著者
佐藤 忠雄 清水 雅子 渡辺 一
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.585-586, 1956-09-20

においのある物質の溶液,たとえばサルバルサン,カンフル,ビタミンB1等の溶液を鼻からかいでみると,それぞれ特有のにおいを感じる。これは即ち鼻性(呼吸性)嗅覚である。一方これらの溶液を静脈内に注射すると7〜8秒後に同様ににおいを感じ,しかも鼻からかぐ場合よりもより強く感じることは既に知られているところである。静脈注射によつてどうして嗅覚が起るかというと,これらの物質のにおいが気道(主として肺)から放散され,これが呼気に混じて主として後鼻孔から鼻腔に送られ嗅神経末梢を刺戟するために嗅覚を起すと考えるのが常識的な考え方である。このことについては既に1916年にForschhei—merがネオ・サルバルサンを静注すると,注射されたサルバルサンのにおいが呼気に混じて出て,来て,これによつて嗅覚が惹起されると述べている。ところが1930年にBedntär, Langfelder等は静脈注射によつて起る嗅覚は,静脈内に注射されたにおいのある物質—嗅素—が血行中で直接に嗅神経末梢に到達しこれを刺戟するために起るものであるという説を提唱した。彼等はこれを血行性嗅覚(或は静脈内性嗅覚)と呼び,従来考えられている嗅覚,即ち呼吸性(或は鼻性)嗅覚とは全然別に存在するものであると主張した。1938年,石川はこれを追試して両氏の説に賛成し,嗅覚は鼻性と血行性の二つに大別しうるということを述べている。我々は嗅覚障碍の治療法として水溶性カンフル(ガダミン)の静脈注射療法を試みた際,たまたまこの血行性嗅覚の存在について疑念を抱いたので,これを検討した結果,血行性嗅覚なるものは存在せず,所謂血行性嗅覚と考えられたものは普通の鼻性(呼吸性)嗅覚にほかならぬという結論に達したのでここに報告し,諸賢の御批判を仰ぎたいと思う。 Bednär, Langbelder等が血行性嗅覚の存在を主張する根拠は何処にあるかというと,それは彼等の行つた次の如き実験の結果によるものである。即ち彼等は被検者として嗅覚正常なものを選び,鼻腔に流動パラフィンを浸したタンポンを施し,先づ鼻性嗅覚の存在しないことを確かめたのちネオ・サルバルサン溶液,カンフル溶液,再餾テレピン油等を静注すると,それぞれ特有の嗅感覚を認識した。従つてこの際起る嗅覚は鼻性(呼吸性)嗅覚とは無関係の全く別種の嗅覚であつて,これは血行性に直接嗅神経末梢部に到達して起る嗅覚であるから血行性嗅覚であると考えたのである。しかしこの実験では完全に鼻性(呼吸性)嗅覚を除外したとは言えないのである。何故ならば,鼻腔はタンポンによつて遮断されているから,呼気の大部分は口から出るけれども,その一部が後鼻孔から入つて鼻腔の後部から上昇し嗅神部に到達しないとは断言出来ないからである。(嗅神部の全部をタンポンガーゼで覆うことは不可能である)従つて,鼻腔にタンポンを施して鼻呼吸を遮断しておいてもなおかつ嗅覚が起るからこれは血行性の嗅覚であると断定するのは早計であるといわざるを得ない。そこで我々はもつと完全に鼻呼吸を除外してもなおかつ嗅覚(所謂血行性嗅覚)が起るか否かについて実験した。
著者
八尾 隆史
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.694, 2017-05-24

肉芽,肉芽腫の定義 肉芽は毛細血管に富んだ新生結合組織(幼弱な結合組織)であり(Fig. 1),肉眼的に顆粒状の盛り上がりを示すためgranulation tissueと呼ばれる. 肉芽腫という言葉は,もともとVirchow(1865年)が肉芽から成る限局性の腫瘤あるいは腫瘍という意味で用いたが,現在では炎症性のものを指している.肉芽腫には,普通の肉芽から形成されるものと,マクロファージないし類上皮細胞(腫大した組織球)の結節状増殖から成るものがある.後者は①サルコイドーシス型,②結核型,③偽結核型,④異物型の肉芽腫,⑤Aschoff結節(リウマチ熱での心臓の肉芽腫),⑥リウマトイド結節(関節リウマチで出現)に分類される.これらのうち,結核型は乾酪化,偽結核型(エルシニア腸炎など)は膿瘍化,リウマトイド結節は類線維素壊死という特徴的な中心壊死を伴う.膿瘍の定義 膿瘍は,臓器組織の内部で起こる限局性の化膿性炎症で,炎症局所の組織が崩壊した好中球から遊離される各種の分解酵素の働きで融解し,膿が貯留した病巣である(Fig. 3).
著者
中島 實 安間 哲文 石島 亨
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.97-101, 1949-03-15

