著者
西永 正典
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.44, no.4, pp.441-444, 2007 (Released:2007-09-06)
参考文献数
4

日本高血圧学会の高血圧診療ガイドライン(JSH2004)では,高齢者高血圧に対して,前期高齢者(65歳以上75歳未満)と後期高齢者(75歳以上)の降圧目標をいずれも140/90mmHg未満とした.しかし,ガイドラインの中でも示されているように,私たち老年科医が日々遭遇している,80歳前半以降の高齢者高血圧に対してのエビデンスは未だに少ない.海外のEWPHE(European Working Party on High Blood Pressure in the Elderly Trial)では,80歳以上では降圧治療の効果がほとんど消失するとしたのに対し,HYVET(Hypertension in the Very Elderly Trial)パイロット試験では,降圧療法によって脳卒中だけが,降圧療法のベネフィットがあった.さらに,STOP-Hypertension, MRC-old, STONEと同様に,NIPPON DATA90の解析でも,降圧薬を服用していて,正常血圧レベルに達していない群のリスクがもっとも高く,降圧薬を服用し正常血圧にコントロールされている群では,降圧薬を服用せず正常血圧である健康群とほとんどリスクが変わらなかった.我々のフィールドでも高齢者の降圧コントロールが十分でなく,高血圧コントロール不十分例で要介護になりやすいことを考えると,欧米に比し脳卒中が多い日本人では,降圧療法により脳卒中の発症がある程度抑制できるならば,「介護予防の観点」からも高齢者に対する降圧療法は可能な範囲で勧められるべきと考えられる.
著者
丹野 宗彦 中山 雅文 京増 芳則 川上 睦美 間島 寧興 遠藤 和夫 千葉 一夫 山田 英夫 丹野 瑳喜子 笠原 洋勇
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.190-197, 1992-03-30 (Released:2009-11-24)
参考文献数
16
被引用文献数
1

脳幹部に疾患が疑われ, 脳幹部のMRIを施行した97症例のMRI所見につき検討した. 対象は昭和63年6月より平成元年3月迄に施行した97症例である. その内訳は男性53症例, 女性44症例である. 平均年齢は共に71歳である. 病変の判定はT1強調像, T2強調像およびプロトン像で行った.その結果, 1) 61歳以上の高齢者では脳幹部, 特に橋部に病変を認めた症例が多く, その内訳では梗塞例が最も多かった. また橋部にT2強調像で高信号域を認め, T1強調像で同部の異常信号を認めないMRIの画像診断上, いわゆる典型的な梗塞パターンを示さない症例も多く認められた. 2) この二つの所見を呈した症例では共に高い頻度で基底核, 視床などに病変を合併していた. 3) 高血圧症の既往を有する症例では, 認めない症例に比して, 橋部により高い頻度で病変を認めた (α<0.01)
著者
富田 哲治 長瀬 隆英
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.440-443, 2001
被引用文献数
9

哺乳類, 昆虫などにおいて感染防御を司る生体内の抗菌物質の存在については以前より知られている. ヒトにおける抗菌ペプチドはディフェンシンと総称され, 細菌, 真菌など広範囲にわたり抗菌活性をもち, このうち粘膜上皮の感染防御に関与しているのがβ-defensin である. 現在, 3種類のβ-defensin が単離・構造決定されているが, human β-defensin-2 (hBD-2) は, 1) 肺, 気管にて発現がみられる, 2) 細菌感染や炎症性サイトカイン刺激にて発現誘導される, という特徴をもっている. そのため, hBD-2は呼吸器感染症により密接な関係をもつことが示唆されている. その抗菌活性機序として従来より細菌細胞膜表面にディフェンシン重合体が孔 (pore) を形成し, 細胞膜透過性を亢進するためと考えられているが, hBD-2ではそれ以外に膜電位への静電気的な関与によるものと考えられている. また発現誘導されるhBD-2の転写活性としてはCD14と Toll like receptors (TLRs) を介してNF-κBを活性化すると報告されている. hBD-2は元来生体で産生されるものであり, 広範囲に抗菌活性を有することより, 今後の臨床的応用が期待される.
著者
高橋 宏三 藤永 洋 小林 元夫 内藤 毅郎 飯田 博行 青木 周一
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.39, no.6, pp.643-647, 2002-11-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
9
被引用文献数
2 2

