著者
浅川 淳司 杉村 伸一郎
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.243-250, 2009-09-10

幼児は数を表したり数えたりする際に指を使っている。幼児の計算時における指の利用に関しては計算の方略という観点から研究が多く行われており,発達段階や課題によって指の利用頻度や用い方が変化することが明らかにされてきた。これらの結果は,計算において指の利用が重要な役割を果たしていることを示唆しているが,近年,指の認識の発達も計算能力に関係することが指摘されはじめた。そこで本研究では,指の認識過程において重要な役割を果たすと考えられる手指の運動に着目し,幼稚園の年長児48名を対象に計算能力と手指の巧緻性の関係を検討した。その結果,手指の巧緻性と計算能力との間には有意な強い相関がみられ,この関係は,月齢と動作性の知的発達得点や月齢と短期記憶容量の得点を統制しても,変わることがなかった。また,計算能力との相関は短期記憶容量よりも指の巧緻性の方が強かった。以上の結果から,就学前の子ども計算能力には,従来の知見から予想される以上に,手指の巧緻性が関係していることが示唆された。
著者
大杉 佳美 内山 伊知郎
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.193-201, 2013

本研究では,物理的概念のひとつである固体性の認識に関する課題において,3歳児から5歳児の探索行動が発達的にどのように変化するかを検討した。探索課題を達成するためには,装置に挿入されたボールの動きを止める板は一枚のつながった板であると判断し(対象物の単一性),ボールは板を突き抜けないという固体性の知識に基づいて探索すること,あるいは.板の形状を表象することが求められる。そこで本研究では,ボールの動きを遮る板に穴をあけ.ボールはその穴を通過して落下するが,あたかもその板がつながっているように見えるという探索課題を実施した。その結果,3歳児は,対象物の単一性と固体性の知識を用いてボールを見つけているが,表象しながら探索することが難しかったのに対し,4歳以降の子どもは,対象物の単一性と固体性の知識を用いることができるだけでなく,装置に挿入された板の形状を表象しながら探索することもできることが明らかとなった。つまり,板の形状を表象しながら探索することができるようになるのは,3歳から4歳にかけてであること,また,表象しながら探索するというスキルは,スクリーンの両端から見えている板に注目してボールを見つけることができるようになれば,獲得されるスキルである可能性が示唆された。
著者
山本 晃輔
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.202-210, 2013

本研究では,アイデンティティ確立の個人差要因が自伝的記憶の想起に及ぼす影響を意図的および無意図的想起の両事態から検討した。研究1では,313名を対象にアイデンティティ尺度(下山,1992)を実施するとともに,日誌法によって無意図的に想起される自伝的記憶の特性を評価させた。その結果アイデンティティ確立高群では,低群よりも重要でかつ感情喚起度が高く.鮮明な自伝的記憶が頻繁に想起されることがわかった。研究2では,114名を対象に研究1と同様のアイデンティティ尺度を用いて,意図的想起事態における実験を行った。その結果,研究1と同様の結果が示された。また,補足的な分析として,研究1と研究2を比較すると,意図的に想起された自伝的記憶は無意図に想起された自伝的記憶よりも鮮明でかつ重要であることが示された。これら一連の結果は,アイデンティティ確立度の個人差が自伝的記憶の想起に影響を及ぼす可能性を示唆している。全体的考察では,Conway & Pleydell-Pearce(2000)による自己-記憶システム(Self-memory system)による解釈が行われ,今後の課題について議論された。
著者
伊藤 大幸 辻井 正次 望月 直人 中島 俊思 瀬野 由衣 藤田 知加子 高柳 伸哉 大西 将史 大嶽 さと子 岡田 涼
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.211-220, 2013