緒言 1916年Smithが腦下垂體を摘出すると蛙の體色が白變することを發見し,Alten,Swingle等によつて腦下垂體に色素細胞を擴張させる物質即ちメラノフオーレンホルモン(以下MHと略す)の存在が確認された。1933年JoresはBi-rch-Hirschfeld光神計を用い,MH點眼後12〜15分で暗順應時間が著しく短縮され且疲勞が少く明瞭に見える樣になると報告し,その追試によりScardacioneは賛成し,Bugchkeは反對した。其後Joresは40回の點眼で34回の陽性成績を得て再び自説を強調している。尚彼が自説の裏付けに舉げている諸點は:1)夜間活動する動物例えば猫では腦下垂體アセトン乾燥末1mg中にMH3.0單位を含むのに,鶏では僅かに0.05,人間では0.2,モルモットでは0.8である。2)同じ動物でも明所よりも暗所に置いた方がMH含量が増加する,即ち家兎の血液1立中に含まれるMHの單位は明0.075,暗0.32,眼では明0.028,暗0,065,房水では明0,暗0.0013である。3)MH注射,浸漬等により蛙網膜色素の暗位移行を人爲的に起すことが出來る等である。 私共は昭和18年6月から19年末に亘り,夜間視力増強の試みとして,青山科學研究所伊藤正雄博士指導により作製されたMHを使用して次の樣な成績を得た。
著者
佐藤 裕
出版者
医学書院
雑誌
臨床外科 (ISSN:03869857)
巻号頁・発行日
vol.61, no.9, pp.1250-1251, 2006-09-20

わが国で創縁切除と訳されている「Débridement(フランス語の発音表記でデブリードマン,英語表記ではデブリドメント)」は「debrider」に由来しており,本来はフランス語起源の医学用語である.その語源を英々辞典で繙くと,「de」は否定を表す接頭語の「un」と同じであり,「bride」は本来は「bridle(拘束する,轡をかませる)」であることから,「débridement」はすなわち「unbridle」のことで,その意味するところは「to remove a bridle」ないし「to remove a constraint」である.ゆえに日本語では「拘束を解く,手綱を緩める,解放する」ことを表す.つまるところ,その名詞形である「débridement」が意味するのは,外科的見地からすると単に「創を開放すること」である.現在でもフランス(語圏)の外科医は「デブリードマン:débridement」という言葉の由来に忠実に「切開して締めつけを解くこと(removal of constriction by incision)」という意味で使っているようである.このことは現在においても「膿瘍を切開する」ことを「debrider un abces」すなわち「incise an abscess」と言うことからも窺える. その後,特に英語圏では「創を切除すること=wound excision」や「挫滅して活力のない組織を切除すること=removal of all obviously devitalized tissue, removal of nonviable tissue」という意味に変化してきて,今日一般的に理解されているような「デブリードマン」の概念が定着してきた.また今日,化学薬剤や酵素剤を用いたデブリードマンも行われるようになってきているが,最近になって,糖尿病性壊疽患者の難治性潰瘍にウジを這わせることで壊死組織を蚕食させて,創傷治癒を促進しようとする「医療用無菌ウジ療法(maggot débridement therapy:以下,MDT)」が脚光を浴びつつある.このMDTは「biodebridement」ないし「biosurgery」とも呼ばれて,その有用性から欧米諸国において「世界最小の外科医」と評価されるようになっている.
著者
安田 文世
出版者
医学書院
雑誌
臨床皮膚科 (ISSN:00214973)
巻号頁・発行日
vol.70, no.10, pp.811, 2016-09-01

