著者
露崎 史朗 先崎 理之 和田 直也 松島 肇
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2104, (Released:2021-10-31)
参考文献数
24

日本生態学会は、 2011年に石狩浜銭函地区に風発建設計画が提案されたことを受け、海岸植生の帯状構造が明瞭かつ希少であるという学術的な価値から「銭函海岸における風車建設の中止を求める意見書」を北海道および事業者に提出した。これを受け、自然保護専門委員会内に石狩海岸風車建設事業計画の中止を求める要望書アフターケア委員会( ACC)を発足させた。しかし、風発は建設され、 2020年 2月に稼働を始めた。そこで、 ACC委員は 2020年夏期に、銭函海岸風発建設地および周辺において、植生改変状況・鳥類相に関する事後調査を実施したので、その結果をここに報告する。建設前の地上での生物調査を行わなかったため、建設後に風発周辺の地域と風発から離れた地域を比較した。概況は以下の通り。(1)改変面積 5.5 haのうちヤードが 61%を占め、作業道路法面には侵食が認められ、(2)風発は海岸線にほぼ並行して建設されたため、内陸側の低木を交えた草原帯の範囲のみが著しい影響を受け、(3)風発建設時に作られた作業道路・ヤード上には外来植物種、特にオニハマダイコンの定着が著しく、(4)鳥類は、種数・個体数が低下し群集組成が単純化していた。
著者
加藤 雅也 中濵 直之 上田 昇平 平井 規央 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2032, (Released:2021-05-24)
参考文献数
39

生息域外保全とは、野外集団で個体数が急減・絶滅した際の備えとして個体を飼育・栽培する活動のことをいい、絶滅危惧種を中心に多数の生物で実施されている。ヤシャゲンゴロウは福井県南越前町夜叉ヶ池でのみ生息が知られており、その希少性から国内希少野生動植物種に選定され、 2015年当時石川県ふれあい昆虫館、越前松島水族館、福井県自然保護センターの 3施設で生息域外保全が実施されている。本研究では、ヤシャゲンゴロウの野生集団(1995年以前に採集された標本を含む)、生息域外保全系統、また比較対象として近縁種であるメススジゲンゴロウの野生集団について 14座を用いたマイクロサテライト解析を行い、ヤシャゲンゴロウの生息域外保全による遺伝的多様性の保持効果について明らかにした。ヤシャゲンゴロウ野生集団の遺伝的多様性は、メススジゲンゴロウと比較して低かったものの、 1995年以前と 2016年で対立遺伝子多様度やヘテロ接合度期待値の大きな減少は見られなかった。ヤシャゲンゴロウの生息域外保全を実施している 3施設ではいずれも野外集団よりも遺伝的多様性が低かった。しかし、これらを混合して解析した場合、対立遺伝子の減少は 1つのみに留まり、野生集団が持つ対立遺伝子をほぼ保持していた。本研究から、遺伝的多様性を保持するためには、系統の絶滅に対するリスク分散のための複数施設で独立した生息域外保全の実施、また施設間の定期的な生息域外保全個体の交換・混合が重要であることが示された。
著者
井上 奈津美 井上 遠 松本 斉 境 優 吉田 丈人 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2019, (Released:2021-05-24)
参考文献数
61

