著者
小林 聡 阿部 聖哉
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.245-256, 2018 (Released:2018-12-27)
参考文献数
34

谷津田は関東における里山の代表的な景観であり、生物多様性が高く保全優先度の高い環境であると認識されている。特に首都圏近郊では都市化が進み、残された自然としての重要度は高い。ニホンアカガエルは谷津田の健全性の指標動物であるとされ、本種の谷津環境の利用状況やその景観的な生息適地はこれまで多く議論されてきている。本種は茨城県を除く関東地方のすべての県でレッドリストに掲載されている地域的な絶滅危惧種であり、乾田化やU字溝による移動阻害、都市化による生息地の消失、分断化が主な脅威として認識されている。しかし、本種を指標として谷津田の保全に取り組む上で参照可能な、陸上の移動可能距離(500 m?1 km程度)を挟む100 m?5 km程度の小さなスケールでの個体群の連続性評価に関する知見はほとんどない。本研究では、首都圏の主要都市である千葉市の中心地から5 kmの都市近郊にあり、保全活動が盛んな谷津田環境である坂月川ビオトープとその周辺に位置するニホンアカガエルの主要な生息地4か所および坂月川ビオトープの下流に点在する小規模繁殖地について、その遺伝的多様性や遺伝的構造の有無、繁殖地間での遺伝的交流の有無の評価を2種類の遺伝マーカー(ミトコンドリアDNAおよびマイクロサテライト多型)により実施した。遺伝的多様性の解析結果では、都川水系に属する坂月川ビオトープおよび大草谷津田いきものの里で遺伝的多様度が比較的低く、鹿島川水系に属する2地点は比較的高い状況が確認された。STRUCTURE解析では、鹿島川水系の2地点は類似したクラスター組成を持ち、都川水系の坂月川ビオトープおよび大草いきものの里はそれぞれ個別のクラスター組成を持っていたが、ミトコンドリアDNAの遺伝的距離による主座標分析では鹿島川水系の1地点も他の地点と離れて配置された。また、坂月川沿いに点在する繁殖地が途切れた約1 kmのギャップを境に、上下流の遺伝的構造が不連続に変化している状況が異なる手法で共通に得られた。本調査地のような都市近郊では、生息地の縮小がもたらす遺伝的浮動により生息地ごとに遺伝的組成が変化し、孤立化によってその差異が維持されている可能性も高い。これらの結果を受け、上下流の遺伝的構造が不連続に変化している地点間での、中継地となる繁殖可能水域や陸上移動しやすい植生の創出などの具体的な保全対策について議論した。
著者
小川 みふゆ 松崎 紗代子 石濱 史子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.1908, 2020-03-05 (Released:2020-06-28)
参考文献数
8

1/25,000植生図を土地利用図として読み替えて用いるための新たな全国標準土地利用メッシュデータの凡例の集約の指針を作成した。あわせて以前の 1/50,000植生図から作成した全国標準土地利用メッシュデータとの紐付けを行った。土地利用図凡例の大分類( 9分類)と中分類( 16分類)については 1/50,000植生図との凡例対応表に変更がないため、 1/50,000植生図から作成した全国標準土地利用メッシュデータと同様に利用することができ、時系列として使うことも可能である。細分類については、新たにシカ食害や外来種に関する 8細分類を追加し 3細分類に修正を加えた。
著者
池上 佑里 西廣 淳 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.1-15, 2011-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
43
被引用文献数
3

