2 0 0 0 OA 人生の帰趣

著者
河上肇 著
出版者
今古堂
巻号頁・発行日
1906
著者
齋藤 宏 井上 裕
出版者
日経BP社
雑誌
日経ビジネス (ISSN:00290491)
巻号頁・発行日
no.1324, pp.86-88, 2006-01-16

問 2005年、産業界を席巻したM&A(企業の合併・買収)ブームの中で、楽天とTBSの統合問題がとりわけ注目されました。楽天が統合提案をいったん取り下げ、今年3月末までに改めて業務提携交渉を進めることで合意した舞台裏で、齋藤さんは仲介役を引き受けたわけですが、火中の栗を拾う心境だったのではないですか。
著者
池田 証壽
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
北海道大学文学研究科紀要 = Bulletin of the Graduate School of Letters, Hokkaido University (ISSN:13460277)
巻号頁・発行日
vol.150, pp.201-236, 2016-12-15

初唐の宮廷写経25点の漢字字体を検討し,開成石経の顕著な規範性に 比して,相当の揺れがあることを報告し,開成石経の漢字字体と他の時代・ 地域の標準文献の漢字字体とを同列に扱うべきでないことを述べる。唐代字 様は,初唐標準から開成標準への移行を促したと見るべきであり,日本の古 辞書である『新撰字鏡』と『類聚名義抄』における唐代字様の受容状況を観 察し,漢字字体の年代性の相違が両者の字体記述の相違として反映している ことを指摘する。
著者
石野 好一 Ishino Koichi
出版者
新潟大学大学院現代社会文化研究科「言語の普遍性と個別性」プロジェクト
雑誌
言語の普遍性と個別性 (ISSN:1884863X)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.15-39, 2017-03

The aim of this paper is to explain the use of Chinese characters in Japanese. Thisexplanation differs from the explanations made by other linguists. Until now some have proposed that a Chinese character and its reading have the same meaning, but from the point of view of the use of language this hypothesis is not plausible. The Japanese have borrowed the Chinese characters and believe that a Chinese character has its own innate meaning. A character in Japanese often has a few readings and we often find that thesereadings have different meanings. On the other hand a reading often corresponds to a few characters and these characters resemble each other but are not the same in meaning. Therefore I think that we have to distinguish between the meaning of a Chinese character and the meaning of its reading. This gives us two linguistic signs: 1) consists of a Chinese character and its meaning; 2) consists of a reading of a Chinese character and its meaning. This system can explain many phenomena about the use of Chinese characters.
著者
小野 英志
巻号頁・発行日
1997 (Released:2013-07-09)

