著者
伊藤 真人
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.9, pp.1353-1357, 2022-09-20 (Released:2022-10-01)
参考文献数
3

新生児聴覚スクリーニング (新スク) は全国で87.6%の新生児に実施されているが, 新スクでの難聴疑い (Refer) 後の確定診断時期や, 確定診断後の言語獲得, 特に音声言語獲得のための最適な療育体制の整備は立ち遅れていると言わざるを得ない. これは, 本法では医療, 療育, 政策など全般にわたる難聴児への介入の体制整備が不十分であることが原因である. 難聴幼少児の療育の問題点は次第に行政にも知られるところとなり, 国会議員有志や難聴診療・療育関係者, 文部省・厚生労働省を交えた検討が2017年から行われ, その提言を経て, 2018年度に長崎県主導で厚生労働省平成30年度障害者総合福祉推進事業「人工内耳 (CI) 装用難聴児に対する多職種による介入方法の実態調査」が行われた1). さらに2019年4月10日に設立された国会議員による難聴対策推進議員連盟における検討により, Japan Hearing Vision が策定され, 難聴児対策の提言がなされた. これを受けて, 厚生労働省は難聴児の療育に関する科学研究費補助金研究を公募し, GC-16 公募研究課題「聴覚障害児に対する人工内耳植込術施行前後の効果的な療育手法の開発等に資する研究」の一環として, CI 後の適切な療育手法にかかるガイドラインの作成が行われた. ガイドラインの対象者は, 耳鼻咽喉科医, 小児科医, 言語聴覚士, 聴覚特別支援学校教員, および児童発達支援センターや児童発達支援事業などの指導員を含めた, 全ての難聴児および青年の診療・療育に携わる従事者である. ガイドラインでは, Ⅰ. 新生児聴覚スクリーニング, Ⅱ. 先天性サイトメガロウイルス感染症, Ⅲ. 難聴診断後の療育, Ⅳ. 人工内耳植込後の療育, Ⅴ. 先天性高度難聴青年の療育について, エビデンスに基づく推奨を記載した. 聴覚障害児の療育がガイドライン等により最適な方法で行われれば, CI 装用後の言語獲得効果もさらに向上することが期待される. その結果, 厚生労働行政における「障碍者の社会参加の機会の確保」にとって大きな利益をもたらすものと考えられる.
著者
宮崎 総一郎 北村 拓朗 野田 明子
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.122, no.12, pp.1475-1480, 2019-12-20 (Released:2020-01-09)
参考文献数
21

24時間社会の今, 人々の生活スタイルは夜型化し睡眠時間は確実に減少している. 短い睡眠時間でも日常生活に問題なければよいが, 実際には睡眠不足によりもたらされる影響は, 肥満, 高血圧, 糖尿病, 心血管病, 精神疾患等多岐にわたり, 看過できるものではない. 睡眠は「疲れたから眠る」といった, 消極的・受動的な生理機能ではなく, もっと積極的かつ能動的であり,「明日によりよく活動するため」に脳神経回路の再構築 (記憶向上), メンテナンス (脳内老廃物の除去) を果たしている. 睡眠不足や質の悪い睡眠は認知症の促進因子となり, 逆に, 質の良い睡眠は抑制因子となることが近年明らかにされてきている. また, 耳鼻科医が関与することの多い閉塞性睡眠時無呼吸は間歇的な低酸素や高二酸化炭素血症, および頻回な覚醒反応により, 肥満・高血圧・糖尿病・脂質代謝異常症などの生活習慣病と深く関連していることが報告されている. さらに最近の研究で, 認知症発症に対して睡眠時無呼吸が影響を及ぼしていることがいくつかの大規模研究によって示されている. 今後, 睡眠の観点からも認知症予防に取り組むことが必要であり, 特に30代から50代までの若い世代の睡眠不足や睡眠障害,睡眠時無呼吸に対する早期診断, また若年者からの睡眠教育が第1次予防として重要であると考える.
著者
森 恵莉
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.123, no.7, pp.557-562, 2020-07-20 (Released:2020-08-06)
参考文献数
47