樹洞は、多くの生物がねぐらや営巣場所として利用する森林生態系における重要なマイクロハビタットである。気候帯や地域に応じて樹洞の現存量や、樹洞の形成に関わる要因は大きく異なっており、樹洞利用生物の保全のためにはそれらを明らかにすることが重要である。本研究では、奄美大島の世界的にも希少な湿潤な亜熱帯照葉樹林を対象に、伐採履歴が異なる 2つの森林タイプ(成熟林と二次林)において、樹木サイズや樹種構成、樹洞の現存量を明らかにするとともに、樹種ごとに形成される樹洞の特徴を把握した。奄美大島の亜熱帯照葉樹林は、他の地域の熱帯林または亜熱帯林と比較して樹洞の現存量は多く、キツツキの穿孔による樹洞と比べて腐朽による樹洞が高い割合を占めていた。胸高直径( DBH)30 cm以上の樹木において、成熟林では二次林と比較して、ヘクタールあたりの幹数、樹洞を有する幹数、樹洞数が有意に多かった。いずれの森林タイプにおいてもスダジイが最も優占しており(胸高直径 15 cm以上の幹に占める割合は成熟林で 48%、二次林で 66%)、成熟林では次いでイジュ( 10.8%)とイスノキ(10.3%)、二次林ではイジュ( 9.9%)とリュウキュウマツ( 7.6%)が優占していた。記録された樹洞について、一般化線形混合モデルを用いて幹ごとの樹洞数に影響する要因を検討したところ、胸高直径が大きくなるほどそれぞれの幹が有する樹洞数が多かったほか、樹種ではイスノキで最も樹洞数が多く、スダジイ、イジュがそれに続いた。確認された樹洞の 90%はスダジイとイスノキに形成されており、イスノキに形成された樹洞はスダジイに形成された樹洞よりも地面から入口下端までの高さが有意に高かった。 CCDカメラを用いて一部の樹洞の内部を観察したところ、ルリカケスもしくはケナガネズミの利用の痕跡および、リュウキュウコノハズクの繁殖が確認された。樹洞が形成されやすいイスノキの大径木を含めて成熟した亜熱帯照葉樹林を優先的に保全することが、樹洞を利用する鳥類や哺乳類の重要な繁殖・生息場所の維持、保全につながると考えられた。
著者
宮崎 佑介 松崎 慎一郎 角谷 拓 関崎 悠一郎 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.291-295, 2010-11-30
参考文献数
27
被引用文献数
1

岩手県一関市にある74の農業用ため池において、2007年9月〜2009年9月にかけて、コイの在・不在が浮葉植物・沈水植物・抽水植物の被度に与えている影響を明らかにするための調査を行った。その結果、絶滅危惧種を含む浮葉植物と沈水植物の被度が、コイの存在により負の影響を受けている可能性が示された。一方、抽水植物の被度への有意な効果は認められなかった。コイの導入は、農業用ため池の生態系を大きく改変する可能性を示唆している。
著者
中濵 直之 安藤 温子 吉川 夏彦 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2128, (Released:2022-04-28)
参考文献数
48

絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律では、日本国内の絶滅の危険性が大きい生物種について安定的な存続を図るために「国内希少野生動植物種」に選定している。こうした国内希少野生動植物種では、近交弱勢や遺伝的撹乱などの遺伝的な問題を防ぐために保全遺伝学的研究が必要である。これまでに多くの国内希少野生動植物種で保全遺伝学的研究が実施され、またその基盤として遺伝的多様性や遺伝構造、遺伝マーカーをはじめとした遺伝情報が蓄積されてきた。しかし、保全遺伝学的研究の学術論文の多くは英語により出版されたものであり、保全の現場での利用が難しかった。そこで、保全現場における今後一層の活用を目指すため、これまでに国内希少野生動植物種で蓄積されてきた遺伝情報を整理した。 これまでに国内希少野生動植物種で明らかにされてきた遺伝情報を「遺伝的多様性・遺伝構造」、「ゲノム(オルガネラゲノムを含む)」、「遺伝マーカー」、「近交弱勢・有害遺伝子」、「その他」の 5つに区分し、分類群ごとの進捗状況をまとめた。その結果、脊椎動物においては遺伝情報が蓄積している種の割合が多く、また多くの学術論文が出版されていたが、その一方で無脊椎動物においては遺伝情報が蓄積している種の割合とともに学術論文数も少ない傾向にあった。維管束植物においては学術論文数が多かった一方で、指定種数が多いこともあり、種数に対する割合は低かった。 また、近年のハイスループットシーケンシングの隆盛とともにゲノムレベルの手法も使用されるようになり、より安価で大量の遺伝情報を得ることができるようになった。本総説ではこれまでに実施されてきた研究手法について概説するとともに、今後期待される展望についても議論する。
著者
岡部 貴美子 亘 悠哉 矢野 泰弘 前田 健 五箇 公一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.109-124, 2019 (Released:2019-07-01)
参考文献数
116
被引用文献数
1