関東地方の台地の周縁に発達する小規模な谷(谷津)の奥部における水田耕作放棄地に成立した植生を、水生・湿生植物の生育ポテンシャルの面から評価することを目的とし、茨城県の北浦東岸の32箇所の谷津を対象として、最上流部に位置する水田放棄地の植生と、それに影響する環境要因を分析した。各調査地に15m×5mの調査区を設け、調査区内の維管束植物・大型水生植物相(ウキゴケ類とシャジクモ類を含む)を記録した。さらに、その内部に0.5m×O.5mコドラートを39個設け、種ごとの出現頻度から優占度を評価した。調査の結果、調査地あたり在来種数は平均32種、外来種は平均3種が記録され、全体では244種(うち外来種25種)が確認された。全国版あるいは地方版(茨城県あるいは千葉県)レッドリスト掲載種は、9箇所の調査地において合計7種確認された。一般化線形モデルを用いた解析により、調査地あたりの在来種数および在来水生・湿生植物種数に対して、地下水位による有意な正の効果と、日照率(植生上で撮影した全天写真から評価)と耕作放棄からの年数による有意な負の効果が認められた。地下水位による有意な正の効果は、絶滅危惧種の出現可能性に対しても認められた。逆に、侵略的外来植物であるセイタカアワダチソウの優占度に対しては、地下水位による有意な負の効果が認められた。地下水位は、コンクリートU字溝などの排水施設が設置されている場所において有意に低かった。以上のことから、調査対象とした地域において、谷津奥部水田耕作放棄地は、絶滅危惧植物を含む多様な水生・湿生植物の生育場所として機能していること、その機能は、水田として耕作されていた時代に排水施設などの圃場整備事業が実施されていない場所において特に高いことが示された。
著者
更科 美帆 吉田 剛司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.15-26, 2015-05-30 (Released:2017-11-01)
参考文献数
67

本研究では、北海道において4種の国内外来カエルによる捕食被害の実態を明らかにすることを目的とし、近年カエル類の食性調査においても汎用性が期待される胃重要度指数割合を用い食性調査を実施した。その結果、アズマヒキガエル、ツチガエルは地表徘徊性生物、特にアリ類を大量に捕食しており、アズマヒキガエル、トウキョウダルマガエル、トノサマガエルはカエル類を捕食していることが明らかとなった。外来カエルの捕食による北海道独自の生態系ピラミッドへの影響や在来カエルとの競合または駆逐が懸念される。また3種の外来カエルが希少種を捕食していたことが判明した一方で、1種の外来カエルはセイヨウオオマルハナバチなどの他の外来種を捕食していることが判明した。北海道においてアズマヒキガエル、トノサマガエル、トウキョウダルマガエルの3種は分布拡大傾向にあるため、広範囲にわたる捕食影響が懸念される。特に近年、北海道では水稲が盛んであり、水田地域を生息域として利用するトウキョウダルマガエル、トノサマガエルの分布拡大は今後の地域の湿地生態系に大きな影響を与える可能性がある。
著者
小川 潔 山谷 慈子 石倉 航 芝池 博幸 保谷 彰彦 大右 恵 森田 竜義
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.33-44, 2011-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
34

東京湾岸地域の造成地に1998年に人工的に播種されて成立したセイヨウタンポポ個体群を対象として、外部形態、生育密度の増減、実生の死亡・生残状況、倍数性構成を観察・測定し、移入されたばかりのセイヨウタンポタンポポ個体群の特徴を明らかにした。本個体群は、人工土壌の上で高密度の個体群を形成したが、2006年現在、個体密度が減少しつつある。現地での自然発生実生および播種実験による実生の生残調査では、実生出現期は主として初夏であるが、実生のほとんどは当年の秋までに死亡した。また秋発生実生は、1年後まで生き残るものがあったが絶対数は少なかった。本州の大都市では純粋のセイヨウタンポポが稀で多くは在来種との雑種であるのに対して、プロイディアナライザーによる痩果および生葉の核DNA量相対値測定の結果、本個体群では2006年現在、純粋のセイヨウタンポポの割合が高く。周辺からの雑種と考えられる個体の侵入は少ない。さらに、日本で初めて2倍体のセイヨウタンポポが個体数割合で約15%検出された。
著者
福田 真
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2204, (Released:2023-07-05)
参考文献数
34

