著者
倉田 賢一
出版者
中央大学人文科学研究所
雑誌
人文研紀要 (ISSN:02873877)
巻号頁・発行日
no.82, pp.95-103, 2015

『浮世の画家』の邦訳者によれば,翻訳にさいしてカズオ・イシグロは,作中の「大正天皇の銅像」を「山口市長の銅像」に訂正した。この天皇の抹消は,その場面が持つ意義から,主人公の「戦争責任」をめぐる思考における,天皇の無視を反復するものとして見ることができる。「戦争責任」をめぐる言説における天皇の位置と,この作品で「浮世」(あるいは「浮遊する世界」)と呼ばれているものが,主人公の疑心暗鬼をかきたてるホンネとタテマエの使い分けにほかならないことを考えあわせると,この天皇の抹消は重層的に決定されていることがわかる。すなわち,主人公がおそれる左翼の文脈では,天皇が「浮遊する世界」に関連しているが,彼がかつて属した右翼の文脈では,天皇はむしろ「浮遊する世界」の克服に関連している。さらに,この両者を同時に抑圧する天皇の無視は,昭和天皇に帰せられる空虚な自己批判の身振りの反復によってなされるのである。
著者
茂木 健司 笹岡 邦典 樋口 有香子 根岸 明秀 橋本 由利子 外丸 雅晴
出版者
北関東医学会
雑誌
北関東医学 (ISSN:13432826)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.239-244, 2007-08-01 (Released:2007-09-11)
参考文献数
28
被引用文献数
2

【背景・目的】 口腔に存在する多数の常在菌は局所的疾患の原因となるだけでなく, 全身的障害をも引き起こす. そのため, 口腔ケアは全身疾患予防の観点から重要視されている. 今回, 各種含嗽剤による口腔常在菌数減少効果について検討した. 【対象と方法】 健常成人21名に対し, 含嗽前の唾液, および7%ポビドンヨード30倍希釈液, 薬用リステリン®(青色) 原液, 薬用クールミントリステリン®(黄色) 原液, おのおの30mlを, 15秒間口腔内に貯留後の唾液を検体とし, 一般細菌, カンジダの培養後, 含嗽剤作用前後のコロニー数を比較した. 【結 果】 一般細菌は, 含嗽前では全例から検出されたが, 含嗽後では69~93%で減少した. カンジダは, 含嗽前では27~47%に検出され, 含嗽後では25~88%で減少していた. いずれも薬用リステリン®(青色) の減少率が高かった. 【結 語】 含嗽剤を口腔に貯留することにより, 一般細菌, カンジダを減少させる効果が認められ, 特に薬用リステリン®(青色) の効果が高かった.
著者
中澤 篤史
出版者
一般社団法人 日本体育学会
雑誌
体育学研究 (ISSN:04846710)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.315-328, 2008-12-10 (Released:2009-02-25)
参考文献数
27

The Undoukai (Athletic Association) at the Imperial University of Tokyo was a student association that consisted mainly of sports club members. The Undoukai was a departure point for Japanese sports, and led to the establishment of school sports in the Meiji period, being incorporated as a foundation in 1934. The purpose of this study is to describe the process of how the Undoukai was organized as an incorporated foundation from the late Taisho era to the early part of the Showa era, focusing on interactions among students and the university. The main documents are gathered from the Imperial University Newspaper.The results of this study are summarized as follows.1) This study describes the history after establishment of the Undoukai, which was integrated into the Gakuyukai (Athletic and Cultural Association) at the Imperial University of Tokyo in 1920. The Gakuyukai was an all-university association that included cultural activities. However, the members of the sports clubs left the Gakuyukai and organized the Undoukai again in 1928.2) This study clarifies two oppositional relationships among students during the organizational process of the Undoukai. One was between sports club members and the other students, and the other was between the left-wing students and the right-wing students. In both relationships, sports club members would win the understanding of non-athletic students and would distance themselves from the left-wing students. Both practices enabled the Undoukai to become independent from the Gakuyukai.3) This study clarifies that strong assistance from the University contributed to the reorganization of the Undoukai. There were two problems that the University needed to address: one was how to prevent students' illnesses, and the other was how to discourage students from becoming inclined to the politcal left. Therefore, the University expected general students to aspire to “healthy body” and to have “healthy idea”. While the University would recommend sports to general students in order to realize the expectation of “healthy body”, at the same time it would separate general students from left-wing students in order to realize the expectation of “healthy idea”. These expectations and practices of the University provided the impetus that nurtured the Undoukai.

