著者
森田 光博
出版者
成城大学
雑誌
成城法学 (ISSN:03865711)
巻号頁・発行日
no.76, pp.61-164, 2007-03
著者
神居 文彰
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.719-723, 2020

<p>Buddhism Painting can easily be considered from the angle of handicrafts and the aspirations of the common people in early modern Buddhism.</p><p>There are many connections between images of Amida coming to meet the dying and Genshin 源信. Thanks to the efforts of artists and related stories, as well as wood-block prints, images of Amida coming to meet the dying portrayed on silk fans were widely distributed. Such images were valued by people as relics.</p>
著者
池田 潤 Ikeda Jun
出版者
筑波一般言語学研究会
雑誌
一般言語学論叢 (ISSN:13443046)
巻号頁・発行日
no.6, pp.17-32, 2003-12-31

米国のセム語学者・アッシリア学者であるG. Buccellatiは1970年代にgraphemic analysisというシュメール系楔形文字(以下、楔形文字と略称する)に関する研究を構想し、これまでにアッカド語の古バビロニア方言、マリ方言、ウガリト方言、アマルナ書簡、エブラ書簡等の分析を進めてきた。 ... This paper dealt with the graphemic rules involved in double writing of consonants, the graph sequence of the type-(C)VCi-CiV(C)-("CC writing" below), in four languages recorded in the Mesopotamian cuneiform, i.e. Sumerian, Akkadian, Hurrian, and Hittite, and asked the following questions ...
著者
千艘 秋男
出版者
東洋大学東洋学研究所
雑誌
東洋学研究 (ISSN:02889560)
巻号頁・発行日
no.39, pp.75-91, 2002
著者
斎藤 共永
出版者
日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.55-62, 2002-05-31

本稿では、多様な可能性を秘めたデジタル機器のデザインにおいて、イノベィティブなデザイン生成のための方法としてのプロトタイピングについて検討する。プロトタイピングのもつ意味は、次の諸点にまとめられた。1)プロトタイピングの文化はイノベーションの質を決定づける。2)デジタルの価値創造においては、非線形的なプロトタイピングの役割が大きい。3)それは、デジタルの価値が、主に非モノ特性からなることによる。4)プロトタイプからスペックを導くプロトタイピング主導型のプロセスが必要である。5)プロトタイプは、開発過程における共通言語となる。これらを検証するために、企業のデザイン組織において、プロトタイピングがどのように行われているか調査を行った。その結果、技術や社会の変化を考慮に入れて、製品のあるべき姿を描くというプロトタイピングが、企業の開発プロセスや、組織構造などの中に組み込まれており、プロトタイピングが、これからのデザインプロセスとして、有効であるとの認識が定着しつつあることが分かった。
著者
佐藤 哲彦
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.87-101, 2017

<p>本論文は逸脱研究における社会構築主義的分析の意義について2つの問いを経由して論じ, とくにディスコース分析を用いることで, 逸脱とそれを一部とするより大きな社会過程の記述が可能であるということを示したものである.</p><p>問いの1つは, 逸脱の社会学の退潮という現状から, こんにちどのような形で社会学的な逸脱研究が可能かということである. この点についてはとくに1980年代以降の犯罪コントロールや刑罰と社会との関係の変化を踏まえ, 新刑罰学などで中心的に議論されている論点を参考にしつつ, 新たな社会状況とそれに巻き込まれる人びとの姿を記述する方法の必要性を論じた. もう1つの問いは, そのための記述方法として社会構築主義的方法がどのような意義をもつかということである. この点について本論文は, ‹語られたこと/語られなかったこと›の分割をどのように処理するかという最近の構築主義批判に応える形で, とくに語りの遂行性に着目した社会構築主義的な分析方法としてのディスコース分析の意義を, 覚醒剤使用者の告白を題材に論じた. そしてその告白が覚醒剤をめぐる社会状況と結びつけて理解可能であることを示した. 併せてディスコース分析の代表的な技法であるレパトワール分析の意義として, 個別性を超えた記述に接続可能であることを論じ, それを具体的に示すために企業逸脱とされる薬害問題を対象にディスコース分析を行うことで, その意義を明らかにした.</p>
著者
福田 重義
出版者
日本建築学会
雑誌
建築雑誌 (ISSN:00038555)
巻号頁・発行日
no.423, pp.739-741, 1921-12
著者
加藤 正春
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:00215023)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.209-229, 2000-12-30

かつての沖縄では,若者の死の直後に若者仲間が墓に赴き,歌舞音曲をともなった伽をする習俗がみられた。ワカリアシビー(別れ遊び)などと呼ばれたこの儀礼は,死んだ若者のモーアシビー(野遊び。青年男女の野外交遊のこと)仲間が夜毎に墓前に集い,そこで一時を遊び過ごすものであった。儀礼はほぼ一週間ほど続けられたが,いくつかの報告では,幕内から死者の棺箱を出したり,その蓋を開け,死者を座らせて行われることもあったとされている。また,墓前の仮小屋に短く織った手拭い(いんきや織りの手さじ)を飾って集う例も報告されている。儀礼は昭和時代に入ると行われなくなった。本稿では,19例の報告事例の検討から,この儀礼が野遊びの形態をとって死後に行われる若者仲間の追悼儀礼であり,幕内の死者の霊魂を幕前に招き出して行う,生者と死者との直接交流・交歓であることを明らかにする。若者たちが墓前に集まり,棺箱を墓から引き出すのは,死者に近づいて交流しようとする意図であり,短い手拭いをさげるのはそれを霊魂の依代として用い,そこに寄り憑いた死霊を実感するためである。また,引き出した棺箱を開け,死者を座らせるのは,生前と変わらぬ形で死者と直接に交流しようとする試みである。ただし,このような儀礼行為の前提には死の認識があり,死体の変化に対する人々の知識と経験が存在する。なお,儀礼には死霊の危険性に対する忌避観念が表出されていないようにみえる。これは,若者たちが死んだ仲間を追悼するために,死霊の危険性を受け入れた上で儀礼を行っているからである。それは,若者仲間の同輩結合の強さを示すものである。