著者
苅谷 剛彦
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.626-640, 2005-12-31 (Released:2009-10-19)
参考文献数
21
被引用文献数
5 1

大学教育の場を通じて, 社会学の知識は, どのように教えられるのか.この論文では, 日米で使われている社会学入門の教科書の比較分析を通じて, 日本とアメリカにおける教育的知識としての社会学知の生産・再生産様式の特徴について分析を加える.問題設定の1節に続き, 2節では, 教科書の分析を通して, 社会学知がどのように編集され, 提示されているのかを比較する.その上で, 3節では, アメリカの大学教育の特徴を, 日本と比較しながら検討する.社会学知が伝達される当の舞台である大学の教室が, 日米でどのように異なるのか.それが, 教科書における知識の社会的構成にどのような影響を与えているのかを検討するのである.そこでは, 日本の大学教育の特徴が, 社会学知の標準化の程度を弱めていることが明らかとなる.4節では, これらの分析をふまえて, 日本における社会学知の生産と再生産が抱える課題について考察を加える.そこでは, アメリカに比べ社会学知のノーマル・サイエンス化が進んでいない日本において, 社会学知の方法知 (社会学的なものの見方の伝達) へのシフトが起きていることの問題性について考察する.
著者
近藤 博之 古田 和久
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.682-698, 2009-03-31 (Released:2010-04-01)
参考文献数
29
被引用文献数
13 6

教育の階層差に関する近年の一般的な見方は,教育拡大にもかかわらず不平等が長期にわたり継続しているとするものである.本稿では,戦後の日本社会の教育格差の趨勢とそこに働いているメカニズムを,順序ロジット・モデル(とくに部分的比例オッズ・モデル)を用いて分析した.2005年SSM調査データから,父職・親学歴・財所有の3つの説明変数を構成して吟味した結果,(1)高度経済成長期以降の進学となる中年コーホートで明らかに格差縮小が進んだこと,(2)1980年代後半以降の進学者からなる若年コーホートで親学歴に局所的な格差拡大の動きが生じているものの,財所有の効果は一貫して低下しており,父職の効果もコーホートを通してそれほど変化していないことが明らかとなった.これより,大局的および長期的に格差縮小が進んできたことが確認された.さらに,代表的な格差生成メカニズムとして相対的リスク回避(relative risk aversion: RRA)説を取り上げ,その解釈が日本のデータにあてはまるかどうかを,仮説が成立するための必要条件を定式化して検証した.その結果,(3)親学歴ついてはRRA仮説の予想と一致する効果パターンが得られるものの,父職の効果についてはRRA仮説の予想と一致しないことが明らかとなった.このことから,日本の場合は世代間職業移動を前提にした相対的リスク回避説が妥当しないと結論づけられた.
著者
沼尻 正之
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.85-101, 2002-09-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
26

本稿は, 近年ロドニー・スタークらアメリカの宗教社会学者たちにより提唱されている, 従来の世俗化論争の枠組を越えた, 新たな宗教社会学理論, およびその理論的基礎に基づいて展開されている宗教市場理論について検証することを目的としている.以下ではまずはじめに, 彼らが反世俗化論を唱える際の理論的根拠に関して, 宗教の定義の問題, 剥奪理論との関係についての議論を取り上げて論じる.次に, 彼らによる宗教変動の理論を, 宗教集団の類型論 (チャーチ・セクト・カルト), 宗教・呪術・科学の三者の関係についての議論, 宗教変動の三要素 (世俗化・リバイバル・宗教的刷新) を取り上げて説明する.その上で更に, 彼らの宗教市場理論について検討する.合理的選択理論などを基礎とする, この宗教市場モデルは, 一般の市場の場合と同様に宗教も, 多元主義的状況でその活発さを増すという考え方に基づくものであるが, この視点をとることで, 現代社会における伝統宗教の盛衰や, カルト的新宗教の台頭状況などが, どのように整合的に説明できるかを示す.最後に, こうした理論の持ついくつかの問題点を挙げ, それらを克服するために今後どのような課題があるのかを考察することで, 彼らの理論の持つ射程を明らかにしたい.
著者
長谷 正人
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.40, no.3, pp.310-324, 1989-12-31 (Released:2010-05-07)
参考文献数
38
被引用文献数
1 1

