分析計を使って解析し、主要な燃料に違いによって大気中のエアロゾル成分にどのような違いが生ずるのかを明らかにする。中国では、石炭が重要な工業的エネルギー源であり、家庭においても石炭・木材の双方が燃料源として広く使われている。一方、ニュージーランドでは、両方のエネルギーが使われており、特に、クライストチャーチでは家庭の暖房に薪を多用するために大気汚染が問題となっているのに対し、オークランドでは石油が一般的につかわれている。二つの主要都市は、冬期に使用するエネルギーの種類において対照的である。そこで、本研究では、ニュージーランドの2つの都市で採取されたエアロゾル試料を分析し、その化学成分の特徴から化石燃料とバイオマスの燃焼の寄与を明らかにすることを目的とした。エアロゾル試料中の有機炭素、黒色炭素、水溶性炭素の濃度を測定するとともに、主要イオン成分を測定した。その結果、冬季の暖房に薪を多用するクライストチャーチでは、有機炭素・黒色炭素の濃度がオークランドにくらべて著しく高いことがわかった。更に、エアロゾル試料から有機成分を分離し、GC/MSによる詳細な解析を行った。その結果、バイオマス燃焼に由来する有機物がクライストチャーチの冬のサンプルで高い濃度を示すことが明らかになった。特に、セルロースの燃焼生成物であるレボグルコサンは最も高い濃度をしめす有機物として検出され、薪の使用が有機エアロゾルの生成に大きく寄与していることを明らかになった。一方、オークランドで採取したエアゾル試料では、原油や石炭など化石燃料の燃焼に起因する有機物(例えば、ホパノイド炭化水素)が高い濃度で検出された。以上の成果は、国際誌であるEnviron.Sci.and Technol.に投稿された。現在、審査中である。
著者
田中 隆之
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は地球方向のダークマターWIMP起源イベントに着目した解析を行った。WIMPは地球でspin-independent散乱を起こして地球の重力場にトラップされた後、地球中心方向に集積され対消滅を起こし、最終的にニュートリノを放出すると考えられている。そこでスーパーカミオカンデ検出器にて今まで取得された3109.6日分の上向きミューオン(upmu)イベントを用いて地球中心からやってくるイベントの到来方向分布を調査した。バックグラウンド源である大気ニュートリノに対して有意なWIMP起源イベントは観測されなかった。そこで、地球中心方向WIMP対消滅起源upmuイベントのフラックスリミット、WIMPと核子のspin-independent散乱断面積リミットを算出した。この手法でspin-independent反応断面積にリミットを付けた他の実験は類が無く、他実験への一つの指標を作ることが出来た。これらの結果はneutrino2010国際会議、Novel Searches For Dark Matter 2010などの国際学会にて発表され、APJ誌に論文を投稿中である。また、現行の解析手法の問題点や誤差、また将来に向けてさらに精度のよい解析手法に関して議論するために、宇宙素粒子研究の世界的な機関であるオハイオ州立大学のCCAPPに赴き一カ月半程度滞在した。そこでは、現行の手法に内在するさまざまな不定性をリストアップしそれらの影響の大きさをまとめた。これらは以前よりニュートリノを用いたWIMP探索に関して多くの研究者が興味、疑問に感じていた部分でありそれらに対する初めて明確な回答が出せたといえる。この研究結果に関してはオハイオ州立大学のCarsten Rott氏との共著論文としてJCAP誌に投稿予定である。以上のようなWIMP解析(昨年度行った太陽方向からのWIMPイベント探索も含む)を柱として、以前から進めていたスーパーカミオカンデでの各種キャリブレーション、upmuイベントサンプル作りに関してなどをまとめ、博士学位論文として執筆した。
著者
牧野 崇司
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