3 0 0 0 OA 倭玉篇 3巻

出版者
巻号頁・発行日
vol.[1], 1613
著者
安川 一
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.57-72, 2009-06-30 (Released:2010-08-01)
参考文献数
63
被引用文献数
1

これは,視的経験を社会学するための視座設計の試作品である.わたしたちの見る営みは互いにどう違うのだろう.現代社会・文化の様々な領域で視覚の優位が言われてきた.社会学的思考も,見ることはすなわち行為であり制度である,そう述べてきた.けれども,具体的な視的経験の豊かなありかたが直視されることはあまりなかった.視的経験の実際を探ろうと思う.つまり,生理的機能としての視覚でも社会・文化・歴史的抽象としての視覚性でもない,雑多に繰り返される日々の諸経験の視覚的位相の探求である.この観点から私は,社会心理学的自己概念研究法である自叙的写真法に準じて自叙的イメージ研究を試みた.被験者に「わたしが見るわたし」をテーマにした写真撮影を求め,撮影行為と自叙的イメージとで視的経験を自己言及的に活性化して,その様子を観察しようというフィールド実験である.総じて,生成された自叙的イメージの多くは生活世界の“モノ語り”像(=モノによる自己表象)だった.ただし,イメージの自叙性のいかんは主題ではない.イメージ自体の分析が視的経験の解析に至るとも思えない.課題は分析よりむしろ,イメージ群をもって視的経験をいかに構成してみせるかにあると思う.私は,イメージ群の配列-再配列を繰り返しながら,イメージ陳列の仕方自体を視的経験の相同/相違の表象として試みつつ,この作業を通じて考察に筋道をつけていきたい,そう考えている.
著者
小野 浩
出版者
北海道大学經濟學部
雑誌
經濟學研究 (ISSN:04516265)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.68-76, 1995-05
著者
伊藤 広貴 越塚 誠一 芳賀 昭弘 中川 恵一
出版者
日本医用画像工学会
雑誌
Medical Imaging Technology (ISSN:0288450X)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.208-214, 2011 (Released:2011-10-12)
参考文献数
14
被引用文献数
1

胸郭の運動が一因となり呼吸による肺変形が引き起こされるため,胸郭の時系列の動きを知ることは肺内部の変形シミュレーションをする際に重要な知見となる.そこで,解剖学的知見とCT画像をともに用いる胸郭運動モデルを提案する.肋骨は肋横突関節と肋椎関節を結ぶ軸で回転運動をさせ,各肋骨の回転角度は呼気と吸気時のCT画像から求める.これにより,提案した胸郭運動モデルがポンプハンドル運動とバケットハンドル運動を定性的に再現できることを示す.さらに,呼気と吸気時のCT画像を用いて,提案した胸郭運動モデルにおける肋骨の回転角度算出手法の妥当性を検証する.
著者
室井 努
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.64-77, 2006-01

本稿は,古代語における数詞表現のあり方をみるために,その手がかりとして,『今昔物語集』において頻出する人数表現を中心とする数詞表現を,現代語の数量詞研究の成果を踏まえつつ,検討を加えたものである。まず,今昔全体の表現の偏りから,基調とする文体差によって名詞句に対する数量詞の前置・後置に差が見られることを確認する。その上で,それらの間には定・不定などの用法差がうかがえること,それらは現代語ではいわゆる数量詞遊離構文が果たしている機能が数量詞転移表現によってなされるなど,現代語とは異なった様相を見せていることなどを明らかにした。また,新たな展開を見せる表現として和文脈を中心に,いわゆる数量詞遊離構文が(平安仮名文において有力であったわけでもないのにも拘らず),その勢力を拡大しようとしているようすが認められた。
著者
宮内 佐夜香
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.4, pp.1-16, 2007-10

本稿では、近代語逆接確定条件表現において中心的に用いられる接続助詞ケレド類について、接続助詞ガと比較しながら、江戸語・明治期東京語を対象に調査し、その特徴と変化について論じた。使用率では、江戸語はガが優勢であったが、江戸後期から明治期にかけてケレド類が増加する。形態面では、江戸語において<ケド>は認められず、明治期になってから<ケド>が散見されるようになる。機能面では、江戸語・明治期東京語におけるケレド類は、逆接的意味のない用法ではほとんど用いられないという、ガとの相違が認められたが、江戸語と明治期東京語とを比較すると、明治期に至って、逆接的でないケレド類が江戸後期より増加するという、時代的変化も確認された。以上のように、ケレド類の使用には、使用率・形態・機能の3つの面において、江戸後期から明治期にかけて変化傾向がみられることが分かった。
著者
深津 周太
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.1-15, 2010-04-01

