著者
中里 直美 北條 祥子 菅野 洋 鈴木 高弘 平井 利明 横田 俊平 黒岩 義之
出版者
日本自律神経学会
雑誌
自律神経 (ISSN:02889250)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.132-143, 2022 (Released:2022-04-23)
参考文献数
50

脳脊髄液減少症(脳脊髄液漏出症)は交通事故やスポーツ外傷のような外傷性の発症イベントに引きつづき,多彩な全身的体調不良がみられる後天的な慢性疾患であるが,発症イベント要因が不明なこともある.本症は脊髄神経根部での脳脊髄液の漏出(吸収過多)で起こるといわれているが,その病態に関しては不明な点が多い.4つの中核症状(自律神経症状,情動・認知症状,疼痛・感覚過敏症状,免疫過敏症状)が個々の患者で重層的に起こる.本症には性差があり,女性の方が男性よりも各症状の出現頻度や重症度が高い.本症は環境ストレスに対して生体が過敏症(ストレス感覚入力系の過敏状態)や不耐症(ストレス反応出力系の不全状態)を呈する.本症と筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群,子宮頚癌ワクチン副反応,COVID-19慢性後遺症との類似性が注目され,それらの病像は視床下部性ストレス不耐・疲労症候群(脳室周囲器官制御破綻症候群)といえる.
著者
菅野 洋介 カンノ ヨウスケ Kan'no Yosuke
出版者
駒澤大学
雑誌
駒澤大學文學部研究紀要
巻号頁・発行日
no.78, pp.90[1]-71[20], 2021-03

本論文は、十七世紀後半から十八世紀半ばの羽黒修験玉蔵坊文書の分析から、玉蔵坊の由緒形成の特質や諸活動の展開に迫ったものである。主な論点は、玉蔵坊の由緒形成のあり方と羽黒山における「神事」改編の動向についてである。この二つの論点は相互に関連しあうが、特に羽黒修験が担う「神事」の内実に一部迫ることで、当該期の宗教と社会をめぐる研究との関連性を展望していきたい。また本論文は、今後、総体的な羽黒修験研究を行う上での基礎研究となる。
著者
市原 美恵 山河 和也 岩橋 くるみ 西條 祥 菅野 洋
雑誌
日本地球惑星科学連合2019年大会
巻号頁・発行日
2019-03-14

酢と重曹の反応による発泡を利用した噴火の模擬実験は,簡単な実験ながら,様々な噴火様式を発生させることができる(竹内, 2006).我々は,この実験を発展させ,噴火前後のマグマ溜りの圧力変化や噴出に伴う空振に相当する信号をモニターしながら実験を進める試みを重ねてきた.また,「マグマの混合から噴火へ」というシナリオを再現するため,酢(クエン酸)と重曹(炭酸水素ナトリウム)をそれぞれ混入した2つの水あめ水溶液をボトル内で混合し,噴火を導く,という方式を採用した.この実験は,研究のアウトリーチ活動だけでなく,火山研究の種となる興味深い現象の発見にも役立っている(Kanno and Ichihara, 2018).今回新たに加えた改良により,より実現象に近い形で噴火の多様性を実現することが可能になった.模擬火山は,マグマだまりに相当するペットボトルと,火道に相当する透明耐圧チューブからなる.ボトルのキャップに,特製のコネクタを取り付け,火道チューブを接続する.チューブ先端はゴム栓で閉じ,発泡によってボトル内の圧力が高まると自然に開栓して噴出が始まる.これまでの方法は,2つの点で実現象との乖離があるという指摘がされてきた.第一に,「マグマを注いでペットボトルの蓋を閉じる」という実験手順が,いかにも人為的であった.第二に,ボトル内部にもチューブを伸ばした構造が不自然な印象を与えるが,これがなければ,ボトル上部のガスだけが噴出し,噴火を継続させることができなかった.火山噴火のメカニズムという点では,それぞれに対応する現象は考えられる.しかし,専門知識,言い換えれば,先入観を持たずに噴火実験を見た場合,実際の火山現象を模擬するプロセスと実験の便宜上の手続きの間の切り分けが難しく,まして,便宜上の手続きの背後にある実現象を想像することは不可能である.従って,できる限り,人工的な部分を排して,マグマ混合から噴火までの一連の現象を模擬する実験が望ましい.以上の必要性から,マグマの注入口と火道への流出口の2系統を,ペットボトルキャップの限られたスペースに配置するコネクタを考案した.これにより,マグマ溜りの底部から新しいマグマが供給され,上部から火道に出て行く場合など,任意に設定することができる.そして,多様な噴火様式を,より制御して,自然に近い(と思われる)形で再現することが可能となった.本システムを,「次世代火山研究者人材育成コンソーシアム」の一環として開催される実験火山学セミナーにおいて使用する予定である.本発表では,その結果や効果についても報告する.
