著者
北風 浩平 川口 浩太郎 山田 哲 日高 正巳 和田 智弘 島田 憲二 福田 能啓 道免 和久
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Ca0258, 2012

【はじめに、目的】 膝に問題をかかえる患者の臨床所見の一つとして腸脛靭帯(iliotibial tract:以下ITT)の硬さが報告されている。ITTと外側広筋(vastus lateralis:以下VL)の硬さの関係について生体で検証した報告はなく、下腿内旋可動域(以下:下腿内旋)との関係を検証した報告もない。本研究では、健常男子大学生のITT・VLの組織硬度と下腿内旋を測定し、ITTの硬さならびに下腿内旋に影響を及ぼす因子について検討することを目的とした。【方法】 対象は、本研究の目的、測定方法に同意の得られた健常男子大学生12名(年齢21.4±1.0歳)の左右2膝、計24膝とした。また、対象者の膝関節に整形外科疾患、関節不安定性、関節弛緩性がないことを確認した。ITT、VLの硬さは組織硬度計OE-210(伊藤超短波株式会社)を用いて測定した。測定肢位は検査側下肢が上方の安静側臥位(膝関節伸展位)とし、測定部位をITT:大腿長遠位5.0%、VL:大腿長遠位67.1%とした。ITT、VLは触診及び超音波画像診断装置HS-2000(本多電子株式会社)を用いて確認した。測定中の筋収縮による影響を除外するため、表面筋電図計TELEMYO2400Tv2(Noraxon社)を用い、筋活動の有無を確認した。下腿内旋はMuaidi Q.Iら(2007)の方法を参考に下腿内旋測定装置(以下:装置)を作製し、他動運動を行った。大腿骨内・外側上顆、下腿近位1/3の脛骨粗面にマーカーを貼付し、大腿骨内・外側上顆マーカーを結ぶ線と脛骨粗面マーカー(棒状)のなす角度の内旋トルクを加える前後の差を下腿内旋角度と定義した。測定肢位は端坐位(両上肢腕組み、体幹・骨盤中間位、股関節屈曲90°・内外旋0°・内外転0°、膝関節屈曲90°、足関節底・背屈0°)とし、足関節内・外果を結ぶ線の中点を装置の回転軸上に設置し、距骨中間位で距骨関節面の前縁を結んだ線が装置に対して平行になるようにした。測定前にゴニオメーターを用いて測定肢位、口頭指示・触診により筋収縮の有無を確認し、2.548N/mの内旋トルクを代償運動・摩擦抵抗に注意して加えた。下腿回旋運動軸上1.37mの位置にデジタルカメラOptio M30(PENTAX社)を固定し、内旋トルクを加える前後に撮影を行った。膝関節周囲軟部組織の粘弾性の影響を考慮し内旋トルクを加え、装置の数値が一定になった後、 10秒間その位置を保ち撮影を行った。組織硬度は各部位3回測定し、3回の平均値を代表値とし、単位は%10Nとした。下腿内旋は測定画像を画像処理ソフトウェアImageJ1.34(NIH)に取り込み、角度を求めた。10回施行中、中間4回の平均値を代表値とした。統計処理として各々の代表値からITTとVL組織硬度の関係、下腿内旋とITT組織硬度の関係、下腿内旋とVL組織硬度の関係をPearsonの相関係数(r)を求め検証を行った。尚、有意水準は5%(p<0.05)とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には文書を用いて研究の趣旨を十分説明し、同意を得た。本研究は兵庫医療大学倫理審査委員会の承認(第10025号)を受け、実施した。【結果】 ITT組織硬度は71.7±3.2%10N、VL組織硬度は61.4±3.3%10N、下腿内旋は1.5±1.6°であった。それぞれの結果からPearsonの相関係数(r)を求めた所、ITTとVL組織硬度はr=0.169(p=0.429)、下腿内旋とITT組織硬度はr=-0.028(p=0.448)、下腿内旋とVL組織硬度はr=-0.079(p=0.357)となり全て有意な相関関係は認められなかった。【考察】 本研究の結果より、健常男子大学生では、ITTの硬さに対するVLの硬さの影響は少なかった。ITTの硬さに影響を与える因子として、先行研究の結果から股関節周囲筋等の影響も考えられており、今後検討する必要がある。また、ITTならびにVLの硬さは、下腿内旋にもあまり影響を及ぼさないことが明らかとなった。下腿内旋に影響を与える因子としては、kwak S.Dら(2000)はITT以上に下腿に直接付着している外側ハムストリングスの影響が強いと報告しており、今後さらなる検討が必要である。本研究の限界として、除外基準を設定したものの、関節の硬さには個人差があるため、対象者によっては十分な内旋トルクが加えられなかったことも考えられる。今後、実際にITTやVLのタイトネスを抱えた対象者に対する検討、さらに動作時もしくはVLの筋収縮時に検討が必要である。【理学療法学研究としての意義】 臨床場面で様々な部位に痛みを誘発したり、大腿と下腿のニュートラルなアライメントを阻害する腸脛靭帯付近の硬さの原因を探ることで、迅速かつ効果的な理学療法アプローチの立案につながる。
著者
木村 昌美 関 昭夫 前田 英児
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2003, pp.F0610, 2004

【はじめに】 前腕骨折において,ギプス除去後の上肢全域にわたる腫脹は,理学療法を行う上での阻害因子であり大きな問題点である.今回,前腕骨折(尺骨・橈骨の両骨骨折)の症例に対して高周波治療を行ったところ,上肢,特に前腕部の腫脹が軽減する現象が見られたので,ここに報告する.<BR>【症例】 76歳の女性.平成15年8月16日に転倒し,左前腕両骨末端骨折と診断.約3週間のギプス固定を行った後,同年9月5日より理学療法開始となる.<BR> 開始時より前腕の腫脹が著明で,渦流浴などの温熱療法を行ったが腫脹の変化は見られなかった.3週間後に再評価を行った結果,肩甲帯周囲筋の緊張が高く,特に僧帽筋,菱形筋群に著明であった.<BR>【方法】 高周波治療器はテクノリンク社製スーパーテクトロンHP400を用いた.この機器にはマイナス導子(青導子)とプラス導子(黄導子)がある.導子の装着部位は,左僧帽筋中部線維上に青導子,三角筋中部線維に黄導子と,左菱形筋群に青導子,右菱形筋群に黄導子の計4箇所とした.波形は同機にプリセットされているDモードで,筋のリラクセーションが得られる波形にて施療した.また同機独自のシステムであるハンマーモードを併せて用い,モードは LIGHTにて行った.治療時間は10分間とした.<BR> 腫脹の測定は,前腕の遠位端の最小周径測定部位を,治療の前後にメジャーにて測定した.<BR>【結果】 施療開始初日に測定した前腕部の腫脹は18cmであったが,施療後には17cmに低下.その後は来院時には腫脹の憎悪を認めるも,施療後は16.5cmを示した.健側である右前腕も周径が16.5cmであり,施療開始4日目から施療後は16.5cmを維持.8日後には施療前後とも16.5cmとなった.<BR>【考察】 高周波は深部筋刺激に優れており,低周波や干渉波などに比べて電気刺激が深部に到達しやすく,通電においても皮膚への電気刺激が小さい.筋のリラクセーションを得て,末梢循環を改善するには適していると考え,施療にあたった.<BR> 今回の症例は肩甲帯周囲の筋緊張が亢進しており,長期化する腫脹はこれによる循環不全と推測した.肩甲帯周囲の筋である僧帽筋・回旋腱板・三角筋・菱形筋群は共に筋連結がある事は知られている.今回これらの筋に対して高周波刺激を行った結果,導子をあてた筋群,そして筋連結のある肩甲帯及び上肢全域の筋にリラクセーションが得られたと考えられる.体幹近位の筋にリラクセーションが得られたことにより,末梢循環つまり静脈還流やリンパ還流が改善され,腫脹の軽減が得られたと考えられる.<BR> 今後の課題として,他の症例でも同様の施療を行い,効果の信頼性を探る必要がある.一方でサーモグラフィー等のパラメータを用いて体表面の温度変化を追い,この現象を科学的に捉えてエビデンスを追求していきたいと考える.
著者
廣重 陽介 浦辺 幸夫 榎並 彩子 三戸 憲一郎 井出 善広 岡本 健
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.FeOS3067, 2011

