著者
赤沢 昌子
出版者
松本短期大学
雑誌
松本短期大学研究紀要 (ISSN:09107746)
巻号頁・発行日
no.16, pp.101-109, 2007-03

介護学生の初期介護実習後の自己変化またそのことを自己覚知しているかを明らかにし、自己覚知の有無により自己理解に差があるかを検討した。介護学生1年98名を対象に自己覚知用紙、自己理解チェックシート、プロフィール表を用い初期介護実習終了1週間内に質問紙調査を行った。その結果、ほとんどの学生は初期介護実習において自己変化しており、そのことを自己覚知していた。自己変化に影響を与えたことは「利用者」「施設職員」からの「態度」「行動」であった。また、自己覚知の有無によって自己理解には有意な差がなかったが、自己理解の10領域にはそれぞれ関係があり、影響を及ぼしあっていた。
著者
津田 右子
出版者
松本短期大学
雑誌
松本短期大学研究紀要 (ISSN:09107746)
巻号頁・発行日
no.16, pp.229-236, 2007-03

看護は患者-看護師の信頼関係の成立を基盤として行われるケアである。この患者と看護師の関係は時間的経過が影響していると考えられる。そこで、本論では、アメリカの患者-看護師関係論を取り上げて、時間の概念(時間的経過と一時)がどのように論じられているのか比較検討、分析した。その結果、時間的経過がオーランド、ウィーデンバック、ペプロウ、トラベルビーの4人の理論家には明確でなかった。しかし日本の外口玉子と川野雅資の人間関係論には時間的経過の概念が含まれていた。但し、オーランドとウィーデンバックは「即時、その時その場で」という「一時」の時間の概念があった。現代の日本の医療における看護援助では、入院日数の短縮化でゆったりとした「時間的経過」で患者-看護師関係を形成するには困難があるが、そのような状況では、「即時」にどのように患者-看護師関係を形成していくのか、「時間」に注目して患者-看護師関係を形成することが重要であると考えている。それには、ここで取り上げた人間関係論を見直すことが必要である。
著者
立脇 一美
出版者
聖泉大学
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
no.16, pp.157-176, 2008

介護に従事する職員の職務満足度は,上司・同僚・利用者との相互関係や,事業所の運営方針によって大きく推移する。今回,既存文献も希少である「特定施設入居者生活介護」に従事する職員を対象に,一定の論証を得るために,職務価値に関しての聞き取り調査を実施した。その結果,「特定施設入居者生活介護」に従事する職員は,日々複数の職務不満足を体感し,他職には見られない特有の職務価値や悪循環を形成していることが明確となった。職務不満足に関するファクターを,「組織風土」から派生するもの,「他者関係」から派生するもの,「自分自身の内的感情」から派生するものという三層構造として,その概念枠組みの検討を行った。
著者
今岡 洋二 杉原 久仁子 藤原 和美 小坂 淳子
出版者
大阪健康福祉短期大学
雑誌
創発 (ISSN:13481576)
巻号頁・発行日
no.7, pp.133-142, 2008-03

増加傾向にある介護職員の離職率の高さや心身に蓄積する疲労の原因の所在を明らかにする目的で、現在介護の仕事に従事している本学および大阪総合福祉専門学校の卒業生に対するアンケート調査をもとに、介護職場における夜間勤務、残業実態について考察を行った。夜勤に関しては、多すぎる回数、人員配置の不備・不足、長い労働時間に加え恒常的な残業があるなど、心身の健康を維持しながら、長年にわたって継続できる内容の労働ではないと考えられるような実態が浮き彫りになった。また単独での夜勤という勤務形態には、物理的にも心理的にも根本的で重大な欠陥があり、これは虐待事例などの要因ともなる問題である。データから浮かび上がった諸問題の大半は、社会的・構造的な問題がその核となっており、介護の職場は情報の開示を行うことで横につながり、共通の問題に取り組んでいく必要がある。
著者
小坂 淳子 今岡 洋二 杉原 久仁子 藤原 和美
出版者
大阪健康福祉短期大学
雑誌
創発 (ISSN:13481576)
巻号頁・発行日
no.7, pp.111-123, 2008-03

