著者
寺本 明子
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.5-12, 2008-06-15

キャサリン・マンスフィールド(Katherine MANSFIELD 1888-1923)は,20世紀の短編小説の基礎を築いた作家である。彼女の作品にはドラマティックなロマンスも大事件も無く,有るのはありふれた日常生活と,そこに見られる登場人物達の繊細な感情である。喜びと哀しみ,憧れと幻滅,期待と落胆,好みと嫌悪,不安と安堵,情熱と諦めなど総ての感情が彼女の小説に織り込まれ,彼女は人間の性質だけでなく,日常生活に秘められた真実への深い洞察力をも発揮する。若くしてマンスフィールドは小説家になる夢を抱き,その為には,何でも知ろうとする好奇心を持ち,幸せな女性の人生経験を積むことが大切だと考えた。しかし不幸なことに,その人生は向こう見ずな結婚,続いて流産,離婚,数々の病気へと進んで行った。一方で,愛する弟の死によって,彼女は20才で見捨てた祖国ニュージーランドについて書くことが使命だと気づいた。軽率な生活のせいで患った病気に苦しみ,彼女自身の死を身近に感じることが,「生きる」ということについて書くきっかけとなった。「園遊会」('The Garden Party')では,ローラが楽しい園遊会の正にその日に,貧しい荷馬車屋の死に出会い,死の荘厳さを知る。「蝿」('The Fly')では,ボスが,インク瓶に落ちた蝿を助けるのだが,その蝿に数滴のインクを垂らして死なせてしまう。彼は蝿に,6年前に戦死した最愛の息子の姿をだぶらせる。このように「死」に関する話題を取り上げながら,彼女はまた,日常生活の中に「生」を発見し,その発見を感覚的に捉え,小説に描く。彼女にとって人生は,何か永遠なるものにつながる喜びの瞬間で成り立っているのだ。この論文では,上記の2つの作品を精読し,マンスフィールドの「生」に対する見方を研究する。
著者
石井 康太 和田 健太 高張 創太 横濱 道成 Kouta Ishii Wada Kenta Takahari Souta Yokohama Michinari
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.39-44,

北海道の然別湖に生息するミヤベイワナはオショロコマの亜種とみなされている。そのミヤベイワナとオショロコマの分化レベルを明確にするために,ミヤベイワナ,然別湖に近い十勝川水系のオショロコマ集団およびその他の河川のオショロコマ集団の3集団に分けて,タンパク質多型およびアイソザイム変異を用いて遺伝的差異および遺伝的分化を検索した。検索した11種類の遺伝子座のうち,然別湖集団(ミヤベイワナ)にHb-II遺伝子座位およびMDH遺伝子座位においてそれぞれSバンドおよびa′バンドが検出された。これらはオショロコマには検出されない新たなる変異であった。したがって,ミヤベイワナとオショロコマとの間を明確に区別できる遺伝子座位が新たに2座位明らかとなった。また,11種類の遺伝子座の対立遺伝子頻度から集団間の遺伝距離を求め系統樹を作成した結果,十勝川水系の河川の集団(オショロコマ)とその他の地域の河川の集団(オショロコマ)がD=0.017ではじめに結びつき,次にこれらの2集団と然別湖集団がD=0.161で結びついた。したがって,ミヤベイワナはオショロコマと亜種として明確に位置づけられた。It is generally considered that Salvelinus malma miyabei which inhabits Sikaribetsu Lake in Hokkaido is a subspecies of S. m. malma. To clarify the differentiation level between Salvelinus m. miyabei and S. m. malma, we investigated genetic differences and genetic differentiation using protein polymorphism and isozyme mutation among 3 groups (S. m. miyabei population, S. m. malma of the Tokachi River water system population which is close to Shikaribetsu Lake and S. m. malma of other region populations). Of 11 loci examined, the S band and a' band were detected in the Hb-II locus and MDH locus respectively for the Shikaribetsu Lake population, these bands are new varieties that were not previously detected in S. m. malma. Therefore, two newly identified loci that could distinguish S. m. miyabei and S. m. malma clearly are reported. As a result of constructing a dendrogram using genetic distances (D) calculated from the allele frequency of 11 kind loci, the Tokachi River water system population (S. m. malma) and the other region populations (S. m. malma) were connected first in D=0.017, secondly these 2 populations and Shikaribetsu Lake population were connected in D=0.161. Therefore, S. m. miyabei was clearly classified as a subspecies of S. m. malma.
著者
キム ヒョンジン ハン ソンヨン 佐々木 浩 安藤 元一 Kim Hyeonjin Sungyong Han Hiroshi Sasaki Motokazu Ando 東京農業大学大学院農学研究科畜産学専攻 Korean Otter Research Center 筑紫女学園大学短期大学部幼児教育科 東京農業大学農学部バイオセラピー学科 Department of Animal Science Graduate School of Agriculture Tokyo University of Agriculture Korean Otter Research Center Department of Early Childhood Education Chikushi Jogakuen University Junior College Department of Human and Animal-Plant Relationships Faculty of Agriculture Tokyo University of Agriculture
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.29-38,