本稿は,従来認知的な概念拡張として説明される指示詞「これ」の感動詞化を,近世初期に生じた通時的な文法変化として捉え直す。変化の過渡期にあったと考えられる中世末期の口語資料や近世初期の狂言台本においては,'動詞命令形を述部とする動詞述語文の目的語'が指示詞「これ」である場合,その述部が「見る」系の動詞であれば助詞「を」を表示せず([これφ+見よ]),その他の動詞であれば助詞「を」を表示する([これを+その他])という相補分布が見られる。「これ」の感動詞化は,このうち,[これφ+見よ]構文において述部の項であった「これ」が述部と切り離され,感動詞へと文法的位置付けが変化する([目的語+命令形述部]→[感動詞+動詞述語文])という'再分析'によって生じた文法変化と見る。本稿の帰結は認知的要因による説明と完全に対立するものではなく,この変化には統語的条件も存在することを実証的に提示するものである。
著者
加田 哲二
出版者
慶應義塾理財学会
雑誌
三田学会雑誌 (ISSN:00266760)
巻号頁・発行日
vol.24, no.7, pp.989(1)-1048(60), 1930-07
著者
陳 君慧
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.3, pp.123-138, 2005-07-01

日本語の後置詞には動詞の中止形を含み,動詞から派生したと想定できるものがある。そのうちのヲモッテ,<原因>のニヨッテは文法化現象の例とされてきたが,それらは訓読語研究で漢文訓読との関連が指摘されてきたものでもある。それらが他言語からの借用なら,動詞からの意味変化として文法化理論から説明するには無理がある。本稿は,文法化研究が扱うヲモッテの多義性が借用かその一般化によるもので,上古の<道具>を表すモチ(テ)こそが動詞モツからの文法化の例であること,ニヨッテの文法化の前提とされてきた動詞の意味が漢文系資料に偏る一方,上古の和文系資料に存在していた動詞ヨル・<根拠>のニヨッテからの文法化が理論的に説明可能なことを検証し,文法化研究で誤った議論がされてきたことを指摘する。漢文訓読との関連が指摘される機能語は少なくないが,日本語における文法化研究では,借用現象を混同しないことが重要なことを主張する。
著者
Ngũmbũ Njũrũri
出版者
Oxford University Press
巻号頁・発行日
1983
著者
高橋 篤史 木村 泉美 樋口 貴洋 伊藤 克彦 向山 弘昭 譚 策 笹川 裕
出版者
一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
雑誌
医学検査 (ISSN:09158669)
巻号頁・発行日
vol.64, no.6, pp.737-742, 2015-11-25 (Released:2016-01-10)
参考文献数
12
被引用文献数
1

イムノクロマトグラフィ法に白黒写真の銀増幅技術を応用した高感度インフルエンザ自動判定キット富士フイルム(株)「富士ドライケムIMMUNO AGカートリッジFlu AB」と他2社のインフルエンザ迅速診断キットについて比較検討を行った。対象患者131名から得られた鼻腔拭い検体を用いて,RT-PCRを基準とした各キットの陽性一致率/陰性一致率/全体一致率を算出した。インフルエンザA型に対して本キットで100% / 96.0% / 97.7%,対照キット①で83.9% / 98.7% / 92.4%,対照キット②で75.0% / 100% / 89.3%であった。またインフルエンザB型に対しては本キットで86.7% / 98.3% / 96.9%,対照キット①で73.3% / 98.3% / 95.4%,対照キット②で60.0% / 99.1% / 94.7%であった。本キットは対照キット①,②に比べA型,B型に対する陽性一致率,全体一致率が共に高かった。RT-PCR陽性,問診票で38℃以上の発熱があった症例にて発症時間と各キットの陽性率を比較した。発症から24時間以内の症例で,本キットは対照キット①,②よりも陽性率が高かった。本キットは高感度であるためウイルス量が少ない検体でも陽性判定できる可能性が高く,早期診断に有用であると考えられる。