【目的】スポーツ現場で頻繁に遭遇する足関節外側靭帯損傷において、競技復帰が遅れる要因のひとつとして長期にわたる腫脹の残存があげられる。腫脹など受傷直後の炎症反応のコントロールにはRICE処置が用いられ、応急処置として浸透している。近年、組織修復促進効果があるとされている(Owoeyeら,1987、藤谷ら,2008)マイクロカレント刺激(Microcurrent electrical neuromuscular stimulation,MENS)もRICEと併用することがあり、筆者らも腫脹の軽減に有効であると考えている。しかし、MENSが腫脹軽減に効果があるというエビデンスは十分でなく、MENS単独での有効性を報告した文献は見当たらない。<BR> 本研究では、MENSが急性期に発生する腫脹を軽減するか否かを検討することを目的とした。<BR><BR>【方法】対象は足関節外側靭帯損傷と診断され、視覚的に腫脹を認め、受傷後72時間以内、初回損傷、RICE処置を施していない患者22名とした。対象をMENS施行群(MENS群)11名(男性6名、女性5名)と非施行群(安静群)11名(男性5名、女性6名)に無作為に分けた。MENS群の年齢(平均±SD)は35.3±18.9歳、身長は162.9±11.2cm、体重は58.5±7.1kg、安静群の年齢は30.2±19.7歳、身長は163.3±7.5cm、体重は60.8±14.7kgであった。<BR> 説明と同意の後、水槽排水法にて足部・足関節の体積を測定した。その後、安静背臥位にて2個のパッド(5cm×5cm)を前距腓靱帯の距骨、腓骨付着部付近に貼付し、MENS群はMENSを20分間施行し、安静群は通電せず20分間安静を保った。再び体積を測定し、最後に医師から処方された理学療法を実施した。MENSにはDynatron950plus(Dynatronic Corporation,USA)のmicrocurrent modeを使用し、周波数0.5Hz、パルス幅1sec、刺激強度50μAとした。<BR> 測定値より、各群の体積、腫脹の程度およびその変化率を求めた。腫脹の程度は、水槽排水法による健常者の足部・足関節の体積は左が1.4%大きい(廣重ら,2010)ことを考慮し、非受傷側の体積から受傷側における受傷前の体積を算出し、これを基準とした。<BR> 統計学的検定として、各群におけるMENS前後、安静前後の腫脹の程度の差には対応のあるt検定を、MENS群と安静群との腫脹の程度の差、腫脹変化率の差には対応のないt検定を用い、危険率5%未満を有意とした。<BR><BR>【説明と同意】対象には事前に研究の目的と方法に関する説明を十分に行い、紙面にて同意を得て測定を行った。本研究は当院倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号1001)。<BR><BR>【結果】MENS群で、MENS施行前の足部・足関節の体積(腫脹の程度)は977.0±111.1ml(106.2±3.9%)、施行後の体積は967.2±107.0ml(105.2±4.1%)となり9.8±6.9ml(1.0±0.7%)減少した。(p<0.05)。安静群で、安静前の体積は911.4±167.1ml(106.5±3.4%)、安静後の体積は909.2±166.6ml(106.2±3.2%)となり2.2±4.7ml(0.3±0.6%)減少したが、有意差は認められなかった(p=0.16)。<BR> 各群の腫脹の程度に有意差は認められなかった(p=0.86)。<BR> 各群の体積減少率を比較すると、MENS群の体積減少率が有意に大きかった(p<0.05)。<BR><BR>【考察】MENSについて、Gaultら(1976)が阻血性皮膚潰瘍患者に施行したところ治癒が早まったと報告して以来、様々な臨床効果が報告されている。森永(1998)は、MENSは微弱電流を通電することで組織損傷時に生じる損傷電流の働きを補い、ATPやたんぱく質の合成を速め、組織修復促進の効果が期待される物理療法であるとしている。従来の電気刺激がはっきりした通電感覚を与えるのに対し、MENSは感覚刺激のない微弱な電流を使用するため、不快感を与えることなく治療を行うことができる。<BR> MENSの腫脹に対する効果を認める者もいるが、その客観的評価や基礎的なデータはほとんどみられず、効果に対して懐疑的意見もあった。しかし今回、足関節外側靱帯損傷患者の急性期においてMENS使用前後で足部・足関節の体積が有意に減少したことから、MENS単独でも腫脹の軽減に効果が認められた。<BR> 本研究における腫脹の軽減はそれほど大きくはなかったが、水槽排水法を用いた信頼性が高い方法(廣重ら,2010)で測定したため、少ない体積変化も正確に読み取ることができたと考えられる。<BR> 板倉(2008)は、足関節外側靭帯損傷後の理学療法(MENS+冷却)で10~26mlの体積減少を認めたと報告している。今回の減少量9.8±6.9mlを考慮すると、他治療との併用においてもMENSの腫脹軽減に対する効果は大きいと考えられる。<BR> 作用機序など分からないことが多いが、今後、臨床研究により様々な使用方法を検討していきたい。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】MENSは足関節外側靱帯損傷患者の急性期において腫脹の減少に有効であり、早期復帰の一助と成り得ることが示唆された。
著者
池岡 舞 徳永 奈穂子 手塚 康貴 松尾 篤
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.BeOS3013, 2011

【目的】運動観察治療(action observation therapy:AOT)とは,他者の行為の観察と身体運動の反復練習を組み合わせた治療方法のことであり,脳卒中やパーキンソン病などの神経疾患の運動障害治療に応用されてきた.このAOTの方法論は,他者行為の観察と自身の行動をリンクさせるミラーニューロンシステムの神経学的基盤を背景にして紹介されてきた(Buccino,2006).我々もこれまでに脳卒中患者に対するAOTの効果を検証してきており,その実施可能性と有効性を少数の症例報告で明らかにしてきた.しかしながら,AOTの臨床研究は散見される程度であり,ランダム化研究はほとんどなく,AOTの臨床的根拠は未だ乏しいのが現状である.そこで,本研究では脳卒中患者の麻痺側上肢の運動障害に対するAOTの効果をランダム化比較研究で検討したので報告する.<BR>【方法】対象は亜急性期脳卒中患者16名(男性11名,女性5名,平均年齢65.4±11.5歳,平均発症経過日数81.5±29.1日)とし,研究デザインは4週間のランダム化クロスオーバーデザインとした.対象者は,通常のリハビリテーションに加えて最初の2週間にAOTを実施する群(AOT-PT群,8名)と後半の2週間にAOTを実施する群(PT-AOT群,8名)の2群にランダムに割り付けた.両群ともにAOTを実施しない2週間は,通常のリハビリテーションのみを実施した.AOTは我々が独自に作成したDVDを使用し,対象者はそれぞれの機能レベルに一致した運動課題映像をDVDプレーヤーにて観察し,その直後に観察した運動課題の身体練習を実施した.AOT用DVDは,デジタルビデオカメラで2方向から同時撮影を行い,日常生活場面に関連した健常者の上肢運動のうち,粗大動作,巧緻動作,両手動作の3つのカテゴリーに分けられた58種類の課題指向型の運動課題で構成された.AOT介入時間は1セッション3課題で,1課題につき3分間の運動観察後,3分間の身体練習で計画され,合計18分間実施した.AOT介入期間は週5回,2週間の合計10回とした.評価項目はFugl-Meyer assessment scaleの上肢,手指項目(FM-U/E,FM-F),Action Research Arm Test(ARAT),Motor Activity Logのamount of use scale(MAL-AOU)とquality of movement scale(MAL-QOM)とした.評価時期は,介入前,2週間後,4週間後の合計3回とした.統計学的分析は繰り返しのある2元配置分散分析を使用し,多重比較にはBonferroni法を使用した.<BR>【説明と同意】対象者全員に対し,研究内容や方法を説明し,紙面上にて同意を得た.<BR>【結果】2元配置分散分析の結果,MAL-QOMに時間による主効果を認め,両群ともにAOT実施期に有意な改善を示した(AOT-PT群:P < 0.01,PT-AOT群:P < 0.05).また,その他の評価項目でも時間による主効果を認め,特にAOT-PT群のAOT実施期に有意な改善を示した(ARAT:P < 0.01,MAL-AOU:P < 0.05,FM-U/E:P < 0.01,FM-F:P < 0.05).PT-AOT群においては,AOT実施期における有意な効果を認めなかったが,介入前と比較すると有意な改善を示した.<BR>【考察】AOTによって脳卒中後の麻痺側上肢の運動機能の改善が促進することが示唆された.特にMAL-QOMでは,AOT実施期にのみ有意な改善が明らかとなった.これはAOTによる上肢の運動機能の改善が,日常生活における上肢使用の質的変化を促進することを示しており,治療場面以外での麻痺側上肢の使用状況にAOTが好影響を与えることを示唆する.また,ARAT,FM-U/E,FM-F,MAL-AOUにおいてもAOT-PT群のAOT実施期に有意な改善を示したことから,上肢運動機能が相対的に向上することが示唆された.しかしながら,PT-AOT群においてはAOT実施期の明らかな特異的効果を示さなかったことから,AOT介入の実施時期も影響する可能性が考えられる.AOTの神経メカニズムとしては,意図的運動観察によるミラーニューロンシステムの活性化が関与し,運動実行の準備状態を運動観察と運動実行のマッチングメカニズムから運動シミュレーションを行い,その後の身体練習における学習反応性を向上させると推測される.AOTは標準化した実施プロトコールの準備により,より多くの臨床場面での適応が可能な新しい神経リハビリテ&#8722;ションの方法であり,今後さらに大規模にAOTの効果を検証していくことが必要と考える.<BR>【理学療法学研究としての意義】AOTは,他者の行為の意図的な観察と身体練習を組み合わせることで運動学習効率を向上させ,運動治療効果を高める可能性がある.ミラーニューロンシステムの活性化を臨床応用したAOTは,神経リハビリテ&#8722;ションの新しい方法であり,より効果的で効率的な運動障害の治療に発展する可能性があり,本研究はその臨床効果を明らかにしており理学療法学研究として意義深いと考える.
著者
増田 崇 鴨川 久美子 北村 亨 東村 美枝 田平 一行
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.D3O3073, 2010