傾斜がマルハナバチの訪問頻度に与える影響背景と目的:花数や蜜量といった、送粉者の訪問頻度に影響する要因の解明は、送粉生態分野のもっとも基本的なテーマのひとつである。植物が生える地面の「傾斜」も、訪問頻度に影響するかもしれない。鳥では、水平方向よりも、斜め上や斜め下への移動に時間がかかる例が報告されている(Irschick&Garland 2001)。このことが送粉者にも当てはまるとすると、斜面では時間あたりに訪問できる花の数が減少し、獲得できる餌の量(採餌速度)が減少することになる。結果として、斜面に咲く花は避けられてしまうかもしれない。これらの予測を検証するため、ふたつの実験を行った。実験内容:両実験とも、網製ケージ内にて人工花とクロマルハナバチの農業用コロニーを持ち込んで行った。人工花は斜面上のどの方向から見ても同じ形に見えるように球形とし、1花を1株として、1.8m四方の板の上に、32cm間隔の格子状に並べた。ひとつめの実験では、クロマルハナバチを巣から1個体ずつ放し、人工花を並べた板の上で採餌させた。途中、人工花を並べた板を水平から垂直まで、5段階の傾斜角(0,22.5,45,67.5,90度)に傾け、ハチの行動をビデオで撮影し、移動速度と採餌速度の測定を行った。ふたつめの実験では、人工花を並べた板を二つ用意し、片方を平面に、片方を斜面(45度もしくは67.5度)にして、同時にハチに提示した。ハチを巣から1個体ずつ放し、それぞれの面での訪花回数を記録し、どちらの花を好んで訪れるのかを調べた。得られた知見:実験の結果、i)傾斜が急なほど花間の移動に時間がかかること、ii)そのために採餌速度が落ちること、iii)ハチは斜面よりも平面の花を好んで訪花することの3点が明らかになった。これらの結果は、斜面に生える植物が、送粉者の誘引において不利な状況にあることを示している。また、こうした植物が、花弁などの誘引器官への投資をふやすような選択をうけている可能性を示す新たな知見である。なお、以上の結果をまとめた論文は、Functional Ecology誌に受理された。また、2008年8月に米国ミルウォーキーで開催されるアメリカ生態学会でも発表した。
著者
斗内 政吉 KIM S. KIM Sunmi
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

平成20年度は現在までに構築しているレーザーテラヘルツ放射顕微鏡(LTEM)のシステム高機能化をを計るとともに、これを使った半導体デバイスの評価を行った。またこの高機能化したシステムに関する特許の申請を行った。以下に研究結果の詳細を示す。前年度までに従来の試料ステージ移動型のLTEMにビームエクスパンダーおよび固浸レンズを組み込むことにより、波長780nmのフェムト秒レーザー光源を使って、空間分解能として1.2ミクロンを達成していた。また、高速イメージングのためにレーザー走査用のガルバノメータを組み込んだ透過タイプのレーザービーム走査型LTEMを構築し、500×500画素のテラヘルツ放射イメージ取得時間を10秒程度まで短縮することに成功していた(従来の試料ステージ移動型では1時間程度必要)。今年度は、このレーザービーム走査型LTEMを、様々な試料に適応可能な反射型に改良し、またレーザー光源については多くの半導体デバイスのベースとなるシリコンを透過可能な1058nmに変更。さらにビームエクスパンダーおよび固浸レンズを組み込んだシステムへと拡張した。このシステムにより、0.5ミクロンのライン&スペース構造を有するテラヘルツ放射素子を用いて実験を行った。その結果、レーザービームをライン間に照射したときに放射される周期的なテラヘルツ放射パターンが観測されており、よって空間分解能として1ミクロン以下を達成した。また、この新システムを用いて、半導体デバイスの一つであるオペアンプのテラヘルツ放射イメージの観測を行った。人為的に配線に断線箇所を作ったオペアンプと正常なものにおけるLTEMイメージにおいて、有意な差を観測した。このようなテラヘルツイメージの差はアンプに外部から何もバイアス電圧等を入力しない場合にも観測されており、このLTEMを使って半導体デバイスの故障評価を非破壊で高速に行える可能性を示している。
著者
見村 万佐人