現代の新興感染症の75%は野生動物由来と推測され、西日本で患者数が増加している重症熱性血小板減少症候群(SFTS)への懸念が広がる現状から、マダニ媒介感染症対策を視野に入れた野生動物管理について、国内外の研究および関連制度の動向についてレビューした。マダニの多くは宿主範囲が広く、感染した野生動物宿主から病原体を得て、唾液腺を介して吸血初期からヒトへと病原体を媒介していることが明らかになってきた。また国外の研究では、宿主の種の多様性が高いと、希釈効果によって感染症リスクが低下する可能性が示唆されている。しかし感染症拡大には単一の要因ではなく、気候変動、都市化、ライフスタイルの変化など様々な要因が関与していると考えられる。これらに対応することを目的として国際的にワンヘルスなどの学際的な取り組みが実施されているが、必ずしも有効な野生動物管理手法の開発に至っていない。今後は、異なるセクターの協働により、科学的知見に基づく取り組みを進めることが必要である。
著者
風間 健太郎
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.107-122, 2012-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
92
被引用文献数
11

近年、陸上の建設適地の不足や電力供給の安定性から、大規模な洋上風力発電施設(洋上風発)が世界各地に建設されている。洋上風発は、建設や運用に関して多くの経済的利点を保有している一方で、海洋生物へ様々な影響をおよぼす。洋上風発建設前の探査や掘削により発生する騒音は、魚類や海棲哺乳類の音声コミュニケーションを阻害する。洋上風車の設置は、海洋生物の生息場所を減少させるばかりでなく、局所的な海洋環境を変化させることを通してさまざまな海洋生物の生残や繁殖に影響をもたらす可能性がある。また、洋上の風車と鳥類が衝突する事故は多数確認されている。風車との衝突を避けるために、多くの鳥類が採餌や渡りの際に風車を避けて飛翔する。この風車回避行動は、鳥類の飛翔距離の増加を招き、その分、飛翔エネルギーコストが上昇すると考えられている。今後、より多くの海域や分類群を対象とした長期的な影響評価が必要である。洋上風発が海洋生物におよぼす影響を軽減するためには、多くの鳥類や海棲哺乳類が利用する渡り・回遊ルートや採餌域を避けた建設地の選定、騒音の発生を抑えた工法、渡り・回遊や繁殖の時期や時間帯に配慮した運転などが求められている。
著者
山ノ内 崇志
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2231, (Released:2023-09-08)
参考文献数
206

サトイモ科の浮遊植物ボタンウキクサは侵略的外来種として外来生物法の規制対象となっているが、琉球諸島には古い分布記録があり、外来性に疑いが持たれる。文献と標本記録に基づきボタンウキクサの外来性を再検討した結果、最も古い記録として、1854年にC. Wrightによって採集された標本と水田の普通種として記録した手稿が確認された。1950年代までの複数の研究者が、ボタンウキクサが沖縄島から八重山諸島にかけて分布し、水田やその周辺で在来水生植物と共に生育することを記録していた。1950年代以前は複数の研究者がボタンウキクサを在来種として扱っており、一方で外来種とした例はなかった。外来種とした最初の見解は1951年にE. Walkerらが標本のラベル上で示したものであり、1970年代以降に外来種とする見解が一般化したが、科学的な根拠を提示した例はなかった。園芸的な栽培・流通は1930年代に始まって1950年代に盛んになり、1970年代から日本本土での野生化が記録され始めていた。根拠が不十分であるにも関わらず外来種とされた理由として、1) 当時は未発表手稿など古い情報の取得が困難だったことと、2) アフリカ原産とする説など研究者の判断を偏らせるバイアスが存在した可能性が考えられた。以上のことから、琉球諸島に古くから分布していた系統のボタンウキクサを科学的根拠に基づいて外来種と見なすことはできず、最近の分子系統地理学的な知見を踏まえると自然分布の可能性を否定できないと考えられた。この系統は現在、生育地の縮小や、導入された系統との競争や交雑といったリスクにさらされている可能性がある。外来生物法による適切な取り扱いのためにも、分類学的な検討や識別法の確立、現状の把握が必要である。
著者
渡辺 恵 嶌本 樹 渡辺 義昭 内田 健太
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2127, (Released:2022-10-20)
参考文献数
34