【目的】腹部外科手術により、肺活量、咳嗽力などの呼吸機能が低下することが知られている。手術後低下した呼吸機能は徐々に回復し、術後一週間で約80%まで回復することが報告されている。これらのことを踏まえ、当院では術前術後の肺活量、咳嗽力を継続的に評価している。今回、術後肺合併症を起こした症例2例を経験し、肺活量の回復過程で合併症を起こさなかった群と特徴的な違いがみられた。術後肺活量の変化をとらえることで肺合併症の早期発見につながる可能性があるのではないかと考えたので、報告する。<BR>【方法】対象:全身麻酔下で待機的に開腹手術を行い合併症を起こさなかった30症例(男性22例、女性8例、平均年齢73.5±7.4歳)と肺合併症を起こした2症例を対象とした。合併症を起こさなかった群をコントロール群とし、合併症を起こした2症例をコントロール群と比較した。コントロール群の診断名は胃癌13例、S状結腸癌3例、直腸癌3例、上行結腸癌2例、下行結腸癌2例、胆管癌2例、腸閉塞2例、総胆管結石、膵頭部癌、胃癌とS状結腸癌の併発がそれぞれ1例ずつであった。合併症を起こした2症例(86歳女性、76歳男性)はいずれも胃癌で、合併症は肺炎であった。<BR>方法:対象者の手術前後に肺活量(vital capacity:VC )及び咳嗽力の指標として咳嗽時最大呼気流速(cough peak flow:CPF)、安静時痛、咳嗽時痛のvisual analog scale(VAS)を測定した。測定は手術前と手術後1日目から9日目までと13日目に実施し、測定に同意した日のみ行い、疼痛や発熱、倦怠感などの理由で対象者の同意を得られない日は測定を行わなかった。<BR>解析方法:術前・術後のVC、CPF、安静時痛、運動時痛を比較した。<BR>【説明と同意】全症例に対しこの検査の意義・目的を説明し同意を得た。<BR>【結果】<BR>1)術前値の比較<BR> コントロール群の術前値はVC:2652±738ml、CPF:297±110L /minであった。症例1は術前VC:2200ml、CPF:300 L/min、症例2はVC:3750ml、CPF:350L /minと大きな違いは見られなかった。年齢は平均よりも高齢であった。<BR>2)VC、CPF、疼痛の経過の比較<BR> コントロール群のVC・CPF・疼痛の経時的変化(理学療法学35巻7号,p308~312)は術前値に対するVCの回復率で術後1日目には47.8%まで低下し、9日目で85.5%まで順調に回復した。一方CPF回復率は術後1日目に46.4%まで低下し、9日目で90.5%、13日目では90.7%まで順調に回復した。疼痛は術後1日目に大きく上昇しその後徐々に低下する傾向があった。<BR>症例1:86歳女性、胃部分摘出術施行術後12日目に肺炎と診断。(前日)11日目の理学療法施行時、それまで順調に回復していたVCが低値となっていた(術後8日目1970ml→11日目1260ml)。CPFも術後8日目310L/min→11日目280L/minと若干低下した。翌12日目胸部X-P撮影後肺炎と診断された。<BR>症例2:76歳男性、胃全摘出術施行、術後7日目に肺炎と診断。(前日)6日目理学療法施行時、それまで順調に回復していたVCが低値となっていた(術後5日目2600ml→6日目2200ml)。CPFは術後5日目225L/min→6日目230L/minと大きな変化は見られなかった。翌7日目胸部X-P撮影後肺炎と診断された。疼痛は2症例ともコントロール群と大きな違いは認められなかった。<BR>なお肺炎は医師によりレントゲン所見、発熱、自覚症状などによって診断された。<BR>【考察】今回の2症例は術前の呼吸機能検査では異常値は示しておらず、術前の段階で呼吸器合併症を予測することは困難であった。一方、VC、CPFは、コントロール群の術後のトレンドと比較すると症例1、症例2共に肺炎の診断がつく前にVC回復率が低下する傾向が見られた。特に症例2では発熱の症状が発現する前にVC回復率の低下が確認できた。VCの変化が肺炎の症状の発現とほぼ同時期あるいはそれより前に見られたことから術前から継続して評価を行うことで発症を感知できる可能性が推察される。このVCの低下は、肺炎により一部無気肺を起こししたことなどが原因として考えられた。一方で咳嗽力の指標となるCPFは特徴的な変化を示さず、肺炎を感知するには適さないと考えられた。しかし、症例1、2共に肺炎の発症時には感染時に去痰不全になる可能性があるとされる270 L/minを下回っており、去痰不全を引き起こしていることが伺えることから、CPFの測定は去痰不全のリスクを管理する上では有用な検査であると考える。<BR>【理学療法学研究としての意義】本症例報告では、ベッドサイドで比較的簡便な方法で術後の肺合併症を早期に感知できる可能性が示唆された。非侵襲的な検査であり、比較的容易に測定できることから、今後症例を重ね、一定の傾向が確認できれば術後肺合併症を疑う上での指標の一つになるのではないかと考える。
著者
羽田 清貴 加藤 浩 井原 拓哉 阿南 雅也 深井 健司 中野 達也 奥村 晃司 杉木 知武 川嶌 眞之 川嶌 眞人
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.44 Suppl. No.2 (第52回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0120, 2017 (Released:2017-04-24)

【はじめに,目的】我々は,第51回日本理学療法学術大会で,変形性膝関節症(以下,膝OA)患者の歩き始め動作時の外部膝関節内反モーメント(以下,KAM)は健常者よりも有意に高値であり,胸椎や骨盤の回旋運動の低下はKAMを増大させる一要因になる可能性を報告した。そこで,今回は膝OA患者の歩き始め動作時の下肢体節間におけるセグメントトルクパワーを算出し,トルクパワーの極性を明らかにすることで,力学的エネルギーの流れについて詳細に定量化することを目的とした。【方法】対象は膝OA患者14名(平均年齢70.1±7.9歳:以下,膝OA群)と健常成人15名(平均年齢35.0±11.7歳:以下,対照群)で全例女性であった。課題動作は5mの歩行路上の自由歩行とした。計測下肢から一歩目を踏み出し,床反力計を踏むように指示した。一歩目の歩幅の距離は被検者の身長の40%になるように設定した。計測方法は,赤外線カメラ8台を備えた三次元動作解析装置Vicon-MX13(Vicon Motion Systems社製)と床反力計(AMTI社製)1基を用いて実施した。反射マーカーを身体51箇所に貼付し,得られたマーカー座標から8剛体リンクモデルを作成した。1歩行周期が100%になるように正規化し,解析区間は荷重応答期とし,その区間における関節パワー,セグメントトルクパワーの積分値を算出した。統計学的解析にはR2.8.1を用い,正規性の有無に従って,2群間の比較には2標本の差の検定を行った。なお有意水準は5%未満とした。【結果】関節パワーは,股関節,膝関節,足関節はすべて負のパワーであり2群間で有意差は認められなかった。セグメントトルクパワーは,骨盤遠位では,膝OA群は0.24±0.01W・s/kg,対照群は-0.45±0.03W・s/kgで有意差が認められた(p<0.01)。また,下腿遠位では,膝OA群は0.75±0.03W・s/kg,対照群は1.82±0.05W・s/kgで有意差が認められた(p<0.05)。足部近位では,膝OA群は-1.03±0.04 W・s/kg,対照群は-1.95±0.06 W・s/kgで有意差が認められた(p<0.05)。【結論】股関節セグメントトルクパワーは,健常群では骨盤遠位は負のパワー,大腿近位は正のパワーを示したため,骨盤から大腿へ力学的エネルギーの流れが生じていた。一方,膝OA群ではその逆を呈した。すなわち,健常群は骨盤から大腿へと力学的エネルギーの流れが生じることで,股関節伸展モーメントを発生させているのに対して,膝OA群はそれが困難であることが示唆された。足関節セグメントトルクパワーでは,下腿遠位は正のパワー,足部近位は負のパワーを示したため,足部から下腿へと力学的エネルギーの流れが生じていた。しかし,膝OA群は力学的エネルギーの流れが有意に低値であったため,足関節背屈筋による足関節背屈モーメントの発生が不十分であることが示唆された。本研究より,各体節間での力学的エネルギーの流れを明らかにすることが可能であり,臨床にて有益な評価手段になり得ると考える。
著者
池田 俊輔 蛯名 麻衣 平野 祥代 大野 駿人 山崎 弘嗣
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.H4P2359, 2010

【目的】応用歩行の獲得は理学療法の重要な目標の一つであるが、応用歩行が運動学的にどのような歩行であるのか基礎的な理解に乏しい。本研究の目的は健常成人の歩行者交通流(集団での歩行中)での個人の運動学的変数とりわけ空間的変数の特徴が、自由歩行における特徴とどのように異なるかを明らかにすることである。<BR>【方法】運動器系及び神経系に障害のないのべ60名(実質47名、男性20名、女性27名、年齢21.6±2.6歳)の大学生を対象とし、6種類の条件でのすれ違い歩行(3つの人数条件×2つの床面設定条件)を行った。3つの人数条件(10人、20人、30人)共に同人数に分かれた2集団が幅1.28mの平坦な廊下を相対する向きに歩行し(counterflow)、他人に衝突しないようにすれ違い所定の距離を歩くことが課題である。集団は16m離れた向かい合う開始線から歩き出す床面設定(プランA)と、2集団が直接対面した状態で歩行を開始する床面設定(プランB)との2通りで1cm四方の目盛りが刻まれた歩行路上を歩いた。各条件10名(のべ30名、実質25名、男性10名、女性15名、年齢21.5±1.2歳)の立脚足踵部の座標をデジタルビデオカメラで撮影し歩幅と歩隔、歩行速度を計測した。<BR>【説明と同意】全ての対象者に本研究の目的と実験方法について説明を行い、書面で同意を得た。<BR>【結果】プランAでは集団人数の増加と共に歩行速度は1.08±0.31(m/s)、1.03±0.11(m/s)、0.78±0.12(m/s)と低下し、プランBでも1.06±0.11(m/s)、0.86±0.10(m/s)、0.67±0.13(m/s)と低下した(p<0.01)。プランAでの歩幅は集団人数の増加と共に55.6±17.8(cm)、54.0±20.2(cm)、44.8±22.5(cm)と狭小化し、プランBでも58.8±16.4(cm)、49.2±20.0(cm)、38.8±24.0(cm)と狭小化した(p<0.01)。歩幅の標準偏差は人数増加に伴い増加する傾向にあった。プランAの歩隔は平均で9.80±7.87~10.9±8.35(cm)にあり、プランBでは10.3±7.67~12.3±10.2(cm)にあった。<BR>【考察】歩行者交通流の集団人数の増加に伴う歩行速度の低下は複数の先行研究の結果と一致した。歩行速度は集団の人数の関数であることが示唆された。本研究は、その歩行速度の低下が、個人の歩幅の減少と対応していることを示した。しかし歩幅は自由歩行に比べて狭く、そのばらつきも大きく、もはや歩行運動を代表する周期変数としての特徴を失っていた。つまり単に前進運動として歩行するのではなく衝突回避を行うための進行方向変更あるいは移動停止や加速を含めた運動調節を行うために下肢の運動を調整していることを反映していると考えられる。殊にcounterflowにおいては、自由歩行で仮定している周期的な歩行運動から逸脱する運動であるために、歩行速度の低下と歩幅の減少の関係は、歩行率を介する関係式(歩行速度=歩幅×歩行率)から予測できるものではない。今後は歩行周期(時間的変数)の変動との関連を明らかにすることが必要であろう。<BR>【理学療法学研究としての意義】歩行者交通流における個人の歩行の運動学的特徴は、平均的には自由歩行にくらべて遅い歩行速度と狭い歩幅である。しかしそれらは、例えば10m歩行テストによって明らかになるような周期変数としての特徴は区別されるべきであり、応用歩行の運動学的特徴は自由歩行あるいは自然歩行の延長線上に位置づけられない。応用歩行の特徴は、非周期的な強制歩行の特徴として記述される可能性がある。<BR><BR>
著者
菅原 憲一 田辺 茂雄 東 登志夫 鶴見 隆正 笠井 達哉
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.A3P2129, 2009

