著者
長尾 文子 岩田 知那 伊藤 晃 下 和弘 城 由起子 松原 貴子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0326, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】国民生活基礎調査において肩こり有訴者率は男女ともに非常に高い。肩こりには身体・心理・社会的要因が関与するといわれており,身体的要因としては肥満度が高いこと,運動量が少ないこと,社会的要因としては睡眠の質が悪いことなどが報告されている(大谷2008,岸田2001)。一方,心理的要因については,ストレスとの関係性が指摘されており(沓脱2010),肩こり有訴者はストレス下に曝露されていることが示唆される。ストレスと健康を調整する機能をストレスコーピングといい,適切なストレスコーピングがなされない場合,痛みや不安・抑うつといったさまざまなストレス応答が表出され(嶋田2007,牧野2010),心身の健康に影響を及ぼすことが予測される。そこで今回,身体的・社会的要因に加え,心理的要因としてはストレスコーピングに着目し,若年者を対象に肩こりの身体・心理・社会的特性について検討した。【方法】対象は大学生470名(19.9±1.4歳)で,頚肩部痛に対して受診歴がある者,肩こりの他に慢性痛を有する者,発症後3か月未満の肩こりを有する者は除外し,肩こりのある者(肩こり群)とない者(非肩こり群)に分類した。評価項目は肩こりの程度(VAS),初発年齢,初発原因,誘発要因,罹患期間,機能障害(NDI),心理的因子の疼痛自己効力感(PSEQ),破局的思考(PCS)を肩こり群のみで,健康関連QOL(EQ-5D),身体的因子の身体活動量(IPAQ),心理的因子のストレスコーピング(TAC-24),ストレス応答(PHRF-SCL),社会的因子の睡眠状態(睡眠時間,睡眠時間の満足度,睡眠の質),家庭環境(世帯構造,家庭生活の満足度)を両群で調査した。統計学的解析には,群間比較にMann-WhitneyのU検定,またはΧ2検定,相関にSpearmanの順位相関係数を用い,有意水準を5%とした。【結果】肩こり有訴者率は28.7%(肩こり群82名,非肩こり群204名)であった。肩こりの程度は42.8±21.9,初発年齢は16.1±2.5歳,罹患期間は3.0±2.1年,初発原因および誘発要因は同一姿勢が多かった。NDIは5.2±4.4点,PSEQは36.2±11.0点,PCSは「反芻」9.6±4.6点,「無力感」5.3±3.8点,「拡大視」3.6±2.8点であった。肩こり群は非肩こり群と比較して,PHRF-SCLの「疲労・身体反応」,TAC-24の「計画立案」,「責任転嫁」,「放棄・諦め」,「肯定的解釈」,家庭生活の満足度の「やや不満」が有意に高い一方,EQ-5Dの効用値,EQ VAS値,TAC-24の「カタルシス」,「気晴らし」が有意に低かった。IPAQ,睡眠時間,睡眠時間の満足度,睡眠の質,世帯構造に有意な差はなかった。肩こり群の各調査項目において中等度以上の有意な相関関係は認められなかった。【考察】今回,肩こりは中高生からの発症が多く,初発原因および誘発要因が同一姿勢であったことから,学業やVDT作業などの座位で同じ姿勢を保持する機会が増えることが肩こりの発症に関係すると考えられた。また成人(大谷2010)同様,若年者においても肩こりの存在が有訴者の健康関連QOLを低下させる可能性が考えられた。身体・心理・社会的特性を検討した結果,身体的要因は健常者と差がなかったが,心理的・社会的要因で特徴が認められた。社会的要因は,肩こり群で家庭生活に不満をもつ者が多かったことから,ストレッサーの一因となる可能性が考えられた。心理的要因のストレスコーピングでは,肩こり有訴者はストレッサーに積極的に対応しようと試みる一方,ストレッサーにより起こる情動の発散や調整ができないため,ストレッサーの解決が困難な場合はストレッサーを回避する傾向がうかがえた。回避系のストレスコーピングはストレス応答の表出を高めることが報告されており(坂田1989,尾関1991),今回の肩こり群で「疲労・身体反応」が強く表出されていたことから,肩こり有訴者はストレッサーを適切に対処できていない可能性が示唆され,また,身体面に表出されるストレス応答が肩こりを惹起,増悪させる要因となりうることが示唆された。適切なストレスコーピングにより肩こりやQOLの改善が期待されるため,若年者の肩こりマネジメントにはストレスコーピングスキルの向上を含め,心理社会的アプローチを加えることが必要と考える。【理学療法学研究としての意義】我が国で有訴者の多い肩こりに対して身体・心理・社会的側面から特性を検討した結果,肩こり有訴者は特徴的なストレスコーピングを有することがうかがえ,肩こりをマネジメントするうえで重要な所見と考える。
著者
野村 卓生 吉本 好延 明崎 禎輝 冨田 豊 濱窪 隆 藤原 亮 東 大和生 佐藤 厚
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.D0503, 2006

【緒言】適度な身体活動の継続は,他の要因から独立して慢性疾患リスクを減少させるが,運動療法に関する教育を体系的に受けた糖尿病患者においても運動の継続は極めて困難である.数ある運動の中でも「階段を昇る」ことは,多くの個体集団に適用可能で,日常生活における運動習慣定着へのモデルになると考えられる.本研究では,階段使用促進を目的としたメッセージを付記したバナー(バナー)を用い,不特定多数を対象に「階段を昇る」行動が促進されるかどうかの検討を行った.<BR>【方法】測定場所は,階段(37段)とエスカレーター(昇り)が隣接したH県内某私鉄の駅構内とした.測定者は2名とし,測定者1が階段を昇る通行者,測定者2がエスカレーターを使用する通行者を記録した.測定は平日,午前7時からの2時間30分とし,週2回,計16回の測定を実施した.通行者は,性別,年代層別(高齢層,青中年層,学生層,新生児及び小児は除外)に分類し,カウンターで記録した.2週間隔で通行者数を合算し,SPSSを用いて統計解析を行った.<BR>【介入手順】まず,ベースライン測定を2週間行った.ついで,バナーを階段前額面,柱側面,壁面に計45枚貼付し,同様の測定を4週間行い,4週目の測定最終日にバナーの撤去を行った.フォローアップ測定としてバナー撤去から3週後に2週間,同様の測定を行った.なお,本研究は臨床研究に関する倫理性に十分に配慮した.<BR>【結果】全測定期間において通行者は計43,241名測定された.階段使用者の割合は,全通行者でベースライン3.58%,バナー貼付後1-2週4.93%,バナー貼付後3-4週5.80%,フォローアップ3.68%であり,ベースラインに比較してバナー貼付後1-2週,3-4週においては有意な増加を示した(p<0.001).性別及び年代層別では,ベースラインと比較してバナー貼付後1-2週においては男性高齢層,青中年層,学生層でそれぞれ3.76%,0.10%,6.33%,女性高齢層,青中年層,学生層でそれぞれ1.44%,0.42%,16.6%の増加を示した.バナー貼付後3-4週において,男性高齢層,女性高齢層,女性学生層ではバナー貼付後1-2週より階段使用者率は低下したが,ベースラインと比較して高い階段使用者率が維持されていた.フォローアップでは,男性青中年層のみ有意な階段使用率が維持されていた.<BR>【考察】階段の昇り1回に要する消費カロリーは小さいが,生活範囲の多くの場所において身体活動促進のための啓発・教育が実施されるならば,個人の運動消費カロリーを現状よりも増加させ,慢性疾患の予防・進展抑制効果が期待できる可能性は高い.人の運動行動を誘発し,行動を維持させることは非常に困難である.本研究では,不特定多数の人の行動を簡便な方法で,全体で約2%であるが変容させることに成功できたことは非常に意義深い.