近年、野生動物への餌付けは、個体の行動や生物間相互作用の変化を引き起こすなど、生態系への影響が危惧され始めた。そのため、生物多様性保全の観点から、一部の地方自治体では、餌付け行為を規制する動きが見られる。しかし、国内において餌付けが与える影響を調べた研究は、大型の哺乳類を始めとした一部の生物に限られているなど、未だ限定的である。本調査報告では、滑空性の哺乳類であるエゾモモンガへの餌付けの捕食リスクへの影響を明らかにすることを目的に、北海道網走市の餌台が設置された都市近郊林におけるルートセンサスにより、 1.餌台の利用頻度と、 2.自然由来の餌と人為由来の餌を利用する場合の行動の比較(採食中の滞在高さと一か所の滞在時間)、 3.聞き取り調査も加えてイエネコやキタキツネなどの捕食者の出現と捕食事例について調査を行った。調査の結果、エゾモモンガは餌台を頻繁に利用していた。人為由来の餌を利用する場合は、自然由来の食物を利用する場合よりも、採食中の滞在高さが有意に低く、一か所の滞在時間が有意に長かった。また、聞き取りから調査した冬に餌台周辺でイエネコによる捕食があったことがわかった。餌台を介した餌付けは、エゾモモンガの採食行動を変化させ、捕食リスクを高めることに繋がると考えられる。今後は、餌付けによる生態系への影響を評価するために、餌台のある地域とない地域での比較など、更なるモニタリングが必要だろう。
著者
松田 裕之 矢原 徹一 竹門 康弘 波田 善夫 長谷川 眞理子 日鷹 一雅 ホーテス シュテファン 角野 康郎 鎌田 麿人 神田 房行 加藤 真 國井 秀伸 向井 宏 村上 興正 中越 信和 中村 太士 中根 周歩 西廣 美穂 西廣 淳 佐藤 利幸 嶋田 正和 塩坂 比奈子 高村 典子 田村 典子 立川 賢一 椿 宜高 津田 智 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.63-75, 2005-06-30 (Released:2018-02-09)
被引用文献数
22

【自然再生事業の対象】自然再生事業にあたっては, 可能な限り, 生態系を構成する以下のすべての要素を対象にすべきである. 1生物種と生育, 生息場所 2群集構造と種間関係 3生態系の機能 4生態系の繋がり 5人と自然との持続的なかかわり 【基本認識の明確化】自然再生事業を計画するにあたっては, 具体的な事業に着手する前に, 以下の項目についてよく検討し, 基本認識を共有すべきである. 6生物相と生態系の現状を科学的に把握し, 事業の必要性を検討する 7放置したときの将来を予測し, 事業の根拠を吟味する 8時間的, 空間的な広がりや風土を考慮して, 保全, 再生すべき生態系の姿を明らかにする 9自然の遷移をどの程度止めるべきかを検討する 【自然再生事業を進めるうえでの原則】自然再生事業を進めるうえでは, 以下の諸原則を遵守すべきである. 10地域の生物を保全する(地域性保全の原則) 11種の多様性を保全する(種多様性保全の原則) 12種の遺伝的変異性の保全に十分に配慮する(変異性保全の原則) 13自然の回復力を活かし, 人為的改変は必要最小限にとどめる(回復力活用の原則) 14事業に関わる多分野の研究者が協働する(諸分野協働の原則) 15伝統的な技術や文化を尊重する(伝統尊重の原則) 16目標の実現可能性を重視する(実現可能性の原則) 【順応的管理の指針】自然再生事業においては, 不確実性に対処するため, 以下の順応的管理などの手法を活用すべきである. 17事業の透明性を確保し, 第3者による評価を行う 18不可逆的な影響に備えて予防原則を用いる 19将来成否が評価できる具体的な目標を定める 20将来予測の不確実性の程度を示す 21管理計画に用いた仮説をモニタリングで検証し, 状態変化に応じて方策を変える 22用いた仮説の誤りが判明した場合, 中止を含めて速やかに是正する 【合意形成と連携の指針】自然再生事業は, 以下のような手続きと体制によって進めるべきである. 23科学者が適切な役割を果たす 24自然再生事業を担う次世代を育てる 25地域の多様な主体の間で相互に信頼関係を築き, 合意をはかる 26より広範な環境を守る取り組みとの連携をはかる
著者
奥田 圭 田村 宜格 關 義和 山尾 僚 小金澤 正昭
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.109-118, 2014-11-30 (Released:2017-08-01)