ユーラシアカワウソLutra lutraが経済成長に伴う環境変化からどのような影響を受けるのか調べることを目的に,工業集積の進む韓国慶尚南道の海岸における本種の生息痕を1982年,1991-94年,2002年および2009年にわたってモニタリングした。慶尚南道馬山地域における糞密度は,1990年代には減少傾向を示したが,2000年代後半には回復傾向に転じた。回復傾向は釜山市などでも見られた。本種が安定的に生息する海域のCODは約4mg/L以下のレベルであった。糞が多く見られたのは,岬の湾口にある磯海岸,海岸近くの小島,河川の人工湖などであり,これらは餌資源の多いことや,隠れ場所として適していることが共通していた。本種は人工護岸のわずかな隙間や,沖合の水産養殖イカダの上をサインポストとして利用しており,人工環境への適応力も備えていた。調査期間中に調査地の陸域における各種経済指標は高い伸びを示したが,湾奥部におけるカワウソが生息しない地域が若干広がったことを除くと,陸域における経済発展や開発は本種の生息に直接的な影響は与えないことがわかった。Distribution of otter spraints along sea coasts at Masan area of Gyeongsangnam-do, Korea was monitored for 27 years from 1982, 1991-94, 2002 to 2009. Densities of spraints once decreased in the 1990's. In the late 2000's, however, this turned to a tendency to increase, although recovery was insufficient. Similar recovery was also identified in Busan. Spraints were not found at areas that were far from the closed-off section of the bay by 0-9km. The otters were able to inhabit up to the vicinity of industrialized area. At coasts where otter spraints were regularly found, COD level was around 4mg/L. Spraints were often found at rocky coasts along capes, heads of bays, small islets and reservoirs, indicating that prey fish was abundant in those areas. At coasts with steep artificial walls, otters managed to find landing places by locating narrow gaps and harbors. Otherwise, they used coastal fishpens as signposts, indicating their adaptability to artificial environments. Economic indicators in the land area of the investigation place heightened considerably during the monitoring period. The above findings indicate that terrestrial economic growth does not necessarily lead to the decrease of the otter population.
著者
川嶋 舟 上田 毅 物江 貞雄 内山 秀彦 Schu Kawashima Ueda Tsuyoshi Monoe Sadao Uchiyama Hidehiko
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.58, no.1, pp.1-5, 2013-06

平成23(2011)年3月に発生した東日本大震災は,東北地方太平洋岸に大きな被害をもたらした。被災地の一つである福島県浜通り地方は,国指定重要無形文化財にも指定されている相馬野馬追が行われることから,多くの馬が個別に飼養されている地域でもあった。これらの馬は相馬野馬追に騎馬武者として参加するためだけに飼養されており,コンパニオンホースと呼ぶことのできる位置づけに飼養されている。この地域は,東日本大震災における津波被害を受けただけでなく,東京電力福島第一原子力発電所事故の影響も受け,事故直後から避難指示が出されその後警戒区域に指定された場所も含まれ,この地域で被災した馬に対する保護支援には様々な障害があった。震災から1年が経過し,この間に行われた支援および聞き取り調査の結果をまとめ,被災直後の馬の様子や被災後の馬の動向について明らかにすることができた。また,通常時において,馬名,所有者名,飼養場所等の情報を一元化しておくことが,緊急時におけるコンパニオンホースとして飼養される馬の保護および支援活動を行う際には有効であると考えられる。
著者
川野 因 日田 安寿美 多田 由紀
出版者
東京農業大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2009