著者
本多 裕一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100268, 2013

【はじめに、目的】 昨今,理学療法学生の精神面の弱さが指摘され,実習を継続できない事例も散見される.これを受け,臨床実習とストレスの関係を調査し,本校の実習指導における介入尺度の一つとするべく本研究を行った.学生個々のストレスに対する強さが異なる中で一定の尺度の下,平均以上の者と未満の者とで実習に対するストレスの感じ方に差があるか否かを検証した.また実習の要素として大きな比重を占めると考えられるスーパーバイザー(以下S.V)との関係性とストレスについても検証した.【方法】 学生(有効回答 男42名,女15名25.45±6.2歳)に対し,2種類の質問紙調査を行い,統計処理を行った.実習1期及び2期それぞれの開始前後にSOC(sense of coherence)縮約版13項目スケール(東京大学大学院医学系研究科健康社会学・Antonovsky研究会作成)を実施した.同スケールは,スコアの低い者は主観的健康感がよくない者やうつ状態の割合が高く,少しのストレッサーでも心身の健康が悪化しやすい.逆に高い者は多くのストレッサーがあっても健康が損なわれにくく「ストレス対処能力」が高いとされ,以下の3つの下位尺度が含まれる.即ち日々の出来事や直面したことに意義がある,あるいは挑戦とみなせる感覚を示す「有意味感」,自分の置かれている状況を予測可能なものとして理解する感覚を示す「把握可能感」,困難な状況を何とかやってのけられると感じられる感覚を示す「処理可能感」である.「有意味感」について「あなたは自分のまわりで起こっていることがどうでもいい,という気持ちになることがありますか?」など4項目,「把握可能感」について「あなたは,気持ちや考えが非常に混乱することがありますか?」など5項目,「処理可能感」について「どんな強い人でさえ,ときには自分はダメな人間だと感じることがあるものです.あなたは,これまで自分はダメな人間だと感じたことがありますか?」など4項目,合計13項目の質問から構成され,それぞれ7件法で評価,点数化(範囲は7~91点)される.一般平均は54~58点とされる.続いて2期目実習終了後に質問紙調査(4件法で1~4の順序尺度をコード化)を行った.質問A:「実習中にストレスを1.とても感じた ~ 4.全く感じなかった(ストレスの程度)」,S.Vとの関係性について,質問B:「(S.Vに対して)質問は1.とてもしにくかった ~ 4.とてもしやすかった(質問しやすさ)」,質問C:「指導内容は1.全く理解できなかった ~ 4.とても理解しやすかった(指導内容の理解)」の3項目を準備した.そしてSOCスコアについて平均以上と未満の者,また1期前と1期終了後(2期開始前)でスコアが同じか上がった者と下がった者に群分けした.そして質問Aについて,選択肢1.2(概ねストレスを感じた)と3.4(概ねストレスを感じなかった)を群分けし,それぞれの群について2×2分割表を作成,χ²検定によって検証した.更に質問AとB間, 質問AとC間の相関関係をスピアマンの順位相関係数検定によって検証した.有意水準5%で検定した.【倫理的配慮、説明と同意】 ヘルシンキ宣言に則り,文面及び口頭にて調査の趣旨,個人情報保護について説明し,同意を得た学生に対して行った.【結果】 SOCスコアに関する2つの群と質問Aとのそれぞれの分割表に有意差は認められなかった.質問AとB及びAとCの関係について,それぞれrs=0.57(P<0.01),rs=0.42(P<0.01)の「相関」が認められた.【考察】 今回の調査では,実習前のSOCスコアは実習中のストレスの程度に反映するとは言えず,指導介入尺度の一つとして単純に取り入れることは難しいことが示唆された.このことは実習施設ごとに実習生への接し方や対応方法が異なるため,SOCスコアの高い者が過負荷に感じたケースやその逆のケースも見られたこと,また一部クリニカル・クラークシップが導入されていたことなどが要因と考えられた.一方,S.Vとの関係性について,その一端を示すと考えられた「質問しやすさ」や「指導内容の理解」と「ストレスの程度」との間に「相関」が見られた.このことから,S.Vとの関係性の如何がストレスの程度に影響を与えた可能性が考えられた.【理学療法学研究としての意義】 理学療法教育における臨床実習にクリニカル・クラークシップの導入が検討され,現在一部導入されている.今後,従来型実習からクリニカル・クラークシップに移行していく過程において,学生のストレスと実習ならびにS.Vとの関係性がどのように変化していくのかを捉えることで,養成校における指導方法の方向性を探る一端になると考える.
著者
笠原 啓介 加野 彩香 大谷 智輝 阿部 遼
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.46, pp.C-141_2-C-141_2, 2019

<p>【はじめに、目的】</p><p>日本では,1986 年,WHOのオタワ憲章で宣言されたヘルスプロモーションを踏まえて,健康日本21が制定され,セルフコントロールにより健康を増進させる方向性・目標が示された.健康はいかにして生成されるか,健康はいかにして回復され維持され増進されるかという視点に立った健康要因に着目した考え方が健康生成論であり,これはヘルスプロモーションの概念に合致している.健康生成論の核となる概念に首尾一貫感覚(sense of coherence:SOC)があり健康保持能力の基礎となり,これはストレス対処能力の指標とされる.日本では2015年にメンタルヘルス不調の未然防止のためのストレスチェックも開始され,メンタルヘルスへの関心も高まってきている.看護師を対象としたSOCの先行研究はみられるが,リハビリテーション(以下リハ)職種を対象とした先行研究は少ない.そこで今回,当院のリハ科職員のSOC,QOLの実態を把握し,今後の健康増進・メンタル不調の防止の対応を検討する目的で調査を実施した.</p><p>【方法】</p><p>リハ科職員30名(男性20名,女性10名,平均年齢30.8±6.4歳,経験年数7.2±4.4年)を対象とした.ストレス対処能力はSOC-13(13項目7件法),QOLはSF-8を使用し身体的QOL(以下PCS)と精神的QOL(以下MCS)を評価した.基本属性(喫煙,飲酒,趣味,運動習慣,食習慣,睡眠)およびSOCとQOLの関連を検討した.検定にはスピアマンの順位相関係数,マンホイットニーのU検定を使用し有意水準は5%とした.</p><p>【結果】</p><p>SOCは一般平均とされている54点~58点であったものが4名,53点以下が11名,59点以上が15名であった.PCSは各年代の標準値未満が14名,標準値以上が16名,MCSは標準値未満が18名,標準値以上が12名であった.SOCは年齢(rs=0.49),経験年数(rs=0.46),MCS(rs=0.37)に関連がみられた.</p><p>【結論】</p><p>SOCは年齢,経験年数に相関がみられた.これは経験年数が高い者は低い者に比べ,把握可能感(今後の状況がある程度予測できるという感覚),処理可能感(何とかなる,何とかやっていけるという感覚)が高いためと考える.戸ヶ里は,健康要因には中心的な役割を果たすSOCと汎抵抗資源(金銭,地位,社会的支援,能力等健康に関する資源)があり,汎抵抗資源が人生経験の質を育みSOC を形成すると述べている.今回の結果も地位などの汎抵抗資源は経験年数が高い者ほど高かったためSOCとの関連がみられたと考える.QOLとの関連については,Dragesetらによる研究同様に精神的QOLとの関連であった.ストレッサーが強くSOCが低いほど,健康の破綻,悪化をきたしやすく,SOCが高い人ほど,ストレッサーに上手く対応処理する能力があるとされており,SOCを上げることで精神的健康度を上げることが重要とされている.今回の結果より今後,職員の精神的健康度を含め健康的な心身の維持増進のために,SOCを高める取り組み(汎抵抗資源を動員し,ストレッサーの成功的対処を導き)などを行いたいと考える.</p><p>【倫理的配慮,説明と同意】</p><p>本研究を実施するにあたり,ヘルシンキ宣言に基づき対象者の保護には十分留意し,対象者には文書にて十分に説明を行い同意を得て実施した.</p>
著者
原田 拓 可知 悟 岡田 誠 田村 将良 服部 紗都子 竹田 智幸 竹田 かをり 奥谷 唯子 今井 えりか 中根 一憲
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】Star Excursion Balance Test(以下,SEBT)は片脚立位での他方下肢のリーチ距離により支持脚の動的姿勢制御を測定する評価法である。SEBTは足関節捻挫などの下肢障害の予測や競技復帰のための指標として信頼性を認められているが,軸足や非軸足の支持脚の違いによるリーチ距離への影響に関する報告はない。そこで今回,軸足と非軸足がリーチ距離に及ぼす影響を調査した。また本研究はSEBTとスポーツ障害の特異性を調査するための前向きコホート研究であり,今後スポーツ現場へ導入するにあたりSEBTと運動パフォーマンスとの関係性も併せて調査したため報告する。【方法】対象は現病歴のない高校女子バスケ部に所属する生徒14名28足(年齢15.8±0.9歳,身長159.7±4.5cm,体重52.8±5.2kg)とした。SEBTは両上肢を腰部に当てた状態で8方向の線の中心に立ち,片脚立位となり他方下肢を各線に沿って時計回りに最大限リーチさせた。各方向4回の練習後に2回の測定を行った。なお,2回の測定のうち最大リーチ距離を採用し棘果長で除して正規化した。軸足はウォータールー利き足質問紙(日本版)の体重支持機能に関する4項目の合計スコアにより判定した。軸足の判定後,SEBTの値を「軸足群」,「非軸足群」に振り分け比較検討を行った。統計処理は対応のあるt検定を用い有意水準は5%未満とした。運動パフォーマンスは新体力テスト(上体起こし,立ち幅跳び,反復横跳び),筋力(体幹,下肢),関節可動域(下肢)を測定した。新体力テストは文部科学省の新体力テスト実施要綱に準拠して行い,筋力測定はハンドヘルドダイナモメーター(アニマ社製μTasF-1)を使用して行った。また筋力は体重で除して正規化した。統計処理は新体力テスト,筋力にはピアソンの積率相関係数を用い,関節可動域はスピアマンの順位相関係数を用いて,SEBTの8方向の平均スコアと各々のパフォーマンスの相関を求めた。なお,SEBTと軸足の関係性を認められた場合それぞれの群内で,棄却された場合両群を同一と見なして比較検討した。【結果】ウォータールー利き足質問紙(日本版)の参加率は92.9%であった。軸足は右52.8%,左30.8%,左右差なし15.4%であった。