著者
家村 育民 村江 達士 矢守 章 池田 英二
出版者
日本地球化学会
雑誌
日本地球化学会年会要旨集
巻号頁・発行日
vol.50, pp.34-34, 2003

衝撃波は、宇宙空間では、超新星爆発、隕石、彗星等の衝突などによって発生し、化学進化におけるエネルギー源の一つになったと推定されている。一般に衝撃波は、瞬間的な高温高圧状態を作り出し、出発物質とは化学的、物理的に異なった物質を作り出すことが知られている。また、アミノ酸は生体の基礎構成物質の一つであり、原始地球において、簡単な物質から非生物的に合成され、それらが重合してタンパク質などの高分子化合物を生成していったと考えられる。グリシンは最も単純なアミノ酸であり、隕石からも多く検出されている。本研究では、化学進化と衝撃反応の関連を明らかにする目的で、水溶液氷状態のグリシンに衝撃を加え、その構造変化を検討した。
著者
陣門 謙一 神崎 正 三宮 崇 小森 光二 国峯 紀彦
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
建設マネジメント研究論文集 (ISSN:18848311)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.221-233, 1998

本論文は、建設分野の市場の開拓と更新という観点で、21世紀への社会の変化を見据え、第1に「クリーンな、水力エネルギーの見直しについての提言」、第2に「鉄道を利用した廃棄物の広域輸送と処理施設の立地推進についての提言」、第3に「ライフラインの共同溝化による防災都市建設への提言」を行った。本論文では、さらに、第1の「クリーンな、水力エネルギーの見直しについての提言」でエネルギーコスト、エネルギー需給の観点から不安定な今後のエネルギー問題を取り上げ、水力エネルギーの見直しへの提言を行った。本提言では、大規則の堆砂除去技術、水利権の移転、CO2炭素税による財源の確保、水力発電建設技術による海外貢献という視点よりまとめた。第2の「鉄道を利用した廃棄物の広域輸送と処理施設の立地推進についての提言」では、スーパーフェニックス計画と規制緩和について提言した。第3の「ライフラインの共同溝化による防災都市建設への提言」では、共同溝整備理念の確立を提言した。さらに、本論文では、大規模堆砂除去プロジェクトについて取上げ、人工島建設による廃棄物処理の広域輸送と同時輸送した場合の事業評価、その他付帯効果について論ずるものである。
著者
田中 伸和
出版者
Atomic Energy Society of Japan
雑誌
日本原子力学会誌 (ISSN:00047120)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.54-57, 1986

This paper reviews vibration phenomena of reactor internal structures in French prototype LMFBR "Super Phénix-1", being observed during its pre-service operation. French efforts to solve the phenomena are outlined, including countermeasures applied to the plant. Also, CRIEPI's study on this issue is briefly explained.
著者
佐藤 恵一 柳澤 正久
出版者
宇宙航空研究開発機構
雑誌
宇宙科学研究所報告 (ISSN:02852853)
巻号頁・発行日
vol.51, pp.39-47, 1987-12

レールガンにおいてprojectileの後ろに銅, タングステン, タンタル等の金属片を接着し, 発射実験をおこない, 得られた速度, 効率を比較した。銅片を厚くすると速度は低くなるが, 効率は上がっていくという結果が得られた。厚さ5mmのタングステン, タンタル, 銅片を比較してみると効率は高い方からタングステン, タンタル, 銅の順区であった。また, 効率はprojectileの質量と関係が深いことがわかった。これらの結果から, 金属片を接着すると効率が上がる理由について論じている。
著者
海老原 大樹 和多田 雅哉 長嶋 健二
出版者
The Institute of Electrical Engineers of Japan
雑誌
電気学会論文誌D(産業応用部門誌) (ISSN:09136339)
巻号頁・発行日
vol.113, no.11, pp.1310-1316, 1993

This paper describes the improvements in launching stability and launching velocity of the linear accelerator (LAC).<br>The authors have designed and produced a railgun using the LAC for weaving loom shuttles. The LAC is an electromagnetic launcher which enable a projectile to be launched at a speed of more than 50m/s. It basically consists of an uni-pole linear DC motor and operates the same principle as DC rotary motors, the most difficult problem in this system being the stabilization of the current collection on the projectile.<br>Then we have conducted the various launch experiments. As a result, we have achieved that the carbon projectile was launched at a speed of 73m/s using double-stage type LAC.
著者
原 常典 柳澤 正久 河野 汀
出版者
宇宙航空研究開発機構
雑誌
宇宙科学研究所報告 (ISSN:02852853)
巻号頁・発行日
vol.51, pp.29-38, 1987-12