運動前(最大酸素摂取量70%強度、一過性自転車30分間)に摂取するたんぱく質量の違いと心拍数変動、パワースペクトル解析で得られる自律神経活動指標、血中乳酸、主観的疲労感、血中遊離トリプトファンと分岐鎖アミノ酸の濃度(Trp/BCA)比との関わりを検討した。いずれの指標も運動開始とともに変動するが、たんぱく質摂取量の違いはこれら指標に異なる動きを誘発し、中枢性疲労指標のTrp/BCAA比は自覚的疲労感や乳酸の動きと一致しなかった。
著者
足達 太郎 小路 晋作 高須 啓志 MIDEGA Charles A. O. KHAN Zeyaur R. MOHAMED Hassan RUTHIRI Joseph M. 中村 傑 TAMO Manuele YUSUF Sani R.
出版者
東京農業大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

アフリカの食用作物栽培ではかねてより、おとり作物の利用や混作といった持続的手法がもちいられてきた。本研究では、こうした手法がトウモロコシやササゲなどの食用作物を加害する害虫やその天敵の生態にどのような影響をおよぼすのかをあきらかにした。さらにこれらの手法を、昆虫病原ウイルスや導入天敵といったあらたな害虫防除資材とくみあわせることにより、合理的かつ経済的な環境保全型害虫管理体系を構築することを検討した。
著者
安藤 元一 椎野 綾 鳥海 沙織
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.56, no.4, pp.260-268, 2012-03

センサーカメラによる自動撮影調査は,野生動物研究に広く使われている。しかし調査によって設置方法や使用機種が異なるために,調査結果を定量的に比較することが困難である。本研究ではセンサーカメラの機種による性能差を明らかにすることを目的に,フィルムカメラ 1機種(FieldNoteIIa),デジタルカメラ 5機種(FieldNoteDS8000, FieldNoteDS60, GAME SPY D40, Cuddeback Expert およびTSC30) および単体センサー 1機種(TrailMaster550)を対象とし,各機種のシャッター・タイムラグ,動物検知可能距離,種判別可能距離,検知可能画角,および電池寿命を実験的に比較した。タイムラグは 0.6秒から 4.5秒まで機種に大きな差があった。大型の動物を検知できる距離は 7m から 27 m までの差があった。しかし検知距離が長い機種ではフラッシュ光はその距離まで届かなかった。小動物を近距離で撮影した場合,デジタルカメラはすべて被写体が白飛びして種判別が困難であったが,フィルムカメラでは 20cm まで近接しても判別できた。 センサーの水平検知可能画角も機種によって10~150°と大きな差があり,タイムラグが長いカメラほど検知画角が狭くなる傾向があった。電池寿命はいずれの機種も常温で 3週間程度はあり,実用上問題なかった。米国の会社が発売する 3機種は,見通しのきく森林において動きの遅い大型獣の存在を確認するための,ハンティング用調査に適した性能を有していた。国産の 3機種は近距離の中小動物撮影に適し,汎用性の高い機種といえる。一般的な自然環境調査においては,他の調査と比較できる方法を用いることが重要である。しかしカメラ性能の差が大きくてモデルチェンジが頻繁という現状では,定量的な比較のためには機種の統一を目指すよりも,撮影面積を一定にするなどカメラの設置方法^5) を工夫する方が現実的と思われる。Trail camera photography has become a common practice in wildlife field studies. Quantitative comparison of different survey results, however, remains difficult partly because different cameras are used in different studies. This study aims at clarifying performances of film-and digital-sensor cameras under experimental conditions. Seven camera types were tested : a film camera(FieldNoteIIa), five digital cameras (FieldNoteDS8000, FieldNoteDS60, Cuddeback Expert, GAMESPYD40, TSC30)and a separate-type sensor(TrailMaster550). Time lags from sensing to triggering varied from 0.6 sec. of FN IIa to 4.5 of TSC30. Detectable distances were from 7m of FN IIa to 27 m of TSC30. Identifiable distance of TSC30, however, was no more than 12 m due to the lack of speedlight power. Horizontal detectable angles also varied from 10° of Expert to 150° of TrailMaster. When shooting close up photos of small-size animals, images of digital cameras tended to be overexposed and not to allow species identification. This was not the case in the film camera that allowed identifiable close up shot as near as 20 cm. Battery satisfactorily lasted for more than three weeks in all cameras. Cameras distributed by US companies generally had longer detectable distances, narrow detectable angles and longer triggering time that were suitable in detecting big game in woodlands of good visibility. Cameras made in Japan had more compact size, shorter detectable distances and wider detectable angles and broader dynamic ranges. These were desirable performances for use in rural thickets in Japan. For comparing different survey results, it seemed more practical to standardize rules of camera installation rather than unifying camera performances.
著者
ニナ ノコン 藤本 彰三
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.112-120, 2006-03-09

