- 著者
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須山 輝明
田中 貴浩
横山 修一郎
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.72, no.10, pp.723-727, 2017-10-05 (Released:2018-08-06)
- 参考文献数
- 24
- 被引用文献数
-
1
2015年9月14日,アメリカのレーザー干渉計重力波天文台(LIGO)の2台の検出器によって人類初の重力波の直接検出がなされた.これはニュースでも大々的に報道されたので,多くの読者がご存じだろう.重力波の直接検出自体大ニュースだが,研究者をさらに驚かせたのは,その重力波の源が,およそ30倍の太陽質量を持つ2つのブラックホール(以降BHと省略)合体によるものだということである.恒星質量域のBHの存在自体は,これまでにも間接的には知られていた.コンパクト天体とそこにガスを供給する星からなる連星系(X線連星と呼ばれる)からの電磁波信号を説明するためには,そのコンパクト天体がBHであることが最も自然だったのである.しかしながら,20例ほどあるX線連星で見つかっていたBHの推定質量はどれも数倍~15倍太陽質量程度に収まっており,30倍太陽質量ほどもある重いBHが見つかったのは,驚きであった.しかも,そのような重いBH同士が連星という形で宇宙にたくさん存在し,それらが合体することが明らかになったことも大きな発見であった.つまり,宇宙には想像以上にBHが溢れていることが分かったのである.新しい観測の窓が開くと必ず(良い意味で)予想を裏切る発見があるというのが天文学の歴史であるが,重力波も例に漏れずそうだったわけである.このLIGOの発表以降,見つかった連星BHの起源解明が宇宙物理学の重要なテーマとして躍り出てきた.この記事では,「LIGOで見つかった重力波は,原始ブラックホール連星の合体から生じた」可能性を指摘した著者達の最近の研究を紹介する.原始ブラックホール(英語名はPrimordial Black Holeであり,以後PBHと書くことにする)は,ビッグバン宇宙誕生直後にできたBHのことであり,存在可能性の理論予言は60年代にまで遡る.電磁波を用いた探索ではこれまでPBHの存在の証拠は見つかっていなかったが,今回の重力波検出によって初めてPBHが見つかったかもしれないのだ.PBHシナリオでは,ビッグバン後6万年未満のまだ熱い放射優勢の時代に,PBH間の強い重力によって連星が自然に作られる.一旦形成した連星BHは,公転運動によって重力波を放射し,長い時間をかけて徐々にその軌道半径を縮めていき,宇宙年齢の時間スケールで合体をする.その合体に伴って強烈に放射された重力波をLIGOはとらえたというのが,PBHシナリオでのLIGOの観測結果の説明である.PBHが形成時には宇宙空間にランダムに分布していたという仮定の下で,PBH合体頻度を理論的に評価したところ,PBHが暗黒物質の約0.1%に相当する量であれば,予測合体頻度がLIGOの結果と一致することを明らかにした.これは天の川銀河内に約3,000万個のPBHがあることに相当する.これは莫大な数のPBHに思えるが,BHは光を出さないので,既存のPBH存在量に対する制限とは矛盾しない.PBHはインフレーション理論と密接な関係性があり,PBHシナリオが確定すると,未だ大きな不確定要素があるインフレーション模型を,宇宙マイクロ波背景放射等の従来の制限とは全く別の切り口から制限することになり,初期宇宙に対する我々の理解が大幅に進展する.現段階では,PBHシナリオは一つの可能性に過ぎないが,今後多数のBH連星合体イベントが見つかり,データが蓄積されてくると,PBHシナリオの検証が可能になってくる.