またSEBTにおける軸足群と非軸足群の比較はすべての方向で有意差を認めなかった。SEBTの値と各運動パフォーマンスの関係性については立ち幅跳び(r=0.60),反復横跳び(r=0.48),股関節屈曲可動域(r=0.50),足関節背屈可動域(r=0.45)にて相関を示した。しかし筋力との相関は示さなかった。【考察】今回SEBTのリーチ距離に軸足と非軸足が影響を及ぼすか調査したところ有意差を認めなかった。先行研究によると下肢の形態及び機能検査における一側優位性を認めなかったとの報告があり,リーチ距離に差を示さなかった要因であると考えられる。今後スポーツ復帰の基準としてSEBTを用いる際,障害側が軸足あるいは利き足を考慮する必要性がないことが示唆された。運動パフォーマンスの関係性については立ち幅跳びや反復横跳びにおいて正の相関を認めた。スポーツ現場において下肢障害は多くみられ,中でもジャンプや着地,カッティング動作などが挙げられる。今回測定したパフォーマンスはスポーツ障害の動作に類似したスキルであり,SEBTはスポーツ分野における動的姿勢制御の評価法としてさらなる有効性が示唆された。また身体機能における股関節屈曲と足関節背屈の関節可動域と正の相関を認めた。足関節捻挫や前十字靭帯損傷において足関節背屈制限が発症リスクとして挙げられていることから,これまでのSEBTに関する報告と上記障害の関係性を支持する形となった。一方,筋力に関しては筋発揮時の関節角度の違いやリーチ時の戦略の違いのため相関を示さなかったと考えられた。今後,対象者を増やしリーチ距離に及ぼす因子をより明確にしていくと同時に,先行研究において後外側リーチ距離が足関節捻挫の発症リスクを示しているように,本研究対象者を追跡調査し,さらにSEBTと様々なスポーツ障害との特異性を示していきたいと考える。【理学療法学研究としての意義】本研究はSEBTを実施するにあたり軸足との関係性を考慮する必要がないことを明らかにし,さらに運動パフォーマンスとの関係性を示されたことで障害予防の視点からスポーツ現場に導入できる可能性が示唆された。
著者
山下 裕 古後 晴基
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1437, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】高齢者の咀嚼能力の低下は,一年間の転倒歴,排泄障害,外出頻度の減少,うつ状態などと共に,要介護リスク因子の一つとして取り上げられている。しかし,咀嚼能力と身体機能の関連については未だに不明な点が多い。一方,片脚立位時間の測定は,簡便な立位バランス能力の評価として広く臨床で使用されている評価法であり,高齢者の転倒を予測する指標としての有用性も報告されている。そこで本研究は,咀嚼能力の評価指標である咬合力に着目し,身体機能との関係を明らかにした上で,咬合力が片脚立位時間に影響を及ぼす因子と成り得るかを検討した。【方法】対象者は,デイケアを利用する高齢者55名(男性18名,女性37名,要支援1・2)とした。年齢82.9±5.6歳,体重54.7±13.5kgであった。対象者の選択は,痛みなく咬合可能な機能歯(残存歯,補綴物,義歯含む)を有することを条件とし,重度の視覚障害・脳血管障害・麻痺が認められないこと,及び重度の認知症が認められないこと(MMSEで20点以上)とした。咬合力の測定は,オクルーザルフォースメーターGM10(長野製作所製)を使用した。身体機能評価として,片脚立位時間,残存歯数,大腿四頭筋力,握力,Timed Up & Go test(TUG),Functional Reach Test(FRT)を実施した。統計処理は,Pearsonの相関係数を用いて測定項目の単相関分析を行い,さらに片脚立位時間に影響を及ぼす因子を検討するために,目的変数を片脚立位時間,説明変数を咬合力,大腿四頭筋力,TUG,FRTとした重回帰分析(ステップワイズ法)を用いて,片脚立位時間と独立して関連する項目を抽出した。なお,統計解析にはSPSS ver.21.0を用い,有意水準を5%とした。【結果】各項目の単相関分析の結果,咬合力と有意な関連が認められたのは残存指数(r=0.705),片脚立位時間(r=0.439),大腿四頭筋力(r=0.351)であった。また,片脚立位時間を目的変数とした重回帰分析の結果,独立して関連する因子として抽出された項目は,TUGと咬合力の2項目であり,標準偏回帰係数はそれぞれ-0.429,0.369(R2=0.348,ANOVA p=0.002)であった。【考察】本研究は,高齢者における咬合力と身体機能との関係を明らかにし,片脚立位時間における咬合力の影響を検討することを目的に行った。その結果,咬合力は,残存歯数,片脚立位時間,大腿四頭筋力との関連が認められ,片脚立位時間に影響を及ぼす因子であることが示された。咬合力の主動作筋である咬筋・側頭筋は,筋感覚のセンサーである筋紡錘を豊富に含み,頭部を空間上に保持する抗重力筋としての役割を持つことが報告されている。また,噛み締めにより下肢の抗重力筋であるヒラメ筋・前脛骨筋のH反射が促通されることから,中枢性の姿勢反射を通じて下肢の安定性に寄与していることも報告されている。本研究の結果,咬合力と片脚立位時間に関連が示されたことは,高齢者の立位バランスにおいて咬合力が影響を与える因子であることを示唆しており,これらのことはヒトの頭部動揺が加齢に伴い大きくなること,平衡機能を司る前庭系は発生学的・解剖学的に顎との関係が深いことからも推察される。咬合力を含めた顎口腔系の状態と身体機能との関連について,今後更なる検討が必要と思われる。【理学療法学研究としての意義】臨床において,義歯の不具合や歯列不正・摩耗・ムシ歯・欠損等により咬合力の低下した高齢者は多く見受けられる。本研究により咬合力が片脚立位時間に影響を及ぼすことが示されたことは,高齢者の立位バランスの評価において,咬合力を含めた顎口腔系の評価の重要性が示された。
著者
中島 文音 田中 仁
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0619, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】第49回日本理学療法学術大会にて,訪問リハビリテーションのホームエクササイズにおける脳梗塞患者の痙縮軽減を目的に低周波治療の効果を報告した。脳梗塞片麻痺患者の肩関節亜脱臼に対しては,脳卒中治療ガイドライン2009で低周波での治療効果は(Ib)とされており,今回は,家庭用低周波治療器(以下TENS)を用いたホームエクササイズ指導によって,亜脱臼の改善,痛みの軽減,肩関節可動域の拡大が得られるかどうかABAB型シングルケースデザインで検討した。【方法】66歳男性,1年前に脳梗塞にて左片麻痺を呈した症例を対象とした。Brunnstrom Stage上肢II,下肢III,手指IIIレベル,Acromiohumeral Interval(以下AHI)は3cm,夜間安静時痛のVisual Analogue Scale(以下VAS)は7cm,Fugl-Meyer Test(以下FMT)16点,麻痺側の肩関節は,他動的関節可動域(以下PROM)屈曲70°,外転90°(両項目とも痛みによる制限)であった。基本動作,日常生活動作ともに自立レベルである。A期間(介入期)は,訪問リハビリテーション時の運動療法とホームエクササイズ指導のTENSを毎日実施し,B期間(未介入期)は,運動療法のみを行った。OMRON低周波治療器エレパルスを家庭用低周波治療器として使用し,電極を棘上筋,三角筋に設置した。それを,ホームエクササイズとして,毎日30分間実施するよう指導した。本研究は,A1期,B1期,A2期,B2期に渡って20週間を研究期間とした。【結果】評価として,片麻痺の随意性はFMTを使用した。麻痺側の肩関節は,屈曲,外転のPROMを使用した。AHIは,訪問時に触診で骨頭間距離を測定した。痛みはVASで使用した。各評価項目において,AHIの平均はA1期2.4±0.3cm,B1期2.3±0.2 cm,A2期2.0 cm,B2期2.0 cmでA2期から改善傾向にあった。VASの平均はA1期5.8±1.3 cm,B1期5.2±1.1 cm,A2期3.4±0.9 cm,B2期2.2±0.4 cmでA2期から改善傾向であった。FMTの平均はA1期21.2±0.4点,B1期20.4±0.5点,A2期23.0±0.7点,B2期24.0点でA2期から向上した。肩関節屈曲のPROMの平均はA1期96.0±5.5度,B2期100度,A2期122±8.4度,B2期119±5.5度でA2期から向上した。【考察】脳梗塞後遺症による片麻痺肩関節の亜脱臼に対しての低周波治療の研究は,病院や施設で幾つか報告されている。今回,訪問リハビリテーションにおける,ホームエクササイズとして家庭用TENSを実施して,先行文献と同様の効果があるかどうかを検討した。A1期B1期A2期B2期の20週間の期間では,AHIについて,Griffnらは弛緩性麻痺期に亜脱臼が進行しても,負荷に対する棘上筋の活動がおこれば亜脱臼が進行しにくいとのことから,本研究も同様,低周波刺激による棘上筋,三角筋の筋活動が活性化されAHIの改善が認められたと考える。VASの改善が認められた理由として,庄本らは,筋が弛緩性麻痺を呈することによって,その他の組織に持続的にストレスが加わる可能性も高く,亜脱臼が持続,進行することにより伸張される関節包,靭帯には痛覚受容器を多く含んでいて,これによって疼痛が発生する可能性を述べている。また,大嶋らは,アライメントが崩れた肢位のまま放置される状態が続けば,上肢屈筋群の痙性による絞扼が強化され,さらなる循環不全神経障害を引きおこしている可能性が存在すると述べている。従って,本研究では,ホームエクササイズによる家庭用TNESの効果で,筋収縮が導かれ,筋の伸張が改善したことで,痛みが軽減したと考える。麻痺側のFMTの改善が認められたことから,その随意性の向上が考えられる。それは,AHIの結果から亜脱臼が改善されて,肩関節の中枢部の固定が強化され,麻痺側上肢の随意性向上に繋がったと考える。他動的肩関節屈曲ROMの結果に,改善が認められたことから,上記の肩関節痛の軽減から,肩関節の屈曲可動域が改善し,上記の随意性向上にも繋がったと考える。【理学療法学研究としての意義】ホームエクササイズ指導による家庭用TENSにて,それを使用することは肩関節の亜脱臼の改善,痛みの軽減,また他動的関節可動域が改善して,随意性の向上も認められことから,脳梗塞後遺症による片麻痺肩関節の亜脱臼に有用と考えられた。
著者
山崎 和博 村上 恒二
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.35 Suppl. No.2 (第43回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A1555, 2008 (Released:2008-05-13)