野菜は多くのフィリピン人にとって安価な栄養源であるだけでなく,少数の裕福な人々にとっては,健康的な生活を送るための重要な食物の一つである。この少数の裕福な人々が,フィリピンにおいてニッチマーケットである有機野菜産業を支えている。有機野菜の需要動向を検討するため,我々はマニラにおけるホテルやレストランなどの外食産業と一般消費者の有機野菜需要について,2002〜2003年に質問票及びインタビュー調査を実施した。調査対象はホテル・レストランが11軒,一般消費者が118人,スーパーが7軒,及び有機農産物を販売する4つの市場である。本研究の主な成果は,以下の通りである。(1)主要なホテルやレストランは有機野菜を購入しないが,一般消費者は購入する可能性が高い ; (2)有機農産物市場で売られる75種類の野菜のうち,ニンジンが総量の30%を占めた ; (3)中型サイズのニンジン,普通サイズのトマト,たまねぎ,中型サイズのジャガイモは,価格変動への弾力性が大きい。それは安定供給による価格低下が可能となれば,需要は増加する可能性があることを意味する ; (4)ガン患者やガン予防のために,ニンジンはセロリと一緒にジュースとして消費されることが多いと言われている点を,両者の交差価格弾力性の計測結果から明らかにした。
著者
横濱 道成
出版者
東京農業大学
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.189-204, 2016 (Released:2016-09-14)
著者
阿部伸太
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.121-129, 2006-03-09

風致地区制度は1919(大正8)年公布の旧「都市計画法」を根拠法として創設されたもので,地域制緑地としては最も歴史ある制度である。都市化の中で一定の効果をあげてきたが,第二次世界大戦期間の風致行政の中断,および戦後の取締り再開後に高度経済成長期を迎えたことで形骸化した地区も多く存在するようになった。本研究は,創設期における風致地区制度の都市計画上の意義を明らかにし,当初,風致保全育成のシステムを制度としてどのように仕掛けていたのかを明らかにすることを目的とした。研究課題は,第一に風致地区制度の都市計画的意味の把握,第二に風致の保全・維持,活用・育成概念の風致地区制度における内包状況の解明,第三に風致育成をねらいとした風致協会の意義の解明とした。その結果,風致地区制度は,風致保全が目的であるが,これは都市化の進行を受け止めとめることを想定しており,その過程には地域住民による組織を形成することによって風致を育成していく計画体系でもあったこと,つまり,風致地区制度は指定することによってのみ風致の保全を図ろうとする制度ではなく,指定の後,その地区を維持管理していく組織を設立し,これを機能させることによってはじめて,変化する地区の都市化の実状を踏まえた風致の維持を可能にしようとした制度であったことを明らかにした。
著者
丹田 誠之助 須賀 里絵
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.47, no.3, pp.141-152, 2002-12-20

うどんこ病の発生が未記録のアメリカイヌホオズキでうどんこ病の発生が認められた。また,ワサビダイコン,タチアオイ,ヒメコスモス,ハマナスでは国内で同病の発生が知られていないが本研究により発病が観察され,さらに,すでにSphaerotheca属菌のアナモルフが発生するとされているパンジーでは記録と異なるうどんこ病菌を検出した。本研究ではこれらの病原菌の形態的特徴を精査し,2,3の宿主上の菌については寄生性も調べて以下のように同定した。1.ワサビダイコン(Armoracia rusticana,アブラナ科)うどんこ病菌 : Erysiphe cruciferarumの分生子時代 2.タチアオイ(Alcea rosea,アオイ科)菌 : E.orontiiの分生子時代 3.パンジ-(Viola×wittrockiana,スミレ科)菌 : Oidium violae 4.ヒメコスモス(Brachycome iberidifolia,キク科)菌 : Oidium citrulli 5.ハマナス(Rosa rugosa,バラ科)菌 : Oidium leucoconium 6.アメリカイヌホオズキ(Solanum americanum,ナス科)菌 : Oidium sp.
著者
沖津 ミサ子 Misako Okitsu
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.47, no.4, pp.260-267, 2003-03