タイムズ・ニュー・ローマンは、ロンドンで発行されている平日版朝刊紙『ザ・タイムズ』の専用タイプフェイス(活字書体)として、1932年にデザインされたものである。翌1933年、開発主体であるタイムズ紙がその独占的使用権を放棄して一般に解放したため、それ以降たいへん広範にわたる普及をみせ、現在では、例えばパーソナル・コソピュータのシステムに標準的に添付されるような状況にある。 この書体については、その開発経緯に関わる幾つかの研究が行われているが、いずれも開発責任者であるスタンリ・モリスンのディレクションのありかたが中心となっている。「タイプ・デザインに際して独自のラフスケッチを起こした」というモリスン自身による記述に対しては、モリスン没後、複数の研究者によって否定的見解が示されているが、ラフスケッチに代わるものは何であったのか、モデルとした書体はプランタン・モレトゥス博物館のものなのか、あるいはモノタイプ社が20年前に製品化したものか、などの未詳の部分を残しつつも、これらの諸研究は専ら書体史家でタイポグラファたるモリスンの個人的資質にタイムズ・ニュー・ローマンのデザインの契機を見い出そうとしている点で共通している。 本研究では、タイムズ・ニュー・ローマンに対するタイポグラファの評価、先行研究を概観(第2章、第3章)した後、開発を発注したタイムズ紙、それを受注した英国モノタイプ社、開発責任者モリスンの三者いずれにも、当時新聞印刷専用書体として広く普及していたレジビリティ・タイプを忌避し、オールド・フェイスの手直し向かう高い蓋然性が存在していたことを明らかにした。 第4章では、タイムズ紙について検討した。同紙は1784年に印刷所として創業されているが、創業時に於ける最新組版技術ロゴグラフィの特許買収以降、印刷技術面での同業他社に対する優位性を常に主張してきている。特に19世紀に入ってからは、印刷に関わる技術開発で世界的なリーダーシップを発揮し、1828年から1868年にかけては20年毎に自社技術として輪転機を新規開発している。 20世紀に入って経営危機を経験した後は、印刷技術を自社開発する積極的姿勢は後退したが、「スペシャル・プリンティグ・ナンバー」と称する別冊をたびたび発行し、依然として新聞印刷におけるリーダーたることを強くアピールしている。またニューズ・メディアとしての成長も著しく、タイムズ・ニュー・ローマン開発当時、タイムズ紙は自他共に認める世界で、最も権威あるニューズ・メディアであった。したがって、既に広く普及しているレジビリティ・タイプを、しかも他紙に大きく遅れて採用したのでは自己の権威の否定にこそなれ、強化にはならない。すなわちタイムズ紙には、レジビリティ・タイプを忌避する素地があった。 次に第5章では、英国モノタイプ社について検討した。同社は鋳造植字機メーカーとして、米国モノタイプ社から南北アメリカ大陸以外の地域に於ける営業権を獲得して1897年に発足し、1908年にタイムズ紙がモノタイプを導入した後は経営的にも安定した。 1912年の雑誌『インプリント』に対する新書体開発での協力を契機に、オールド・フェイスの覆刻を中心とする新書体開発に力を注ぎ、また、ウィリアム・モリスらに由来する機械の使用に対して否定的な態度を、印刷・出版界から排して徐々に書籍印刷市場に浸透していった。ケンブリッジ大学出版局やナンサッチ・プレスなどの有力出版社が、鋳造植字機としてのモノタイプのみならず、英国モノタイプ社が開発した新書体を積極的に使用する事態が手伝って、タイムズ・二ュー・ローマン開発当時には、同社は英国の書籍印刷市場に於いてほとんど独占的支配を達成する。しかし、英国モノタイプ社の競争相手であり、新聞印刷市場に強いライノタイプ社やインタータイプ社によって開発され普及をみたレジビリティ・タイプと同様のものを開発しても、英国モノタイプ社にとってはマーケットでの競争力の強化にはならないため、英国モノタイプ社にもレジビリティ・タイプを忌避し、書籍市場から歓迎されているオールド・フェイスの覆刻に重点を置く製品計画を継続する素地があった。 次に第6章では、スタンリ・モリスンについて検討した。彼には独学によって形成した書体史に関わる該博な知識と、タイポグラフィックなデザイン・ワークの実務経験はあっても、タイプフェイスそのものをデザインするタイプ・デザイナーとしての実技能力や経験はなかった。したがって、彼にとっては既存の書体の手直しが、最も迅速かつ確実な手段であった。そのためモリスンはタイムズ紙との事前の合意形成の手段として、1930年に『タイムズ紙のタイポグラフィ改訂に関するメモランダム』をタイムズ紙宛てに提出した。その中でまず彼は、より質の高い書籍印刷を新聞印刷も目指すべきことを主張し、さらにその書籍印刷においてはオールド・フェイスの使用が主流となっていることを示唆した。この『メモランダム』を根拠としてモリスンは、オールド・フェイスの採用という方針に沿ってデザイン・ワークを指揮し、タイムズ・ニュー・ローマンをタイムズ紙の専用新書体として完成させた。 第7章で、タイムズ紙、英国モノタイプ社、モリスンの三者に対する検討を総括した後、第8章では、タイムズ・ニュー・ローマンの歴史的位置付けとして、次のように結論づけた。 タイムズ・ニュー・ローマンの形態上の直接的なモデルは、ダッチ・オールド・フェイスと呼ばれる、17世紀頃のオランダのタイプフェイスのひとつであるプランタンに求めることができるが、その開発の姿勢は、19世紀中葉のイギリスに始まった印刷復興の動きと志向性を同じくするものである。この印刷復興はチジク・プレスによるキャズロン製のオールド・フェイスの復刻をもって開始されたと見るのが一般的であり、タイムズ・二ュー・ローマンもまた、英国モノタイプ社に於いて一連の古典的タイプフェイスの覆刻を指揮しつつあったスタンリ・モリスンが開発した点で、オールド・フェイス復活すなわち印刷復興以来の流れに沿うものである。しかし、このタイプフェイスの開発の直接のきっかけは、新聞印刷専用書体であるレジビリティ・タイプの急速な普及によってもたらされたもので、その点ではタイムズ・二ュー・ローマンには、レジビリティ・タイプに対する一つの対案という性格が認められる。すなわちタイムズ・ニュー・ローマンとは、継時的には、ルネサンス期のオールド・フェイスからダッチ・オールド・フェイスさらには印刷復興期の覆刻オールド・フェイスという、欧米のタイプ・デザインの主流の末端に位置するものであり、同時的には、新聞の高速大量印刷を背景としてつくられたアメリカ製レジビリティ・タイプに拮抗する、イギリス製の相対的タイプフェイスとして位置付けられるものである。
著者
辻田 正雄
出版者
佛教大学文学部
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.100, pp.27-42, 2016-03-01 (Released:2016-03-31)