本研究では.保育士が日常の保育業務の中で作成する「保育の記録」を心理学的・精神医学的観点から体系化した「保育記録による発達尺度(NDSC)」(中島ほか,2010)の構成概念妥当性について検証を行った。4年間にわたる単一市内全園調査によって,年少から年長まで,延べ9,074名の園児についてのデータを得た。主成分分析を行ったところ,9つの下位尺度が見出され,いずれも十分な内的整合性を持つことが示された。9尺度のうち,「落ち着き」,「注意力」,「社会性」,「順応性」の4尺度は月齢との関連が弱く,子どもの行動的・情緒的問題のスクリーニングツールであるStrengths and Difficulties Questionnaire(SDQ)との関連が強いことから,生来の発達障害様特性や不適切な養育環境による不適応問題を反映する尺度であることが示唆された。逆に,「好奇心」,「身辺自立」,「微細運動」,「粗大運動」の4尺度は,月齢との関連が強く,SDQとの関連が弱いことから,子どもの適応行動の発達状況を反映する尺度であることが示唆された。このようなバランスのとれた下位尺度構成によって,NDSCは,配慮が必要な子どもの検出と早期対処を実現するとともに,現在の子どもの発達状況に適合した保育計画の策定に貢献するツールとして有効性を発揮することが期待される。
著者
小澤 義雄
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.183-192, 2013

本研究は,健常な高齢者31名に家族についての語りを収集するインタビュー調査を実施し,正の遺産を受け渡す世代間継承と負の継承を分断する世代間緩衝の認識を伴う自己物語を表出した9名を対象に,その語りの類型化と各類型における世代間関係の秩序化の構造の分析を実施した。その結果,類型として「世代間継承成立型」,「世代間継承半成立型」,「世代間緩衝半成立型」の3つが抽出された。世代間継承の自己物語には,正の遺産の継承が成立した次世代やその一側面を称賛し,継承が成立しない次世代やその一側面を退ける対比構造が観察された。そこから,世代間継承の語りが自己経験に秩序をもたらす営みであることを指摘した。世代間緩衝の自己物語には,前世代との間に生じた苦難とその苦難を分断して育んだ次世代とを対比の中に,前世代との関係性に対する新たな発見や,断ち切ったはずの負の遺産の継承を次世代の中に発見することが観察された。そこから,負の遺産の分断を語ることが,自身の不運な幼少期の意味を塗り替える能動的側面と,不意に次世代の中に自身の負の遺産を発見するという受動的側面を併せ持つ営みであることを指摘した。
著者
高坂 康雅
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.33-41, 2013-03-20

本研究の目的は,恋人のいる大学生を対象とした3波のパネル調査によって,アイデンティティと恋愛関係との間の因果関係を推定することであった。恋人のいる大学生126名を対象に,多次元自我同一性尺度(谷,2001)と恋愛関係の影響項目(高坂,2010)への回答を求めた。得られた回答について,交差遅れ効果モデルに基づいた共分散構造分析を行った。その結果,恋愛関係からアイデンティティに対しては, Timel及びTime2の「関係不安」得点がTime2及びTime3のアイデンティティ得点にそれぞれ影響を及ぼしていることが明らかとなった。一方,アイデンティティから恋愛関係に対しては有意な影響は見られなかった。これらの結果から,アイデンティティ確立の程度は恋愛関係のあり方にあまり影響を及ぼさないとする高坂(2010)の結果を支持するとともに,Erikson(1950/1977)の理論や大野(1995)の「アイデンティティのための恋愛」に関する言及を支持するものであり,青年が恋愛関係をもつ人格発達的な意義を示すことができたと考えられる。
著者
吉田 真理子
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.44-54, 2011-03-20

