著者
牧原 憲夫
出版者
岩波書店
雑誌
思想 (ISSN:03862755)
巻号頁・発行日
no.845, pp.p118-136, 1994-11
著者
須藤 遙子
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 (ISSN:09150900)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.393-409, 2009-11

二〇〇五年は自衛隊の協力を前面に打ち出した映画が、大規模な宣伝を伴って続々公開され始めた年である。これらの作品群は「愛国」や「自己犠牲」といった共通のメッセージや政治性を帯びており、この傾向は現在でも続いている。本稿では、自衛隊が製作に協力する一般劇映画(以下、自衛隊協力映画)を一つの映画ジャンルとして捉え、その内容と製作のあり方を検証する。防衛省の通達により、自衛隊協力映画は自衛隊員のみならず、戦車・戦闘機・戦艦までもが無償で提供されるため、製作側からのオファーが続いている。『亡国のイージス』『戦国自衛隊一五四九』『男たちの大和/YAMATO』『ローレライ』『ミッドナイトイーグル』『日本沈没』などの具体的内容を検証していく。次に、二〇〇八年秋に大きな政治問題となった、前航空幕僚長の田母神敏夫による論文が主張する内容と自衛隊協力映画との共通性をとりあげる。田母神は「国防という重大な使命」を達するために構築すべき、防衛力の基盤としての「愛国心」を問題としている。一九六一年に制定された「自衛官の心がまえ」の内容とほぼ一致する田母神論文は、「ことに臨んでは、身をもって職責を完遂する」ような「健全な国民精神」の構築を訴えているのだ。田母神論文には厳しい批判をしたマスコミ各社だが、自衛隊協力映画の製作委員会に入っていることで、自社媒体の主張とは異なるプロパガンダを積極的に流している。一般全国紙及び系列の民放キー局は全て、何かしらの自衛隊協力映画に出資している。現代においてはマスコミ各社も映画産業の一部となり、政治・経済・文化とマス・メディアのポジショニングはさらに複雑化している。それが最も顕著に表れているのが、「自衛隊協力映画」というジャンルといえる。「自衛隊協力映画」という新しいジャンルを主張することで、映画というポピュラー文化に浸透する政治性を明らかにするのが目的である。
著者
佐藤 進一
出版者
弘前大学國史研究会
雑誌
弘前大学國史研究 (ISSN:02874318)
巻号頁・発行日
no.64, pp.1-7, 1976-03-20
著者
大杉 重男
出版者
論樹の会
雑誌
論樹 (ISSN:0915504X)
巻号頁・発行日
no.28, pp.105-116, 2016-12
著者
村尾 忠廣 疇地 希美
出版者
一般社団法人情報処理学会
雑誌
情報処理学会研究報告音楽情報科学(MUS) (ISSN:09196072)
巻号頁・発行日
vol.1998, no.74, pp.31-38, 1998-08-07
参考文献数
9
被引用文献数
3

本研究では次の3点について明らかにする。1)60?90年代の日本のポピュラーソングのリズムを日本語の音数律にしたがって統計分析し、年代ごとのパターンの特徴を示すこと。分析の中心は3文字文節が拍節的にどう処理されてきたかという問題で、これは小泉文夫によってすでに提起されていたが、今回あらたに変形2(詰め込み型)を設けて分析、このパターンが90年代の特徴という結論をえた。2)90年代のもう一つの特徴は弱化モーラのシラブル化が外国語のような日本語の歌をつくりだしたことだといわれる。しかし、1音多文字のシラブル的な歌はすでに大正年代の歌にもみられることであり、そのこと自体は中高年世代にとっても難しいことではない。問題は、変形詰め込み型とシラブル化が同時におこり、それによって「配字シンコペーション」がおこってきたことである。そのパターンの頻度を調査すること。3)そうした分析結果ともとに、理論的に90年代の「配字シンコペーション」を作り出し、中高年世代がこれをどう歌うか実験をこころみることである。In this study, we elucidate why the Japanese senior can not sing the pop songs in 90's in terms of syncopated patterns originated by weakened mora. We analyzed and demonstrated the following points. 1) Congruent points between metric accent and the closure points of three mora patterns. 2) Syncopated pattern originated by weakened mora. 3) Composing the typical 90's pop song melody based on the theoretical idea presented above.
著者
小森 治夫 Haruo KOMORI
巻号頁・発行日
vol.47, pp.1-22, 1997-05-30
著者
中山 哲夫
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科學會會報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.115, no.6, pp.605-611, 2012-06-20
参考文献数
14
被引用文献数
1

感染症対策にワクチンの果たしてきた役割は大きく, ワクチンで予防できる疾患はワクチンで予防する基本的な方針で欧米は積極的にワクチン政策をすすめてきた. 一方, わが国では種痘禍, ジフテリア・百日咳・破傷風 (DPT) の事故, 麻疹・風疹・ムンプス (MMR) スキャンダルと予防接種に関する訴訟が続き積極的な予防接種政策を執ることができなかった. ワクチンメーカーも新規ワクチン開発や外国からの導入もなく空白の十数年が経過し, その間欧米においては1990年代にはインフルエンザ桿菌ワクチン (Hib), 結合型肺炎球菌ワクチン (PCV) が開発され日本発の無細胞型百日咳ワクチン (DTaP) をベ-スに多価ワクチンの開発と積極的に予防接種政策を推し進めてきた. ワクチンの品目, 制度の違いからワクチンで予防できる疾患 (vaccine preventable diseases: VPD) の流行が制圧できずワクチンギャップとして問題視されてきた. 最近になって2008年にはインフルエンザ桿菌ワクチン (Hib), そして2010年春から小児用の結合型肺炎球菌ワクチンが使用できる様になった. わが国の予防接種政策が立ち遅れた原因は何か, そしてこれからの予防接種対策について考えてみたい.
著者
右田 裕規
出版者
京都大学
雑誌
京都社会学年報 : KJS
巻号頁・発行日
vol.9, pp.93-114, 2001-12-25

The fact that the pictures of the Imperial family of Japan were called "goshin-ei", and were treated as the icons of the religious observance at schools in modern Japan was pointed out by a lot of preceding studies on the "goshin-ei". According to these precedent studies, on festival days of the Imperial family, school students at the prewar days were made to worship pictures of the Imperial family that Japanese government sent to many schools, and through these religious observances at schools, the government succeeded in cultivating the respects for the Imperial family in Japanese people. By the way, many pictures and portraits of the Imperial family of Japan were sold by private merchants, and were printed in newspapers and magazines frequently at prewar days. But preceding studies on the "goshin-ei" treated the pictures of the Imperial family that the government sent to schools exclusively, and didn't refer to the pictures and portraits of the Imperial family sold or distributed by private merchants and the mass media. The purposes of this paper are to elucidate the activities of the Japanese government, the mass media and people around gravures of the Imperial family of Japan in newspapers and magazines at prewar times, and to make clear the mentalities to the Imperial family that these gravures cultivated in Japanese people.