【目的】運動学習過程で大脳皮質運動野は極めて柔軟な可塑性を示すことはよく知られている.しかし、運動学習効率と各筋の特異性に関わる運動野の詳細な知見は得られていない.今回、トラッキング課題による運動学習過程が皮質運動野の興奮性に及ぼす影響を学習経過と筋機能特異性を中心に経頭蓋磁気刺激(TMS)による運動誘発電位(MEP)を指標に検討した.<BR>【方法】対象は健常成人13名(年齢21-30歳)とした.被験者に実験の目的を十分に説明し,書面による同意を得て行った.なお、所属大学の倫理委員会の承認を得て行った.<BR>被検者は安楽な椅子座位で正面のコンピュータモニター上に提示指標が示される.提示波形は3秒間のrest、4秒間に渡る1つの正弦波形、3秒間の一つの三角波形から構成される(全10秒).運動課題はこの提示指標に対して机上のフォーストランスデューサーを母指と示指でピンチし、モニター上に同期して表れるフォースと連動したドット(ドット)を提示指標にできるだけ正確にあわせることとした.提示指標の最大出力は最大ピンチ力の30%程度とし、ドットはモニターの左から右へ10秒間でsweepするものとした.練習課題は全部で7セッションを行った.1セッションは10回の試行から成る.練習課題の前にcontrol課題としてテスト試行(test)を5回行い、各練習セッション後5回のテスト試行を行うものとした.練習課題は提示指標とドットをリアルタイムに見ることができる.しかし、testではsweep開始から3秒後に提示指標とドットが消失し遂行状況は視覚では捕えられなくなる.TMSはこの指標が消失する時点に同期して行われた.MEPは、第1背側骨間筋(FDI)、母指球筋(thenar)、橈側手根屈筋(FCR),そして橈側手根伸筋(ECR)の4筋からTMS(Magstim社製;Magstim-200)によるMEPを同時に導出した.MEP記録は刺激強度をMEP閾値の1.1~1.3倍,各testでMEPを5回記録した.また、各4筋の5%最大ピンチ時の筋活動量(RMS)、提示指標と実施軌道の誤差面積を測定した.データ処理はいずれもcontrolに対する比を算出し分析検討(ANOVA, post hoc test: 5%水準)を行った.<BR>【結果と考察】誤差面積と各筋RMSは、controlと比較すると、各訓練セッションで有意に減少した(P<0.05).FCRとECRは練習後、MEPの変化は認められないものの、7セッション後ではFDIの有意な増加が示された(P<0.05).しかし、thenarでは7セッション後に有意な減少を示した(P<0.05).以上の結果、パフォーマンスの向上に併せて大脳皮質運動野の運動学習による変化は全般の一様な変化ではなく、その学習課題に用いられる各筋の特異性に依存していることが示唆された.
著者
阿部 洋太 武井 健児 高橋 和宏 山本 敦史 長谷川 信 田澤 昌之 白倉 賢二
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】胸郭出口症候群(TOS)は,胸郭出口において腕神経叢または鎖骨下/腋窩動静脈が圧迫あるいは牽引されて生じる病態の総称である。TOSのリハビリテーションに際しては圧迫型・牽引型・混合型といった病態の把握とともに,斜角筋間三角・肋鎖間隙・小胸筋深部といった症状誘発部位の鑑別が必要とされる。鑑別方法としてAdson test,Eden test,Wright testといった脈管圧迫テスト(テスト)があり,これらは本邦におけるTOS診断に際して用いられている。現在のTOS病態の理解では,神経原性の牽引型が9割を占めるとされており,圧迫型においても血管原性は希であるとされているため,上記のテストは血管と同時に圧迫を被る腕神経叢の圧迫症状を推測するものとして使用される。しかし,テスト時の症状としては痺れなどの神経性の症状に伴い,脈拍減弱や色調変化といったいわゆる血管性の症状も出現しており,どの部位で何が圧迫を受けているのかという点とそのときの症状の関連性には不明な点が多い。我々はテスト実施時の血管の状況をリアルタイムで確認出来る超音波診断装置に着目し,その有用性を検討してきた。そこで本研究では,超音波診断装置より得られる各テスト時の血管面積の変化と,その際の症状との関連性を検討し,TOSにおける脈管圧迫テストの在り方を再考することを目的とした。【方法】被験者は日常生活においてTOS症状を有さない健常成人9名とした。測定には超音波診断装置(MyLab 25,日立メディコ社製)を用いた。測定部位は斜角筋間三角,肋鎖間隙,小胸筋深部の3箇所とし,1)上肢下垂時,2)Adson test時(頸部最大後屈+検査側回旋位,最大吸気位),3)Eden test時(両肩関節軽度伸展,両肩甲骨最大下制+内転+後傾位),4)Wright test時(肩関節90°及び130°外転位)のそれぞれにおいて,各箇所の血管面積を計測した。また,各測定時に出現したTOS症状の部位及び性質を聴取するとともに,脈拍及び指尖の色調を確認した。統計学的解析にはWilcoxonの符号付順位検定を用い,上肢下垂位と各テスト時の血管面積を部位ごとに比較した。【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に沿った研究であり,群馬大学臨床研究倫理委員会の承認を得て実施した。また,対象者全員に本研究について文書と口頭にて十分な説明を行い,同意を得た後に測定を行った。【結果】上肢下垂位と比較し,Adson test時では全ての部位において有意に血管面積が減少していた。Eden test時では,肋鎖間隙において有意に血管面積が減少していた。Wright test時では,全ての部位において有意に血管面積が減少していた。各測定時のTOS症状出現状況は,Adson test時が1名,Eden test時が3名,Wright test時が6名であり,その部位は上腕内側及び外側が1名ずつ,手掌全体が1名,残り7名が第2指尖から第5指尖のいずれか複数部位であり,症状の性質は全員が痺れやだるさであった。なお,症状出現者全てにおいて,脈拍減弱が確認された。【考察】Adson testでは全ての部位において有意な血管狭窄が生じていたものの,症状出現者は1名であった。このテストは,深呼吸に起因する全身の循環動態と神経反射により生ずる一過性の血流低下が大きく関与するため,血管圧迫の意味合いは少なく,診断に際する特異度も高いことが明らかとされている。本研究においても同様のメカニズムが血管面積に関与し,同様の症状出現状況であったと考えられる。Wright testでは全ての部位において有意な血管狭窄が生じ,症状出現者も6名と最も多く,多彩な部位に痺れが誘発されていた。先行研究ではWright testによる肋鎖間隙での有意な血管狭窄がすでに報告されており,本研究結果とは異なる傾向となった。そのため圧迫部位は定かでないが,症状としては,第4及び第5指尖を筆頭に,上腕内側及び外側や手掌全体など様々な部位に出現しており,対象者によって異なる高位の腕神経叢神経幹部が血管と同時に圧迫を被ったと考えられる。Eden testに関して,本研究では肋鎖間隙においてのみ有意な血管狭窄が生じていた。肋鎖間隙では鎖骨下動静脈が腕神経叢よりも後下方を走行しているという解剖学的特徴があるため,血管よりも神経の圧迫が先行すると報告されているが,本研究では痺れやだるさといった症状に加え,指尖の色調が暗赤色に変化するといった静脈圧迫性の症状が出現しており,神経性及び血管性の所見が複合する結果であった。【理学療法学研究としての意義】本研究のようなデータの蓄積は各テストの特徴を明らかにし,TOSの病態解明の一助となるとともに,超音波診断装置のTOS評価としての有用性など,様々な点でリハビリテーションへの応用が可能である。
著者
高橋 彰子 福原 一郎 高木 伸輔 井手 麻衣子 新田 收 根津 敦夫 松田 雅弘 花井 丈夫 山田 里美 入岡 直美 杉山 亮子 長谷川 大和 新井 麻衣子 加藤 貴子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100455, 2013