著者
田舎中 真由美 山本 泰三 菅野 洋平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】骨盤底筋群,腹横筋,横隔膜,多裂筋はインナーユニットと総称され,腰痛症や尿失禁に対する運動療法の際に呼吸法と併用してトレーニングされている。臨床上,尿失禁や臓器下垂の症例や経産婦の呼吸は胸式呼吸が多い。骨盤底筋群に機能低下がある場合,吸気に骨盤底筋群を下方に押し下げることを避けるために胸式で呼吸すると考えられる。昨年の本学会で我々は意図的な腹圧上昇課題により腹壁が膨隆すると骨盤底部は下降し,腹横筋は伸張されることを報告した。しかし,呼吸時の腹壁の動きが骨盤底筋に与える報告はまだない。本研究の目的は,超音波画像診断装置及び3次元動作解析装置を用い,呼吸様式の違いが骨盤底筋に与える影響を評価することである。【方法】対象は胸腹部及び骨盤内臓器の手術歴の既往がない健常成人男性7名(平均年齢36.3±9.1歳)とした。呼吸様式は上部肋骨を上下させる上部胸式呼吸(以下,上部胸式),下部肋骨を広げる下部胸式呼吸(以下,下部胸式),腹式呼吸(以下,腹式)とし,それぞれの様式で安静呼吸と最大深呼吸させた。各呼吸課題は事前に練習した。胸郭と腹壁の動きは3次元動作解析装置(VICON社製)を用い,マーカーは第2肋骨,両肋骨下端,臍にマーカーを設置し測定した。各呼吸様式における胸郭及び腹壁の動きは安静呼気終末を基準として吸気時の各マーカーの変化量を算出した。骨盤底筋群の測定には超音波画像診断装置(Sono Site社製MicroMaxx)を用いた。骨盤底筋の変化はWhittakerらの手技に準じ,背臥位で恥骨結合の上部にプローブを当て,膀胱後面の動きを骨盤底筋の動きとし,安静呼気終末と吸気終末,最大呼気終末と最大吸気終末に測定した。安静及び最大呼気終末時の腹壁から膀胱後下面までの距離を基準として,各呼吸様式における安静及び最大吸気終末の膀胱後面の下降率(下方が正の数)を算出した。統計学的分析は分散分析後にポストホックテストした。各呼吸様式における第2肋骨,下部肋骨,臍点の変化量,及び各吸様式の臍点の変化量と膀胱後面の変化量の相関を求めた有意水準は5%未満とした。【結果】被験者の安静呼吸様式は上部胸式が6名,腹式が1名であった。安静呼吸における第2肋骨の矢状面の変化量は,上部胸式で1.0±1.3%,下部胸式で1.4±1.5%,腹式で1.0±1.5%であった。下部肋骨の前額面の変化量は,上部胸式で1.4±1.1%,下部胸式で2.7±2.5%,腹式で2.1±2.9%であった。安静呼吸の腹壁の矢状面の変化量は上部胸式で7.9±16.8%,下部胸式で36.6±86.8%,腹式で25.0±58.4%であった。最大深呼吸における下部肋骨の前額面の変化量は,上部胸式で3.6±2.7%,下部胸式で3.9±3.5%,腹式で4.5±4.5%であった。安静呼吸における膀胱の下降率は上部胸式で0.8±1.6%,下部胸式で0.4±1.0%,腹式で7.5±4.9%であり,安静腹式の下降率が下部胸式より有意あった。最大深呼吸における膀胱の下降率は,上部胸式で3.9±1.4%,下部胸式で0.3±1.9%,腹式で7.5±2.7%であり,最大深呼吸では腹式の下降率が上部胸式及び下部胸式より有意であった。各呼吸様式の腹部の矢上面の動きと膀胱下降率の相関は認められなかった。【考察】最大腹式呼吸における吸気では他の呼吸様式に比べて骨盤底筋を下降させることが分かった。骨盤底筋群の機能不全例では腹式呼吸を避け,胸式呼吸を行っていることが多い。これは骨盤底部に過剰な腹圧をかけないための逃避動作を裏付ける結果となった。上部胸式呼吸同様に下部胸郭を外側に広げる下部胸式呼吸では骨盤底筋は下降しにくいことが分かった。DeToroverらによると下部胸郭に対して吸気に抵抗をかけると次の呼気相において腹横筋が選択的に促通されるとの報告もある。臨床において骨盤底筋群の運動療法の際,腹式呼吸を併用させて吸気で腹部を膨らませ,呼気で骨盤底筋群の随意収縮を促すことが用いられている。しかし,本研究の結果から骨盤底筋群の運動療法を行う場合,初期段階では下部胸式呼吸は吸気に骨盤底筋に過負荷を与えることなく呼気で随意収縮を促しやすくなるため有効であると考える。今後症例数を増やし,呼吸様式の違いによる骨盤底筋群及び腹横筋の随意収縮への影響や腹圧変化を確認し,適切な体幹のスタビリティートレーニングを行うためのプロトコルを検討する。【理学療法学研究としての意義】腹式呼吸は他の呼吸様式に比べて骨盤底筋を下降させることから,骨盤底筋に機能不全がある場合,初期段階では吸気で骨盤底筋に負荷を与えにくい下部胸式呼吸を併用した運動療法を行うことが有効である。
著者
佐々木 華織 菅野 洋光 横山 克至 松島 大 森山 真久 深堀 協子 余 偉明
出版者
社団法人日本気象学会
雑誌
天気 (ISSN:05460921)
巻号頁・発行日