日本は、 2050年までに温室効果ガスの総排出量をゼロにすることを宣言し、再生可能エネルギーの導入など、脱炭素社会に向けた取り組みを加速している。一方で、風力発電施設の設置には、希少な猛禽類などが風車のブレードに衝突して死亡するバードストライクなどの問題があり、生物多様性保全と脱炭素社会の両立が求められている。このような背景から、環境省では、鳥類への影響が高い地域を事前に把握できるよう、センシティビティマップを作成した。細かな要因を組み込んだバードストライクのリスク評価には多大な時間が必要であり評価手法も研究レベルにあるが、再生可能エネルギー発電施設の建設はすでに推進されてきており、リスク評価手法の熟成を待って作成したのでは社会的な意義を果たせない。このため、新たな調査を行わず現時点で利用可能な情報のみを利用しながら実現可能なセンシティビティマップを作成することをめざし、精度の向上についてはリスク評価手法の熟成とデータの蓄積を待って高精度のものに置き換えてゆくアプローチを採用した。
著者
岸本 圭子 岸本 年郎 酒井 香 寺山 守 太田 祐司 高桑 正敏
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.159-170, 2017 (Released:2018-04-01)
参考文献数
32

東京都大田区の埋立地に成立する東京港野鳥公園では、国内外来種であるリュウキュウツヤハナムグリの生息が確認されている。園内には他にも外来の個体群である可能性が高いハナムグリ亜科2種が目撃されている。園内で発生しているこうした国内由来の外来種が分布を拡大し東京都の内陸部へ侵入すれば、深刻な生態系改変や遺伝子攪乱の脅威も予想されることから、早急に現状を把握する必要がある。本研究は、東京港野鳥公園で出現が確認されているハナムグリ亜科5種(コアオハナムグリ、ナミハナムグリ、シロテンハナムグリ、シラホシハナムグリ、リュウキュウツヤハナムグリ)を対象に、2014年から2016年に野外調査を実施し、発生状況および利用資源を調べた。その結果、リュウキュウツヤハナムグリは、成虫は自然分布地と同程度に発生量が多いこと、園内に植栽された複数の植物の花や樹液に集まること、土壌中に幼虫が高密度で生息していることが明らかにされた。さらに、これらの幼虫の密度が高い地点の土壌表層部が大量の糞で埋め尽くされている状態であることがわかり、土壌生態系や落葉の分解に大きな影響を与えている可能性が考えられた。また、リュウキュウツヤハナムグリだけでなく、コアオハナムグリ、ナミハナムグリ、シラホシハナムグリも、成虫が東京都区部や近郊に比べて数多く発生していることがわかった。これらのハナムグリ亜科成虫では、花や樹液以外にも特異な資源利用が目撃されており、園内のハナムグリ成虫の利用資源が不足していると推察された。このことから、採餌範囲を広げる個体がますます増えることが予想され、外来のハナムグリ種の内陸部への分布拡大が懸念される。今後もこれら外来ハナムグリ種の発生状況を継続的にモニタリングしていくことが重要だと考えられた。また、DNAレベルの詳細な研究を行い、外来ハナムグリ個体群の起源や侵入経路を解明する必要があるだろう。
著者
宮本 康 西垣 正男 関岡 裕明 吉田 丈人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2116, (Released:2022-04-28)
参考文献数
45