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は、前年度までに研究した普遍格子(SL_M(II[x_1…x_k])、mは3以上、kは任意の自然数,の形の群のこと)の剛性を深化させて、さらに、曲面の写像類群(以下MCG)。自由群の外部自己同型群(外out(Fn))の研究へ応用した。普遍格子は高ランク(半単純)代数群の格子と同じく性質(T)ともつことがしられている。一方、MCGやOut(Fn)ではKazhdanの性質(T)をもつかどうか知られていない(MCGの方では、もたないというアナウンスがあった)、またFarb Masur(1998)やBridson-wade(2010)の定理により、高ランク格子からMCGないしOut(Fn)への群準同型は像が必ず有限になる。以上のことから、MCGやOut(Fn)は高ランク格子よりも"弱い剛性"をもつと考えられる。報告者は、普遍格子や斜交普遍格子(Sp2m(II[x_1,_,x_k]),mは2以上、kは任意の自然数の形の群のこと)における"性質(TT)'T"と呼んだ性質を導いた。この性質はKazhdanの性質(T)より真に強い性質であり、像型部分が自明表現をもたないようなユニタリ表現係数の2次の有界コホモロジーを用いて記述される。また、報告者は(TT)'Tをもつ可算群からMCG;Out(Fn)への群準同型が必ず有限の像をもつことを示した。これによりFarb-Masur,Bridson-wadeの定理の(斜交)普遍格子への拡張を証明した。また1次元コホモロジーの消滅を(斜交)普遍格子においてβ-シャッテンクラスへの等長表現係数の場合に得た。
著者
真島 和志 PANDA Tarun Kanti
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

前周期遷移金属、および、希土類金属錯体によるエチレンなどのオレフィン類およびブタジエンなどのジエン類の重合反応、また、ヒドロアミノ化やヒドロシリル化といった分子変換反応が盛んに研究されており、その触媒分子の設計は非常に重要な研究対象である。本研究においては、独自に見出した前周期金属-アミド錯体の付加反応を利用してα-ジイミン配位子、また、カルボジイミド配位子との組み合わせにより、ワンステップでチタン・ジルコニウム・ハフニウムを中心金属とする種々のアミド錯体の合成が可能であることを見出した。得られる錯体には非常に電子供与性の高いグアニジン部位が存在することから塩基性の高い金属-アミド結合部位を有しており、そのために不飽和有機分子に対する求核付加のみならず、炭素一水素結合の活性化が可能であることを明らかにした。近年、炭素-水素結合の活性化を利用したヒドロアミノアルキル化反応が活発になっており、その素反応をより容易に進行させるために必要な配位子設計に対する新たな指針を見出すことができた。さらに、希土類錯体においては電子的に大きな柔軟性を持ち、金属中心周りの他の配位子に応じて形状を自由に変えうるα-ジイミン配位子の導入に成功し、新たな希土類金属錯体群の合成法を確立することに成功した。この性質はオレフィン類やブタジエンの重合において、モノマーの立体的・電子的要因に応じてより活性な触媒金属中心を発生させるための触媒デザインにつながる新たな知見である。
著者
瀬恒 潤一郎 PANDA PK
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

新規ポルフィリノイドのビルディングブロックとして新しいビピロール誘導体の開発を行った。フルオレン、フルオレノン、アントラセン、ビピリジンをスペーサーとするビピロールジエステルをヨードピローから3段階で合成した。アルゴン雰囲気下でヨードピロールとパラジウム触媒の混合物にジオキサン、ピナコールボラン、トリエチルアミンを加え、加熱攪拌することによりボリルピロールを約90%(NMR収率)で得た。これを精製せず次の鈴木カップリング反応に用いた。アルゴン下、ボリルピロール、ジハロアレーン、パラジウム触媒、トリフェニルホスフィン、炭酸カリウムの混合物にジメチルホルムアミドを加え、加熱攪拌した。反応の処理後、クロマトグラフィーでカップリング生成物を56-97%の収率で得た.これらのジエステル誘導体をエチレングリコール中、水酸化ナトリウムで2時間加熱して加水分解-脱炭酸し、α位無置換ビピロール誘導体を約90%の収率で得た。従来、特徴あるポルフィリノイドの合成に用いるピロール誘導体はそれぞれに固有の手法を用いて合成されていた。この反応の開発によってポルフィリノイド合成のための多様なビルディングブロックを容易に得ることができるようになったことはこの分野での大きな進歩である。次にこのビピロール誘導体とp-tert-ブチルベンズアルデヒドをトリフルオロ酢酸の存在下で反応させた後,DDQで酸化した。反応混合物をクロマトグラフィーで精製分離し、拡張ロザリン(10-44% yield)を得るとともに、拡張テトラフィリン(0-39% yield)拡張オクタフィリン(0-18%)を得た。
