著者
舩田 正彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.10-16, 2005
被引用文献数
4 3 2

薬物依存症の治療法の確立および治療薬の開発のために,依存性薬物による精神依存形成機構の解明が必要である.このためには,精神依存動物モデルを確実に,かつ安定して獲得する方法論を確立することが必須となる.条件付け場所嗜好性試験(Conditioned place preference,CPP法)は,薬物の精神依存形成能を報酬効果から予測する方法として注目されている.CPP法はパブロフ型条件付けの原理に基づいており,動物に薬物を投与した時,その薬物が引き起こす感覚効果(中枢神経作用)と装置の環境刺激(視覚,触覚,嗅覚刺激など)を結びつける方法として開発された.CPP法は薬物の報酬効果を簡便な装置を利用することで,短期間で評価できることが最大の特徴である.また,短期間での評価が可能であることから,薬物の脳内微量注入による条件付けにより,精神依存形成における責任脳部位の同定が可能になった.一方,揮発性有機溶剤は"吸入"により乱用されることから,依存形成メカニズム解明のためには,薬物吸入により精神依存性を評価する装置の開発が必須であった.そこで,薬物吸入による揮発性有機溶剤用CPP装置の開発を試みた.その結果,トルエン吸入により報酬効果の発現が確認された.このCPP装置は簡便な操作で,一定量の揮発性有機化合物を動物に吸入させることができ,トルエン以外の揮発性有機化合物の報酬効果の評価にも応用できると考えられる.CPP法は装置を工夫することで薬物吸入による依存モデルの作製も可能であり,さまざまな薬物の精神依存形成能の一次的評価方法として非常に有用である.また,操作が簡便であり,評価に要する時間も短期間であることから,薬物の精神依存形成機構の解明に大きく貢献する評価法の一つである. 現在,わが国は第三次覚せい剤乱用期にあり,薬物乱用が大きな社会問題となっている.特に,覚せい剤,コカインおよび大麻などの違法性薬物の入手の可能性がこれまでになく高まり,薬物乱用の若年層への拡大が表面化している.また,こうした薬物の慢性的な使用により,精神疾患を発症することが知られている.医療施設における薬物関連精神疾患に関する調査から,その発病に至る薬物として覚せい剤が50%,有機溶剤は30%を占め主要な原因薬物になっているのが現状である(1,2).こうした薬物関連精神疾患,薬物依存症の治療法の確立およびその治療薬の開発のために,依存性薬物による精神依存形成機構の解明が必要である. さらに,法的規制を受けていない化学物質である通称"脱法ドラッグ"の乱用は若年層を中心に浸透しているのが現状である.こうした化学物質は,強力な精神依存形成能を有する危険性や未知の毒性などが発現する危険性を有する.事実,幾つかの化学物質は乱用され重大な社会問題となっている.したがって,化学物質の薬物依存性を,迅速に評価できる動物実験の必要性が高まっている. こうした背景から,薬物の依存形成能を迅速に評価し,さらに精神依存動物モデルを確実かつ安定して獲得する方法論を確立することが重要である.国内および海外の研究施設において,条件付け場所嗜好性試験(Conditioned place preference,CPP法)は,薬物の精神依存形成能を報酬効果から予測する方法として注目されている(3,4).海外では1980年代に,ラットを使用した研究からCPP法が確立されてきた(3,4).国内では1990年代に世界に先駆けて,鈴木らにより遺伝子改変マウスの利用を視野に入れたマウスを使用したCPP法が確立された(5).その後,マウスを利用したCPP法に関する研究報告が飛躍的に増えている.CPP法に関する詳細な実験技術に関しては,既に鈴木らのグループにより紹介されている(5,6).本総説では,こうした報告を踏まえCPP法の基礎として,実際の実験方法と実験を実施する際の留意点に関して総括した.また,CPP法は薬物の報酬効果を,短期間で評価できることが最大の特徴および有用性である.すなわち,動物の維持が短期間で済むため「薬物の脳内微量注入による条件付け」の実施が可能になった.そこで,こうした技術とCPP法を利用した薬物の報酬効果発現の解析を通じ,明確になりつつある薬物精神依存形成における責任脳部位に関する代表的な知見をまとめてみた.さらに,CPP法の応用例として,当研究部で確立に成功した揮発性有機溶剤であるトルエン吸入による報酬効果評価の実例を紹介する.<br>
著者
藤井 秀二 村上 善紀 原田 寧
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.5, pp.275-285, 2013 (Released:2013-05-10)
参考文献数
35
被引用文献数
1 2

