著者
楠見 孝
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.189-206, 2022-03-30 (Released:2022-11-11)
参考文献数
64

本稿は,高校公民科への心理学教育の導入について論じた。最初に,心理学が教科ではなく,公民科の科目の一部として教えられてきたことを述べた。つぎに,米国と英国における高校の心理学は,人気のある選択科目であり,科学としての心理学を重視している点で,日本における公民科「倫理」における心理学とは目標が異なることについて論じた。つづいて,日本の公民科カリキュラムにおける心理学的内容の変遷について述べ,その内容が,青年期の心理や現代思想としての精神分析に重点があり,60年近く変わっていなかったという問題点を指摘した。そして,学会などによるこれらの問題点を解決するための取組みについて述べた。そして,2022年から実施される新学習指導要領の公民科「倫理」において,個性,感情,認知,発達などの心理学の内容が導入されたことについて述べた。また,新学習指導要領における他教科においても,心理学に関連する内容が取り扱われており,科目横断的に学ぶことの必要性を述べた。最後に,教員と生徒における高校公民科への心理学教育の導入に関わるニーズと,心理学者と学会が解決すべき今後の課題について考察した。
著者
丹治 敬之
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.100-114, 2022-03-30 (Released:2022-11-11)
参考文献数
74

本研究は,学習障害等の読み書き困難のある子どもの学習保障や学びの創造をめざして,ICT利用の可能性と今後の研究を展望する。そのために,近年の日本と海外における事例研究及び実証研究から,学習障害のある児童生徒に対するICT活用の効果を整理した。主に,「読み」「書き」「意欲」「自立」「心理的ウェルビーイング」に対するエビデンスに焦点を当てた。これら5つの領域の効果に関する文献検討を行ったうえで,テクノロジー(例えば,音声読み上げ機能,文書作成アプリ,スマートペン,アイデア描画アプリ,音声認識,e-learningシステム)の導入とその使用方略指導が,学習障害の子どもの学習保障と新たな学びの創造に貢献できることが考察された。最後に,GIGAスクールの実現に向けたこれからの日本の学校教育を背景にしながら,(1)ICT活用のアセスメントとフィッティング方法の確立,(2)ICT活用のエビデンス構築,(3)ICT活用を支える学校環境づくり,といった3つの重要な研究課題を提案した。
著者
黒川 雅幸
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.45-62, 2022-03-30 (Released:2022-11-11)
参考文献数
77

本稿の目的は,教育社会心理学研究およびいじめに関する近年の動向を概観することであった。前半では,日本教育心理学会第63回総会における研究発表や2020年7月から2021年6月末までの1年間に刊行された『教育心理学研究』のうち,教育社会心理学研究に関する論文について概観した。後半では,2010年から2021年6月末までのおよそ12年間に,日本教育心理学会総会で発表された研究や『教育心理学研究』において掲載されたいじめに関する論文の動向を概観した。最後に,いじめの定義,学校内で起きるネットいじめ,いじめに関する研究の今後の展望について論じた。
著者
一柳 智紀
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.29-44, 2022-03-30 (Released:2022-11-11)
参考文献数
67

本稿では,2020年から2021年に『教育心理学研究』に掲載された論文と,2021年8月に開催された日本教育心理学会第63回総会で発表された研究を中心に,近年の教授・学習・認知研究を概観した。レビューの視点として「協働学習」に着目し,学習者,教師,学習デザインに関連する研究に分けて整理を行った。その結果,いずれの区分でも協働学習に関する研究は蓄積されていることが示された。また,今後の展望と課題として学習者に関しては協働学習を通じて何が育まれるのかを長期的に明らかにすること,教師に関しては協働学習で扱う課題を生み出す実践的知識について明らかにすること,学習デザインに関してはより柔軟な協働学習のデザインとその中での学習者の学びを明らかにすることが整理された。
著者
岡田 努
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.16-28, 2022-03-30 (Released:2022-11-11)
参考文献数
60
被引用文献数
1

青年期から成人期にかけての最近1年間を中心とした発達研究について概観した。 その結果,青年期以降を対象とした研究の多くは具体的な問題解決を目指した実践に近い研究であり,発達現象そのものを対象とした研究は減少傾向にあった。 日本教育心理学会第63回総会における研究発表については,青年期については親子関係に関する研究が多く見られた。またCOVID-19の影響に関する研究も見られたが,それらは短期的な適応や行動への影響に関するものであり,長期的な発達に対する影響についての研究成果は今後の課題と考えられた。 また研究方法としてのWeb調査の問題,統計処理における誤用の問題などについて言及した。
著者
長谷川 真里
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.1-15, 2022-03-30 (Released:2022-11-11)
参考文献数
54