ボードレールの悪の意識は彼の宗教的哲学的思想の根底を成すものである。クレマン・ボルガルやバンジャマン・フォンダーヌも指摘しているように,ボードレールの信条はニーチェのそれに非常に近いものと思われる。ニーチェは神の死を宣告したが,それより先すでにボードレールは神の不在を表明しキリスト教への反逆を企てた。彼はキリスト教による救済を拒否し,自分の罪は自分自身によって贖おうとした。すなわち彼は自分の内に存在する悪を認識し,凝視し,そこから生じる苦悩を深く苦悩することによって罪を贖おうとした。≪苦悩こそ唯一の高貴≫と唄って,苦悩こそが自分の魂を浄化しうる唯一の手段であると信じた。その結果ボードレールは過剰な程に悪の意識にとりつかれてしまう。そのことについてボードレール自身「苦悩の錬金術」の中で≪僕は黄金を鉄に,天国を地獄に変えてしまう≫と嘆いている。こうしたボードレールの思想は当然,深い内省心に支えられねばならない。そのことについてボードレールは「救いがたいもの」(二)の中で≪心が自分自身を映す鏡となる 暗くしかも透明な差し向い 青白い星かげのゆらめく 明るくて暗い「真理」の井戸! 皮肉な地獄の燈台 悪魔的恩寵の松明 唯一の慰めであり栄光である-「悪」の中に居るという意識は!≫と唄っている。ヨーロッパの伝統的宗教であるキリスト教に反逆を企てたボードレールは 彼独自の教義を唱えた。そして,その思想の根底にあるのが「「悪」の中に居るという意識」であり「苦悩こそ唯一の高貴」であり,「苦悩の錬金術」である。こうしたボードレールの思想は良心の呵責を歌った普遍的真理となった。
著者
足達 太郎 鳥海 航 大川原 亜耶 高橋 久光
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.259-263, 2008-12-10
被引用文献数
1

キャベツ畑に,ハーブ類のカモミール(カミツレ)およびキンレンカ(ノウゼンハレン)をそれぞれ混作した区と,キャベツを単作して化学合成殺虫剤を施用した区および施用しない区をもうけ,キャベツの主要害虫であるダイコンアブラムシ・モンシロチョウ・コナガの個体数変動と捕食寄生性天敵による寄生率を比較した。試験の結果,各害虫ともそれぞれの個体数がほぼピークとなる時期に,処理区間で個体群密度に有意な差がみられた。ダイコンアブラムシは,カモミール混作区における個体群密度がキンレンカ混作区やキャベツ単作/殺虫剤無施用区または施用区よりも高かった。モンシロチョウの幼虫個体数は,キャベツ単作/殺虫剤無施用区>キンレンカ混作区>カモミール混作区>キャベツ単作/殺虫剤施用区の順に多かった。また,モンシロチョウの卵数は,両ハーブの混作区における値がキャベツ単作区(殺虫剤施用および無施用)における値よりも多かった。コナガは,キャベツ単作/殺虫剤施用区およびカモミール混作区で幼虫の個体数が多かった。いっぽう,モンシロチョウの幼虫におけるアオムシコマユバチの寄生率は,キャベツの生育中期において,キンレンカ混作区およびキャベツ単作/殺虫剤無施用区で最も高かった。これに対し,コナガ幼虫におけるコナガコマユバチの寄生率は,処理区間で有意な差は認められなかった。
著者
原口 美帆 安藤 元一 Haraguchi Miho Motokazu Ando 東京農業大学大学院 農学研究科バイオセラピー学専攻 東京農業大学大学院 農学研究科バイオセラピー学専攻 Department of Human and Animal-Plant Relationships Faculty of Agriculture Tokyo University of Agriculture Department of Human and Animal-Plant Relationships Faculty of Agriculture Tokyo University of Agriculture
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.128-136,