【はじめに、目的】重症心身障害児者(以下;重身者)は,異常筋緊張など多様で重層した原因で症候性側弯が発症進行する.側弯の進行予防に対して理学療法が施行されるが,それ以外にも日常生活で使用する側弯装具が処方される場合も多い.今までは,ボストン型装具や硬性コルセットなどが広く使用されているが,大きく,通気性も悪く,服が着にくい,また痛みを訴えるなどのデメリットもあった.近年,3点固定を軸に側弯進行を予防し,装着感がよく,通気性なども改善された動的脊柱装具(DSB 通称プレイリーくん)が開発された.開発者の梶浦らは,多様な利点で,重身者の症候性側弯に有効であると述べている.しかし,親の子に対する装具装着の満足度や,理学療法士による効果判定などの関連性や,装具装着による変化に関しての報告は少ない.そこで,動的脊柱装具を処方された重身者の主たる介護者の親と担当理学療法士にアンケート形式で満足度と装具の効果について検討することを目的とした.【方法】対象は当院の外来患者で動的脊柱装具を作成した側弯のある児童または成人17名と,担当理学療法士6名とした.対象患者の平均年齢15.9歳(3~22歳),GMFCS平均4.7(3~5),Cobb角平均82.46(SD31.62)°の側弯を有していた.装具に対する満足度や効果の実感に関するアンケートを主たる介護者の親と担当理学療法士と分けて,アンケートを2通り作成した.親へのアンケートは,装具装着の見た目,着けやすさ,姿勢保持のしやすさ,皮膚トラブル,装着時間,総合的な満足度などの装具使用に関する項目に関して,20項目の質問を紙面上で答えさせた.理学療法士には姿勢変化,治療的効果などの評価の4項目に関して紙面上で記載させた.その他,装具装着前後でのCobb角を算出した.統計処理はSPSS ver20.0を用いて,質問紙に関しては満足度合を従属変数とし,その他の項目を独立変数として重回帰分析を実施し,関連性についてはpearsonの相関を用いた.理学療法士の効果判定に関係する因子の検討では理学療法士の評価を従属変数として,効果に対する要因,Cobb角を独立変数として多重ロジスティック解析を実施した.各質問紙項目内による検討に関してはカイ二乗検定を用いた.また,Cobb角の変化に関しては対応のあるt検定を用いた.危険率は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】全対象者と全対象者の親に対して,事前に本研究の目的と方法を説明し,研究協力の同意を得た.【結果】Cobb角は動的脊柱装具作成装着前後で有意に改善した.動的脊柱装具に関する親の満足度と関連する項目はCobb角の変化ではなく,体に装具があっていると感じている,装具の着けやすさ,装具を装着したときの見た目と関連していた.満足度と装着時間とは正の相関をしており,満足度が高い人ほど装着時間も長かった.理学療法士の評価は満足感と関連していなく,姿勢保持のしやすさ,Cobb角と関連していた.【考察】今回GMFCSレベル4~5のADLで全介助を要し,側弯の進行の危険性が高い方を対象としており,親の関心や理学療法士の治療選択も側弯予防は重要な目標の1つである.重身者の親の満足度は主に子どもの装着に関係する項目と最も関連していた.理学療法士の効果検討としてはCobb角,姿勢保持と関連していた.動的脊柱装具装着の前後で側弯に改善がみられることは,梶浦らの報告とも同様で,この体幹装具が側弯に対して長期的な効果の可能性も示唆された.その装具に関する理学療法士の効果判定はCobb角と関連が強く姿勢の変化を捉えている傾向にあった.親の満足度は最も快適に使用できる項目であり,満足しているほど装着時間が延長することが考えられる.今回のアンケートより,装具に対する親への感想を聴取することで生活状況の確認となり,満足度を高めるように作成することが可能となると示唆された.【理学療法学研究としての意義】重身者にとって側弯は内臓・呼吸器疾患と直接的に結びつきやすく側弯の進行予防は生命予後に関しても重要である.側弯進行予防の理学療法を効果的にするためにも,使いやすい側弯装具は重要な日常生活器機である.新たに開発された動的脊柱装具の満足度と効果についてアンケート調査を行った.親が実際の装具使用を肯定的に感じているほど,装着時間も長く,親の満足度に関連する因子として,装着しての見た目や,子の過ごしやすさも重要な因子であることが今回示唆された.
著者
高澤 麻理絵 町田 治郎 上杉 昌章 古谷 一水 押木 利英子 田中 宏和 野原 友紀子 平井 孝明 松波 智郁 鈴木 奈恵子 岩島 千鶴子 廣田 とも子 脇口 恭生 本吉 美和 岸本 久美
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.BbPI1161, 2011

【目的】Dynamic spine brace(以下DSB)は、梶浦らにより開発された脳性麻痺の側彎変形に対する体幹装具で、従来の硬性コルセットと比較し可撓性に富み、利用者の受け入れが良く、長時間の装着が可能という特徴を持つ。また介助者側からみた特徴としては、装具の着脱が行い易い、患児の体幹が安定するなどがあり介助量の軽減も報告がされている。今回、当院においてDSBを作製した患者に対し、介助者の主観的評価として満足度・介助負担感、機能的評価として側彎進行度・1回換気量について調査を行ったので報告する。<BR>【方法】対象は当院でDSBを作製した患者で、使用前と使用1M後、3M後に比較可能であった男児1名女児5名であった。GMFCSはレベル4が2名、レベル5が4名であり、装具使用開始の平均年齢は9歳5か月であった。評価項目は、介助者の主観的評価として、1) DSBへの満足度、2)介助負担感(装着・移乗・更衣動作・排泄)、3)動作や姿勢の変化点、その他の気づいたことを自由意見として聴取した。満足度と介助負担感は10点満点で、負担感は大変なほど点数が高くなり、満足度は、満足しているほど高くなる。介助者への聴取は同一検者が行った。機能的評価として、1) コブ角測定 ( 整形外科医師によるレントゲン画像読影 ) 、2) 1分間の平均1回換気量測定(IMI社製Haloscaleを使用)を行った。平均1回換気量は、分時換気量を呼吸数で割って求め、これを3試行し平均値をとった。主観的評価は、6人分を平均して、使用後1M後と使用3M後の2群に分けて比較した。機能的評価(コブ角、平均1回換気量)は使用前と使用1M後、使用1M後と使用後3Mにおいて対応のある2群の中央値の差の有無をウイルコクソン符号付順位和検定を用いて調べた。<BR>【説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき、対象者および保護者には事前に書面および口頭にて説明を行い、アンケートの提出をもって同意を得るものとした。<BR>【結果】主観的評価:1)DSBに対する満足度は使用1M後7.2点、使用3M後7.3点であった。満足度の主な減点理由として、全員から熱がこもる、汗をかくという意見があった。2)装着に関する負担感は、使用1M後3.5点、3M後3.3点で、装着する位置が難しい、装着動作が大変という意見があった。移乗介助の負担感は使用1M後5 点、3M後4.5点で、身体にフィットせず抱きにくいという反面、低緊張なので装具がある方が抱きやすいという意見もあった。更衣介助の負担感は使用1M後3M後ともに平均3.0点、排泄介助の負担感は使用1M後4.5点、3M後6.5点であった。排泄介助に関しては、1日に何度も着脱し汚れの配慮が必要との声があった。3)家族から聴取した動作や姿勢の改善は全例で認められ、臥位・座位姿勢の改善、座位時間の延長、座位で上肢が使いやすい、座位が自立した等があった。機能的評価:コブ角は使用前平均49.5度と使用後1Mで44度、3Mで45.9度であった。使用前と使用1M後、使用1M後と3M後で統計学的有意差は認められなかった。平均1回換気量は、使用前平均108.4 ml、使用1M後94.3 ml、 3M後133.3mであり、使用前と使用1M後間で有意な低下(p<0.05)、使用1M後と3M後間に有意な改善がみられた(p<0.01)<BR>【考察】DSB使用後の動作や姿勢に関する家族の評価は概ね良好であり、満足度も高い評価を得られたが、介助負担感(装着・排泄・移乗・更衣)については、先行研究のような長所のみでは必ずしもないことが明らかになった。装具適応については介助者に対しての事前の十分な説明や教育が必要であると思われた。今回の対象者は、全員が初めての装着であり負担感が少なからずあったと考える。さらに調査期間が3Mと短かったことから、もっと長期の使用があれば装具を常用することへの習熟や慣れが生まれて負担感は軽減する可能性があると考えた。機能的評価でも、コブ角は有意な改善が見られず、平均1回換気量に関しては使用前と使用1M後間で有意に低下し、その後の使用1M後と3M後間で有意な改善がみられた。このことから機能的改善も使用直後には見られず、改善がみられるには3M以上を要することが推察された。今後、機能改善の評価に適切な評価項目を吟味するとともに、追跡調査を続け長期間にわたるDSB使用に関する機能評価をする必要があると考えた。<BR>【理学療法学研究としての意義】脳性麻痺などの中枢神経系障害に起因する二次的な側彎変形に対して、新たに開発された装具の効果について検討を行った。重度重複障害児の側彎変形は児の生命やQOLに関わる重要な問題であるにもかかわらず科学的根拠を求める研究は少ない。本研究は重度重複障害児の側彎変形に対する試みであり、得られた知見は小児分野の理学療法学研究に寄与するものである。
著者
藤本 智久 岡田 祥弥 行山 頌人 森本 洋史 中島 正博 西野 陽子 皮居 達彦 田中 正道 久呉 真章
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48100114, 2013

