著者
松田 岳士 近藤 伸彦 重田 勝介 渡辺 雄貴 加藤 浩
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究は,教学IR情報を用いた学生支援を目的として,大学生活を通じて学生が直面する具体的かつ真正性のある意志決定場面(初年次の科目選択・リメディアル科目の受講・所属研究室決定・留学)に注目し,判断に必要な情報を直接学生に提供するシステム,Decision Support with IR(以下DSIR)を開発・評価するものである.平成29年度は,四場面のうち,初年次の科目選択(およびリメディアル科目の受講)を支援するシステムを,履修授業推薦システムとして開発し,実際に研究代表者本務校のシラバスデータを用いて動作を確認した.平成29年度は,システム内のデータ処理アルゴリズム,特に学生のSDLRSと科目自体のデータのマッチング方法,表示されるデータが増えることによるインターフェースの工夫,システム管理者が修得できるユーザの操作データなど,設計にあたって考慮すべき案件が多数あり,代表者・分担者の間で担当研究分野を細かく割り振って,前年度を上回るペースで打ち合わせを重ねながら研究プロジェクトを進めた.設計協議の中で,パイロット版の形成的評価において学生から指摘された,表示される用語の意味が理解しにくい点や,単位の取りやすい科目推薦システムになってしまうのではないかという懸念を払しょくするため,用語の説明文を表示できる仕組みや,学生が獲得したい能力に基づいた推薦機能などを新たに追加した.また,研究成果としてまとまった知見は,システム完成を待たず,随時発表した.
著者
乾 彰夫
出版者
首都大学東京
雑誌
教育科学研究 (ISSN:02897121)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.31-41, 2008-03
被引用文献数
1

学校から仕事への移行過程が変容するにしたがって、不安定で流動的な状態にある若者たちが急速に増加している。こうした状況は、過去20年あまりの間に、日本のみならず先進諸国に共通の現象として発生している。若者たちをめぐる状況は、近代化・産業化の過程を通して、一旦は学校から安定した仕事へのスムーズな移行を標準化させてきた先進諸国にとって、新たな問題認識と対応を求める課題を突きつけてきた。流動化する若者たちの状況の性格や原因をどう見るか、社会的な支援は必要なのか、また必要だとすれば誰に対して、何に対して。こうした議論は、日本の「フリーター」「ニート」問題に限らず、多くの国々で繰り広げられてきた。「フリーター」「ニート」論議の初期のように、その原因を若者たちの「意欲」に求める議論はこうした状況を経験している国々では少なくない。そうしたなかで、こうした若者たちの置かれている状況を量的にも正確に把握しようとする試みと、そのための様ざまな新たな統計的カテゴリーが登場した。イギリスのNEET概念や、厚労省・内閣府等による「フリーター」「ニート(若年無業者)」集計などがそうである。だがこうした様ざまな試みにも拘わらず、依然として、こうした状態にある若者たちへの多義的な理解、あるいは認識の食い違いは解消されていない。だが、こうした多義性は、集計上のカテゴリーの不十分さ・未熟さ以上に、今日の若者たちのおかれた状態の本質的な性格にある。ここでは、先進諸国のこうした若者層の流動性の今日的な性格から問題をとらえ直すとともに、若年労働市場規制のあり方と関係させつつ日本の若者のおかれている特徴を明らかにしたい。
著者
山下 英明 立石 慎治 大森 不二雄 永井 正洋 林 祐司 椿本 弥生 松河 秀哉 渡辺 雄貴 松田 岳士 高森 智嗣 柳浦 猛
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究では,高等教育機関の教学データを一元的に管理・分析し,教職員によって学生指導に活用されることを目的としたIRシステムを開発,評価した.具体的には,学生の留年可能性を早期に発見し,指導に役立てるための留年判定モデルを運用するシステムを開発した.留年判定モデルでは,ソフトマージン・サポートベクターマシンを採用し,機械学習ライブラリを用いてスタンドアロンのPC上に実装した.過去の学生データを用いて留年を判定し,予測精度の確認と教員による評価を受けた結果,留年予測の精度は93%であり,判定結果の理解度も高かった.一方で,表示されるデータの解釈やインタフェースについては課題が残された.
著者
Daniel Long 小西 潤子 今村 圭介 斎藤 敬太
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