ダブル・バインドは、日常的コミュニヶーションに現れる論理的パラドックスの問題として哲学的に考察されてきた、しかし、ダブル・バインドは同時に関係性とシステムについての問題でもある。このパースペクティヴからみたとき、ダプル・バインドは社会学的問題となる。システム論からみたダブル・バインド状況は次のようなものである。システムのあるレベルでポジティヴ・フィードバックが起こり、システムに変化の可能性が生じている。それにもかかわらず、もう一つ上のレベルでネガティヴ・フィードバックが起こり変化への動きを内に孕んだままシステムは安定してしまうのである。このようなダブル・バインド状況からの解放は、ポジティヴ・フィードバックに対する抑制を解き、システム全体にポジティヴ・フィードバックを引き起こすことになる。ダプル・バインドへのこのようなアプローチは、社会システムが硬直化した秩序状態にあるとき、これをどう変化させればよいか、という問題にも示唆を与えるだろう。
著者
野島 那津子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.88-106, 2018 (Released:2019-06-30)
参考文献数
15

A. W. フランクが理想型として提示する「探求の語り」は, 病いの「受容」と苦しみによって新たな何かが獲得されるという信念を語り手に要請する. この「成功した生」の道徳的な語りは, 病いを受け入れられない人の語りを, 失敗した生のそれとして貶める可能性がある. また, 道徳的行為主体に至る個人の努力が強調される一方で, 苦しみを受け入れ経験を語る過程における他者や社会経済的要因の考察が, 不十分または不在である. こうした問題を乗り越えるために本稿では, 病気を「受け入れていない」線維筋痛症患者の語りを通して, 「探求の語り」の成立要件としての病いの「受容」のあり方について検討し, 以下の知見を得た. (1) 病気を「受け入れる/受け入れない」ことの責任は, 周囲の人々と共同で担われ得る. (2) 「耳ざわりのいい」物語が流通する中で病人像が規範化され, そこから逸脱した病者の生き方/あり方が否定され得る. (3) 周囲の人間が病気を受け入れない場合, 病いの「受容」は個人化され得る. (4) 病いを受け入れていなくても, 病者は経験の分有に向けて語り得る. 以上の知見から本稿は, 他者との分有や共同を含めた病いの「受容」の多様なあり方を「探求の語り」に認めることを提起する. 「耳ざわりのいい」物語だけが聞かれる危険性に対しては, 個々の語りのさまざまな「探求」を聴き手が見出し, ヴァリエーション豊かな「探求の語り」が提示されねばならない.
著者
古田 和久
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.21-36, 2018 (Released:2019-06-30)
参考文献数
36
被引用文献数
2

本稿の目的は, 社会階層構造を吟味したうえで, 出身階層による進路選択の差異を分析し, 家族の保有資本量と構成による格差のメカニズムを探究することである. 2012年に実施された「高校生と母親調査, 2012」を用い, 家族の階層およびそれと高校生の進路希望との関係を分析した. 第1に, 出身家庭の資本構造を区別するため, 親の職業, 学歴, 世帯年収, 預貯金, 文化的所有財に潜在クラス分析を適用し, 5クラスのモデルを得た. それによれば, 家族の階層は経済資本と文化資本の量だけでなく, 資本構成によっても分化していた. 具体的には, 経済資本と文化資本の両方を豊富にもつ層ともたない層に加え, 一方の所有量は多いが他方は少ない2つの非対称な階層, および中間層の存在を確認した. 第2に, 出身階層による進路希望の格差は資本総量とともに, 資本構成によっても生じていた. 資本量が最も多い層と少ない層の間には進路希望の顕著な差異が観察されるのと同時に, 資本構成が非対称な2つの層を比較すれば, 経済資本よりも文化資本を多く所有する層において大学進学希望率が高かった. 第3に, 文化資本の効果は上層と中間層との間で確認された. 他方, 経済資本の効果が最も顕在化するのは, 文化資本の蓄積が少ない階層においてであった. これらの結果は, 多次元の社会階層構造を反映して, 各要因が組み合わされ教育機会の格差が複合的に生じていることを具体的に示すものである.
著者
Ikuya Sato
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
Japanese Sociological Review (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.41, no.4, pp.346-359, 1991-03-31 (Released:2009-10-19)
参考文献数
47