明治時代から現在に至るハンターの関心事項の変遷を探るため,1891-2008年に発行された狩猟雑誌4誌(猟之友,銃猟界,狩猟と畜犬,狩猟界)の記事内容を調査した.雑誌1冊あたりの総ページ数,記事総数,広告数は,1950年代から1970年にかけての狩猟ブームの折に急増し,以降は減少傾向が続いた。これらの傾向は狩猟人口の変化と一致していたが,猟犬関連の記事にはそうした相関は見られなかった。記事が扱う鳥獣は,1950年代までは鳥類が主であったが,1980年代からは獣類の方が多くなった。クマは実際の捕獲数と比べて記事の数が多く,ハンターの関心の高さがうかがえた。獣類記事の中では1970年代までウサギが多かったが,1980年代以降はシカ・イノシシが8割以上を占めた。これらの傾向も実際の狩猟頭数や有害駆除頭数の変化を反映しており、狩猟がスポーツから獣害対策の手段に変化したことを示していた。This study was intended to investigate the change of article contents in hunters' magazines and animal/bird-related books for about 120 years from Meiji Era to the present. The following four hunters' magazines that were published during 1891-2008 were investigated: `Ryo-no-tomo (Friends of hunters)', `Juuryo-kai (Hunting gun world)', `Shuryo-to-chikken (Hunting and dog)' and `Shuryokai (Hunting world). Total page numbers per copy of hunting magazines steadily increased towards 1970 and started to decrease slowly thereafter. Total number of articles and the number of advertising articles also showed similar trends. Except for wartime (1918 and 1940), those changes were in proportion with the population number of registered hunters. Among advertising articles, those about hunting guns were dominant from the 1950s through 1970s. From 2000s, advertisements on hunting-related materials such as traps and clothing became the majority. In particular increase of trap-related advertisements increased sharply. In articles of hunting techniques, main target animals were birds in the 1950s, but shifted to mammals in the 1980s. Mammal-related articles were mainly on hares until the 1970s, but they shifted to deer and wild boars after the 1980s, occupying more than 80% of articles. This seemed to be a reflection that the number of hunted hares started to decrease after the 1970s and the number of hunted deer and wild boar for wildlife damage control increased after 2000. It turned out that the increase and decrease of total page numbers in hunting magazines was in proportion to the population of hunter, with the exception of wartime. They also reflected levels of wildlife damage and the actual hunting head count.
著者
梅村 博昭
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.52, no.4, pp.193-203, 2008-03-15

サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(『ライ麦畑でつかまえて』)の語り手ホールデンの語りにおいては人称代名詞youが多用されている。このyouは特定の「君」への呼びかけには収まりきらない意味の広がりをもち,特に翻訳においてこれをどう処理するかは大きな問題といえる。本論においてはライト=コヴァリョーヴァによるロシア語訳においてこのyouがどのように翻訳されているかを分析する。英語におけるyouが一般化された「ひと」を指すことがあるのと同様に,ロシア語においては,主語を省略し,主に二人称単数の動詞を用いて一般的な事柄をのべる普遍人称文がある。ロシア語訳では,ホールデンの多用するyouが多様に訳し分けられているが,ホールデンが純粋に個人的な体験を一般化し読者と共有しようとするまさにその局面で普遍人称文があらわれることがわかる。日本においては,野崎孝の訳がこのyouを普遍的な「人」を表すものとする立場をとり,極力訳さない自然な訳となっているのに対し,村上春樹訳はこのyouを特定の聞き手と解釈して「君」と訳す。この意図の当否の判断は難しいものの,日本語においても告白体文学で前提とされている潜在的な二人称の受け手を明示的に浮かび上がらせることとなった。
著者
吉田 豊 半澤 惠 桑山 岳人 祐森 誠司 池田 周平 佐藤 光夫 門司 恭典 渡邊 忠男 近江 弘明 栗原 良雄 百目鬼 郁男 伊藤 澄麿 Luis K. MAEZONO Enrique Flores MARIAZZA Gustavo A. Gutierrez REYNOSO Jorge A. Gamarra BOJORQUES 渡邉 誠喜 Yutaka Yoshida Hanzawa Kei Kuwayama Takehito Sukemori Seizi Ikeda Shuhei Sato Mitsuo Monji Yasunori Watanabe Tadao Ohmi Hiroaki Kurihara Yoshio Domeki Ikuo Ito Sumimaro Maezono K. Luis Mariazza Flores Enrique Reynoso Gustavo A. Gutierrez Bojorques Jorge A. Gamarra Watanabe Seiki
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.62-69,