この研究で旧南洋群島に当たるパラオ共和国のアンガウル島における接触言語「アンガウル日本語」の存在を指摘し、その特徴や社会的・歴史的背景、さらには接触言語学的な分類について考察した。現地調査に基づいた分析、参与観察、面接調査に加えてアンガウルを離れてコロールに移り住んでいる島民も多数調査した。調査の目的は以下の2点にあった。(1)アンガウル島民がどのような日本語を話しているか。特に戦後育ちの島民で、日本滞在経験もなく、日本語学習経験がないパラオ人が日本語を使っているか。(2)「アンガウル日本語」は言語学的にどのような言語変種(ピジン、クレオー ル、混合言語、中間言語、など)として分類されるか。
著者
前田 健太郎
出版者
首都大学東京
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2011

本研究では、日本の公務員数が他の先進諸国に比べて大幅に少ない理由を考察した。特に、従来の研究が触れてこなかった点として、日本が経済発展の早い段階で公務員数の増加を抑制した理由を重視した。その結果、日本では政府が公務員の人件費をコントロールする制度的な手段を持たなかったことが重要な要因だという結論に至った。給与を抑制できなかったことが、政府を人員の抑制へと向かわせたのである
著者
山村 一繁 見波 進 中村 孝也 饗庭 伸 吉川 徹 藤田 香織
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

中小規模の建物が密集して存在する地区を対象に,その地区内の建物の地震リスク評価を行い,その情報を地域住民と共有するための方法を開発した。地震リスクは,その地域における建物と地盤の特性および想定すべき地震の情報をもとに,建物倒壊,道路閉塞,外壁被害の観点から評価を行った。それらをまとめた資料を用いて地域住民とのワークショップを実施し,一連の取り組みが住民の地震防災意識の向上につながったかを検討した。
著者
大澤 麦
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究の目的は、ピューリタン革命の後半期(1653-59 年)に成立したオリヴァ・クロムウェルの護国卿体制の歴史的かつ思想的意味を、宗教改革に淵源をもつピューリタニズムと古典古代の政治的伝統に由来する古典的共和主義という二つの思想的潮流に着目することで明らかにすることにあった。この体制は従来の研究の中では短命に終わった軍事独裁として、過少評価される傾向にあった。これに対し本研究は、護国卿体制こそピューリタニズムと共和主義の理念をを取り入れ、これらを総合することによって、「自由な国家」としての共和国を基礎づける原理を形成せんとしていたレジームであることを見出した。
著者
田渕 六郎
出版者
首都大学東京
雑誌
人文学報. 社会福祉学 (ISSN:03868729)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.69-108, 1998-03-25

ェスニシティはいかにして家族構造ないしは家族行動の説明要因として用いうるのだろうか。これが本稿が考察する問題である。家族・親族関連行動においてエスニシティによる差異が存在することは既に多くの研究の中で論じられてきた。本報告では、主として家族構造(中でも特に拡大世帯形成行動)とエスニシティとの関係に焦点をあてて、まずそれに関する先行研究を概観する。次いでそれら諸研究のなかでエスニシティがいかにして「説明変数」として用いられているかを確認し、それらの問題点を指摘するなかで、説明要因としてのエスニシティの理論的位置づけを論じる。本稿は家族に関連する行動のなかでも限られた部分のみを直接的な検討対象にするに過ぎないとはいえ、今後の様々な関連分野の実証研究に対しても理論上の示唆を投げかけるものとなろう。本稿の主要な主張は以下のように要約できる。エスニシティは、従来の当該分野の研究においては、特にミクロデータの分析の中で、収入階級、ジェンダーその他の要因を統制した効果である世帯拡大の性向として分析的に抽出され、当該エスニシティ集団に固有の「文化的」性向として理解されてきた。だが、そのような扱いは、エスニシティという説明変数の意味を素朴に「前提」し、それを一種の「残余カテゴリー」として扱う限りで、エスニシティという変数を用いた説明の理論化を放棄するものである。そのような説明に対抗して導入された「経済的説明」は、世帯拡大を貧困へ適応するための村処行動として位置づけ、エスニシティ集団間の差異を社会経済的構造における差異として理解する視座を開いた点で一定の意義を持ったが、理論的な問題を含んでいた。今後の当該分野における研究課題は、エスニック集団が(拡大世帯を形成する)「文化」を持つという前提に立たず、当事者の言説や日常経験に関するエスノグラフィックな記述的研究の伝統に立ち戻ることによって、エスニック集団間における諸属性の差異という現象がどのような具体的過程を通じて生じてくるのかということを、様々なエスニック集団について明らかにしていくことを通じて、説明変数としてのエスニシティ概念を洗練していくことであろうと思われる。
著者
玉野 和志
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2010