本論文は、もっぱらトマスとズナニエツキのテクストに沿って、状況の定義概念の初期の定式化とその後の変遷をあとづけ、この概念が、行為主体と「構造」の関連を明らかにする上でもつ「感受概念」としての潜在力を明らかにする。社会学におけるスタンダードな用語の一つである「状況の定義」は、これまで主に社会的行為の主意主義的な側面を表現する代表的な概念として取り扱われてきた。しかしながら、この概念の初期の定式化の歴史をたどってみると、「状況の定義」は、行為に対する社会文化的な構造の規定性を示す際にも使われていることがわかる。とりわけトマスは「状況の定義」を多義的に使用しているが、これは、様々な行為主体と多様な状況との関連を実証研究を通して明らかにしていく上で彼が用いた効果的な戦略の一つであると考えられる.この「状況の定義」の一見相矛盾する多義的な用法の解明は、現在さまざまな形で試みられているマイクロ社会学とマクロ社会学の統合を進める上で、一つの有力な手がかりを与えてくれる。
著者
佐藤 健二
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.516-536, 2003-03-31 (Released:2010-04-23)
参考文献数
18

本報告では, 安田三郎『社会調査ハンドブック』を素材に, 戦後日本の社会学における方法意識の歴史的な変容を論ずる.数量的研究/質的研究の対立の一方の典型としてではなく, むしろ調査テクノロジーの特質に焦点をあて, 読者の理解をも視野にいれた分析が必要であろう.4冊の内容構成の変遷から, 問題の設定の局面で重要な役割を果たす〈書かれたもの〉, すなわち研究論文や統計文書など文献データに対する感度が低下し, 社会調査の社会調査ともいえるような展開をはらんでいた質問分析の意味が, 単純な例示に切り縮められていったという変容が浮かびあがる.しかし, 社会調査が行われる「社会」という場それ自体が, さまざまなデータがすでに書き込まれ刻み込まれている資料空間である.このハンドブックの構想に学ぶべき可能性を3つ挙げておこう.第1には安田自身が感じた「一寸した知識」への驚きを共有するという期待が込められていること, 第2に流れ作業的なマニュアルとしてではなくフィードバックを含む複合的な認識形成のプロセスを構築しようとしたこと, 第3に戸籍の読み方や内容分析など盛り込めなかった調査テクノロジーの領域についての明晰な自覚が少なくとも始めの段階ではあったことである.『社会調査ハンドブック』を共有すべき書物として編むという実践それ自体が, 盛られた情報内容以上に, 社会という資料空間に内属しつつデータを収集し処理し再構成せざるをえない, 「方法」のもつ手ざわりをしっかりと伝えている.
著者
原田 謙 杉澤 秀博
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.80-96, 2014 (Released:2015-07-04)
参考文献数
41
被引用文献数
1 7

本稿は, パーソナル・ネットワークに対する都市効果を, 階層的に異なる水準で測定された変数を扱うマルチレベル分析を用いて明らかにすることを目的とした. 具体的には, 個人レベルの属性の影響を統制したうえで, 地域レベルの都市度が, 親しい親族・隣人・友人数およびその空間的分布に及ぼす文脈効果を検討した. データは, 東京都, 神奈川県, 埼玉県, 千葉県内の30自治体に居住する25歳以上の男女4,676人から得た.分析の結果, 第1に, 親族総数の地域差は居住者の個人属性の影響を統制すると消失した. しかし都市度は親族関係の空間的分布に影響を及ぼしていた.都市度が高いほど近距離親族数は減少していたのである. 大都市の親族関係は, 規範的ではなく選択的であり, 空間的に分散したネットワークである点が示唆された. 第2に, 都市度が高いほど隣人数は減少していた. 第3に, 友人総数の地域差は居住者の個人属性の影響を統制すると消失した. しかし都市度は友人関係の空間的分布に影響を及ぼしていた. 都市度が高いほど, 中距離友人数が増大していたのである. 都市度は, 都市圏全体に広がる友人資源へのアクセス可能性を高めている点が示唆された.
著者
佐藤 嘉倫
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.632-647, 2009-03-31 (Released:2010-04-01)
参考文献数
35
被引用文献数
8 5

