著者
鈴木 允
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.2, pp.125-145, 2018 (Released:2022-09-28)
参考文献数
32

本稿では,愛知県東加茂郡賀茂村の『寄留届綴』を用いて,大正期の山村からの人口流出の実態を検討した.寄留届に記載された寄留先や寄留者の属性,寄留年月日を入力したデータベースを用いた分析から新たな知見を見出し,人口流出が人口動態に与えた影響を考察した.その結果,寄留者の大部分は若年層で占められ,その多くが県内への寄留であった.中でも,10代~20歳前後での一時的な近隣への単身寄留と,20~30代の世帯主とその同伴家族による都市部への寄留が多数を占めていた.前者では,結婚前の10代女性が女工として働きに出る寄留が目立ち,こうした動向が結婚年齢の上昇や大正期の出生率低下に影響を与えた可能性が考えられた.後者では,大都市への寄留者がそのまま都市内にとどまる傾向が見出され,都市人口の増加への寄与が考えられた.人口移動が都市化や人口転換に与えた影響をより動態的に解明していくことが,今後の課題である.
著者
中島 虹 高橋 日出男 横山 仁 常松 展充
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.1, pp.24-42, 2018-01-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
34
被引用文献数
1

本研究は,東京タワーの5高度(4, 64, 169, 205, 250m)における気温観測値(2001~2010年度)を用いて,晴天弱風夜間の東京都心における温位鉛直分布の特徴を明らかにした.解析に先立ち,強風時には鉛直方向に温位が一様となることを仮定して,観測値を補正した.通年の晴天弱風夜間を対象に,毎時の温位傾度鉛直分布にクラスター分析を施し,温位の鉛直分布を類型化した.このうち,下層から上層まで安定な場合や上層が強安定で下層が弱安定な場合は,冬季(11~2月)にはその頻度が夜半前から増加し日の出頃に極大となるが,夏季(5~8月)には全く現れない.上層の強安定層は都市上空の安定層の底面とみなされ,冬季夜間の混合層高度は約200mまたはそれ以上と考えられた.この高度は1960年代の観測結果よりも高く,都市化の影響が示唆された.また,温位鉛直分布の時間変化には,鉛直混合の促進・抑制とともに上空安定層底面の上昇・低下の関与が考えられた.
著者
梶田 真
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.1, pp.79-96, 2018-01-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
66

本稿では,第二次世界大戦期周辺における都市内部構造研究,具体的にはHoytの扇形モデルと,HarrisとUllmanによる多核心モデルが提起されたプロセスと背景を検討した.世界大恐慌,そして第二次世界大戦による研究活動や資料利用の制約の下で,これらのモデルは,軍務やビジネスといった実務を通じて得られた資料や議論を通じて構築された.一方,ShevkyとBellによる社会地区分析の出現は戦後,これらの制約が解消され,資料公開の進展や分析技術の発展によって研究者に新たな地平が開かれたことを示す,象徴的な成果であった.
著者
中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.2, pp.67-85, 2017-03-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
32

本稿は,医療供給主体間の関係から長崎県における医療情報システムの普及過程を明らかにした.大村市で構築されたシステムは,参加施設数の増加ペースをあげながら県全域に普及した.県内スケールでみると,普及促進機関による協調行動が,異なる利害をもつ主体による共通のシステムの運用を可能にした.また,普及促進機関による職能団体との協調およびコスト負担の軽減を通じて,市町の領域を超えてシステムが普及した.市町内スケールでみると,長崎市や大村市では,地域医師会や地域薬剤師会における信頼関係が,診療所や薬局のシステムの普及に重要な役割を果たしていた.システムの普及は単なる技術的な問題ではなく,地域間で異なる職能団体の特性に依存することが明らかになった.本稿の結果は,情報通信技術が社会インフラとして機能するため,その普及や効果に地域差が生じる要因をさまざまな空間スケールから解明することの必要性を示唆している.
著者
加賀 美雅弘 Peter MEUSBURGER
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.72, no.8, pp.489-507, 1999-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
67

本稿は,19世紀末のオーストリア・ハンガリー帝国領内における地域間格差を,住民の健康状態に着目して明らかにすることを目的とした.帝国は広大な領域を持ち,国内にある地域間格差がヨーロッパ全域の地域構造を把握する際にきわめて有意義であることが指摘されていながら,地理学においてはこれまでまったく議論されてこなかった.本稿では,『軍統計年鑑』に掲載されている徴兵検査結果に注目し,地域差を呈する住民の健康状態から地域間格差を論じた.具体的には,健康状態を全般的に示ずと考えられる身体の衰弱と低身長,さらに異なる地域的要因を持つ疾病として甲状腺腫,クレチン病,歯の疾患を取り上げ,その地域差を検討した. これらの地域差を描写した結果,徴兵検査に代表される住民の健康状態の地域差が,地域の経済水準や医療・衛生施設の整備,生活水準の地域差と関わること,この地域差が地域外から流入するイノベーションや地域住民のイノベーション受容によって規定されるとの解釈を提示した.19世紀後半は,帝国において鉄道建設をはじめとする近代化が進行した時期にあたり,健康状態の地域差はかかる近代化のプロセスの地域差を反映するものであるといえる.
著者
田村 百代
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.71, no.10, pp.730-752, 1998-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
56
被引用文献数
1 1