高齢者においてリウマトイド因子陰性の多発性関節炎を診たときに, 考えるべき疾患はいくつかあるが remitting seronegative symmetrical synovitis with pitting edema (RS3PE) 症候群もその1つである. これまで7症例経験した. 男2例, 女5例. 年齢は平均75.9歳 (67~82歳) と高齢で, 比較的急速な発症, 多関節炎, 両側の手背足背の pitting edema, リウマトイド因子陰性, 抗核抗体陰性ということが共通しており, McCarty らの提唱するRS3PE症候群とよく一致した. ただし本疾患は性別では男に多いとされているので, この点では異なっていた. 発熱を7例中4例に認め, 初診時CRP 0.9~27.8mg/dl, 赤沈70~140mm/hrであり, 全例が変形性関節症を伴なっていた. いずれも経過良好で, 有効治療はプレドニゾロン20mgが3例, 同10mgが2例, 非ステロイド性抗炎症薬が1例, 漢方薬が1例であった. 本邦での報告例は少ないが, まれな疾患ではないと思われる. 特に高齢者医療においてはこの疾患を知っていることが大切であり, 日常診療における注意深い観察が必要である.
著者
藤井 昌彦 佐々木 英忠
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.114-118, 2017-04-25 (Released:2017-06-07)
参考文献数
45
被引用文献数
1

人の脳は新皮質と大脳辺縁系に大別されるが,大脳辺縁系の情動が目的で新皮質の知識は道具でしかない.道具は加齢とともに衰えることは自然の摂理であるが,情動の異常興奮であるBPSDは情動療法により本来のやさしさを取り戻すことができる.すると在宅介護も可能になり認知症の定義から外れることにより認知症は治療可能な疾患であると考えられる.更に加えて在宅介護には介護者のBPSCの治療が必要になる.
著者
北沢 明人
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.175-182, 1982-03-30 (Released:2009-11-24)
参考文献数
20

糖尿病患者317例および健常者82例を対象に, 血小板粘着能, ADPによる血小板凝集能および血漿β-thromboglobulin (以下βTGと略す) 濃度を測定し, 糖尿病患者における血小板機能の加齢による変化を明らかにするとともに, 糖尿病性血管障害進展因子としての血小板の役割を検討した. その結果, (1) 血小板凝集能の加齢による変化は, 健常者では明らかでなかったが, 糖尿病患者では加齢とともに亢進する傾向がみられた. (2) 血漿βTG濃度は, 健常者では加齢とともに高値を示したが, 糖尿病患者では若年群において既に健常者老年群に匹敵する高値を示し, 加齢による増加はみられなかった. (3) 血小板凝集能の亢進は, 糖尿病性網膜症合併群において明らかに認められ, 網膜症非合併群では健常者と有意差を示さなかった. (4)血漿βTG濃度の増加は, 糖尿病性網膜症の有無にかかわらず認められた. (5) 糖尿病患者の血小板凝集能および血漿βTG濃度は, 糖尿病治療方法, 血糖コントロール状態あるいは糖尿病性網膜症の重症度と関連を示さなかった. (6) 糖尿病患者未治療群では治療群に比べ, 最大凝集率が低値であるにもかかわらず血漿βTG濃度は高値を示した. (7) 糖尿病罹病期間が長い程, 最大凝集率は高値をとる傾向を示したが, 血漿βTG濃度は罹病期間の短い群で高値を示した. (8) 血小板粘着能はばらつきが大きく, 健常者と糖尿病患者で差は認められず, 加齢との関係もみられなかった.すなわち, 血小板凝集能の亢進と血漿βTG濃度の増加は平行関係を示さなかった. 血漿βTG濃度の増加が若年群において既にみられ, 罹病期間の短い群にむしろ著しく, 網膜症の有無や血糖コントロール状態に無関係であったことは, この現象が血管障害による単なる二次的な現象ではないことを示すものであり, 血管障害進展に果す役割が注目される.
著者
神森 眞 田久保 海誉
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.41, no.4, pp.365-368, 2004-07-25 (Released:2011-03-02)
参考文献数
16
被引用文献数
1

