著者
星野 太佑
出版者
東京大学
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2011

本研究では、乳酸が運動による骨格筋ミトコンドリア増殖のシグナル因子となるのか明らかにすることを目的とし、研究を行った。まず、マウスへの運動前のジクロロ酢酸摂取が、運動中の体内の乳酸濃度を低下させることを確認した。そのDCA摂取を用いて、マウスに乳酸濃度の低い運動を継続して行うトレーニングを4週間行わせた結果、同じ強度でも乳酸濃度の低い運動トレーニングを行った群では、通常のトレーニングによって引き起こされるミトコンドリアの増加が抑制されることが明らかとなった。このことは、乳酸がミトコンドリア増殖のシグナル因子になりうる可能性を示唆するものである。

1 0 0 0 OA 春服対佳賀紋

著者
笠亭仙果 作
出版者
森屋治兵衛
巻号頁・発行日
vol.三編, 1852
著者
田中 秀佳
出版者
名古屋経済大学
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2013-08-30

国際人権法の、無償教育をめぐる法制原理の整理と分析を進めてきた結果、1「無償」の概念と範囲が、わが国のそれとは大きく異なること、2立法・行政による無償教育施策の実行の程度を計測する指標枠組みが提起されていること、3政府が国際人権法の規定を実行しなかった場合には、社会権であっても司法による判断がなされ得ることが明らかになった。ここから、1国際人権法と国内教育条件整備法との整合性をめぐる詳細な法的分析、2無償教育の先進国における国際人権法と教育条件整備法との整合性/コンフリクトの事例検討、3教育の権利保障の実現程度を指標化する理論研究の整理と指標の分析の必要が研究課題として析出された。
著者
石村 満宏
出版者
Tokyo Geographical Society
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.94, no.4, pp.256-265, 1985-08-25 (Released:2010-10-13)
参考文献数
16
被引用文献数
1
著者
並松 信久
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 人文科学系列 (ISSN:02879727)
巻号頁・発行日
no.46, pp.79-112, 2013-03

比嘉春潮(1883-1977,以下は比嘉)は明治期から昭和期にわたって活動した,沖縄史に関 する研究者である。研究者としてのみでなく,社会主義運動家としても,エスペラント語の普 及者としても知られている。比嘉は沖縄師範学校卒業後,小学校教諭となり校長にもなる。そ して小学校校長を辞したのち,新聞記者,さらに沖縄県吏となっている。1910(明治43)年 の伊波普猷(1876-1947,以下は伊波)との出会いによって,沖縄史に関心をもつ。1923(大 正12)年に上京して出版社の編集者となり,柳田国男(1875-1962,以下は柳田)のもとで民 俗学に関心をもつ。その一方で社会主義運動との関係をもち続ける。 上京後,民俗学を通じて沖縄研究を深めていく。しかし比嘉の場合,民俗学の視点からの 沖縄研究だけではなく,社会主義運動との関連から,社会経済史の視点からの研究も多く みられる。その業績は戦後に数多く出される。この沖縄研究にあたって比嘉は自らを「イン フォーマント」(informant)と語る。しかしながら『比嘉春潮全集』全5 巻(沖縄タイムス社, 1971-1973 年)というぼう大な研究業績から,比嘉が単なるインフォーマントであったとは考 えにくい。これまで比嘉に関する研究成果が出されているものの,多くの先行研究では,伊波 や柳田からの「影響」とされることによって,比嘉のインフォーマントとしての役割と,研究 者としての活動とが,つながりのないものになっている。 本稿ではこの比嘉の活動期を大まかに,(1)脱沖縄の意識と沖縄回帰の二重の矛盾のなかで キリスト教からトルストイズムに傾倒していった時期,(2)1910(明治43)年の伊波との出 会いをきっかけとする沖縄史への関心を深めた時期,(3)社会主義運動の先駆者となった時期, (4)柳田との交流をきっかけに民俗学研究に取り組んだ時期,(5)戦後になって数多くの著作 を発表した時期などに分けた。そしてこれらの活動期にしたがって,比嘉というインフォーマ ントの存在が,沖縄研究にとって重要な役割を果たしたことを明らかにした。比嘉は沖縄固有 の文化や方言などの情報や資料を「客観的」に提供することで,沖縄の歴史を伝える研究者と なった。比嘉はインフォーマントとして沖縄の「個性」を表現した研究者であるといえる。

1 0 0 0 OA 満洲馬賊秘史

著者
奥宮復堂 著
出版者
有宏社
巻号頁・発行日
1929
著者
西村 清和
出版者
美学会
雑誌
美学 (ISSN:05200962)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.1-12, 1996

The invention of photography definitely changed our way of representing the world and the self. In this paper I try to show a portion of such transformation by way of regarding photography as a kind of narrative act. Painting is a 'depiction' by human eyes and hands, and depends on the particular cultural code of representation. But photography is the direct 'trace' of nature. According to C.S. Peirce, we could call the semiotic status of photographic image 'icon=index'. Photography as index does not imprint the reality of presence but that of 'once-was'. Moreover, to release the shutter means to put an end to a sequence of real incident. What photography imprints is the reality of 'once-was' and 'already-ended'. And the coherent incident structured by both the beginning and the end is a narrative by definition. Photography is the apparatus of structuring the reality as a fragment of narrative. What is, then, the peculiarity of the photographic narrative in contrast with other forms of narrative, such as painting, chronicle, history, fiction, reminiscence and the traditional narrative of self-image? That is the main subject of my paper.
出版者
福岡大学
巻号頁・発行日
2018

2017