抗TNF製剤は,リウマチ(RA)などの自己免疫疾患の治療に欠かせない薬剤となっている.ゴリムマブは,これまでの抗TNF製剤の優れた有効性を保持したまま,従来の抗TNF製剤において長期治療の障害になってきた抗薬物抗体の出現,投与部位反応,適切な投与間隔および複数の投与経路を有することなどの点を改善することを目標として開発されたヒト型抗ヒトTNFα抗体である.ゴリムマブは,抗体製剤としては,物理化学的な安定性に優れ,TNFαに対する強い親和性および中和活性を示した.また,ゴリムマブは IgG1のFc領域を有し,FcRnに結合するため体内での半減期が長く,また,Fcγ受容体に結合することから,インフリキシマブおよびアダリムマブと同様な生物活性を示すことが予想された.ゴリムマブのRAに対する海外臨床試験は,2001年から開始され,米国では2009年4月,欧州では2009年10月に承認された.日本での臨床開発は,2006年から第I相単回投与試験を開始し,第II/III相試験を経て2011年7月に承認された.これらの臨床試験において,ゴリムマブを4週間隔で皮下投与したときRAに対する症状および徴候の軽減,身体機能改善および関節破壊進展抑制効果が認められ,安全性も確認された.また,これらの臨床試験から,ゴリムマブはRAの疾患活動性に応じた投与量の選択が可能なこと,単剤でも使用できること,抗ゴリムマブ抗体の陽性率が低いこと,注射部位反応の発現率が低いこと,既存の抗TNFα製剤を使用していた患者にも有効性を示すことなどの特徴が明らかとなった.本稿ではゴリムマブのこのような特徴を紹介する.
著者
南 雅文 佐藤 公道
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.1, pp.5-9, 2005 (Released:2005-03-01)
参考文献数
4

「痛み」は感覚的成分(sensory component)と感情的あるいは情動的成分(affectiveあるいはemotional component)からなる.これまでに感覚的成分に関しては精力的に研究されその分子機構も次第に明らかになりつつあるが,感情的成分に関する研究は未だ緒についたばかりである.本稿では,「痛み」の感情的成分である「負の情動反応」における扁桃体の役割とそれに関連する神経情報伝達機構について筆者らの研究成果を紹介する.ホルマリン後肢皮下投与により惹起される体性痛(somatic pain)により扁桃体基底外側核においてc-fos mRNA発現が誘導されたが,扁桃体中心核では発現誘導されなかった.一方,酢酸腹腔内投与による内臓痛(visceral pain)ではc-fos mRNA発現は中心核で誘導されるが,基底外側核では誘導されなかった.また,ホルマリンにより惹起される場所嫌悪反応は,基底外側核あるいは中心核のいずれかを予め破壊することで著しく抑制されたが,酢酸による場所嫌悪反応は,中心核の破壊によってのみ抑制され基底外側核の破壊では影響を受けなかった.これらの結果は,「痛み」の感情的成分である「負の情動反応」に関わる神経回路が,体性痛と内臓痛とでは異なることを示唆している.ホルマリンによる体性痛の際には基底外側核においてグルタミン酸遊離が増加し,NMDA受容体拮抗薬の基底外側核への局所投与によりホルマリンによる場所嫌悪反応が抑制された.さらに,基底外側核へのモルヒネ局所投与はホルマリンによるグルタミン酸遊離と場所嫌悪反応をともに抑制した.これらの知見は,ホルマリン投与により引き起こされる「負の情動反応」に基底外側核でのNMDA受容体を介した神経情報伝達が重要な役割を果たしていることを示唆している.また,モルヒネがこの情報伝達を抑制的に調節することも明らかとなり,モルヒネの鎮痛作用には,「痛み」の感覚的成分である痛覚情報伝達を抑制するという直接的な作用機序だけでなく,「痛み」の感情的成分である「負の情動反応」を抑制するという作用機序も関与していることが考えられる.
著者
茶木 茂之 奥山 茂
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.3, pp.196-200, 2006 (Released:2006-05-01)
参考文献数
28
被引用文献数
1 1

