著者
花岡 和聖 中谷 友樹
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2011年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.186, 2011 (Released:2011-05-24)

I はじめに 明治期、ペストやコレラ、マラリア、結核などの伝染病が各地で発生し、様々な防疫対策が取られた。当時、発生状況や患者、感染原因等が詳細に調査され、各地で流行誌としてまとめられた。 ペストに関しては、大阪は、神戸と並び、全国的に最も早い時期にペストの流行が始まる。1909年に発行された『大阪府第二回百斯篤流行誌』によると、大阪では、1899年~1900年及び1905年~1907年にわたりペストが流行した。とりわけ1907年11月には、発生患者数が220名を超えており、それ以前で最も多い約80名の患者が発生した1905年12月と比較しても、1907年11月頃の流行は非常に大規模なものであった。 そこで、本研究の目的は、大阪市を対象にして、『大阪府第二回百斯篤流行誌』から、1906年9月~1907年12月末までのペスト患者の時空間データベースを構築し、当時のペストの地理的分布や拡散過程を明らかにする。地理情報システム(GIS)を用いて、上記の資料を地図化し、改めて分析することで、ペスト流行に関する新たな知見が得られるものと期待できる。こうした研究は、医学地理学だけでなく、情報科学を活用した人文科学研究であるデジタル・ヒューマニティーズ(Digital Humanities)研究としても位置付けられる。 II ペスト患者の時空間データベースの構築 『大阪府第二回百斯篤流行誌』から、大阪市を対象に、「ペスト患者の時空間データベース」の構築を、以下の手順で行った。 まず「「ペスト」患者一覧表」に掲載されるペスト患者の属性をエクセルに入力し、患者属性データを作成する。属性には、ペスト患者の番号や氏名、発病月日、発見理由及月日、病類、住所、発見場所、職業、性別、年齢等の情報が含まれる。 次に、仮製二万分一地形図上に患者の発生地点が記された「大阪市「ペスト」鼠及「ペスト」患者発生図」と、住宅地図上に患者の発生地点と番号が記された詳細図を用いて、発生地点のポイントデータを作成した。具体的には、まずGISを用いて、上記の仮製図を幾何補正し、地図上に記された患者発生地点のポイントデータを入力する。続いて、詳細図に記された発生地点の位置関係をもとに、仮製図上のポイントデータの患者番号を特定した。その上で、患者番号をキーにして、661件の患者属性データとポイントデータを結合した。 最後に、これら以外にも、流行誌に掲載されたペスト鼠数や患者間の同居・交流関係の情報をデータベースとして整備した。 III ペスト患者とペスト鼠数の分布 ペスト患者の時空間データベースを用いて、患者全体のうち、発病と発見が同一場所のペスト患者の発生地点及びペスト鼠数を図に示す。ペスト患者が密集する地域は、主に難波や南堀江、南北に流れる東横堀川の東側である。患者の分布は、感染源となるペスト鼠数の分布はとも一致する。当時、捕獲した鼠の買い取りが行われていたが、1907年、難波警察署管内では年間94,351頭の鼠が検査され、うち1,460頭がペスト菌を有していた(10万頭に対して1547頭)。一方、曽根崎警察署管内では、鼠10万頭に対してペスト鼠は、47頭であった。 IV 患者間の同居・交流関係 特筆すべきは、『大阪府第二回百斯篤流行誌』の「「ペスト」患者同居及交通関係図」には、患者間の同居関係や交流関係が示される点である。この資料をデータベースとして整備し、患者属性データと合わせて利用することで、感染経路を時空間的に追跡が可能となる。これは当時の人的交流の空間範囲を示す資料ともなり得る。 V おわりに 本研究では、『大阪府第二回百斯篤流行誌』を用いて、同資料に掲載される患者属性及び地図上の発生地点から、ペスト患者の時空間データベースを構築した。これを利用することで、患者の発病月日に基づき、発生地点の時空間的変化を把握でき、どのようにペスト拡散し流行したのかを、患者の人口学的、社会経済的属性とも関連付けながら、詳細に分析できる。さらには、患者間の交流関係の情報は、社会ネットワークの観点からの分析や検証も可能である。
著者
花岡 和聖 中谷 友樹 矢野 桂司 磯田 弦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.82, no.3, pp.227-242, 2009-05-01 (Released:2011-08-25)
参考文献数
27
被引用文献数
2 3