アトピー性皮膚炎や喘息などのアレルギー疾患は,寄生虫感染が蔓延していた頃にはほとんど存在しなかったといわれる.これは寄生虫に対するIgE抗体反応が誘導されることにより,他の外来抗原への反応が抑制されるためと説明されてきた.本論文では,寄生虫感染そのものではなく,寄生虫感染により変化した腸内細菌叢が,アレルギー反応を抑制することが示された. マウスに寄生虫を感染させた上で,ハウスダストによる気道アレルギー反応を誘発させ,その反応の大きさの変化を,気管支肺胞洗浄液中の好中球数,IL-4値,IL-5値,ハウスダスト特異的IgG1値,肺の組織変化などで評価した.結果は寄生虫感染させたマウスのほうが,感染させてないマウスに比べ有意にアレルギー反応が抑制されていた.一方,寄生虫には直接効果のない抗生剤を予め投与したマウスでは,寄生虫を感染させてもアレルギー反応は抑制されなかった.ところが,予め抗生剤を投与しておいたマウスを,寄生虫感染したマウスと同じケージで飼育すると(寄生虫はマウスからマウスへ感染しないが,腸内細菌はマウスからマウスへと感染する),アレルギー反応が抑制された.すなわち,寄生虫感染自体ではなく,寄生虫感染により変化した腸内細菌がアレルギー反応を抑制することが明らかとなった.アレルギー反応が抑制されたマウスでは,腸内細菌由来の短鎖脂肪酸の濃度が上昇しており,短鎖脂肪酸の免疫機能への作用を媒介するGPR41受容体を欠損させたマウスでは,寄生虫感染によるアレルギー抑制効果が消失した.さらにはブタやボランティアのヒトに寄生虫を感染させると,腸内の短鎖脂肪酸産生が上昇することが示された.膨大な実験をもとに寄生虫感染がアレルギーを抑制する機構を明らかにした,大変興味深い論文である.
著者
稲次 基希 前原 健寿
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.986-993, 2021-09-10

Point・頭部外傷後1週間以内の早期発作は急性症候性発作であっててんかんではなく,1週間以降の晩期発作を認めたものがてんかんとして扱われる.・急性期の抗てんかん薬の予防投与は推奨されているが,慢性期の予防投与は否定されている.・てんかん重積状態は予後を悪化させるため,積極的な診断・治療が必要である.特に非けいれん性てんかん重積では持続脳波モニタリングが有用である.
著者
松下 和彦 松本 浩 鳥居 良昭 仁木 久照
出版者
医学書院
雑誌
臨床整形外科 (ISSN:05570433)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.327-332, 2018-04-25

黄色ブドウ球菌は骨芽細胞内に侵入できる! これまで,黄色ブドウ球菌は骨基質やインプラントの表面に定着してバイオフィルムを形成するなど,宿主(ヒト)の細胞外のみで増殖できる細胞外寄生菌とされてきた1).しかし,黄色ブドウ球菌はヒトの細胞内でも増殖できる細胞内寄生菌でもあるとのin vitroの報告が散見され,骨芽細胞内にも侵入し増殖することが確認されている1-4).一方,セファゾリン(CEZ)などのβ-ラクタム系薬は,細菌の細胞壁の合成を阻害することで抗菌作用を発揮する.したがって,ヒトの細胞は細胞壁がないため,β-ラクタム系薬はヒトの細胞には作用せず安全性が高いとされてきた.その反面,β-ラクタム系薬は細胞壁のないヒト細胞内への移行が不良で,細胞内寄生菌に対する抗菌活性は劣るとされている5).黄色ブドウ球菌が骨芽細胞内に寄生できるとすると,黄色ブドウ球菌による骨感染症では骨芽細胞内移行性がよい抗菌薬を選択する必要がある.骨芽細胞内への移行性を考慮した抗菌薬の選択について解説する.
著者
蝦名 玲子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.416-420, 2021-06-15

はじめに 先月号では,緊急時ならではの情報提供の特徴として,1)厳しい時間的な制約があり,2)情報も不十分ななかで,リスクやその管理方法についての説明をしなくてはならず,3)加えて,時間の経過とともに変化する状況に合わせて,リスク説明の内容も変わることを挙げた. こうした特徴がありながらも,COVID-19パンデミックの初動期に素晴らしいクライシス・緊急事態リスクコミュニケーション(Crisis and Emergency Risk Communication:CERC)を取ったことで,9割近くの国民の信頼を獲得し1),スポークスパーソンがアーティスト達から数々のラブソングを贈られたニュージーランド政府を例に,「CERCの6原則」を紹介した. わが国でもこのようにCERCを成功させたいものである.ニュージーランドのケースから,記者会見(ブリーフィングを含む)を有効に活用していたことが分かるが,今月号では,緊急時に日々の記者会見が欠かせない理由とスポークスパーソンの選定基準について,掘り下げていこう.
著者
川勝 忍 小林 良太 林 博史
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.849-856, 2015-10-15