ストレス社会を反映して,うつ病・不安障害などのストレス性疾患を患う患者数は増加の一途を辿っているが,現在使用されている抗うつ薬は治療効果および作用発現の速さという点で必ずしも満足できるものではない.最近,種々の神経ペプチドと呼ばれる短鎖アミノ酸がストレス反応において中心的役割を果たす分子として注目されている.神経ペプチドは感情およびストレス反応に関与する脳内の特定部位において生合成され,神経伝達物質あるいは調節物質として機能する.さらに,それらの発現および遊離はストレス負荷によって顕著に変化し,脳内神経回路あるいは神経内分泌系を介して種々のストレス反応を惹起する.神経ペプチドは細胞膜表面に発現するそれぞれの神経ペプチドに特異的な受容体に結合することにより生理機能を発現する.さらに,それぞれの受容体には通常数種類のサブタイプが存在することが知られている.各神経ペプチド受容体サブタイプに特異的な化合物および受容体サブタイプの遺伝子改変動物を用いた行動薬理学的検討により,各神経ペプチド受容体サブタイプの生理機能およびうつ病との関連が明らかになりつつある.これら神経ペプチド受容体の中で,コルチコトロピン放出因子1型受容体,バソプレッシン1b受容体,メラニン凝集ホルモン1型受容体およびメラノコルチン-4受容体はストレス反応との関連が示唆されている.さらに,それぞれの受容体に特異的な拮抗薬が創出され,種々動物モデルにおいて抗うつ作用が認められたことから,これらの受容体の新規抗うつ薬創出のターゲットとしての有用性が期待される.
著者
浅井 将 城谷 圭朗 近藤 孝之 井上 治久 岩田 修永
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.1, pp.23-26, 2014 (Released:2014-01-10)
参考文献数
18
被引用文献数
1

アルツハイマー病の原因物質アミロイドβペプチド(amyloid-β peptide:Aβ)はその前駆体であるアミロイド前駆体タンパク質(amyloid precursor protein:APP)からβおよびγセクレターゼの段階的な酵素反応によって産生される.アルツハイマー病の発症仮説である「アミロイド仮説」を補完する「オリゴマー仮説」は,オリゴマー化したAβこそが神経毒性の本体であるとする仮説であるが,オリゴマーAβのヒトの神経細胞への毒性機構や毒性を軽減する方法は未だ不明であった.そこで我々は,この問題点を解決すべく若年発症型家族性アルツハイマー病患者2名および高齢発症型孤発性アルツハイマー病患者2名から人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)を樹立し,疾患iPS細胞から神経細胞に分化誘導を行って細胞内外のAβ(オリゴマー)の動態と細胞内ストレス,神経細胞死について詳細に検討した.その結果APP-E693Δ変異を有する家族性アルツハイマー病患者由来の神経細胞内にAβオリゴマーが蓄積し,小胞体ストレスおよび酸化ストレスが誘発されていることがわかった.一方,1名の孤発性アルツハイマー病患者においても細胞内にAβオリゴマーの蓄積と上記と同様の細胞内ストレスが観察された.これらの小胞体ストレスおよび酸化ストレスはβセクレターゼ阻害薬によるAβ産生阻害やドコサヘキサエン酸(docosahexaenoic acid:DHA)によって軽減された.このように孤発性アルツハイマー病においても Aβオリゴマーが神経細胞内に蓄積するサブタイプが存在すること,およびこのサブタイプに対する個別化治療薬としてDHAが有効である可能性を示した.
著者
川上 浩司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理學雜誌 = Folia pharmacologica Japonica (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.140, no.4, pp.174-176, 2012-10-01

薬剤疫学は,医薬品等の研究開発段階において安全性を予測するモデル等の開発,臨床試験に関連する各種規制ガイドラインのあり方や制度に関する調査とシステム研究といったレギュラトリーサイエンス,市販後のファーマコビジランス,市販後のリスクマネジメントの考え方の確立と実施,そして社会福祉の中における医療における費用対効果研究といった様々なアクティビティを包括した新しい道が示されていく必要がある.また,先制医療の時代になると,病気にならないための薬剤介入の可能性の勘案も必要となる.医療,医薬品の安全性や有効性,経済性の評価は,今後多様化しつつ発展していくであろう.
著者
坪井 良治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.133, no.2, pp.78-81, 2009-02-01