【目的】足底感覚は加齢により低下しバランス機能に影響を与える。このため高齢者の転倒との関連も報告されており、臨床上足底感覚の検査は重要である。しかし、足底全体を詳細に調査した報告は少なく健常者の基礎的情報は少ない状況である。そこで、本研究では客観的で糖尿病性神経障害のスクリーニング検査でもその有用性が報告されているSemmes-Weinstein Monofilament(以下SWM)を用い、健常者の足底全体の詳細な触圧覚閾値と加齢による閾値の変化を検討し基礎的情報を得ることを目的とした。【対象】対象は中枢および下肢末梢の神経障害がなく、足部に変形のない健常女性57名であり、若年者15名(23.9±2.2歳)、中高年者18名(49.7±6.7歳)、高齢者24名(80.6±4.7歳)の3群とした。なお、対象者には本研究の内容を説明し、書面にて同意を得た。【方法】測定にはSW知覚テスター(酒井医療株式会社)を用いた。SWMの構成はNo1.65~6.65の20本とした。測定部位は、両足底の第1~5趾、第1~5中足骨頭部、中足部の内側・中部・外側、踵の28ヵ所とした。各部位は3回刺激し、3回とも知覚可能な触圧覚閾値を調べた。SWMにより得られた閾値は、SWM値(Log10 Force)で比較を行った。各部位で左右の比較にはWilcoxon符号付順位和検定、SWM値と年齢との関係にはSpearmanの順位和相関分析、3群の比較にはKruskal-Wallis検定を用いた。有意水準は5%とした。【結果】各群で各部位の左右差は認められなかった。年齢とSWM値の間には全ての部位で正の相関が得られた(p <0.0001,r = 0.617~0.843)。各部位で若年者、中高年者、高齢者の3群に優位な差が認められた(p <0.01)。 SWM値の中央値は、若年者の最低値が3.22(第2~5趾、中足部の内側部・中部)、最高値は4.08(踵)であった。中高年者の最低値が3.61(中足部の内側部・中部)、最高値は4.31(踵)であった。高齢者の最低値は4.17(第2~5趾。中足部の内側部)、最高値は4.74(踵)であった。 各群で足趾は第1趾、中足骨頭部は第1中足骨頭部、中足部は外側部の閾値が高い傾向にあった。【考察】触圧覚閾値が最も高い部位は踵であった。足趾、中足部も含め閾値の高い傾向にある部位は、歩行時などに荷重を受け皮膚が肥厚しやすい部位である。閾値が最も低い部位は中足部の内側であった。この部位は土踏まずといわれ、荷重の影響が少ない。足底の触圧覚閾値には荷重による皮膚の影響が考えられた。また加齢により閾値は上昇し、高齢者では若年者の最も高い閾値のSWMを感知できないほどの著しい感覚機能の低下が示された。本研究では足底感覚についての有用な基礎的情報を示せたと考える。
著者
柳元 俊輔 宮原 慎吾 岩下 大志
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1311, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】当センターは,臨床心理士を中心としたSocial Skill Training(以下SST)を自閉症スペクトラム児(以下,ASD児)を対象に行っている。ASDは社会性の問題を主とする障害群であるがその中で姿勢保持が困難,運動が苦手などの姿勢・運動面に対する訴えが多く,その訴えに対応する形でSSTに理学療法士が介入する契機となった。臨床の現場では,ASD児に「不器用さ」や「ぎこちなさ」を併せ持つ事はよく知られている。これらは,協調運動の稚拙さの一般的な表現であり,バランスや姿勢制御,ボール遊びや縄跳びが苦手といった学校生活を含めた様々な生活場面に影響を与える。運動が苦手である事は,本人の自尊心低下や集団からの孤立など,二次的な心理社会的問題の生起に繋がることもあるとされる。「ASD児は,ボディーイメージが未熟,バランスが悪い」と説明される事が多い。これらの事からもASD児については,協調運動の基礎として必要不可欠である姿勢保持や姿勢制御が困難な事が予測される。しかし,ASD児のバランス能力を捉える際に重要とされる支持基底面と身体重心線,重心移動について言及した研究は少ない。そこで今回は,前述した重要点に視点を置いた評価であるBasic Balance Test(以下BBT)を参考にし,ASD児のバランス能力評価として用い,その過程で得られた所見,評価する上で留意すべき点や課題について考察を加え以下に報告する。【方法】対象は,平成25年度4月より現在まで当院SSTに参加している男児4名(平均年齢10歳)。診断名はASDで知的発達に大きな遅れは認められない。BBTを対象者4名に対し2回ずつ同検査者が実施した。検査はSST参加時(月に一度),平成25年9~11月に実施。検査前に検者がデモンストレーションを行い,対象者が模倣出来た後に行った。BBTは全25項目から構成され,領域別として姿勢保持,立ち上がり・着座,端座位での重心移動,開脚立位での重心移動,閉脚位からのステップ動作の5領域で構成される。各項目は0~2の点数配分であり0:不可,1:不安定,2:安定で判定を実施。なお,姿勢保持項目における継足位,片脚立ち位時には,評価の細分化を図る為に上肢の代償を除き,両上肢を胸の前に位置させる事を条件として加えた。その結果に対し,全体総計,領域別総計,各項目に統計学的分析として1元配置の分散分析と多重比較検定を行い危険率は5%とした。なお項目別において2回の最高点数(4点)に対し,各対象者の項目別合計点の比較を行った。【倫理的配慮,説明と同意】測定実施に際し,本研究の趣旨を保護者に対し口頭および文章にて説明を行い同意を得た。なお,所属施設における倫理委員会の許可を得た。【結果】姿勢保持領域総計,閉眼・片脚立位項目で1元配置の分散分析で有意差を認め,多重比較検定では有意差を認めなかった。その他領域別総計,全体総計,項目別では有意差を認めなかった。項目別では4名に共通して最高点数に対し,各対象者の項目別合計点と比較した結果から閉眼・片脚立位保持,踵立位保持が困難な傾向が見られた。【考察】姿勢保持領域総計においては1元配置の分散分析でのみ有意差を認め,最高点数に対し,各対象者の項目別合計点と比較した結果から閉眼・片脚立位保持,踵立位保持が困難な傾向が見られた。松田らは,軽度発達障害児と健常児の立位平衡機能の比較について重心動揺計を用い,静止立位時(開脚)の開眼・閉眼について軽度発達障害児群では重心動揺が大きく,立位姿勢保持が不安定であったとの報告もある。Bernhardtらのバランスに影響する要因を参考にすると,力学的要因として開脚に比べ片脚立位では支持基底面が狭小する事,感覚・認知・注意の要因としては開眼に比べ閉眼でより難易度は高いと判断される。なお,平衡能力の発達は5歳から7歳にかけて体性感覚での制御が優位に働くという報告からも,対象者は体性感覚でなく視覚情報に偏った姿勢保持を行っている可能性が示唆された。有意差こそ認められなかったが,4名全員に共通して踵立位保持が困難な傾向があった。踵立位が困難である事については,対象者に対しX線等の精査を行っていないが見かけ上の扁平足を有しており,その足関節機能(alignment,hypermobility)が姿勢制御に影響を与え不安定さを招く一要因である事が推察された。【理学療法学研究としての意義】小児領域の障害を運動機能と認知機能に明確に分けて考える事は容易ではない。その両者の関連性を分析し,障害がどのように形成されるかを把握する事が重要である。我々理学療法士の役割としては運動の基礎となる姿勢保持・制御能力と身体構造・機能面,感覚・認知面との関連性を導き出す事が重要である。
著者
佐久間 敏
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.32 Suppl. No.2 (第40回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A0449, 2005 (Released:2005-04-27)

【はじめに】第38回・39回学術大会にて,「片麻痺患者では,坐骨が軟部組織上を健側へスライドしている坐位姿勢の方が,麻痺側下肢の機能が発揮しやすく立ち上がりやすい」という報告をした.そこで今回は,坐骨をスライドさせる手段を考案し,その効果を分析した.坐骨をスライドさせる手段としては,座面に左右の傾斜をつけるという方法を考案した.その効果としては,体幹の立ち直り反応に着目して分析を行った.【対象】健常成人31名(男性9名,女性22名),平均年齢36.4±11.0歳とした.【方法】右側が高くなるように6度の傾斜をつけた座面(以下左傾斜座面)に,足底非接地の端座位を上肢の支えをさせることなく,10分間保持させた.その後,左傾斜座面に座ったままの状態で,次の二つの課題を施行させた.課題1:左側殿部へ荷重をかけさせた.課題2:右側殿部へ荷重をかけさせた.続けて,傾斜をつけた座面を水平に戻し(以下水平座面),同様の二つの課題を施行させた.被検者の両側上前腸骨棘・両側肩峰の合計4箇所にマーカーを貼付し,前方にデジタルビデオカメラを設置して,前額面上の映像を記録した.記録した映像をPC上に取り込んで,両側上前腸骨棘を結んだライン(以下骨盤傾斜角度)と両側肩峰を結んだライン(以下体幹傾斜角度)の傾斜角度を計測した.得られたデータから,体幹の立ち直り反応の指標として,骨盤傾斜角度から体幹傾斜角度を引いた値を算出した.課題1施行時の算出値をX,課題2施行時の算出値をYとした.左傾斜座面時と水平座面時の各々において,XとYの平均値の差をt検定で比較した.【結果】左傾斜座面時のXの平均値は7.3±7.4度,Yの平均値は-3.3±8.4度で,有意差が認められた(p<0.01).水平座面時のXの平均値は5.7±8.0度,Yの平均値は3.8±7.9度で,有意差は認められなかった.【考察】左傾斜座面で左側殿部へ荷重をかけた時は,体幹が非荷重側に曲がるという傾向を示した.一方,左傾斜座面で右側殿部へ荷重をかけた時は,体幹が荷重側に曲がるという傾向を示した.すなわち,軟部組織上を坐骨がスライドしている方向への荷重は体幹の立ち直り反応が誘発されやすく,それとは反対方向への荷重では立ち直り反応が出現しにくいという結果となった.この結果から,座面に左右の傾斜をつけて,坐骨がスライドしている状態を準備しておくことは,体幹の立ち直り反応の促通に有効であるということが示唆された.しかし,対象者が健常成人の場合,左右の傾斜をつけた座面に端座位保持を10分間行わせるという手段では,体幹の立ち直り反応の促通が学習されるという効果までは得られなかった.今後,学習効果の得られる対象や施行時間などの検討を行っていきたい.