多様なにおい分子を受容する嗅覚受容の仕組みが, 徐々に解明されてきている. 嗅覚障害の臨床研究においても, 着実に広がりと進歩を見せている. ヒトが “におい” として感知できる物質は, 濃度や組み合わせ, 温度や湿度などの環境によってもにおい方が全く異なる. 約400種類の嗅覚受容体により, におい物質の交通整理がなされ, 嗅球に情報が送られるシステムは, まだ未解明な部分も多くある. においを感じることができなくなる嗅覚障害は, その先の豊かな生活や人生の選択肢を奪ってしまう. 嗅覚障害の主な原因疾患として慢性副鼻腔炎が挙げられるが, 感冒に伴う嗅覚障害や, 原因が特定できない特発性嗅覚障害も比較的多い. 神経変性疾患との関連も最近は注目されている. 難病指定された好酸球性副鼻腔炎は特に嗅覚障害が重度であるが, ほかの嗅覚障害に比して治療による効果が最も明瞭であり, 治療成績の向上が期待できる. 感冒に伴う嗅覚障害の多くは自然軽快する. 回復が長期に渡る場合は, 嗅覚刺激療法や漢方薬による治療効果も今後は期待されている. 原因が特定できない高度嗅覚障害については, 脳腫瘍を含めた中枢性疾患が存在していることもあり, 頭蓋内病変鑑別のため, 頭部 MRI や神経内科依頼も念頭に置くべきであると考える. また, 職業歴や趣向などから有機溶媒や化学薬品などの使用歴有無の聴取は, 重要な問診事項であると考える.
著者
髙尾 なつみ 榎本 浩幸 木谷 有加 田中 恭子 井上 真規 小林 眞司 折舘 伸彦
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.123, no.5, pp.371-376, 2020-05-20 (Released:2020-06-05)
参考文献数
16

アデノイド切除術後の合併症として鼻咽腔閉鎖不全を来すことがあるが, 多くは保存的加療で消失する. 今回アデノイド切除術後に重度の開鼻声を生じ改善に外科的治療を要した一症例を経験した. 症例は5歳女児. 両側滲出性中耳炎, アデノイド増殖症に対し両側鼓膜チューブ留置術, アデノイド切除術を施行した.術後より聴力は改善したが, 開鼻声を来し発話明瞭度が低下した. 手術4カ月後から言語訓練を開始したが改善せず, 上咽頭ファイバースコピー, X 線所見より先天性鼻咽腔閉鎖不全症と診断し7歳9カ月で自家肋軟骨移植による咽頭後壁増量法を施行し症状は改善した. 術前予見可能性および発症後の対応について検討したので報告する.
著者
神前 英明
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 (ISSN:24365793)
巻号頁・発行日
vol.125, no.5, pp.853-860, 2022-05-20 (Released:2022-06-01)
参考文献数
66