男性型脱毛症の治療は代表的な若返りのひとつであり,一般の人々の関心も高い.男性型脱毛症(壮年性脱毛)の診断と病態を簡単に述べるとともに,男性型脱毛症に対する治療の現状と展望について概説した.現在は,内服治療薬であるフィナステリドと外用育毛剤であるミノキシジルが,安全で有効性の高い薬剤として,単独ないし併用で広く使用されている.このほかにも数多くの外用育毛剤が使用されているが,育毛・発毛・ヘアケアに関する根拠のない情報も氾濫しているので,エビデンスに基づいた情報の提供が求められている.<br>
著者
宮里 勝政
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.117, no.1, pp.27-34, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
41
被引用文献数
5 5

タバコ/ニコチン依存症は精神依存と身体依存の双方を含んでいる.臨床での最近のまとめは世界保健機構の国際疾病分類第10版に詳しい.ニコチンの強化効果がドパミン(DA)を介しているとの知見は増え続けている.DA受容体拮抗薬投与によりDA機能を阻害すると, ニコチンの弁別刺激能, ニコチンによる頭蓋内自己刺激の促進, ニコチン静脈内自己投与, ニコチンの条件性場所嗜好性が影響を受ける.側坐核での細胞外液中のDA増加はニコチン自己投与には欠かせない現象である.最近では, 腹側被蓋野のα7ニコチン性受容体が中脳辺縁系DA神経でのニコチンの急性効果, 強化効果, 退薬症候の発現に関与していることがわかってきた.腹側被蓋野のN-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体へのグルタミン酸の作用もニコチンが側坐核においてDA放出を促進するのに必要である.分子遺伝学的研究からは, 喫煙がセロトニントランスポーター遺伝子と神経質性(neuroticism)双方が同時に存在することにより強く影響されることがわかっている.臨床的には抗うつ薬であるbupropionが米国ではニコチン依存症者への処方薬になっている.その効果は側坐核でのDA濃度を高めることによると考えられている.
著者
鷲塚 昌隆 平賀 義裕 古市 浩康 泉 順吉 吉長 幸嗣 阿部 亨 田中 芳明 玉木 元
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.111, no.2, pp.117-125, 1998-02-01
被引用文献数
6

今回我々は,エタノールによるマウスの行動障害に対し,酵素阻害薬を用いてエタノールおよびアセトアルデヒドの関与と,蛋白加水解物である肝臓水解物の作用について検討した.さらに,エタノールあるいはアセトアルデヒドによるマウスの致死毒性およびラットの肝毒性に対する肝臓水解物の作用について検討し,以下のような結果を見いだした.1:エタノール5ml/kgの経口投与によって歩行および摂食に対する障害が認められた.2:これらの障害に対して,肝臓水解物は経口投与により用量依存的な改善作用を示した.3:アルコール脱水素酵素阻害剤の前投与によって肝臓水解物の改善作用に明らかな減弱が認められたが,アルデヒド脱水素酵素阻害剤の前投与では肝臓水解物の改善作用に影響は認められなかった.4:エタノール10m1/kgを経口投与した時に生じる正向反射の消失および死亡に対し,肝臓水解物は改善作用を示さなかった.一方,アセトアルデヒド1.8ml/kgを経口投与した時に生じる正向反射の消失および死亡に対し,肝臓水解物は用量依存的な改善作用を示した.5:アセトアルデヒド1.2ml/kgを1時間間隔で2回経口投与した時に認められる血清中のGPT活性の上昇に対し,肝臓水解物は抑制作用を示した.以上の結果から,肝臓水解物はエタノールにより引き起こされる毒性症状に対して改善作用を有し,これらの改善作用は主にアセトアルデヒドの毒性軽減に起因することが示唆された.
著者
伊藤 謙 伊藤 美千穂 高橋 京子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理學雜誌 = Folia pharmacologica Japonica (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.140, no.2, pp.71-75, 2012-08-01
被引用文献数
1