歴史的な人間活動の結果、沿岸域と汽水域におけるハビタットの消失が進み、これに基づく生態系機能の劣化が世界的に深刻化した。そして現在、沿岸生態系の保全が国際的に重要な課題になっている。福井県南部に位置する汽水湖沼群の三方五湖もその一例であり、沿岸ハビタットの再生が当水域の自然再生を進める上での大きな課題の一つに挙げられている。 2011年には多様な主体の参加の下、三方五湖自然再生協議会が設立され、 3つのテーマにまたがる 20の自然再生目標に向けて、 6つの部会が自然再生活動を開始した。その中の自然護岸再生部会では、既往の護岸を活かし、湖の生態系機能を向上させることを目的に、 2016年より湖毎に現地調査とワークショップを開始した。そして 2020年には、それらの結果を「久々子湖、水月湖、菅湖、三方湖、及びはす川等の自然護岸再生の手引き」として整理した。さらに、当協議会のシジミのなぎさ部会では、かつて自然のなぎさであった久々子湖の 2地点と水月湖の 1地点で、手引き書を踏まえたなぎさ護岸の再生を 2020 -2021年に実施した。本稿では、三方五湖におけるこれらの自然護岸再生に向けた実践活動を報告する。
著者
石黒 寛人 岩井 紀子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.177-186, 2018 (Released:2018-12-27)
参考文献数
32

都市の騒音や光は、野生動物の繁殖成功を阻害しうる。カエルは都市に生息し、繁殖の際、鳴き声によってオスがメスを誘引することや、夜間に繁殖を行うことから、都市の騒音や光の影響を受けやすい可能性がある。本研究では、都市の水場において、カエルの繁殖地選択と繁殖地内の産卵場所選択に対する、騒音や光の影響を明らかにすることを目的とした。日本の都市部に生息するカエルのうち、アズマヒキガエルとニホンアマガエルを対象とし、前者で62ヶ所、後者で69ヶ所の水場において、カエルによる繁殖地利用を踏査とレコーダーを用いて明らかにした。それぞれの種について、水場における繁殖地としての利用を、騒音と照度を含む10項目の環境条件によって説明する一般化線形混合モデルを作成し、モデル選択を行なった。その結果、ベストモデルにおいて、水場の繁殖地としての利用有無を説明する要因として騒音は選択されなかったが、照度は2種ともに負の影響として選択された。さらに、繁殖地を選択した後の産卵場所選択における騒音と光の影響を明らかにするため、網で囲った実験区内に2つの水場を設置し、片方から騒音(交通騒音、人間の足音)または光(弱光、強光)を発生させる操作実験をニホンアマガエルについて行なった。実験区中央に放した抱接ペアによる産卵場所の選択回数は、4つの実験全てで条件間に有意な差は認められなかったが、人間の足音の実験においては、騒音源が設置されていない水場を選択する傾向が見られた。本研究から、都市の水場におけるカエルの繁殖地利用に対し、照度は負の影響を与えることが示された。抱接後のカエルにとっては、騒音や光の影響は小さいが、騒音の質によっては影響がみられる可能性が示唆された。
著者
鎌田 泰斗 清水 瑛人 佐藤 雄大 関島 恒夫
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2016, (Released:2020-11-10)
参考文献数
76

殺虫剤は農業において不可欠であるが、人体や標的外の野生生物に多大な影響を及ぼすことが絶えず問題視されている。カエル類の多くは、産卵期から幼生期にかけて水田に依存しており、その時期が水稲栽培における殺虫剤の施用時期と重複していることから、潜在的に暴露リスクを抱えている生物種といえる。殺虫剤の暴露をうける発生初期は、生体内のあらゆる器官が形成される発生ステージであり、その時期における殺虫剤による生体機能の攪乱は、その後の生存に重篤な影響を及ぼす可能性が高い。本研究では、水田棲カエル類のニホンアマガエルとヤマアカガエルを指標生物とし、両種の初期発生過程における、ネオニコチノイド系殺虫剤クロチアニジン、ネライストキシン系殺虫剤カルタップ、およびジアミド系殺虫剤クロラントラニリプロールの 3種の殺虫剤が及ぼす発生毒性を、暴露試験を通じて検証し、種間による感受性の差異および殺虫剤原体と製剤間における影響の差異を明らかにした。ニホンアマガエルおよびヤマアカガエル両種に共通して、カルタップ暴露により奇形率および死亡率の増加が認められた。一方で、クロチアニジンおよびクロラントラニリプロールにおいては、催奇形性は認められなかった。カルタップ原体に対する感受性には種差が認められ、ヤマアガエルにおいては、 0.2 mg/Lで奇形率および死亡率が増加したのに対し、ニホンアマガエルにおいては、 0.02 mg/Lで奇形率および死亡率が増加した。発症した奇形パターンは、ニホンアマガエルとヤマアカガエルに共通して、脊椎褶曲と水腫が見られ、ニホンアマガエルでのみ脱色が認められた。また、カルタップ製剤処理群においては、原体処理群と比較して、脊椎褶曲の発症率は高く、水腫の発症率は低かった。本研究では、カルタップの分解物であるネライストキシンが水田棲のカエル類、特にニホンアマガエルの初期発生に深刻な影響を与えていることが示唆された。さらに、生存率の低下につながると考えられる脊椎褶曲や脱色が、カルタップの施用基準濃度において発生している可能性が考えられた。
著者
宮本 康 福本 一彦 畠山 恵介 森 明寛 前田 晃宏 近藤 高貴
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.59-69, 2015-05-30 (Released:2017-11-01)
参考文献数
49
被引用文献数
2