2007年は、介護の専門職としての介護福祉士が誕生してから20年を迎えている。介護福祉士は看護師や保育士と比較して浅い歴史しかない。本学は、すでに700名余りの卒業生(前身の専門学校を含む)を送り出し、15年経過している。そこで、介護福祉の創設期を担った卒業生がどのように考え、働いているか、仕事を継続できる条件は何かを明らかにする目的で調査を行った。調査では、施設での夜勤を伴う介護は、心身ともに緊張感が高いことや、6割近くの介護職が入浴介助を負担となっている実態等が明らかになった。しかし、介護福祉士は生活をする上で援助が必要な人へのかかわりを通して、自らの成長を実感できる仕事であると、回答も得ている。介護福祉士養成は基本的には国の義務である。介護福祉の仕事が若者に敬遠されることの無いよう、心身ともに健康で働き続けることができる労働条件の確保が不可欠である。現行の職員配置基準や夜勤体制の規制など、国や自治体、施設が行うべき課題は多い。養成校としての教育内容の検討も必要である。希望に燃えて介護福祉士職を選んだ若者の仕事を継続できる環境づくりが急務である。
著者
山戸 隆也 Takaya Yamato
出版者
四條畷学園短期大学
雑誌
四條畷学園短期大学紀要 (ISSN:18811043)
巻号頁・発行日
no.42, pp.21-26, 2009

パーソンセンタードケアの提唱者であるトム・キットウッドは「医学モデル」に基づく従来の認知症についての捉えかたを見直し、認知症の人の「その人らしさ(personhood)」を尊重するケア、すなわち「パーソンセンタードケア」の実践を主張した。日本における介護福祉士養成課程において新カリキュラムが導入されたが、「人間の尊厳」に配慮した介護福祉士養成に向けて、パーソンセンタードケアの理念が、どのような可能性を有するかについては、今後の教育実践を踏まえての検討が必要となる。
著者
中家 洋子 Yoko Nakaya
出版者
四條畷学園短期大学
雑誌
四條畷学園短期大学紀要 (ISSN:18811043)
巻号頁・発行日
no.42, pp.27-35, 2009

終末期ケアに関する調査によると、利用者や家族がもっとも不安や揺らぎを感じるのは在宅療養前であることが明らかにされている。本研究では、在宅終末期ケアの現状を先行研究や制度から概観し、事例を通じて介護支援専門員(以下「ケアマネジャー」という)の在宅移行期の課題を整理し、役割を検討した。先行研究より在宅医療を重視した医療や福祉制度の推進で環境は整備されてきているが、現実には困難な状況が明らかにされた。また事例検討の結果、安心して在宅生活に移行するためには、本人家族の意思表示が明らかであること以外に、ケアマネジャーの役割として(1)入院による状態の変化を丁寧にマネジメントし退院後の1日の生活の流れを利用者・家族が具体的にイメージできるようにすること(2)できるだけ早期から利用者・家族と関わり、担当者会議を実施し情報の共有や目標の設定を行なうこと(3)利用者のストレングスを把握し活用することが必要であることが明らかになった。
著者
日下 純子
出版者
聖泉大学
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
no.18, pp.185-192, 2010

本研究では,リハビリテーションとは障害があっても高齢になっても『その人らしく,いつまでも,楽しく生き生きできることを目指して取り組むこと』という滋賀県立リハビリテーションセンターの定義と昨今,教育や医療の現場で注目を浴びているポートフォリオをリンクした。自分の大切なものや自分史をファイルする過程で作成者の変化を「時間的展望体験尺度」を用い測定した。安価で簡単にできるポートフォリオが,ささやかであるが効果を認めたので報告する。
著者
遠坂 顕 吉田 謙一郎 小林 信幸 竹内 信一 内島 豊 斉藤 博
出版者
泌尿器科紀要刊行会
雑誌
泌尿器科紀要 (ISSN:00181994)
巻号頁・発行日
vol.38, no.9, pp.1045-1050, 1992-09