資本主義世界経済の転換の下で,各国の都市政策には,グローバル・シティ・リージョンズなどの議論にみられるように,国境を越えて結びつき,成長地域を形成していくことが求められている.本研究では,日本の都市と都市政策において,そのような動きがどの程度具体的に進んでいるかを検証した.検討の結果,1970年代以降そのような必要に駆られた欧米と比べると,日本においてそのような戦略が求められるのは90年代後半以降の比較的最近のことであって,そのためかそのような成長戦略の必要性がまだ十分には認識されていないことが明らかになった.この点は現在の日本経済を考える上でも,興味深い点であり,さらなる検討が求められる.
著者
村上 哲明 綿野 泰行 角川 洋子 山本 薫 堀 清鷹 森 恵里菜 松本 めぐみ
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2013-04-01

無配生殖(無性生殖の一型)を行うシダ植物の種は近縁な有性生殖種と容易に交雑すること、それらの間の雑種個体からは高頻度で減数した子孫が生じることを我々は明らかにしていた。 そこで本研究では、3倍体無配生殖種のオニヤブソテツ(オシダ科)と、それに非常に近縁な2倍体有性生殖型のヒメオニヤブソテツあるいはムニンオニヤブソテツの間に生じた4倍体雑種個体に生じた胞子を寒天培地上で培養し、F2世代の子孫における無配生殖型と有性生殖型の分離比を調べた。その結果、両生殖型がほぼ1:1で生じ、無配生殖型がただ一つの遺伝的領域(無配生殖遺伝子)によって支配されていることが強く示唆された。
著者
松山 洋 泉 岳樹 中山 大地 島村 雄一 長谷川 宏一 尾身 洋
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2007

本研究の主な成果は以下の通りである。(1)葉面積指数をよりよく推定する新植生指標を提案した。(2)常緑針葉樹であるオオシラビソの分布規定要因を定量的に示した。(3)太陽高度の低い時期における衛星画像の地形効果補正法を提案した。(4)集中型モデルであっても融-流出量を精度よく推定できることを示した。(5)北方常緑針葉樹林の生育開始に融雪が影響している可能性を示した。(6)タブレットPCを用いた高速マッピングシステムを構築した。
著者
立花 楓子
出版者
首都大学東京
巻号頁・発行日
pp.1-88, 2018-03-25

本論文は、研究の背景と目的を述べた序、駅についての基本的な分類を行った第1章、国内外における鉄道・駅の通史をまとめた第2章、本論文で扱う近年の国内駅舎についてその傾向と問題点を明らかにした第3章、駅舎事例について分析・考察を行う第4章、以上の総括を行う結から構成される。第1章では駅の定義や分類の作成など、今後の分析に必要な概念の整理を行った。一般的な駅空間の定義を確認した上で、本論文で取り扱う「駅舎」を駅ビルなどの商業的用途が主となる建物を除き、駅務機能が集中している建物のみとして定義した。また駅舎について規模・立地・構造の3視点から分類を行うことで第4章において分析を行う駅舎事例の位置付けを明確にした。また既往研究を掲載し、本論文独自の視点を示した。第2章では駅舎と鉄道の通史について整理し、駅舎の役割やそのデザインの変遷を国内外に分けてまとめることで、国内外での駅舎設計に対する位置付けの差異を明確にした。国外では19世紀にイギリスで初めて鉄道が開通して以降、鉄道と駅舎は近代化の象徴とされ、オーダーや大きなトレインシェッドを有するモニュメンタルな駅舎が多く設計された。モダニズム建築の台頭や鉄道技術の埋没から次第にその特徴はなくなったが、現在でも国内外の建築家を起用した新築大規模駅舎の建設や既存駅舎の保存改修が活発に行われている。また都市形成に少し遅れて鉄道が発展したため、ターミナル駅が大都市の周縁に位置し、都市内はトラム・地下鉄によって移動する仕組みが形成された。一方海外諸国と比べ大幅に遅れて鉄道技術が輸入された日本では、鉄道をあくまで近代化の手段として捉え、必要最低限の設備での早期普及を目指した。日本での鉄道の発展は都市化と同時期であったため、鉄道を中心として都市が形成された。第3章では近年の日本での鉄道事業・駅舎の傾向である「駅ビル」「駅舎コンペ」「クルーズトレイン事業」「駅とまちづくり」「駅舎リニューアル」の5つのトピックから駅舎への要求とそのデザインについての考察を行った。第2章で明らかになった日本の駅舎に対する考え方は結果として均一で個性のない駅舎が量産される原因となった。しかし近年、ただの移動手段であった鉄道は乗る体験としての新たな価値を、駅舎は街の中での顔としての役割を持ち始めた。こうした傾向に伴い駅舎にはその土地ならではの個性である「地域性」が求められるようになった。第4章では第3章をもとに駅舎の地域性に着目し、34事例について作品分析を行った。事例の設計「主題」について、地域のシンボル・ランドマークになることを目指した【地域ランドマーク型】、地区再生を 担うなど地域に対し何かしらの働きかけをするものを【機能提供型】、駅舎でその地域を表現しようとする【地域表現型】、地域は関係なしに建築のあり方に主題をおく【建築的主題型】の4つに大別した。更に設計時参考にした地域の要素である「参照要素」として、海や山といった地域の【自然環境】、歴史や産業などの【文化】、街並みや市民のニーズといった【都市】、【なし】の4つを抽出した。また主題を実現する際に「参照要素」をもとにして実際に行われた建築的操作を「表現手法」とし、作用する建築部位と共に抽出を行った。第1章で行った構造的な分類ごとに駅舎の「主題」と「参照要素」との関係性を整理し、具体的な作品の分析を踏まえてその特徴を明らかにした。また、「参照要素」と「表現手法」に着目し、地域性表出の具体的操作の傾向を明らかにした。結では、本論文の総括と展望を示す。駅舎に対するニーズの変化から駅のあり方はより地域に沿ったものへと変化しつつある。本論文では駅舎に地域性を持たせる手段の一つとして建築的主題の捉え方とそれに基づく設計手法を示した。
著者
金子 勇大
出版者
首都大学東京
巻号頁・発行日
pp.1-68, 2019-03-25