補完代替医療のひとつに,香りを吸入することで精油成分のもつ薬理作用を利用し,心身の疾病予防や治療に応用するアロマテラピーがある.揮発性の高い化合物を気化状態で吸入すると,体内に吸収され,非侵襲的に生物活性を表すとされるが,天産物由来の成分探索や多様な効能に対する科学的なエビデンスの蓄積に乏しい.そこで,著者らは医療としての「アロマテラピー」の可能性を探るべく,記憶の影響を最小限にしたマウスの行動観察が可能な実験系を構築した.本評価系はオープンフィールドテストによるマウス運動量変化を観察するものであり,アロマテラピー材料の吸入による効果を簡便に検討することができる.次いで,香道に用いられる薫香生薬類の吸入効果について行動薬理学的に評価し,鎮静作用があることを報告した.さらに,得られた化合物群の構造活性相関研究に関する成果として,化合物中の二重結合の位置および官能基の有無によって鎮静作用が著しく変化することがわかり,活性発現に重要な構造を見出した.本成果は我が国古来の香道の有用性を示唆するだけでなく,経験知に基づく薫香生薬類の多くから新たな創薬シーズの発見が期待できる.
著者
戸村 秀明 茂木 千尋 佐藤 幸市 岡島 史和
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.135, no.6, pp.240-244, 2010-06-01
被引用文献数
2

OGR1(Ovarian cancer G-protein-coupled receptor 1),GPR4,TDAG8(T-cell death-associated gene 8),G2A(G2 accumulation)は,お互いのアミノ酸の相同性が40-50%のGタンパク質共役型受容体(GPCR)である.これらの受容体は最初,脂質性メディエーターに対する受容体として報告されたが,2003年のLudwigらによる報告以降,これらの受容体が細胞外プロトンを感知するプロトン感知性GPCRであることが,明らかとなった.OGR1,GPR4,G2Aが脂質メディエーターであるsphingosylphospholylcholine(SPC)やlysophosphosphatidylcholine(LPC)に対する受容体であるとの説は,受容体への結合実験の再現性の問題から,現在は疑問視されている.細胞外pHの低下に伴いプロトン感知性GPCRは,受容体中のヒスチジンがプロトネーションされる結果,立体構造が活性型に移行し,種々の三量体Gタンパク質を介して,多様な細胞内情報伝達系を活性化させると考えられている.G2Aに関しては生理的なpH条件下で恒常的な活性化が観察されるので,別の活性化機構が提唱されている.生体内のpHは7.4付近に厳密に調節されていることから,細胞外pHの低下は炎症部位やがんなど局所的に起こっていることが予想される.実際,炎症やがんなどで,プロトン感知性GPCRを介した作用が,我々の報告を含め,細胞レベル,個体レベルで報告されている.これまでの研究結果から,発現するプロトン感知性GPCRの種類の違いにより,炎症部位で異なる応答が惹起される可能性が浮上してきた.さらに最近,各受容体の欠損マウスの報告が出そろい,プロトン感知性GPCRの研究は新たな段階に入ってきた.プロトン感知性GPCRの研究は,炎症やがんに対する新たな視点からの創薬へのきっかけにつながる可能性を秘めている.
著者
山原 條二 松田 久司 下田 博司 割石 紀子 矢木 信博 村上 啓寿 吉川 雅之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.105, no.5, pp.365-379, 1995-05-01
被引用文献数
16 6

ツンベルギノールAのI~IV型アレルギ―に対する作用を検討した.ツンベルギノールAは,I型アレルギーモデルのラットおよびマウスの受身皮膚アナフィラキシー反応(PCA反応)に対し,反応惹起2時間前の300mg/kg以上および50mg/kg以上の経ロ投与で,それぞれ有意に抑制した.また,IgE受動感作ラットの気道狭窄反応に対しても,300mg/kg以上の経ロ投与で有意(P<0.05)な抑制効果を示した.一方,in vitroにおいて,IgE受動感作ラット気管標本およびIgG受動感作モルモット肺切片の,抗原刺激による収縮反応をそれぞれ濃度依存的(10<SUP>-7</SUP>~10<SUP>-4</SUP>および10<SUP>-5</SUP>~10<SUP>-4</SUP>M)に抑制し,さらに感作ラット腹腔滲出細胞からのヒスタミン遊離に対しても,濃度依存的(10<SUP>-5</SUP>~10<SUP>-4</SUP>M)な抑制効果を示した.また,ケミカルメディエーターに対する拮抗作用として,マグヌス法およびマウス耳介血管透過性充進モデルを用いた検討で,シプロヘプタジンの1000分の1程度のごく弱い抗セロトニン様作用が認められた.ツンベルギノールAは,II型アレルギーの逆皮膚アナフィラキシー反応(RCA反応),III型アレルギーのアルサス反応を抑制しなかったが,IV型アレルギーモデルのマウス接触性皮膚炎の一次反応を,免疫翌日から反応惹起までの1日1回(100mg/kg)の経口投与で有意(P<0.01)に抑制した.また,マウス遅延型足浮腫反応に対しては,反応惹起直前と8時間後の2回経口投与(300,500mg/kg)で有意(P<0.01)な抑制効果が認められた.以上の結果より,ツンベルギノールAは,I型アレルギーに対して経口投与で有効で,その作用は肥満細胞からの脱穎粒の抑制と弱い抗セロトニン様作用に基づく可能性が考えられた.また,IV型アレルギーに対しても有効性が示唆された.
著者
中島 博之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.118, no.2, pp.117-122, 2001-08-01
被引用文献数
15

