著者
栗原 秀輔 瀬野 瑛 澤村 一
出版者
一般社団法人日本ソフトウェア科学会
雑誌
コンピュータソフトウェア (ISSN:02896540)
巻号頁・発行日
vol.25, no.4, pp.52-59, 2008-10-28
被引用文献数
2

多値議論の論理は不確実な知識を基に不確実な問題に対して議論を可能とする.本論文では,LMAのソーシャルウェブ:SNS,Wikipediaへの応用を述べる.これらは,現在および未来の情報社会に最も影響を与えるであろうソーシャルウェブアプリケーションだと言われている.SNSについては,mixiのマイミクシィへの登録承認をLMAをもとに判断するエージェントを提案する.Wikipediaについては,Wikipediaの削除問題に着目し,LMAをもとにその問題の原因となった記事を削除するべきか否かという問題について議論し,削除依頼による議論の分析を行うエージェントを提案する.
著者
熊谷 嘉隆
出版者
公立大学法人 国際教養大学 アジア地域研究連携機構
雑誌
国際教養大学 アジア地域研究連携機構研究紀要 (ISSN:21895554)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.1-8, 2016

秋田県内には集落単位で数多くの民俗芸能が継承されている。各民俗芸能は集落の歴史や誇りが凝縮されており、加えて集落の絆を深める極めて重要な行事でもある。一方で、それら民俗芸能の多くは後継者・資金不足、集落内外での興味の低下等からその存続が危機に瀕しているものが少なくない。平成5 年に秋田県教育委員会が実施した「秋田県民俗芸能緊急調査」では315 件の民俗芸能が把握されたが、本調査(平成22〜24年実施)で確認できたのは275 件であった。つまり過去19 年間で38 件(毎年2件)のペースで県内から民俗芸能が消滅していることになる。また、民俗芸能によっては今後数年以内に消滅を免れないであろうものも散見され、各集落はその存続に懸念を抱いているが有効な対策が講じられないまま現在に至っている。一方でいくつかの民俗芸能保存団体では従来にない取り組みによって存続を図ろうとする動きも見られ、今後は「存続と消滅」の二極化が進むと思われる。本稿では平成22年度から3 年間、文化庁の「地域伝統文化総合活性化事業」により実施した秋田県内の民俗芸能調査を踏まえ、そこから浮かび上がってきた現状・課題、そして今後について検証する。
著者
宮城 愛美 西田 昌史 堀内 靖雄 市川 熹
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会論文誌. D, 情報・システム = The IEICE transactions on information and systems (Japanese edition) (ISSN:18804535)
巻号頁・発行日
vol.90, no.3, pp.732-741, 2007-03-01
参考文献数
17
被引用文献数
2

本研究では,視覚と聴覚に障害のある盲ろう者が,指点字を使用して参加可能な会議システムについて検討した.盲ろう者が指点字,健常者が文字を使用する会議システムを想定する際,メディアの違いに起因して,盲ろう者の発言と読取りが困難な状況が予想される.指点字による発信・受信を保証するため,発言の伝達情報量と呈示速度を制御する「発言権」という機能を導入した.指点字の入出力を模擬したインタフェースを使用して,32人の被験者によるシミュレーション実験を行い,「発言権」を評価した.提案システムにおいてグループ内の被験者で同程度の発言回数・発言文字数が達成され,機能の有効性が示された.また,盲ろう者が参加したシステム評価実験により,試作した会議システムの実現の可能性が見出せた.
著者
尾形 良子 今野 洋子
出版者
北翔大学
雑誌
北翔大学北方圏学術情報センター年報 (ISSN:21853096)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.57-62, 2008

大学祭企画において実施した「猫カフェ」の効果についてのアンケート調査の分析を第1報で行った。本研究は第2報として来場者の自由記述を対象に,来場者にとって猫カフェがいかなる経験であったのかについて質的分析を行うことを目的とした。本研究においてグレーザー派のグラウンデッド・セオリー・アプローチを用いることにより,以下の諸点を明らかにすることができた。1.猫カフェは「一期一会」の経験であった。2.猫カフェにおいて人(来場者)は動物(猫)との相互作用によって満足感を得,動物とのふれあいの楽しさや効果を改めて認識していた。3.短時間の中でも,人と動物は一時的ではあるが一定の限定的な関係形成を成し遂げていたと言える。
著者
吉田 和彦
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
オリエント (ISSN:00305219)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.24-39, 1997