首都大学東京, 2019-03-25, 修士(工学)
著者
星 周一郎
出版者
首都大学東京
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

平成29年度は、(1)前年度の準備作業に基づき、平成27年に成立した改正個人情報保護法をめぐる議論を整理し、街頭設置カメラ映像の高精細化や、生体認証機能の備えられたカメラシステムについての法的規制の枠組みと、その法的根拠・許容限界に関する考察を行った。具体的には、個人識別や画像処理が容易に行いうるシステムの普及がみられることから、これを商用目的、あるいはマルチユースという形態で利用する場合を念頭に、匿名加工情報や統計情報としての利用を含めた、その許容限界について予備的な考察を加え、その結果を「街頭設置カメラ映像の商用利用に関する一考察」と題する論文で公表した。また、街頭設置カメラの防犯、捜査での利用がますます増加していることから、(1)生体認証機能を備えたカメラシステムの利用も含め、防犯という文脈での利用の許容性を、プライバシー概念との相関も踏まえつつ検討し、その成果を「犯罪の未然防止・再犯防止と情報の取扱いに関する覚書き」と題する論文、および「防犯カメラの高機能化と法的規制の新たな動向」と題する小論で公表した。また、(2)犯罪捜査や公判での立証といった、刑事司法における防犯カメラ、カメラ映像証拠の法的性質や許容限界について、近年普及が著しいドライブレコーダーの活用の是非という視点も含めて改めて包括的な検討を加え、「防犯カメラ・ドライブレコーダー等による撮影の許容性と犯罪捜査・刑事司法における適法性の判断」と題する論文において、その成果を向上した。さらに、生体認証機能を備えたカメラシステムについて、防犯目的等で利用の可否等について、さらなる検討を行うための前提として、情報共有の枠組みのあり方についての情報収集を行ったほか、英米における議論状況や関連動向に関して、情報収集を継続して行った。これらを踏まえて、計画最終年度である平成30年度の研究を進めることとしている。
著者
鈴木 麻純
出版者
首都大学東京
巻号頁・発行日
pp.1-79, 2019-03-25