著者
羽田野 慶子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本年度の研究業績は以下の通りである。1.身体をめぐる教育の一つである学校の運動部活動を対象としたフィールド・ワークのデータをもとに、子どものスポーツ実践とジェンダー意識の形成とのかかわりについて考察した論文を執筆し、学会で口頭発表を行うとともに、学会誌へ投稿し、査読つき論文として発表した。調査は関東地方のある公立中学校の柔道部で行なったもので、論文では、女子部員と男子部員が同様の練習に従事しつつも(活動内容におけるジェンダーの平等)、常に男女が空間的に分離される位置関係を保つ様子(活動空間におけるジェンダーの分離)や、男性優位の力関係が壊されないような練習方法が実践されている様子を記述し、子どもがスポーツ実践を通して社会におけるジェンダー関係を学び、身体化していくメカニズムとして描き出した。2.日本における身体をめぐる教育の歴史的展開過程の一環として、昭和恐慌期の東北農村娘身売り問題を取り上げ、当時の新聞記事、および新聞報道を受けて身売り防止運動を大々的に展開した愛国婦人会の活動に関する資料を収集・整理するとともに、売春に関わる女性(娼妓、芸妓、酌婦、女給等)の本籍地別、稼業地別人員統計のデータベース化を行なった。1930年代における東北農村娘身売りの社会問題化は、子どものセクシュアリティに対する教育的介入、とりわけ女子に対する純潔規範の大衆化の契機として位置づけられ、明治・大正〜昭和初期に発展した廃娼運動と、戦後における性教育の展開とをつなぐ歴史的事象といえる。以上の作業で得たデータを用いた論文については、現在執筆中である。
著者
大野 公一 YANG Xia
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

分子やクラスターの平衡構造(EQ)はポテンシャルエネルギー表面(PES)上のエネルギー極小点に相当し、化学反応の遷移状態(TS)はPES上の一次鞍点で近似できる。化学反応は、量子化学計算に基づくPES上でEQとTSを探索することによって理論的に解析または予測できる。しかし、PESは振動の自由度と同数の変数を持つ多次元関数であり、PES全体を考慮したグローバル反応経路探索は非常に難しい課題であった。そのような反応経路ネットワークの探索では、そのネットワーク自身を辿るのが最も効率が良いが、TSからEQへと反応経路を上ることのできる一般的な手法(超球面探索法)を開発し、自動的なグローバル反応経路探索を可能にした。本研究では、超球面探索法を以下の問題に応用した。(1)昨年度に引き続き、星間分子であるアセトアルデヒド、ビニルアルコール、および、エチレンオキサイドを含む組成であるC_2H_4OのPESに本手法を応用し、その反応経路ネットワークの全貌を解析した。さらに、CH_3ラジカルとHCOラジカルなどへの解離極限付近を、それらの電子状態を記述できる量子化学計算と本手法を併用して調べたところ、ローミング機構と呼ばれるラジカル対の再結合反応の遷移状態を初めて見出した。(2)キラリティーを持つ最も単純なアミノ酸分子であるアラニン分子について、そのD体からL体への熱変換反応経路を本手法によって系統的に探索し、4種類のD-L変換経路を見出した。さらに、競合する異性化過程および分解過程を系統的に調べた結果、4種類のD-L変換経路のうちの一つが、最も熱的に有利な過程であることを確認し、アラニン分子を気相中でレーザー光等により過熱した場合には、D-L変換が最も熱的に起こりやすいことを見出した。
著者
川口 大地
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