vol.51, no.12, pp.881-894, 2004-12-31
参考文献数
25
被引用文献数
3

山形県庄内地方に発生する清川ダシの集中気象観測を行い,峡谷出口に強風域が局限される事例(Obs-1)と,全域で強風の事例(Obs-2,3)を観測した.峡谷出口でのパイバル2点観測の結果,東風成分の高度は事例によって異なり,Obs-2では下層200〜400mに最強風帯が,その上空付近には1m/s以上の強い上昇流が発生していた.峡谷出口の風速は,峡谷内の気圧傾度によって加速された,地峡風の風速と同様の傾向であったが,Obs-1ではばらつきが大きかった.付近の高層データから,全ての事例で逆転層が認められた.Obs-1では上流である仙台の逆転層が清川周辺の山脈と同程度と低く,フルード数は0.11であり,峡谷出口付近でHydraulic jumpが発生していた可能性がある.一方,Obs-2,3では仙台の逆転層が高く,フルード数は最高0.58で,強風が平野全域に現れやすい状況であったと考えられる.
著者
広田 知良 山﨑 太地 安井 美裕 古川 準三 丹羽 勝久 根本 学 濱嵜 孝弘 下田 星児 菅野 洋光 西尾 善太
出版者
日本農業気象学会
雑誌
生物と気象 (ISSN:13465368)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.34-45, 2017 (Released:2017-04-10)
参考文献数
67
被引用文献数
10

Although climatic conditions had hindered the introduction of Pinot Noir, a cultivar of wine grape (Vitis vinifera), to areas such as Yoichi and Sorachi, Hokkaido, northernmost Japan, the growing region of the cultivar has recently extended. We analyzed meteorological data to obtain the rationale for the successful cultivation of Pinot Noir in Hokkaido; climate shift since 1998 pointed by Kanno (2013), i.e., rise in summer temperature, facilitated cultivation of the variety. Today, Yoich and Sorachi have become the right locations for growing the cultivar, and it has also been grown in other areas. Indeed, the vintage chart in Tokachi indicated the consistent, good harvest of grape since 1998. There is negative correlation in the average monthly temperature between April and August, and positive correlation between August and September ever since the climate shift. We hypothesize the benefits of the climate shift in terms of wine production as follows: 1) in years with low April temperature and high summer temperature, the growth rate in early stage delays, but the temperature required for grape maturation is secured by high temperature in August and September; and 2) in years with warm April and subsequent cool summer, early growth start keeps the growing season long enough, which may have compensated the risk of poor grape maturation in cool summer. Thus, climate change is considered to have favored the cultivation of Pinot Noir in Hokkaido.