鳥取県ではカラスガイの絶滅が危惧されているが、本種の個体群構造や繁殖の実態が明らかにされていない。そこで本研究では、本種の分布が確認されている3つの水域を対象に、サイズ組成、母貝の妊卵状況、本種の生息域における魚類相、およびグロキディウム幼生の宿主適合性を明らかにするための野外調査と室内実験を行った。多鯰ヶ池ではカラスガイのサイズ組成が大型個体に偏っていたことから、稚貝の加入が近年行われていないことが示唆された。しかし、母貝が幼生を保有していたこと、当池でブルーギルとオオクチバスが優占していたことから、これらの外来魚による幼生の宿主魚類の駆逐が本種の新規加入の阻害要因になっていることが併せて示唆された。一方で、他の2つのため池では大型個体に加えて若齢の小型個体も少数ながら発見された。これらの池ではブルーギルとオオクチバスが確認されない反面、室内実験より幼生の宿主と判定されたフナ属魚類が優占することが明らかになったことから、新規加入が生じる条件が揃っていることが示唆された。以上の結果より、現在の鳥取県ではカラスガイの個体群動態が魚類群集に強く依存していること、そしてブルーギルとオオクチバスが優占する多鯰ヶ池は本種個体群の存続が危ういことが示唆された。以上の結果を踏まえ、最後に当県におけるカラスガイ保全のための提言を行った。
著者
澤邊 久美子 夏原 由博
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.31-38, 2019 (Released:2019-07-01)
参考文献数
24

カヤネズミMicromys minutus (Pallas, 1771)は、イネ科の高茎草地を生息地とする草地性生物の一種であり、7月から10月ごろの繁殖期にイネ科またはカヤツリグサ科の草本など多様な単子葉草本の茎葉を利用し、地上部約1 m前後の高さに球状の巣を作る。一方、本種は冬季には地上付近に巣を作ると言われているが、冬季の生態についてはまだ明らかになっていない。本研究では本種の冬季の営巣環境において、冬季植生の存在の影響と営巣の位置について明らかにした。2014年-2015年の2年間の繁殖期に継続して生息が確認されていた11地点と生息が確認できていなかった9地点の計20地点で、2016年冬季に越冬巣の調査を行った。巣ごとに巣高、営巣植物種、営巣植物高、群落高を記録し、より広域の環境要因として草地ごとに、冬季の全面刈取りの有無、カヤネズミの移動を想定した隣接する森林・水田の有無、冬季全植被率、冬季茎葉層植被率(10 cm以上)、ススキとチガヤの植被率合計を記録した。越冬巣は9地点(12巣)で確認され、越冬巣の巣高は群落高に関わらず平均28.92 cm(SD=13.12)であった。これは繁殖期の巣高より低く、越冬巣は草高にかかわらず一定の高さであった。草地における越冬巣の有無は過去2年間の繁殖期の営巣の有無とほぼ対応していた。冬季の茎葉層植被率、全植被率またはススキとチガヤの植被率が高いと越冬巣が有意に多く、冬期の全面刈取りがあると越冬巣が有意に少なかった。カヤネズミの移動を想定した森林・水田の隣接については関連が見られなかった。本研究で対象とした小規模な半自然草地における本種の冬季の営巣環境としては、特に越冬巣が多く見られた30 cm程度の位置に植物体が存在することが重要であり、全面刈り取りを避けることが重要であると示唆された。
著者
村上 裕 大澤 啓志
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.187-198, 2008-11-30
被引用文献数
2