ペルーおよび日本国内で採取したラマ47頭,アルパカ27頭および両者の交雑種1頭とそのアルパカへの戻し交雑種1頭の計76頭の血液を用いて,19座位の血液タンパク質・酵素型を電気泳動学的に解析し,以下に示す成績を得た。1)血漿タンパク質 : Albumin, Haptoglobin,血漿酵素 : Alanine aminotransferase, Aspartate aminotransferase, γ-Glutamyltranspeptidase,赤血球タンパク質 : Haemoglobin,ならびに赤血球酵素 : Acid phosphatase, Catarase, Glucose-6-phosphate dehydrogenase, Phosphoglucomutase, Phosphohexose isomeraseの計11座位では多型は認められなかった。2)血漿タンパク質4座位 : Post-albumin(Po),Gc-protein(Gc),Transferrin(Tf)およびγ-globurin field protein(γG),血漿酵素3座位 : Amylase(Amy),Creatine kinase(CK)およびLeucine aminopeptidase(LAP),ならびに赤血球酵素1座位 : EsteraseD(EsD)の計8座位に多型が認められた。これら8座位のうちTfでは6型,PoおよびGcでは4型,γ-G, AmyおよびEsDでは3型,LAPおよびCKでは2型が認められた。ラマおよびアルパカにおけるこれら8座位の総合的な父権否定率は,0.931および0.867であった。3)ラマとアルパカとの間で血液タンパク質・酵素型を比較したところ,Gc, AmyおよびEsDにおいて種間差が認められた。すなわち,GcおよびAmyでは両種で共通な易動度を示すバンド以外に各々種特有の易動度を示すバンドが存在し,またEsDでは両種間でバンドの易動度が異なっていた。4)ラマとアルパカの交雑種,ならびにアルパカへの戻し交雑種の血液タンパク質・酵素型はラマあるいはアルパカと共通であった。5)CKおよびEsDを除く,17座位の遺伝子頻度に基づいて算出したラマとアルパカとの間の遺伝的距離は0.035であった。以上の成績から,血液タンパク質・酵素型の解析はラマおよびアルパカの集団の遺伝子構成を推定する上で有力な指標となることが明確となった。一方,ラマとアルパカが遺伝的に極めて近縁な関係にあることを裏付けるものと判断された。Blood samples of llamas and alpacas were classified by using electrophoretic procedures in the polymorphism at 19 loci. Electrophoretic variation was found for 8 loci, namely plasma proteins : post albumin (Po), Gc protein (Gc) and transferrin (Tf) and γ-globurin zone protein (γG), for plasma enzymes : amylase (Amy), creatine kinase (CK) and leucine aminopeptidase (LAP), and for red cell enzyme : esteraseD (EsD). Synthetic probabilityes of paternity exclusion about the 8 loci for llamas and alpacas were 0.931 and 0.867, respectively. No variants were found for plasma proteins : albumin and haptoglobin, for plasma enzymes : alanine aminotransferase, aspartate aminotransferase and γ-glutamyltranspeptidase, for red cell haemoglobin, and for red cell enzymes : acid phosphatase, catarase, glucose-6-phosphate dehydrogenase, phosphoglucomutase and phosphohexose isomerase. Nei's genetic distance between llamas and alpacas on the 17 loci (except CK and EsD) was 0.035. Preliminary estimate of the genetic distance measure may suggest that llamas and alpacas are more likely related as subspecies than as separate species.
著者
石井 康太 今枝 龍介 和田 健太 横濱 道成 Kouta Ishii Imaeda Ryusuke Wada Kenta Yokohama Michinari
出版者
東京農業大学
雑誌
東京農業大学農学集報 (ISSN:03759202)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.114-123,