【はじめに】 当院では,極・超低出生体重児に対して発達フォローアップとして新版K式発達検査を実施しており,その経過で,発達の遅れを認める児を経験することがある.その中には発達がキャッチアップする児とキャッチアップせずに発達遅滞や発達障害と診断される児がいる.今回,修正18ヶ月までにキャッチアップした児としなかった児について検討したので報告する.【方法】 当院 周産期母子医療センターに入院し,発達フォローアップの依頼のあった極・超低出生体重児(入院中に明らかな脳障害や染色体異常を認めた児を除く)で,修正12ヶ月前後および修正18ヶ月前後の新版K式発達検査において各領域の発達指数が85未満の値を示した児のうち,継続調査が可能であった53名(男児23例,女児30例)を対象とした.さらに,修正18ヶ月までにキャッチアップを認めた児(キャッチアップ群)21例(男児8例,女児13例)と修正18ヶ月でキャッチアップを認めなかった児(非キャッチアップ群)32例(男児15例,女児17例)について,在胎週数,出生体重,Apgar Score,修正3ヶ月前後のGeneral Movements(GMs)評価,新版K式発達検査の経過および予後について検討した.なお,統計学意的検討は,t-検定およびMann-WhitneyのU-検定,カイ2乗検定を用いて行い,危険率0.05以下を統計学的有意とした.【説明と同意】 対象児の保護者には,フォローアップについての説明および情報の取り扱いについて紙面および口頭にて説明し,同意を得て実施した.【結果】 周産期情報の比較では,在胎週数は,キャッチアップ群が,平均31.0±3.2週,非キャッチアップ群が,平均29.1±3.3週,とキャッチアップ群の方が統計学的有意に長かった(P<0.05).しかし,出生体重およびApgar Score 1分値,5分値では有意差を認めなかった.また,修正3ヶ月前後のGMsの結果では,キャッチアップ群でFidgety Msを認めたものが17例,Abnormal Fidgety Ms(AF)を認めたものが,4例であった.非キャッチアップ群では,Fidgetyを認めたものが19例,AFを認めたものが13例であった(有意差なし).新版K式発達検査の経過をみると,12ヶ月において,姿勢運動領域(PM領域)のDQは,キャッチアップ群が80.5(以下中央値),非キャッチアップ群が87.4と統計学的有意にキャッチアップ群が低かった(p<0.05).しかし認知適応領域(CA領域),言語社会領域(LS領域),全領域では,有意差を認めなかった.さらに18ヶ月において,PM領域のDQは有意差を認めなかったが,CA領域,LS領域,全領域のDQではキャッチアップ群が有意に高値を示した(p<0.05).予後について比較すると,最終的に2歳半以降で自閉症などの発達障害を認めた児は,キャッチアップ群が1例,非キャッチアップ群は8例であった(有意差なし).【考察】 今回の結果より,キャッチアップ群と非キャッチアップ群を比較すると周産期の情報では,統計学的に有意差を認めた項目は,出生時の在胎週数のみであった.横塚らは,早産児では在胎期間が短くなるほど修正月齢よりもさらにゆっくりとした発達を示し,3歳頃にキャッチアップすることが多いと述べており,在胎期間は,キャッチアップの有無を考える上でも重要であることを示していると考える.また,修正3ヶ月前後のGMs評価では,統計学的有意差は認めなったが,非キャッチアップ群の方がAFを多く認めた.GMsは,予後予測としては信頼性の高い評価であるが,観察者の習熟度によるところが大きく有意差が出なかったのかもしれない.また,新版K式発達検査の経過をみると,12ヶ月での運動発達の遅れは,18ヶ月までにキャッチアップされることが多いが,認知面,言語面での発達の遅れは18ヶ月になるにつれて目立ってくることを示している.また,予後についても,キャッチアップ群は1例,非キャッチアップ群が8例に発達障害を認めたことより,修正18ヶ月での言語社会性の発達の遅れは,7割以上は正常発達にキャッチアップしていくが,自閉症など発達障害に注意して経過を追っていく必要があると考える.【理学療法研究としての意義】 本研究は,極低出生体重児の発達経過を見ていくなかで,発達の遅れを認める児であっても大半が,キャッチアップを認めるようになることを示しているが,在胎週数や修正18ヶ月での言語発達の状況等によっては,注意して経過を追っていく必要があることなど両親への発達のアドバイスを行う基礎資料としても有用であると考える.
著者
田中 貴広 木村 保 建内 宏重 安井 正佐也
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A3O1022, 2010 (Released:2010-05-25)

【目的】 筋は作用と逆の運動を行った場合に伸張される。股関節屈曲可動域制限が存在する場合、大殿筋やハムストリングスが筋由来の制限因子として容易に想定できる。しかし臨床上、股関節屈曲可動域制限を有する患者で大殿筋やハムストリングスの走行に一致した伸張感を認めることは少なく、股関節深層外旋筋群(以下、深層外旋筋)や股関節外転筋群と想定される部位に伸張感を認めることが多い。 解剖学書の一部には深層外旋筋に股関節伸展作用があると記されており、一部の深層外旋筋が股関節屈曲可動域の制限因子になりうると推測できるが、股関節屈曲角度の増加に伴いどの筋がどの程度伸張されるかは明らかではない。 本研究の目的は、股関節屈曲角度と深層外旋筋の伸張率との関係を明らかにすることである。【方法】 名古屋大学大学院医学研究科の解剖実習用献体(股関節疾患の既往のない)1体2肢を対象とした。 計測前に第3腰椎と第4腰椎の間で切断し、下肢帯を側臥位に固定した。深層外旋筋を剖出するため、殿筋筋膜、大腿筋膜を剥離し、大殿筋、中殿筋は停止部で切離、反転し、深層外旋筋を露呈した。また膝関節と股関節の可動性を十分確保するため大腿四頭筋とハムストリングスを剖出し、大腿四頭筋および外側筋間中隔を遠位部で切離した。その後、深層外旋筋を個別に剖出し、各筋の起始部、停止部を確認した。各筋の中央に位置する筋線維を決定し、その筋線維の起始部、停止部に標識となる直径1mm程度の針を挿入した。 計測は股関節屈曲伸展、内外転、内外旋中間位を開始肢位とした。矢状面上の骨盤長軸を基本軸、大腿骨の長軸を移動軸とし、股関節内外転、内外旋中間位に保持しながら股関節を0度から75度まで15度ずつ屈曲させた。その際ハムストリングスが伸張されないよう膝関節は屈曲位とした。起始部、停止部に挿入した針を指標にし、各屈曲角度における梨状筋、上双子筋、下双子筋、大腿方形筋の筋長をテープメジャーにて筋線維の走行に沿い計測した。 股関節屈曲伸展中間位での筋長計測値を基準に各関節角度における筋長を正規化した後、2肢の値を平均した。【説明と同意】 名古屋大学大学院医学研究科(第29回人体解剖トレーニングセミナー実行委員会)に本研究の主旨を説明し承認を得て実施した。【結果】 梨状筋、上双子筋の筋長は股関節屈曲角度の増加に伴い伸張され、股関節75度屈曲位でそれぞれ119%、113%であった。下双子筋の筋長は股関節屈曲30度まではほぼ変化がなかった。30度以降は徐々に伸張されたが他の筋に比べ最も伸張率が低く股関節75度屈曲位で105%であった。大腿方形筋は股関節屈曲30度まではほぼ変化がなかったが、45度屈曲位で110%、60度屈曲位で124%、75度屈曲位で133%と股関節屈曲30度以降に急激に伸張され、今回対象とした筋の中で最も伸張率が高かった。【考察】 本研究で対象とした深層外旋筋は股関節屈曲角度の増加に伴い全て伸張されたことから、機能解剖学的な観点から深層外旋筋が股関節屈曲可動域制限因子となりうることが確認できた。筋の伸張率という指標を考慮した場合、深層外旋筋の中でも大腿方形筋が最も股関節屈曲可動域制限を起こしうることが示唆された。股関節屈曲に伴い、深層外旋筋の停止部は矢状面上に投影した股関節中心と筋の停止部を結ぶ線を半径として円弧を描きながら前方へ移動する。筋の起始部は固定されているため、その半径が大きいほど筋の停止部の移動距離が長くなり筋の伸張率は高くなる。大腿方形筋は、深層外旋筋の中でも最も遠位に位置しているため、股関節中心と筋の停止部との距離は最も長くなる。したがって、今回対象とした深層外旋筋の中では、大腿方形筋が最も伸張率が高くなったと考えられる。 今回の調査はホルマリン固定した遺体を対象としたため、股関節屈曲75度以上の深層外旋筋の動態までは言及できなかった。今後、新鮮遺体などを対象にすればより深い屈曲位での制限因子について推察することができると考える。【理学療法学研究としての意義】 皮膚、筋、関節包など異なる組織がどの程度関節可動域制限に寄与しているか動物実験により検討した報告は散見するが、機能解剖によって、どの筋がどの程度関節可動域制限に寄与しているか検討した報告は極めて少ない。 股関節屈曲可動域制限は下衣の更衣動作や段差昇降など日常生活動作を制限する機能障害であり、筋が制限因子と考えられる症例も少なくない。本研究で得られた知見は臨床上で股関節屈曲可動域の制限因子を特定する際の一助になると考える。
著者
豊田 輝 高田 治実 菅沼 一男 芹田 透
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Gc1040, 2012