脊椎動物の大脳発生におけるニューロン産生期には、すべての未分化な神経系前駆細胞が一斉にニューロンに分化するのではなく、ある決まった割合で一部の神経系前駆細胞が選択されてニューロンに分化する。この選択メカニズムとしては非対称分裂が主に考えられてきた。しかし、本研究の前年度までの結果から、この選択にNotch-Delta経路による側方抑制機構が貢献していることがin vitro、in vivoにおけるDll1の過剰発現の実験により示唆されていた。本年度は、Dll1コンディショナルノックアウトマウス(Dll1cKOマウス)を用いた解析を中心に行った。Dll1のニューロン分化選択における必要性を検討した結果、Dll1を少数の神経系前駆細胞でのみKOするとDll1KO細胞は未分化性が維持されたが、殆どすべての神経系前駆細胞でDll1をKOした場合はニューロン分化が亢進する結果が得られた。さらに、Dll1をすべての神経系前駆細胞でKOしたマウス大脳皮質においてニューロン前駆細胞として知られるBasal前駆細胞が一過的に増加することがわかった。この結果は、ニューロン分化が亢進してBasal前駆細胞が増加したが、過剰なニューロン分化亢進により神経系前駆細胞が枯渇して最終的にはBasal前駆細胞の数が減少したことを示唆している。以上の結果は、神経系前駆細胞間におけるDll1の発現量の違いが分化運命選択に寄与している事を示唆しており、側方抑制機構が働いている事が支持された。これまでの結果からDll1の発現細胞はニューロン分化が促進することを示したが、Dll1の発現が細胞増殖や細胞死に与える影響についても検討した。Dll1を過剰発現した細胞が一定の培養期間でどの程度増えたのかを数えた結果、コントロールのDll1を過剰発現していない細胞との差はみられなかった。また、細胞死に関しても核の凝集からその数を調べたが、コントロールと差はみられなかった。従って、Dll1発現は神経系前駆細胞の細胞死や増殖には影響を与えずにニューロン分化を促進することが明らかとなった。
著者
松尾 剛
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は、子どもが話し合い・学び合う授業を実現するための談話ルールの共有を図る熟練教師の実践知を明らかにすることである。平成19年度の調査から、授業の流れの中で児童が実際にルールを運用した際、話し合いの過程と結びつけてルールを明確化、意味づけていくという熟練教師の実践の特徴が明らかになった。本年度は、教育心理学、教育学、社会言語学などの諸領域における関連研究をレビューし、その中に上記の知見を位置づけ、本研究の理論的枠組みを精緻化した。授業における談話ルールの共有過程を捉えるため、「明示的過程」(教師が望ましい談話ルールを言語化して説明)と、「潜在的過程」(実際の話し合いの体験を通じて児童が談話ルールを学び取る)という二つの過程を整理し、各過程の詳細と、機能、その限界性について論じた。その上で、これらの二つの過程の両方を通じて共有化を図る事の重要性について論じた。また、平成19年度の調査において重要性が示唆された、授業の内外の文脈との関連について、上記のレビューで示された枠組みに基づきながら、詳細な検討を行った。小学校低学年の学級における、朝の会と国語の授業における相互作用過程を分析し、以下の知見を得た。まず、教員は朝の会の場を利用して、子どもたちが共通に体験していることを言語化し、共有する。その上で、教師はその体験を枠祖みとしながら授業中の話し合いの体験について意味づけを行う事で、子どもたちが授業において特定の談話ルールを運用する事の意味を実感できる状況作りを行っていた。これまでも理論的には授業内外のつながりの重要性は指摘されてきたが、今回、そのことを実証的に示したという点で、重要な研究の知見であると言える。上記のレビュー、調査はそれぞれ新たに論文にまとめ、教育心理学研究、心理学評論などの学会誌に投稿している(4月1日現在、審査中)。
著者
柿井 一男 ANUSHREE Malik
出版者
宇都宮大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

通気撹拌混合下で自然発生的に生ずる微生物凝集体(フロック)を有機性排水処理に積極的に利用する手法が活性汚泥法である。この水処理法の運転においては、混合培養系である微生物群が相互に沈降性・圧密性に優れたフロックを形成することが必要最低条件である。そこで、この凝集機構を明らかにする目的で、下水活性汚泥から無作為に分離した細菌株を用い、主に二者混合系におけるヘテロ凝集挙動を前年度に引き続いて調査した。これにより、以下のような結果を得た。分離した52株について、二者混合系におけるヘテロ凝集を調査したところ、16S rRNA遺伝子のホモロジー解析からAcinetobacter johnsoniiと同定されたS35株が、その他の複数の分離菌株と良好なヘテロ凝集体を形成することを明らかとした。