本稿では,2020年7月から2021年6月までの1年間に発表された,日本における乳幼児期と児童期を対象とした研究の概観を行なった。対象は,2020年7月から2021年6月までに『教育心理学研究』,『発達心理学研究』,『心理学研究』,Japanese Psychological Researchに掲載された研究論文と,2021年に開催された日本教育心理学会第63回総会の「発達部門」のポスター発表である。第63回総会の全体的な特徴を分析した後,子どもの発達の社会的文脈に着目し,(a)対人関係の文脈に関する研究,(b)家族の文脈に関する研究,(c)学級・学校の文脈に関する研究,(d)複合的な文脈に関する研究の4つのトピックから,学会誌論文の概観を行なった。その結果を踏まえ,研究方法,参加者のタイプ,理論の重要性などの観点から今後の方向性を議論した。

1 0 0 0 OA 脳とこころ

著者
坂野 登
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学年報 (ISSN:04529650)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.162-170, 2010-03-30 (Released:2012-03-27)
参考文献数
45

本稿では, (1)著名な心理学者, 神経生理学者, 理論物理学者による脳とこころの関係に関するいくつかの問題提起について検討した。その結果, 脳とこころは, 同一事象の異なった形式でのあらわれであるという立場から, こころの脳への局在性の問題を, (2)モジュラリティ説対勾配説の論争, (3)自閉症において脳の結合性が低いという特徴, (4)こころの理論の脳的基礎に関するfMRI研究の成果を通して紹介し, (5)最後に, 自己あるいは他者のこころの状態を理解する上で, 右半球のセルフレファレンス機能が, 重要な役割を果たしていることが議論された。
著者
藤原 健志 村上 達也
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.311-321, 2020-09-30 (Released:2021-02-18)
参考文献数
45
被引用文献数
5 6

本研究の目的は,小学生を対象として,抑うつに関連する認知と抑うつ症状,そして特性感謝の関連について,短期縦断デザインを用いて検討することであった。小学4年生から6年生598名に対し,対人的感謝と抑うつスキーマ,そして抑うつ症状に関する質問紙調査を2回行った。構造方程式モデリングを用い,交差遅延モデルについて,学年間の多母集団分析を行った。その結果,小学4年生においては抑うつスキーマよりも特性感謝の方がその後の抑うつ症状と強く関連していた。一方小学6年生になると特性感謝よりも抑うつスキーマの方が,その後の抑うつ症状を強く予測することが明らかとなった。抑うつ症状に与えるポジティブ要因とネガティブ要因の影響について考察された。また,抑うつスキーマと抑うつ症状の関連では,抑うつ症状がその後の抑うつスキーマを高めることが明らかとなり,児童期における抑うつ症状形成のメカニズムについても考察された。
著者
生田目 光 八島 禎宏 沢宮 容子
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.205-220, 2022-06-30 (Released:2022-07-12)
参考文献数
74
被引用文献数
4

本研究の目的は,わが国における児童を対象に,ボディイメージの実態を調査し,ポジティブボディイメージを育成するプログラムを開発し,効果を検証することである。研究1では,児童のボディイメージに関する基礎的な検討を行った。まず,小学3年生から小学6年生の児童232名を対象として質問紙調査を行ったところ,わが国においても,ボディイメージの問題は児童期から生じていること,およびその深刻さが示され,早期介入が必要であると考えられた。研究2では,児童を対象としたポジティブボディイメージを育成する全3回の1次予防プログラムを開発し効果を検証した。小学3年生から小学6年生の児童161名を対象に,学級単位で有効性を検討した結果,プログラムによってポジティブボディイメージが高まり,その効果は3ヵ月間維持されることが示された。
著者
酒井 恵子 Takuya Yanagida 松居 辰則 戸田 有一
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.1-13, 2018-03-30 (Released:2018-04-18)
参考文献数
21
被引用文献数
2 2

本研究の目的は,Sprangerの価値類型論に基づき6種の価値への志向性を測定する尺度である「価値志向性尺度」の尺度項目間にみられる順序関係を明らかにし,価値志向性というパーソナリティ特性の構造や成り立ちを解明することである。本研究ではそのための分析手法を新たに開発し「順序関係分析」と名付けた。順序関係分析では,尺度に含まれる2項目ごとに順序関係の有無が判定される。2項目間の相関係数および平均値の差が共に基準以上であれば「順序関係」,相関係数が基準以上で平均値の差が基準未満であれば「等価関係」と判定される。さらにこれらの順序関係および等価関係が樹状図で示される。この分析を,大学生320名(男子156名・女子164名/平均年齢20.0歳)の価値志向性尺度への回答データ(5件法)に適用し,6種の価値志向性(理論・経済・審美・宗教・社会・権力)を測定する6尺度それぞれについて樹状図を作成した結果,Sprangerの理論ともよく対応する特徴的な順序関係が各尺度において見出された。また,今後尺度の妥当性をより高めるべく改良していくための示唆が得られた。
著者
齊藤 彩 松本 聡子 菅原 ますみ
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.237-249, 2020-09-30 (Released:2021-02-18)
参考文献数
71
被引用文献数
5 6

