著者
田中 雅一
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第47回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.6, 2013 (Released:2013-05-27)

本発表では、日本人の女性セックスワーカーへのインタビュー・データをもとに、客と恋人の区別に注目することで、セックスワークという仕事の性格について考察する。2012年11月までに行ったセックスワーカー11人へのインタビューをもとに、セックスワーカーの恋人観、恋人と客とを区別するような行為や言説、客が恋人になる過程や葛藤を明らかにする。これによってこれまでのセックスワーク論批判を吟味する。
著者
松田 素二
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:00215023)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.205-226, 1997

文化相対主義は, 異文化と向き合うための強力な実践的行動指針を私たちに提供してきた。それは, 異文化接触の現場において, 私たちが「非人間的」であると感じる慣習に直面しても, それを無条件に容認すべきという不干渉の哲学であり, 異文化の慣習に直面した個人は, 理性的であるならば受容的に反応すべきという寛容の道徳としてあった。この寛容と不干渉の道徳律を支えてるのが, 共約不可能性のテーゼであった。自文化と異文化のあいだに, 普遍的心性とか人間本性という絶対項を設定することなく, 二つの文化を共約することは不可能なのだろうか。これに対して, 「可能である」という実践をしていたのが, 日本の初期アフリカニストたちであった。彼らは, 異なった者同士がその垣根をそのままにして, その間を跳躍して通交できるという実感をもった。彼らの「実感による通交」論は, いっけん極めて粗暴な議論にみえる。それは丸山真男が批判した, 日本文化の伝統に付随した「合理的ロゴスへの直反発と感覚的なるものへの傾斜」そのものだからだ。しかしながらこうした「実感信仰批判」にもかかわらず, 実感的異文化通交の可能性は指摘できる。一つは, 共約不可能性から出発しても両者の会話を促進することができるという認識である。しかしそれはたんに, 切断された二つの世界の住人が, 相互に語りの主体となって対話を積み重ねる過程にとどまらない。初期アフリカニストが強調したのは, 二つの世界の住人が生活の構えを共有しながら, 日常的思考の共鳴のなかで実感的に通交していくことなのである。こうした実感による異文化通交の認識を語ることは, じつは強大な近代の認識支配の様式とその実践過程に対する, 日常からの微細な抵抗の戦術に他ならないことも最後に指摘される。
著者
太田 好信
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第45回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.100, 2011 (Released:2011-05-20)

本発表は、生涯をとおして先住民言語に深い関心を寄せ、自らもその習得に努めた芸術家ジャン・シャルロー(Jean Charlot, 1898-1979)の作品―とくに、彼がホノルル市に残したフレスコ壁画―を紹介し、彼の芸術活動の中核となっていた思想は何だったのか、という疑問に答える。そして、その解答を模索する中から、文化人類学においても文化を考察する際に有意義と思われる視点を導きだしたい。
著者
上水流 久彦
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第53回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.E21, 2019 (Released:2019-10-01)

台湾漢人社会では、男性子孫をもうけ、その子孫が祖先祭祀を行うことが当然とされてきた。男性は結婚し、男子を得ることでそれが可能となった。また女性は婚出し、そこで男子を生み、花婿側の祖先祭祀を継続させ、自分を祭祀する者を確保してきた。しかし、台湾社会では少子化と非婚化が進んでおり、男子が祖先崇拝を継承することを一層困難にしている。台湾の漢人はこの事態をどのように認識し、対処しているのだろうか。本発表では、伝統的な祖先祭祀から逸脱すると思われる「娘しかいない家庭」、「姉妹しかいない女性」、「未婚で子どもがいない女性」の聞き取りから、初歩的検討を行う。その検討からは、男性は「一族」という単位が祭祀の解決方法として選択肢に入っているが、女性にはない点、祭祀継承の観念よりも、「親と子」の単位の祭祀の重視されている点が明らかとなった。
著者
山崎 幸治
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.20, 2012

本発表では、アイヌ文化に関する二つの展示実践を事例として、アイヌ研究にとどまらない文化人類学研究へのフィードバックが見込まれるトピックについて検討を加える。とりあげるトッピックは、【物質文化資料と情報】、【語りの「調整」】、【現代の展示】、【ノイズとしての「展示する側」】である。そこでは海外をフィールドとする文化人類学研究では見えにくい問題や、研究者に求められている「実践」についても論じる。
著者
近藤 祉秋
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.69, 2010

現在、文化人類学と関係領域に属する一部の研究者の間で、自然と社会という二元論が批判され始めるようになって久しい。しかし、動物と人間の関係を考える際に、このような二元論に基づかない研究をいかに進めるかについては、コンセンサスがとれていないのが現状である。本発表では、「存在論」概念を利用した先行研究をもとに、いかにして自然と社会の二元論に基づかないような動物-人間関係の研究が可能であるか、検討したい。