『コスモス』において具体的に論じられた「地球の物理学」という自然地理学思想を対象とし,その形成過程,コスモス論および「自然画」との関係を取り上げる中で,Humboldtが主張する自然地理学の本質とその思想的背景を考察した.その結果,Humboldtの自然地理学の本質は,ニュートン主義の物質理論を基盤とした空間内の自然諸現象の力動論的考察にあることが明らかとなった。Humboldtの自然地理学は,基本力(引力・斥力)を持つ物質微粒子(原子)の運動を前提とし,空間内に共存する自然諸現象を物質のレベルでとらえ,数量化に基づきながら自然諸力(重力・熱・光・電気・磁気・化学親和力)の作用に還元するという力動的機械論の地理学であった.Humboldtが主張する力動論の地理学思想の背景には,宇宙はすべて力学の諸法則に従って運動する物質から成り,自然界のすべての結果は物質上の原因によるというニュートン力学影響下の物理学思想が存在している.
著者
菊池 慶之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.83, no.4, pp.402-417, 2010-07-01 (Released:2012-01-31)
参考文献数
115
被引用文献数
2 1

1980年代後半以降,郊外核の成長や情報通信技術の発達により,それまでのオフィス機能の立地が抜本的に変化しつつあると指摘されるようになった.特にガローの示したエッジシティは,従来のオフィス機能の立地に関する研究に,肯定的にも懐疑的にも大きなインパクトを与えた.そこで本稿では,エッジシティが提示された1990年代以降の北アメリカ,西ヨーロッパ,日本の3地域におけるオフィス機能の立地研究を,面的な分散と再集中の視点から整理した上で,オフィス機能の立地に関する研究の地域的な差異と,その背景を検討した.3地域における研究動向の整理の結果,北アメリカのオフィス立地研究ではグローバリゼーションとの関わりによる脱中心化と再中心化が論点になっているのに対して,西ヨーロッパでは都市政策や社会的・経済的な発展段階とオフィス立地との関係が主要な論点となっていることが明らかになった.今後,日本においても分散や再集中がその都市独自の動きなのか,都市システムの再編やグローバリゼーションに基づく広範な傾向なのかを明らかにするために,都市間,地域間での比較を通した実証的研究の蓄積が必要である.
著者
梶田 真
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.4, pp.362-382, 2012-07-01 (Released:2017-11-03)
参考文献数
54
被引用文献数
1

本稿では,1990年代末期から2000年代中期にかけて主としてイギリスにおいて展開した政策論的(再)転回をめぐる論争を跡づけ,その内容を考察した.この論争の焦点は,反計量の動きから多様なかたちで展開していった1980年代以降のイギリス地理学の動きが政策的関わりの観点からどのように評価することができ,どのような可能性を持っているのか,ということにあった.この論争では,これらの研究がローカルな地域/政府スケールの政策に関して強みを持っていることが強調される一方で,その他のアプローチとの建設的な補完関係の構築や統合的な活用の重要性も主張された.また,建設的なかたちで公共政策に貢献する地理学を実現するためには,複線的な戦略が必要であることも示唆されている.
著者
北川 博史
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.67, no.12, pp.858-881, 1994-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
36
被引用文献数
2 2

電気機械工業における複数立地企業の事業所展開について1企業グループを単位とした生産工場の展開を分析し,生産工場の機能的な変化を考察した.国内生産工場の設立は1960年代後半から1970年代前半と1980年代の2時期に集中し,海外においては国内生産工場の設立時期直後に集中する.国内生産工場は製品別に事業グループをなし,企業内分業が行なわれている。本社を中心とした首都圏とその周辺には各事業グループの統括工場や最終組立工場の集積がみられる一方で,国土縁辺地域においては,相対的に労働集約度の高い部門に特化する.R&D機能のなかで開発・設計機能は首都圏とその周辺に限定されるが,最終組立工場へ開発・設計機能の一部が移管される傾向にある.一方,国土縁辺地域においては,生産技術開発部門の移管が積極的に行なわれているが,企業内組織のなかでは依然として分工場としての位置にある.
著者
山口 哲由
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.84, no.3, pp.199-219, 2011-05-01 (Released:2015-09-28)
参考文献数
42
被引用文献数
2 2