The railgun system was set up in the Institute of Space and Astronautical Science (ISAS) and about a hundred shots were carried out preliminarily in 1986. The following four methods of projectile velocity measurement were tried in the experiments. (1) laser fence, (2) magnetoflyer, (3) wire cut, (4) thin plate The third method appeared to be the simplest and most reliable one, while the laser fence was affected severely by the dust and plasma which were blown off with the projectile. The second and fourth ones suffered the electromagnetic noise. The wire cut would be the best way just to measure the velocity itself, but it affects the projectile attitude and its front surface. For the railgun application, the improvement of the laser fence method or ones with X-ray, which have no effect on the projectile, would be neccesary.
著者
金子 竹男 小林 憲正 矢守 章
出版者
日本惑星科学会
雑誌
日本惑星科学会秋季講演会予稿集
巻号頁・発行日
vol.2003, pp.69-69, 2003

炭素質隕石からアミノ酸、核酸塩基を含む生体有機化合物が検出されていることから原始地球への有機物質の多くが地球圏外起源であったとする可能性が示唆されている。しかし、地球外有機物の地球への持ち込み時の安定性が問題である。これまで彗星や隕石による有機物の地球への持ち込み時の反応を調べる為に衝突実験(_から_2km/s)、アミノ酸の加熱分解実験およびシリカを共存させたアミノ酸の昇華実験が行なわれてきた。しかし、より速い速度での衝突実験は余り行なわれていない。我々は世界最速である宇宙研の電磁加速装置「レールガン」を用い高速衝突実験を行なっている。今回はグリシン水溶液および彗星を模擬したメタノール、アンモニア、水の混合物に高速衝突させた生成物について検討した。<BR>10mM グリシン溶液はステンレス製ホルダーに、また彗星を模擬したアンモニア、メタノール、水の混合物は金メッキしたステンレス製ホルダーに封入し、ドライアイスで冷却後、液体窒素で冷却しながらこれにポリカーボネート製の飛翔体を衝突させた。衝突速度は2.5_-_6.4 km/sであった。生成物の一部を6 M HCl, 110℃で24時間加水分解し、陽イオン交換樹脂で脱塩後、アミノ酸をN-アセチル-L-システインとo-フタルアルデヒドでポストカラム誘導体化する島津LC-6Aアミノ酸分析計で同定・定量した。またアミノ酸の重合物は加水分解前の試料を0.45μmのメンブランフィルターでろ過後、イオンペアクロマトグフィーおよびMALDI_-_TOF MSにより分析した。<BR>グリシンを用いた実験では、加水分解前にはグリシン重合物のピークは観測されなかったが、ジケトピペラジンの生成が示唆された。衝突速度の違いによる生成物の差は見られなかった。海底熱水系を模擬したフローリアクター実験から、グリシンの重合物およびジケトピペラジンの生成が報告されている。イオンペアHPLCの結果から、衝突による高温・高圧状態では、フローリアクター実験で報告されている通常の重合物と異なる物が生成していると考えられる。MALDI-TOF MSの結果からは、2環アミジンの生成が示唆された。これは耐熱性があり、衝突でも残存し、加水分解することでアミノ酸になることが分かった。<SUP>1)</SUP><BR>メタノール、アンモニア、水の混合物を用いた衝突実験では、生成物を加水分解することにより、セリン、グリシンなど多種のアミノ酸が生成することが分かった。<BR>高速衝突でグリシンから海底熱水系模擬実験や昇華実験とは異なる2環状アミジンの生成が示唆され、アミノ酸の一部は重合物を生成することにより衝突による分解を免れることが示唆された。彗星を模擬したメタノール、アンモニア、水の混合物から種々のアミノ酸が生成したことから、彗星の高速衝突によりアミノ酸前駆体が生成する可能性も示された。今後、模擬星間物質を用いた衝突実験を行ない、原始地球への地球圏外起源有機物質の持ち込みについて考察していく予定である。<BR>1)金子竹男、小林憲正、矢守章、スペース・プラズマ研究会平成14年度、79-82 (2003).
著者
塚原 智英
出版者
The Japan Society for Clinical Immunology
雑誌
日本臨床免疫学会会誌 (ISSN:09114300)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.299-299, 2014