このAcinetobacter johnsonii S35株の凝集のパートナーは、16S rRNAの遺伝子解析から、Microbacterium、Oligotropha、Xanthomonasの3種類の細菌種に分類されることを示した。また、凝集のメカニズムについて、タンパク質分解酵素、キレート試薬であるエチレンジアミン四酢酸ナトリウム、過ヨウ素酸などを用い、菌体処理を行って調べたところ、凝集メカニズムはいずれも同様ではなく、菌種の組み合わせによって異なることが明らかとなった。その詳細は継続して実験中である。これらの実験で明らかとした結果は次頁の4つの国際的な学術論文誌に受理され、すでに公開している。さらに最後に、Acinetobacter属細菌の16S rRNAに相補的な約20塩基からなるオリゴヌクレオチドを合成し、これを赤色の蛍光試薬であるCy3で標識し、蛍光in situハイブリダイゼーション法を用いて、下水処理場の流入水や汚泥フロック中におけるAcinetobacter属細菌の存在を調査した。用いた2箇所の下水処環場のサンプルにおいて、いずれの場合もAcinetobacter属細菌の存在が確認された。現在は、現場のサンプルにおける凝集のパートナーを同法を用いて調査中である。
著者
高木 昌宏 VESTERGAARD C.M. VESTERGAARD C. M.
出版者
北陸先端科学技術大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

細胞は外部環境に応じて、膜の構造を動的に変化させる。膜の動的構造変化は外部環境応答において重要な役割を担っている。外部環境刺激の中でも、酸化ストレスは極めて重要な刺激の一つでありる。しかし、膜の動的構造変化に着目した酸化ストレス研究は、あまり行われてはいない。本研究では細胞サイズのリボソームを用いて、膜中コレステロールの酸化、および酸化コレステロールを含む膜の動的膜構造について調べた。不飽和脂質dioleoyl-phosphocholine(DOPC)とコレステロールを用いて細胞サイズリポソームを静置水和法で作成した。その後、酸化ストレスとして過酸化水素を用いてリポソームへの刺激を行い、位相差顕微鏡により動的構造変化を観察した。DOPCのみからなるリポソームでは揺動を伴う形態変化は観察されなかった。DOPC/コレステロール両方を含むリポソームでは膜揺動を伴うダイナミックな形態変化が観察された。このリポソームをHPLC分析したところ、酸化コレステロールである7β-hydroxycholesterol、7-ketocholesterolが検出された。膜中の分子断面積を計算したところ、分子断面積の増加がリポソーム膜の余剰表面積を生み、揺動を伴う膜ダイナミクスを引き起こしたと考えられた。そこで、これらの検出された酸化コレステロールをあらかじめ含むリポソームを作成し、膜ダイナミクスを顕微鏡観察により比較検討を行った。その結果7β-hydroxycholesterol、7-ketocholesterolをそれぞれ、または両方を含むリポソームでも、揺動や形態変化などのダイナミクスが観察できた。以上の結果より、酸化ストレスによる膜ダイナミクスには、酸化コレステロールが重要な役割を担っていることが明らかになった。
著者
中牧 弘允 CARLE Ronald Denis
出版者
国立民族学博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

調査研究活動-岐阜県大野郡白川村 平成15年12月18日より24日まで-白川村役場:訪問と集材-白川村荻町区「合掌造り集落」での一般参与観察-野外博物館「合掌造り民家園」で来客との聞き取り調査-大雪の日:旧近所の雪かき手伝い運動と近況聞き取り調査-岐阜県大野郡白川村 平成15年12月27日より平成16年1月元日まで-白川郷荻町八幡神社の年末行事の参与観察-白川村荻町区「合掌造り集落」での一般参与観察-野外博物館「合掌造り民家園」で来客との聞き取り調査-大雪の日:旧近所の雪かき手伝い運動と近況聞き取り調査-沖縄県八重山郡竹富町竹富島 平成16年1月元日より16日まで-竹富島における町並み保存の一般調査:町並み保存の実践に関する聞き取り調査観光業の経営に関する聞き取り調査来客に聞き取り調査-沖縄県八重山郡竹富町竹富島 平成16年3月8日-28日まで-竹富島における町並み保存の調査:町並み保存の実践に関する聞き取り調査と参与観察(保存会委員会、海岸美化運動など)観光業の経営に関する聞き取り調査観光業の行事観察(海開き祭りなど)来客に聞き取り調査学会活動-Anthropologists of Japan in Japan (AJJ) Autumn 2003 WorkshopSofia University, TokyoNovember 1-2, 2003聴講