本研究は,実験とインタビューを通して,幼児における未来の自己の状態を予測する能力を調べた。特に,「起こるかもしれない」未来の自己の状態を予測しはじめる時期を特定するため,実験では,不確実に生起しうる未来で必要となるアイテムを前もって準備するか否か,インタビューでは,実際の未来の行事に対して自覚的に心配を抱いているか否かを検討した。対象児は幼児36名(3歳児11名,4歳児12名,5歳児13名)であった。その結果,(1)4歳頃から不確実に生起しうる未来に必要なアイテムを準備するようになること,(2)4歳頃から未来の行事に対して心配があると答えるようになること,(3)アイテムの準備と心配の有無には関連がみられること,(4)未来の複数の可能性を予測する際にはそれらの生起確率を考慮する必要があることが明らかとなった。以上の結果から,子どもは4歳頃から,未来の自己の状態を,複数の可能性があるものとして予測するようになることが示唆された。
著者
河本 英夫
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.4, pp.339-348, 2011-12-20

発達には,それぞれの局面で経験そのものの再編が含まれる。そうした経験そのものの再編を含むような変化を考察するさいには,経験の組織化がどのような仕組みで起きているのか,またそのことは能力の開発形成の誘導を行う発達障害児の治療で,どのような介入の仕方を可能にするのかという問にかかわることになる。発達にかかわる議論では,いくつか難題が生じる。発達段階論は,図式的な発達論の派生的な問題である。そうした難題に関連して,1.で三点に絞って考察している。第一に「発達するシステムそれ自体」に,観察をどのように届かせるのかにかかわり,第二に発達というとき,「何の発達か」という問にかかわり,第三に発達の段階そのものは,どのような仕組みで成立するかにかかわっている。それらの検討を受けて,2.では,脳神経系の事実から,発達論の基礎となる構造論的な論理を設定している。また発達という生成プロセスをどのように捉えるかを考察した。これは発達障害の治療では,決定的な治療介入の変更を示唆する。
出版者
日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.473-474, 2012-12
著者
飯塚 有紀
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.278-288, 2009-09-10

本研究は,低出生体重児が保育器に収容されることによって母と分離され,保育器を出ることによって再統合された20組の母子について,特に「抱き」と「子どもの動き」に注目して観察を行った。その結果,まず「抱き」の種類の変化について検討するため,再統合直後(以下「前期」)と退院直前(以下「後期」)を比較したところ,前期では「横抱き」の出現数が最も高く,後期では「対面抱き」が最も高かった。これは,「横抱き」に「対面抱き」が追加されるという「抱き」の種類の増加の過程であった。また,「子どもの動き」の出現数を検討したところ,後期の出現数は,前期のそれに比して有意に増加した。このことから,母親が「対面抱き」を「抱き」の種類に加える過程と「子どもの動き」の増加との間には密接な関係が予想されたため,この関係について検討すべく「抱き」の前後に起こるイベントを考察したところ,「対面抱き」にはより遊び的な機能,「横抱き」ではあやしやなだめといった機能のように,その機能に違いがあることが明らかとなった。
著者
西條 剛央
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.97-108, 2002-08-10

生後1カ月の乳児とその母親16組を対象として,1カ月時から7カ月まで1カ月おきに「抱き」の縦断的観察が行われた。そして,ダイナミックシステムズアプローチに基づき,乳児の身体発達・姿勢発達・行動発達の3側面から,「横抱き」から「縦抱き」への移行に最も影響するコントロールパラメータが検討された。その結果,乳児の「横抱きに対する抵抗行動」が最も縦抱きへの移行に影響力のあるコントロールパラメータとなっていることが明らかになった。次に,縦抱きへの移行プロセスを明らかにするために,母親の言語報告と通常抱き場面における縦抱きへの移行場面を撮影した事例を質的に分析した。その結果,横抱きから縦抱きへと移行プロセスは,以下の3パターンがあることが明らかとなった。(1)乳児が抵抗を示しはじめると,母親は,緩やかな間主観的な解釈を媒介として,乳児が安定する抱き方を探索し,その結果「抵抗」の収まる縦抱きに収斂する。(2)乳児の首すわりといった身体情報が母親に縦抱きをアフォードする。(3)上記の(1)と(2)の双方が影響を与え縦抱きへと移行する。以上のことから「抱き」という行為は,母子の相互作用を通して一定の方向へ自己組織化していく行為であることが示された。
著者
古屋 喜美代
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.12-19, 1996-08-01