本稿では,京町家のモニタリングを意図した外観調査事業から得られる資料に基づき,京都市西陣地区を対象に,京町家の取壊しと建替えを規定する要因を定量的に把握し考察する.その際に,①京町家自体の特性(構造特性と利用状況),②土地利用規制,③近傍の環境特性と関連する指標群を分析した.その結果,①京町家の取壊しは,京町家の建て方や老朽化の程度を示す建物状態,伝統的外観要素の保存状態,高さ規制,周辺環境を表す近傍変数によって規定されていた.また②近傍変数は,土地利用別に異なる空間的な範域を有し,その影響力も土地利用規制と同程度であることがわかった.さらに③京町家からの土地利用転換では,土地利用規制と近傍の環境特性に加えて,従前の京町家自体の特性が土地利用転換を強く規定していた.以上から,京町家の建替えは,時空間的な連鎖を伴って進展していると考察される.
著者
花岡 和聖
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100040, 2011 (Released:2011-11-22)

本研究では、明治後期から大正軍縮期までを対象に、近代日本の軍事的・社会経済的動向を踏まえつつ、海軍志願兵の志願者の地域差とその経年変化を明らかにした。特に日露戦争期の志願者数の急増に着目した。本研究で得られた研究成果は、以下のように整理できる。 ?@海軍志願兵の志願者数は、日露戦争期に急増し、その後、政治経済的動向を受けて上下変動を繰り返した(図1)。特に日露戦争期に志願者数が急増し、その熱狂の「波」は東日本から西日本へと波及した(図2)。志願兵の合格率は、明治後期の30%代から大正期には50%を上回り、学力や栄養状態の改善とともに合格率は上昇した。 ?A志願兵の合格者の内訳をみると、対象期間を通じて農業従事者 が60%以上を占め、農村地域が海軍志願兵の供給を担っていた。ただし、日露戦争期には、商工業者の割合が一時的に増加した。 ?B府県別に志願兵の志願率をみると、明治後期は関東地方で低く、東北や四国・中国、九州地方で顕著に高い傾向が確認された。大正期に入ると、近畿地方でも志願率が低下し、大都市を含む府県とそうでない府県での差が確認される。この時期、志願率の格差は縮小傾向にあるが、要因分析の結果を鑑みると、その主要因は地域間の経済格差の縮小であったと考えられる。 ?C日露戦争期に着目すると、増加率は、1904年(明治37)に東日本でまず増加し、翌年に西日本で増加するといった空間的拡散を確認できた。それ以外の大半の年次の増加率には、統計的に有意な地理的パターンを見いだせなかった。一方で、日露戦争期、志願率の地域差は大幅に縮小し、その後もその地域差は維持された。 ?D志願率の地域差を規定する要因を分析したところ、志願率は粗付加価値額で表される府県の経済状況に強く影響を受け、特に大正期の好景気になるとその傾向は顕著になった。以上から志願兵への志願は、地域の雇用機会と密接に関わり、海軍志願兵は不景気における雇用機会の一つであったと考えられる。 ?E志願兵と九州及び中国・四国地方との結合関係が両地方で拮抗するようになった。同時に、東京と大阪を中心とした「都市―農村」や「中心―周辺」といった地域構造が当時形成されつつあり、志願率の地域差もその枠組みに準拠するように変化したと考えられる。
著者
埴淵 知哉 中谷 友樹 村中 亮夫 花岡 和聖
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.91, no.1, pp.97-113, 2018-01-01 (Released:2022-09-28)
参考文献数
20
被引用文献数
1