癌免疫は,癌に対する免疫応答の理解と癌の免疫制御を目指す学問であり,癌抗原の同定によって飛躍的に発展した.よって癌免疫の理解には癌抗原の理解が重要である.癌免疫の存在は1990年代に自家細胞傷害性T細胞(CTL)クローンに認識されるヒト癌抗原のクローニングにより,主にメラノーマで証明された.これらの発見にはforward immunology approachといわれる腫瘍反応性ヒト自家CTLクローンの樹立とcDNAライブラリ発現クローニング法の開発が大きく貢献した.さらに既知の候補抗原からCTLエピトープを求めるreverse immunology approachも盛んに行われ,メラノーマ以外からも多くの抗原が同定された.これらの知見はペプチドワクチンや抗原特異的リンパ球大量輸注療法の開発につながっている.また昨年は抗CTLA-4抗体や抗PD-1抗体などのチェックポイント抗体による活性化T細胞制御がメラノーマに対して有効性を示して一世を風靡した.チェックポイント抗体がメラノーマでよく効いた理由として(1)癌抗原が皮膚のランゲルハンス細胞に取り込まれてCTLを効率よくプライムできる,(2)高い免疫原性を持つ変異抗原が多く発現してる点が重要と考えられる.今後は高い腫瘍特異性をもち,かつ造腫瘍能を制御する癌の根源に迫る癌抗原の同定が重要となる.また自家CTLが認識する抗原の同定は,時に我々の想像がおよばないようなセレンディピティを与えてくれる.
著者
前田 清
出版者
日本小児保健協会
雑誌
小児保健研究 (ISSN:00374113)
巻号頁・発行日
vol.61, no.5, pp.715-722, 2002-09-13
参考文献数
13
被引用文献数
11
著者
白井 良成 岸野 泰恵 水谷 伸 納谷 太 柳沢 豊
雑誌
デジタルプラクティス (ISSN:21884390)
巻号頁・発行日
vol.8, no.3, pp.253-265, 2017-07-15

安価なセンサやプログラマブルなIoT機器の出現により,多くの組織が環境センシングを行うことが可能となりつつある.我々は,試行錯誤的にセンシングを進めながら知見を得ようとする環境センシング行為を探索的環境センシングと定義し,さまざまなフィールドにおいて実証実験を行ってきた.本稿では,我々が取り組んでいる3つの環境センシングプロジェクトを紹介する.3つのプロジェクトを基に,探索的環境センシングのモデル化を行い,トラブル対応指針を策定する.また,探索的環境センシングを効率的に行うために筆者らが実践しているアジャイル環境センシングについて述べる.アジャイル環境センシングにより試行錯誤のサイクルを高速化することで,利用可能なリソースを考慮しながら,センシングプロジェクトのゴール修正や終了判断を柔軟に行うことができる.
著者
市橋 秀夫
出版者
埼玉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
日本アジア研究 = Journal of Japanese & Asian studies : 埼玉大学大学院文化科学研究科博士後期課程紀要 (ISSN:13490028)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.15-41, 2016