本研究は,思春期の子どもの注意欠如・多動傾向と後の不安・抑うつとの縦断的関連に着目し,小学5年時の注意欠如・多動傾向の高さが学校要因および家庭要因を媒介して小学6年時の自尊感情の低さに関連し,さらに中学1年時の不安・抑うつの高さへと関連するメカニズムについて検討を行った。分析には,縦断質問紙調査により得られた201家庭の子どもとその母親のデータ(対象児が小学5年時,小学6年時,中学1年時の3回の縦断データ)を使用した。母親の評定により子どもの注意欠如・多動傾向,母親の養育のあたたかさ,子どもの不安・抑うつを測定し,子ども本人の自己評定により学校ライフイベントと自尊感情を測定した。パス解析の結果,小学5年時の注意欠如・多動傾向の高さは,学校でのポジティブイベントの少なさ,学校でのネガティブイベントの多さ,母親のあたたかな養育の少なさのすべての要因へと関連を示し,そのうち学校でのポジティブイベントの少なさおよびネガティブイベントの多さが,小学6年時の自尊感情の低さを媒介して中学1年時の不安・抑うつの高さへと関連することが明らかとなった。
著者
澤田 匡人 新井 邦二郎
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.246-256, 2002-06-30 (Released:2013-02-19)
参考文献数
31
被引用文献数
7 2

本研究は, 小学3年から中学3年までの児童・生徒を対象に, 妬み傾向, 領域重要度, および獲得可能性が, 妬み感情の喚起と, その対処方略選択に及ぼす影響を検討することを目的とした。研究1では, 妬みの個人差を測定する単因子構造の児童・生徒用妬み傾向尺度 (Dispositional Envy Scale for Children; DESC) が作成され, 十分な信頼性, 妥当性が認められた。研究2では, 予備調査において, 妬みが喚起される8つの領域と, 16種類の対処方略が見出された。この結果を受けて, 研究2の本調査では, 仮想場面を用いた対処方略の分析が行われた。その結果,「建設的解決」,「破壊的関与」,「意図的回避」の3因子が抽出された。次に, これら3種類の対処方略の選択に関わる要因として, 妬み傾向, 領域重要度, および獲得可能性を取り上げ, 領域別・年齢帯別に因果関係の検討を行った。パス解析の結果, 成績領域を除き, 中学生では領域重要度が妬みの喚起に影響を及ぼしているのに対し, 小学生ではそうした傾向は認められなかった。また, 小学3・4年では, 妬み感情の対処として主に破壊的関与が選択される傾向にあった。さらに, 全ての領域を通じて小学5・6年以降では獲得可能性が高いと妬みを感じやすく, 意図的回避と建設的解決方略を選択しやすいことが明らかにされ, 妬みの対処方略選択に発達差のあることが確認された。
著者
伊藤 正哉 小玉 正博
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.222-232, 2006-06-30 (Released:2013-02-19)
参考文献数
48
被引用文献数
14 6

本研究では, 大学生の主体的な自己形成として自律性, 可能性追求意識, 現状改善意識を取り上げ, これらに影響する内的要因として本来感, 自己価値の随伴性, 自尊感情を検討した。以上の変数を測定する尺度を含んだ質問紙が大学生男女220名に実施された。邦訳された自己価値の随伴性尺度についての尺度分析の結果, その信頼性と妥当性が確認された。多変量重回帰モデルを検討した結果, 本来感は自律性, 可能性追求意識, 現状改善意識に正の影響を与えており, 自己価値の随伴性は自律性には負の影響を与えている一方で, 現状改善意識には正の影響を与えていた。また, 自尊感情は自己形成に影響を与えてはいなかった。以上の結果から, 大学生の主体的な自己形成の理解において, 単なる自尊感情の高低に注目する視点を精緻化させ, 本来感と自己価値の随伴性を考慮する有用性が考察された。
著者
植木 理恵
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.50, no.3, pp.301-310, 2002-09-30 (Released:2013-02-19)
参考文献数
20
被引用文献数
31 16

本研究の目的は, 学習方略との関連から高校生の学習観の構造を明らかにすることである。学習観を測定する尺度はすでに市川 (1995) によって提案されているが, 本研究ではその尺度の問題点を指摘し, 学習観を「学習とはどのようにして起こるのか」という学習成立に関する「信念」に限定するとともに, その内容を高校生の自由記述からボトムアップ的に探索することを, 学習観をとらえる上での方策とした。その結果,「方略志向」「学習量志向」という従来から想定されていた学習観の他に, 学習方法を学習環境に委ねようとする「環境志向」という学習観が新たに見出された。さらに学習方略との関連を調査した結果,「環境志向」の学習者は, 精緻化方略については「方略志向」の学習者と同程度に使用するが, モニタリング方略になると「学習量志向」の学習者と同程度にしか使用しないと回答する傾向が示された。また全体の傾向として, どれか1つの学習観には大いに賛同するが, それ以外の学習観には否定的であるというパターンを示す者が多いことも明らかになった。