テロメアは染色体末端に存在し, 染色体の安定に貢献している. また, 正常培養細胞における細胞老化はテロメア短縮によって説明されている. 今回, 我々は組織切片を用いたテロメア長測定法を開発したので, テロメア長測定法を中心に記述し, テロメア研究の進歩について述べる. 従来は, 細胞や組織から抽出したDNAを制限酵素で切断し泳動像のピーク値などをテロメア長としていた. 1996年に培養細胞を用いた細胞分裂中期 (metaphase) の染色体個々のテロメア長測定が quantitative fluorescence in situ hybridization (Q-FISH) により可能となり, 癌組織では, 特異的に限られた染色体のテロメアが短縮していることが報告された. 培養細胞や末梢血のテロメア測定は flow cytometery による flow FISH が行われ, 多くの白血病細胞におけるテロメア代謝が明らかにされた. 組織切片を用いたテロメア長測定法 (tissue FISH) は, 少数の論文の中で紹介されていたが良好な結果を得ることが困難であった. 我々の研究グループにより確立された組織切片を用いたテロメア長の測定法を紹介し, この方法は測定が容易であると同時に, 組織像と対比できる点で利点が大きく, 今後の組織のテロメア代謝の解明に貢献すると思われる.
著者
伊藤 正毅
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.69-81, 1999-02-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
127

高齢者糖尿病の頻度, 成因, 症状の特異性, 治療目的, 治療内容-食事, 運動, 薬物療法-, 慢性の合併症, コントロール目標について考察した. 60歳以上の高齢者の糖尿病の頻度は13~14%に達した. 30歳以後, 年齢とともに食後の血糖の上昇が認められるが空腹時の糖の上昇は著明でない. 高齢者糖尿病の成因としてインスリン抵抗性とインスリン分泌障害が考えられ, 肥満者は抵抗性が主であり, 非肥満者は分泌障害が主であると報告されている. インスリン抵抗性の原因として年齢を経てもインスリン受容体の減少がないことより受容体以後, GLUT4の translocation までのいずれかの機構の障害があり, インスリン分泌障害はインスリンの first, second phase ともに障害されていると報告されている. 相対的なプロインスリンの増加も報告され, プロインスリンからインスリンの転換の障害も示唆されている. 高齢者には口渇中枢の障害や糖の排泄域値の上昇が見られることから糖尿病の症状は非定型的になりやすい. 高齢者糖尿病には認知障害が認められがその程度や障害内容がどのような治療の妨げになるかは解明されておらず, この分野の研究が重要である. 高齢者糖尿病の食事療法は低栄養や vitamin, mineral, 亜鉛などの欠乏→創傷治癒の遅延に繋がる可能性があるので食事指導は個人の能力, 社会的環境に即した個別指導が必要である. 持続した運動療法は高齢者でも中年者と同様の効果が認められているが, 運動前に充分なチェックが大切である. 薬物療法は年齢に伴う薬物代謝の変化から副作用の出現-特に, 低血糖の遷延-に注意が必要である. 高齢者の低血糖は counterregulatory hormone の分泌低下や低血糖の認知低下などがあり重症化しやすい. 血糖コントロールの recommendation としてFBS 140mg/dl以下, 食後血糖200mg/dl以下, HbA1cは測定上限値1%以内が提示されている.
著者
川本 龍一 土井 貴明 山田 明弘 岡山 雅信 鶴岡 浩樹 佐藤 元美 梶井 英治
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.36, no.12, pp.861-867, 1999-12-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
17
被引用文献数
15 22

地域在住の高齢者を対象に, 主観的幸福感とその背景因子を解明するための横断調査を実施した. 対象は, 地域在住の自記式回答可能な高齢者であり, 調査は, 松林らの香北町健康長寿研究で用いられたと同様の Visual Analogue Scale を用いたアンケートを使って行われた.地域在住の自記式回答可能な高齢者2,379人中2,361人 (99.2%) より回答を得た. そのうち回答不備例を除く分析可能な対象は, 1,873人 (78.7%), 男性860人, 平均年齢72.7 (95%信頼区間: 72.3~73.0) 歳, 平均主観的幸福感69.1 (67.6~70.5), 女性1,013人, 平均年齢72.8 (72.4~73.1) 歳, 平均主観的幸福感68.5 (67.2~69.7) であった. 主観的幸福感と背景因子との関係については, 主観的幸福感は同居家族のいる人 (p=0.0051), 配偶者のいる人 (p=0.0240), 血圧の高くない人 (p=0.0096), 脳卒中歴のない人 (p=0.0039), 医師による定期的内服治療を受けていない人 (p=0.0039), 運動習慣のある人 (p<0.001), 仕事をしている人 (p<0.001) ほど有意に大きかった. 主観的幸福感と各種スコアーとの関係については, 主観的幸福感はADL, 情報関連機能, 手段的・情緒的支援ネットワーク, 健康状況, 食欲状況, 睡眠状況, 記憶状況, 家族関係, 友人関係, 経済状況の値が高いほど有意に大きかった (各々p<0.001). 主観的幸福感を取り巻く背景因子を説明変数とする重回帰分析では, 手段的支援ネットワーク (p<0.001), 情緒的支援ネットワーク (p=0.0254), 健康状況 (p<0.001), 記憶状況(p=0.0027), 友人関係 (p<0.001), 経済状況 (p<0.001) は有意な正の偏相関を示した. 抑うつ状態 (SDS) と主観的幸福感との関係では, SDSが重症 (高得点) になるほど主観的幸福感のスコアーは有意に小さかった (p<0.001).地域に在住する高齢者の主観的幸福感の向上のためには, 今回明かにされた背景因子の改善を計り, 今後経年的に経過をみて行くことが必要であろう.
著者
新開 省二 渡辺 修一郎 渡辺 孟
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.30, no.7, pp.577-581, 1993