子どもは文字を読み始める前から, 自分で絵本を開き, 絵を見てその内容を言語で表現し始める。この初期の絵本読み場面について, 1事例について2歳から4歳まで縦断的に約月1回資料を収集し, 以下の点について検討を加えた。第1点は, 「語り」についての子どもの認識の発達であり, 第2点は, 子どもがどのように登場人物とかかわっているかである。この2点から, 絵を見て絵本を読む時期には次の4つの発達的段階が見いだされた。任)絵本を「読む役割」に興味をもって, 絵を見て物語の内容を表現し始める。他者に向けて言語化するという意識は弱い。(2)セリフと母親に直接語りかけるような話し言葉的ナレーションで物語を表現し, 始まりと終わりを宣言する必要を理解している。ここまでの段階では, 子どもは物語の中に引き込まれた発話をすることがあり, 物語世界の外にいる自分を登場人物と対立的に意識してとらえてはいないと考えられる。(3)子どもは絵本の登場人物に対する自分自身の思いを, 感想や疑問として表現する。このことは, 子どもが物語世界の外にいる「読者」としての自己の立場を認識していることを示唆する。(4)セリフと書き言葉的ナレーションで表現する。子どもは作者の語り口をとる「語り手」としての自己を意識し, その語り口を保持する。
著者
呉 宣児 竹尾 和子 片 成男 高橋 登 山本 登志哉 サトウ タツヤ
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.415-427, 2012

本稿では,日本・韓国・中国・ベトナムの子ども達のお金・お小遣いをめぐる生活世界を捉える。経済的な豊かさの異なる状況のなかでの.子ども達の消費生活の広がり,お金使用における善悪の判断・許容度の判断,お金をめぐる友だち関係や親子関係の認識などを明らかにし,子ども達の生活世界の豊かさと貧しさという視点から考察を行うことが本研究の目的である。4か国で,小学校5年生,中学校2年生,高校2年生を対象とする質問紙調査を行い,また家庭訪問による小・中・高校生にインタビュー調査も行った。分析の結果,国の一人当たりのGDPの順である日韓中越の順に子どもの消費の領域が広がっていること,友だち同士のおごり・貸し借りに関しては日本が最も否定的に捉える傾向があり,韓国やベトナムでは肯定的に捉える傾向があること,日本の子どもは自分が手にしたお小遣いは自分のお金であるという認識が強く,反対にベトナムは自分のお金も親のお金という認識が強いことが明らかになった。これらの結果の特徴をもとに,それぞれの社会における「個立型」,「共立型」という視点から生活世界の豊かさについて考察を行った。
著者
上田 礼子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.428-438, 2012

人間の子どもは生活能力の面で未熟な状態で産まれ,家族・地域社会のなかで育てられなければ生存することさえできない存在である。しかし,自発的学習能力は優れているので,育ててくれる人の行動を模倣し・同一視することによって家族・地域社会の一員として成長・発達する。貧困な地域環境は子どもの発達に負の影響を及ぼすことが知られている。しかし,子どもの貧困を大人と同じ次元で取り扱うことはできない。子どもは現在と未来に生きる存在であり,子ども時代の家族・地域での経験が青年期以後の生き方にも関係すること,また子どもには発達に適合するタイミングのよい,適切な量・質の環境刺激が必要であることを重視しなければならない。たとえ幼少時に経済的に貧困であっても家族や地域社会に受け入れられ,必要な支援が得られれば強靭性を活かし逞しく発達する。つまり,経済的貧困と剥奪された物的・人的環境で孤独に生きることとは同じではない。本稿では子どもの健全な発達を目指して, (1)真に豊かな地域環境の構成に有用な理論,(2)地域環境のとらえ方,(3)地域に住む子どもの発達の実証的研究,(4)子どもの健康・行動上の問題と地域の特徴などの順に考察した。そして,結論として,地球環境すなわち地域共同体に根ざした子どもの健全な発達(略称CCD)を促す新たな環境刺激の構築を提案した。
著者
宮内 洋
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.404-414, 2012