著者
佐々木 華織 菅野 洋光 横山 克至 松島 大 森山 真久 深堀 協子 余 偉明
出版者
日本気象学会
雑誌
天気 (ISSN:05460921)
巻号頁・発行日
vol.51, no.12, pp.881-894, 2004
参考文献数
25
被引用文献数
3

山形県庄内地方に発生する清川ダシの集中気象観測を行い,峡谷出口に強風域が局限される事例(Obs-1)と,全域で強風の事例(Obs-2,3)を観測した.峡谷出口でのパイバル2点観測の結果,東風成分の高度は事例によって異なり,Obs-2では下層200~400mに最強風帯が,その上空付近には1m/s以上の強い上昇流が発生していた.峡谷出口の風速は,峡谷内の気圧傾度によって加速された,地峡風の風速と同様の傾向であったが,Obs-1ではばらつきが大きかった.付近の高層データから,全ての事例で逆転層が認められた.Obs-1では上流である仙台の逆転層が清川周辺の山脈と同程度と低く,フルード数は0.11であり,峡谷出口付近でHydraulic jumpが発生していた可能性がある.一方,Obs-2,3では仙台の逆転層が高く,フルード数は最高0.58で,強風が平野全域に現れやすい状況であったと考えられる.
著者
清野 豁 甲斐 啓子 太田 俊二 菅野 洋光 山川 修治
出版者
日本農業気象学会
雑誌
農業気象 (ISSN:00218588)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.179-186, 1998
被引用文献数
1

In this paper, new knowledge of global warming is briefly described on the basis of the 1st and 2nd Working Group of IPCC (Intergovernmental Panel of Climate Change) published in 1996. The contents of this paper are arranged according to the oral reports in the 7th gathering of the Researching Group for Impacts of Climate Change (ICC) in the Society of Agricultural Meteorology of Japan on June 7, 1997. The main authors are as follows: Seino is §1 and §4, Kai in §2, Ohta in §3, Kanno and Yamakawa in §5. Observed climate change, its variability and uncertainty are discussed in §2. Assessment of impacts of climate change on terrestrial ecosystem is presented in §3. Agriculture under changing climate is introduced in §4. In §5, some problems as to the IPCC reports are mentioned including the discussions in the meeting.
著者
原 正利 関 剛 小澤 洋一 鈴木 まほろ 菅野 洋
出版者
植生学会
雑誌
植生学会誌 (ISSN:13422448)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.153-170, 2007-12-25 (Released:2017-01-06)
参考文献数
82
被引用文献数
1

1. イヌブナの分布北限域にあたる宮城県と岩手県,青森県東部を対象地域として,踏査データ(105地点),文献情報(112地点),標本データ(14点),岩手県自然環境統合時報(47地点)を情報源に,緯度経度情報を伴うイヌブナの分布データベース(278地点)を作成し,国土数値情報を用いて分布地点の気候,地質,地形の各情報を抽出し,GISを用いて分布との対応を解析した。  2. 詳細な分布図を作成した結果,分布北限域におけるイヌブナの水平分布は,分布上のギャップを多く伴うパッチ状で特徴的なものであることが明らかとなった.  3. 垂直分布については,奥羽山脈域では600m前後にある分布上限が,北上山地域では800m付近まで上昇していた.一方,分布下限の標高に地域差は無く,海抜数10m以下の低海抜地にも分布が見られた.  4. 気候的には,60℃・月<WI≦95℃・月かつ寒候期最深積雪深120cm以下の領域がイヌブナの分布可能な領域であると考えられた.特に最深積雪深はイヌブナの分布域を強く制限し,水平的な西限および垂直的な上限を規定していると考えられた.また,WIと寒候期最深積雪深の相関関係の解析から,イヌブナの分布上限が,北上山地域で奥羽山脈域よりも上昇しているのは,イヌブナの分布が,積雪深によって規定されているためであることが示唆された.  5. 地質的には,イヌブナの分布は,主に半固結-固結堆積物と固結火山性岩石の分布域に限られ,未固結堆積物,未固結火山性岩石,深成岩類,変成岩類の分布域にはあまり分布しないことが明らかとなった.  6. 地形的には,イヌブナの分布は,主に山地と丘陵地に限られ,他の地形にはほとんど分布しなかった.また,奥羽山脈沿いのイヌブナの分布上のギャップには,砂礫台地および扇状地性低地が対応して分布し,寒候期最深積雪深120cm以上の地域との組み合わせによって,イヌブナが分布しない原因を説明できると考えられた.また,特に北上山地では,イヌブナの分布は急傾斜地に限られる傾向にあった.  7. 植生改変などの人為的要因,および最終氷期におけるレフュジアの位置や後氷期における分布変遷などの歴史的要因がイヌブナの分布に影響している可能性についても考察した.  8. 分布北限域においてイヌブナの分布が気温的に予測されるよりも南部に限定され,しかも断続的な分布を示しているのは,積雪に対する耐性が低く地質・地形的な立地選択性の幅も比較的,狭いというイヌブナの種特性と,本州北端部が最終氷期末以降,火山活動の影響を受けて地表面が大きく攪乱された上,現在も火山性堆積物が厚く堆積しているという地史的な要因に起因すると考えられた.