基礎代謝量と関連が深い除脂肪量 (LBM) は加齢とともに減少する. しかし, 40歳代から60歳代の中高年者の基礎代謝量とその関連要因についての重回帰分析の結果からは, LBMの減少のみで加齢による基礎代謝量の減少は説明できなかった. そこで, 除脂肪組織成分 (EBM) と脂肪組織成分 (FTM) ごとの基礎代謝産熱量を性別, 年代別に推定した結果, 男女とも40歳代から60歳代にかけ, EBM単位重量当たりの基礎代謝産熱量が漸次減少していることが判明した. すなわち, 加齢に伴う基礎代謝量の低下には, 活性組織量の減少とともに活性組織単位重量当たりの基礎代謝量が減少していることも関与していることが示唆された.<br>中高年肥満女性に15週間の有酸素運動トレーニングを処方した結果, 全身持久力が向上し, 体構成でEBMが増加し, さらにEBM単位重量当たりの基礎代謝産熱量が21%増加した. 他方, FTMの基礎代謝産熱量には変化を生じなかった. このことから, 中高年者の活性組織の代謝活性ひいては全身の基礎代謝を向上する上で, 有酸素運動トレーニングが有効であることが示された.<br>さらに, 70歳代および80歳代の高齢者では個人差が大きいものの, 日常生活活動レベルが高いほど基礎代謝量が高く維持されているようであった. 身体的運動を継続する, あるいは活動的な生活を送ることによって加齢に伴う基礎代謝の低下を抑制し, 老人のエネルギー代謝を改善することが期待できる.
著者
江崎 行芳 沢辺 元司 新井 冨生 松下 哲 田久保 海誉
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.116-121, 1999-02-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
17
被引用文献数
8 10

「老衰死」の有無を考察するため, 老年者の最高グループである百歳老人 (百寿者) 42剖検症例の死因を検討した. 対象は, 最近までのおよそ20年間に東京都老人医療センターで剖検された男性9例, 女性33例で, この性別比は全国百寿者のもの (1対4) にほぼ一致する.臨床経過や諸検査値を充分に考慮して剖検結果を検討すると, これら42症例の全てに妥当な死因があった. 死因となったのは, 敗血症16例, 肺炎14例, 窒息4例, 心不全4例などである. 敗血症の半数近くは腎盂腎炎を原因としており, 肺炎の多くが誤嚥に起因していた. 悪性腫瘍は16例に認められたが, その全てに前記死因のいずれかがあり, 悪性腫瘍自体が主要死因となったものは1例も存在しなかった.超高齢者では, (1) 免疫機能の低下, (2) 嚥下・喀出機能の低下, が致死的な病態と結びつきやすい. しかし, このことと「老齢であるが故の自然死」とは関わりがない.「老衰死」なる言葉に科学的根拠があると考え難い.
著者
島田 敏實 竹越 忠美
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.29, no.12, pp.945-952, 1992-12-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
10