現代日本の階層構造について語るとき,「流動化」と「固定化」という2つのキーワードが浮かび上がる.非正規労働者の増加などの流動化と特定階層における世代間移動の固定化がその典型例である.本稿では,相矛盾するように見える2つのキーワードを階層論の視点から統一的に理解・説明できることを示す.すなわち,階層構造の流動化といっても,すべての階層でそれが生じているわけではなく,特定の階層は依然として保護的な制度に守られているが,別の階層は高まる流動性に巻き込まれている.教育,若年層,転職,世代間移動,収入という5つの領域における,2005年社会階層と社会移動研究プロジェクトの研究成果を検討しながら,この仮説が全体として妥当することを示す.最後に,階層構造の安定性と流動化の共存が社会階層論に与える含意について考察する.
著者
近藤 和都
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.69, no.4, pp.485-501, 2019 (Released:2020-03-31)
参考文献数
53
被引用文献数
1

スクリーンにおける映像の現れ方は,たとえば映画であれば「映写機・フィルム・スクリーン」といった器機の複合およびそれらを操作する主体の技法本稿では器機と技法を包括する語として〈技術〉を用いるの節合関係に応じて変容せざるをえない.この意味において,映像的なテクストは「移ろいやすい」性質を持つといえよう.したがって,映像受容のあり方は作品テクストの存立の基盤となる〈技術〉によって条件づけられる.以上を踏まえるならば,映像受容のあり方を捉えるためには,作品テクストを規定する〈技術〉をめぐる問いが不可欠となる.ここから本稿は,プロパガンダ映画の効果を最大化するために,作品テクストを理想的な〈技術〉において呈示することに国家的力点がおかれた映画法制定以降を対象時期として,統制側のアクターと興行側のアクターが交渉/協働しながら上映環境を再構成していく過程を描き出す.具体的には,スクリーンの「移ろいやすさ」を制御することでどの映画館においても同一の経験が媒介されることを目指して,上映作品・上映回数・映写技師・映写機器・従業員といった諸要素が「規格化」されていく様相に焦点を合わせる.考察を通じて,スクリーンにおける映像のあり方が〈技術〉の水準でいかに条件づけられるのかを示し,その上で,映像文化史を「移ろいやすさ」をめぐる制御の観点から展開することの含意について示す.
著者
大石 奈々
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.68, no.4, pp.549-566, 2018 (Released:2019-03-31)
参考文献数
61
被引用文献数
6 5

近年熾烈化していた「高度人材をめぐるグローバル競争」は, ナショナリズムの高まりから陰りがみられ, 各国で受入れの門戸が徐々に狭まりつつある, しかし日本においてはこうした収縮方向の「制度的同型化」はみられず, 急速に進む少子高齢化と労働力不足を背景に高度人材の受入れ政策が逆に深化している. 政府は2012年にポイント制を導入し, 「高度人材」として認定された外国人に様々な優遇措置を付与することで受入れを推進している. 一方, 高度人材および専門人材 (専門的・技術的分野の外国人) の数は拡大しているが, 他の先進諸国と比較するとまだ数は少なく, 来日した人材の流出も続いている.本稿は, 「制度的同型 (institutional isomorphism)」および「非移住政策 (nonmigration policies)」をキー概念に, 開放的な制度の「模倣的同型化」が結果としての収斂につながっていない要因を社会的・経済的・組織的・制度的な角度から分析する. また国家戦略特区による「外国人受入れの地域化」等, 地域のニーズに沿った新しい人材受入れ政策の展開を俯瞰しつつ, 今後の研究課題を提示する.
著者
加藤 裕治
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.270-285, 1998-09-30 (Released:2009-10-19)
参考文献数
22

本稿は明治初期に活躍した二人の新聞記者, 成島柳北と福地源一郎の西南戦争をめぐる報道態度と (新聞) 報道言説に着目し, 「中立的 (ニュートラル) な視点」に基づいて事実を伝達すると想定されている「客観的報道言説」が, 「文学的定型 (物語) に基づく言説」を拒絶する地点で可能になったことを指摘する。その上で, そうした報道言説に含まれているパラドックスの可能性と隠蔽の問題を, タックマンによる「枠組」の概念に基づきながら検討し, こうした「中立的な視点に基づく事実によって出来事を知らせること」を指向しつつ誕生した「客観的報道言説」が, 実際には不可能であることを指摘する。
著者
宮原 浩二郎 森 真一
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.2-20, 1998-06-30 (Released:2010-04-23)
参考文献数
32