近年,山地では環境保全に関心が集まっているが,本研究では,中国雲南省シャングリラ県の村落を対象に,山地の移動牧畜での家畜群の季節移動経路や日帰り放牧の範囲を把握することで,放牧地内部での負荷の分布状況を明らかにした.放牧負荷は,垂直的な環境変化に応じた季節移動により分散傾向にあり,過度の負荷が生じている部分はほとんどみられなかったが,一部の幹線道路沿いに負荷が集中する傾向もみられた.一方で県全体の放牧地に関する統計資料の分析からは,高山草原の希薄な放牧利用に対して標高が低い放牧地への負荷の偏りが推測された.山地の過放牧対策は,これら標高による負荷の偏りや移動牧畜での放牧地利用による負荷の偏りにも配慮する必要がある.その場合,生産様式の理解を目的とした垂直性の概念に基づく移動牧畜の分析だけではさまざまなスケールで生じる負荷の偏りを把握することは難しいため,水平的な家畜群の移動や分布状況も踏まえた負荷分布の把握が求められる.
著者
森山 昭雄
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.67-92, 1987-02-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
31
被引用文献数
10 7

本稿は,東濃地方と三河山地東部地域に分布する土岐砂礫層と明智礫岩層とが相互に対比されることを明らかにし,当時の古水系とそれらの砂礫層堆積後に生じた地殻変動ならびに地形発達を論じたものである.土岐砂礫層と明智礫岩層は同時期に堆積したものであり,これらの砂礫の供給源が木曽川(付知川)水系であることを論証した。また,従来知られていなかった活断層が三河山地には数多く存在することを明らかにして,その断層地形と断層面を記載した。これらの断層群は東西圧縮応力場で生じた共役の断裂系であり,そのほとんどが土岐面形成後に活動したことを明らかにした.さらに,木曽川・土岐川・矢作川の大規模な流路変遷と水系変化に着目して,断層ブロック運動に先行する大規模な波状変形が起こったことを推論した.
著者
阿部 康久
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.73, no.9, pp.694-714, 2000-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
30
被引用文献数
2 1

昭和初期の東京とその周辺地域を対象として,中国人労働者の集住地区が衰退していった過程を,政府や地方自治体の外国人政策の変化や,、都市労働市場の状況との関係から検討した.1920年代前半に日本へ来住した中国人労働者の就業構造は,昭和恐慌の発生によって一変した.1930年には中国人建設・運搬労働者の半数近くが失業するほどになり,彼らに対する排斥運動も深刻化しっっあった.そのため,この年には,失業者を中心に帰国希望者が相次ぎ,日本政府の斡旋により中国人労働者の大量帰国が実施された.1920年代後半期には,政府による中国人に対する強制送還も厳格化された.まず,1926年末頃から,窃盗などの検挙者を中心に送還者数が増大した.1929年頃からは主な送還対象者が不正入国者や無許可労働者に拡大され,1930年には送還者数が最大になった.これらの政府の諸政策によって,隅田川・荒川沿いの地域などに居住していた中国人労働者は帰国を余儀なくされ,彼らの集住地区は衰退していった.
著者
多々良 啓
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.50-63, 2022 (Released:2022-04-02)
参考文献数
20

本稿では,北海道浦河町を事例に,地域おこし協力隊員とその経験者を対象に,隊員間で行われる支援に着目し,その実態を示すとともに,支援が生じる背景を関連するアクターの経歴をもとに考察した.その結果,先に着任した隊員が後輩隊員に対して,「人脈紹介」,「事業・活動の連携」,「相談役としてのサポート」を行っていることが明らかとなった.また,地域おこし協力隊員の中間支援に携わるUターン者や地域住民が,隊員間の支援の起点となり,サポートを受けた者が新たに着任した隊員をサポートする「支援の連鎖」が生じていることを示した.これらは地域おこし協力隊員自身の経験や, Uターン者,地域住民の経験から生じている.本稿では,「支援の連鎖」が生じている一例を示したが,これらを継続・強化するためには,支援に関わるUIターン者や地域住民のコミュニティを広げ,キーパーソンの負担を軽減することが必要だと考えられる.
著者
岩井 優祈 松井 圭介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.68-81, 2022 (Released:2022-04-26)
参考文献数
41
被引用文献数
5

本稿は茨城県鹿嶋市における中心商業地を事例に,店主の経営をめぐる意識を明らかにしたものである.鹿島神宮に隣接する中心商業地では,地元客に加えて観光客の来訪がみられる.そのため本研究では,店主が重視する客層に着目しながら,彼らの経営をめぐる意識を分析した.その結果,店主の大半は依然として地元客を重視しており,その主たる背景には店主の高齢化および人手不足が関係していたことが判明した.一方で観光客対応に積極的な店主は,年齢が比較的若く,大型店の郊外進出に伴う中心商業地の衰退への危機感を抱いていた.観光客の往来が多い通りに店舗が立地することも,観光客対応を促進させる一因であった.一方,創業当時から地元の常連客を重視する店舗では,観光客の来訪は必ずしも望まれていなかった.商店会長らの経営をめぐる意識も踏まえると,鹿嶋市中心商業地では観光客よりも地元客に向けた経営が今後より一層優勢になると予想される.