アレルゲン免疫療法は, アレルギー性鼻炎に対する高い有効性が示され, 長期的な寛解や治癒が期待できる唯一の方法である. 本邦では2014年からスギ花粉の, 2015年からダニの舌下免疫療法が開始され, 皮下から舌下へ投与ルートが変わり, アナフィラキシーショックなどの重篤な副作用が減少した. 実際に, スギ花粉とダニの舌下免疫療法には比較的高い有効性があり, 患者満足度も高い. しかしながら, アレルゲン免疫療法の治療期間は長期にわたり, 全ての患者に効果をもたらすわけではない. さらに, 治療前の効果の予測や治療効果の判定に有用な普遍的なバイオマーカーはない. アレルゲン免疫療法を行うことでなぜ長期寛解が得られるか, その全貌はまだ明かされていない. しかしながら, 基礎的アプローチにより徐々にそのメカニズムの解明が進んでいる. 免疫寛容を誘導することで, アレルギー性鼻炎の症状が緩和されると想定され, 皮下免疫療法と舌下免疫療法は, おおよそ同じ作用機序であると考えられている. 口腔内の粘膜下には, 免疫寛容を誘導しやすい樹状細胞や制御性 T 細胞が多数存在する. 抗原を取り込んだ樹状細胞が, 所属リンパ節で抗原提示を行い, 制御性 T 細胞, 制御性 B 細胞が誘導され, IL-10, IL-35, TGF-β を産生し, 抗原特異的T細胞, B 細胞を抑制する. 抗原特異的 IgG4 が誘導され, 抗原特異的 IgE の阻害抗体として働く. また, 花粉症に対するアレルゲン免疫療法では, アレルゲン曝露による末梢血の2型自然リンパ球の増加も抑制される. アレルゲン免疫療法の普及に従い課題も見えてきた. 効果の増強, 治療期間の短縮, バイオマーカーの確立, ノンレスポンダーへの対応などに向けた検討が必要である. アレルゲン免疫療法は, 高濃度の抗原を反応させることで, ヒトの免疫システムを大きく動かし, 症状の改善に結び付けている. ヒトの免疫のしくみを理解する上でも興味深い治療法である.
著者
賀来 美寛
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.73, no.2, pp.182-201, 1970 (Released:2007-06-29)
参考文献数
101
被引用文献数
2

鼻副鼻腔疾患に栄養が大きく影響していることはすでに知られているが, ビタミンE (以下Eと略す) は近年多くの研究がなされているにもかかわらず, 耳鼻咽喉科領域での基礎的系統的研究は皆無といつてよく, そこでまず萎縮性鼻炎, 血管神経性鼻炎, 慢性副鼻腔炎, 肥厚性鼻炎の患者につき正常者を対照として血清中E量を測定し, 又全例にE負荷後血中値を測定した.最も低値を示したのは萎縮性鼻炎であり, Eとその病態成立が最も密接な関係にあると思われたが, 血管神経性鼻炎, 慢性副鼻腔炎においても正常者より低値を示し, 何らかの関連は否定出来ないと推考した.次に慢性副鼻腔炎の上顎洞粘膜につき病型別にE量を測定し, 又正常家兎及び実験的副鼻腔炎を惹起した家兎副鼻腔粘膜を螢光法による組織化学的検索及びミクロラジオオートグラフイにより観察した所, E定量では線維型は浮腫型, 化膿型に比し低値を示したが, E負荷による変動はいずれの型にもほとんど認められなかつた. 螢光法ではEはわずかに上皮, 腺に認められたが正常粘膜と病的粘膜の間に螢光の差は認められず, Eの負荷による螢光の増加も認められなかつた. オートラジオグラムでは上皮, 腺にグレインが観察された.さらに実験的E欠乏家兎の鼻粘膜を全身諸臓器と共に病理紹織学的に検索した所, 全身臓器ではすでに報告されている如き変化を得, 鼻粘膜では短期欠乏群で萎縮変性がみられ, 長期欠乏群では萎縮性が強く, 慢性炎症性所見がみられ, 純然たるE欠乏のみによる変化と断定は出来ないにしてもE欠乏により鼻粘膜にも病的変化を来す事は疑いないと断定した.
著者
杉浦 彩子 文堂 昌彦 鈴木 宏和 中田 隆文 内田 育恵 曾根 三千彦 中島 務
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.123, no.8, pp.737-744, 2020-08-20 (Released:2020-09-01)
参考文献数
29