はじめに 1994年,LundとManchesterのグループにより16),前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia;FTD)の臨床的および神経病理学的診断特徴が発表されて以降,その臨床研究や病態解明に関する研究が大きく進展し,現在では進行性非流暢性失語(progressive nonfluent aphasia;PNFA)と意味性認知症(semantic dementia;SD),前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration;FTLD)として全体の概念がまとめられている4)。それ以前より,我が国では,FTDの原型であるピック病について,ドイツ精神医学の流れを汲む神経病理を専門とする精神科医が,アルツハイマー病との対比を含めて注目してきた。2006年のtransactive response DNA-binding protein 43kDa(TDP-43)の発見により,FTLDは,蓄積する異常蛋白の種類によって,疾患分類が明確化され,タウ蛋白が蓄積するタイプ(FTLD-tau)とユビキチンのちにTDP-43が蓄積するタイプ(FTLD-UまたはFTLD-TDP)の2つが大部分を占めることが分かってきた。そして,TDP-43は,FTLDと筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)とに共通して蓄積する蛋白であり,これらの疾患が連続する1つのスペクトラムをなしており2),運動ニューロン疾患(motor neuron disease;MND)を伴う前頭側頭型認知症(FTD-MND)はその中心に位置する重要な疾患であり,日本の研究者がその病態解明に果たした役割が大きい。FTD-MNDは,臨床的にも精神医学と神経内科学に跨がる境界領域であり早期診断が難しい疾患である。認知機能障害や行動異常に目を奪われている間に,筋萎縮,嚥下障害へと急速に進行してから初めて気付かされることも多い。予後としてもいずれ呼吸筋麻痺にて死に至るため,正しい診断が不可欠である。また,FTDの場合と同様に,FTD-MNDでもFTD症状が,うつ状態,躁状態,心気症状などとして扱われてしまう可能性もある。ここでは,FTD-MNDについて現在の知見を概説し,典型例を呈示して診断の注意点について述べたい。
著者
光根 美保 守永 里美 藤内 美保 宮内 信治 阿南 みと子 財前 博文
出版者
医学書院
雑誌
看護研究 (ISSN:00228370)
巻号頁・発行日
vol.48, no.5, pp.452-455, 2015-08-15

はじめに 超高齢社会を迎え医療ニーズが多様化するなかで,2025年に向けた在宅医療の推進が積極的に行なわれている。このようななか,地域医療を担う訪問看護ステーションにおける診療看護師(Nurse Practitioner;以下,NP)の役割は重要である。 筆者は訪問看護ステーションで活動しているが,在宅医,クリニックの医師はもちろん,介護支援事業者やヘルパーステーション,通所・入居施設,行政,ボランティア,NPO法人など,多くの組織と連携を強化することを心がけている。これは,個々の病態や生活スタイルに合った生活,また終末期を含めて,急変時・緊急時でも利用者・家族が安心して在宅療養ができること,そして生きる希望をもって日々暮らせるように,対象者と日々向き合う活動をめざしているからである。 2011年度から2014年度まで,厚労省の業務試行事業やプロトコール検証事業に参加し活動した。そのなかで,在宅療養者に新たな症状が出現したり,急な症状の悪化に対応することが少なくなかった。NPとしてその場で判断し,医師の包括指示のもとでタイムリーに特定の医行為を実施し素早く対応するとともに,対象者とその家族にそのつど丁寧に病態を説明することで,信頼関係が深まっていると実感する経験が何度もあった。 日々の訪問時に問診やフィジカルアセスメントを行ない,採血や画像データなどの検査所見を常に把握し,主治医に病状を報告したり,予測される病態を確認し身体状況を詳細に把握していることは,急変時の判断や対応に非常に役立つ。在宅療養を行なう対象者・家族が,急に状態が悪化した場合や終末期などの最も不安な場面で,タイムリーな対応や素早く問題解決に導くことが,在宅療養の継続につながると考える。 重症者や急変しやすい患者,さらに終末期患者においても在宅療養を行なえるように訪問看護を続けているが,在宅医療にかかわるNPの人数はまだ少ないため,訪問看護ステーションにおけるNPの活動によって何が変化し,どのような成果が出ているのか,十分に示せていない状況である。そこで今回,訪問看護関連報酬に注目し,当訪問看護ステーションにおけるNP導入前後の変化の実態調査を行なった。誌面の都合によりその一部を報告する。
著者
野村 恭也
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.370-371, 2004-05-20