近年の国勢調査においては,未回収や未回答に起因する「不詳」の増加が問題になっている.本研究は,小地域レベルの「不詳」発生における地理的特徴を探り,地域分析への影響と対処法について検討することを目的とした.2010年国勢調査を用いて「年齢」,「配偶関係」,「労働力状態」,「最終卒業学校の種類」,「5年前の常住地」に関する不詳率を算出し,都市化度別の集計,地図による視覚化,マルチレベル分析をおこなった.分析の結果,「不詳」発生は都市化度と明瞭に関連していると同時に,市区町村を単位としたまとまりを有していることが示された.このことから,国勢調査を用いた小地域分析において「不詳」の存在が結果に与える影響に留意するとともに,今後,「不詳」発生の傾向を探るための社会調査の実施や,データの補完方法についての基礎研究を進める必要性が指摘された.
著者
埴淵 知哉 中谷 友樹 村中 亮夫 花岡 和聖
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.5, pp.447-467, 2012-09-01 (Released:2017-11-10)
参考文献数
33
被引用文献数
1 4

社会調査の回収率は,標本から母集団の傾向や地域差を適切に推定するための重要な指標である.本研究では,回収率の地域差とその規定要因を明らかにすることを目的として,全国規模の訪問面接・留置調査を実施しているJGSS(日本版総合的社会調査)の回収状況個票データを分析した.接触成功および協力獲得という二段階のプロセスを区分した分析の結果,接触成功率・協力獲得率には都市化度や地区類型によって大きな地域差がみられた.この地域差は,個人属性や住宅の種類などの交絡因子,さらに調査地点内におけるサンプルの相関を考慮した多変量解析(マルチレベル分析)によっても確認された.したがって,回収状況は個人だけでなく地域特性によっても規定されていることが示された.しかし,接触成功率・協力獲得率には説明されない調査地点間のばらつきが残されており,その理由の一つとして,ローカルな調査環境とでも呼びうる地域固有の文脈的要因の存在も示唆された.
著者
花岡 和聖 リァウ カオリー 竹下 修子 石川 義孝
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.101-115, 2017 (Released:2017-07-27)
参考文献数
26
被引用文献数
1

本研究では,アメリカン・コミュニティ・サーベイの2009~2013年の個票データを用いて,アメリカ合衆国で暮らすアジアの7カ国(日本・韓国・台湾・インド・中国・ベトナム・フィリピン)生まれの既婚女性の長期雇用を対象とした多変量解析を行った.その結果,既婚日本人女性の長期雇用割合は,アジアの7カ国出身女性の中で最も低く,そのことは七つの説明要因の効果を調整した上でも,妥当していることが判明した.また,(1)3歳以下の実子がいる,(2)短大卒の学歴がある,(3)夫が高収入である,といった条件をもつ既婚女性の間では,日本人女性でこの割合が著しく低い傾向にある.アメリカ合衆国で暮らす日本生まれの日本人の夫が高い長期雇用割合を示すとともに,日本人の妻の雇用パターンは,(1)人間関係における母性原理という慣習,(2)集団意識としての「場」の共有,を強く選好する日本的価値規範に根差している,と解釈できる.
著者
中谷 友樹 矢野 桂司 井上 茂 花岡 和聖 伊藤 ゆり 田淵 貴大 埴淵 知哉
出版者
立命館大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究の目的は(1)日本社会を対象としたADI指標(地理的剥奪指標)の提案と、(2)小地域(近隣地区レベル≒町丁字スケール)におけるADIと健康指標との関連性を近隣環境要因の媒介に着目した評価、の2点である。ADIについては、貧困・剥奪に関連した国勢調査の小地域統計資料を利用して算出し、各種の健康指標との関連性を分析した。結果として、主観的健康感やがんの生存率など、各種の健康指標の悪化と地理的剥奪の高さとの関連性を報告し、その背景となる近隣環境との関係を考察した。これらを通して、健康の地理学における学際的研究の推進とともに、日本における小地域統計を利用した統計の高度利用について検討した。
著者
花岡 和聖 村尾 修 杉安 和也
出版者
一般社団法人 地域安全学会
雑誌
地域安全学会論文集 (ISSN:13452088)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.1-9, 2014-11-07 (Released:2017-08-02)
参考文献数
24