栃木県奥日光地域では、1984年以降シカの個体数が増加し、1990年代後半から植物種数が減少するなど、植生にさまざまな影響が生じた。そこで当地域では、1997年に大規模な防鹿柵を設置し、植生の回復を図った。その結果、防鹿柵設置4年後には、柵内の植物種数がシカの個体数が増加する以前と同等にまで回復した。本研究では、防鹿柵の設置がマルハナバチ群集の回復に寄与する効果を検討するため、当地域において防鹿柵が設置されてから14年が経過した2011年に、柵内外に生息するマルハナバチ類とそれが訪花した植物を調査した。また、当地域においてシカが増加する以前の1982年と防鹿柵が設置される直前の1997年に形成されていたマルハナバチ群集を過去の資料から抽出し、2011年の柵内外の群集とクラスター分析を用いて比較した。その結果、マルハナバチ群集は2分(グループIおよびII)され、グループIにはシカが増加する以前の1982年における群集が属し、シカの嗜好性植物への訪花割合が高いヒメマルハナバチが多く出現していた。一方、グループIIには防鹿柵設置直前の1997年と2011年の柵内外における群集が属し、シカの不嗜好性植物への訪花割合が高いミヤママルハナバチが多く出現していた。これらのことから、当地域におけるマルハナバチ群集は、防鹿柵が設置されてから14年が経過した現在も回復をしていないことが示唆された。当地域では、シカが増加し始めてから防鹿柵が設置されるまでの間、長期間にわたり持続的にシカの採食圧がかかっていた。そのため、柵設置時には既にシカの嗜好性植物の埋土種子および地下器官が減少していた可能性がある。また、シカの高密度化に伴うシカの嗜好性植物の減少により、これらの植物を利用するマルハナバチ類(ポリネーター)が減少したため、防鹿柵設置後もシカの嗜好性植物の繁殖力が向上しなかった可能性がある。これらのことから、当地域における防鹿柵内では、シカの嗜好性植物の回復が困難になっており、それに付随して、これらの植物を花資源とするマルハナバチ類も回復していない可能性が示唆された。
著者
亘 悠哉 永井 弓子 山田 文雄 迫田 拓 倉石 武 阿部 愼太郎 里村 兆美
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.28-35, 2007-05-31 (Released:2018-02-09)
参考文献数
17
被引用文献数
1

2000年5月から2006年11月までの間に、奄美大島の森林で採集した135個のイヌの糞の内容物分析を行った。出現頻度では、アマミノクロウサギが45.2%、アマミトゲネズミが23.7%、ケナガネズミが20.0%と高い値を示し、これらの種がイヌの影響を最も受けやすい種であると考えられた。これらの種は特別天然記念物および天然記念物に指定されており、イヌ対策の重要性はきわめて高いといえる。奄美大島では現在までに森林でのイヌの繁殖は確認されていない。この理由として、奄美大島では、大型の餌動物が少なく、繁殖に十分な餌資源を得られないことが考えられた。一方で毎年多数のイヌが人間の管理下を離れている。このような状況は、ペット管理のモラルが森林のイヌの個体数、ひいては在来種への影響を大きく左右することを示唆している。これを受けて、本論文ではイヌ対策における方策を以下に提言する。1)長期的な方策:森林へのイヌの供給を絶つための方策。ペットや猟犬の管理に関わる現行法や罰則の周知、適切な法の運用、飼い主のモラル向上のための普及啓発の推進などが強く望まれる。これらは森林のイヌを減少させる根本的な解決策であり、最も優先順位の高い方策である。2)短期的な方策:すでに森林に生息するイヌに対する方策。イヌや糞などの目撃情報の提供先の明確化、情報提供後のすみやかな捕獲が可能なシステム作りが重要である。
著者
田村 淳 中西 のりこ 赤谷 美穂 石川 信吾 伊藤 一誠 町田 直樹 永井 広野 野辺 陽子 長澤 展子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.263, 2022-10-20 (Released:2023-01-01)
参考文献数
32