Ondine's curseという演題がはじめて医学会で発表されたのは,1962年1月26日のこと,学会はWestern Society for Clinical Research(Carmel, California),発表者はSeveringhausとMichellであろう。彼らは覚醒時に長時間にわたって無呼吸となるが,意識すると呼吸ができる3例を報告し,これは延髄のCO2化学受容体の障害によるものであろうとした。演者は,この症状をはじめて記載したのはドイツの伝説で,水の精オンディーヌが夫から呼吸の自律機能を奪い,意識しないと呼吸ができないようにしたと述べている。睡眠時無呼吸症候群の中枢型である。 そのオンディーヌの呪いとはそもそも如何なるものであったのか。拙著「聴脳力」を書くときに調べた資料では次のようなストーリーであった。すなわち,オンディーヌは湖水の近くで見かけた美男の若い騎士ローレンス卿と結婚するが,ローレンス卿は結婚に際して自ら,「目覚めているあいだ,息をするたびにあなたへの愛と忠節を誓いましょう」とオンディーヌに言った。しかし年が経ち,オンディーヌとの間に子供ができ,彼女の美貌が衰えてきた頃ローレンス卿は彼女を裏切ったのである。オンディーヌは夫に向かって「あなたは目覚めているあいだ,息をするたびに私への忠節を誓うと約束しました。しかしその誓いを破りましたから目覚めているあいだは息ができるが,一度でも眠ったら息は止まり死ぬでしょう」と呪いの言葉を浴びせたのである。彼女にはまだこれを実行するだけの魔力が残っていたのである。もとはといえば卿が自分で誓った言葉であり,オンディーヌはそれを忠実に実行したということになる。
著者
大槻 紘子 山崎 友昭 黒崎 尚子 須賀 正伸 柴田 由理 後藤 渉
出版者
医学書院
雑誌
理学療法ジャーナル (ISSN:09150552)
巻号頁・発行日
vol.43, no.7, pp.635-640, 2009-07-15

要旨:労災事故による利き手の手関節部離断後,クルッケンベルグ法による手術を行った症例に対して,理学療法を行う機会を得た.クルッケンベルグ法とは,前腕を橈骨と尺骨の間で2つに分け,ピンセットのように物を挟めるようにする機能再建術で,特異な外観により適応が限定されていたが,機能的に優れているため,近年は片側前腕切断例でも行われている.今回,断端の開閉動作に必要な筋収縮を得ることを目的として筋電図バイオフィードバックを用いた結果,症例の希望する両手の日常生活活動(activities of daily living:以下,ADL)が自立に至った.治療開始時には医療サイドは義手を検討していたが,症例は特異な外観に抵抗がなく,当初から手術を勧めた場合にはより早期にADLの自立が可能だったとも考えられ,目標設定に関して反省点も残った.
著者
加藤 元博
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.19-29, 2015-01-01

50年前に発生したわが国最大規模の炭坑爆発事故による重篤な一酸化炭素中毒患者24名の臨床像を記載した。被災時,全例に意識障害があり,その持続時間は遷延期の症状度とよく相関した。意識障害回復後に全例が著しい健忘症候群と自発性低下を示した。神経学的には錐体外路徴候が目立ち,さまざまな失認・失行を認めた。この失認・失行は改善傾向に乏しく,知的障害とともに遷延期における後遺症として,日常生活障害の原因となった。
著者
門馬 久美子 前田 有紀 梶原 有史 森口 義亮 酒井 駿 野間 絵梨子 高尾 公美 田畑 宏樹 門阪 真知子 鈴木 邦士 千葉 哲磨 三浦 昭順 堀口 慎一郎 比島 恒和
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.530-543, 2020-05-24