愛媛県中予地域において、水稲栽培型とトノサマガエル・ヌマガエルとの関係を調査した。現地調査は、2005年に130地点のカエル類分布調査を、2000〜2005年に水稲栽培型調査を実施した。過去の栽培型(1958年)については資料調査とし、地域別の栽培型ごとの面積と品種数を明らかにし、2000〜2005年は水稲栽培型で区分した地図を作成した。1958年と比較して2000〜2005年の平野部における水稲栽培型の多くが短期栽培に変化し、普通期栽培品種においても栽培期間の短期化が進行していた。これに対して山間部の水稲栽培型は品種の変遷はあるものの、栽培型や栽培期間に大きな変化は認められなかった。標高と栽培型との関係では、早期栽培は標高50m以上にほぼ均一に分布していたが、短期栽培は標高20m以下に集中傾向がみられた。トノサマガエルは22地点(生息確認率16.9%)、ヌマガエルは40地点(同30.8%)で生息確認が得られた。標高と両種の関係は、トノサマガエルが標高による明瞭な傾向を示さないのに対して、ヌマガエルは低地依存性があることが明らかになった。栽培型と両種の関係では、トノサマガエルは水稲栽培期間の短期化によって生息地域が減少することが明らかになった。一方、ヌマガエルの生息確率は水稲栽培期間の短期化には影響を受けていなかった。以上のことから、トノサマガエルは標高よりも栽培型に影響を受けるが、ヌマガエルは栽培型よりも標高に影響を受けることが明らかになった。短期栽培は、栽培期間が短いため、兼業農家においても取り組みやすい栽培型である一方、水田を二次的自然環境として利用しているカエル類、特にトノサマガエルの生息に負の影響を及ぼしていると考えられた。
著者
高橋 純一 福井 順治 椿 宜高
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.73-79, 2009
参考文献数
41

絶滅危惧種であるベッコウトンボの羽化殻を用いたRAPD解析によって、ベッコウトンボの集団に直接影響を与えることなく、遺伝的多様性を明らかにした。静岡県磐田市桶ヶ谷沼地域の3つの発生地で採集した60個体に対して80種類のプライマーを使用しRAPD解析を行った。17種のプライマーから20個の遺伝子座で多型が検出され、12種のDNA型が見つかった。そのうち集団特異的なDNA型が合計4つ検出された。遺伝子多様度は平均0.317、遺伝子分化係数は平均0.07となり、集団間の多様性は小さかった。AMOVA分析によっても集団間の分化は検出できなかった。また3集団から見出された変異は98.7%が集団内の個体間変異に、集団間では1.3%となった。クラスター分析からも集団間は非常に類縁関係が高いことが明らかになった。
著者
高槻 成紀
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.293-296, 2009
参考文献数
15
被引用文献数
2