シカの累積的な採食圧により絶滅が危惧される多年草の回復を評価するには、設置年の異なる植生保護柵を用いて長期にわたり継続調査することが有効である。本研究では、 1980年代後半からシカの強い採食圧を受けてきた丹沢山地のブナ林に 1997年に設置された 3基の柵( 1997年柵)と 2003年に設置された 4基の柵( 2003年柵)、2010年に設置された 3基の柵( 2010年柵)を用いて、シカの個体数管理が行われている柵外も加えて、神奈川県絶滅危惧種の多年草の種数と個体数を継続して調べた(ただし、柵により不定期調査)。1997年柵では 5年目に 6種が出現して、それ以降種数は減少した。一方、 2010年柵では、時間の経過につれて出現種数が増加して 10年目には最大の 5種が出現した。個体数では、 1997年柵ではハルナユキザサとレンゲショウマを除き減少し、 2010年柵では時間の経過に伴い増加する種が多かった。 1997年柵と 2003年柵、 2010年柵の 5年目の比較では、 1997年柵で個体数の多い種が 2種あった。これらの結果は、シカの累積的な採食圧を長く受けた後に設置された柵では、先に設置された柵よりも回復までに時間はかかるものの、柵を長く維持することで新たな種が出現したり個体数が増加したりする可能性があることを示している。一方、柵外ではヒカゲミツバの 1種のみが継続して出現し、 8年目にはクルマユリやハルナユキザサなど 4種が初めて出現したがクルマユリを除いてその年のみの出現であった。また、個体数は柵内と比較して少なかった。このように丹沢山地では、シカの採食圧を 20年以上受けた後に設置された柵内で 5年以上かけて回復した絶滅危惧種が存在することを確認した。一方、柵外では絶滅危惧種の回復は限られていた。これら柵内外の結果は本調査地に特有の可能性もあるため、他地域においても柵の設置と個体数管理の有効性を検証することが望まれる。
著者
田村 淳
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.255-264, 2010-11-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
47
被引用文献数
8

ニホンジカの採食圧を受けてきた時間の長さによる植生保護柵(以下、柵)設置後の多年生草本の回復しやすさを検討するために、同一斜面上の設置年の異なる柵で、12種の出現頻度と個体数、成熟個体数を比較した。柵はニホンジカの強い採食圧を10年程度受けた後に設置された柵3基(1997年柵)と16年程度受けた後に設置された柵4基(2003年柵)である。両方の柵で出現頻度が同程度であった種が6種、1997年柵で高い傾向のある種が6種であった。出現頻度が1997年柵で高い傾向のある6種のうちの3種は、シカの採食圧の低かった時代において調査地にまんべんなく分布していた可能性があった。そのため12種のうち9種は両方の柵で潜在的な分布は同じだったと考えられた。これら9種において個体数を比較したところ、4種は1997年柵で個体数が有意に多かった。これらの種は、シカの採食圧を長く受けた後に柵を設置しても回復しにくいことを示している。一方で、9種のうちの5種は、両方の柵で個体数に有意差はなかった。このことは、これら5種が林床植生退行後の柵の設置までに要した10年ないし16年程度のシカの採食圧では出現に影響しないことを示唆している。ただし、このうちの1種は成熟個体数の比率が2003年柵で低かった。以上のことから、柵の設置が遅れると回復しにくい種があることが明らかになった。したがって、それらの生育地では退行後、遅くとも10年以内に柵を設置することが望ましいと結論した。
著者
西廣 淳
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.141-146, 2012-11-30 (Released:2017-10-01)
参考文献数
20
被引用文献数
2

霞ヶ浦(茨城県)では1996年以降、霞ヶ浦開発事業の計画にもとづく水位管理が実施され、従来よりも高い水位が年間を通して維持されるようになった。水位上昇に伴って進行すると予測される湖岸の抽水植物帯の衰退の程度と特徴を明らかにするため、行政や関連機関によって取得されたデータを活用して解析した。湖岸の34定点で測定された抽水植物帯の幅(人工護岸から汀線までの距離)の変化を分析した結果、1997年から2010年までの13年間に、9.54±7.71m(平均±標準偏差)の減少が認められた。また植生帯の幅の減少量と、各地点における波高の指標値との間には、有意な正の相関が認められた。優占種にもとづいて識別された抽水植物群落の面積変化を分析した結果、1992年から2002年までの間に顕著に減少していたのは、比高が低く静穏な場所に成立するマコモ群落とヒメガマ群落であった。現在の霞ヶ浦では、「水利用と湖の水辺環境との共存を模索する」ことを目的とした「水位運用試験」として、水位をさらに上昇させる管理が行われているが、これまでの植生帯衰退を考えれば、水位をむしろ低下させ、保全効果を検証する試験こそが必要といえる。
著者
西廣 淳
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.139-148, 2011-11-30 (Released:2017-08-01)
参考文献数
37
被引用文献数
5