著者
三津橋 佳奈 工藤 慎太郎 前沢 智美 川村 和之
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0614, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】石井によると,重力環境において状況に応じてダイナミックに,また調節的に運動させるためには,体幹の動的安定性は非常に重要である,と述べている。動作時の体幹の安定性の低下は,身体重心の過剰な動揺による動作効率を低下させるため問題となる。また,安定性の低下を代償するために,骨盤や腰椎の運動性を低下させ,腰痛を引き起こしている症例に遭遇することもある。Neumannによると,歩行中,身体は二つの機能的単位である“パッセンジャー(上半身と骨盤)”と“ロコモーター(骨盤と下半身)”に分けられるとし,“パッセンジャー”の唯一の機能は自らの姿勢を保つこと,と述べている。つまり,歩行中の体幹筋には自らの姿勢を保つ為のDynamicな調節が求められる。このような筋収縮を動作中に発揮するためのトレーニングには,運動学習理論が必要になる。Schmidtは,運動学習において,運動を転移させるには,2つの運動課題の類似性が重要としている。つまり,歩行中の体幹筋の収縮をトレーニングするには,その体幹筋の収縮に類似したトレーニングが必要になる。臨床において腹筋群のトレーニングとして,sit-upやブリッジ,コアエクササイズなどが用いられている。しかしそれらのトレーニングが歩行時の腹筋群の動態を再現しているかは疑問が残る。この疑問を解決するには,まず歩行中の体幹筋の動態を明らかにしなくてはならない。そこで本研究の目的は歩行中の体幹筋の動態を示すこととした。【方法】対象は健常成人男性9名の左側とした。超音波画像診断装置には,日立メディコ社製MyLab25を用いて,Bモード,12MHzのリニアプローブを使用した。臍レベルで腹直筋の外側端,外腹斜筋(EO),内腹斜筋(IO),腹横筋(TrA)の筋腹が超音波画像として同時に得られる部位を,体幹の長軸に対して短軸走査となるように自作した固定装置を用いて,プローブを固定した。超音波画像診断装置とデジタルビデオカメラを同期し,トレッドミル上での歩行(4.7km/h)を左側から観察した。歩行は,ランチョ・ロス・アミーゴ方式を用いて細分化した。得られた歩行周期中の超音波の画像から,初期接地(IC)と立脚終期(TSt)の3筋の内側端の座標と,各筋の筋厚の最大値をImage-Jを用いて測定した。ICを基準としたときのTStでの内側端の内・外側方向への移動距離と筋厚の変化量(筋厚変化量)をそれぞれ計測した。統計学的手法として,各筋のICとTStの移動距離・筋厚変化量の違いについては,Wilcoxsonの順位和検定を,移動距離,筋厚の変化量の三筋間の比較にはFriedman検定(P<0.05)を用いて検討した。また,各筋の筋厚変化量とIC時,TSt時の筋厚の関係をspearmanの順位相関係数を用いて検討した。なお,統計解析にはSPSS ver.18を用いて,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象者には本研究の目的と趣旨を口頭にて十分に説明し,紙面上にて同意を得た。【結果】Friedman検定の結果,移動距離は,EO-0.38(-0.53-0.20)mm,IO0.48(-1.33-0.56)mm,TrA0.38(-0.79-0.85)mmで有意差はなかった。また,筋厚変化量も,EO0.07(0.04-0.17)mm,IO0.40(0.21-0.58)mm,TrA0.35(0.29-0.39)mmで有意差はなかった。TrAの変化量はIC時の筋厚と相関係数-0.9の負の相関関係を認めた。【考察】本研究結果から,側腹筋群の移動距離,筋厚ともに動態が乏しいことが分かった。しかし,EO・IOに比べて,TrAの変化量が大きい傾向にあった。この原因を調べるため,相関係数を検討したところ,TrAのIC時の筋厚と筋厚変化量に負の相関がみられた。つまり,ICで筋厚の薄いものほど,TStでは筋厚が増大するといえる。そのため,ICでの筋厚が他の2筋に比べて薄いため,若干の筋厚の増大でも相関がみられたと考えられる。また,先行研究における歩行中の体幹筋の筋電図学的変化と,今回の筋の動態は関連が乏しい。すなわち,体幹筋の筋厚を計測することで,筋活動の指標としている研究の妥当性を再考する必要性が考えられる。【理学療法学研究としての意義】歩行時,体幹は“パッセンジャー”として姿勢を保つために働いている。臨床では,腰部安定化エクササイズなど様々な体幹トレーニングが行われているが,その課題特異性を考慮した歩行時の腹筋群のトレーニングの再考が必要となる。歩行時の側腹筋群の動態は乏しい。先行研究においてわれわれは片脚ブリッジ運動時の下肢支持側と下肢挙上側の腹筋群の動態を報告している。その結果,支持側で見られた動態は今回歩行において見られた動態と類似していた。一方,下肢挙上側の筋厚は変化量が大きかった。以上のことから,歩行中の体幹筋の動態に近い運動は下肢支持側での片脚ブリッジ動作であり,今後介入効果を検討していきたい。
著者
岡本 淳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48102152, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】当院療養型病棟では非経口栄養患者に半側臥位セミファーラー位姿勢(背上げ30°、足上げ0°)で注入食を行っている。当院の看護側は仰臥位では嘔吐に伴う誤嚥・仙骨部の褥瘡発生の点から半側臥位姿勢を促していた。しかし患者の多くが頚部後屈ずり下がり姿勢となり、肺炎発症を認めた。これはこのポジショニングに原因があると考えた。この仮説をもとにポジショニングを変更することに決定し、頚部後屈を呈す実態と不顕性誤嚥を起こしている現状を調査するとともに、ポジショニング変更前後の頚部後屈角度について検証した。【方法】研究1)非経口栄養患者31名、平均82±9.3歳を対象とし、ベッド注入時の頚部後屈角度、骨盤傾斜角の測定を行い、2011年4月から2012年の6月までの1年2ヶ月分の肺炎回数について調べた。骨盤傾斜角については骨盤傾斜角20°未満(骨盤後傾位)8名、骨盤傾斜角20~30°未満(骨盤後傾位傾向)11名、骨盤傾斜角30°以上(骨盤中間位)12名の3群に分けた。頚部後屈角度については非頚部後屈9名、頚部後屈20°未満(軽度後屈)5名、頚部後屈20°以上40°未満(中等度後屈)11名、頚部後屈40°以上(重度後屈)6名の4群に分けた。骨盤傾斜角は、恥骨結合と両上後腸骨棘を結んだ線と腰椎水平線の角度の測定を行った。骨盤傾斜角3群と頚部後屈、頚部後屈4群と肺炎回数について、統計処理は多重比較検定Tukey-Kramer法を用いた。研究2)研究1の結果に基づき、半側臥位セミファーラー位の足上げ角度を10°に設定、肩甲帯後退、骨盤後傾角の修正を行い、1ヶ月後に頚部後屈角度の測定を行った。研究1の非経口栄養の対象者の中で頚部後屈患者22名中10名が退院となったため、12名(軽度後屈2名、中等度後屈6名、重度後屈4名)平均83±10.7歳を対象とした。ポジショニング変更前後の頚部後屈角度の比較を行い、統計処理は対応のあるt検定を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき、本研究の目的、方法、趣旨を口頭にて説明し、同意を得て実施した。【結果】研究1)頚部後屈角度は骨盤中間位で平均3.3±6.5°、骨盤後傾位傾向で24±9.4°、骨盤後傾位で38±9.9°で中間位と後傾位傾向、中間位と後傾位、後傾位傾向と後傾位(P<0.01)で有意差を認めた。肺炎回数は非頚部後屈で平均1.6±1.1回、軽度後屈で5.2±0.9回、中等度後屈で5.7±2.3回、重度後屈で5.6±4.4回で非頚部後屈と中等度後屈、非頚部後屈と重度後屈(P<0.05)で有意差を認めた。研究2)ポジショニング前後の頚部後屈患者12名の頚部後屈角度の変化は変更前で平均30.4±12.8°、変更後で18.3p±9.3°であり有意差を認めた(P<0.01)。【考察】骨盤後傾度により頚部後屈が増加したのは運動連鎖により胸椎後弯位をとり、下位頚椎屈曲位、上位頚椎伸展位をとるためと考える。また肺炎回数は頚部後屈20°以上の中等度・重度頚部後屈群で増加を認めた。これにより喉頭部が拡大し、不顕性誤嚥の高リスクにつながったと推察された。一般的にファーラー位は仰臥位で行われ、足上げは腹筋群の緊張を解き、上半身がずり下がらないための援助技術として行われている。しかし当院では30°半側臥位は殿筋部で支持して、仙骨部と大転子部を除圧する目的で行っている。しかし半側臥位では上半身のずれを招き、ベッド上側の肩甲帯が後退し、上位頚椎回旋・伸展となる傾向を認めた。また足上げ0°は背上げに伴いハムストリングスが引っ張られ、膝関節が屈曲し骨盤帯が後方に倒れてしまう。ポジショニング変更1ヶ月後においては頚部後屈患者の後屈角度が平均18.3p±9.3°に改善した。頚部後屈軽減に至った理由としては足上げ角度を設定し、骨盤後傾角の修正を行ったことで胸椎後弯方向への運動連鎖が減少し、頚部前屈姿勢へとつながったと考える。これにより不顕性誤嚥のリスク軽減につながった。これらは半側臥位セミファーラー位姿勢が原因であったと示唆された。【理学療法学研究としての意義】本研究では当院療養型病棟の入院患者における頚部後屈を呈す実態と頚部後屈がもたらす不顕性誤嚥のリスクについて客観的数値を示した。今回不良なポジショニングにより、肺炎を助長してしまう現状を危惧するとともに、長期臥床にて全身状態が悪化し離床が困難な患者に対して、注入時のポジショニングを調整することが重要となり、頚部後屈予防、不顕性誤嚥のリスク軽減につながっていくと示唆された。