現在,日本のイワナ属魚類はオショロコマ(Salverinus malma),アメマス(S. leucomaenis)およびアメマスの亜種のゴキ(S.l. imbrius)の2種1亜種に分類する説と,オショロコマをオショロコマ(S. malma malma)およびミヤベイワナ(S.m. miyabei)の2亜種とし,アメマスとアメマスの亜種のゴキをまとめ,単にアメマス[地方名 : エゾイワナ](S.l.f. leucomaenis),ニッコウイワナ[地方名 : イワナ](S.l.f. pluvius),ヤマトイワナ(S.l.f. japonica)およびゴキ(S.l.f. imbrius)の4タイプに分ける説もあり,分類には論議が絶えず統一化されていない。また,日本においてイワナ属魚類はまだ形態学的特性による分類法では今のところ定説はない。そこで我々は,既に検出法が確立されているアイソザイムやmt-DNAおよびゲノムDNAの多型に加え,新たに生化学的手法による標識因子を開発するために北海道産のイワナ属魚類を用いて,血液タンパク質および筋肉タンパク質の多型座位の検索を試みた。1)血液タンパク質型の検索 イワナ属魚類において,血清トランスフェリン(Tf)型,血清エステラーゼ(Es)型,ヘモグロビン(Hb)型および血球膜タンパク質(Cell X)型について検索し,Tf型[基本バンドD,F,H,Lおよび不顕性(-)]は9種類のうち,F型が出現頻度0.712でオショロコマに特徴的な表現型であり,J型が出現頻度0.917でアメマス類に特徴的な表現型であった。Es型では3つの領域のうちオショロコマにはEs-II領域[基本バンドA,Bおよび不顕性タイプ(-)]およびEs-III領域[基本バンドF,I,Sおよび不顕性(-)]が,アメマス類にはEs-III領域[基本バンドD_1,D_2および不顕性(-)]がそれぞれ特徴的な領域であった。Hb型では2つの領域(IおよびII領域)に分けることができ,そのうちI領域(基本バンドA,B)に多型が認められ,アメマス類はA型に,オショロコマにはB型に偏った出現頻度を示した。Cell X型(基本バンドA,B)には明確な種間的差異が検出されなかったが3つの表現型に分類することができた。また,オショロコマにおいてTf型Es型(IIおよびIII領域),Hb-IおよびCell X型に,アメマス類においてはEs型のI領域に地域的差異と考えられる表現型が検出された。2)筋肉タンパク質(Mu)型の検索 イワナ属魚類において,Mu型(基本バンドA,B)ではオショロコマはA型に,アメマス類はB型に偏った出現頻度を示した。以上のことから,Tf型,Es型(I,IIおよびIII領域),Hb-I領域およびMu型においてオショロコマとアメマス類の2グループに分けることができる差異が検出され,アイソザイムやmt-DNAなどと同様に種間や種内の差異を明らかにできる座位の検出法が確立された。3)種間雑種個体の確認 丸瀬布町武利川で採取されたエゾイワナの1個体は,斑紋および形態的にはエゾイワナタイプであったが,Tf型およびMu型でオショロコマとアメマス類のヘテロ型と思われる表現型が検出され,オショロコマとエゾイワナの交雑した個体と考えられた。The classification of Salvelinus in Japan has been controversial and has not been established. According to one theory, Salvelinus is classified into two species (S. malma and S. leucomaenis) and 1 subspecies (S. leucomaenis imbrius). According to another theory, S. malma is classified into two subspecies (S. malma malma and S.m. miyabei), and S. leucomaenis, together with Salvelinus l. f. pluvius, S.l. f. japonica, and S.l. f. imbrius. There is no established classification of Salvelinus according to morphological characteristics in Japan. To develop new biochemical markers in addition to isozymes and mt-DNA and genomic DNA polymorphism, the detection methods of which have already been established, we examined polymorphic loci of blood proteins and muscular proteins using Salvelinus caught in Hokkaido. 1) Examination of blood protein types In Salvelinus, the serum transferrin (Tf) type, serum esterase (Es) type, hemoglobin (Hb) type, and blood cell membrane protein (Cell X) type were examined. Concerning the Tf type [basic bands ; D, F, H, L ; inapparent type (-)], the F type among 9 phenotypes was a characteristic phenotype in S. malma (incidence, 0.712) while the J type was a characteristic phenotype in S. leucomaenis (incidence, 0.917). Among the 3 domains of the Es type, the Es-II domain [basic bands ; A, B ; inapparent type (-)] and the Es-III domain [basic bands ; F, I, S ; inapprent type (-)] were characteristic of S. leucomaenis. Concerning the Hb type, there were two domains (I and II), and polymorphism was observed in the I domain (basic bands ; A and B). The incidence of A was high in S. leucomaenis, and that of B incidence was high in S. malma. The Cell X type (basic bands ; A and B) did not differ among the species but could be classified into 3 phenotypes. The appearance frequencies among local populations differed in S. malma, Tf type, Es type (II and III domain), Hb-I type and Cell X type, and in S. leucomaenis, Es-I domain. 2) Examination of the muscular protein (Mu) type In Salvelinus, concerning the Mu type (basic bands A and B), the incidence of the A type was high in S. malma, and that of the B type was high in S. leucomaenis. Thus, there were differences according to the Tf type, Es type (I, II and III domains), Hb-I domain, and the Mu type that allow classification into two groups (S. malma and S. leucomaenis). The same as for isozymes and mt-DNA, a locus deteciton method that can clarify inter- and intra-species difference was established. 3) Confirmation of inter-species hybrids In a S. leucomaenis individual collected in Murii River, Tf and Mu phenotypes that appear to be heterotypes of S. malma and S. leucomaenis were detected. This individual was S. leucomaenis by appearance, showing no characteristics of S. malma, and therefore, may have resulted from crossing between S. malma and S. leucomaenis.