治水や利水を目的とした湖沼水位の操作による季節的変動パターンの変化が、湖岸の植物の種子による繁殖に及ぼす影響について、霞ヶ浦(茨城県)を例に解説した。霞ヶ浦では水門による水位操作が行われるようになった1970年代以降、それまで生じていた春季における水位低下が失われた。このため、湖岸の抽水植物帯の地表面が冠水しやすくなり、植生帯面積の減少と相まって、そこに生育する植物の発芽セーフサイト(発芽と実生定着に必要な条件を備えた場所)の面積がそれ以前の約24%に減少したと推定された。さらに水位操作が強化された現在の霞ヶ浦湖岸では、湿生植物の実生更新がほとんど生じていないことが確認され、現状の方針による管理が継続されると湖岸の植物の多様性が損なわれることが示唆された。水位管理方針の変更が湖岸の植物の発芽セーフサイトの面積に及ぼす影響を単純なモデルを用いて予測した結果、現状から20cm以内で水位を低下させただけでも発芽セーフサイトの大幅な回復が見込めることが示唆された。治水・利水・環境を鼎立させた管理のためには、このような生態学的予測を活用するとともに、多様な視点からの検討を経た順応的管理が不可欠である。
著者
今村 彰生 岡山 祥太 丸山 敦
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2026, (Released:2021-05-24)
参考文献数
20

琵琶湖に生息する淡水魚には産卵期に流入河川へ遡上する種が多数含まれるが、遡上量の大きい河川ではこれらの魚種を水産資源として利用すべく、定置罠「簗」が設置される。簗がもたらす魚類群集への影響を検証するため、本研究では琵琶湖淀川水系の固有亜種であり、絶滅危惧種でもある魚食魚ハスを対象に、産卵遡上期の個体数密度、性比、体長、産卵行動の頻度について、簗の有無(知内川と塩津大川の比較)および簗の開閉(知内川での比較)の影響を調べた。照度、水温、濁度、流速の測定も行うことで、ハスの保全において重要な因子の抽出を目指した。河川間比較の結果、産卵行動の頻度は知内川で高く、濁度と産卵行動の頻度の間に見られた負の関係性から、濁度の影響が示唆された。簗が設置されている知内川では個体数が多く、相対的にハスの産卵場所として好まれていると考えられた。個体サイズも知内川において大きかった。知内川の簗開時期には個体数密度と産卵頻度に正の相関が見られたが、知内川の簗閉時期には個体数密度と産卵頻度の関係が負に逆転していた。メスの比率は常に 0.5を下回り、知内川の簗閉時期で最も小さく知内川の簗開時期が続き、塩津大川で最大だった。以上の結果から、簗閉時期は産卵可能な流程が制限され、個体数密度が過剰である可能性が示唆された。したがって、ハスの遡上および産卵の成功度を上昇させるには、塩津大川のような遡上の少ない河川の濁度を下げて個体数を増やすことや、知内川のような遡上の多い河川での簗の無効化などが考えられる。近年の簗はアユ漁が主目的であるが、アユ個体群のみならずハス個体群への影響を考慮した、禁漁期間の設定や設置位置の微変更などの運用のさらなる工夫が有効であろう。
著者
津田 優一 中濵 直之 加藤 英寿 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.127-136, 2018 (Released:2018-07-23)
参考文献数
40