著者
石井 健史 佐瀬 隼人 伊藤 貴史
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1077, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】階段は,在宅や公共施設を移動する重要な手段である為,適切な評価を基に,階段自立を判断していく必要がある。しかし階段自立を判断する明確な基準がないのが現状である。階段自立には,様々な報告がされているが,その一つに動作中の大きな関節運動と関節モーメントが必要であるとされている。先行研究においては,下肢筋力に関する報告は多いが,動作中の関節運動に関する報告は散見されない。昇降動作において,関節運動の低下は,転倒の危険性があると報告されており,階段自立を判断する際は,筋力だけでなく動作中の関節運動にも目を向ける必要があると考える。そこで本研究では,脳卒中片麻痺者を階段自立群と見守り群に分け,三次元動作解析装置を用いて動作中の各関節運動を分析し,階段自立を判断する一助にすることを目的とした。なお,本研究においては,脳卒中片麻痺者が特に難しいと言われている降段動作に着目し検討した。【方法】対象は,入院また通所リハビリを利用していた脳卒中片麻痺者14名とした。包含基準は,T字杖と短下肢装具を使用し階段の昇降動作が見守り以上で可能な者とした。除外基準は,両側に運動麻痺を呈している者,重度の高次脳機能障害を有する者,体幹及び下肢に著明な整形外科的疾患の既往がある者,研究方法の指示理解が困難な者とした。対象者の属性は,男性12名,女性2名,年齢61.9±10.9歳,階段自立群7名,見守り群7名であった。測定方法は,階段の降段動作を実施してもらい,三次元動作解析装置(株式会社酒井医療製,マイオモーション)を用いて各関節角度を測定した。階段は,4段(蹴り上げ15cm,踏み面30cm)を使用した。階段の降段方法は2足1段とし,振り出し側は麻痺側,支持側は非麻痺側となるよう統一した。測定項目は,胸椎・腰椎・股関節・膝関節の各関節角度とした。各関節角度の測定時期は,振り出し側の全足底面が踏み面に接地した瞬間とし,それぞれ3段の平均値を算出した。統計解析は,測定項目に対して,2群間の差をみる目的で対応のないt検定及びMann-WhitneyのU検定を実施した。なお,有意水準は5%とした。【結果】統計解析の結果,降段時の支持側膝関節屈曲角度(測定値[°]:自立群67.5/見守り群52.7)に2群間で有意な差を認めた(p<0.05)。その他の項目においては有意な差を認めなかった。【結論】今回の研究において,階段自立群は見守り群と比較し,支持側の膝関節屈曲角度が増大していることが明らかとなった。階段の昇降動作は,重心の上下移動が大きく,降段する際は支持側の膝関節を十分に屈曲させる必要がある。先行研究においては,筋力の重要性が示唆されてきたが,本研究の結果から階段の昇降動作中の支持側の膝関節運動にも十分目を向けていく必要があると考えられる。
著者
丸谷 康平 藤田 博曉 細井 俊希 新井 智之 森田 泰裕 石橋 英明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.48100928, 2013 (Released:2013-06-20)

【はじめに、目的】高齢者における足趾把持力の意義については、村田や新井らが加齢変化や性別および運動機能などと影響し、評価としての有用性について報告している。しかしそれらの報告は自作の測定器を用いており、市販された足趾把持力測定器を用いた報告は少ない。また足趾把持力を用いた転倒リスクのカットオフ値を求めた報告も少ない。本研究は地域在住中高齢者を対象とし、足指筋力測定器における加齢による足趾把持力の変化を確認すること、転倒リスクと足趾把持力の関係およびカットオフ値を求めることを目的に研究を行った。【方法】対象は、地域在住中高齢者171名を対象とした(平均年齢71.9±7.6歳;41-92歳、男性64名、女性107名)。測定項目については、Fall Risk Index-21(FRI-21)を聴取し、足趾把持力および開眼片脚立位保持時間(片脚立位)、Functional reach test(FRT)ならびにTimed up and go test(TUG)の測定を行った。FRI-21の聴取はアンケートを検査者との対面方式で行い、過去1年間に転倒が無くスコアの合計点が9点以下の者を「低リスク群」、過去1年間に転倒がある者もしくは合計点が10点以上の者を「高リスク群」とした。片脚立位の測定は120秒を上限に左右1回ずつ施行し左右の平均値を求めた。足趾把持力については、足指筋力測定器(竹井機器社製TKK3361)を用いて左右2回ずつ試行し最大値を求め、左右最大値の平均値を測定値(kg)とした。統計解析において加齢的変化については、対象者を65歳未満、65-69歳、70-74歳、75-79歳、80-84歳、85歳以上に分け年齢ごとの運動機能の差異を一元配置分散分析および多重比較検定を用いて検討した。またt検定により低リスク群、高リスク群の群間比較を行い、足趾把持力および片脚立位、FRTならびにTUGと転倒リスクの関係を検討した。その後、転倒リスクに対する足趾把持力のカットオフ値についてROC曲線を作成し、曲線下面積(Area Under the Curve:AUC)を求めた。解析にはSPSS ver.20.0を用い、有意水準を5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は埼玉医科大学保健医療学部の倫理委員会の承認を得て行われた。また対象に対しては研究に対する説明を文書および口頭にて行い、書面にて同意を得た。【結果】足趾把持力の年代別の値は、65歳未満13.25±5.78kg、65-69歳11.82±5.10kg、70-74歳11.95±5.16kg、75-79歳11.28±3.96kg、80-84歳7.80±3.55kg、85歳以上6.91±3.57kgとなった。一元配置分散分析および多重比較検定の結果、80-84歳と65歳未満や65-69歳ならびに70-74歳との間に有意差がみられた。次にFRI-21による分類の結果、低リスク群は136名、高リスク群35名であり、足趾把持力の平均値は低リスク群11.69±5.19kg、高リスク群9.47±4.42kgとなり、低リスク群が有意に高値であった。一方、片脚立位やFRT、TUGについては有意差がみられなかった。足趾把持力の転倒リスクに対するROC曲線のAUCは0.63(95%IC;0.53-0.72)であった。さらにカットオフ値は9.95kg(感度0.60、特異度0.57)と判断した。【考察】今回、地域在住中高齢者を対象とし、足趾筋力測定器を用いた加齢的変化や転倒リスクに対するカットオフ値を検討した。加齢的変化については、新井らの先行研究と同様に足趾把持力は加齢に伴い低下を来たし、特に75歳以降の後期高齢者に差が大きくなる結果となった。また転倒リスクにおける足趾把持力のカットオフ値は約10kgと判断され、足趾把持トレーニングを行う上での目標値が示された。しかしその適合度および感度・特異度は6割程度であり、転倒リスクを判断するためには不十分である。今後、他の身体機能などを考慮して、さらに検討を重ねることが必要である。【理学療法学研究としての意義】市販されている足趾把持力を用いて地域在住高齢者の年代別平均値を出している報告は少ない。そのため本研究で示した年代別平均値や転倒リスクに対するカットオフ値は、転倒予防教室や病院ならびに施設などでのリハビリテーション場面において対象者の目標設定として有益な情報であると考えられる。