We report 2 cases of multilocular cystic renal cell carcinoma. One was in a 33-year-old male, presenting with ultrasonic abnormality of the left kidney at an annual employee health care examination. Computerized tomography (CT) demonstrated a 5 cm of multilocular cystic mass adjacent to the lower pole of the left kidney. Another was in a 44-year-old male, presenting with microscopic hematuria at an annual employee health care examination. CT of the abdomen revealed a 6.5 cm of multilocular cystic mass on the upper pole of the right kidney. Both were diagnosed as renal cell carcinoma by the angiography and underwent radical nephrectomy. Gross specimens showed typical multilocular cystic appearance and histopathology showed clear cell carcinoma infiltrating septa and replacing epithelium of the cyst walls. Both patients are alive without evidence of disease at, 21 months and 14 months after operation, respectively. Including our cases, 51 multilocular cystic renal cell carcinoma and multilocular cystic nephroma associated with renal cell carcinoma have been reported. From the review of the literatures and the answer of the questionnaires inquiring about the outcome of the patient to Japanese reporters, the outcome of 38 patients was ascertained. The 10-year survival rates and non-recurrence rate after operation calculated by the Kaphan-Meier formula were 97.3% and 90.3%, respectively. Because of the good prognosis of reported cases, we concluded that we should choose kidney-sparing surgery for the operation of multilocular cystic renal cell carcinoma.
著者
籾内 裕子
出版者
日本ロシア文学会
雑誌
ロシア語ロシア文学研究 (ISSN:03873277)
巻号頁・発行日
no.27, pp.1-12, 1995-09

В настоящей статье предприняты попытки обнаружить следы влияния Тургенева на творчество Янагавы Сюнъё. Особое внимание уделяется неисследованным с этой точки зрения произведениям Янагавы. Прежде всего отметим очевидное заимствование тургеневского сюжета в рассказе <<Рыбная ловля и охота>> (1899) (японское название <<Цури то кари>>). Здесь автор использовал некоторые сцены <<Свидания>> из <<Записок охотника>>, переведенного Фтабатэем Симэем на японский язык (японское название <<Аибики>>). Герой Янагавы рассказывает, как он, устав на охоте, дремлет и подслушивает, как и герой <<Свидания>>, чужие тайные разговоры. Писатель и сам перевел рассказ Тургенева <<Стучит!>> из <<Записок охотника>>. Название переведенного рассказа - <<Стук колес>> (1906) (по-японски <<шарин но хибики>>). Предполагается, что в качестве оригинала для своего перевода он пользовался английским переводом К. Гарнетта. Определенное сходство с "лишним человеком" Рудиным мы находим у героев произведений <<Странствие>> (1899) (по-японски <<Коросин>>) и <<Далекий звук валька>> (1901) (по-японски <<Токинута>>), хотя горои Янагавы не имеют такого исторического фона, как у Рудина, и преврашаются в итоге в "побежденных людей", к которым автор, естественно, проявляет сочувствие. С <<Рудиным>> Янагава познакомился через перевод, сделанный Фтабатэем и названный им <<Плавучая трава>> (по-японски <<Укикуса>>). В произведении <<Домашний голубь>> (1907) (японское название <<Иэбато>>) мы обнаруживаем сходство изображенного пейзажа с описанием природы в <<Плавучей траве>> и отмечаем, что писатель уже владеет способом противопоставления спокойного пейзажа тревожной человеческой жизни. И, наконец, самый известный роман Янагавы <<Мачеха и пасынок>> (по-японски <<Насану нака>>), 1912-1913 гг., в котором тонко изображается жизнь японской семьи, созданный в то время, когда писатель расстался с натурализмом и открыл новый путь в художественной литературе, имеет связь с <<Дворянским гнездом>>. Это проявляется в сходстве характеров Масако и Лизы, в похожих мотивах поведения Тамаэ и Варвары и в общей схеме взаимоотношений героев. [figure][figure] Чисто японские отношения и поведение героев мешают явно увидеть связь романа с русской литературой, поэтому, видимо, исследовате