Bears are popular, and are often regarded as umbrella species by conservationists and wildlife societies. This is the case for the Asiatic black bear and the brown bear in Japan. The idea is that bears' home ranges are large and, consequently, that the conservation of bears would result in the conservation of other sympatric plants and animals. Buskirk (1999), however, stated that since large carnivores are habitat generalists, they cannot serve as umbrellas. In fact, in the Sierra Nevada, most martens, fishers and wolverines, which are habitat specialists, are extinct or nearly so, while American black bears are common or abundant (Buskirk pers, comm. 2009). Buskirk's opinion is important for the following reasons. 1) Although the concept of an umbrella species has merit, unless a species' habitat and resource requirements are known, the conservation of other species is not assured. 2) If a conservation initiative is enacted under this slogan and some animals disappear, while bears are abundant, as happened in the Sierra Nevada, then the logic underpinning the initiative is flawed. 3) The proposition of "the more, the better" can be unpopular, even with people who have an understanding of conservation efforts, because such a proposition may be difficult to accept, particularly in a small country like Japan. 4) The concept that bears are umbrella species stems from the idea that not only bears but also other organisms should be conserved; however, the term can be misconstrued to imply that, "Bears live here and thus other animals must also be OK." Thus, the slogan can function in a manner contrary to its intent. We should be cautious not to use this concept without confirming the true meaning of umbrella species.
著者
高槻 成紀 久保薗 昌彦 南 正人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.87-93, 2014-05-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
3

北アメリカからの外来哺乳類であるアライグマは1960年代に日本で逸出し、1980年代以降各地に生息するようになった。アライグマは水生動物群集に影響を及ぼすといわれるが、食性情報は限定的である。原産地では、水生動物も採食するが、哺乳類、穀類、果実なども採食する広食性であることが知られている。横浜市で捕獲された113のアライグマの腸内容物を分析した結果、果実・種子が約半量から50〜75%を占めて最も重要であり、次いで哺乳類(体毛)が10〜15%、植物の葉が5〜20%、昆虫が2〜10%で、そのほかの成分は少なかった。水生動物と同定されるものはごく少なく、魚類が春に頻度3.0%、占有率0.2%、甲殻類が春に頻度3.0%、占有率0.1%、貝類(軟体動物)が夏に頻度3.4%、占有率<0.1%といずれもごく小さい値であった。腸内容物は消化をうけた食物の残滓であることを考慮しても、水生動物が主要な食物であるとは考えにくい。アライグマが水生動物をよく採食し、水生動物群集に強い影響を与えているかどうかは実証的に検討される必要がある。
著者
佐伯 いく代 横川 昌史 指村 奈穂子 芦澤 和也 大谷 雅人 河野 円樹 明石 浩司 古本 良
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.187-201, 2013-11-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
2

我が国ではこれまで、主に個体数の少ない種(希少種)に着目した保全施策が展開されてきた。これは貴重な自然を守る上で大きな成果をあげてきたが、いくつかの問題点も指摘されている。例えば、(1)「種」を単位として施策を展開するため、現時点で認識されていない未知の生物種についての対応が困難である、(2)人々の保全意識が一部の種に集中しやすく、種を支える生態系の特徴やプロセスを守ることへの関心が薄れやすい、(3)種の現状をカテゴリーで表すことに困難が生じる場合がある、などである。これらの問題の克服に向け、本総説では絶滅危惧生態系という概念を紹介する。絶滅危惧生態系とは、絶滅が危惧される生態系のことであり、これを保全することが、より包括的に自然を保護することにつながると考える。生態系、植物群落、および地形を対象としたレッドリストの整備が国内外で進められている。22の事例の選定基準を調べたところ、(1)面積が減少している、(2)希少である、(3)機能やプロセスが劣化している、(4)分断化が進行している、(5)開発などの脅威に強くさらされている、(6)自然性が高い、(7)種の多様性が高い、(8)希少種の生息地となっている、(9)地域を代表する自然である、(10)文化的・景観的な価値がある、などが用いられていた。これらのリストは、保護区の設定や環境アセスメントの現場において活用が進められている。その一方で、生態系の定義、絶滅危惧生態系の抽出手法とスケール設定、機能とプロセスの評価、社会における成果の反映手法などに課題が残されていると考えられたため、具体の対応策についても議論した。日本全域を対象とした生態系レッドリストは策定されていない。しかし、筆者らの行った試行的なアンケート調査では、河川、湿地、里山、半自然草地を含む様々なタイプの生態系が絶滅危惧生態系としてあげられた。絶滅危惧生態系の概念に基づく保全アプローチは、種の保全の限界を補完し、これまで開発規制の対象となりにくかった身近な自然を守ることなどに寄与できると考えられる。さらに、地域主体の多様な取組を支えるプラットフォーム(共通基盤)として、活用の場が広がることを期待したい。
著者
西廣 淳 角谷 拓 横溝 裕行 小出 大
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2201, (Released:2022-10-20)
参考文献数
34