0.はじめに1. ベトナム侵略戦争に抗議する九大研究者たち 1965年4月1-1. 九大教授団,安保以来の抗議声明とデモ1-2. 青山道夫1-3. 具島兼三郎1-4. 都留大治郎1-5. 福岡安保問題懇話会2.全国各地でみられたベトナム侵略戦争反対の意思表示 1965年2月~1966年6月2-1. 全国各地で知識人たちが抗議声明2-2. 市民の自発的なベトナム反戦行動2-3. 政党や労働組合など既成組織によるベトナム反戦運動と日韓条約反対運動2-4. マス・メディアによって喚起された市民によるベトナム侵略反対2-5. ベトナム侵略反対と日韓条約反対—―日韓条約反対運動の難しさ2-6. 自発性と個人性を求める流れ—―ベ平連と反戦青年委員会2-7. 労働運動における反戦ストライキの困難3.小括(以上,本誌11号に掲載)4. 承前(1)5. 福岡での既成組織によるベトナム反戦運動 1960年代初頭~1967年12月5-1. 福岡での反米軍基地運動5-2. 米国のアジア反共産主義軍事戦略と九州北部5-3. 改憲・核武装阻止福岡県会議5-4. 小林栄三郎5-5. 福岡県下米軍基地を通したベトナム戦争への加担への抗議5-6. 福岡県反戦青年委員会の結成5-7. 田川地区反戦青年委員会5-8. 日韓条約闘争後の福岡でのベトナム反戦運動6. 数学者のベトナム反戦活動とその背景――若手数学者たちの戦後経験6-1. カリフォルニア大学「ベトナムの日委員会」に署名電報6-2. ベト数懇の発足6-3. 若き数学者たちの運動――東大SSS6-4. 九大数学教室の戦後7. 九大十の日デモの会の発足 1965年10月~7-1. 直接のきっかけ7-2. 社会党を良くする会7-3. 渡辺毅,倉田令二朗7-4. 倉田ヒデ子7-5. 山田俊雄7-6. 金原ヒューマニズム7-7. 十の日デモの由来7-8. 東京ベ平連との関わり――意識していたが無関係7-9. 十の日デモは誰が参加して始まり,どのように行なわれていたか7-10. 十の日デモの特色8. 小括(2)(以上,本誌12号に掲載)9. 承前(2)10. 東京ベ平連との連携 1966年6月~10-1. 福岡での全国縦断日米反戦講演会10-2. 山田俊雄の日米市民会議(東京)への参加11. 労働者と学生の参加11-1. 九大医学部生による「ベトナム戦争反対に起ち上がる会」11-2. 個人として参加した学生たち11-3. 東京ベ平連と連携した講演会を継続開催11-4. 九大以外の学生の参加11-5. 既成組織の行なうベトナム反戦運動との違い12. 安保以来最大の九大生デモ――樽神輿と仮装行列13. 十の日デモの広がりとその評価13-1. 福岡市民の十の日デモ評価13-2. 組織による運動と市民個人による運動14. まとめにかえて日本各地域に存在したベトナム戦争反対運動のなかでも,息の長い運動を続けたのが福岡市におけるベトナム反戦市民運動(「福岡ベ平連」)であった。その活動の前身となったのが「十の日デモ」と呼ばれた定例デモで,1965年から1973年までの間のおよそ7年半,ほぼ休みなく月3回,市民によって続けられた。本論考は3部構成の第3部に当たり,「福岡ベ平連」が発足する前の1965年4月から1967年末までのおよそ3年間を「十の日デモの時代」と名付けて検討対象とし,福岡におけるベトナム反戦市民運動の発足の経緯と運動の展開過程を明らかにするものである。本誌11号および12号掲載の第1部,第2部の論考で明らかにしたように,福岡における十の日デモは九州大学の数学者たちが重要な担い手となって発足したものであった。しかし,1966年6月からは,福岡以外の日本諸地域におけるベトナム反戦市民運動との連携が東京のベ平連を媒介にして始まっている。本稿では,福岡における十の日デモが,そうした全国的なベトナム反戦のための連携ネットワーク形成にどのような経緯で接続,参与していったのかという点をまず検討する。ほぼ同じころ,十の日デモの参加者にも変化が見られるようになる。労働組合に組織された若い世代の労働者たちがデモに参加するようになった。また,九州大学の学生たちの参加も,医学部の学生たちが独自の反戦グループを作って主体的に参加するようになる。また,個人として十の日デモに主体的に参加するようになった九州大学の学生についても,3事例で具体的に検討していく。さらには,九州大学以外の学生の参加も次第にみられるようになる。その事例についても紹介する。1965年2月のベトナム北爆から68年1月の佐世保闘争までの約3年のあいだ,九大学生が大衆的な規模で最もこだわった問題は,ベトナム反戦でも日韓条約闘争でもなく,67年初夏の教養部田島寮の寮祭の樽神輿コースおよび九大学生祭の仮装行列コースの変更問題をめぐるものだった。このいわば「フェスティヴァル」の自治と自由に対する警察の介入に対してみせた九大学生たちの行動には,その後の大学闘争やベトナム反戦運動を予見させるものがあった。その点をみていく。最後に,十の日デモに対する当時の福岡市民の評価と態度を確認しつつ,さまざまな批判に応えつつ,デモ参加者たちがどのように自らのデモを位置づけていたのかを確認してみたい。Amongst many anti-Vietnam War movements in Japan, one of the longest sustained is that of Fukuoka city in Kyusyu. The focus of the movement was Jū-no-hi-demo' or Tō-no-hi-demo, citizen's protest walks in the city centre, organized every 10th day of the month from 1965 to 1973.However, its characteristics and membership changed substantially in the first half of 1968. The author of this article thus named the first three years before 1968 as Tō-no-hi-demo no Jidai ('the years of the tenth day protest walk'), and wrote a historical essay focusing on the period. This examined the birth and development of the Fukuoka citizens' protest movement against the Vietnam War as well as placing it in the much wider national context of the anti-Vietnam War movement across Japan. This article is the third, the final part of that essay.As discussed in the previous parts of the essay, Tō-no-hi-demo no kai (Association for the Tenth Day Protest Walk) started with several mathematicians of Kyusyu University as its main membership. But by June 1966, Tō-no-hi-demo no kai began to collaborate with an anti-Vietnam War movement in Tokyo. This, so-called 'Tokyo Beheiren', proposed a nation-wide lecture tour on war on Vietnam, and Tō-no-hi-demo no kai accepted that it would host a public lecture in Fukuoka. This article firstly examines the process in which Tō-no-hi-demo no kai began to make connections with other anti-Vietnam war movements outside Fukuoka.Along the gradual formation of the anti-Vietanm war network with groups of other regions, To-no-hi-demo began to attract participants of more varied backgrounds. Trade union members of younger generations, an anti-war group of medical students, and students from universities other than Kyusyu University joined the demo. The second topic the article examines is the expansion of participants in Tō-no-hi-demo.Thirdly, the article looked at the Kyusyu university student's protest actions against the local police who tried to regulate the student's festival procession on the main city road. The procession had been running annually for many years, and the attempts from the police to limit it gave rise to the massive direct protest action from the students. Although this was not an anti-war protest in any sense, it seems to have revealed the ethos and attitudes of the students at the time.Lastly, the article examined the reaction to Tō-no-hi-demo among the general public in Fukuoka, as well as evaluates the self-awareness of the participants.
著者
山本 昌木 野津 幹雄
出版者
日本林學會
雑誌
日本林學會誌 (ISSN:0021485X)
巻号頁・発行日
vol.54, no.5, pp.150-157, 1972
被引用文献数
1