There is no positive evidence that Hittite scribes employed the signs including voiced and voiceless stops in a contrastive manner to distinguish between voiced and voiceless values. On the other hand, they probably made consistent use of orthographic single and double stops in intervocalic position to indicate lax and tense qualities or short and long qualities, respectively. From a historical viewpoint single stops continue Proto-Anatolian voiced stops and double stops Proto-Anatolian voiceless stops. The contrast between single and double spellings is generally observed in the case of laryngeals, fricatives and sonorants as well. An immediate question to be raised at this point is whether the same contrast is found between intervocalic single -<i>z</i>- and double -<i>zz</i>-. I will discuss this problem by analyzing the distribution of 3sg. present active endings of <i>mi</i>-conjugation, -<i>Vzzi</i> and -<i>Vzi</i>.<br>As for <i>a</i>-stem and <i>u</i>-stem verbs, the sequence -<i>Vzi</i> is attested side by side with the sequence -<i>Vzzi</i>; e. g., <i>ar-nu-uz-zi</i> "brings" vs. <i>ar-nu-zi</i>. The sequence -<i>Vzi</i> is most naturally explained by the so-called "simplified spellings". Because the signs <i>az</i> and <i>uz</i> are relatively complicated, Hittite scribes must have spelled the ending without <i>az</i> or <i>uz</i> sign. In general the simplified spellings -<i>azi</i> and -<i>uzi</i> are rare in Old Hittite, but outnumber the unomitted spellings in later Hittite. In any event the alternation between <i>z</i> and <i>zz</i> in the sequences of -<i>a</i>(<i>z</i>)<i>zi</i> and -<i>u</i>(<i>z</i>)<i>zi</i> is of no linguistic contrast.<br>In the case of the -<i>IZ</i>-<i>zi</i> sequence, however, scribes had no motivation for omitting <i>IZ</i> because <i>IZ</i> is a very simple three-stroke sign. Nevertheless, there are a small number of examples in -<i>izi</i> or -<i>ezi</i> with <i>z</i> in Old Hittite texts represented by <i>ú-e-mi-zi</i> "finds" KBo VI 2 IV 12 and <i>i-e-zi</i> "does" KBo VI 2 I 60 (both in Old Hittite originals of Law texts). It is noteworthy that these examples all go back to Proto-Anatolian forms characterized by an ending with voiced *<i>d</i>; <i>e. g.</i>, <i>ú-e-mi-zi</i><*<i>au-ém-ye-di</i> and <i>i-e-zi</i><*<i>yéh<sub>1</sub>-di</i>. An obvious inference to be drawn from this fact is that both *-<i>ti</i> and *-<i>di</i> underwent assibilation at a pre-Hittite stage; the ending *-<i>Izzi</i> with <i>zz</i> reflects *-<i>ti</i> and -<i>i</i>/<i>ezi</i> with <i>z</i> reflects *-<i>di</i>, just as geminated stops reflect voiceless stops and single stops reflect voiced stops. I would like to argue that these verbs, though limited in number, preserve a notably archaic feature, resisting to generalization of -<i>Izzi</i> with <i>zz</i>.<br>The above result has a further consequence if we are right in assuming that Proto-Anatolian voiced stops as well as voiceless stops got assibilated before *<i>i</i>. Unlike *<i>t</i> and *<i>d</i>, Proto-Indo-European voiced aspirate *<i>dh</i> never got assibilated in Hittite. The non-assibilation of *<i>dh</i> before *<i>i</i> is supported by the 2sg. imperative <i>i-IT</i>(<*<i>h<sub>1</sub>í-dhi</i>) "You go!". Consequently, Proto-Indo-European *<i>d</i> and *<i>dh</i> show different outcomes before *<i>i</i> in Hittite. This will be a piece of evidence for a view that Proto-Indo-European *<i>d</i> and *<i>dh</i> had not been merged at the stage of Proto-Anatolian.
著者
坂田 明
出版者
日本プランクトン学会
雑誌
日本プランクトン学会報 (ISSN:03878961)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.21-23, 2003-02-25

私が淡水のミジンコ類を飼育採集するにいたった経緯は、自宅で飼育する金魚、タナゴ類、メダカ等の稚仔魚の餌料生物として、ミジンコが適当であると考えたからであります。私が、ミジンコを中心にしたプランクトンを観察してきたのは大体20年位です。しばらくして、あまりの面白さに、『ミジンコ倶楽部』などを結成し、10年ほど、そこらじゅうで「ミジンコだ」、「ミジンコですよ」、「ミジンコがいますよ」、などと叫んで歩いたわけですね。そうしたら、民百姓の諸君も面白がって、おまけにぞろぞろとミジンコの研究者が釣れた訳です。
著者
野間 俊一
出版者
一般社団法人日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.45-51, 1999-01-01
参考文献数
15

