- 著者
-
斉藤 博
- 雑誌
- 埼玉医科大学医学基礎部門紀要
- 巻号頁・発行日
- vol.11, pp.11-30, 2006-03-31
ヒポクラテスの箴言「人生は短く 術の道は長い」は,ゲーテの『ファウスト初稿』では,ワーグナーの台詞として,「ああ,術の道は長く/人生は短い!」と,ヒポクラテスの「箴言」に,感嘆詞「ああ」,接続詞「と」を追加し,「術と人生」の順序は逆で,行末に感嘆符がつけられて引用された.『ファウスト』のメフィストフェレスの台詞では,「時は短く,術のみちは長い」と,ヒポクラテスの箴言とは全く同じ言葉ではないが,同じ語順で,感嘆詞と感嘆符はつけられていない.『ファウスト』(Faust)と『ファウスト初稿』(Urfaust)とで,感嘆詞と感嘆符(!)の数,単数,または,複数使用,位置について,計量言語学(quantitative linguistics)検索を行った.感嘆詞は 190 / 12,237 行(2%)中,悲劇Ⅰは 130 / 4,735(3%),悲劇Ⅱは 60 / 7,490(1%),感嘆符は 1,764(14%)で,悲劇Ⅰは 925(20%),悲劇Ⅱは 839(11%),感嘆符の複数使用は 205(2%)中,悲劇Ⅰは 114(3%),悲劇Ⅱは 91(1%)で,いずれも悲劇Ⅰが悲劇Ⅱより高頻度であった(Χ2 検定,p < 0.01).ゲーテは多くの感嘆詞と感嘆符を単数,または,複数使用,あるいは,台詞の始め,あるいは終わりなど,いろいろな語法で使用していた.ゲーテは『ファウスト初稿』を『ファウスト』に書きかえたときに,多くの感嘆符を行の前に挿入し,行末の感嘆符を削除する傾向にあった.箴言では,術を人生より強調するために,ゲーテは人生と術の順序を変え,台詞の最後に感嘆符を付けたと,筆者は推測した.ゲーテは『ファウスト初稿』を『ファウスト』に書きかえた時に,"ああ!"に感嘆符を挿入したが,おそらく,複数使用を避けるために行末の感嘆符を削除したと考えられる.結果的には,台詞の行末から初めの方への,感嘆符の転移が起きた.かくして,『ファウスト』では,「ああ!術のみちは長く/人生は短い」と引用された.