【はじめに】 理学療法評価において歩行分析は,重要な手段として位置づけられ,特に義足歩行分析は切断者の残存機能を最大限に活かすためになくてはならない評価項目である.しかしながら,この義足歩行分析を的確に実施するために必要な情報の多くは,その現象の説明に留まっているのが現状である. そこで,義足歩行分析を熟練者はどのような方法で観察評価しているかを明らかにし,経験の浅い者の義足歩行評価技能向上の一助となる情報を提供することを目的とした.【方法】 切断者のリハビリテーションに5年以上従事している理学療法士10名(男性9名,女性1名,平均経験年数9.5±3.3年,以下熟練群)と同リハビリテーション従事年数が1年未満の理学療法士10名(男性7名,女性3名,平均経験年数0.1±0.2年,以下初心群)を対象とした. まず,筆者が作製した片側大腿切断者の10m直線歩行における正常歩行映像(ソケット不適合やアライメント異常がない状態の歩行映像)をスクリーンに投影させ観察させた.次に,2つの異常歩行映像(あるアライメント異常を筆者が意図的に設定した状態での異常歩行映像,課題1外側ホイップ,課題2側傾歩行)を分析し,3設問のアンケート(設問1.異常歩行の名称,設問2.その原因となる義足アライメント異常,設問3.その修正方法について)に回答することを事前に説明した.また,その義足歩行映像は対象者自身が課題ごとに「アンケート内容に回答できる」と判断するまで繰り返し流すことも説明した.その後の手順は,課題ごとに異常歩行映像をスクリーンに投影し,歩行分析させた.この際対象者は,眼球運動計測装置(モバイル型アイマークレコーダEMR-9,NAC社製,以下EMR-9)を装着した状態で,この映像をスクリーンから3m離れた位置で静止立位にて歩行分析を行った.また,歩行分析終了までの時間を評価所要時間として計測した.尚,アンケートには,歩行分析終了後に対象者自身で記入させた. 得られたデータの解析方法は,EMR-9によって歩行観察時の視野映像に注視点を表示させるとともに,解析ソフト(EMR-dFactory)によって視線軌跡及び停留点(0.1秒以上)の定量解析を行った.統計的手法としては,アンケート設問1の異常歩行名称正答率にはχ2検定を用い,評価所要時間にはMann-WhitneyのU検定を用いて検討した.また,いずれも危険率5%未満を有意水準とし,全ての分析にはPASW Statistics18を用いた.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には,本研究の趣旨を説明し同意を得た.また,本研究結果を個人が特定できる形で公表しないことも説明した.その他,映像作製に協力頂いた切断者にも本研究の趣旨を説明し同意を得た.【結果】 評価所要時間では,課題1で初心群が平均63,1±38.8秒,熟練群が6,2±1,3秒,課題2で初心群が平均65,0±34.9秒,熟練群が6,8±0,6秒であり,いずれも優位に熟練群が短時間で分析を終了していた.また,アンケート設問1の正答率は,初心群で10%,熟練群で100%であり,優位に熟練群が高い正答率であった.その他,EMR-dFactoryによる注視項目分析と停留点分析より,アンケート設問1を正答した者には,特定の異常歩行ごとに遊脚期,立脚期において共通した注視点,停留点及び注視順があることが明らかとなった.具体的には課題1では,遊脚初期において義足側足部と膝継手を注視及び停留しながら観察し,課題2では,遊脚期には義足側股関節周囲,膝継手及び足部を,立脚期には義足側肩関節周囲に注視及び停留しながら観察していた.一方,この設問に誤答した者は,異常歩行の種類,遊脚期,立脚期を問わず身体のあらゆる部位を無作為に観察しており,注視点,停留点及び注視順の全てにおいて分散した状態であった.【考察】 熟練群は初心群に比較し歩行分析に要する所要時間が優位に短く,正答率も優位に高かった.また,アンケート設問1に正答した者の注視点,停留点及び注視順は,共通したものであった.これらのことから,経験年数を重ねることで適切な分析が可能になる反面,初心者は,切断者に大きな負担をかけながら歩行分析を実施する可能性が高いことが示唆された.これでは,理学療法士全体の質が低下することに成りかねない. この問題解決のために,本研究の成果を教育方法のひとつとして活用できると考える.設問1で正答した者全てに共通する注視点,停留点及び注視順を抽出し,外側ホイップもしくは側傾歩行に対する歩行観察手順として示すことにより,理学療法士の卒前・後教育の資料として活用できると考える.【理学療法学研究としての意義】 義足歩行分析の教育的なひとつの方法論として,今回の研究成果は活用できると考える.これにより,初心者が外側ホイップもしくは側傾歩行の義足歩行分析を実施する際の有益な情報になることが示唆された.
著者
赤羽 勝司 木村 貞治 宮坂 雅昭 黒沢 誠
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2003, pp.C0077, 2004

【はじめに】スピードスケート競技の競技特性としては,距離に応じた体力要素と技術要素の調和が重要視される.そして体力要素の指標としては,下肢筋力や全身持久力,技術要素としては,スタート,直線,コーナーにおける上半身の姿勢や下肢のスケーティング動作技術が挙げられる.そこで,今回我々は,スピードスケート選手における競技力向上を目的とした陸上トレーニングの指標を検討することを目的として,体力要素としての下肢筋力と技術要素としての片脚保持時の重心動揺特性を解析し,興味ある知見を得たので,ここに報告する.<BR>【対象】日本スケート連盟発表の種目別年間ランキング50位以上の選手7名(男5名,女2名,以下:上位群),51位以下の選手13名(男8名,女5名,以下:下位群)を対象とした.年齢は,上位群が,16歳から18歳(平均16.9歳)で,下位群は,16歳から18歳(平均16.6歳)であった.競技経験年数の平均は,上位群が9.1年,下位群が9.8年であった.研究を行うにあたり,全ての対象者に研究の主旨を説明し,研究協力に対する承諾を得た.<BR>【方法】1)重心動揺の測定:膝伸展位での片脚立位(EP)及び膝屈曲位(スケーティング姿勢)での片脚立位(FP)を各々10秒間保持させた時の重心動揺を重心動揺計(アニマ社製,SG-1)を用いて左右2回ずつランダムに測定した.解析項目は,重心動揺の距離,実効値(RMS),面積(REC-A),集中面積(SD-A)とした.2)下肢筋力の測定:等尺性筋力測定装置(OG技研製,GT-30)を用いて,股・膝関節屈曲90度での最大等尺性膝伸展・屈曲筋力を左右2回ずつ測定した.次に,得られた値を体重で除した体重支持指数(WBI)を算出し,左右比,伸展/屈曲比を求めた.3)統計解析:SPSS(SPSS 11.0J for Windows)を用いて,上位群と下位群における重心動揺と下肢筋力の平均値の差をMann-WhitneyのU検定を用いて解析した.検定の有意水準は5%とした.<BR>【結果】1)重心動揺特性について:左側FPにおけるRMS,REC-A,SD-Aの値は,上位群が下位群よりも有意に低値を示した(p<0.01).2)下肢筋力について:膝伸展筋力及び屈曲筋力ともに,両群間で有意な差は認められなかった.<BR>【考察】スピードスケートの競技特性は,直線滑走とコーナー滑走の反復である.特にコーナー滑走では,左脚の支持性と右脚の駆動力が重要な要素となる.今回の結果において,スケーティングの模擬姿勢である左脚での片脚立位保持時の重心動揺が,下位群よりも上位群において有意に安定していたことは,コーナー滑走技術の高さが競技力に反映されている可能性があると考えられる.以上より,スピードスケート選手の競技力向上を目的とした陸上トレーニングの1つとして,スケーティングの模擬姿勢での左脚を中心とした静的片脚保持能力を高めるようなアプローチを工夫していくことが重要であると示唆された.
著者
小西 貴 目島 直人
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.34 Suppl. No.2 (第42回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A1254, 2007 (Released:2007-05-09)