クロバザム(CLB)は新規のベンゾジアゼピン(BZP)系抗てんかん薬である. ジアゼパムに代表される既存のBZP系薬剤が複素環の1,4位に窒素原子を有する1,4-BZPであるのに対し, CLBは1,5位に窒素原子を有する初めての1,5-BZPである. CLBのBZP受容体に対するKi値(nM)は2,130と1,4-BZPに比べ, 親和性が弱いものの, サブタイプ型別では, 1,4-BZPに比べ, 抗けいれん作用に関与するω<SUB>2</SUB>受容体に対し, より高い選択性が認められている. マウスを用いた種々の薬物誘発けいれんおよび最大電撃けいれんにおいてCLBが抗けいれん作用を示す用量は近接しており, 更に1,4-BZPに比べ, 抗けいれんスペクトラムが広い可能性が示唆された. 更にラットにおける扁桃核(AMY)および海馬(HIP)キンドリング試験で, CLBは経口投与および腹腔内投与で用量依存的なキンドリング発作抑制作用を示した. また, 抗けいれん作用発現用量と協調運動機能低下作用発現用量から求められた保護係数(PI)は1,4-BZPよりも概して高く, 安全性が高いことが示唆された. ヒトでは既存の抗てんかん薬で発作の軽減がみられない症例への併用薬として, Lennox-Gastaut症候群や側頭葉てんかんを中心とする難治性てんかんに対する臨床試験で, 幅広い効果スペクトルと高い有効性および安全性が認められている.
著者
稲富 信博 新田 勝之 櫻井 祐一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.2, pp.149-156, 2008 (Released:2008-02-14)
参考文献数
20
被引用文献数
1 2

静注用胃酸分泌抑制薬ランソプラゾール(タケプロン®静注用30 mg)は「経口投与不可能な出血を伴う胃潰瘍,十二指腸潰瘍,急性ストレス潰瘍および急性胃粘膜病変」に対する治療薬である.ランソプラゾールは静脈内投与後,胃酸生成細胞である壁細胞に移行して活性体に変換され,酸分泌の最終段階であるH+,K+-ATPaseを強く抑制して胃酸分泌を抑制する.ランソプラゾールはラットにおける基礎酸分泌および各種刺激酸分泌を抑制し,イヌにおける刺激酸分泌も抑制した.ランソプラゾールはラットにおける胃出血モデルに対して強い抑制作用を示し,胃粘膜損傷形成も抑制した.胃出血抑制作用および胃粘膜損傷形成抑制作用はいずれもランソプラゾールの胃酸分泌抑制作用に基づくと考えられ,特に胃出血抑制作用は胃内pHを上昇させることによる血液凝固能および血小板凝集能の改善,並びにペプシン活性を抑制して血液凝固塊の溶解を抑制した結果と考えられた.ランソプラゾール静注剤の臨床試験では,健康成人男子を対象とした臨床薬理試験が実施され,ランソプラゾールを1回30 mg 1日2回投与することで,臨床的に有意な酸分泌抑制効果を示すと考えられた.さらに,経口投与が困難な上部消化管出血患者を対象とした臨床試験も実施され,ランソプラゾール注射剤の止血効果は,ヒスタミンH2受容体拮抗薬である塩酸ロキサチジンアセタート注射剤と比較して臨床的に非劣性が検証された.また,因果関係が否定できなかった有害事象において,自他覚的随伴症状および臨床検査値の異常変動のいずれにおいても特に頻度の高い項目はみられず,塩酸ロキサチジンアセタート注射剤と比較しても発現頻度は同様の値であり,両薬剤群間に差はみられなかった.以上の基礎および臨床試験成績より,ランソプラゾールはH+,K+-ATPase阻害という作用機序に基づいて明確な作用を示し,安全性も高いことから上部消化管出血治療薬として有用な薬剤になると考えられる.
著者
藤井 俊勝 平山 和美 深津 玲子 大竹 浩也 大塚 祐司 山鳥 重
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 : FOLIA PHARMACOLOGICA JAPONICA (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.2, pp.83-87, 2005-02-01
参考文献数
22