老齢者の糞便貯留と体温との関係を明らかにする. 対象は65歳以上の入院患者34人 (男11人, 66歳から82歳, 平均70.3歳. 女23人, 65歳から84歳, 平均72.1歳. 全平均71.5歳) で毎日1回以上排便のある患者 (NCP) であるか3日間以上排便のない患者 (CP) である. CPにおいては排便前排便日を含んだ2日間における最低体温, 最高体温, および排便後排便日を含んだ2日間における最低体温の計3つの測定値を得た. NCPにおいては毎日排便があるので無作為に3日間を取出しその第1日の最低体温, 第2日の最高体温, 第3日の最低体温の計3つの測定値を得た. CPで排便前には28人中6人(21.4%) が37.3℃以上であった. NCPでは排便前の最高体温が平均36.39℃, 排便後の最低体温は平均36.0℃で, 排便前後の体温差は0.39℃であるが, CPでは排便前最高体温が37.03℃, 排便後最低体温が36.1℃で前後で体温の低下が0.93℃に及び差は0.54℃であった (F検定, p<0.001). 男女間ではNCPで差を認めず体温の変化は0.39℃に止まり, CPでは男女とも体温変化が強く女性が0.85℃男性が1.02℃であった (p<0.05). 緩下剤服用者の方が変化度が小さかった. 脳梗塞, 脳溢血や老人性痴呆をもつ患者ともたない患者とを比較してみると, NCPではその他の疾患と比較し差を認めなかったがCPでは中枢神経障害者で体温変化が大きかった(p<0.05). 糖尿病患者は非糖尿病患者に比しこの体温変動は有意差を示さなかった. NCPの年齢別にみた排便前後の体温の変化は加齢とともに大きくCPにおいては各年代とも体温変動が大きかった. 排便前後の白血球数は低下, 血沈が高進, CRPは変化せず体温は低下しエンドトキシンは減少又は不変であった. NCPの高齢者は糞便貯留により体温が上昇しやすいが糞便が貯留し便秘となると老齢者では年齢にかかわらず体温が排便後と比較し平均0.93℃上昇することが判明した.
著者
永野 敬子 勝谷 友宏 紙野 晃人 吉岩 あおい 池田 学 田辺 敬貴 武田 雅俊 西村 健 吉澤 利弘 田中 一 辻 省次 柳沢 勝彦 成瀬 聡 宮武 正 榊 佳之 中嶋 照夫 米田 博 堺 俊明 今川 正樹 浦上 克哉 伊井 邦雄 松村 裕 三好 功峰 三木 哲郎 荻原 俊男
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.111-122, 1995-02-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
16
被引用文献数
1 1

近年の疾病構造の欧米型への移行が指摘される中, 日本人における痴呆疾患の割合はアルツハイマー病の比率が脳血管性痴呆を越えたともいわれている. 本邦におけるアルツハイマー病の疫学的調査は, アルツハイマー病の原因究明に於ける前提条件であり, 特に遺伝的背景を持つ家族性アルツハイマー病 (FAD) の全国調査は発症原因の究明においても極めて重要であると考える.私たちは, FAD家系の連鎖分析により原因遺伝子座位を決定し, 分子遺伝学的手法に基づき原因遺伝子そのものを単離同定することを目標としている. 本研究では日本人のFAD家系について全国調査を実施すると共に, これまでの文献報告例と併せて疫学的検討を行った. また, 日本人のFAD家系に頻度の高いβ/A4アミロイド前駆体蛋白 (APP) の717番目のアミノ酸変異 (717Va→Ile) をもった家系の分子遺伝学的考察も行った.その結果, FADの総家系数は69家系でその内, 平均発症年齢が65歳未満の早期発症型FADは57家系, 総患者数202人, 平均発症年齢43.4±8.6歳 (n=94), 平均死亡年齢51.1±10.5歳 (n=85), 平均罹患期間6.9±4.1年 (n=89) であった. APP717の点突然変異の解析の結果, 31家系中6家系 (19%) に変異を認めた. また各家系間で発症年齢に明らかな有意差を認めた. 1991年に実施した全国調査では確認されなかった晩期発症型FAD (平均発症年齢65歳以上) 家系が今回の調査では12家系にのぼった.FADの原因遺伝子座位は, 現在のところ第14染色体長腕 (14q24.3; AD3座位), APP遺伝子 (AD1座位) そのもの, 第19染色体長腕 (19q13.2; AD2座位), 座位不明に分類され, 異なった染色体の4箇所以上に分布していることとなる. 日本人のFAD座位は, APPの点突然変異のあった6家系はAD1座位であるが, 他の大部分の家系ではAD3座位にあると考えられている. 今回の解析結果より, 各家系間の発症年齢に差異があることからも遺伝的異質性の存在を示唆する結果を得たが, FAD遺伝子座位が単一であるかどうかを同定する上でも, 詳細な臨床経過の把握も重要と考えられた.
著者
中島 一夫 一之瀬 正彦
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.273-277, 1996-04-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
8
被引用文献数
3 4