著者
須賀 隆章
出版者
千葉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

今年度は第一に、源平合戦図屏風の特色を整理し、戦国合戦図屏風を含めた江戸初期の合戦図屏風の表現の特徴を明らかにしようとした。そして第二に、屏風とは異なる媒体を含めた分析を行い、合戦を視覚化することの意味、歴史的実態との関係を見直す作業を進めた。第一の点に関して、源平合戦図屏風でも多くの作品の残る「一の谷・屋島合戦図屏風」の江戸初期の作品に中世の合戦絵巻からの引用と考えられる「首取り」の図像が共通して見られることを確認した。更にこの図像は、同時代の合戦を描く絵巻や戦国合戦図屏風にも見られることを指摘した。「首取り」の図像が繰り返し描かれた背景には、「自己」と結び付くかたちで武士を描かせる享受者の存在が関係している。源平合戦図では戦場における教訓として、戦国合戦図では自らまたは祖先の活躍を示し家の正統性を語るものとして、「首取り」の図像が享受されたことが想定される。第二の点に関して、「東照宮縁起絵巻」(日光東照宮蔵)に描かれた家康像、合戦像を分析した。まず家康は天海や家光の意向を反映して、仏道に発心し武人として成功を収める人物として造形されていることを明らかにした。そして、絵巻にのみ見られる合戦場面は「武」の威光を求める家光の当時の状況と関係していることを指摘し、中世絵巻の構図や図像を利用した上で、家康の合戦での勝利を強調していることを明らかにした。家康の勝利の演出は戦国合戦図屏風にも共通し、彼の勝利を演出する表現は媒体を超えて選択されたとも想定される。以上の分析に共通するのは、過去の作品のイメージをどのように利用したのかという問題である。この問題は他の絵画作品にも共通し、先行研究の蓄積も多い。しかし、本研究が対象とする合戦図屏風や合戦絵巻といった作品では、そのような研究が進んでいるとは言い難く、この問題の検討は武装した武士の姿を描く絵画を位置づける上で必要不可欠な作業である。
著者
森 陽太
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

バテライト形炭酸カルシウムはその熱力学的不安定性から自然界にはほとんど存在しない。しかしながら100nm程度の一次粒子が凝集して二次粒子を形成していることから多孔質体であることが期待されている。材料利用を視野に入れた場合、生成メカニズムや粒子径の制御などその基礎的物性を知ることが重要になる。昨年度はこれらの基礎的物性について引き続き検討を行った。天然セルロースに対しTEMPO触媒酸化を適用することでセルロースミクロフィブリル表面にカルボキシル基を導入することができる。この試料に対し軽微な機械処理することで出発物質に応じた径を有するセルロースナノファイバーゲルが得られる。このセルロースナノファイバと形炭酸カルシウムを複合化についても研究を行った。複合化処理としては未乾燥のナノファイバーフィルムに塩化カルシウム水溶液と炭酸カリウム水溶液を交互に通過させることにより試料の作製を行っている。この試料ではフィルム表面での若干の炭酸カルシウム生成が確認されている。また、セルロースナノファイバーゲル中で緩やかに炭酸カルシウムを結晶成長させた場合、他の高分子ゲル中では見られない200μm程度の特異的な形状を有する結晶が得られた。この花弁状の結晶はセルロースナノファイバの径には依存せず、セルロースナノファイバのような高結晶性で商アスペクト比を有するゲル中で物理的拘束を受けることで特異的に生成すると考えられる。これらの詳細な生成メカニズムについては現在検討中である。
著者
奥山 雄大
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