「通用規範漢字表」は2013年に公布されたが、その準備は実質的には1980年の字表策定提案から始まった。策定作業は語言文字応用研究所が中心になって進められた。簡化字の堅持という言語政策に沿って進められ、教育部党組の指導の下に完成した。コンピュータ処理を考慮し使用頻度によって分級しているが、人名用字については異体字扱いであった漢字を新たに規範字とするといった配慮も行っている。 言語政策 規範化 語言文字応用研究所 人名用字
著者
松下 真記 MATSUSHITA Maki マツシタ マキ
出版者
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科
雑誌
人間文化論叢 (ISSN:13448013)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.161-173, 2006

The subject of this article is a type of capital initial letter represented as if it were a three-dimensional object carved in metal. Its central ridge forms the spine of the letter which then seems to be hollowed on either side. It appears in manuscripts illuminated in Padua or Venice in the late 1450's. Outstanding examples are found in the well-known copy of Strabo's Geography in the Latin translation of Guarino, which was sent as a present by the Venetian condottiere Jacopo Marcello to Rene of Anjou in 1459. Millard Meiss once ascribed its invention to the Paduan painter Andrea Mantegna and named it "Littera Mantiniana" (Mantegna's letter) because he believed that the illuminator of Strabo's work was certainly Mantegna, while other scholars nowadays insist that it was invented by Veronese copyist Felice Feliciano. In this article, I observe its first examples in Geography of Strabo in the terms of the characteristic of its three-dimentionality, and analyze again the possibility of Mantegna or Feliciano as its inventor.
著者
周東 清芳
出版者
上田女子短期大学国語国文学会
雑誌
学海 (ISSN:09114254)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.117-122, 1994-03 (Released:2013-02-22)
著者
徳永 聡子
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要. 英語英米文学 (ISSN:09117180)
巻号頁・発行日
no.66, pp.37-45, 2015-03 (Released:2015-00-00)

Medieval literary works popular in manuscript culture were not necessarily inherited by the print culture. Then which texts were chosen to be published by the first generation of printers in England? This paper offers a preliminary overview of the reception of medieval literature in England in the transitional period from manuscript to print by comparing the list of publications of William Caxton, England's first printer, and that of his follower Wynkyn de Worde. While Caxton's publishing style was largely influenced by the manuscript tradition and distinguished by his translation (especially from French prose romance), de Worde seems to have been more active than his master in not only expanding the market for religious works and romance (both prose and verse) but also cultivating a relationship with his contemporary authors.
著者
梅津 順一
雑誌
青山総合文化政策学 (ISSN:18836992)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.67-90, 2009-03
著者
笹淵 友一(1902-)
雑誌
東京女子大學論集
巻号頁・発行日
vol.1, no.2, pp.245-249, 0000

2 0 0 0 OA 康富記

著者
中原康富
出版者
巻号頁・発行日
vol.[36],

2 0 0 0 新潮

出版者
新潮社
巻号頁・発行日
vol.96(10), no.1137, 1999-10

2 0 0 0 群像

出版者
講談社
巻号頁・発行日
vol.54, no.10, 1999-10