気候変動への適応策の推進は、国および地域レベルの重要な社会的・政策的課題である。気候変動適応策では、現在生じている問題への対処や、予測される将来の環境条件下において生態系や社会システムのパフォーマンス(農作物の収量や健康リスクの低さなどの成果)を維持するような方策が検討されることが普通である。しかし、このようなアプローチ(最適化型アプローチ)は予測通りにならなかった場合における脆弱性をもつ。本稿では、最適化型アプローチとは別の考え方による適応策として、「適応力向上型アプローチ」について解説する。適応力向上型アプローチは、突発的な環境変動や必ずしも予測通りの将来にはならないという不確実性への対応として有効なアプローチであり、システムの「変化力」「対応力」「回復力」を高めることによって実現する。これらの概念について解説するとともに、変化力・対応力・回復力を高める上で有効であると考えられる方策について、実例に則して論じる。
著者
辻田 有紀 村田 美空 山下 由美 遊川 知久
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1906, (Released:2019-10-15)
参考文献数
47

近年、果実に寄生するハエ類の被害が全国の野生ランで報告され、問題となっている。ハエ類の幼虫は子房や果実の内部を摂食し、種子が正常に生産されない。しかし、被害を及ぼすハエ類の種や寄生を受ける時期や部位が、ランの種によって異なることが指摘されており、適切に防除するためには、ランの種ごとに被害パターンを明らかにする必要がある。そこで、国内に自生する 4種のランについてハエ類の被害状況を調査した。その結果、 4種すべてにおいて、ランミモグリバエの寄生を確認した。また、本調査で被害を確認した地域は、福島県、茨城県、千葉県、高知県と広域に及んでいた。調査した 4種のうち、コクランとガンゼキランでは、果実内部が食害を受けていたが、ナツエビネとミヤマウズラでは、主に花序が幼虫による摂食を受け、開花・結実に至る前に花茎上部が枯死しており、ランの種によって食害を受ける部位が異なった。ミヤマウズラでは福島県産の株に寄生を確認したが、北海道産の株にはハエ類の寄生が見られず、地域により被害状況が異なる可能性が明らかになった。本調査より、絶滅に瀕した多くのラン科植物がハエ類の脅威にさらされている現状が改めて浮き彫りとなり、ランミモグリバエの防除はラン科植物を保全する上で喫緊の課題である。
著者
横畑 泰志
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.87-96, 2003-08-30

尖閣諸島魚釣島では,1978年に日本人の手によって意図的に放逐された1つがいのヤギCapra hircusが爆発的に増加し,300頭以上に達している.その結果,この島では現在数ケ所にパッチ状の裸地が形成されるなど,ヤギによる植生への影響が観察されている.魚釣島には固有種や生物地理学的に重要な種が多数生息するが,現状を放置すれば島の生態系全体への重大な影響によって,それらの多くは絶滅することが懸念される.この問題の解決は,尖閣諸島の領有権に関する日本,中国,台湾間の対立によって困難になっている.日本生態学会はこの問題に対し.2003年3月の第50回大会において「尖閣諸島魚釣島の野生化ヤギの排除を求める要望書」を決議し,環境省,外務省などに提出した.同様の要望書は2002年に日本哺乳類学会において.2003年に沖縄生物学会においても決議されている.現在は国内の研究者による上陸調査の実施の可否について,日本政府の判断が注目されている.