●「考える内視鏡診断」のポイント・スクリーニング検査時に,良性腫瘍に関する予備知識があれば,腫瘍発見時の対応,適切な方法での組織採取が行える.・内視鏡検査にて隆起性病変を認めた場合は,存在部位,形態,表面性状,色調,硬さ,透光性,可動性,大きさ,個数,びらんや潰瘍形成の有無などを観察し,必要があればEUSの所見も加え,質的診断を行う.・最終的には,病理組織学的な診断が必要であるが,上皮が滑って生検しにくい場合は,ボーリング生検あるいはEUS-FNABにて,腫瘍本体を採取する.特に,2cmを超える腫瘍では良悪性の鑑別が必要である.・画像だけでは診断できないGIST,平滑筋腫,神経鞘腫の鑑別には,c-kit・desmin・S-100蛋白の3種類の免疫組織化学的検査が必要である.
著者
栗林 志行 保坂 浩子 中村 文彦 中山 哲雄 中田 昂 佐藤 圭吾 關谷 真志 橋本 悠 田中 寛人 下山 康之 草野 元康 浦岡 俊夫
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.308-315, 2020-03-25

要旨●食道アカラシアは,EGDで拾い上げが可能であることが多いものの,治療選択に関わるサブタイプの診断は困難である.また,その他の食道運動障害では内視鏡検査時に異常所見を認めることはまれである.食道X線造影検査は食道運動障害の拾い上げに有用であるが,やはり食道アカラシアのサブタイプやその他の疾患の診断には,食道内圧検査,特にHRM(high-resolution manometry)が欠かせない.食道アカラシアをはじめとする食道運動障害の診断では,EGDや食道X線造影検査,HRMなどの検査所見を総合的に評価することが必須と考える.
著者
畑 佳孝 濱田 匠平 和田 将史 池田 浩子 小森 圭司 荻野 治栄 伊原 栄吉
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.316-326, 2020-03-25

要旨●高解像度食道内圧検査(HRM)の開発によって食道運動機能の詳細な評価が可能となり,HRMに基づく食道運動異常症(EMD)の国際分類であるシカゴ分類が提唱されたことで,機能的な食道疾患が注目されるようになった.EMD診断のゴールドスタンダードはHRMであるが,いまだ検査可能な施設は限られており,EMDを拾い上げる検査として食道X線造影検査に期待される役割は大きい.本稿では食道X線造影所見を,正常,数珠様・コークスクリュー様,波様,蠕動波なしに分類し検討した.食道X線造影所見のみでEMDの各疾患を鑑別することは困難であったが,EMD全体の拾い上げに対する食道X線造影検査の感度(73.3%)と特異度(92.7%)は満足な結果であった.加えて,中下部食道憩室がEMDを疑う重要な所見の一つであることに留意が必要である.
著者
南 ひとみ 井上 晴洋 佐藤 裕樹 川﨑 寛子 山本 浩之 荻原 久美 中尾 一彦
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.327-332, 2020-03-25

要旨●食道アカラシアおよびその類縁疾患の診断および治療は,近年新たな低侵襲治療の内視鏡的食道筋層切開術(POEM)やhigh resolution manometryが登場したことによって飛躍的に進歩した.運動機能の異常である本疾患群は,形態学のみでは診断困難な場合も多く,内視鏡の典型像を知る以外にも,食道X線検査や食道内圧測定などの検査所見から総合的に病態を把握することが重要である.本稿では,食道アカラシアや遠位食道痙攣,jackhammer食道などの食道運動機能障害の内視鏡所見について概説する.
著者
土肥 豊
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1068-1069, 1976-08-10

脳卒中後の片麻痺患者に対して,失われた四肢の機能回復をはかるために各種の運動訓練を行わせることは,麻痺に陥った四肢に対してはもちろん,患者の全身的なコンディションをととのえるためにも極めて必要なことである.しかしながらその反面,本症患者は極めて多種のリスク要因をかかえていることもまた忘れてはならない重要な事柄である.動脈硬化症,高血圧,あるいはそれに由来する虚血性心疾患,顕性あるいは潜在性心不全,腎機能障害,老人性肺気腫による慢性呼吸機能不全など,いわゆる老年病とよばれるもののさまざまな病態が併有されていたり,あるいは若年者においては,心臓弁膜症その他の基礎疾患を有していることが,むしろ通例だからである.しかも,このような疾患を有する患者に対して,相当程度の身体的負荷を与えることを余儀なくされるところに,本症のリハビリテーションのむずかしさがあり,十分なリスク管理が必要とされる理由もここにある. さて,本症のリハ訓練に際して,リスク管理上注意をはらわねばならぬ病態生理学的な異常は,上述のように極めて多彩であり,そのすべてについて述べることは限られた誌面の中ではとても不可能であるので,本項では主として心臓に関連した問題のみをとりあげて述べることとする.