水頭症患者における聴力変化がしばしば報告されており, 相対的内リンパ水腫によると推測されている. 今回われわれは2012年1月~2018年3月の間に正常圧水頭症に対するシャント手術を受け, 術前後で聴力検査を行った高齢者53名において聴力変化についての検討を行った. 術前の聴力は半数以上に中等度以上の感音難聴を認めた. 術後の聴力は53名全体では一部の低音域において有意な低下を認めたが, 250~4,000Hz の5周波数平均聴力が 10dB 以上変動した症例は12例あり, 聴力悪化が8例 (15.1%), 聴力改善が4例 (7.5%) であった. 聴力の変化無群と悪化群, 改善群でそれぞれ年齢, 性, シャント部位, シャントシステム, バルブ圧, 認知機能, 身体機能等を比較したが, 有意差を認めるような特性はなかった. 悪化群では術前の聴力は変化無群と違いがなかったものの, 術後の左低音域の聴力が有意に悪かった. また, 改善群では術前の聴力が低音域・中音域・高音域とも変化無群より悪く, 術後には差がなくなっていた. 相対的内リンパ圧上昇による聴力悪化と, 相対的外リンパ圧上昇による聴力悪化の解除と, 両方の病態が考えられた. 高齢者ではもともとあった加齢性難聴にこのような聴力変化が伴うことで, 術後補聴器装用となった例もあり, シャント術のリスクの一つとして留意する必要があると考えた.
著者
志賀 英明 三輪 高喜
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.124, no.6, pp.835-839, 2021-06-20 (Released:2021-07-01)
参考文献数
15

新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) 患者の多くが嗅覚障害の自覚症状を有するため, 嗅覚障害の診断と治療の重要性がクローズアップされてきた. 耳鼻咽喉科医には, これまで以上に嗅覚障害に十分な備えをもって診療に取り組むことが求められている. 嗅覚検査には閾値検査, 識別検査と同定検査の三つの要素を兼ね備えた形式が望ましい. 基準嗅力検査は, 検知域値で閾値検査を, 認知域値で閾値検査と同定検査の性格を有しており, 識別検査の要素を取り入れた改良を試みる必要がある. 基準嗅力検査の問題点として検査後の室内に立ち込める悪臭が挙げられるが, 脱臭装置の改良やにおい吸着板を壁に装着した防臭室の開発なども期待される. 認知症スクリーニングにおける嗅覚検査の有用性が明らかになっているが, 本邦では研究用としてスティック型とカード型の嗅覚同定能力検査キットが市販されている. 嗅覚障害の原因部位診断は経験を要するが, 近年のイメージング研究により嗅覚障害では原因疾患にかかわらず嗅球の萎縮と成熟嗅細胞減少を認めることが示唆されている. 嗅覚研究の課題としては上記のほか, 嗅上皮マーカーの開発, 経鼻的薬物投与方法, 嗅覚刺激療法, 運動療法, 異嗅症の治療法, および COVID-19 に伴う嗅覚障害の診断などが挙げられる. 世界に先駆けて嗅覚障害診療ガイドラインを発刊した本邦では, 耳鼻咽喉科学における嗅覚研究分野の裾野は広がりつつあり, さらなる発展を期待したい.
著者
岡本 浩一郎
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.115, no.10, pp.887-893, 2012 (Released:2012-11-23)
参考文献数
12
被引用文献数
2

“外転神経麻痺”と“三叉神経第1枝 (V1) 領域の疼痛”の組み合わせはGradenigo症候群として知られ, 側頭骨錐体尖部 (以下, 錐体尖部) の病変を示唆する. Gradenigo症候群の患者のみならず, 耳鼻科的・眼科的疾患や脳病変の検索のために撮像されたCT・MRIで, 錐体尖部病変が認められることがある. これらの病変は, 耳鼻科的診察では直接視診・触診などすることができず, 内視鏡でも観察することが困難で, 生検なども容易ではない. 病変が積極的な耳鼻科的治療の対象か否かの判断に, 画像診断の果たす役割りが大きい.偶然発見される錐体尖部病変のうち, 治療的介入を要しない正常変異や病変は ‘Leave me alone’ lesionsといわれ, 介入を考慮する疾患と区別することが必要である. 偶然発見される代表的な ‘Leave me alone’ lesionsには(1)錐体尖蜂巣の左右差による非対称性錐体尖部骨髄, (2)錐体尖蜂巣内液体 (滲出液) 貯留, (3)脳瘤がある. これらの病態や疾患を, 耳鼻科的介入を考慮すべき錐体尖部 (破壊性) 病変と区別するためには, 錐体尖部の正常画像解剖の理解と, 日常臨床上重要な錐体尖部 (破壊性) 病変の画像所見の知識が必要である.
著者
坂田 俊文
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.122, no.5, pp.732-737, 2019-05-20 (Released:2019-06-12)
参考文献数
14

