出版者
大東文化大学
巻号頁・発行日
2015

中国において書はいかにして芸術となったか。本論は、その答えを、書を芸術としてみることを可能にするような「思想」の形成過程に探ろうとする。書を批評することは、およそ後漢の頃にはじまり、魏晋南北朝に盛んになった。それはいわゆる「書論」として結実する。書についての思想を尋ねようとするなら、第一に参照しなければならないのはそうした書論であろう。しかし、書という芸術を支える思想の形成過程を考えるとき、狭義の書論のみを研究対象とするのでは不充分である。もとより書は領域横断的な文化であり、書をめぐる思想は、さまざまなテクストに散在しているからだ。本論は、このような視座に立って、書論のみならず、文字学、言語哲学、文学論、画論といった分野のテクストを互いに接続し、交差させる。それによって、書をめぐる「思想」が形成されてゆくダイナミックな過程を浮かび上がらせようとした。
著者
矢島 道子
出版者
日本古生物学会
雑誌
化石 (ISSN:00229202)
巻号頁・発行日
vol.66, pp.34-41, 1999-09
被引用文献数
2

メアリ・アニング研究が進んできて, メアリの全貌が少しずつ明らかにされてきた.これは古生物学史が, 英雄伝説ではなく, 社会全体の古生物への認識がどのように変化してきたかを探る, 新しい方向で進み始めたことでもある.ただし, トレンズが1995年に強く批判しているにもかかわらず, 実際には, メアリの紹介がいまだ, 子供時代の発見に集中している.新しい古生物学史もまだ歩み始めたばかりである.科学史家がさらに声を大きくして主張していかねばならない.1998年, イギリス古生物学会はアマチュアへの賞をメアリ・アニング賞と改名した.メアリ・アニングは真のアマチュアであろうかという問題もあるが, ここには, 古生物学を誰が担っていくのかという大きな問題がかくれているように思う.メアリ・アニングの生きていた時代には, 化石の発見そのものが学問を大きく進めていたから, 古生物学者と化石採集家が共同作業をしていたと思う.現在のように化石について研究することと, コレクターとして化石を蒐集することが別ではなかった.化石の研究者と採集者が協力して, 化石への理解を深めていたように思う.現在でも古生物学の本質は変わらないと思う.古生物学者はその学問の意図を多くの人々に明確に示さなければならないだろうし, コレクターは学問の動向を警戒するとはいわないまでも, もっと注目していかなければならないであろう.メアリ・アニングの研究史を通して, もっと古生物学が身近なものになり, 実り豊かな古生物学の研究が生まれてくることを祈る.
著者
坂田 敦志
出版者
くにたち人類学会
雑誌
くにたち人類学研究 (ISSN:18809375)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.1-23, 2015

2014年2月のロシアによるクリミア半島制圧およびその後のウクライナ東部の一連の情勢に見られるように、1989年の「冷戦」終結以降、旧社会主義圏は一段と混迷を深めている。本稿では、ネーションをめぐる諸力が国家の枠組みを超えて錯綜するこの圏域にいかにアプローチするかという問題意識の下、「ポスト社会主義の優等生」と目され、西側諸国が先導するネオリベラリズム路線を着実に歩んでいるかに見えるチェコ共和国において、「ポスト社会主義」と括られる新しい時間・空間が実際にはどのように生成され、生きられているのか、その一端に迫る。具体的には、1989年の体制転換から二十余年が経過した2010年5月8日にプラハ郊外ヴィートコフの丘で催された第二次世界大戦戦勝65周年を祝う国家式典において、相反する二つの「時代」を背負った無名戦士の遺灰がヤン・ジシュカの騎馬像下部の霊廟内に並置された出来事を題材に、この出来事に、葬り去ったはずの「歴史」の痕跡を見出すことで、チェコ史における様々な「時代」、様々な文脈、様々な対立軸を組み直しながら進展する「歴史」をめぐる闘争が、二つの遺灰を基点に焦点化され、組織化されるさまを素描する。
著者
西岡 祖秀
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.474-468,1230, 2006

The Country of Shambhala is an ideal Buddhist kingdom described in the <i>Kalacatantra</i>. The 25<sup>th</sup> generation Raudracakrin king of this country is said to win the final war with Islam, and revive Buddhism. When the <i>Kalacakratantra</i> was introduced to Tibet after the 11th century, it was widely accepted by Tibetan Buddhists. 'Jam-dbyangs-bzhad-pa (1648-1722) and Sumpa-mkhan-po (1704-1788), who were great scholars of the dGe lugs sect in the 18th century, wrote Chronological Tables of Tibetan Buddhism. The enthronement of the king of Shambhala is stated in both chronological tables, and the revival of Buddhism by the Raudracakrin king is predicted. This paper provides a general description of the Country of Shambhala from the <i>Dang po'i rgyas dpal dus kyi 'khor lo'i lo rgyus dang ming gi rnam grangs</i> of Klong-rdol-bla-ma (1719-1805), who was a great scholar of the dGe lugs sect.
著者
新井 通郎
出版者
二松學舎大学
雑誌
二松学舎大学人文論叢 (ISSN:02875705)
巻号頁・発行日
vol.70, pp.98-115, 2003-03-25
著者
須永 恵美子
出版者
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
雑誌
アジア・アフリカ地域研究 (ISSN:13462466)
巻号頁・発行日
no.12, pp.157-191, 2012

