著者
沼野 充義 三谷 惠子 松里 公孝 柳原 孝敦 青島 陽子 小松 久男 乗松 亨平 楯岡 求美 井上 まどか 亀田 真澄 下斗米 伸夫 坂庭 淳史 池田 嘉郎 湯浅 剛 阿部 賢一 安達 祐子 加藤 有子 平野 恵美子 羽場 久美子 柴田 元幸
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2013-04-01

ソ連解体後のスラヴ・ユーラシアの変容と越境の様々な様相に焦点を合わせた包括的な研究である。グローバル化時代の世界情勢を考慮に入れ、新たな研究の枠組みの構築を目指した。代表者および19名の分担者の専門は、地域的にはロシア、ウクライナ・コーカサス・中央アジア、中・東欧から、東アジアや南北アメリカに及び、分野も文学・言語・芸術・思想・宗教・歴史から政治・経済・国際関係に至るまで人文社会科学全体にわたる。このようなグループによる超域的・学際的アプローチを通じて、国際学会の組織に積極的に関わり、日本のスラヴ・ユーラシア研究の国際的発信力を高めるとともに、この分野における国際交流の活性化に努めた。
著者
池澤 優 近藤 光博 藤原 聖子 島薗 進 市川 裕 矢野 秀武 川瀬 貴也 高橋 原 塩尻 和子 大久保 教宏 鈴木 健郎 鶴岡 賀雄 久保田 浩 林 淳 伊達 聖伸 奥山 倫明 江川 純一 星野 靖二 住家 正芳 井上 まどか 冨澤 かな
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010

本研究は、欧米において成立した近代的宗教概念とそれに基づく宗教研究が、世界各地、特に非欧米社会においてそのまま受容されたのか、それとも各地域独自の宗教伝統に基づく宗教概念と宗教研究が存在しているのかをサーヴェイし、従来宗教学の名で呼ばれてきた普遍的視座とは異なる形態の知が可能であるかどうかを考察した。対象国・地域は日本、中国、韓国、インド、東南アジア、中東イスラーム圏、イスラエル、北米、中南米、ヨーロッパである。
著者
井上 まどか イノウエ マドカ Madoka INOUE
雑誌
清泉女子大学人文科学研究所紀要
巻号頁・発行日
vol.35, pp.195-220, 2014-03

本稿では、ソルジェニーツィンのロシア/ロシア人論を検討することにより、その表象世界においては、その内部に悪や悪意が存在しないことを明らかにする。今日のソルジェニーツィンに対する評価は、完全に二分されている。とりわけ彼のロシア/ロシア人論について、リベラルな人々は民族主義的あるいは反ユダヤ主義的であると批判して、もはや考察の対象としない一方で、政治家や本質主義的なロシア論を展開する人々においては根強く支持されている。両者の間に大きな懸隔が存在する。本稿では、ソルジェニーツィンのロシア表象における悪の不在を明らかにすることによって、その両者の対話の糸口とすることを目的とする。 検討の対象となるのは、ソルジェニーツィンの主に60―70年代と90年代の作品である。60年代の作品の中から主に短編文芸作品、90年代の作品の中からロシア/ロシア人論が展開される2つの論文をとりあげる。 第1節は、「善き民衆(ナロード)~智慧としての正教」と題し、60年代の作品では農民や労働者に見出される人間的美徳が、90年代においてはロシア人一般に投影され、正教によって培われる美徳とみなされるようになることを明らかにする。第2節は、「善き大統領とともに~ロシア型民主主義」と題し、90年代のロシア論をとりあげ、「小空間の民主主義」とソルジェニーツィンが呼ぶところのロシア型民主主義について考察する。第3節は、「ロシア人論と民族概念」と題し、1990年代の作品におけるロシア人像をソ連時代の民族概念・民族行政との関連において考察する。最後に、ソルジェニーツィンのロシア表象における悪の不在とその意味について検討を行なう。This paper discusses the absence of evil in the 60s and 90s works of A. Solzhenitsyn. When he talks about what Russians should be, or how Russia can reborn after the collapse of USSR, he imagines a world of harmony with people of good faith. In his 60s literary works, Solzhenitsyn portrays Russian peasants as people endowed with the virtues of modesty, unselfishness and patience. In his 90s works, he reflects on the goodness of Russian peasants among all the Russian people, who follow the faith of the Orthodox Church. Moreover, when he argues about the Russian type of democracy, he claims that a cooperative relationship could emerge between an ethical and moral president and a Russian people who can both listen to each other. In his consideration, ethnic Russians who have been forced to scatter throughout the Russian Federation, have a mission to become a warp thread in a tapestry woven by various ethnic groups in Russia. Addition to discussing these analyses, this paper clarifies the fact that evils are absent from the world which Solzhenitsyn depicts; that is, his world is full of people of good will. In such a situation, what seems to be utopia takes on a new complexion as dystopia. This is because the violence of compulsive agreement might be forced on people. Solzhenitsyn has sometimes been called a Russian chauvinist or nationalist; however, it is insufficient and meaningless to label him as such. If we are to face the gulf or lack of dialogue between liberal intellectuals and people who sympathize with the Russian image of Solzhenitsyn, further considerations on the absence of evil in his world might provide a clue to initiating dialogues.
著者
井上 まどか
出版者
清泉女子大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2010-04-01