耳閉感とは「耳がつまった」,「耳がふさがった」,「何かに覆われた」などと訴えられる聴覚異常感である. 外耳疾患, 中耳・耳管疾患だけでなく, 内耳疾患, 後迷路疾患でも発現し得る. 多くの症例では耳閉感以外の症状や諸検査によって比較的容易に診断できる. 一方, オージオグラムで低音障害を示すものと無難聴例では確定診断が得られ難いことがある. 容易に診断がつかない場合には, 耳管機能不全と急性低音障害型感音難聴の可能性を継続的に観察する. 耳管機能不全では鼻すすり型を含めた耳管開放症を診断するため, 耳管閉鎖処置や耳管開放処置などを行いながら, 耳閉感の変化や鼓膜所見の変化を観察する. また, 急性低音障害型感音難聴は自覚症状があってもオージオグラムが正常な時期があるので, 純音聴力検査で低音障害を捕らえるまで一定期間観察する. また, 低音障害がある場合はグリセロールテストも有用である. ちなみに低音障害の気骨導差は伝音障害と感音障害の鑑別に必ずしも有用でない. これらのほかに診断しにくい疾患としては, 上半規管裂隙症候群, 乳突蜂巣内の慢性炎症, 顎関節症などがあり, 慢性的な感音難聴も耳閉感の原因となる. 耳閉感を訴える患者の中には診断困難な例や, 診断できても難治な例があり, 少なからず QOL を悪化させる. 耳閉感の早期改善や完全消失が困難な場合には, 疾患に対する十分な説明が必要であるほか, 認知行動療法の要素を取り入れた診療, TRT 療法など耳鳴治療に準じた対応が有用な例がある. 聴覚補償が必要な難聴があれば, 補聴器適合が望ましく, 耳閉感を克服しやすくなる. 耳閉感の苦痛が強い患者は, 少なからず失聴恐怖や破局視などを抱えていることがあるので, 適切な情報提供により正しい認知が得られるよう導くことも大切である.
著者
將積 日出夫
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.121, no.10, pp.1243-1249, 2018-10-20 (Released:2018-11-21)
参考文献数
20

遅発性内リンパ水腫は先行する高度感音難聴にメニエール病様のめまい発作あるいは対側の聴力変動を来す疾患群である. 先行する高度難聴耳と内リンパ水腫症状の原因耳の関係から同側型, 対側型に分けられる. 平成26年5月に「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法) が制定され, 遅発性内リンパ水腫は第2次指定難病 (平成27年7月1日施行) に選定された.「難病法」による医療費助成の対象となるのは, 原則として「指定難病」と診断され,「重症度分類等」に照らして病状の程度が一定度以上の場合である. 遅発性内リンパ水腫の診断基準は, A. 症状 (4項目), B. 検査所見 (5項目), C. 鑑別診断からなる. 指定難病には症状の4項目および検査所見の4項目に該当する確実例のみである. 遅発性内リンパ水腫の重症度分類は A. 平衡障害・日常生活の障害, B. 聴覚障害, C. 病態の進行度の3項目がある. 医療費助成の対象となるのは, 平衡障害では両側の半規管麻痺, 聴覚障害では両側 40dB 以上, 病態の進行度では不可逆性病変が高度に進行して後遺症を認めるものと定義されている. 遅発性内リンパ水腫の治療としては, 保存的治療として有酸素運動等の生活指導, 心理的アプローチ, 浸透圧利尿剤等の薬物治療, 機能保存的手術治療として内リンパ嚢開放術, 選択的前庭機能破壊術として内耳中毒物質鼓室内注入, 前庭神経切断術が行われている. 近年, その治療選択として低侵襲の治療から開始し, 有効性が確認されない場合に, 次の段階へ進む段階的治療選択法が提唱された. 中耳加圧療法は, 保存的治療に抵抗した難治例に対して手術治療の前に考慮される新しい治療法である. 新型鼓膜マッサージ機は経済産業省平成24年度課題解決型医療機器等開発事業「難治性メニエール病のめまい発作を無侵襲的に軽減する医療器機の開発」により作成され, 平成29年9月に中耳加圧装置として一般的名称がつけられた.
著者
北島 尚治 北島 明美 北島 清治
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.123, no.1, pp.55-62, 2020-01-20 (Released:2020-02-05)
参考文献数
24