ドイツにおける心身医学の現状を概観した。ドイツではすべての大学医学部に, 心身医学科あるいは精神療法科が設置され, 心身医学や医学的心理学の研究・教育に従事している。1992年に精神療法医学の専門医制度が導入された。バード・ノイシュタット心身症病院では, 集団療法や独自の身体療法によって, 狭義の心身症, 神経症, 人格障害, 嗜癖の治療に当たっている。また, ドイツの心身医学者としてGroddeck, Weizsacker, Uexkullの理論を素描し, さらに近年ドイツで話題になっている, 健康保持のメカニズムに焦点を当てたサルトジェネシスという医療観を紹介した。
著者
白井 千晶
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.55-75, 2014-03-05

妊娠・出産した女性が養育困難である場合、子どもを養子とする(養子に出す)ことによって親権を終了する特別養子縁組という選択がある。本稿では、当事者が養子縁組を決めるまでの経緯を語った語りをもとに、どのような背景と意思決定があって特別養子縁組で子どもの養育を託すことに決めたのかを分析する。データは筆者がおこなった15人の女性へのインタビューである。養子に出す意思決定に影響する要素は、①フォーマルな福祉へのアクセス、②インフォーマルな福祉へのアクセス、③自分が養育しないことを最善とみなす、④人工妊娠中絶の非選択、⑤養子縁組以外の選択肢の非選択、⑥若年、である。公的福祉制度があってもそれへのアクセスを拒否すること、アクセス不能である場合があること、養子に出す意思決定は複合的で、当事者性、プロセス性があることを提起した。
著者
赤崎 正一 戸田 ツトム 寺門 孝之 橋本 英治 久本 直子 Shoichi AKAZAKI Tztom TODA Takayuki TERAKADO Eiji HASHIMOTO Naoko HISAMOTO
出版者
神戸芸術工科大学
雑誌
芸術工学2012
巻号頁・発行日
2012-11-30

出版メディアにおける「絵本」というカテゴリーは、現代のビジュアルデザインの世界に内在する「アナログ」と「デジタル」の製作技法上の乖離・矛盾について検証するのに、両者のバランスが非常によくとれた作業課程を包含している。また同時にデザイン成果物としての「絵本」は、単に「読まれる」ことで完結してしまうのではなく、周辺に「読み聞かせ」や「ライブペインティング」などのパフォーマンス的な実践をともなってダイナミックな共同性(=協働性)の環境を発展させる可能性をふくむ媒体である。本研究においてはビジュアルデザイン学科でこれまで開催された特別講義のうち、飯野和好(絵本作家)・森ゆり子(読み聞かせ活動)・荒井良二(絵本作家)の3 氏による3 回分を講義記録・パフォーマンス実践事例として書籍化・公刊する。またその際に、出版にいたる作業課程そのものが、学内スタッフを中心とした「エディトリアルデザイン」の制作実現の事例となるよう目的化して作業をすすめていく。11 年度年度末には学内版として一旦完成して納本したものを、さらに細部にわたってバージョンアップしたものが左右社を版元として、12 年秋を予定して刊行の予定であり、本報告はその内容にしたがって、構成されたものである。Picture books, as a category of publication media, is produced through a process which involves technical conflicts and contradictions between "analog" and "digital" inherent in today's visual design. At the same time, picture books as products, unlike ordinary books which are "completed" by simply being read, are a medium assumed to entail dynamic collaboration through reading and live painting sessions.The purpose of this course was to compile and publish a book based on three special lectures presented by Department of Visual Design. The speakers of the lectures were Kazuyoshi Iino (a picture book author), Yuriko Mori (a specialist of picture book reading) and Ryoji Arai (a picture book author). The production of this book itself was designed to be a practice case of editorial design by staff.The book was completed and delivered at the end of fiscal 2011 as an in-house publication. The upgrade and expanded version of the book is scheduled to be published by Sayusha in the autumn of 2012. This report is based on this book.
著者
笠 耐 小林 順一 竹原 博
出版者
日本物理教育学会
雑誌
物理教育
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.204-207, 1985
被引用文献数
1

磁場によるβ線の偏向角からβ粒子のエネルギーを測定する実験装置を製作し,^<90>Sr,^<90>Yからのβ粒子の平均的エネルギーと最大エネルギーとを求めた.教育実験用として空気中で行うので散乱の影響が大きいが,電磁石の使用により,β粒子の運動量分布の形もより明確になった.物理教育研究室の卒業研究として学生が手作りした装置であるが,大学初年級の相対論力学の導入の授業に使用できる.