This paper aims to study historical discourses of Pakistan in the context of the modern Islamic world. Although the history of Pakistan has long been a subject of study, there is little agreement on the define of Pakistani people or Pakistan itself. School textbooks offer a key to understanding how Pakistani people share a historical view of the dynamic transformations in South Asia. Here, I analyse historical discourses to show the historical perception of Pakistan based on primary documents written in Urdu: for example, textbooks for Urdu language and Pakistan Studies for Pakistani students (primary and secondary level), published by the Punjab or Sind state government textbook board. Textbooks are categorised into four periods: first, the Islamic Sultanate State to the Mughal period; second, the British colonial period to the freedom movement; third, Kashmir and the national security force; and fourth, multi-ethnicity and the Islamic brotherhood. I will clarify the historical discourses and determine the image of nationhood in Pakistan.
著者
廖 宸一 廣井 慧 梶 克彦 河口 信夫
出版者
一般社団法人情報処理学会
雑誌
情報処理学会研究報告. UBI, [ユビキタスコンピューティングシステム] (ISSN:09196072)
巻号頁・発行日
vol.2015, no.13, pp.1-7, 2015-05-04

本研究は,店舗のホームページやブログからクーポンやキャンペーンなどのイベント情報を抽出する方法を提案する.この方法を利用してユーザはをひとつひとつの店舗のホームページの閲覧を必要とせず,イベント情報抽出の網羅性と効率性を支援できる.本提案は Web ページブロック分割およびイベント情報認識の二つのタスクから構成される.一つ目のタスクでは Web ページをタイトルや説明文や日付などのイベント情報を含むブロックに分割する.従来の研究は特定なタグ,画面構成あるいはブロックの機能などを特徴量として Web ページを分割することが多く,半構造化データのイベント情報抽出が難しかった.本研究では HTML 構造解析に基づいて Web ページをブロックに分割する.二つ目のタスクとは分割されたブロックから不用な情報を取り除くため,イベント情報を識別する.本研究では機械学習の手法を用いてイベント情報の識別を実現する.名古屋駅地下街 「エスカ」 と 「ユニモール」 にある店舗 96 軒を対象として行った検証実験とその結果を示す.
著者
川島 重成
出版者
国際基督教大学キリスト教と文化研究所
雑誌
人文科学研究 (キリスト教と文化) = Humanities: Christianity and Culture (ISSN:00733938)
巻号頁・発行日
no.39, pp.47-72, 2008-03-31

報復の正義は現代においても未解決の問題である。古代ギリシア人はこの問題にどのように対処したか ―― これを問い直すことで、ギリシア文学における「人間とは何か」を考える。 ギリシア語の〈ディケー〉=正義は、端的に「報復」を意味する。しかも人間社会のみならず、自然界をも貫く原理であり、人間の振舞いを見張る力として女神〈ディケー〉ともなる。 『イリアス』は報ディケー復を内包する名ティーメー誉をめぐる叙事詩である。アキレウスはアガメムノンに対する怒りを募らせ、「ゼウスの名誉」を希求するに至る(第9歌)。この「ゼウスの名誉」は英雄社会の習いとしての名誉=応報観に基づくものでありつつ、同時にそれ以上の何かを指し示している。それが『イリアス』第24歌のトロイア王プリアモスとアキレウスの出会いに結実する。憂いなき神々との対比から生じた、悲惨の中にこそ輝く死すべき人間としての品格を二人の英雄が敵・味方の区別を越えて互いに感嘆しあう―― ここにほとんど奇跡的に「人間に固有のもの」が形をとったのである。 ギリシア悲劇『オレステイア』の第一部『アガメムノン』におけるクリュタイメストラの夫アガメムノン殺害は、『イリアス』では暗黙の前提として受容されていたトロイア戦争の正ディケー義を問う行為であった。復讐が復讐を呼ぶこの悲劇は、ゼウスの正義とアルテミスの正義、男女の在りよう、国家の法と家の血の絆の真向からの対決を描く。〈ディケー〉が孕む深刻な問題 ―― 一方の正義は他方から見れば不正義でありうる、という問題 ――は、人間世界では遂に解決を見ず、第三部『エウメニデス』で、アテナイの裁判制度の縁起にまつわるアテナ女神の英断 (オレステスの無罪判決) を待つしかなかった。これは復讐の女神 (エリニュエス) の恵みの女神 (エウメニデス) への変容 (本質的にはゼウスの変容) を伴なう宇宙大の出来事であった。 このアイスキュロスの壮大な実験は、しかしギリシア文学史ではついに一エピソードに終わった。エウリピデスの『ヒッポリュトス』は、愛の女神アプロディテが純潔の女神アルテミスのみを崇拝する青年ヒッポリュトスに神罰を下す悲劇である。アルテミスはヒッポリュトスを救うことも、彼の悲惨に涙することもない。むしろアプロディテの愛するアドニス殺害を暗示して去っていく。両女神はいわば夏と冬のように自然の秩序=報復の〈ディケー〉の反復を担っている。その神々の世界の円環が閉じた外側で、瀕死のヒッポリュトスと父テセウス ―― アプロディテの代理人とされて息子に呪いをかけた ―― は、過誤の告白と赦しの言葉をかけあう。エウリピデスはギリシアの伝統的な神々の世界の枠組が崩壊した後の時代、やがてキリスト教の福音が種播かれるに至る土壌を、はるかに指さしていた。