耳管開放症は耳管が開放しているために鼻咽腔内の音や圧が低減衰のまま中耳に伝わる疾患で, 耳閉感や自声強聴, 自己呼吸音の聴取などが主訴となる. 症例は開放耳管を伴うダイバー患者14例である. ダイビングトラブルに関する詳細な問診, 耳管機能検査を含めた神経耳科的検査を施行した. 耳管機能検査には音響法とインピーダンス法を用いた. 14例中8例が耳違和感, 1例が中耳気圧外傷 (MEB), 5例が内耳気圧外傷 (IEB) であった. MEB 症例のうち1例は圧変動性めまい (AV) を生じていた. 14例中8例が浮上時に発症し, 急速潜降した2例で AV と IEB を生じた. 正常ダイバーとの比較で音響法・インピーダンス法ともに有意差を認めたが, 各患者の正常耳と患側耳との比較では音響法でのみ有意差を認めた. 内耳障害の有無での比較では, 耳管機能に有意差を認めなかった. 開放耳管ダイバー患者は急速潜降で内耳障害を生じやすく, 急速な圧変化に加え耳抜き時の過剰加圧が原因と思われた. 浮上時の IEB は中耳腔含気が膨張し蝸牛への過大な圧力を引き起こしたためと考えられ, 浮上速度を遅め嚥下運動で経耳管的に圧を逃がすことが対策と考えた.
著者
五島 史行 堤 知子 小川 郁
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.116, no.8, pp.953-959, 2013-08-20 (Released:2013-10-09)
参考文献数
17
被引用文献数
4 4

片頭痛関連めまいは通常型の片頭痛とめまいが共通の病因によって生じると考える疾患単位として提唱されたものである. 原因不明の反復性めまい患者には片頭痛関連めまいが含まれていると考えられる. 本邦における片頭痛関連めまいの臨床像を明らかにするため, 外来めまい患者を対象に検討を行った. 片頭痛関連めまいの診断基準として, めまい発作の反復, 国際頭痛分類の診断基準を満たす片頭痛を有するか, 既往がある, めまい発作に同期して, 片頭痛の症候 (片頭痛性頭痛, 音過敏, 光過敏, 閃輝暗点) があったことがある, 一側性の関連を想定させる難聴がない, 他の疾患が除外できる, を用いた. 553名のめまい外来患者のうち片頭痛関連めまいと診断した症例は46例 (8.3%) であった. 典型的な片頭痛関連めまい患者の臨床像は, 30~40台の女性であり, めまいを発症する以前から片頭痛を発症し, 1~10年前から年に一度程度の, 頭痛を随伴した1~24時間程度続く回転性+浮動性のめまいを認める症例である. 片頭痛関連めまいの診断基準に難聴のある症例を含めるかどうかについてはメニエール病との鑑別の問題もあり, 議論がある. めまいを反復し難聴を認め, 片頭痛を合併した症例の扱いについては今後の検討が必要である.