著者
田中 博春 井上 君夫 足立 幸穂 佐々木 華織 菅野 洋光 大原 源二 中園 江 吉川 実 後藤 伸寿
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.83, 2010

<B>I. はじめに</B><BR> 地球温暖化による気候変動は、農作物の栽培適地移動や栽培不適地の拡大、夏季の高温による人々の健康被害等、多くの好ましくない事例が発生することが懸念される。特に都市化に伴うヒートアイランドの拡大は、高温による人的被害をさらに助長する可能性があり、将来の気候変化を見据えた都市・農地の開発計画が必要である。そこで、農研機構が開発した「気候緩和機能評価モデル」に、気候シナリオを再現できる機能を組み込み、将来気候下で農地・緑地等の気候緩和機能を評価できるようにした。<BR><BR><B>II. モデル概要</B><BR> 「気候緩和機能評価モデル」は農研機構中央農業総合研究センターが2004~2006年に開発した領域気候モデルである(井上ほか, 2009)。コアモデルとしてTERC-RAMS(筑波大学陸域環境センター領域大気モデリングシステム)を用いており、サブモデルとして植生群落サブモデルと単層の都市キャノピーモデルを追加している。Windows XP搭載のPCにて日本全国を対象としたシミュレーションが可能であり、計算条件の設定から結果表示まで、すべてグラフィカルユーザーインターフェースによる操作が可能である。計算可能な期間は1982~2004年。計算可能な水平解像度は最大250m。1976,1987,1991,1997年の全国の土地利用を整備しており、それを元にユーザー側で自由に土地利用の変更が可能である。モデル内の都市を農地に変更することで、現在から将来までの農地の持つ気候緩和効果の理解が容易にできる。 2009年は上記モデルの「気候シナリオ版」を作成し、IPCCにより策定されたA1B気候シナリオに基づいた気候値の予測データ(MIROC)を組み込み、気温や降水量の変化を1kmメッシュで再現できるようにした。計算可能な期間は、1982~2004年の現在気候、および現在気候と同条件下の2030年代と2070年代の将来気候である。<BR><BR><B>III. モデル適用事例</B><BR> 現在気候の計算例として、仙台平野を中心とした領域における2004年7月20日の日平均気温分布を示す(図1(a))。この日は東京で史上最高気温(39.5℃)を記録するなど現在気候下で猛暑の事例である。モデル計算により、日平均気温28℃以上の高温域が仙台平野の広い範囲に分布していることが把握できる。<BR> 同じ期間における2030年代の気温を計算すると、計算領域全体で約1.5℃の気温上昇が認められる(図1(b))。仙台市を中心とする平野部が最も高温であり、海岸部では海風の進入によると思われる低温域が形成されている。さらに、同じ期間における2070年代の気温を計算すると、平野部を中心として32度以上の高温域が広範囲に形成されている(図1(c))。<BR> 2004年と2030年代の気温差を計算すると、領域北部で昇温が大きく、海岸部で相対的に小さい特徴的な分布が把握できる(図2)。これに関しては、海岸部では内陸の昇温により海風の進入が強まり、日中の昇温を現在よりも抑制することが考えられる等、将来の気候分布に力学的な解釈が適用可能である。<BR><BR><B>IV. モデルの利用方法</B><BR> 本気候緩和機能評価モデルの利用にあたっては、下記宛てにご連絡下さい。利用申請を頂いた後、500GB以上のハードディスクを郵送して頂くことで、プログラム・データを無償配布している。本気候緩和機能評価モデルは、日本国内の身近な地域の温暖化を予測するツールとして最適であり、大学や研究機関、中学校・高等学校にての教育や、自治体等で利用可能である。<BR><BR><B>連絡先:</B><BR>独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構<BR>東北農業研究センター やませ気象変動研究チーム<BR>田中 博春 宛<BR><BR><B>文献:</B><BR>井上君夫・木村富士男・日下博幸・吉川実・後藤伸寿・菅野洋光・佐々木華織・大原源二・中園江 2009. 気候緩和評価モデルの開発とPCシミュレーション. 中央農研研究報告 12: 1-25.<BR>
著者
菅野 洋光 西森 基貴 遠藤 洋和 吉田 龍平 ヌグロホ バユ ドゥイ アプリ
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2017, 2017