目的: 65歳以降発症の発作性心房細動例 (E. PAf) の虚血性脳血管障害 (iCVD) 発症率を65歳以前発症の発作性心房細動例 (Y-PAf) 及び65歳以降発症の慢性心房細動例 (E-CAf) の発症率と比較し, その特徴を検討した.対象及び方法: 対象は, 弁膜症を有さず, 予防的抗凝固療法未施行のE-PAf 95例 (男54, 女41, 73.6±5.5歳) で, Y-PAf 79例 (男59, 女20, 52.4±11.6歳) 及びE-CAf 95例 (男54, 女41, 73.6±6.5歳)を対照として, 後向き調査にてiCVD全体及び成因別 (脳血栓症, 脳塞栓症) の発症率を算出した.結果: E-PAf は平均観察期間45.0カ月で, iCVD発症率は年間4.8% (塞栓2.7%, 血栓2.1%), Y-PAfは48.0カ月で年間2.5% (塞栓1.3%, 血栓0.6%, 分類不能な梗塞0.6%), E-CAfは59.8カ月で年間8.3%(塞栓5.1%, 血栓1.9%, 分類不能な梗塞1.3%) であった. iCVD全体の発症率で, E-PAf はE-CAf より有意に低率 (p<0.01), Y-PAfより有意に高率 (p<0.01), 脳塞栓症発症率でも, E-PAfはE-CAfより有意に低率 (p<0.01), Y-PAfより有意に高率 (p<0.01), 脳血栓症発症率では, E-PAfはY-PAfより有意に高率 (p<0.01) であった.E-PAf中, 1回のみのAf発作57例と複数回発作38例間で, iCVD発症率 (年間3.3% v.s. 6.0%) 及び脳塞栓症発症率 (年間0.8% v.s. 4.6%) は複数回例で有意に高率 (p<0.005), 一方, 脳血栓症発症率 (年間2.5% v.s. 1.4%) は有意差なし.E-PAf中21例 (22%) が慢性に移行し, 移行後, iCVD全体で5例 (年間発症率8.6%), その中, 脳塞栓症は3例 (年間発症率5.2%) に生じた.結語: 老年発症発作性心房細動群の虚血性脳血管障害及び脳塞栓症発症率は, 老年発症慢性心房細動群と若年発症発作性心房細動群の中間に位置し, 複数回の心房細動発作及び心房細動の慢性化が発症率をさらに上昇させる因子になると考えられた.
著者
蔵本 築 松下 哲 三船 順一郎 坂井 誠 村上 元孝
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.115-120, 1977-03-30 (Released:2009-11-24)
参考文献数
12
被引用文献数
1

老年者肺炎12例に於て肺炎と同時または稍遅れて前壁中隔硬塞を思わせる心電図変化を認めた. すなわちV1-V3, V4のQSまたはrの減高, ST上昇, 冠性Tが出現し, 肺炎の軽快と共に異常Qは約一週間, 陰性Tは1カ月以内に正常化し, その後剖検し得た8例にはいずれも前壁中隔硬塞を認めなかった. 臨床所見では狭心痛はなく, 呼吸困難, 咳痰, チアノーゼ, 意識障害等が見られ, 肺炎は2葉以上にわたる広範な病巣を示し, 胸膜癒着または胸水を伴った. 検査所見ではGOTの軽度上昇を4例に認めたにすぎず, BUNの一過性上昇, CRP強陽性, PO2低下と共にヘマトクリットは全例4~9%の著明な上昇を示した.剖検し得た8例では肺気腫を6例, 気管支炎を7例に, 剖検時肺炎を6例に認めた. 陳旧性後壁硬塞及び後壁心外膜下出血を各1例に認めた. 左冠動脈前下行枝の50%以上狭窄を7例に認め, 心筋小胼胝を5例に認めた.急性心筋硬塞様心電図の発現機序として慢性肺疾患によるQRS軸の後方偏位, 肺炎に伴う急性右心負荷, hypoxia, 中等度の冠硬化などの上にヘマトクリット, 血液粘度の上昇等が加わって心筋に広範な一過性虚血性変化を来たすものと考えた.