本稿では,かつて北海道大学教育学部における学際的研究グループによって進められていた「貧困と子ども」に関する研究の一部を紹介しながら,歴史学やルポルタージュの知見も用いて,発達心理学の基礎的知見と貧困との関係についての考察をおこない,今後の課題を挙げた。具体的には,人間の発達における各ステージのうち,誕生から児童期まで(胎児期,新生児・乳児期,幼児期,児童期)に限定し,この各ステージにおいて,貧困が各々の子どもの発達にどのようにかかわっている可能性があるのかについて,生活環境を中心にして考察をおこなった。このプロセスを通して,これまで日本国内における発達心理学研究の多くが「絶対的貧困(absolute poverty)」の状態にある子どもや養育者を除外してきた可能性を指摘した。しかし,貧困世帯が広がる現代日本社会においては,研究者側が気づかぬままに実験や観察等の場で「相対的貧困(relative poverty)」状態の子どもや養育者にすでに出会っている可能性があることも指摘し,研究者側が貧困と社会的排除に対して自覚的になる必要性を述べた。最後に,本稿での考察から,社会科学的な概念である「絶対的貧困」と「相対的貧困」について,発達心理学の観点からの定義の提唱も試みた。
著者
長谷川 智子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.384-394, 2012

本研究の目的は,食発達における貧しさと豊かさを論じるために,生態学的な視点からマクロ水準とミクロ水準における食の現状を検討することであった。マクロ水準では,世界における貧困と飢餓,飽食と肥満の現状をとらえた上で,世界的な規模のフードシステムが生みだしている貧困と肥満を論じた。ミクロ水準では,日本での個人の食卓において,主に食における相互作用の貧しさを検討した。これらのことを踏まえて,マクロ水準とミクロ水準での食の豊かさとは何であるかが議論された。すなわち,マクロ水準での食の豊かさとは,生産と消費がより民主化されること,消費者がフードシステムの現状を理解した上で主体的に食品選択ができること,食文化が新たに創出されることであった。ミクロ水準での食の豊かさとは,子どもが家族や仲間から人間として受容されながら共食をすることだけでなく,動植物の命をいただく感謝の気持ちをもち,家族や仲間と一緒に料理をして自分たちの食べ物を作り出すことである。このような豊かな食であれば,発展途上国の貧困な食においても家族や大切な人とのつながりのなか実現できることが示唆された。
著者
金子 俊子
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.41-47, 1995-07-15

E. H. Eriksonが提唱した, 自己同一性が他者との関わりを通じて確立されていくという理論を基にして, 青年とそのまわりの友人 (一般的他者) との関係のしかたと, 自己同一性形成との関連を探求した。(1) 10項目からなる文章完成法の質問紙を72名の大学生に実施して, (2) それに基づき, 自己一他者関係尺度を作成して, 100名の大学生に実施し, 因子分析の結果, 「違い意識」「左右されやすさ」「距離をおくこと」の3因子が得られた。 (3) さらに, 自己一他者関係尺度と中西・佐方G982) の同一性拡散感尺度, 遠藤ら (1981) の同一性測定尺度を90名の青年 (大学生及び専門学校生) に実施した。その内の63名について, 「違い意識」「左右されやすさ」「距離をおくこと」の下位尺度と自己同一性との関連を検討した結果, 「左右されやすさ」や「距離をおくこと」が強い青年ほど「私は誰?」というような同一性拡散の感覚が強く, 「違い意識」がある青年ほど「自分への確信」がしっかりしているということが明らかになり, 自己一他者関係の特徴と自己同一性の確立度との関連が見いだされた。
著者
高橋 登 大伴 潔 中村 知靖
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.343-351, 2012-09-20