小笠原諸島の父島では現在、グリーンアノールやセイヨウミツバチをはじめとする外来種の侵入により、在来 の訪花昆虫が減少し外来の訪花昆虫が優占する、送粉系撹乱が生じている。この撹乱により父島に生育する植物の結 果率が変化していることが報告されているものの、植物の遺伝的多様性及び構造に与える影響については明らかにな っていない。本研究では、父島と送粉系撹乱のない聟島において、小笠原固有種のシマザクラを対象に、各島の訪花 昆虫相及び繁殖成功、また遺伝的多様性を解明し、それをもとに送粉系撹乱が繁殖成功及び遺伝的多様性に与える影 響について考察した。両島でシマザクラの花について2 分間隔のインターバル撮影を24 時間あるいは48 時間実施し た(合計撮影時間,聟島:216 時間,父島:120 時間)。また、聟島で23 花序、父島で25 花序の結果率の測定を行っ た。マイクロサテライトマーカー14 座を用いて聟島及び父島の成木の遺伝的多様性の算出を行うと共に、両島の成 木を用いて島間の遺伝的分化について推定した。さらに、親子解析で親を有意に同定できた種子について遺伝的多様 性の算出と種子親の自殖率の推定を行った。訪花昆虫観察の結果、撹乱が生じている父島では、聟島に比べて総訪花 頻度と在来昆虫の訪花頻度が少なく、外来種のセイヨウミツバチが総訪花の65%を占めており、結果率が有意に低 かったこと(p < 0.05)から、シマザクラの送粉系が父島で撹乱されている事が明らかになった。しかし、成木と種 子の遺伝的多様性、自殖率に島間で有意差はなく、各島内の成木には有意な距離による隔離が見られなかった。本研 究から、小笠原諸島における送粉系撹乱はシマザクラの繁殖成功に負の影響をもたらしているものの、遺伝的多様性 には影響をもたらしていないことが明らかとなった。
著者
北野 聡 石塚 徹 村上 賢英 澤本 良宏 西川 潮 大高 明史
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2126, (Released:2022-04-15)
参考文献数
34

2011年から 2020年にかけて長野県内の 6水域で特定外来生物シグナルザリガニ Pacifastacus leniusculusが新たに確認された。本種の定着が確認された水域は、標高 670 -1300 mのダム湖やため池、緩勾配河川であった。シグナルザリガニに共生するヒルミミズ類 Branchiobdellidaの種組成およびミトコンドリア DNA配列を分析した結果、 1水域は既往の県内産地からの導入、それ以外の水域については北海道・福島県産地からの導入あるいはこれら県内外の複数起源からの混合導入と推測された。今後、各水域のシグナルザリガニ個体群の個体数低減を図るとともに、これらの定着水域からの違法な持ち出しをしないよう普及啓発を進め、さらなる分布拡大を防ぐことが重要である。
著者
浦 達也 長谷部 真 吉崎 真司 北村 亘
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1925, (Released:2021-04-20)
参考文献数
34

風力発電の導入が進むにつれ、日本でも風力発電施設の存在がバードストライクや生息地放棄など鳥類へ影響を与えることが注目されている。欧州では風力発電施設の建設により影響を受ける鳥類の生息地が示された脆弱性マップが自然保護団体を中心に作成され、その活用により計画段階において影響が回避されるようになってきた。日本では風力発電施設の建設が集中する地域があらかじめ分かっているため、まずはそういった場所で地域的な脆弱性マップの作成が試みられるべきである。そこで(公財)日本野鳥の会は、風力発電の建設計画が集中し、かつ希少鳥類の生息地や渡り鳥が多い北海道の宗谷振興局西部地域で脆弱性マップの作成を試みた。脆弱性マップの作成方法について、まずは国内外の情報を収集し、次いで検討会を開催して作成方法等を決定し、検討会での決定事項に現地鳥類調査の結果を当てはめる形で作成した。脆弱性マップの作成開始時点では国内情報はなかったが、海外事例ではイングランド、スコットランド、アイルランド、ギリシャ、スロベニアのものを参考にして、作成方法を検討した。検討会では、脆弱性マップのあり方、衝突確率・回避率の取り扱い、鳥獣保護区等の取り扱い、渡り経路の取り扱い、作成対象となる鳥の種の選定方法、マップ上での脆弱性の表現、バッファーゾーンの取り扱い、脆弱性マップの更新などについて議論した。脆弱性マップ作成の対象となった鳥類は種脆弱性指標が高い種や地域重要種を中心に 23種となった。脆弱性マップは 84個の 5 kmメッシュ(面積約 2100 km2)で表現することとなり、対象鳥類の分布と一つのメッシュ上での重なり具合を考慮して脆弱性を 10段階に分け、それを 4色で表現した。その結果、希少な鳥類の生息地およびガン・ハクチョウ類の渡りが多い対象地域の西部、ハクチョウ類や海ワシ類の渡りが多い対象地域の北部が、風力発電施設による鳥類への脆弱性の高い場所であることが分かった。