情動は個体の身体内部変化(自律神経活動,内臓活動など)と行動変化を含めた外部へ表出される運動の総体であり,感情は個体の心理的経験の一部である.ヒトの脳損傷後には,個々の道具的認知障害や行為障害を伴わずに,行動レベルでの劇的な変化がみられることがある.本稿では脳損傷後に特異な行動変化を呈した3症例を提示し,これらの症状を情動あるいは感情の障害として捉えた.最初の症例は両側視床・視床下部の脳梗塞後に言動の幼児化を呈した.次の症例は両側前頭葉眼窩部内側の損傷により人格変化を呈した.最後の症例は左被殻出血後に強迫性症状の改善を認めた.これら3症例の行動変化の機序として,情動に関連すると考えられる扁桃体-視床背内側核-前頭葉眼窩皮質-側頭極-扁桃体という基底外側回路,さらに視床下部,大脳基底核との神経回路の異常について考察した.<br>
著者
佐藤 昭夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.112, no.supplement, pp.5-9, 1998 (Released:2007-01-30)
参考文献数
31
被引用文献数
2

Local metabolites have long been considered to play an important physiological role in regulating regional cerebral blood flow (rCBF). However, the evidence reviewed here emphasizes that the regulation of rCBF by central cholinergic nerves is independent of regional metabolism. Activation of the intra cranial cholinergic fibers originating in the nucleus basalis of Meynert (NBM) and septal complex releases acetylcholine in the cortex and hippocampus, which results in vasodilation and an increase in rCBF in the cortex and hippocampus via activation of both muscarinic and nicotinic acetylcholine receptors. Cutaneous sensory stimulation activates the cholinergic nerves originating from the NBM to enhance rCBF. The increase in rCBF at the defuse cortices during walking appears to include an excitation of this NBM-originating cholinergic vasodilation system. Other various inputs to the NBM may have a similar effects to enhance rCBF via activation of that cholinergic system, provided the stimulation is delivered properly. Thus thecombination of pharmacological and nonpharmacological techniques may provide a balance in our attempts to improve cholinergic replacement therapy.
著者
足立 壮一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.4, pp.184-191, 2009 (Released:2009-10-14)
参考文献数
17
被引用文献数
1

癌治療において細胞死の機序を解明することは,新規治療法の開発や耐性化の克服などの治療成績の向上や,副作用の軽減など,患者治療に直結する重要な研究である.In vitroの培養系における各種白血病や癌細胞株の研究から,細胞死の1つであるアポトーシスについては機序の解明が進んでいる.しかしながら,生体内での細胞死の機序は不明のことが多く,また固形腫瘍における細胞死では,近年,アポトーシス以外の細胞死が注目されている.我々は,白血病,固形腫瘍いずれにおいても以下の系において,アポトーシス以外の細胞死の1つである,オートファジーの関与を証明した.(1)難治性白血病であるBcr-Abl陽性白血病(フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病,慢性骨髄性白血病)に対して,従来から上記白血病の特効薬とされている,imatinib mesylateよりも有効な薬剤INNO-406によるin vitroにおける細胞死の機序にオートファジーが関与し,in vivoにおいても非アポトーシスの細胞死がみられること,(2)難治性固形腫瘍rhabdoid腫瘍におけるin vitroおよびin vivoでのHDAC阻害薬(depsipeptide)による細胞死の機序にオートファジーが関与し,AIFの核からミトコンドリアへの偏移がオートファジーに関与すること,の2点である.いずれの系においても,オートファジーを抑制すると細胞死が増強されたことから,オートファジーの抑制は難治性白血病,固形腫瘍の治療ターゲットとなりうる可能性が示唆され,オートファジーに関与する新薬の開発が望まれる.