<i>Taphrina cerasi</i> (FUCKWL) SADEBECKによるソメイヨシノ(<i>Prunus yedoensis</i> MATSUMURA) のてんぐ巣病組織の超薄切片を電子顕微鏡で観察した。本菌は感受体組織の細胞間げき,中層ならびに細胞壁に認められる。菌体が細胞壁に入った場合,細胞壁は厚くなるが,菌体と細胞壁が接触している部分とそうでない部分に厚さの差を認めることはできなかった。また菌体は細胞壁へ侵入することができても,細胞壁を貫通したり,感受体細胞質に接触したりすることなく,吸器様構造も観察されなかった。組織中の菌糸が感受体細胞と隣接している場所には粘質物質様のものが認められるが,中層や細胞壁に侵入した菌体周辺には認められない。組織内の大部分の葉緑体<br>にはインターグラナラメラ,グラナラメラ,好オスミウムか粒が認められる。気孔孔辺細胞にでん粉が認められる以外には葉緑体にでん粉は観察できなかった。病葉は子のうを形成する蒔期になると組織がもろく,折れやすくなるので,組織細胞壁は変性していると思われるが,超薄切片の観察からは,これに関して知見を得ることはできなかった。
著者
安藤 聡子 澤 綾子 エドモンズ マチルダ
出版者
国立研究開発法人 科学技術振興機構
雑誌
情報管理
巻号頁・発行日
vol.60, no.7, pp.502-511, 2017

<p>クラリベイト・アナリティクス社が提供する学術情報プラットフォーム「Web of Science」上の引用索引データベース「Web of Science Core Collection」に追加された,新しい引用索引ファイル「Emerging Sources Citation Index(ESCI)」を概説する。同時に引用索引の有用性検討の歴史を振り返るとともに,ESCIと従来のジャーナル引用索引であるScience Citation Index(SCI),Social Sciences Citation Index(SSCI)等との違いやインパクトファクターとの関係,ESCIの登場に伴う最新のジャーナル審査基準および審査プロセスの変更点を概説する。</p>