ソ連崩壊後のロシア連邦において、宗教文化教育を公教育に導入するという試みが実現化した。ロシアの宗教文化教育を分析する本研究は、ソ連崩壊後のロシアにおいて「伝統宗教」とされる諸宗教が、いまなお、人々を結束させる機能を求められていること、つまり、統治と深く関わりがあることを明らかにした。また、今日のロシアにおいて、「ロシア人論」と宗教をめぐる言説とが深く結びついていることを明らかにした。
著者
伊達 聖伸 渡辺 優 見原 礼子 木村 護郎クリストフ 渡邊 千秋 小川 浩之 西脇 靖洋 加藤 久子 安達 智史 立田 由紀恵 佐藤 香寿実 江川 純一 増田 一夫 小川 公代 井上 まどか 土屋 和代 鶴見 太郎 浜田 華練 佐藤 清子
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2020-04-01

本研究は、加速する時代のなかで西洋社会の「世俗」が新局面に入ったという認識の地平に立ち、多様な地理的文脈を考慮しながら、「世俗的なもの」と「宗教的なもの」の再編の諸相を比較研究するものである。ヨーロッパ大陸とアメリカ大陸の政教体制を規定している歴史的文脈の違いを構造的に踏まえ、いわゆる地理的「欧米」地域における世俗と宗教の関係を正面から扱いつつ、周辺や外部からの視点も重視し、「西洋」のあり方を改めて問う。
著者
井上 まどか イノウエ マドカ Madoka INOUE
雑誌
清泉女子大学人文科学研究所紀要
巻号頁・発行日
vol.35, pp.195-220, 2014-03

本稿では、ソルジェニーツィンのロシア/ロシア人論を検討することにより、その表象世界においては、その内部に悪や悪意が存在しないことを明らかにする。今日のソルジェニーツィンに対する評価は、完全に二分されている。とりわけ彼のロシア/ロシア人論について、リベラルな人々は民族主義的あるいは反ユダヤ主義的であると批判して、もはや考察の対象としない一方で、政治家や本質主義的なロシア論を展開する人々においては根強く支持されている。両者の間に大きな懸隔が存在する。本稿では、ソルジェニーツィンのロシア表象における悪の不在を明らかにすることによって、その両者の対話の糸口とすることを目的とする。 検討の対象となるのは、ソルジェニーツィンの主に60―70年代と90年代の作品である。60年代の作品の中から主に短編文芸作品、90年代の作品の中からロシア/ロシア人論が展開される2つの論文をとりあげる。 第1節は、「善き民衆(ナロード)~智慧としての正教」と題し、60年代の作品では農民や労働者に見出される人間的美徳が、90年代においてはロシア人一般に投影され、正教によって培われる美徳とみなされるようになることを明らかにする。第2節は、「善き大統領とともに~ロシア型民主主義」と題し、90年代のロシア論をとりあげ、「小空間の民主主義」とソルジェニーツィンが呼ぶところのロシア型民主主義について考察する。第3節は、「ロシア人論と民族概念」と題し、1990年代の作品におけるロシア人像をソ連時代の民族概念・民族行政との関連において考察する。最後に、ソルジェニーツィンのロシア表象における悪の不在とその意味について検討を行なう。
著者
松里 公孝 長縄 宣博 赤尾 光春 藤原 潤子 井上 まどか 荒井 幸康 高橋 沙奈美
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

ロシアの諸宗教を網羅的・多面的に研究した結果、宗教というプリズムを通じてロシア社会を観察することが可能であることが明らかになった。宗教の視点からは、ロシアはより広い地理的なまとまりの一部であり、キリスト教の「教会法上の領域」の観念、巡礼やディアスポラを含めて広域的な観点から分析する必要性が明らかになった。「脱世俗化」の傾向はロシアにも共通するが、その特殊な形態を明らかにする作業が行われた。