【はじめに】 日々の臨床で治療を展開していく際に局所に問題点をしぼらず,全身的に評価し治療していくことが重要であることはいうまでもない.筆者は慢性閉塞性肺疾患の対象者に仙腸関節の関節モビライゼーションを施行すると,酸素飽和度や胸郭の動きが改善し,呼吸苦が減少する場面に多々遭遇する.そこで今回,仙腸関節が呼吸機能の目安となる胸郭拡張差に及ぼす影響について検討し,若干の知見を得たので考察を踏まえて報告する.【対象と方法】 本研究の趣旨を十分に説明し,賛同を得た健常男性11名(平均年齢28±2.6歳)を対象とした. 方法としては次の通りである.まず,仙腸関節の関節モビライゼーション施行前後で最大吸気を行ってもらい胸郭拡張差を測定した.胸郭の周径は1.腋窩レベル,2.剣状突起レベル,3.第10肋骨レベルで計測した.仙腸関節モビライゼーションは左右の仙腸関節にうなずき運動,起き上がり運動を3回ずつ行った.以上の方法で得た胸郭拡張差を端坐位にてメジャーで計測して仙腸関節モビライゼーション前後の差を検出し,そのデータをt検定にて比較した.【結果】 被験者全員に腋窩レベル,剣状突起レベル,第10肋骨レベルで胸郭の拡張が認められた. 仙腸関節のモビライゼーション前後で上記1.~3.のレベルのそれぞれで胸郭拡張差の有意差が認められた(p<0.05).【考察】 仙骨のうなずき運動が生じると第5腰椎は伸展する.腰椎が伸展運動を起こすと横隔膜の腰椎部である右脚と左脚が下方へ伸張され,横隔膜全体は下方へ牽引される.よって,横隔膜の下降とそれに伴うドームの平坦化によって,胸郭の垂直径を増やす.また,横隔膜の下降によって,腹腔内容の圧縮,腹横筋のような伸張された腹筋群の他動的張力による腹腔内圧の上昇によって抵抗される.腹腔内圧の上昇は,下部肋骨を側方へ拡大させる.腹腔内圧の上昇によって一旦固定されると引き続いて生じる横隔膜の肋骨線維の収縮により下位と中位の肋骨が挙上される. また,仙骨の起き上がり運動により寛骨は外旋‐内転する.それに伴って,大腰筋は緩んだ状態となり,大腰筋と筋連結をもっている横隔膜も弛緩する. よって,仙骨のうなずき運動により横隔膜全体は下方へ牽引され,仙骨の起き上がり運動により弛緩が促されることになる.これは仙骨のうなずき‐起き上がり運動により横隔膜の収縮‐弛緩がスムーズに行われるようになっているのではないかと思われる.
著者
光村 実香
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】近年,医療技術の発展やQOLの観点から小児領域において医療ケアを受けながら在宅生活を送る患児・者が増加している。そのため訪問リハビリテーション(以下,訪問リハビリ)でもその必要性が重視されているが,多くの訪問リハビリに携わる療法士は小児未経験ゆえ,受け入れが困難な現状が問題視されている。そこで本研究は,訪問リハビリで療法士が患児とどのようにコミュニケーションをとりながらリハビリテーション(以下,リハビリ)を展開しているかを明らかにすることを目的として行った。【方法】対象者はスノーボールサンプリング法により抽出された小児訪問リハビリ経験年数半年~15年のPT3名(女性1名,男性2名),OT3名(女性1名,男性2名)である。調査期間は2013年10月~11月であった。小児の訪問リハビリを行うことになった経緯や小児訪問リハビリで大切にしていること,それまでの経験と異なり困ったことや工夫していることなどを質問項目としたインタビューガイドを作成し,半構造化面接を行った。面接時間は約60分,インタビュー内容はICレコーダーに録音し,インタビュー終了後,逐語録におこした。分析は,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を用いて,概念やカテゴリーを生成し結果図を作成した。【倫理的配慮,説明と同意】研究説明書を用いて研究目的・方法,研究協力棄権での不利益を受けないこと,個人情報の保護,費用負担の有無等について説明を行い,同意書の署名をもって研究参加の承諾とした。本研究は金沢大学医学倫理審査委員会の承諾を得て実施した。【結果】【カテゴリー】7,「概念」13を抽出した。小児訪問リハビリに携わる前に病院・施設等で小児経験者か否かで小児訪問リハビリ介入初期時の気持ちが異なり,小児経験者はそれまでの病院・施設等での経験から「外来・施設でのリハビリの先」として児の生活に直結する関わりを意識して訪問リハビリに携わるが,小児未経験者は「小児未経験からの不安」な気持ちを持ちつつ訪問リハビリに携わる。しかし,在宅での生活を主体としたリハビリを展開するうちに,リハビリの中で獲得する機能が「家族にとって役立つこと」が重要で【訪問リハビリも生活の一部】と認識する。また学校を卒業した後の人生も視野に入れ「生活から将来像を想い」,他者とつながるためのコミュニケーションがちゃんととれるように意思・気持ちを伝える表出方法を確立することが必要であると強く感じる。そのためにまずは【つながる力を信じる】ことで,抱っこや姿勢の評価から児の「動ける身体部位に目星をつける」と同時に身近な話題をもとに「絶妙な間」と「問いかけを繰り返す」中から目星を付けた部位の反応が正確であるか,表出手段として的確かなどを見極める。この関わりを通し【つながる瞬間】を感じたら【つながる力を育む】ために「つながるチャンスの創設」として,生活の中で家族とテレビを見ながら,兄弟と一緒に遊びながら表出できる場面をリハビリの中で作り出す。また表出をより明確な反応として捉えるために道具やモノを利用して「つながる力を具現化」する。さらに「つながる方法を母になげかける」ことで児の一番身近な存在に表出方法やその特徴を伝え,効率的に他者へ伝達されるように仕向ける。この時に「母の体調やメンタル面を気にかける」ことで,母親から伝わる児への影響に配慮する。しかし,療法士を中心とした関わりでは訪問頻度や時間的制約により【訪問リハビリでできることの限界】を感じ,「誰でもできるやり方」を確立し,社会の一歩である「学校の先生との関わり」を通し【関わりの輪を広げる】。これにより,児自身が自発的に動く機会が増え【身体レベル,自己表現力アップ】が達成されていく。つまり,小児訪問リハビリで療法士が患児の表出を意味づけるプロセスとは,療法士が患児とその家族に寄り添いながら,社会とのつながりを紡ぎだすことであった。【考察】小児経験の有無により療法士の訪問リハビリ介入初期時に気持ちの差異があるも,訪問リハビリそのものが生活の一部であると認識すると同じプロセスを辿ることが分かった。また児の表出能力を療法士の経験や感覚だけではなく,身体機能から評価し,機能として獲得・向上させていくことが示された。小児訪問リハビリでは,生活はもとより将来像を見据えながら児の人生や社会とのつながりを意識しながら関わることが重要であると考える。【理学療法学研究としての意義】今後の在宅小児分野の発展と啓蒙,新人教育に役立て,生活支援系理学療法学の一助になる。
著者
今 絵理佳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Cb0742, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 腰痛治療に用いられる腰痛体操については数多くの研究がされているが、その多くは背臥位や腹臥位で行うストレッチや筋力強化運動である。従来からの腰痛体操による体幹筋力強化法は主に表在筋を鍛えるものであり、疼痛の強い者や脊椎の変形が高度な高齢者では運動肢位を取ることが困難であり負荷量も強いため、実際の臨床現場では実施に難渋する例が多い。近年では、腰痛患者においては多裂筋の筋萎縮や機能不全が発症早期よりみられることが示されており、多裂筋など深層筋による脊柱の支持性を向上させる目的とした腰部脊柱安定化エクササイズ(以下、安定化エクササイズ)が幅広く実施されている。安定化エクササイズの中で、高齢者でも実施可能なものとして四つ這い位でのエクササイズが推奨されており、その体幹筋活動量について多くの報告がなされている。しかし、何れも健常成人における結果の報告であり、高齢者を対象とした安定化エクササイズ中の筋活動量については一定の見解は得られていない。本研究では、健常成人と健常高齢者を対象として、四つ這い位で行われる従来の安定化エクササイズ中の体幹筋活動の関連性を比較検討し、高齢者に対するより効果的な多裂筋の筋力強化方法を明らかにすることを目的とした。【方法】 腰部に整形外科的異常を認めない健常成人男性20名(平均年齢22.0±2.5歳)、健常高齢男性10名(平均年齢69.8±5.1歳)を対象とした。表面筋電計Noraxon社製Myo-Research-XPを用い、安定化エクササイズ中の多裂筋部(L5)、上・下部脊柱起立筋部(Th12、L3)の筋活動量を測定した。なお、予備実験により本研究で得られる筋活動量には左右差が無いことを確認し、全て右側の筋活動量を1,000Hzで導出した。運動課題は、被験者には四つ這い位の上下肢挙上、上半身をベッドで支持した四つ這い(以下、支持四つ這い)での下肢挙上をそれぞれ3回ずつ5秒間行わせた。各筋からの筋電位を導出し、整流化した後、波形の安定した中間の1秒間について積分しIntegrated Electromyography(IEMG)とした。IEMGは、Danielsらの徒手筋力検査法のNormalの手技を各筋の100%MVCとし、各エクササイズ時の%MVCを算出した。統計学的処理は、各エクササイズ時の%MVCの比較には分散分析、健常成人と高齢者との比較は差の検定を用い、全て有意水準を5%として検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 研究の目的と内容を対象者に説明し、文書により同意を得た。また、収集したデータは個人が特定されないよう配慮した。なお、本研究は埼玉県立大学倫理委員会の承認を得て実施した(第23712号)。【結果】 健常成人において四つ這い位では右下肢挙上や左下肢と右上肢の同時挙上と比較し、右下肢と左上肢の同時挙上の方が多裂筋の高い筋活動が認められた(p<0.05)。 健常成人の上部脊柱起立筋においては右下肢挙上と右下肢と左上肢の同時挙上の方が左下肢と右上肢の同時挙上より低い値を示した(p<0.05)。一方高齢者においては多裂筋、脊柱起立筋部ともエクササイズによる有意差は見られなかった。また、通常の四つ這い位での右下肢挙上と比較し、支持四つ這い位での右下肢挙上の方が、健常成人、高齢者ともに多裂筋部の高い筋活動が認められた。通常四つ這いでは健常成人43.7±17.5%、高齢者53.3±15.7%であり、支持四つ這い位では健常成人55.8±19.2%、高齢者64.0±17.6%であった(p<0.05)。健常成人では上部脊柱起立筋部において支持四つ這い位での右下肢挙上の方が有意に低い値を示した(p<0.05)。一方高齢者ではエクササイズによる有意差は見られなかった。【考察】 先行研究においては、健常成人の多裂筋部の四つ這い位での右下肢と左下肢の同時挙上は約30~48%MVCとされており、本研究で用いた支持四つ這い位ではそれ以上の高い筋活動が示された。 このことは、上半身を支持することで、脊柱起立筋の活動が抑えられ深層筋である多裂筋がより選択的に収縮することにより、安定性を一層高めることが可能であると考えられる。この結果は、姿勢が安定することにより目的とした深部筋活動がより発揮し易くなることが複数幾つかの研究でも示されており、表在筋による支持が減少した分、深層筋である多裂筋部の活動が高まったためと考えられた。【理学療法学研究としての意義】 高齢者では上半身を支持することで姿勢を保持することが容易となり、表在筋である脊柱起立筋の活動が抑えられて深層筋である多裂筋の筋活動が高められ、安全で効果的な安定化エクササイズが実施可能となる。