In November 2013, Typhoon Haiyan (Yolanda) gave devastated impacts on both housing and people’s lives in the middle part of Philippines. The purpose of this paper is first to understand characteristics of such disaster impacts and the geographical distributions, and second to analyze relationships between impacts and vulnerabilities at the municipality level in a quantitative way. Our major finding is that social vulnerability, in particular poverty plays an important role in determining both housing damage and population suffering. Houses in highly urbanized and deprived municipalities were more likely to be destroyed possibly due to concentrations of poor households on high risk areas. Also, elderly, less educated and poor people were more vulnerable.
著者
花岡 和聖
出版者
立命館大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2019-04-01

ひったくりや不審者情報等の犯罪に対する予防の観点から、本研究計画では、ルーティン・アクティビティ理論や防犯環境設計の考え方に基づき、犯罪発生と、その周辺の(1)時間帯別滞留人口及び(2)物理的な景観特性との関連性を統計解析することで、犯罪理論の実証研究を実現することを研究目的とする。その実現のために、スマートフォンのアプリ利用者の位置情報に基づく時間帯別滞留人口や人工知能を援用した景観写真画像判読の成果といった位置情報を伴う「地理的ビッグデータ」を活用し、犯罪発生地点周辺の社会的・物理的環境特性の計測手法の精緻化・自動化を試みる。
著者
埴淵 知哉 中谷 友樹 花岡 和聖 村中 亮夫
出版者
地理科学学会
雑誌
地理科学 (ISSN:02864886)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.71-84, 2012-07-28 (Released:2017-04-14)
参考文献数
28
被引用文献数
3

This paper is aimed at examining the association between the degree of urbanization/suburbanization and the levels of social capital in quantitative terms. We performed a multilevel analysis for the data from JGSS (Japanese General Social Surveys) conducted in 2000-2003. The results showed that the respondents who resided in rural municipalities (i.e., the least urbanized areas) were more likely to belong to groups, for both vertical and horizontal types of organizations, compared to those who lived in the center of large metropolitan areas. However, no differences were seen between urban centers and suburbs within these metropolitan areas studied. In addition, the indicators of general trust and attachment to place did not exhibit significant associations with the index of urbanization! suburbanization. On the contrary, many individual attributes were related to social capital indices; suggesting that the individual/compositional factors may determine the levels of social capital more clearly than the regional/contextual factors. Since our study used the indicators of "global social capital", which do not refer to geographical aspects of social networks or trust, analyzing "local social capital" is necessary in future studies.
著者
花岡 和聖 リァウ カオリー 竹下 修子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2016年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.100164, 2016 (Released:2016-11-09)

本研究の目的は,アメリカン・コミュニティ・サーベイを用いて,結婚や出産後も就業継続がより容易なアメリカに暮らす既婚の日本人女性を対象に分析することで,自然実験的に,日本人女性の専業主婦志向やその背後の価値規範を,他の6カ国のアジア出身女性との比較の上で明らかにすることである。ロジット分析による分析の結果,雇用獲得と関係する複数の要因を調整した上でもなお,アメリカに暮らす既婚の日本人女性の雇用割合は他のアジア出身女性よりも目立って低いこと,特に教育水準や夫の収入,3歳以下の実子の有無,夫婦間のエスニシティの差異などの説明変数の効果に他国の出身女性とは異なるパターンを見出した。
著者
石川 義孝 宮澤 仁 竹ノ下 弘久 中谷 友樹 西原 純 千葉 立也 神谷 浩夫 杜 国慶 山本 健兒 高畑 幸 竹下 修子 片岡 博美 花岡 和聖 是川 夕
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2009

わが国在住の外国人による人口減少国日本への具体的貢献の方法や程度は、彼らの国籍、在留資格などに応じて多様であるうえ、国内での地域差も大きい。しかも、外国人は多岐にわたる職業に従事しており、現代日本に対する彼らの貢献は必ずしも顕著とは言えない。また、外国人女性や国際結婚カップル女性による出生率は、日本人女性の出生率と同程度か、より低い水準にある。一部の地方自治体による地道な支援施策が注目される一方、国による社会統合策は不十分であり前進が望まれる。