筆者らはこれまで,インターネットで利用可能な適応型言語能力検査(ATLAN)として,語彙,漢字の2つの検査を開発してきた。本研究ではその下位検査として新たに作成した文法・談話検査について,その特徴と妥当性を検討した。最初に本研究で測定しようとする文法・談話の能力について先行研究に基づき定義を行った。研究1では,この定義をもとに小学生を対象とする課題として8種類の問題タイプについて計67課題を作成,これを2つの版に分けて小学1〜3年生309名に実施した。また幼児を対象とする課題として12種類の問題タイプについて計67課題を作成,これを2つの版に分けて幼稚園児258名に実施した。項目特性曲線のデータとの当てはまりの程度を考慮し,最終的に128項目を項目プールとして選定し,文法・談話検査としてATLANに追加実装してインターネットを介してWebで利用できるようにした。次に研究2において,妥当性を検討するために,ATLAN語彙,文法・談話検査とLCスケール(大伴・林・橋本・池田・菅野,2008)を幼稚園児59名に実施した。ATLAN2検査を説明変数,LCスケール得点を目的変数とする重回帰分析を行った結果,2課題で目的変数の分散の48%が説明されることが示された。最後に,ATLAN文法・談話検査について残された課題について論じ,ATLANの今後の拡充方針について解説した。
著者
細谷 里香 松村 京子
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.331-342, 2012-09-20

我々は以前,優れた教師が子どもと関わるときに自身の情動能力に自覚的であり,子どもの前での情動表出を指導に用いる有効なスキルの一つとして捉えていることを報告した。本研究は,教育実習に参加した教員養成課程在籍学生の子どもと接しているときの情動体験および情動表出パターンを明らかにし,実習生と優れた教師の情動体験・情動表出および調整プロセスの比較により,今後の教員養成への示唆を考察することを目的とした。教育実習終了後の大学生計41人に,個別に半構造化面接を実施し,質的な分析を行った。実習生は,子どもと関わっている時に,喜びなどのポジティブ情動とともに,怒り,悲しみ,恐れ,嫌悪などのネガティブ情動も感じていた。ネガティブ情動は子どもだけでなく,自分自身によっても喚起されていた。優れた教師との顕著な違いは,実習生が教師としての未熟さに由来する恐れを感じていたことであった。情動表出パターンとしては,自然な表出,情動の直接的演出,抑制等のほかに,実習生の顕著な特徴として,恐れのコントロール不能が見出された。優れた教師が自覚的に行っていた怒りの直接的演出は,実践を困難に感じる実習生がいたことが明らかとなり,実習生の怒りの演出に関連する情動調整プロセスが見出された。教員養成教育において,子どもと関わるための教師の情動能力への気づきを促すような教育が求められる。
著者
青木 直子
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.320-330, 2012-09

本研究は,自然場面において子どもがほめられる場面に注目し,子どものほめられる経験の認識と動機づけの関連について検討したものである。研究1では,小学校1〜3年生に対して,ほめられてがんばろうと思ったことをたずねるインタビュー調査を行い,子どもの報告に含まれる要因を整理した。その結果,ほめられた時期・ほめ手・ほめられたことがら・ほめられた活動をするに至った背景・ほめられた活動に対する評価・ほめられ方・感情という7つの要因が見出され,ほめられたことがら・ほめられ方・ほめ手という要因が報告されやすいことが明らかになった。研究2では,子どもにほめられてがんばろうと思ったエピソードをたずね,ほめられて動機づけが高まるとき,そのエピソードにおけるほめられたことがら・ほめられ方・ほめ手の中でもっとも重要であるものを選択させ,その選択理由をたずねた。その結果,ほめられたことがらという要因はその活動の価値を決定するため,動機づけに影響をもたらすこと,ほめ手という要因はほめ手に対する肯定的感情や対人的欲求に差異を生じさせるため,動機づけが変化すること,ほめられ方という要因はその内容やフィードバックの際の口調などによって子どもに自信をもたせるため,動機づけを高めることが示唆された。