「地震」と「震災」はそれぞれ別の対象を指している。「地震」は地面の揺れという自然現象を指す。それに対して, 「地震による災害」である「震災」は, 自然と人間生活の相互作用現象を指示している。それゆえ, 「震災」の研究には, 人間生活の様態を知ることが不可欠である。このような視点に立つわれわれは, 本稿で, 芦屋市を事例として, 「阪神・淡路大震災」の特徴の1つである, 被害の区域差の記述を試みる。特に, 人的被害の区域差と被災者住民の生活・居住環境を記述する。われわれは, 芦屋市を5区域に分け, それぞれの震災被害, 生活・居住環境のデータを集計した。データから, 芦屋を構成する5区域は, 市が標榜する「国際文化住宅都市」のイメージに合致する程度がそれぞれ異なることが浮き彫りにされる。中間平坦区域は, 「邸宅地」指標の高い山麓区域と, 「新住宅地」指標の高い埋立区域を圧倒的に上回る被害を出した。つまり, 「住宅都市」イメージから最も距離のある中間平坦区域は生活居住環境の対地震抵抗力が弱く, 最大の被害を出したのではないかと考えられる。
著者
船津 衛
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.179-182, 1983-09-30 (Released:2009-11-11)
著者
三部 光太郎
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.3, pp.466-481, 2020 (Released:2021-12-31)
参考文献数
16

本稿は,「ひきこもり」(および「ニート」)支援を掲げるNPO において,スタッフと地域のボランティア,支援の利用者たちが共在する空間が,どのように相互行為を通じて編成されているのかを分析する.分析の焦点は,調査対象たる支援組織の活動への参加に対する「入口」として位置づけられている,軽作業(自動車用ワイヤーハーネスの組み立て)の空間編成の実践である.分析を通じて,参加者,とりわけ利用者の共同作業への参加可能性が,どのような方法によってもたらされるのかを検討することが,本稿の目的である. 分析による知見は,以下の3 点である.1)作業の進行において,参加者はテーブルに積み上げられたハーネスの身分の区別(すでに集計された「束」/まだ集計されていない「山」)を,他の参加者に可視化する.2)製品の身分の可視化を通じて,参加者各自の作業の進行状況の区別(集計作業/組み立て作業)も周囲に可視化され,互いに重複しうる各自の作業空間の境界が管理される.以上1)と2)は,まずは製品の集計における間違いを避ける実践である.しかし3)作業の進行状況の可視性は,ひるがえって,他の参加者が共同で集計作業に従事することを可能にする仕掛けにもなっている.最後に分析の知見を踏まえ,複数の参加者が1 つのテーブルを囲む形式で作業が行われることが,利用者の支援空間への参加にあたってどのような意義を持ちうるのかを考察する.
著者
廣本 由香
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.267-284, 2016 (Released:2017-12-31)
参考文献数
28
被引用文献数
4

本稿の目的は, 福島原発事故を起因とした自主避難をめぐる「不条理な選択」の問題が, 自主避難者の生活を脅かす「広義の被害」 (舩橋1999) になりうることを明らかにすることである. 本稿では, 佐賀県鳥栖市の自主避難者を事例に, 避難の選択過程における経験世界の諸相を‹ゆらぎ›という概念で記述する. ‹ゆらぎ›は, 選択過程の動揺, 葛藤, 不安, 戸惑い, ためらい, わからなさなどが混在する心理的状況や自己認識であり, その変化をさす.政策・法制度的な「加害―被害関係」では把握できない領域を‹ゆらぎ›という概念を用いて記述することで, 原発事故による生活の被害が, 損害賠償制度で認められる領域よりも広範で深刻であるとともに, 長期にわたり生活世界に潜在化・重層化することを示す. すなわち, 生活者の生活の視座から被害を考えたとき, 自主避難の‹ゆらぎ›は生活やそれを下支えする社会関係を揺るがす「広義の被害」となりうることを実証する.今後, 政府の避難指示解除による「『強制避難者』の『自主避難者』化」 (除本2013) が加速する. 社会的制約を受けながら行われた自主避難も, 個人的選択の結果であるとみなす社会規範のもとで自己責任の問題として受け止められてしまう. こうした被害の個人化に陥らないためにも, 「広義の被害」の視座が自主避難者当人の「被害非認識」や「被害の潜在化」による被害の矮小化, 加害者側の「被害放置」を防ぐ手立てとなる.