北日本における4月と8月の月平均気温は、季節が異なっているにもかかわらず、1998年以降、強い負の相関関係を示している(Kanno,2013)。前回の大会では、これがIPOにより判別される気候ステージ(-IPO)で発現しており、ラニーニャモードによるSSTの応力の弱さと偏西風循環に内在された独自の変動に影響されている可能性があることを指摘した。また、インドネシア付近の対流活動の重要性についても明らかにした。今回は、対流活動の中心に位置するインドネシアの農作物生産性の変動について、IPOに基づく気候ステージを考慮した解析を行った。<br>北日本の月平均気温偏差は気象庁HPよりダウンロードした。客観解析データはJRA55を、多変量解析は気象庁のiTacs (Interactive Tool for Analysis of the Climate System)を用いて行った。インドネシア農作物収量データは、イネ、トウモロコシ、ダイズの3種類で、1993年~2015年の期間、34の州のデータをインドネシア農業省より入手した。このうち、26の州についてはデータの欠落がなく、以下の解析にはそれらのデータを用いている。一般に途上国での農作物生産性は、栽培技術の進歩により時間の経過とともに増加する。そこで本研究では、全期間のデータに一次回帰計算を行い、回帰式からの偏差を解析対象データとした。また、近年の気候ステージについては、England et al.(2014)によるIPOのステージ区分を用い、また生産性と海洋変動との比較には、標準的なPDOインデックスを用いた。<br>図1にはインドネシアにおけるイネの生産性の一次回帰式からの偏差と年平均PDOインデックスの時間変化を示す。全期間(1993-2015年)を通すと相関係数は0.34となり、統計的に有意ではない。そこで、IPOによる気候ステージを考慮して、2001年以前(概ね+IPO)と2002~2013年(概ね-IPO)とで分けると、前者はR=+0.78、後者はR=-0.70で、ともに危険率5%以下で統計的に有意となった。また、エルニーニョが発生した2014年以降は、一転して同時的な変動に移行したようにみえる。トウモロコシでは、イネと同様に、全期間を通すとR=0.22となり、統計的に有意ではないが、IPOステージを考慮すると、2001年までがR=0.84、2002~2013年までがR=0.71となり危険率1%以下で統計的に有意となる(図略)。図2にはダイズの例を示す。こちらはIPOステージとの関係は明瞭ではなく、全期間を通して有意な正の相関を示す(R=0.57)。このような作物ごとの差異についてその原因を考察するため、JRA55を用いたインドネシア域(10S-5N, &nbsp;95E-140Eの矩形領域)における年積算解析降水量を計算し、PDOと比較した(図3)。その結果、全期間を通して降水量とPDOは負の相関を示し(R=0.67)、特に1997年以降が明瞭でR=0.76となる。すなわち、イネ、トウモロコシの生産性については、-IPO期間は降水量の年々変動に強く影響されていることが分かる。また+IPO期間については数年の幅はあるが、PDOと降水量とが比例している時期と重なっており、こちらも概ね降水量に影響されていると言える。一方、ダイズについては解析期間を通してPDOと正の相関を持ち、イネ、トウモロコシとは異なった変動を示している。これは、インドネシアではダイズはmain cropではなくcatch cropであるため、特に-IPO期間ではイネ、トウモロコシが不作の際に補完的に作付けられ、それが降水量変動と負の関係を示す原因として考えられる。
著者
富田 瑞樹 平吹 喜彦 菅野 洋 原 慶太郎
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.163-176, 2014-11-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
3

低頻度大規模攪乱である2011年3月の巨大津波の生態学的意味を議論するうえで、海岸林攪乱跡地における倒木や生残木などの生物的遺産の組成と構造を明らかにすることは重要である。本研究ではこれらを記載したうえで、攪乱前の標高、攪乱前後の標高差、汀線からの距離、マツ植栽時期の違いに起因するサイズ構成の差異などの環境条件が、攪乱後の海岸林の樹木群集の生残と損傷に与えた影響について解析した。2011年6月、仙台市の海岸林に設置した540m×40mの帯状区において胸高直径(DBH)が5cmを超える全ての樹木の生死・DBH・損傷様式を記録し、主な損傷様式を次の4つに区分した:傾倒(根系を地中に張ったまま地上部が物理的に傾いた状態)、曲げ折れ(根系を地中に張ったまま、幹基部が物理的に折れた状態)、根返り(根系が地表に現れて樹体全体が倒伏した状態)、流木(根系ごと引きぬかれた樹体全体が漂着したと推察される状態)。実生や稚樹の生存状況を明らかにするために、DBH5cm以下の樹木の種名と数を記録した。また、航空レーザー測量で求めた数値標高モデルを用いて津波前と津波後の標高を表した。