1 0 0 0 OA 龍神の夢

著者
関 一敏
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第48回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.115, 2014 (Released:2014-05-11)

福岡市西部の一公園内に新たな神社が発生しつつあり、近隣の神主の助力を得て、月例祭に50名ほどの参詣者を集めている。きっかけは龍神の夢を複数の人々が見たことによるが、古代・中世・近世と重層的な史実と伝承の濃厚な場所でもあり、参詣者たちは甦った聖地であるかのようにふるまう。とくだん劇的な出来事をともなわない場所に、自然発生的に来参する人々の心性を追う。
著者
古谷 嘉章
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.73, no.2, pp.221-240, 2008-09-30 (Released:2017-08-21)

本論文は、遺跡に遺された先史土器の復興をなしとげ、土器作りの新しい伝統を創始した、時代も場所も異なる2人の土器つくり-ブラジル・アマゾンのMESTRE CARDOSO(1930-2006)とアメリカ合衆国南西部のホピ=テワのNAMPEYO(ca.1857-1942)-を取り上げ、彼らと彼らの追随者・後継者たちの土器作りについての検討を通じて、先史土器の復興という特定の角度から、土器と土器作りについて人類学的に考察する。その際に、人類学におけるAPPADURAI[APPADURAI(ed.)1986]らの研究と考古学におけるHOLTORF[2002]らの研究を手がかりに、「モノの生涯」と「物質の生涯」という概念を導入し、「土器の生涯」という視座を設定する。そのうえで、出土した先史土器との関係のなかで新たに土器が作られる過程に着目して、アマゾンとプエブロの先史土器復興について民族誌的記述を提示したのちに、「土器片」「レプリカ」「触知性」という3つの角度から試掘溝を入れる。そこでは、完形性と断片性、レプリカと創造性、芸術および土器作りにおける視覚と手触りなどについての検討を通じて、土器というモノ作りを浮彫りにするとともに、「芸術」という近代的な概念を裏側から浮かび上がらせることを試みる。
著者
ナラン
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.80, no.2, pp.125-149, 2015-09-30 (Released:2017-04-03)

内モンゴルの草原劣化が深刻になり、その原因を「過放牧」に求め、環境政策として家畜の放牧をやめさせる「退牧還草」が実施されている。しかし、放牧が問題ではなく、放牧のやり方を変え、草原劣化が起こるようなシステムを作ったことが問題であったと思われる。本論は、内モンゴルのジャロード旗北部を事例として、遊牧から定住牧畜への変遷によって草原が劣化していくプロセスを考察し、国家体制と牧民社会の変化との関係性、国家の土地政策と遊牧システムの変化との関係性を明らかにすることを目的とした。内モンゴルの牧畜業は政治・社会的変動が起こるたびに変化してきた。牧畜の変化には主に家畜の所有及び放牧形態の変化があり、草原劣化に直接的な影響を与えたのは放牧形態の変化である。社会主義革命以前、家畜は個人所有であったが、牧地は旗が所有し、旗における牧地の利用は、ホト・アイルという父系親族を核とした集団が宿営単位となり遊牧していた。1958年頃から突入した社会主義改造期の人民公社では、家畜は国家所有に変わった。牧地の所有も国家所有に変わったものの使用は、ホト・アイルを基にし、生産隊が作られ、社会主義革命前とほとんど変わりはなかった。1980年代に始まった改革開放の私有化では、家畜及び土地使用権は個人に配分された。家畜はもともと個人所有だったものを人民公社時代に一旦国家所有に変えたのを再び個人所有に戻した。牧地に関しては、それまでと全く違う制度を取り入れ、土地使用権を個人に与えたのである。土地使用権の譲渡後、配分された土地でしか放牧ができなくなり、季節移動の頻度が急激に低下した。定住牧畜をした冬営地を中心にした草原劣化が深刻になっている。一般的に社会主義革命が社会のあり方を激変させたという見方が多いが、内モンゴルの牧畜に限って、改革開放の私有化が牧畜世界のあり方を大きく変えたのである。その影響の現れが草原劣化などの自然の悪化であるといえよう。「退牧還草」が牧畜の定性化にさらに拍車をかけ、牧民の生活基盤を揺るがし、内モンゴルの牧畜自体を変えようとしている。
著者
師田 史子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

本発表は、フィリピン・ミンダナオ島の賭博者による賭けの予想行為と、結果の受容の実践を通じて、賭けに勝つために「当てにできる」信念が生成され強化される過程を考察する。違法数字宝くじや闘鶏などに興じる賭博者が信じているジンクスや知識、賭けの技法は、「参照・解釈・共有」という契機からなる弁証法的な循環プロセスを経て強化し、真理化されてゆくとともに、同じ結果の反復を契機として新しい信念として確立してゆく。