本論文では、ボードレールの「他処(ailleurs)」における「匂い/香り」の様々な機能を明らかにし、その重要性を探る。「他処」=「ここでないどこか」は、詩人ボードレールとその詩学において極めて重要なテーマの1つであり、ある種の強迫観念(オプセッション)として様々な作品のなかにあらわれている。現実世界という「今ここ」からの脱出を渇望する詩人は、自然豊かな異国の島や神秘的な未知の理想郷など、ありとあらゆる「他処」を描いていくのであるが、その「他処」には、必ずと言っていいほど香りが漂っている。記憶や想像力にはたきかけ、情景を一瞬にして喚起する「起動装置(déclenchement)」としての香りが動的に作用するのに対して、喚起された情景のなかを「漂う」香りの機能は限りなくささやかなものに見える。しかし、複数の詩篇において、このような「漂う」香りが描かれていることを見ると、「他処」には何らかの香りが漂っていなければならなかった、とさえ言える。したがって本論では、「記憶」と「夢想空間」をテーマとし、それぞれの「他処」のなかでどのように「匂い/香り」が機能しているかを考察する。第1章では「記憶」をテーマとする。第1節では、香りによる記憶の喚起が描かれる「髪」«La Chevelure»を取り上げる。この詩では髪の香りに解き放たれた詩人が、過去を見出すという物語が「航海」として描かれている。ここでは、「ほとんど死に絶えた(presque défunt)」世界までをも蘇らせる、香りの魔術性について論じる。第2節では、「憂愁」«Spleen»とともに『人工天国』の「記憶の羊皮紙」を扱い、まずは、詩人のなかに眠る記憶のあり方を考察する。これら2つのテクストの読解に加え、「記憶の羊皮紙」と、その原作であるトマス・ド・クインシー『深き淵よりの嘆息』を比較するなかで、記憶の膨大さ、不死性、未知性という3つの側面が明らかになる。また、「憂愁」を「漂う」香りは、記憶に「防腐処置をする(embaumer)」という機能をもつことがわかる。第3節では、「前世」«La Vie antérieure»を扱う。この詩では、神秘的で壮大な「他処」が、詩人の「長い間暮らした地」として表現されているが、ボードレールにおける「郷愁(ノスタルジー)」というフェリックス・リーキーの分析を中心に考察するなかで、それは記憶であるよりはむしろ「想像された前世」にちかいものであることがわかる。さらに、「他処」にいながら苦悩する詩人という「矛盾」に着目し、この詩では、「今ここ」の「他処」への侵入が現れていることを見る。この詩を漂う香りの機能は、ここでは曖昧なままであるが、夢想空間をテーマとした第2章のなかに、その鍵となる機能がある。第2章では「夢想空間」をテーマとする。第1節では、まず、記憶と想像力の不可分性について書かれたホフマンやバシュラールのテクストを考察し、そのことがあらわれている詩として「異国の香り」«Parfum exotique»を取り上げる。この詩では、恋人の乳房の香りによって夢想が始まり、詩人はそのなかで様々な情景を見る。自然豊かな島の景色は、若い頃のボードレールが滞在したモーリス島やブルボン島の風景を思わせるが、感覚描写などに注意して詩を読んでいくと、想像力の作用なしには、この詩の「生きた空間」は存在しえないことがわかる。最後に、夢想のなかに新しくあらわれる「緑のタマリンドの香り」がどのように作用しているかを考察する。第2節では、「旅への誘い」«L’Invitation au voyage»を取り上げる。ここでは、「匂い(odeur)」の語源である「満たす」という性質から出発し、ジョルジュ・プーレ、ミンコフスキー、テレンバッハのテクストを参考にしながら、夢想空間に「生命を吹き込む(animer)」という新たな機能について考察する。次に、«odeur»のもう一つの語源である「浸透する」という性質から、夢想を「深化させる(approfondir)」という香りの機能が明らかになる。第3詩節では、散文詩「二重の部屋」(La Chambre double)を取り上げ、より深くなった夢想のなかで香りの機能がどのように変化しているかを見る。まず、香りが観念に近いものとして表されていることから、香りと観念の関係について考察する。するとボードレールの美術批評の「香りが観念の世界を語る」という一節をはじめとして、「万物照応」«Correspondances»などでも、香りと観念の親和性があらわされていることがわかる。次に、匂いの表現が他の詩篇と比べて抽象的で曖昧であることに着目し、そこから、本来は繋がれていない2つの世界を「繋ぐ(relier)」という5つ目の機能が明らかになる。このように、香りは「他処」を喚起するだけでなく、過去の世界に「防腐処置(embaumer)」をし、それがいつか「他処」として、現在のなかに蘇ることを可能にする。空間を満たす香りは「生命を吹き込(animer)」み、浸透する香りは夢想を「深化させる(approfondir)」。そして最後に、香りは2つの世界を「繋ぐ(relier)」。つまり香りは、「今ここ」にいながら、あらゆる時空間で生きることを可能にするものだと言える。そして、それゆえに香りは、ボードレールの「他処」の詩学に欠くことのできないものなのである。
著者
淸水 元貴
出版者
首都大学東京
巻号頁・発行日
pp.1-58, 2018-03-25

首都大学東京, 2018-03-25, 修士(健康科学)
著者
安藤 史帆
出版者
首都大学東京
巻号頁・発行日
pp.1-159, 2016-03-25

首都大学東京, 2016-03-25, 修士(文学)
著者
金 碧臻
出版者
首都大学東京
巻号頁・発行日
pp.1-85, 2014-03-25

首都大学東京, 2014-03-25, 修士(文学)