著者
青木 幸平
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0207, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】張らは人工神経回路網による眼球運動制御モデルを作成する際に,網膜への刺激や頭の傾き(網膜誤差)だけでは人の滑らかな眼球運動が再現できず,外眼筋の求心性情報が重要であると述べている。この眼球運動には頚部の動きが伴う。そこで眼球運動にエラーが生じれば頚部の不良肢位を生じ,頚部由来の痛みや痺れが発生すると考えられる。そのため一般的な体を正中位に改善させるリハビリでなく,外眼筋に着目し治療を行い効果を得られたため以下に報告する。【方法】症例は60代男性。パソコンの使用頻度(左側)が多く座位姿勢は体幹右回旋し頚部左側屈・左回旋位で「まっすぐ座れている」と言語化。座位で右肩甲帯上部から上・前腕外側や母指・示指にかけて痺れがみられ,spurling testでVAS7/10に増強。頚部の右回旋・側屈はC6~Th1の過剰運動が見られた。右上肢は全体的に過緊張。右側のものを中心視野で捉えようとすると若干ずれが生じた。痛みの原因は右回旋・側屈時のC6~Th1の過剰運動が原因と考えられるが,頚部は眼球運動との関連が強い。眼球運動は対象物を中心視野にとどめ見やすくする機能を持つが,長時間の随意的な追視は困難であり,反射が必要である。網膜誤差や外眼筋の伸張感覚により非意識的に外眼筋を制御し追視する反射は,より求心性情報に依存する。これらの求心性情報にエラーが生じた状態では中心視野に対象物を留めにくく不明瞭。そのため運動制御が行われやすい情報を優位にシステムを構築するような代償が生じることが予想される。これらの考えより,長時間の左側作業により外眼筋の内外側で求心性情報に不均等が生じ,網膜情報を中心に眼球を制御するように代償したため右側では外眼筋が働きにくくC6~Th1の過剰運動を引き起こし痺れを生じさせたと考えた。治療肢位は座位。9つに区切られた板を正面より60°に置き,その番号の位置を記憶。閉眼し眼球をセラピストの介助でリーチした手に追随後開眼。リーチした番号と共に手を視野の中心で捉えられているかを確認させた。これを左・右の順番で行った。【結果】spurling testはVAS2/10となり上位頚椎から滑らかな運動が可能となり右上肢の過緊張も軽減した。座位は「真っ直ぐ保ちやすくなった」と言語化し正中位保持が可能となった。【結論】今回の結果より,眼球運動の求心性情報のエラーにより痺れが生じる可能性が示唆された。眼球運動は様々な情報(前庭・網膜・眼輪筋等)の統合により適切な制御が可能となる。反射の制御は伸張反射など四肢のみでなく眼球運動にも存在し,この反射が適切な形で制御されなければ,対象物が動くたびに身体の正中性が崩れるような負の学習がなされる。またこの反射は頭頂・後頭葉により制御されるが,主に随意運動を制御する前頭眼野と小脳を介しシナプス結合が強いことから,随意運動にて反射制御が可能ではないかと考えられた。
著者
三浦 雄一郎 福島 秀晃 布谷 美樹 田中 伸幸 山本 栄里 鈴木 俊明
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.32 Suppl. No.2 (第40回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A0634, 2005 (Released:2005-04-27)

【はじめに】我々はNgらによる腹筋群の解剖学的研究を参照とし、歩行時における個々の体幹筋の機能について報告してきた。内腹斜筋単独部位は立脚期に筋活動が増大し、骨盤の安定化に作用していることが示された。今回、上肢の運動に伴う体幹筋の機能に着目した。上肢の運動に伴う体幹筋の筋電図学的研究では、Hodgeらによると一側上肢を挙上運動させた時に反対側の腹横筋が三角筋の筋活動よりも先行して活動すると報告している。しかし、上肢挙上時における同側体幹筋の筋電図学的報告は少ない。そこで肩関節屈曲時の同側の体幹筋に着目し、その機能について検討したので報告する。【方 法】対象は健常者5名(男性3名、女性2名、平均年齢32±5歳)両側10肢とした。筋電計はマイオシステム(NORAXON社製)を用いた。運動課題は端座位での肩関節屈曲位保持とし、屈曲角度は下垂位、30°、60°、90°、120°、150°、180°とした。各屈曲肢位における上肢への負荷は体重の5%の重錘を持たせることとした。測定筋は運動側の三角筋前部線維、前鋸筋、腹直筋、外腹斜筋とした。サンプリングタイムは3秒間、測定回数は3回とし、平均値をもって個人のデータとした。下垂位における各筋の筋積分値を基準値とし、各角度における筋積分値相対値を求めた。各筋に対し角度間における一元配置の分散分析および多重比較検定を実施した。対象者には本研究の目的・方法を説明し、了解を得た。【結 果】三角筋の筋積分値相対値は肩関節屈曲120°まで徐々に増大し、それ以上では変化を認めなかった。前鋸筋の筋積分値相対値は屈曲角度増大に伴い漸増的に増大した。腹直筋の筋積分値相対値は屈曲角度に関係なく変化が認められなかった。外腹斜筋の筋積分値相対値は肩関節屈曲60°で増大し、屈曲角度60°以上で漸増的にが増大した。【考 察】 肩関節を屈曲させる際、上腕骨の運動に伴って肩甲骨の上方回旋運動が生ずる。前鋸筋は肩甲骨を上方回旋させる作用があり、肩甲骨の外転方向の柔軟性と前鋸筋の求心性収縮が必要となる。しかし、前鋸筋は起始部が第1肋骨から第8肋骨の前鋸筋粗面(肋骨の外側面)であることから前鋸筋のみ求心性収縮が生じた場合、肋骨外側面を肩甲骨内側縁にひきつける力が生ずる。結果として体幹の反対側への回旋運動が生ずることになる。また、座位姿勢は骨盤上で脊柱を介して胸郭がのっている状態であり、きわめて不安定な状態であることから、この反対側の体幹回旋は容易に生じやすいことが考えられる。運動側の外腹斜筋はこの体幹の反対側への回旋を制御し、体幹安定化に作用していることが推察される。
著者
吉田 治正 長畠 健史 小牧 順道 馬場 順久 大渡 昭彦
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2002, pp.642, 2003

【はじめに】自動出力型微弱電流刺激装置(Electro Acuscope 80L、Biomedical Development社製)(以下、Acuscope)は、スポーツ界、整骨院などを中心に使用されている微弱電流刺激装置である。本治療器は患部の電気的な情報を読みとり、状態に合わせた刺激を行うことで患部を最も速い方法で改善させるという特徴を持っている。本研究の目的は、この刺激装置が急性の痛みに対してどの程度効果があるか明らかにすることにある。【対象】対象は原因疾患や部位を特定せずに、急性の疼痛(発症から3日以内)を主訴とする32名(男性9名、女性23名)とした。平均年齢は56.5±17.2歳であった(Mean±SD)。なお、薬物療法等を行った者は対象から除外した。【方法】比較の対象として同じ微弱電流刺激装置(MY-O-MATIC i-4、Monado社製)(以下、MENS)を使用し、対象をAcuscope施行群、MENS施行群、Acuscopeプラセボ群、MENSプラセボ群の4群に乱数表を使用して無作為に振り分けた。刺激方法としてはAcuscopeおよびMENS共に刺激強度600&mu;A、周波数0.5Hz、刺激時間12秒としプローブ法にて各疼痛部位に1回のみ施行した。二つのプラセボ群は刺激設定を同一にし、プローブを装置から外して通電できない状態で行った。データの収集は全て一人のセラピストが行い、被験者に対する説明も文章を作成し統一して行った。効果判定には疼痛の主観的強度を調べる目的でVisual Analogue Scale(以下、VAS)を使用し、痛みの種類を分類する目的でマクギル疼痛質問表簡易版を使用した。なお、今回のデータ収集をするにあたって、主治医の許可をとり、被検者には研究目的を十分に説明を行い了解が得られた者に対して行った。また、プラセボ群には実験終了後、通常の治療を行った。【結果】統計処理として一元配置分散分析を行った結果、VASに有意差が認められた(p<0.05)。また、多重比較(Fisher's PLSD)を行った結果、Acuscope施行群と他の3群の間にそれぞれ有意差が認められ(p<0.05)、その他の群間には有意差が認められなかった。また、マクギル疼痛質問表の点数は、Kruskal-Wallis検定を行った結果、群間に有意差は認められなかった。【考察】今回の研究では、痛みの主観的強度の変化に有意差が認められたことから、Acuscopeは急性疼痛に対して有効であると考えられた。しかし、機械を被験者に見られている等も考えられ、完全な二重盲検になっていない可能性がある。Acuscopeの入出力系がどのように行われているかは不明であるが、この機器が他の機器よりも優れていれば、各個人にとって適量の刺激が存在することになる。つまり、障害部位の電気的情報を収集することで、より効果のある電気刺激を選択することが可能になると考えられる。今後、「障害部位には本当に電気的変化が見られるか」という視点から研究を行いたい。