海岸林は帯状区のほぼ中央で運河によって海側と陸側に区分され、海側には高標高の砂丘上に若齢クロマツ林が、陸側には一部に湿地を介在する低標高域にマツ・広葉樹混交壮齢林が成立していた。攪乱後の海側には生存幹が少なく、損傷様式は傾倒と曲げ折れが卓越した一方、陸側には多数の生存幹の他に多様な損傷様式が確認された。海側には広葉樹の実生や稚樹は出現しなかったが、陸側ではサクラ属やハンノキ、コナラなどの実生や稚樹が確認された。クロマツの実生や稚樹は両方に出現した。帯状区の海側と陸側の別をランダム効果、帯状区を10mに区分した方形区ごとの環境条件を説明変数、生存や損傷を応答変数とした一般化線形混合モデルによる解析の結果、マツの生存や各損傷様式の発生率は、汀線からの距離やサイズ構成、標高などに依存するが、その傾向は生存・損傷様式ごとに大きく異なること、若齢林が卓越する海側で傾倒率が、壮齢林が卓越する陸側で生存率が高いことが示された。また、マツや広葉樹の実生・稚樹が多数確認され、これらの生物的遺産を詳細に調査することで、減災・防災機能と生物多様性が共存する海岸林創出に向けて有用な知見が得られることが示唆された。
著者
広田 知良 山﨑 太地 安井 美裕 古川 準三 丹羽 勝久 根本 学 濱嵜 孝弘 下田 星児 菅野 洋光 西尾 善太
出版者
日本農業気象学会
雑誌
生物と気象
巻号頁・発行日
vol.17, pp.34-45, 2017
被引用文献数
10

Although climatic conditions had hindered the introduction of Pinot Noir, a cultivar of wine grape (<i>Vitis vinifera</i>), to areas such as Yoichi and Sorachi, Hokkaido, northernmost Japan, the growing region of the cultivar has recently extended. We analyzed meteorological data to obtain the rationale for the successful cultivation of Pinot Noir in Hokkaido; climate shift since 1998 pointed by Kanno (2013), i.e., rise in summer temperature, facilitated cultivation of the variety. Today, Yoich and Sorachi have become the right locations for growing the cultivar, and it has also been grown in other areas. Indeed, the vintage chart in Tokachi indicated the consistent, good harvest of grape since 1998. There is negative correlation in the average monthly temperature between April and August, and positive correlation between August and September ever since the climate shift. We hypothesize the benefits of the climate shift in terms of wine production as follows: 1) in years with low April temperature and high summer temperature, the growth rate in early stage delays, but the temperature required for grape maturation is secured by high temperature in August and September; and 2) in years with warm April and subsequent cool summer, early growth start keeps the growing season long enough, which may have compensated the risk of poor grape maturation in cool summer. Thus, climate change is considered to have favored the cultivation of Pinot Noir in Hokkaido.