近年の分類学において、DNA塩基配列に基づく効率的な種認識の方法論の進展は目覚ましいが、一方で特定の遺伝マーカーに基づく被子植物の種分類あるいは種同定の試みは乏しい。これはおそらく被子植物において一般に、形態に基づく分類システムの信頼性が高いこと、また種が遺伝的に単系統群にまとまらないことが多いと信じられていることに起因すると考えられる。しかしながら被子植物の種を簡便に、そして効率的に定義できるような遺伝マーカーを見つけ出すことは、ある植物の個体を十分な形態情報無しに、正確に既記載種に位置づけたり(DNAバーコーディング)、あるいはある系統群の中に隠蔽的な種の多様性を見出したりする(DNAタクソノミー)道を開くため、極めて価値が高い。そこで昨年度に引き続き、核リボゾーム遺伝子のETS及びITS領域を用いて、日本産チャルメルソウ類の種の多様性の再評価を行った。その結果、現在10種が知られているチャルメルソヴ節において少なくとも13の明確な種を認識することができた。これは、被子植物の隠蔽種探索にETSおよびITS領域が有用であることと同時に、極めて最近に種分化を遂げた種群への適用には限界があることも示唆している。また同所的に生育するチャルメルソウ節の種間がいかにして生殖隔離を達成し、種の独自性を保って共存しているかを調査した。200通りにも及ぶ網羅的な人工交配実験の結果、チャルメルソウ節においては種間交雑が稔性を著しく低下させ有害であるにも関わらず、他種花粉を排除する仕組みはあまり発達していないことを明らかにした。一方で野外調査の結果からは、同所的に生育する種間では開花フェノロジーの違い、あるいは送粉様式の違いによって生殖隔離が達成されていることが明らかとなった。
著者
岸 雄介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

転写因子であるSox2は、大脳を構成する神経系前駆細胞において発現しており、その未分化性の維持に重要な役割を果たしていると考えられている。このため、神経系前駆細胞の未分化性の制御機構を理解するためには、Sox2の制御機構の解明が必要だが、これについては未だほとんど知見がない。本研究では、Sox2のタンパク質量の制御や転写活性の制御を明らかにすることを目的とする。本科研費を申請した時点で、i)Sox2が神経系前駆細胞だけでなく分化した細胞でも発現していること、ii)分化に伴って細胞内局在を核内から核外へと変化させる可能性を示唆する結果を得ていた。しかしながら、マウス胎児大脳新皮質の組織免疫染色によってii)がin vivoでも存在するかどうかを検討したところ、残念ながらin vivoにおいてSox2が核外に存在することは確認できなかった。一方、咋年度にSox2の制御をin vivoにおいて検討する過程で、遺伝子の転写制御に重要である事が知られているヒストン修飾を免疫染色によって検討していたところ、その染色強度がニューロンの成熟過程で大きく変化している事を見いだした。ヒストン修飾については、これまで個々の遺伝子座において変化することは知られているが、ここで観察されたように核全体で変化しているという報告は少ない。21年度はこのヒストン修飾の核全体での変化からヒントを得て、核全体でのクロマチンの凝集状態が、ニューロンの成熟過程で大きく変化していることを見いだした。また、この変化がニューロンの成熟に重要な役割を果たしていること、この変化にクロマチンリモデリング因子複合体が重要な役割を果たしていることを見いだした。現在この研究成果についての論文を投稿すべく準備中である。
著者
清長 友和
出版者
近畿大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

H21年度の研究成果は以下の通りである。1.CdSシェル層の形成による金ナノ粒子の表面プラズモン吸収帯の赤外光領域への著しいブロードニングは,金ナノ粒子と硫黄の特異的な相互作用に起因することが明らかとなった。2.Au(コアー)-CdS(シェル)/TiO_2を光電極として用いた太陽電池においてS^<2->/S系の酸化還元対を用いた結果,光電変換効率が大幅に向上した。また,50時間以上経過しても,光電極の劣化は認められなかった。3.Au(コアー)-CdS(シェル)/TiO_2を光電極として用いた太陽電池は,CdS量子ドット増感型太陽電池の約2倍の光電変換効率を示した。4.金ナノ粒子担持SnO_2対極を用いて太陽電池性能の評価を行った。その結果,金粒子サイズの減少にともない光電変換効率が向上することが明らかとなり,金粒子サイズが約6nmの時,金薄膜対極時の約2倍の光電変換効率が得られた。以上述べた通り、当初の目標を概ね達成することができた。