著者
川井 謙太朗 中山 恭秀 吉田 啓晃 宮野 佐年
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.A0799, 2006

【目的】肩甲胸郭関節は肩関節において、最も中枢部に位置する重要な関節である。腱板機能の重要性は知られているが、腱板が機能するためには基盤となる肩甲胸郭関節の安定性が重要である。また、肩甲胸郭関節は安定化機構に加えて、上肢運動連鎖として機能する重要な関節である。肩甲上腕関節に関与する主要筋力と握力との関連性については、廣瀬らにより報告されているが、肩甲胸郭関節に関与する筋群(前鋸筋・菱形筋・僧帽筋など)との関連性については、一切報告なされていない。そこで、Hand-held Dynamometer(以下HHD)を使用し、肩甲胸郭関節に主に関与する筋群を計測し、握力との関連性を検討することを目的とした。尚、事前に検者内信頼性に優れた検査であることを確認した。<BR>【方法】当大学倫理委員会の承諾を得て、十分に研究の目的を説明した後、実験に対し同意を得た教職員を対象とした。健常女性20歳代~60歳代の各年代20名ずつ、計100名(200肩)、利き手が右手の人とした。測定項目はMMTに基づき、肩甲骨外転と上方回旋、肩甲骨内転、肩甲骨下制と内転、肩甲骨内転と下方回旋の4動作とした。抵抗を加える部位、HHDの測定パットの位置は、MMTの段階5の徒手抵抗位置と同様とし、break testとした。握力は、握力計(松宮医科精器製作所HAND DYNAMO METER KIRO)を使用し、足幅を肩幅に開いた立位、体側垂下式にて測定した。尚、左右各々3回の平均値を採用した。<BR>【結果】握力と肩甲胸郭関節に主に関与する筋力との相関関係をPearsonの積率相関係数(p<0.001)にて求めた結果、全ての動作において、握力と正の相関が認められた。肩甲骨外転と上方回旋(右:r=0.63 左:r=0.61)、肩甲骨内転(右:r=0.38左:r=0.36)、肩甲骨下制と内転(右:r=0.33 左:r=0.31)、肩甲骨内転と下方回旋(右:r=0.35 左:r=0.39)。肩甲骨外転と上方回旋に関しては、握力と有意な正の相関が認められた。<BR>【考察】本研究では、握力と全ての筋力との間に正の相関が認められたことより、握力から肩甲胸郭関節に主に関与する筋力が予測できることが確認された。また、肩甲骨外転と上方回旋筋群のみに有意な正の相関が認められた。廣瀬らは、握力と肩甲上腕関節に関与する主要筋力との関係を調べ、肩関節屈筋群のみに有意な相関が認められたと報告している。肩関節屈曲時の計測において肩甲胸郭関節は、前鋸筋の作用により肩甲骨を胸郭に固定させ安定性を高めている。勿論、僧帽筋・菱形筋などの筋群も安定性向上のため機能しているが、前鋸筋に比べると弱い。つまり、廣瀬らの計測した肩関節屈筋群と、本研究の肩甲骨外転と上方回旋筋群(前鋸筋など)は同様の動作で測定するため、類似した結果が得られたと考える。
著者
金子 功一 江部 靖子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.E4P1212, 2010

【目的】近年,在宅生活者の環境面で身体機能面以外にも様々な問題が生じ,在宅生活の継続が困難となっている事例がしばしば様々なメディアで取り上げられている事は周知の通りである.当診療所訪問リハビリテーション(以下,訪問リハ)でもその様な事例を経験している.本研究は,それらの事例を再度確認し,経過・対応方法などを検討し今後の更なる訪問リハ業務の質の向上を目指す目的で実態調査を行った.若干の考察を加え報告する.【対象者と方法】対象者は2002年1月から2009年9月までの訪問リハ利用者298名のうち,明らかに目的で述べた様な状況の5名(男性1名,女性4名)である.方法は対象者の属性に加え,1)対象者側と介護者が抱える問題点,3)訪問リハ介入時難渋した点,4)各事例への対応方法,5)その後の経過を訪問リハ記録より後方視的調査を行った.【説明と同意】その状況上全ての対象者に説明を行なってはいないが,ヘルシンキ宣言と個人情報保護法に基づき,一部の対象者・家族に本研究を説明し,同意を得た.また全事例の担当ケアマネ,介入した行政機関など連携を取った他職種にも同様に同意を得た.調査結果は研究目的以外に使用しない事と個人情報の漏洩に十分に注意した.【結果】1.対象者の属性は,要介護度と寝たきり度の内訳,対象者の家族構成について調査を行った.1)要介護度の内訳は,要介護2が1名,同3が2名,同5が2名であった.2)寝たきり度の内訳はA-2が2名,B-1が1名,C-1が1名,C-2が2名であった.3)家族構成の内訳については,息子と2人暮らし-2名,夫と2人暮らし-1名,妻もしくは夫と子供の3人以上の家族構成-2名であった.<BR>2.対象者と介護者が抱える問題点は以下の通りである(複数回答).1)対象者の抱える問題点は,認知症-3名,精神疾患-3名(うつ状態-2名,統合失調症-1名),その他-2名であった.2)介護者の抱える問題点は,介護放棄-4名,精神疾患-3名(うつ状態-2名,統合失調症-1名),暴力・虐待(ドメスティックバイオレンス含む)-3名,アルコール依存症-2名であった.対象者と介護者が共に何らかの問題点を複数抱えている事例も見られた.<BR>3.訪問リハの介入時難渋した点は,1)対象者への様々なアプローチが困難・時間要す-4名,2)主介護者・家族への介護方法指導が困難-4名,3)他職種と連携が取りにくい-3名,4)訪問リハの介入が困難な環境-2名,5)その他-2名であった(複数回答).<BR>4.各事例の対応は1)頻回なサービス担当者調整会議の開催-5名,2)地域包括支援センターに連絡(担当ケアマネ経由)-5名,3)対象者・介護者の訴えを傾聴,主張の一部受け入れなど-3名であった.4)警察へ通報(緊急時.ケアマネ経由)も2例存在していた(複数回答).<BR>5.その後の経過は,1)終了-3名,2)訪問リハ継続-2名であった.終了事例の内訳は,施設緊急入所-2名,他サービスに移行-1名であった.【考察】1.対象者の要介護度・寝たきり度が軽度でも,何らかの問題を抱えている事例がいた.高次脳機能障害や精神疾患の存在が訪問リハの定期的な継続の妨げになることを再認識した.また調査前,少ない家族構成の対象者に社会的な問題点が生じると考えたが対象者以外の複数の家族が問題点を抱える事例もあった.家族構成と関係なく何らかの問題が起こる可能性がある事が考えられた.<BR>2.対象者と介護者の抱える問題は予想通り多岐にわたっていた.対象者と介護者の両方に何らかの問題が複数あり訪問リハの介入,スムーズな継続を困難にしていた事例も存在した.介護者の暴力・虐待などの背景に複雑な家族関係が存在する事は諸家の報告で明らかにされている.他職種との連携が必須であると考えられえる.<BR>3.しかしながら,介護者の存在が時にはその連携の妨げになっている事例も存在する.本調査でも同様であり通常の事例よりも他職種との連携をより重要視して訪問リハに関わる必要があると考えられる.<BR>4.本調査では全事例において,困難な中でも比較的緊密に他職種と連携が取られていた.これは訪問リハ単独で問題を解決せず他職種と連携して関わる事を担当が意識していたためと考えられる.対象者・介護者へも介入し,関係を改善しようとする担当の姿勢も見られた.ただし,警察への緊急通報,施設へ緊急入所に至った事例もあり,在宅での訪問リハの介入の限界も明らかになった. 訪問リハに従事する理学療法士は理学療法の知識・技術だけではなく他職種と連携し様々な視点で対象者と介護者・家族に関わっていく事が大切である.【理学療法研究としての意義】訪問リハの実践に際しては,対象者の身体機能面へのアプローチだけでなく,その在宅生活全体を取り巻く物理的・社会的環境面へも合わせてアプローチを行なっていく必要がある.しかしながら,その施行に当たって様々な阻害因子が存在している事もまた事実である.様々な面で在宅介護の情勢が変化している昨今,本調査では決して対象者が多いわけではないが, 調査結果はその現状を端的に示唆したといえる.